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2006年7月

夢に向かって

Photo_34 今年の梅雨は長いですね、5月に沖縄の大雨からはじまって 今月は長野で洪水や土石流、日本中広範囲に梅雨末期の大雨被害で大変だ。

梅雨が明ければ またくそ暑い夏がくると分かっていても、

早く梅雨明けしないかな・・

今回の「お散歩カメラ」は木の実を探して歩いた。

不審者やボケ老人の徘徊とちがうのだから テーマをもって歩かなければいけない。

近所に県立の高校があって、その校庭を囲む垣根に 名前は知らないがきれいな花が咲いていたが、カメラを向けると どのアングルから見ても その前方のグランドでは女子高校生たちが夏休みの部活であろうか、運動の真最中なのである。

それにカメラを向けたとしたら 怪しいおじさんがスケベ心で盗撮しているといわれても弁解の余地がない、彼女たちは真面目に青春しているし、オレも純粋に花の写真を撮りたいだけなのだが、それでは全くスケベ心がないかと問われれば、オレだって全然ないわけではないのも事実だから、結局 君子危うきに近寄らぬことにした。

そういうことにまで気を使いながら 散歩しているのだ。

まだ七月の下旬だから 実りの時期ではないが、「青い実」をいろいろ見つけた。

まだ食えないのは残念だが 「未熟」には「若さ」がある。

「未完成」「中途半端」「半人前」「尻がアオイ」とか「青二才」とか・・・、

蛙ならオタマジャクシに脚が生えたくらいの、

茹玉子なら半熟で、

ちなみに芸者のタマゴを半玉(はんぎょく)というが、

さっきから ナニ訳のわからないこと云ってるか・・・だけど。

“未”とか“半”といわれて、バカにされたと思ってはいけない、

 “若さ”を言い換えているだけで、「夢」のあるいい言葉なのだ。

「青春」は青い春と書く、青も春も“若さや出発”を表すいい文字なのだ。

“夏”という活動期に向かって沢山経験を積み、

やがて秋になれば 真っ赤に色づいた食べ頃の実になるのだ。

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“恋をするには若すぎる・・・みんなはそう云うけれど 僕らの恋は変わらない・・・”

They try to tell us we're too young・・・

トゥー・ヤング 夢見る頃 トゥー・ヤング・・・という唄いだしの

「Too Young」というナット・キング・コールの歌、知ってる人いるかな・・・

あの甘い歌声は 青春の思い出だ、

パット・ブーン、プレスリー、サミー・ディビスJr、それからF・シナトラに

プラターズ・・・、あの頃の歌手は最高だな。

また脱線しそうだ、

要するに 夢を描くのに 早すぎるということはない、

遅すぎるということもないのだと思います。

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7月22日、朝から久々に雨が降っていないので

いつもの鴨やアヒルちゃんたちのいる水辺に行った、

いつもお目にかかるあの二羽の鴨には そのうち名前をつけなければならない、

何しろお互い顔見知りから 最近ではお友達になってきた。

その水辺に 大きな「カラスアゲハ」や「オニヤンマ」が飛んでいた。

何とかカメラに収めようとしたが、やつらのスピードについていけない、

どこかにとまってくれればいいのに、

八月になったら 今度は昆虫をテーマに必ずリベンジしてやる。

最近は すっかりカメラにハマッテしまった。

例えば 戦場のカメラマンが 危険が迫っているのにフィルムを回し続けて 自分も死んでしまったというようなニュースを見て、逃げればいいのにバカなやつだな・・・と思っていたが、最近は彼の気持ちが分かるような気がしてきたのです。 

写真愛好家になるには オレなんかまだまだ「トゥー・ヤング」というか、

蛙ならオタマジャクシの前の タマゴくらいのレベルだけど、

「動くもの」を撮るのは本当に難しい、

静止しているものも 満足に撮れないのだから・・・

ずっと以前から思っていたことなのだが、

今、オレの一番の夢は「カワセミ」が撮りたい・・・

去年まで 多摩川で釣りをしながら 鵜が水に飛び込んで魚をくわえて飛び立つところや 白鷺が浅場を歩きながら 川底を突っつき、小魚を捕まえるのは何度も目撃しているが、カワセミだけは まだ見たことがない・・・

