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2006年4月

(6)子供に教えられる

オレは野球の練習の時に いつも子供たちをぶん殴っていた、

ヤンチャで 素質のある子が 一番の被害者だった。

一種の「えこひいき」だったのかもしれない。

下手くそでどうしようもない子まで殴るほど オレは偉い監督ではなかった。

教え子たちが社会人となり、結婚式に招待されたとき、

散々オレに殴られたレギュラーの連中と 同じテーブルで酒を飲んだ。

「 監督は怖かった、でも楽しかった・・・・、いい想い出だ・・・ 」

自分より大きくなった青年たちの会話の中に溶け込みながら、幸せな時間だった。

でも 今時の学校の先生たちは、子供を殴れば 体罰がどうのこうのと問題にされる、最近では 個人情報保護がなんたらかんたらといって、クラスで緊急の連絡網も作れないという・・・、

困った世の中になったものだ。

これでは 今の先生たちは 大変だ。

どんなに熱血で、一生懸命やろうとしても 規制が厳しく、やりにくい方向にばかり行ってしまう。

先生がサラリーマン化して、マニュアルだけの人もいるし、中には問題を起こすダメな先生もいる・・・、しかし、情熱のかたまりのような 素晴らしい先生だって沢山いるのだ。

先生たちが聖職者として 勇気と情熱が傾けられるような環境を作ってやらなければ・・

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オレは政治家でもないし、能書きたれるだけで何もできないし、無責任だけど、

行政も自治体も、父母も・・・日本の未来のために、大人たちがみんなで知恵を絞って対応しなければと思うのです。

学校の先生には 悪いことをしたら ぶっ飛ばされるのが当たり前だという 我々の子供の時代が懐かしい。 

少年野球の指導をして 一番心に残ったことは

“オレは子供を教えていたのではない、子供たちには教えられることばかりだった”

ということです。

子供は 大人の「先生」なのです。

大人は子供を教育しながら 子供から学びとっていくことが必ずあるのです。

高校の数学の教師が 代数の授業のときに、

「 難しい、解らないという人は 誰かに解ったふりして教えてやればいいんだよ・・・こうだろ、こうなってこうなる・・・といってるうちに自分も解ってくるんだよ・・」という話をしたことがあった。

今なら あの先生の言葉が理解できる。

そうだ、人にものを教えるということは、自分が学ぶことなのだ。

親も先生も、大人たちが子供を教育するのは 自分も教えられ、磨かれ、自分自身のグレードアップになっているという姿勢が大事なのだ。

「 先生には先生が必要だ 」という書き出しだったけど、

なんのこたあない、先生の目の前には 先生たちがいっぱいいるじゃないか。

代数も幾何も方程式も・・・オレには未だにさっぱり解らないが、

五十年も前の言葉が 生徒の心に残っているのだから、あの先生は一流だ。

余談になるが、池波正太郎の時代小説「編笠十兵衛」の中で こういう一節があった。「 人はみな何も分かっていない、分かったふりして生き 分かったふりして死んでゆくのだ・・・」

お父さんもお母さんも、大学教授も医学博士も、八百屋のおやじもお寺の坊さんも、裁判官も総理大臣も、芸術家もスポーツ選手も社長さんも・・・・

みんな何も分かってないのかもしれない、そういうオレも・・・・。

     ◇◇◆◆つづきは来月更新します・・◆◆◇◇

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(5)教養とは

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義務教育の間は読み書きと計算と 簡単な地理と歴史、自然の摂理とか法則とか、最低限の勉強だけ教えれば上等だ、もっとハイレベルを追求したい人だけが高校や大学の専門的な学府へ進む道を選べばいい。

義務教育で本当に教えなければいけないことは 社会の秩序、生命の尊さ、人へのおもいやり、感謝の心、平和の大切さ、・・・・まだまだあるけど そういう社会的なモラルとか人間性の基本的なことなのではないだろうか・・・、

