二度目の秋・言いたいことはまだある

    闘病記総括 病気から学んだこと 晩秋に想うこと 

大病をしてから二年目の秋になった。  加齢と共に肉体的にショボクレるのは自然の摂理、今更鍛えてマッチョを目指すのは無理があるが インサイドの部分で変ったことは いくつかある。 本当は見た目が変りたい、スタイルよくなってウェスト周りがスリムになりたいよ。 内面は変らなくてもいいんだよ、バカは死ななきゃ治らねぇから。

     言いたいことを言えるようになった。 本音でモノを云うと悪口になる場合もある、しかし本音が真実ならば 相手にとって悪口にはならない、例えば「オマエはバカだ」と教えてやるのは親切なことだ。 バカは自分のバカに気が付いていない だからバカなのだから、それを知らせる「悪口」は人に優しい行為である。

美しい花は蜜が少ない・・・(山口瞳さんのネタ)、美人に言ったら喧嘩売ることになる、ブスに云ったら慰めるようで言いにくい、一応その程度の気は使う。

     女性に対してドキドキしない、平常心で対応できるようになった、 それはボケ爺になってやり方忘れたからだろ。(ビートタケシ)

     死ぬことが恐ろしくない、楽に逝けるなら明日でもいいよと思えるようになった。 でも死ぬのはヤダね ツキがないようで悔しいだけだ。

     神様はいるように思えてきた。

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「老」という言葉がキライ、ずっと昔から「老」の付く文字が嫌いだった、中年になってから オールドが心地よいと思うのは「サントリーオールド」くらいなものだ。  

もの心ついてからoldに初めて接したのはフォスターの名曲「オールドブラック・ジョー」中学生の音楽授業で 美しいメロディーにほんわかとしたものであった。 ジャズが好きになった原点のような気がする。  年寄りになってエッセイを書くと誰でも何故か“青春回顧録”になってしまうのは「老」がイヤだからである。 鏡の自分を見たくないからである。 目はショボショボ オシッコチョロチョロ、肉体は疲れ果てても せめて心は若くありたいと願うのは人間の本質であります。

オラ何にもいらねぇ、考え方は今のままでいい、肉体の若さがほしい・・・爺になると皆これを云う、女とアレが出来なくなっただけじゃねぇか(たけしのネタ)、ということである。  これを云うから またアダルトサイトからろくでもないトラックバックが来るのジャ。 ここはアダルトサイトではありません、健全な青少年を対象にした教育的ブログです。 

フォスターの名曲、Old Black Joe 少年時代を思い出して下記の歌詞見ながら口ずさんでください。

Gone are the days when my heart was young and gay,
Gone are my friends from the cotton fields away,
Gone from the earth to a better land I know,
I hear their gentle voices calling "Old Black Joe"

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◆神様はいるかも

読書の秋、図書館へ行くようになった。  コスモスが満開の小春日和に読書でもして 有り余る時間の中で 第二の人生を満喫する。  これが理想だった、還暦過ぎてから仕事を引退したかったのは「平日に釣りをしたかった」からだ。 去年大病に倒れてから「神様はいるかもしれない」と思うようになった。 三途の川を眺めてきたのだから哲学が変わってもいいだろうと思う。 神様がいると思うほうが そんなものいるかと否定するよりはマシだ、もうこれ以上バチは当らないだろう。 

オレが哲学を語っても何の教訓にもならないけどね。  何かメリットがなければ「病気」の価値がない。

ビートたけしのエッセイ「恋愛論」を読んだ。 面白いと思うのはオレも脳にダメージを受けたから脳波が似たようなものになったから。

やっと読書ができる時間と心のゆとりができた、嬉しいことである。 たけしのエッセイ、「闘病記」、バイクの事故で入院した経験を細かく文章にして 不良オヤジの同類としては面白かったよ。 病院でみんなを笑わせていたのはオラも同じだけど、むこうはプロだからギャグも自然と出る、オラが笑わせても一銭にもならないけど 笑わせたり笑ったりで 明るく過ごせたから楽しい体験が出来た。  短い期間だったが あんな楽しい環境に居られたことは ここまでの人生で初めてだよ。  一番情けないのは「意識確認」で「お名前と生年月日」を何度も訊かれることだった。  ボケ扱いされるのが情けない、案外プライド高いから抵抗感じる、 まともに答えない、だって・・・同じ人が一時間もしないのにまた訊いて来るから、「ウソでしょ」「冗談はダメヨ」「いい加減にしなさい」怒られても挫けない不良オヤジだった。 しまいに 今度は何て答えるか向こうが面白がってわざと聴きに来る。 ゲーム感覚で結構楽しかったよ。

