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さらばハイセイコー

「さらばハイセイコー」    寺山修二

 ふりむくと 一人の少年工が立っている

彼はハイセイコーが勝つたび 

うれしくてカレーライスを三杯も食べた

 ふりむくと 一人の失業者が立っている

彼はハイセイコーの馬券の配当で 

病気の妻に手鏡を買ってやった

 ふりむくと 一人の車椅子の少女がいる

彼女はテレビのハイセイコーを見て 

走ることの美しさを知った

 ふりむくと 一人の酒場の女が立っている

彼女は五月二十七日のダービーの日に 

男に捨てられた

 ふりむくと 一人の不幸な運転手が立っている

彼はハイセイコーの配当で 

おふくろをハワイへ連れて行ってやると言いながら

とうとう約束を果たすことができなかった

 ふりむくと 一人の人妻が立っている

彼女は夫にかくれて 

ハイセイコーの馬券を買ったことが

たった一度の不貞なのだった

 ふりむくと 一人のピアニストが立っている

彼はハイセイコーの生まれた三月六日に 

自動車事故にあって失明した

 ふりむくと 一人の出前持ちが立っている

彼は生まれて初めてもらった月給で

ハイセイコーの写真をとるために 

カメラを買った

  ふりむくと 大都会の師走の風の中に
 まだ一度も新聞に名前の出たことのない 

 百万人のファンが立っている
 人生の大レースに自分の出番を待っている

 彼らの一番うしろから せめて手を振って 

 別れのあいさつを送ってやろう
 ハイセイコーよ 

 お前のいなくなった広い師走の競馬場に
 希望だけが取り残されて 風に吹かれているのだ

 ⑩ ふりむくと 一人の馬手がたっている

 彼は馬小屋のワラを片付けながら 

 昔世話したハイセイコーのことを

 思い出している

 ⑪ ふりむくと 一人の非行少年が立っている

 彼は少年院の檻の中で ハイセイコーの強かった日のことを

 みんなに話してやっている

 ⑫ ふりむくと 一人の四回戦ボーイが立っている

 彼は一番強い馬はハイセイコーだと信じ

 サンドバックにその写真を貼って たたきつづけた

 ⑬ ふりむくと 一人のミス・トルコが立っている

 彼女はハイセイコーの馬券の配当金で 

 新しいハンドバッグを買って

 ハイセイコーとネームを入れた

 ⑭ ふりむくと 一人の老人が立っている

 彼はハイセイコーの馬券を買ってはずれ やけ酒を飲んで 

 終電車の中で眠ってしまった

 ⑮ ふりむくと 一人の受験生が立っている

 彼はハイセイコーから 挫折のない人生はないと 

 教えられた

 ⑯ ふりむくと 一人の騎手が立っている

 かつてハイセイコーとともにレースに出走し 

 敗れて暗い日曜日の夜を 

 家族と口もきかずに過ごした

 ふりむくと 一人の新聞売り子が立っている

彼の机の引き出しには ハイセイコーのはずれ馬券が 

今も入っている

 もう誰もふりむく者はないだろう

うしろには暗い馬小屋があるだけで

そこにハイセイコーは もういないのだから・・・

ふりむくな

ふりむくな

うしろには夢がない・・・

ハイセイコーがいなくなっても 

総てのレースが終わるわけじゃない

人生という名の競馬場には

次のレースを待ち構えている百万頭の 

名もないハイセイコーの群れが

朝焼けの中で 追い切りをしている地響きが聞こえてくる

 思い切ることにしよう

ハイセイコーは ただの数枚の馬券にすぎなかった

ハイセイコーは ただひとレースの思い出にすぎなかった

ハイセイコーは ただ三年間の連続ドラマにすぎなかった

ハイセイコーは むなしかったある日々の