カワセミが枝の上から標的めがけて水中にダイビングする瞬間を目撃できたら、

そして、カメラに収めることができたら どんなに感動するかな・・・

なんて、軽い気持ちで考えていたが、

それが最近は 具体的に「夢」を描くようになって、

生きているうちに 一度でいいから見たい・・・、見なければならない、

自分の使命感に変わってしまった。

若い人からみれば たあいの無いことのようだが、これが意外と大変なのだ。

なぜならば カワセミに出逢うには 渓流を登らなければならない、

釣竿やカメラを持って藪を掻き分け 渓流の岩場を登る体力がオレにはもうないことに気がついたからだ。

オレの友人というか先輩だが もう七十歳を越えた人で 鮎釣りの名人がいる、 

彼は毎年 鮎のシーズンの前、桜の咲くころになるとジョギングして足腰を鍛えている。

川に入り 鮎釣りをしたい一心なのだ。

それを見習って、オレは今 毎日プールで足腰を鍛えている。

カワセミに逢いたい一心だ。

達成できるかどうかは分からないが、がんばろうと思うのだ。

叶わないのが「夢」ならば、叶うのも「夢」だろう、

そのためにファイトを燃やし、心ときめかすのも「青春」だろう。

学生のころ「渚にて・・・on the beach」という映画をみた。

この映画の主題曲オーストラリア民謡の

ワルツィングマチルダYou'll come a waltzing Matilda with meが日本でもヒットした。

スタンリー・クレイマー監督で、核戦争で日本も中国もアメリカも北半球が全滅して、戦いに生き残った潜水艦の艦長グレゴリー・ペックと恋人エヴァ・ガードナーのメロドラマだ、

みんな死んでしまってだれもいないサンフランシスコの港で、一人の若者が岸壁に座り、魚もいなくなった海に 釣り糸をたれているシーンが印象的だった。

そして、まだ放射能汚染を免れている南半球のオーストラリアで、やがてこの地にも 死がせまっていることを知りながら、今何がしたい?と聞かれて、

グレゴリーは「渓流で鱒釣りがしたい・・・」と答え、エヴァと二人で山のキャンプ場へ釣りをしに行くのである。

核戦争の恐怖ということよりも、人間の欲望について考えさせられる映画だった。

人は 金・名誉・栄光・SEX・・・欲望は山ほどあるけれど、

旨い物が食いたいとか、健康でいたいとか、

そして「自然」の中に溶け込みたい・・・

という単純なことが 最終的で究極の夢になってゆくのだろうか。 

花はただ咲いて ただ散ってゆく・・

鳥も魚も 自由に飛んだり 泳いだりしてるけど

あれは食い物をさがしているだけなのだ、

花も鳥も魚も・・・、ただ生きるために咲き、生きるために食っている。

だから、旨いものが何かを知らない・・・

人は 限りある人生の中で、

どうせ咲くなら美しく咲きたい、

どうせ食うなら 旨いもの食いたい・・・と思う。

そこが人間のエライところだ。

欲望とは そういうものだ。 

言えることはただひとつ、人は「夢」を持つことが大切なのだ。

いつでも“欲望”という熱い心を持つことが 人として生きている証なのだと思います。

それが大きいほど大変だけど、人間だけに与えられた特権なのだから。

いのちが燃えればいいんだよ

なにもなくてもさ

見知らぬ同士の一騎打ち

それが男だよ・・・

ビールのCMソングだけど オレはこの歌が大好き、

釣りをするときは いつもこの心意気なのだ。

アー、釣りに行きてえなー、魚やカワセミと“一騎打ち”したいなぁ、

そのまえに トンボやチョウチョとの予選リーグがあるけどね。

 

◆青い実の写真展(クリックして拡大)

柑橘系・ぶどう

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いちぢく・りんご

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柿・かりん

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キウイ・ツバキ・藤(中に種が入っている)

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これ何?