子供たちを「豊かで 優しい心」の大人に育てることだ と思うのです。 

そういうことを理解し、身につけた子供たちが将来教養のある人格者に育ってゆくのだと思います。

「教養」とは 知識や学問のことではない、

大学へ行かなかったから私は教養がない・・・という考え方の人は 本当に教養がないのだ。

教養を身につけるためにという理由でカルチャーへ習い事をしにゆく大人もいる、これはただの暇つぶしだ。

学問をしなくても一つの道を究めた人、人生を誠実に生きた人の中には 教養人はいくらでもいる。

大学という最高学府を出ても教養のない人はいくらでもいる。

最近のニュースで 例えば「ホリエモン」を見てみろ、

東大へ行って、成績優秀で 頭脳も才能も抜群な青年が なんであんなことになったか・・・

金儲けのためなら 法に抵触しなければ どんな手を使っても良いと考える、

女の心は金で買えると公言する・・・、

確かに金で心まで売る女もいるけれど、教養のない女なら・・・

「アネハ」だってそうだ、一級建築士という立派な資格をもちながら いくら生活や家族のためといっても、正しくないことをするのは万死に値する愚かなことだ。

結局彼らはみんな「教養人」ではないのです。

オレは「学問」を否定しているのではない、勉強して多くの知識を身につけることは大切なことです。

「教養」という言葉の本当の意味を理解するのに役立つからです。

大学へ進む利点は 学歴だと思うのは誤りだ。

受験のために、ある時期必死になって頑張る、徹夜までして努力する・・・

勉強というのは辛いことだ、

敢えて 辛いこと、苦しみを体験する・・・、

勉強の内容なんか 後で忘れたっていいんだ、若いころにそういう苦労を経験したということが尊いのだと思うのです。

「学歴」ではない、「苦労の実績」が尊いのだ。

執こいようだが 教養とは「豊かな心」のことです。

人の意見に耳を傾ける勇気、真理を探り人の心の痛みを共感し、それに優しく接することで自身の品格向上に反映させることのできる経験と知恵、・・・

なんだかよく分からないけど、知識や学問よりもずっと高貴なところに存在する人間性のことだと思います。

「損か得か」のものさしだけでは人を愛せない、愛されることもない。

教養のある人は 人に好かれる、教養のない人は人から嫌われていてもそれに気づいていない。

バカは自分がバカだということが分かっていない、だからバカなのだ。

これだけは断言できる、絶対に間違いない・・・。

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(4)先生の先生

野球の現役時代も 引退後も、学校の先生たちと飲む機会が多かった。

あるとき 地域の野球指導者たちのチームと学校の先生チームで 親睦の草野球をしたあと 近所の寿司屋の座敷で宴会になった。

二十代の若い先生が オレに酒を注ぎながら、自分の悩みを打ち明けた。

「 私は四十人の子供を担任している、子供たちにはどうしても学力の差がある、できる子はいいが できない子をどう扱えばいいか・・・、野球の場合はどうなのか、

レギュラー以外の 残りの子たちを 監督はどういうように扱っているか・・・みんなが不公平のないようにするには どうすればいいのか 教えてください・・・」

酔って 少しロレツが回らない先生の質問は、だいたいこんな内容だった。

教育現場に携わる人の 共通の悩み、永遠のテーマなのだと思った。

できない子を居残りで特訓したことがあって、そうしたら他の子の親からクレームがきたりして、うるさい父兄がいて、もう それが悩みの種で、自分はどうしたらいいか分からない、一生懸命やっているのに 悔しいですよ、夜も眠れないこともある・・・と言う。

野球の場合は、子供というのはみんな自分の実力を認識している、ベンチを温めている子は、試合に出ている子の方が自分より力が上だと認めているから 何も不平は言わない、

真夏の太陽の下では、レギュラーもベンチも みんな同じように真っ黒に日焼けするし、

雨が降れば みんな泥んこになる・・・・、天はだれにでも平等だ。

親たちだって、いつも練習を見に来て子供の実力を知っているから、文句言う人なんかいない。

学校では父兄参観日が年に一度くらいしかない・・・参観日を増やして、もっと親に現場を見せるのも一つの方法ではないか・・・、でも、できない子にはいくら教えたってだめだな、バカは親の遺伝だからな・・・、

