« 侠客 | トップページ | 日本人が忘れているもの »

人生劇場

清水の次郎長とか国定忠治とか・・・有名なヤクザの親分たちが現代でもみんなから慕われ、人気があるのは、彼らに優しさがあったからである。

忠治は高い年貢(税金)で苦しむ百姓たちのために悪い代官と戦った。

次郎長は明治維新の戊辰戦争のときに、官軍に攻撃されて幕府軍の軍艦が沈没し、兵士の死体が 清水の海に累々と浮かんでいた、

弔ってはならぬという官軍の命令を無視して、子分たちと共に死体を引き上げ埋葬した。

『 官軍だか賊軍だか知らねえが、死んでしまえば仏様だ、弔ってやるのが人の道だろう、てめえら文句があるのかい・・・』と啖呵をきった。

官軍の兵士たちは 次郎長の迫力に言葉もなかった。

要するに 忠治も次郎長も 人間的な優しさに溢れていたのである。

だから子分たちも 親分のためなら命を投げ出すほどに 敬愛していた。

吉良の仁吉というヤクザものは 元は次郎長の子分ではなかったが、自分と女房が一番苦しいときに次郎長に助けてもらった、その後 次郎長の人格に感動して、次郎長一家と対立する黒駒の勝蔵一家と 荒神山での最後の戦いに、数で劣勢な次郎長一家に 死ぬ覚悟で助太刀をする、愛する女房の反対を押し切り 女との恋よりも男の友情を選んだ、そして奮闘し、死んだのである。

明治・大正・昭和の時代には この仁吉の生き方、死に方がヤクザのお手本であった。

尾崎士郎の『人生劇場』には 飛車角・吉良常という二人の侠客が登場する。

オレは この長編小説を高校生の頃に読んで 大感動した。

主人公 青成瓢吉の青春と それを取り巻く人々の生き様を描いた 激動の時代の大恋愛小説だと思った。

男の生き方、女の生き方・・・人間はどうあるべきか、愛とは、正義とは、真実とは・・・、

日本人に生まれてよかった、日本人でなければ理解できない、いつまでも心に余韻が響くような 里見八犬伝にも匹敵する後世の人に是非読んでもらいたい 一大傑作だと思う。

古賀政男さんが国民栄誉賞に選ばれたのも、この『人生劇場』の作曲が人々に愛唱されたことが 要因であるといっても過言ではない。

“やるとおもえばどこまでやるさ・・・義理が廃ればこの世は闇だ・・・

あんな女に未練はないが・・俺も行きたや仁吉のように・・・”

この詩は 飛車角と吉良常の詩なのである。

後に 人生劇場は映画で何度も上映された、

生き方、考え方、倫理とか正義感のようなものが日本人にぴったりだからだ。

飛車角や吉良常のような、あんなに素晴らしい男はいない、ヤクザとしても、男としても、理想の日本人として共感を得るのだ。

ヤクザ映画で 鶴田浩二や高倉健にやっつけられるのは 人を裏切り、弱いものをいじめ、私腹を肥やす悪い人間ばかりだ。

義理と人情に欠ける人間だ。

自分の生命や将来を犠牲にしてでも それを倒すのがヤクザの正義であり美学だった。

ヤクザは 社会の必要悪だった。

しかし、悲しいかな 平成の現代になって、本当のヤクザは もういなくなった。

|
|

« 侠客 | トップページ | 日本人が忘れているもの »

歴史・伝統・文化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/73843/1172894

この記事へのトラックバック一覧です: 人生劇場:

« 侠客 | トップページ | 日本人が忘れているもの »