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万両・ひいらぎ南天

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夏の花

葵・撫子・ノウゼンカズラ

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清楚な白い花ドクダミ

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さらばハイセイコー

「さらばハイセイコー」    寺山修二

 ふりむくと 一人の少年工が立っている

彼はハイセイコーが勝つたび 

うれしくてカレーライスを三杯も食べた

 ふりむくと 一人の失業者が立っている

彼はハイセイコーの馬券の配当で 

病気の妻に手鏡を買ってやった

 ふりむくと 一人の車椅子の少女がいる

彼女はテレビのハイセイコーを見て 

走ることの美しさを知った

 ふりむくと 一人の酒場の女が立っている

彼女は五月二十七日のダービーの日に 

男に捨てられた

 ふりむくと 一人の不幸な運転手が立っている

彼はハイセイコーの配当で 

おふくろをハワイへ連れて行ってやると言いながら

とうとう約束を果たすことができなかった

 ふりむくと 一人の人妻が立っている

彼女は夫にかくれて 

ハイセイコーの馬券を買ったことが

たった一度の不貞なのだった

 ふりむくと 一人のピアニストが立っている

彼はハイセイコーの生まれた三月六日に 

自動車事故にあって失明した

 ふりむくと 一人の出前持ちが立っている

彼は生まれて初めてもらった月給で

ハイセイコーの写真をとるために 

カメラを買った

  ふりむくと 大都会の師走の風の中に
 まだ一度も新聞に名前の出たことのない 

 百万人のファンが立っている
 人生の大レースに自分の出番を待っている

 彼らの一番うしろから せめて手を振って 

 別れのあいさつを送ってやろう
 ハイセイコーよ 

 お前のいなくなった広い師走の競馬場に
 希望だけが取り残されて 風に吹かれているのだ

 ⑩ ふりむくと 一人の馬手がたっている

 彼は馬小屋のワラを片付けながら 

 昔世話したハイセイコーのことを

 思い出している

 ⑪ ふりむくと 一人の非行少年が立っている

 彼は少年院の檻の中で ハイセイコーの強かった日のことを

 みんなに話してやっている

 ⑫ ふりむくと 一人の四回戦ボーイが立っている

 彼は一番強い馬はハイセイコーだと信じ

 サンドバックにその写真を貼って たたきつづけた

 ⑬ ふりむくと 一人のミス・トルコが立っている

 彼女はハイセイコーの馬券の配当金で 

 新しいハンドバッグを買って

 ハイセイコーとネームを入れた

 ⑭ ふりむくと 一人の老人が立っている

 彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ やけ酒を飲んで 

 終電車の中で眠ってしまった

 ⑮ ふりむくと 一人の受験生が立っている

 彼はハイセイコーから 挫折のない人生はないと 

 教えられた

 ⑯ ふりむくと 一人の騎手が立っている

 かつてハイセイコーとともにレースに出走し 

 敗れて暗い日曜日の夜を 

 家族と口もきかずに過ごした

 ふりむくと 一人の新聞売り子が立っている

彼の机の引き出しには ハイセイコーのはずれ馬券が 

今も入っている

 もう誰もふりむく者はないだろう

うしろには暗い馬小屋があるだけで

そこにハイセイコーは もういないのだから・・・

ふりむくな

ふりむくな

うしろには夢がない・・・

ハイセイコーがいなくなっても 

総てのレースが終わるわけじゃない

人生という名の競馬場には

次のレースを待ち構えている百万頭の 

名もないハイセイコーの群れが

朝焼けの中で 追い切りをしている地響きが聞こえてくる

 思い切ることにしよう