だいたいそんな内容の回答をした。

「 監督さんはいいな・・・羨ましいです、確かにできない子ができるようになるとは思わない、でも、学力のレベルを上げないと 校長や教頭先生にも いい顔されないこともあるし・・」

「 それが先生の仕事だから しょうがないだろ、オレなんか給料貰わないでやってるんだから・・・、だれにも文句なんか言わせないよ 」

その時オレは四十歳、彼は二十五歳の独身で 大学の教職課程を卒業して、すぐに教諭として社会人となった、 まだ新米ではあるが 好感の持てる熱血先生である。

「 ところで先生は 彼女いるのか?・・・」

「 いないっすよ・・・、欲しいですよ・・・」

シャックリをしながらビールのコップで日本酒を飲み、もう彼は相当出来上がっている。

「 お前、欲求不満だろ、悩んでないで 眠れなかったらソープランドでも行って一発やってくればいいじゃん・・」

「 だめですよ、監督、何云ってんすか、そんなの見付かったら もうだめですよ・・・」

「 それなら早く彼女作れよ、○○先生なんか 可愛いじゃん・・・」

「 だめです、彼女はもう 彼が居るんです・・・残念だけど・・・」

「 それじゃ △△先生は?・・・あれはボインだし、なかなかいいよ・・・」「 はい、そうですけど、彼女は性格が悪い・・・私にはちょっとタイプではないです・・・、監督はいつも学校に来て、そんなとこばかり見てたんですか? まいったなぁ、もう・・・」

「 お前、贅沢いってる場合じゃないだろ、なんでもいいから早く彼女作れ・・、そんなことだから 何時までも一人寂しくカップラーメン食いながら 悩むようになるんだろが、バカたれが・・・・ 」

「 分かりました、がんばります・・・、」

二人の酔っ払いの会話はだんだん在らぬ方向へ向かい、学校の独身女性教師の品定めになって盛り上がっていたのです。

オレはその時、彼は真面目で好青年だけど 世間知らずだと思ったのです。

人を教育するなら もっと自分を磨け、学問だけが勉強ではない、

若いうちに恋愛経験くらい沢山するようでなければだめだ、もっと社会の色々なものを見て来い・・・、風俗店へ行くことも必要だ、世の中の表も裏も、美しいものだけではだめ、

汚いものも沢山見なければだめだよ・・、

そこへ話しをもって行こうとした頃には 彼はもう座布団を枕に寝てしまったのである。

先生にも 先生が必要なのではないだろうか、

教育とは 教育する人を養成することから始まるような気がする。

学校教育とは 基本的に「学問」を教え、「知識」を身に付けさせるところだ。

オレの考えは、子供たちに「教養の基礎」を植え付けるところであるべきだと思う。

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(3)少年野球

ハナから自慢話になってしまって悪いけど、

オレは三十歳になった頃から十年以上も少年野球を指導した。

人生で一番充実した パワフルで情熱に溢れた素晴らしい時期だった。

自分で云うのもおかしいけど かなり強いチームが作れた。

地域では支持者も多く、人気者になり、部員も全盛期で百人を超えたこともあった。

チームは優勝争いの常連となり、 地域の名門に成長した。

その実績を買われたのか、監督を引退したあとに PTAと市の教育委員会からの要請で 地元の小学校で 講演会をしたこともあった。

講演の内容とか、野球理論については 気が向いたらそのうちブログに書き込むけど・・・・、

主催者は オレの指導法とか教育理念のようなものを講演することを期待していたようだったけど、なにしろ六十人ほどの受講者がお母さんばっかりで、オレはアガルのではないかと、そればかりが心配で・・・、

でも 意外とアガらなかった。

自信があったのだろうか、子供は自分の表現欲を満たす道具だとか、 子供を良い子にしようとは思わないとか、悪い子ばかり集めたほうが強いチームになる・・・とか、PTAの主催なのに PTAなんかないほうが子供のためには良い・・・とか、