もうひとつは「ウンチの思い出」だ。 辛いことも体験していたのだ、改めてウンコの大切さを痛感した(詳しく語るとまた叱られるから云わないが)。   「ケツの穴の小さいヤツ・・」というのはケチでみみっちい、器の小さい人間だ・・という意味で使われる。  ケツの穴は大きいほうがいいのか、その通りである。

ケツの穴は大きいほうが便秘に悩むことがない、健康のバロメーターである。 将来、健診ではノギスで孔径を測る時代が来る???  身長-体重÷孔経=体脂肪率・・??・ウソ、でたらめですけど、 そのうちどこかのエラい先生がこのての公式を発表するかも。

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オラの生年月日は2008年2月15日に変更したくなった。  この日に一度死んで生まれ変わった「第二の人生がスタートした日」だから。  ふざけたオヤジを病院のスタッフは皆真剣に心配してくれた、みんな明るく笑ってくれた、明るく前向きに歩くことを教わった、 一言多い問題児だったけど動くことでは優等生 前向きにはスイスイ歩いた、 後ろ向きに歩いたら転びそうになるから。  

みんなのおかげだ、先生と看護師チームと、優しい友人たち、みんなに感謝を込めて こんなに元気になったのを見せてやりたいよ、神様が「幸運」を体験させてくれたのかもしれない。  病気の話はもう終りにしたいよ、何もかもみんな忘れて卒業することが みんなへの御恩返しだ。 でも先生や病棟のスタッフみんなのことは忘れない、なんてったって命の恩人だから。      

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    日本シリーズ巨人優勝 第五戦を観てオラが感じたことは 投手日ハム藤井、巨人ゴンザレス・・・これはヤクルトの紅白戦かと思ったよ、小笠原は元日ハムだし、ラミちゃんも元はといえばヤクルトだ。

勝負事だから どっちが勝っても良いが ここで大事なことは 巨人ファンは唯勝ったことで喜んでいてはいけない。 巨人が今年やっと育ってきた自前の若手選手、坂本、亀井・・この先 松井がアメリカから戻って巨人へ復帰するとか 一流の選手を獲得することで 坂本、亀井の出番がなくなることが心配。 下手すりゃ近い将来ダルビッシュが巨人のユニフォーム着ているかもしれない。  日本のプロ野球がイマイチ進歩しないのは そこのところだ、何度も言ったけど。  アメリカもワールドシリーズとは図々しい、ヤンキースと巨人で決着つけるのが 本当のワールドシリーズだよ。  稲葉はいいバッターだ、オープンスタンスの構えがいい、ボールを上から叩くのがうまい。 ラミちゃんの素質は野村監督がずっと前から評価していた。  小笠原はフルスイングが印象的、 広島の衣笠さんを思い出すね。 全てフルにバットを振れる選手は一流だ。 現役時三冠王の野村さんは 何だかんだ言われても名監督だね、指導技術も一流だ。  今年は巨人も若手の一流選手が育ったんだから ま・いいか、である。  言いたいことはまだあるが また長くなるからやめとくよ。

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雨ニモマケズ風ニモマケズ

なんだかんだと言いながら毎年アウトドアをやっている。 釣りにキャンプにバーベキュー・・・、去年は自分が緊急事態だった、それでも夏にバーベキューやって「生きていて良かった」と涙ぐんでも 肉をかじりながらでは説得力なかったが。 

あれから一年、先週から遠足前夜のガキのように ドキドキ・ワクワクで 待ちきれない、フライングしそうに入れ込んでいたよ。 ドキドキ感覚は 初恋と同じようなもの 心の若さを保つ、脳細胞を増加させるそうです。 ドキドキの感覚はいつまでも持ち続けたいものです。  4コーナー廻って最後の直線のドキドキ感覚もいいが、たまには少年の心に帰って ワイルドで健康的なドキドキ感覚が良いのです。

Photo肉で包んだおにぎり、ホタテの差し入れもあって、皆オイチイ・オイチイと食べました。

アウトドアが好きだね。  ワイルドに憧れるのは都会人だから、文明国家の国民だから。 食えない国の子供は草を食ったり海岸で海苔を探すらしい、毎日がワイルドになっている。 ある意味羨ましい、自然の中で食い物探す、一度やってみたいよ。  オラたちは家の中でなんぼでも食えるのに不景気と核戦争や地球温暖化の心配しながら 渋滞で苦労しても わざわざ不便な森の中で食おうとする、生きるために食うのではない、楽しむために食いに行くとは よくワカランが有難いことであります。 