代償にすぎなかったのだと

 だが 忘れようとしても

眼を閉じると あの日のレースが見えてくる

耳をふさぐと あの日の喝采の音が

聞こえてくるのだ・・・・・

長い 長い詩です。

長いけど 嫌にならないのです。

次はどんな言葉が出てくるのか・・・期待しながら読めるのです。

競馬をやらない人でも この時代に生きてきた人なら 納得できる言葉です。

大都会の片隅に生きる様々な人間模様が ハイセイコーという一世を風靡した

サラブレッドの物語を通して見えてくるのです。 

1970年代は日本の高度成長期の真最中で、野球では王・長島の全盛期、ジャイアンツが日本シリーズ九連覇を達成し、巨人・大鵬・玉子焼き・・・といわれ、

巨人も大鵬も玉子焼きも・・・強くて人気がある「常勝・安定」の代名詞だった。

そんなときに 公営大井競馬場に怪物が現れた、

デビューしてから6連勝、それも全てのレースが追わずに10馬身もぶっちぎりで・・・、

ダートの公営競馬では無敗で中央へ転厩、弥生賞、スプリングS、NHK杯、

そして皐月賞まで・・・10連勝を達成した、

欲張りな大衆は 更なるヒーローの出現を求めていたから

競馬界では 幻の名馬「トキノミノル」の再来か・・・といわれ、

日本人なら王・長島・大鵬をみんな知っているように

競馬を知らない人でも「ハイセイコー」を知らない人はいないくらい

アイドルとなり 社会現象になった。 

玉子焼きは別格として、 “巨人・大鵬・ハイセイコー”とまでいわれた。

ちなみにダービーでの単勝支持率66.6%は、2005年ディープインパクトに抜かれるまで 三十年以上も破られなかった記録である。

誰が見ても ハイセイコーはダービーも勝つ・・・、と思った。

そして、何百万人が見つめる悲鳴と喚声の渦の中で 宿敵タケホープに敗れたのである。

このダービーのあと、ハイセイコーは菊花賞でもタケホープに負けた。

それでもハイセイコーの人気は落ちない、

タケホープのほうが強いのに 悪者扱いされるような雰囲気だった。

三冠馬でもない、歴史的にみれば ただの皐月賞馬なのに、

こんなに大衆に愛された馬は ハイセイコーが最初で最後なのかもしれない。

ハイセイコーの魅力は「負ける」ところにあったのかもしれない。

勝つときの鮮やかさ、負けるときの悲壮な姿・・・・

栄光と敗北を大衆の前にさらけ出す・・・人生のドラマのように。

公営競馬出身という エリートとはいえない彼の生い立ちも 庶民に親しみ愛される要因なのだろう。

でも 当時のオレは冷静だった。

ハイセイコーの馬券を 買ったことは一度もない。

ていうか、貧乏人だから 穴ばかり狙っていたのである。

自称競馬評論家の専門的見地からすれば、

ハイセイコーはチャイナロック、タケホープはインディアナという血統だが、

血統的には互角としても、500kgを越える巨漢のハイセイコーのパワーよりも、

スリムで 筋肉がしなやかで 皮膚が薄く柔らかそうなタケホープのほうが、

スタミナが要求される長距離のクラシックレースには向いている、

少し前の世代に、アローエクスプレスがタニノムーテイエに敗れたことを考えていた。

アローエクスプレスもハイセイコーも 人気ばかりが先行している、

みんなにチヤホヤと愛されすぎている。

馬だって 苦労しないとだめだ、挫折の経験がなければだめだ。

強いものを倒そうとする「反骨心」がなければだめだ。

ハイセイコーは まだ負けたことがないから そういうことを知らない、

そこに負ける要素がある・・・

オレは敢えて彼の評価を下げていた、

というよりも大穴馬券を求めるあまりの 希望的観測だったのだが。

かつて菊花賞馬アカネテンリュウが 強敵メジロアサマ(メジロマックィーンの祖父)