当時では かなりヤバイ内容のことを 喋りまくった。

オレはどちらかというと 寡黙なほうだけど、自分でも不思議なくらい熱く語った。

人は 得意な分野になると 雄弁になれるのだろうか。

要するに、今の子供たちは 大人が管理しすぎる、監督の指示に忠実すぎる、

バントなんかしたら面白くないだろう、全打席ホームランを狙って フルスイングしてこい・・・、そういう指導をしてきたから 強いチームになった。

バントの練習を軽視したから 肝心なところで負ける試合もあったけど、

つまり、大人が介入すればするほど 子供の自主性は失われる・・・

そういうようなことを お母さんたちに伝えたかったのだ。

そして 好評だった。

オレはその時 少年野球というボランティアを十年以上もやって、初めて謝礼の形で五千円のご祝儀をもらった。

笑っちゃうような金額だけど、オレにとっては 人生で一番嬉しい報酬だった。

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(2)坂道の姉ちゃん

こういうことを云うと 妻や娘に叱られるけど、

先日、長い急な坂道を上っている時、前方に超ミニスカートの姉ちゃんが歩いていた。

おいしそうなお尻に奮起して、男なら誰でもラッキーだと思うことを期待しながら

姉ちゃんの歩くスピードに遅れないように、ベストポジションの間隔を保ちながら、脚は棒になり、息は切れるし、目が回りそうだったけど、何とか坂道を一気に登りきることができた。

結局、期待したものは何も見えなかったけど、この新鮮で能動的な精神があるのだから、オレはまだまだ大丈夫だ。

体力はもうへろへろだけど、オレの“心”の部分は たぶん今がピークだ。

だから今のうちに、オレの「教育」に関する様々なアングルからの考え方をブログに書き込んで、子育てをしている若いお父さんやお母さんたち、社会人も学生も、学校の先生も、 もしも読んでくれた人が、これも一つの選択肢として、参考にしてもらえればいいかなと思うのです。

オレもまた、世の中の年寄りたちと同じように「昔の話」からテーマを進めていくスタイルは変わらないけど、今の時代に合った「モラル」を考えてみたい。

「モラル」とは 道徳のことだと解釈しているが、

このブログの初めに記した「仁・義・忠・孝・悌・礼・智・信」という日本人のDNAという「真理」は不変であっても、

子供たちに教え、大人たちも守るべき「モラル」や、未来に向けて どうあるべきかということは、時代とともに進化していかなければならないものだと思うからであります。

こんな不良おやじの「独断と偏見的教育論」だから、過激で受け入れられない部分は却下してくれればいいのだから・・・

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(1)温故知新

“今頃の若い者は”とか、“昔はどうだった”とか・・・、

年寄りが 今の社会を批判したり、若い人たちに説教するときの決まり文句である。

年寄りという年長者たちは 古い時代の話をしながら「モラル」を説こうとしているのである。

モラルとは歴史と伝統によって育まれていくものだから・・・

「温故知新」 これも孔子の言葉だけど、「温」とは 温める、煮詰める、追求するという意味である。

新しいことを知ろうとしたら、古いことを追求しなさい・・・

古きを訪ねて 新しきを知る・・・ということである。

考古学者が古代の遺跡を発掘したり、地質学者が原始時代の地層を調査したりする、

彼らの究極の目的は 人間や地球や宇宙の 未来の姿を知りたいからである。

人間が進歩しようとする行為は 全て「温故知新」なのだ。

例えば 野球でも、強打者を抑えるために、バッテリーは彼の弱点を探す・・・

どのコースにどんな球種を投げるかを決めるには、彼のデーターを整理しなければならない。

音楽でいえば、ジャズもロックも、その原点はアフリカ原住民の太鼓のリズムだし、

ジョン・レノンに「イマジン」をイメージさせたのは、バッハやモーツアルトのクラシックだったと思う。

そういうことで年寄りは、若者たちに古い時代の苦労を伝え、現代は昔に比べたらずっと恵まれているのだから、不平不満を言うのは贅沢である、今の平和な世の中に感謝して がんばりなさい・・・