日本に生まれてよかったね。  現代人は自然の中に溶け込んで「いのち」が燃えることを実感するときが「幸せ」だ。

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★故郷は 遠きに在りて想うもの そして悲しく歌うもの  室生犀星

★山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う プッセ 

( 山の彼方の、ずーっと向うの遠くへ行けば「幸福」があるんだよ )

 山のアナ・アナ・・・あなた・もう寝ましょうよ(^.^)(落語のネタ、これも穴ログだ)

嗚呼 誰にもふるさとがある ふるさとがある♪ ・・・男の望郷 懐かしいふるさと(出身地=マザー)は遠いところにある。  幸せは遠いところまで行けばあるのだ。

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11月になった。 大病に倒れてから一年八ヶ月、あっという間に時が流れた。  

病気のことも病院の生活も、リハビリの散歩も 忘却の彼方へ消え去ろうとしている。  

やっぱりバカだから忘れられる、時間が解決してくれる、もう少しだ。  

雨ニモマケズ 風ニモマケズ  雪ニモ夏ノアツサニモ 病気ニモ 便秘ノ辛サニモマケズ  タマニオイシイモノタベテ  ベイスターズガ勝テバ酒モオイシイ

外へ出ルトキハ チョットオシャレシテ ネエチャンノ尻ニサワッテモ ダレニモオコラレナイ ソウイウステキナ爺ニ ワタシハナリタイ  (雨ニモマケズをアレンジ)     たく・もう・・☆❤??!×◎▲・・・、しょーがねぇ爺だよな!

Photo_8 カマキリ(ピンボケ?)

 

「死ぬかもしれない・・?・」手術後のICUは戦場だった。 他のベッドで本当に死んでゆく人もいた。 時々目覚めるオラには 貴重な体験だった。  ちゃんと真面目に病気と闘っている人が力尽きてしまう、若き美貌のナースが号泣しながら走り回る、オレも死ぬかもしれないのなら ベッドの横をぞろぞろ通ってゆくナースの尻を 美味しそうなの選んで 死んだふりして触っておけばよかったよと 後で残念がっている、しょーがねぇシモネタオヤジが何故か図々しく今日も生きて能書きたれてる?   社会の温かさ 人間の優しさに包まれて救われた命、この幸運と幸せを どこに向かって感謝すればいいのか? オレばっかりこんなに幸運でいいのだろうかと、先に逝ってしまう人たちには申し訳ないような気持ちになったりもした。 不思議なくらい恵まれていた、やっとオラにも幸運の神様が味方についてくれた。  偶然でもいい、運の巡りで元気に生きてバカ云ってられる。 バカになりたくないのはバカだからか? バカがバカ云ってられるのは有難いことだとバカに憧れるのもバカだから? アレェ?何だかわかんなくなってきちゃった?? バカとはこんなもんかな?  晩年は好々爺になって小春日和の日向ぼっこで暮すのはオラの趣味に合わない、アウトドアが出来るとは有難い、幸運の星がそこまで付き合ってくれるなら 今年も有馬記念が楽しみである。  競馬場は最高のアウトドアだからね。

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この一年、色々あったが、振り返ると思い出の中には「幸せ」がいっぱいだった。 

「幸せ」とは思い出の中に存在するものだ。  未来のことは分らない、明日はどうなるか知らないが、もしも幸運がまだ続くのなら 来年か何年後かに 今日の日のことを「幸せだった」と思い出す日がくるのだ。  人は「幸せ」に気が付かないときが幸せだ。  

ひょっとしてオラは今「幸せの時」を生きているのかもしれない。

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ボール遊びが億劫なほど腹いっぱい食って幸せを堪能して、一日中食っている。 満腹に満足して、 明日からはまた減量に励む・・文明社会に生まれた贅沢な試練? 幸せと苦難はいつも隣り合わせだ。

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寺山修司さんの言葉

山と緑に囲まれた公園があった。 森林公園、野球の子供たちには庭のようなもの、 尾瀬に似た湿原で 多摩丘陵の自然を観察できる公園である。

噴水の池には鯉が泳ぎ、細い小川が何本も流れる。

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10月中旬、秋晴れの日曜日、急に行ってみたくなった。 またウルウルきたらみっともない、対策にサングラスを携行して。