ハイセイコーは ただの数枚の馬券にすぎなかった

ハイセイコーは ただひとレースの思い出にすぎなかった

ハイセイコーは ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった

ハイセイコーは むなしかったある日々の

代償にすぎなかったのだと

 だが 忘れようとしても

眼を閉じると あの日のレースが見えてくる

耳をふさぐと あの日の喝采の音が

聞こえてくるのだ・・・・・

長い 長い詩です。

長いけど 嫌にならないのです。

次はどんな言葉が出てくるのか・・・期待しながら読めるのです。

競馬をやらない人でも この時代に生きてきた人なら 納得できる言葉です。

大都会の片隅に生きる様々な人間模様が ハイセイコーという一世を風靡した

サラブレッドの物語を通して見えてくるのです。 

1970年代は日本の高度成長期の真最中で、野球では王・長島の全盛期、ジャイアンツが日本シリーズ九連覇を達成し、巨人・大鵬・玉子焼き・・・といわれ、

巨人も大鵬も玉子焼きも・・・強くて人気がある「常勝・安定」の代名詞だった。

そんなときに 公営大井競馬場に怪物が現れた、

デビューしてから6連勝、それも全てのレースが追わずに10馬身もぶっちぎりで・・・、

ダートの公営競馬では無敗で中央へ転厩、弥生賞、スプリングS、NHK杯、

そして皐月賞まで・・・10連勝を達成した、

欲張りな大衆は 更なるヒーローの出現を求めていたから

競馬界では 幻の名馬「トキノミノル」の再来か・・・といわれ、

日本人なら王・長島・大鵬をみんな知っているように

競馬を知らない人でも「ハイセイコー」を知らない人はいないくらい

アイドルとなり 社会現象になった。 

玉子焼きは別格として、 “巨人・大鵬・ハイセイコー”とまでいわれた。

ちなみにダービーでの単勝支持率66.6%は、2005年ディープインパクトに抜かれるまで 三十年以上も破られなかった記録である。

誰が見ても ハイセイコーはダービーも勝つ・・・、と思った。

そして、何百万人が見つめる悲鳴と喚声の渦の中で 宿敵タケホープに敗れたのである。

このダービーのあと、ハイセイコーは菊花賞でもタケホープに負けた。

それでもハイセイコーの人気は落ちない、

タケホープのほうが強いのに 悪者扱いされるような雰囲気だった。

三冠馬でもない、歴史的にみれば ただの皐月賞馬なのに、

こんなに大衆に愛された馬は ハイセイコーが最初で最後なのかもしれない。

ハイセイコーの魅力は「負ける」ところにあったのかもしれない。

勝つときの鮮やかさ、負けるときの悲壮な姿・・・・

栄光と敗北を大衆の前にさらけ出す・・・人生のドラマのように。

公営競馬出身という エリートとはいえない彼の生い立ちも 庶民に親しみ愛される要因なのだろう。

でも 当時のオレは冷静だった。

ハイセイコーの馬券を 買ったことは一度もない。

ていうか、貧乏人だから 穴ばかり狙っていたのである。

自称競馬評論家の専門的見地からすれば、

ハイセイコーはチャイナロック、タケホープはインディアナという血統だが、

血統的には互角としても、500kgを越える巨漢のハイセイコーのパワーよりも、

スリムで 筋肉がしなやかで 皮膚が薄く柔らかそうなタケホープのほうが、

スタミナが要求される長距離のクラシックレースには向いている、

少し前の世代に、アローエクスプレスがタニノムーテイエに敗れたことを考えていた。

アローエクスプレスもハイセイコーも 人気ばかりが先行している、

みんなにチヤホヤと愛されすぎている。

馬だって 苦労しないとだめだ、挫折の経験がなければだめだ。

強いものを倒そうとする「反骨心」がなければだめだ。

ハイセイコーは まだ負けたことがないから そういうことを知らない、

そこに負ける要素がある・・・

オレは敢えて彼の評価を下げていた、

というよりも大穴馬券を求めるあまりの 希望的観測だったのだが。

かつて菊花賞馬アカネテンリュウが 強敵メジロアサマ(メジロマックィーンの祖父)