というような激励の言葉を伝えようとしているのだが、年寄りたちは(自分も含めて)いつの間にか 昔の自慢話になってしまうのである。

それでは若者たちは耳を貸さない、聴いたふりして 右の耳から左の耳へ抜けてゆくのだ。

人は加齢とともに パワーもスタミナも、 精神力も技能も・・・みんな低下して、

残るのは 力のあった若い頃の、遠い昔のノスタルジアというか・・・・、

記憶の中でしか自己主張が出来なくなっているからなのだ。

よく云えば“心・技・体”のうち 技と体はもうだめで、豊富な経験に培われた“心”の部分だけが、辛うじて まだ新鮮な形で生き残っているのである。

ただし・・・、老いとともに 俗にいうボケが始まると、もう何もかもおしまいだ。

“心”までポンコツになったら、もう人生は終わりである。

何故なら、人に迷惑をかけるだけの 価値のない人間になってしまうからだ。

オレは一応 そうなる前に死ぬ予定である。

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桃の花

南に向いた窓を開けると

広い梅畑には 白梅のつぼみがいっぱい膨らんで

その先には 桜並木の遊歩道が続いています、

もう春ですね・・・・、

桜が咲くころには 二人で仲良く

あの道を散歩します。

急ぐと 怖い顔になるから、

ゆっくりと ぶらぶらと

ばかなことを云っては 笑いながら・・・・・

第二の青春を 歩いていきます。

    引越ししました、遊びに来てください。

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この移転通知を作ったのは 三月はじめだった。

詩的でロマンチックないいお手紙が書けたと 自分的には満足していた。

引越しの荷物を片付けながら 窓の外を見ると、確かに広い梅の畑が見える、

真ん中あたりの少し大きな株には、白い梅の花が八分ほど咲いている。

ずんぐりとした 丈の低い、百本ほどの梅の木がそのまわりを囲んで、まだつぼみの状態だった。

そして先週、つぼみが開き始めたら なんと白梅ではなく 紅梅だった。

白梅は真ん中あたりの 大きな株だけだったのだ・・・

そんなことを思っているうちに 今週になったら、紅梅が満開になった。

ぽつぽつと開くのではない、枝いっぱいに溢れるほど大きな花が ぎっしりと咲いている。

素晴らしい、豪華できれいだ・・・、きのう 近寄って花びらを観察した。

なんじゃこりゃ・・・、紅梅ではない、桃の花だった。

私は移転ハガキを出した皆さんに 大うそをついてしまった。

紅を白だといい、桃なのに梅だと断言してしまった。

永田議員のようなことをしてしまった。

この場を使って お詫び申し上げなければいけない。

でも 人の心を傷つけているわけではないから、許してもらえるだろう。

それにしても見事な桃だ、夏になって オレの大好物の桃が 大きくたわわに実るのが楽しみになってきた。

取りになんか 行かないよ・・・でも、もしかして チャンスがあったら・・・

この先は言わないでおこう。

桜も開花したし、明日は朝からおにぎりを作って、腰痛のジッチャンと花粉症のバッチャンが、二人で仲良く ぶらぶらと あの遊歩道を お散歩に出かけるか・・・

理想と現実は こうもちがうのだ・・・。 (三月二十五日)

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スゴイの見つけた(3)