横浜へ引越しする前日、家の水槽に飼っていた金魚を運んで このせせらぎに放した。 少年野球に明け暮れていた頃、突然大病に倒れ 死に損なってから数年後である。 泳いでゆく魚たちを見送り 元気でねー、大きく育ってねー、子供たちの姿を見るような心境になった。  野球との決別、思い出との決別だった。 お別れ会はしない、子供たちとお別れ会なんかしたら 彼等より先にこっちが泣いてしまう、 子供たちに涙は見せられない、彼等の涙も見たくない、 手がつけられないほど大騒ぎになる。 

そのくせアルコール分の摂取できる大人たちのお別れ宴会は あちこちへせっせと出向いて 懲りない不良オヤジであった。 みんなゴメンナ、苦しい練習ばかりさせてしまった。  もう誰も助けてくれないが ここは狭い金魚鉢ではない、無限に広がる自由な世界だ、自分の餌を自分で探せ、自由に生きて育ってほしい・・・と金魚たちに子供の姿をダブらせて・・・人生の区切り、一つの青春との別れ・・・監督がそんな感情に浸るようだから 栄冠に縁がなかったのだ。 

少年野球の指導をしてみたい、監督をやってみたい、若いころの夢が実現した、自分なりに納得したチーム造りができた。 この森は、中年になってもまだ腕白たちのガキ大将で大暴れできた森であった。    

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 毎年毎年子供たちとは 卒業という「別れ」を繰り返して、ついに自分が別れてゆくときを迎えた。 「いい日旅立ち」が 淡く切ない思い出に代わってしまった。 あれから20年、再び生死の境を彷徨う大病に遭遇するとは まるで想定外だったよ。 あれから20年、ふるさとの景色を眺めるような感情に動かされて 思い出いっぱいの懐かしい森を散歩しにくるとは・・・ここがオレの「ふるさと」だから。

Photo_4 ザリガニ釣り、スルメいかでマッカチンが釣れるよ

寺山修司の詩「ふるさととは 所詮家出少年の定期入れの中の一枚の風景写真のようなものだ・・」

寺山さんの詩が好きだ。  競馬をロマンと思うようになったのも彼の影響である。 

寺山さんの詩は、どこか哀しい言葉でも 明るく前を向いて歩きたくなる。 呑む・打つ・買う・・・酒を愛し、女を愛し、競馬を愛した詩人である。 不良性に美学を求める?敗者の美学という論評もあるが、オラは単に呑ん兵衛のシモネタ爺かもしれないが 同じような不良オヤジだから ネタの無いときは寺山さんの言葉を拝借して 同じ美学に浸ってみたくなる。

Photo_2Photo_3 この階段登ると森の上には 狂ったように練習したグランドがある、 

     美というものは 本来、何かを欠いたものです。 完全な合理主義からは 美はおろかドラマも生まれてはきません。

★ 私は競馬場の抒情詩的な広さが苦手だ、(中略) あの健康さは 病み上がりの私には眩しすぎるものだったのである。

     なぜ賭けるかといえば じぶんの運を知るためである。 

森林公園というふるさとは 一枚の風景写真のようなものだった、紅葉にはまだちと早かったが森の景色は変わっていない。  20年ぶりの「ふるさと」へぶらりと立ち寄ることができた、お蔭様で何でもできる、出来ないのは棒高跳びくらいなものだ。 ある日突然電車に乗って、バスに乗って、どこでもいける、気弱で寂しい去年の秋に比べたらこんなに元気になった。 身も心も、健康の有難さ、命の尊さを実感している。 野球の少年たち、友人たち、金魚たち、ふるさとの森、みんなに「ありがとう」を云いたい。 感謝・感謝の一日でありました。

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コスモス

10月8日 台風18号が上陸、日本縦断して猛スピードで三陸へ抜けていきました。

近年台風の数が多いような気がする、毎年何個か上陸する。 

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センター南駅前に教会がある、結婚式場、庭がよく手入れされていて 先週ここを通ったときに 花壇にコスモスが満開だった。 翌9日は台風一過、朝から秋晴れ、久しぶりに良い天気、あのコスモスが心配になってしまった。 強い台風だったから吹っ飛ばされてダメになったかな?