中山の直線で並ばれたとき、オレより先に走るなと噛み付きにいったことがある。

馬にだって、あいつにだけは負けられないという「闘争心やプライド」もある。

2001年のダービーで 直線一気の強襲で勝ったジャングルポケットが

ゴールを過ぎてから 天に向かって吠えたのを 観衆はみな目撃した。

どんなもんだい、俺はやったぞ・・・というガッポーズなのだ。

そのとき 惜しくも二着に敗れたダンツフレームが 

悔しそうに肩を落としていたのを見た観衆は何人いただろうか・・・・。

うそみたいなはなしだけど、競走馬とはそういう賢い動物なのだ。

勝てば嬉しそうに喜びを表し、負ければ落胆して 泣く馬もいる。

バカと思われても仕方がないが 自分にはそう見えるのだ。

タケホープに乗った嶋田功騎手が「ハイセイコーが四つ足なら こっちも四つ足だ」

という名言があるが、ひよどり越えの断崖の上から「鹿も四つ足 馬も四つ足、」と叫び 

急斜面を馬で駆け下り平家を破った義経のような気概と反骨心で、 

タケホープと嶋田のコンビは 無敵のハイセイコーに立ち向かったのであろう。

競馬のはなしになると 熱が入って また脱線してしまった。

ここでは 寺山さんの詩のはなしであった。

「さらばハイセイコー」の ①~⑳までの詩のなかのどれかに 自分が当てはまっているようで、

大都会の雑踏にまぎれながら、人はみな それぞれの人生を背負い生きている・・、

自分は どのタイプの人間なのかを問われているようでもある。

この詩で 一番いいところは

ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない・・・

寺山さんは そういって自らを励ましているが、

だが 忘れようとしても 

眼を閉じると あの日のレースが見えてくる

耳をふさぐと あの日の喝采の音が 聞こえてくるのだ・・・・

と締めくくる。

春は必ずまた来るけれども 愛したものとの別れも 

巡る季節と同じように 必ずやってくる。

自分が愛したものへの せめてものはなむけに 

百万人のファンの一番うしろから 

せめて手を振って 別れのあいさつを送ってやろう・・・・

それが 優しさの証明なのだ。

それが ハイセイコーに対する“ありがとう”の印なのだ。

寺山さん自身が 「さよならだけが人生・・・」を 

かみ締めていたのだ。

競馬には 負けても満足できる馬券がある。

たとえば 

◎ 情報に迷わず 配当に惑わされず

   納得いくまで考えて 自分を偽らなかったとき

 ◎ テンポイントが 最後の決戦有馬記念で 

   ついにトウショウボーイを破ったとき

 ◎ トウカイテイオーが 引退を決意した有馬記念で

  ビワハヤヒデに競り勝ったとき

 ◎ サクラチトセオーが中山京王杯で1分32秒1

   マイルのレコード33秒台をはじめて切ったとき

 ◎ マヤノトップガンが阪神大賞典で

   ナリタブライアンと長い直線で一騎打ちになったとき

 ◎ ツインターボが20馬身も離して逃げるとき

 ◎ エアグルーブの子供がデビューしたとき

 ◎ アルバムに貼って残したい馬の単勝馬券を買ったとき・・・

こういうときは 馬券が外れても

自分は良いことをしたような 

幸運に恵まれたような気持ちになります。

たとえば

   ライスシャワーが宝塚記念で転倒し 予後不良になったとき

 サイレンススズカが天皇賞でも大逃げして 骨折したとき

● あんなにがんばったサンエイサンキューが力尽きたとき・・・

こんなときは 馬券が的中しても 

自分が悪いことをしてしまったような 

切なくてやりきれない気持ちになります。

(これは寺山さんじゃないよ、オレのオリジナルだ)

この意味が分かる人は 競馬をロマンだと思う人だ。

いつだったか 漫才の芸人が、「競馬はロマン?・・・アホぬかせ、

なにがロマンじゃ・・・、騎手が馬を担いで走るなら そりゃ偉いけど、

金賭けて、鞭で叩いて走らせて、あれは虐待じゃ・・・」といって笑わせた。

確かにそうかもしれない、

競馬がロマンだなんて ギャンブルに負けた者の「自分への慰めと言いわけ」だ、

自分としては どんな形であれ馬券が的中すれば こんな嬉しいことはないし、

負ければ こんな悔しいことはない。

ギャンブルとは 基本的に勝てばいいのだ、

しかし ギャンブルで最終的に勝った人のはなしを聞いたことがない。 

ギャンブルとは「負ける遊び」なのだ。

でも、例えば、同じ負けるのでも パチンコで負けたときの

“青春を無駄に浪費したような 惨めさと、情けなさ、自己嫌悪・・・”

「軍艦マーチ」で高揚した心が 帰り道では「昭和枯れすすき」になるような

あの後悔に比べたら、

競馬で負けたときの 悔しいけれど何とも表現のできない

“青春を燃焼させたような ある種のあの爽やかさ”は何だろう。

パチンコを題材にした詩や歌に 出会ったことはないが、

競馬には ハイセイコーのような 感動的な詩や歌もできる。

自分が選んだ馬に託したその夢が、そのときの思いが、

いつまでたっても忘れずに 人生のアルバムの一頁として

心に残しておきたいという気持ちは何だろう、

ファンファーレを聞き、ゲートインをするときの

少年のような あの胸のときめきは何だろう、

去ってゆく馬に“ありがとう”の言葉を贈りたい気持ちは何だろう

やっぱりこれは ロマンなのだ。

こんなことを力説するオレは やっぱりバカなのじゃ・・・

◆好きな馬・お世話になった馬

タマモクロス・ライスシャワー・ブラックホーク

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Photo_25 ハイセイコー号 (牡・鹿毛)