先週のニュースで 仮面ライダーの変身ベルトが三万一千五百円とかで売り出され、

四十歳くらいのサラリーマンのおじさんが 子供のためでなく、自分用に買っていく人が沢山いるそうだ。  

ライトは付くし、真ん中のプロペラは回るし、音も出る・・・よく出来たオモチャらしい。

おじさんたちは これを買って、腰に巻き、変身ポーズをとって ジャンプしようとする。

新橋駅前で 仕事帰りに一杯ひっかけてから、このベルトを取り出し、楽しそうに にこにこしながらやっている。

なんだか 気持ち 分かるな。

よし、変身して 強くなって、明日も仕事がんばれ・・・と云いたい。

壁に並んだ ウルトラマンたちを見たとき、オレは息子のことを想い出した。

彼が幼稚園のころに 手をつないで 今日はウルトラセブン、今日はバルタン星人、・・・

彼のリクエストに答えながら、オモチャ店通いをしていた。

山ほど集めた怪獣の人形を並べて、スペシウム光線を発射して戦う息子の姿・・・、

変身ベルトを巻いて、変身ポーズのあとにオレに向かって飛びけりをしてくる・・・

地球の平和を守るため、身も心も ウルトラマンや仮面ライダーになりきって、

怪獣や ショッカーの怪人役のオレに 戦いを挑んでくる息子・・・

それに対し、負けてたまるかと 汗だくになって対決していた若いお父さんの自分・・・、

娘もそうだった、

彼女と二人で手をつないで、バービーちゃんも リカちゃんも、キャンディキャンディも、買いに行ったよな・・・、

この壁は そういう想い出を いっぱい展示している。

そして、この家のお父さんはどんな人なのかな・・・、子供たちも やっぱり地球を守るために戦い続けているのだろうか・・・?

そんなことを想像しながら 明るい幸せな笑い声が聞こえてきそうな家の壁にデジカメを向けていた。

自分の口元も ほころんでいた。

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スゴイの見つけた(2)

昨日(四月八日)、横浜では 今年は桜が早く開花して、まだ咲いている。

桜の花が 長く咲くのは なんだか幸せだ・・・

花は人の心を癒してくれる、花が咲いていると人は温かい優しい気持ちになれる。

花はいいな・・・

朝から 妻と二人で、ぶらぶらと あてもなく 桜の花でも眺めにいこうか・・・

ということで、散歩に出かけた。

静かな住宅地の道を よその家の庭に咲いている モクレンや、椿、枝垂れ桜、などを鑑賞しながら 鉢植えのパンジーや水仙を指差して「これかわいいね、きれいだね・・・」

なんて云いながら・・・、幸せを実感していたのです。

花を見てるから幸せ・・・というよりも、仕事をリタイヤして、人間関係も、納期やクレームの心配も、子供たちや孫の心配も・・・何にも無くなって、

何も考えずに ただ ぼんやりと歩く・・・この自由な時間を満喫している自分が

なんと優雅で 幸せなのかと思ったのです。

オレは今 頭の中が空っぽだ・・・バカとはこういうことなのか・・・

バカって、幸せなんだな・・・

「名探偵シャーロック・ホームズ」を書いたイギリスの小説家コナン・ドイルの随筆に

こういうのがあった。

「ある朝、親しい友人と静かな森を散歩していた、彼は一番の親友だから 互いに言葉を交わす必要も無く、ただ黙って歩いていた。

落ち葉を踏みしめる音と 小鳥のさえずりしか聞こえない、

どこからか一発の弾丸が飛んできて私の頭に命中した、そのまま私は落ち葉の中に倒れていた・・・・私は こういう死に方ができたらいいと思う・・・」

流石はコナン・ドイル、憎いねぇ、カッコいいねぇ、・・・・

四十年以上前に読んだ本だけど、この部分だけ何故か覚えている。

昨日のお散歩のときに、鉄砲玉が飛んできて、オレも死んじゃったらよかったのかも・・・

でも、そういうこと云うのは まだ十年早いか・・・

人間は 「生きていて良かった」というときよりも、「死んでもいい・・・」と思えるときのほうが 幸せなのだ。

話がそれたけど そのお散歩のときに このウルトラマンの家を見つけたのです。

下の二枚目も見てください。

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スゴイの見つけた(1)

この画像 見てください。

クリックすれば大きい画面で表示されるよ。

これを見て “スッゲエー” と思う人は 四十代前後から五十代くらいの中年だな・・・・、凄い・懐かしい・なんだか嬉しいような気分で 心が癒される人は 少年の心が失われていない人だ。

歴代のウルトラマンと怪獣と、仮面ライダーやタイガーマスク・・・

あの時代に育った男の子には これはたまらない、

このキャラクター人形が なんと塀の外壁一面に 数え切れないくらい何千個も貼り付けてある家を見つけたのです。

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