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朝から様子見に行った。 無事だった。 但し 先週がピークだったらしい、花の時期がそろそろ終りのようで 少しショボクレていたけど、よく頑張ったね。

コスモスは風に逆らわないから生き残る、頑丈そうな大木が風で折れるほどの台風にも倒れなかった。

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コスモスは茎が細くて長い、弱そうに見えても 「暖簾に腕押し」なのでしょう。

コスモスは秋の花代表選手、最も秋を感じる花である。 柔らかい感じが心温まる、「幸せ」を見つけたような気分になれる。

ついでに山口百恵ちゃん「秋桜」まで思い出して 戻ってから彼女のステージのビデオ観て 一人で泣けてしょーがなかった、バカだねー・・、いつまで経ってもこれだから。

幸福とは 幸福をさがすことである。(寺山修司・ポケットに名言を)

明日嫁ぐ私に苦労はしても笑い話に時が変えるよ 心配要らないと笑った(秋桜の一節)

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     ところで 台風にも名前つけたらいいと思うけどなー、北米のハリケーンみたいに。  何号と事務的に数字で表すのは味気ない、アメリカでは女性の名前をつける、ガキの頃は戦後の台風は「ジェーン」とか「キャサリン」とか女の名前が付いていた。  欧米人も女はコワイ・・・という基本的概念があるのだろうか。 今、日米が対等な立場であるのなら 日本独特の命名すればいいのに。

台風「紫式部」「春日局」「篤姫」・・・強いやつは「巴御前」とか。 オラだったら「菜々子ちゃん」「百恵ちゃん」「エリカちゃん」小型の時は「チビまるこちゃん」とか命名するね。  男でもいいよ「五右衛門」「武蔵」「義経」「十兵衛}・・・なんぼでもある。 これなら記憶に残るし 子供たちの勉強にもなる。

Photo_3一昨年すすき川の河原で   

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こんなのが好き・これキライ(4)かわいい~

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◆ネタがない、

いつも長~いから読者が読むのに苦労する、短くしてよ・・と、指摘される、去年あたりからはシモネタでも叱られるようになった。  長いのははじめの頃からのスタイルであるが 熱中型はやり始めたら止まらない。  基本を変えるのは難しい。  支持率下がると寂しいが 今回はブレーキかけてみた、 怠けてみた、パワーがないからではない、 元気だから、大丈夫だから。 更新の連絡しなくても ちゃんと生きてるから・・・ 去年の三月分、記事がないので心配してくれた友人がいた。 ありがたいことです。 仕事じゃねんだから、MyWay自分のためだ、気の向くままにやっていく。  たまに更新が停滞しても もう大丈夫だから・・・、 

Fujisan

Photo_2 きなこちゃん、かわいぃーでしょ、

かわいい~について (どーでもいいことだけど)

仔犬 仔猫がいると 「かわいぃー」女性は必ず年代を問わずに かわいぃー・・・を言う、

ずっと前に大腸検査でポリープ切除した、採ったポリープを透明容器に入れて、検査室の担当看護婦さんが見せてくれた、「コレですよ・・・かわいいでしょ」???? このてのものはかわいい(小さい)ほどいいけれど・・・かわいぃー・・と言われても?? 記念に持ち帰れというのか??  あの検査は辛い、 もう二度とやらね、経験者は皆同じことをいう。

女の子が二人以上集まると プレゼントの袋開けると同時に「かわいいー」、ストラップ見てかわいぃー・・・、パンだの赤ちゃんがテレビに出てくるとメロメロで かわいぃー・・猫なで声である、 どーでもいいことだけど、かわいぃーは 現代の社交辞令マニュアルのようなものか・・・爺さん世代には難解な現代用語、本当にかわいいのは・・・人間の赤ちゃんなんだけどね。  「かわいぃー」を笑顔で言ってるときの女は「かわいい」。  それが姉ちゃんなら なおかわいぃ。         

去年の入院中はオムツ交換してから若いナースたちが一斉に「かわいぃ~??」  若い女にキャーキャー言われるのは爺さんでも嬉しいことだが、こっちはおだてに乗る方だからその気になって 下着のモデルで グラビアアイドルにデビューするかと気分よくしてる?

そこまで飛躍する自分がバカだからかわいい☆                        「チョーかわいい」と言う女たちも 無邪気でかわいい???   が、 あの時かわいいは Little or prettyだったのか? オラにも男の意地とプライドあるから重要課題である。  Great or Fineで使ってもらいたかったよ。     またシモネタで長くなりそうだから このへんでやめとくほうが「かわいぃ~」  

◇◎読者様へ   これでドウジャー? ゆっくり読んでもここまで五分もかからない、まだ長いってか?? 長い文章なら なんぼでもへっちゃら、短くすると手を抜くようで 辛い、逆に長編をリクエストしてくれたら 喜んで三国志くらいの長編を一気に入力したいよ。  著者も読者も 「熱いもの 燃えるもの」がなければ こんなことやってられない。 「気合だ~!」一冊の本を読破する心意気がなければ こんなブログに来ないでいいから ハミガキしてから寝てろ・・・・。 今回は いい塩梅に短くなった? こんなもんでいいと思うけどなー★(^.^)   読者様を疲れさせてはいけない、不景気に負けず夫々のお仕事頑張ってね。 シンプルに読み易く を心がけてまいります。  但し サービスよりも自分優先だから 燃えると長くなることもある。    