1970年3月6日北海道新冠生まれ

父 チャイナロック、母 ハイユウ、  

鈴木勝厩舎、 騎手増沢末男

22戦13勝、主な勝ち鞍(皐月賞・宝塚記念・高松宮杯など)

主な産駒= カツラノハイセイコ(ダービー・天皇賞)

ハクタイセイ(皐月賞)、サンドピアリス(エリザベス女王杯)

2005年5月4日没享年31歳

◆OB会の写真です、画像が暗いから みな若くみえる。Dscf5326

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さよならだけが人生

この盃をうけてくれ

どうぞなみなみつがせておくれ

花に嵐のたとえもあるぞ

さよならだけが人生だ

この詩は直木賞作家の井伏鱒二さんが 漢詩を日本語に訳したものです。

親しい友人と酒を酌み交わし、しんみりと人生をふりかえる・・・

そんな情景を連想させる 大好きな詩のひとつです。

「勧酒 」干武陵

勧君金屈巵(君に勧む金屈の巵)
満酌不須辞(満酌辞するを須いざれ)
花発多風雨(花発いて風雨多し)
人生足別離(人生別離足る)

これが原文です。

井伏鱒二さんは 上品で温かみのある言葉でこれを翻訳し、中国人の詩の中に

日本の「一期一会」に通じるものがあることを表現しています。

酒を酌み交わすこの二人が だいぶ出来上がってきて、

更にボルテージが上がった状況でこの詩を書き換えると

“花は咲いても 嵐がきたらおしまいだ

人生あしたはどうなるか分からない

ガタガタしたってしょうがねえだろ、 

さあ飲もうぜ・・・  

俺の酒が飲めねぇのか・・・コノヤロ ”   (自分訳)

まあ・自分たちのレベルだと このような意味になります。

むかし読んだ「三国志」の中に、詳細は忘れたが、主人公の劉備玄徳が魏の曹操に

「美味しい梅が手に入ったから 二人だけで梅を肴に酒を飲みませんか・・・」

と誘われる場面がある。

関羽と趙飛の二人の忠臣は「策略に決まっている、行ってはなりませぬ」と止めるが

「私は彼を信じる・・・」劉備は単身 宿敵曹操に逢いにゆくのである。

覇権を争って互いに憎しみ合い、戦い続けてきた永遠のライバルが かけひきも何もなしに 現実を離れて僅かな時間心解け合わせ、互いの力を認め合い、

「一期一会」の時を共有したのである。

水の畔の静かな佇まいの庵の中で、梅の実をさかなに酒を酌み交わす・・・・

たぶん原作者干武陵も 水墨画のような幽玄の世界をイメージしたのだろう。

これが現代のオレたちのスタイルになると、 

回りの客の声がガヤガヤうるさくて、

自然と自分たちの会話の声もでかくなる居酒屋で、

枝豆とヤキトリをさかなに酒を飲む・・・、

たいして変わりはないよな、梅よりはヤキトリのほうがうまいと思うけどね。

* 七月七日、久々に東京へ行き、会社の古い仲間と現役の若手も集まって

現役時代に世話になった上司の八十七歳の誕生日を祝い 酒を飲んだ。

高齢で病気療養中であるが 何とかいつまでもお元気でいてほしい・・・

みんな同じ気持ちで・・・、

自分的には(みんなもそうだと思うが) 仕事の先生であり 人生の師匠でもある上司に

親孝行のまね事ができたこと、そういう環境で育ってきたことが何より嬉しく、

幸せなひと時であった。

OBはみんな還暦や古希を過ぎた爺さんばかりで、

筋肉隆々でスマートだった肉体も 今は中年太りの腹となり、頭髪は白くなり、

白でもまだ有れば工夫もできるが、略全滅で もはや手遅れの人もいるけれど・・・、

そのかわり口だけはみな達者になって、活躍した現役時代をふりかえる、

「有朋自遠方来、不亦楽乎」

(とも)有り遠方より来る、また楽しからずや・・・ 

この詩がぴったりの楽しい宴なのだ。

朋とは同じ目的のために学ぶ友のこと、

昔のチームメイトが久々に会うことは楽しいことであるという意味だ、

「興志一来 可狂起耳 侠情一往 可乱酔耳」

興志(こうし)ひとたび来たらば 狂起すべきのみ 

侠情ひとたび往()かば 乱酔すべきのみ

目的ができたら狂ったようにやれ、そしてそれが終ったら乱れるほど酔えばいい・・・

侠情が往くとは“おとこ心がふれあう”という意味だ。

得難きは時、会い難きは友・・・というのもある、

何れも同じようなシチュエーションの名句である。

そして、毎年先輩たちがひとり またひとりと欠けていく現実を知りながら、

“みんなに逢えるのも これが最後になるかもしれない・・・”

心のどこかに そういう自分自身に対する心構えというか 

覚悟のような感情がちらついたのは 大病を抱えた経験のある自分だけだろうか?