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こんなのが好き・これキライ(3)秋は夕暮れ

春はあけぼの やうやう白くなりゆく 山ぎは少し明りて 紫だちたる雲の細くたなびきたる。  夏は夜、月のころはさらなり、闇もなほ 蛍の多くとびちがひたる・・(略)

清少納言 枕草子は平安時代のエッセイです。  中学の国語教科書にあったような気がするが・・・ 日本の四季を観察して、春は曙、夏は夜、秋は夕暮れ・・・

一日の時間帯で 「いいなー」と感じるのは何時頃か・・・を解説している。 季節と自然の美が日本の伝統文化を育んだのです。  現代の夏は闇にも蛍のとびちがひたる水辺なきとは いと寂し・・・?#☆   

春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ・・・いとをかし、「をかし」は風情がある、情緒があるという意味、very funnyではない、「をかし」笑っちゃう・・・てことではない。 「いと」は非常に、とっても・・・という意味、 現代風に翻訳すると「いとをかし」は「チョー 気持ちいい」「ベリー ナイス」になるかな。

古典の言葉は いと難しい・・・?

日本語は同じ文字でも 伝え方 受け止め方で意味が違ってくる、日本人でも難解な言語の部分があるから日本語はいとをかし・・・である。  

    現代風いとをかし (不良オヤジ目線)

中高年の携帯電話、Aさん、最近携帯を買った、コードなしで電話できる・・・これは凄い、便利なもの 落としたりしたらもったいないから 外出するときはタンスの引き出しにしまっておく・・・Bさん、電源入れると電話代がかかりそう、もったいないから いつも電源は切っておく、電気代がもったいないからなるべく充電はしない・・・、

どちらもエコを実践しているからエライ、携帯は携帯しないと携帯にならないよ・・と教えてやった。 どちらも平安時代・江戸時代の人かもしれない。 年寄りをバカにしてないよ、AさんBさん、どちらも光通信より伝書鳩が信頼できる、急ぐ荷物は飛脚でいいでしょ、現代は佐川急便もあるし。 携帯ないと生きていけない若者よりも モバイル時代を逞しく生きているから エライ。

★レストランで 子供連れのお母さん、スイマセーン、ジュースひとつ、・・・・ジュース運んできたときに「すいません」、 吸いません・・て、吸わないのに注文するの? 済みません・・・と謝らなくてもいいけど、「ありがとう」が正解です。  スイマセーンは少し遠くに居る人を呼ぶときに使われる、オーイ・・・よりは上品だけどね。

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◆これキライ

◆みちのく一人旅で 営業旅行していたころ ある田舎町の食堂で 店の看板に「どうぞ ごいんりょなく お気軽に・・・云々」と書かれてあった。 「え」と「い」の発音が入れ違うのは 茨城県、福島県東部、東北圏あたりの訛りであるが 文字にしても 「え」と「い」が逆になるから オラこんな村イヤダ・・と上京する人もいる。 

     仙台から常磐線経由で帰るとき 車内アナウンス「次は終点 ういのー、ウイノー・・・」と必ずいう、上野駅着いても「ウイノー、ウイノー・・・」あれ何とかならないの? 

公共の場では せめて標準語で発音してもらいたいよ。 We now(我々は知っている)・・・・・? 外国人が聞いたら日本人は何云ってるのか・・・と思うよ。  

東京にも訛りはある、「ひ」と「し」の発音である。 数字の七を「しち」と発音するほうがシマリがある。 「番号~! イチ・ニィ・サン・シィ・ゴー・ロク・シチ・・??」これできびきびした感じになる、シチで「ナナ」と言ったら横一列の仲間はコケル。 

江戸っ子の質屋はシチヤである。 シチをヒチと言うのは関西方面である。 ヒチリンをヒチに入れてもナンボにもナラン・・・・? 日本語は歴史的にも地理的にも多種多様である。

「あ・か・さ・た・な」の二番目、か行の発音が苦手なのかもしれない、「い」と「え」、「し」と「ひ」・・・この傾向が英語の発音にも反映される場合がある、 Jを「ゼー」という人がいた、エィチ・アイ・ゼー・・・である。 ゼーは米英ではZになる。 「ゼー」の人は ジェットをゼットてゆうの? 英会話を習ったわけでないし、日本の人だから 別にいいけれど。 ディズニーランドを「デズニーランド」 ビックカメラ・・・BIGビッグをビック?、GがCになる・・・レッドイーグルスを「レット・イーグルス」という人がいた。 みんな英語が苦手だったんだね。  要するに日本語も英語も 文字に書いて、意味を理解して発音すれば「標準語」になるのです。  

エンタイトルツーベース・・・インタイトルはまだ聞いてない。

ヒットエンドラン・・・・インドランもまだ、インド人が走るのか?