ナンチャッテ・・・、

「侠情と乱酔」の言葉を忠実に実行し、飲みたい放題飲んで、散々大騒ぎしたあとで、

一人になると ヘロヘロに疲れ果て、息も絶え絶えでタクシー乗り場にたどり着く

己の体力の衰えを痛感したからだろうか。

翌日は「あ゛~ぎもち悪り~・・・、あっだま痛ぇ~・・・」と嘆く、あの懐かしい症状を久しぶりに満喫?していたが、

ともあれ 東京さ行って無事に戻ってこれたのである。

人生は 結局別離の連続なのだ。

出会いの数だけ 必ず別れがある。

だからこれからは、一日一日を 楽しく大切に生きてゆこう・・・

みんながんばれよ、元気でまた会おうぜ、オレもがんばるから・・・

ということだ。

そのときに ふと思い出したのが「さよならだけが人生・・・」の詩だった。

この詩の意味が 分かるような歳になったということだね。

 

この詩に反論するかのように こういうのもある。

さよならだけが人生ならば  

    また来る春は何だろう

はるかなる地の果てに咲いている 

    野の百合は何だろう

さよならだけが人生ならば  

    めぐり会う日は何だろう

やさしい やさしい夕焼けと  

    ふたりの愛は何だろう

さよならだけが人生ならば 

    建てた我が家 なんだろう

さみしい さみしい平原に  

    ともす灯りは何だろう

さよならだけが人生ならば 

    人生なんか いりません

劇作家で 演出家で 詩人で 競馬評論家の寺山修二の詩です。 

寺山さんは 本当は「勧酒」の詩が大好きなのである。

酒飲みで「俺はいつか肝硬変で死ぬ・・・」そんなことを冗談まじりに言いながら

さよならだけが人生なんて思うのは十年早いよ・・・

前向きに生きようとする 自分への応援歌のように 

「さよならだけが人生」の意味が分かっているくせに、敢えてそれを否定する。

1970年代、オレは毎週末になると競馬場通いをしていた、

スポーツ誌や競馬新聞で 寺山さんのコラムやあまり当たらない予想欄はよく読んだが、

彼がこんなに味のある詩人だったというのを知ったのは

怪物ハイセイコーが引退した頃だった。

そして、サラブレッドの走る姿を人生に例え、競馬はロマンだ・・・と、

頑なまでに主張する彼の考え方に共感を覚えたのも 

ハイセイコーをこよなく愛した彼の晩年の詩「さらばハイセイコー」

出逢ったからである。

「さよならだけが人生」は、人生をふりかえるうただ。

“ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない・・・”

そう訴えつづけた彼が 最後には人生をふりかえる詩を 延々と書いたのである。

増沢騎手のヒット曲じゃないよ、長いけど 素敵な詩を次に紹介します。

  

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Lucky yellow (2)

 赤ちゃんことば

キイロで思い出した、

息子が幼稚園で習ったうたを「さいた、さいた、チューリップの花が、ならんだ、ならんだ、あか・しろ・キロロ・・・」と唄った。

孫は 更に進化して、唄いだしが「ヤイタ・ヤイタ・・」だった。

幼児がカタコトで話すことばは かわいくて面白いのが沢山あるね、

基本的には「さ行・た行・や行」が合体して、

「チャ・チ・チュ・チェ・チョ・、タ・チ・チュ・テ・ト・・・」になる。

子供たちが発明した面白いことばを 全部メモしておけばよかった。

息子は 飛行機を指差して「キ・・・」

ヘリコプターを「ブタブター・・・」

タイガーマスクを「バカチュク」、ビートルズを「ビートロズ」

娘は チョコを「コチョ」、トウモロコシを「トンコモロシ」、

まだまだあるけど 忘れちゃったな・・・

孫は「何やってるの?」を「ナニヤッチュッチューノ?」、

消防車は「ボウボウシャ」、救急車は「チュウチュウシャ」

パトカーを「パトパ」

そして ゴミを回収にくる清掃局の車を「イノマ」・・・、

これはかなり飛躍している。

更に 意味不明な「アジュジュ」・・・・?

アジュジュて、なあに?と聞いたら、

「アジュジュはアジュジュ・・・だよ」

そうか、聞いた私が アジュジュだった・・・

三歳くらいのときに 母親に叱られたときの会話、

「分かったの? 分からないの?・・・ どっちなの?」と問われたときの答えが

「アッチー」・・・、

これは彼の不滅の最高傑作である。

最近聞いたよその子の優秀作品「エベレーター」、

これを耳にして以来、自分まで エレベーター、エベレーター・・・?

あれ? 正しいのはどっちだったか 分からなくなることがある。

シンドラー社のは、たぶん“エベレーター”だな。

娘婿は 最近まで潮干狩りを「ヒオシガリ」と信じて疑わなかったそうで、

更に 家族でナベを囲んでいるとき、真面目な顔して

「スミレとってくれ・・・」、

「スミレて、何よ?」

「△∞×*▽〒♪〇∵γ◇α!¥#・・・・?」

「・・・・??」

しばらくしてから、

「ああ、レンゲかぁ・・・!」

これは近来稀な 逆転満塁ホームランである。

さすがオレの愛娘が惚れた男だ、いいセンスしてる。

以来我が家でも鍋やラーメンのときには「スミレ」を使うことにしている。

 蛇足

 桃の木に実がついた・・・

 きれいな花束、黄色がインパクト・・・

 5枠の馬は黄色い帽子・・・

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Lucky yellow (1)

     特に理由はないが 今回は黄色シリーズです。

(画面をクリックして拡大)

「あじさい」の記事で オレは青が好き・・・といった、

「黄色」も青に負けないくらい好きだ。

自分的には 青は“大人の静の色” 黄色は“若さの動の色”かな・・・

黄色は「幸運を呼ぶ色」だそうである。

黄色は目立つし、明るいし・・・、幸せの色だね。

    去年の秋、町田の書店で ジョン・ウェインの「黄色いリボン」のDVDが五百円なので「安・・!」と思って買った、 少年の頃に見た懐かしい西部劇だ。 

アメリカでも黄色は「Good Luck」の象徴で、武運を祈るという意味で騎兵隊は黄色いスカーフをつけていた。

    高倉健の映画「幸せの黄色いハンカチ」も涙の出そうないい映画だった。

    「黄色のフクロウ」我が家のお守りだ。 

  フクロウも縁起物で、“不苦老”とか

“福”にひっかけて、幸福を呼ぶ鳥らしい。

これも町田のデパートで 信楽焼きだかなんだか知らんが一万円なので「高・・!」

と思って、そのあと吉野家で420円の牛焼肉丼を食べた、

そんなこと関係ないか。

フクロウちゃん、よく見るとかわいいよ・・・・

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◆ ウコン

6月14日、春に植えた「ウコン」の芽が やっと出た。

6月17日、10㎝に伸びのたで 鉢を二つに分ける、

6月24日、葉が開きはじめた、

6月27日、二枚目の葉が出てきた。

ウコンの花は見たことがない、咲いたらまた写真に保存するが、

根は生姜と同じ「黄色」だ。

肝臓を気にする のん兵衛には せめてものお薬だ。

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◆ 黄色の花

① 黄パンジー(4月)・タンポポ・菜の花 

② キスゲまたはユリの群生?・ キショウブ (5月の画像)

③ これが分からないけど この時期公園や道端にもあちこちで咲いている、

キンシバイ?かな、(6月の画像)

④ 洋ラン・オンシジウム、king of yellowだ、6月27日満開になった、

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◆ 黄色に関係ないが、

① 鶺鴒(セキレイ)を見つけた、そっと近寄ってカメラを向けたら飛んでいった。

かろうじてシャッターを押したがピンボケだ、

さすが鳥は速い・・・、オレがトロイのか。

   街の風景、遠くに観覧車が見える・・・

   教会(結婚式場)もある。 

   ランボルギーニ屋さんもあるよ。

この店の前を通って百円ショップへ行った、格差社会とは こういうことか?

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