 

一昨年の秋は 富士山に沈む夕陽をカメラに収めるのに三日ほど富士公園の頂上へ通った。

やはり秋は夕暮れが「いとをかし」だったのです。 日本人の四季を愛する感性は 平安時代も平成も変わらない。   

 

  夏は河原の夕涼み 白い襟足ぼんぼりに かくす涙の口紅も 燃えて身を焼く大文字  祇園恋しや だらりの帯よ」

祇園小唄は枕草子の感覚領域です。 河原の夕涼みは加茂川床納涼のこと、酒も女も料理も・・・日本男子の憧れ、京都は日本の伝統文化の原点ですね。  清少納言はエライ、平安時代から環境問題に関心を寄せて遥か未来の平成に 地球規模で問題になっている温暖化、異常気象まで憂いている。

日本の文化と四季の風情をお手本にして

「いとをかし」を目標にしなさいと 警告しているとしたら・・・

PhotoPhoto_2 赤つめ草(ピンボケ) クローバーの白い花は「白爪草」赤い花が「赤爪草」です。  清少納言・紫式部あたりはクローバーを「白爪草」と呼んでいた。 赤爪は白爪より背が高く大きい。

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虹 友人から送ってもらいました。 実りの秋 虹が見えた。

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こんなのが好き・これキライ(2)巨人優勝

◆ こんなのが好き・これキライ お酒編

こんなのが好き・これ嫌い・・・は、年代(感性)や環境で変わる。

例えば少年期(ガキの頃)、夏休みに 道の前方から オニヤンマが低空飛行で接近してきた時の胸のときめき、あの黄色と黒の縞模様の大物、昆虫網を持つ手に振るえがくるほどのドキドキ感である。 中高年になってもこんな気持ちがあれば、 これが男である。

大体、中年とは何歳くらいを言うのだろうか、男の一生を 少年、青年、中年、熟年の四段階に分類するならば 肉体的か精神か、何を基準にするか? 個人差あるし どうでもいいことであるが、自分としては三十代半ば35歳から還暦までの25年間くらいが中年である。 酒の腕を磨いていた、酒を楽しんでいた時期である。 ライフスタイルに酒が欠かせない時期である。 熟年と中年の違いは? 女・酒・・その興味の対象は変わらない、気分は中年でいたいが 頻度が減少してくるのが熟年の寂しさということになる。 

    いい女がカラムとき  

こんなことがありました。三十代後半、少年野球に明け暮れて近隣の酒場を概ね制覇していた頃、

会社から帰宅して 晩酌と晩御飯、九時過ぎになってから近くのスナックからお呼びがかかり、のこのこと出かけてゆく、誘った友(野球の指導者仲間)は既に酩酊して先に帰宅する。 「ワシのボトル」(ボトルには鷲のサイン、これは鷲のボトル、)で一人静かに飲んでいると そこのママさんは同世代のちょっといい女である。 カウンターで オラに囁くように「監督・奥の席で飲んでるあの人たち ぶん殴ってよ、もう来ないように脅かして追い払ってよ、いつまでもグタグタしてお勘定払おうとしない・・・」だからもう出入り禁止にしたい・・・ていうのか? ワタシャここの用心棒ではない、そんなに強くないよ、子供はぶん殴るけど大人にそんなこと出来ないよ、敵は三人だし・・・、自分で言いなさい、勇気出して・・・」決心したママさん、「ウチは貸し売りしませんから、大の男が三人で一万円なら安いでしょ・・・そろそろ閉店ですから・・・。」 結局三人は支払いを済ませて出て行った。  その後二人きりで「ワシのボトル」を呑み始めた。  ママさんはまだ興奮気味、私は本当は弱い女ですから、怖かった、あんなことに慣れてはいない、ということを訴える、彼等よりあんたのほうが強い、立派です・・なだめたり、慰めたり、送らないからと家に戻り寝たのは夜中の二時になってしまった。  カラむ女はかわいい、カラマれるのは疲れるが こんなのが好き、酔った勢いで愚痴まで言う、自分の存在を相手に知らせたい、自分のバカを見せてしまう、自分を隠そうとしないのは恋の始まりに似ている。 反対に自分を見せない、趣味や信条を他人に隠す、閉鎖的なのはキライ、 

仕事終って帰宅したら風呂入る、酒呑んで めし食って寝る、これが普通でいいのです。 寝ようとした頃また出かけていくのがいけない、こんな呑み方を何年も続けて 後に大病の要因になったのです(これは私の個人情報)。

越路吹雪 「GandG・・いいじゃないの・昨日の今夜だもの、GandG・・酔わせて頂戴、カラマせて頂戴、G&G・G&G・G&G・」ていうのがあった、あの迫力でカラマれたら逃げるけどね。  

❤初めての街でいつもの酒 やっぱり俺は・~~~KIKUMASAMUNE

❤歓びの酒・・・SYOOCHIKUBAI

❤恋をするなら命懸け 酒はOHZEKI 心意気

❤まだ君に恋してる 今までよりも深く まだ君を好きになれる 心から

 坂本冬美 焼酎のCMで流れる曲、こういうの好き・・・(^.^)味わい深い いい歌である。 冬美ちゃんもいいし、この歌スキヤネン❤

酒飲みの感性は酒飲みには通じるから記憶に残る。  中年オヤジの観点になってしまうけど。 中年とは「酎年」が正しいのかも??

       

Photo 秋の空

❤ 酒が旨いと思うとき 

   夏、草野球のあと へとへとに疲れて大汗かいて 冷たいビールの最初の一杯目、おでこが痛いくらい冷たいヤツ。 肉系のつまみがいい。

❤ 日本酒には魚、寒い冬の夜、カレイの煮付、ホッケの焼き魚なんかもいい、新鮮な刺身なら何でもOK、石鯛の活造り、尾びれが動いてるようなやつは最高でーす(^.^) 日本人に生まれて良かったよ。

  

❤ 優勝チームのビールかけ、  ビールは呑むもの、浴びるものではない、あれは酒乱の一種である。 もったいないが人が嬉しそうにしている姿は 見ていてこっちも幸せな気分になる。 オラ反巨人派だから面白くはないが 初めて巨人に「おめでとう」を言いたい。

今年の巨人は強かった。  セ・リーグ三連覇、坂本、亀井、 巨人で育った若手が活躍したのは初めて観た、原動力は小笠原、ラミちゃん、V9当時の王・長嶋のようである。  移籍組で安定して働いたのは谷(やわらちゃんのダンナ)、キムタクにゴンザレス、グライシンガー、クルーンが出てくるところが横浜オヤジとしては寂しい。 全日本軍のメンバーである。  これなら放っておいても優勝する、押切もえちゃんが監督なら人気になるよ、沢尻エリカちゃんでもいいよ、監督談話「別に~」でいいよ。 打順はジャンケンで決める、オラ巨人ファンになってもいいよ。  もえちゃん・エリカちゃんが監督なら相手チームまで張り切って最善尽くすから レベルアップするかもしれないよ。

ライバルチームにいい選手がいたら それを目標に己を磨く、ライバルがいるからレベルアップする。 いい選手が巨人に集中すると巨人まで弱くなってしまう、日本の野球が向上しない、プロ野球はそれに気がついていない。  巨人へ一極集中するプロ野球の体質、いつまでもこれだから野球がオリンピックから外れたりする、オラが言いたいのはアマのいい選手が巨人を逆指名する、巨人以外は逆指名が許されないような野球機構の体質が?? 政権交代したのだから ついでにこの問題は??? 問題にされないか・・・?

WBCで中日の五人の選手が辞退した、落合監督の気持ちは、巨人単独で行けばいいだろ、最強の全日本チームだろ・・・ウチの選手は俺の弟子だ 巨人向けの売り物ではない。と云いたいのだ。

ブログの古い記事「巨人の星」で散々語ったが 野球の話になると熱くなって長くなる、オレも頑固爺だから・・・。こんなだからいつまで経っても韓国・アメリカに苦戦するのよ、それが云いたいのであります。

ともあれ今の巨人はエライです、やっと・やっと野球のチームらしくなってきました。

こうなってほしかったのです。 今の強さは数年続く、本当に強かったね、おめでとう。 優勝して当たり前のチームが優勝するのは大変なことだ。原監督にもおめでとうを言いたい。 やりゃできるじゃん。 巨人ファンには秋分の日のお酒は美味しかったでしょう。  初めて巨人を褒めてしまった、頑固爺も ちっとは丸くなったかも??

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