中山の直線で並ばれたとき、オレより先に走るなと噛み付きにいったことがある。

馬にだって、あいつにだけは負けられないという「闘争心やプライド」もある。

2001年のダービーで 直線一気の強襲で勝ったジャングルポケットが

ゴールを過ぎてから 天に向かって吠えたのを 観衆はみな目撃した。

どんなもんだい、俺はやったぞ・・・というガッポーズなのだ。

そのとき 惜しくも二着に敗れたダンツフレームが 

悔しそうに肩を落としていたのを見た観衆は何人いただろうか・・・・。

うそみたいなはなしだけど、競走馬とはそういう賢い動物なのだ。

勝てば嬉しそうに喜びを表し、負ければ落胆して 泣く馬もいる。

バカと思われても仕方がないが 自分にはそう見えるのだ。

タケホープに乗った嶋田功騎手が「ハイセイコーが四つ足なら こっちも四つ足だ」

という名言があるが、ひよどり越えの断崖の上から「鹿も四つ足 馬も四つ足、」と叫び 

急斜面を馬で駆け下り平家を破った義経のような気概と反骨心で、 

タケホープと嶋田のコンビは 無敵のハイセイコーに立ち向かったのであろう。

競馬のはなしになると 熱が入って また脱線してしまった。

ここでは 寺山さんの詩のはなしであった。

「さらばハイセイコー」の ①~⑳までの詩のなかのどれかに 自分が当てはまっているようで、

大都会の雑踏にまぎれながら、人はみな それぞれの人生を背負い生きている・・、

自分は どのタイプの人間なのかを問われているようでもある。

この詩で 一番いいところは

ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない・・・

寺山さんは そういって自らを励ましているが、

だが 忘れようとしても 

眼を閉じると あの日のレースが見えてくる

耳をふさぐと あの日の喝采の音が 聞こえてくるのだ・・・・

と締めくくる。

春は必ずまた来るけれども 愛したものとの別れも 

巡る季節と同じように 必ずやってくる。

自分が愛したものへの せめてものはなむけに 

百万人のファンの一番うしろから 

せめて手を振って 別れのあいさつを送ってやろう・・・・

それが 優しさの証明なのだ。

それが ハイセイコーに対する“ありがとう”の印なのだ。

寺山さん自身が 「さよならだけが人生・・・」を 

かみ締めていたのだ。

競馬には 負けても満足できる馬券がある。

たとえば 

◎ 情報に迷わず 配当に惑わされず

   納得いくまで考えて 自分を偽らなかったとき

 ◎ テンポイントが 最後の決戦有馬記念で 

   ついにトウショウボーイを破ったとき

 ◎ トウカイテイオーが 引退を決意した有馬記念で

  ビワハヤヒデに競り勝ったとき

 ◎ サクラチトセオーが中山京王杯で1分32秒1

   マイルのレコード33秒台をはじめて切ったとき

 ◎ マヤノトップガンが阪神大賞典で

   ナリタブライアンと長い直線で一騎打ちになったとき

 ◎ ツインターボが20馬身も離して逃げるとき

 ◎ エアグルーブの子供がデビューしたとき

 ◎ アルバムに貼って残したい馬の単勝馬券を買ったとき・・・

こういうときは 馬券が外れても

自分は良いことをしたような 

幸運に恵まれたような気持ちになります。

たとえば

   ライスシャワーが宝塚記念で転倒し 予後不良になったとき

 サイレンススズカが天皇賞でも大逃げして 骨折したとき

● あんなにがんばったサンエイサンキューが力尽きたとき・・・

こんなときは 馬券が的中しても 

自分が悪いことをしてしまったような 

切なくてやりきれない気持ちになります。

(これは寺山さんじゃないよ、オレのオリジナルだ)

この意味が分かる人は 競馬をロマンだと思う人だ。

いつだったか 漫才の芸人が、「競馬はロマン?・・・アホぬかせ、

なにがロマンじゃ・・・、騎手が馬を担いで走るなら そりゃ偉いけど、

金賭けて、鞭で叩いて走らせて、あれは虐待じゃ・・・」といって笑わせた。

確かにそうかもしれない、

競馬がロマンだなんて ギャンブルに負けた者の「自分への慰めと言いわけ」だ、

自分としては どんな形であれ馬券が的中すれば こんな嬉しいことはないし、

負ければ こんな悔しいことはない。

ギャンブルとは 基本的に勝てばいいのだ、

しかし ギャンブルで最終的に勝った人のはなしを聞いたことがない。 

ギャンブルとは「負ける遊び」なのだ。

でも、例えば、同じ負けるのでも パチンコで負けたときの

“青春を無駄に浪費したような 惨めさと、情けなさ、自己嫌悪・・・”

「軍艦マーチ」で高揚した心が 帰り道では「昭和枯れすすき」になるような

あの後悔に比べたら、

競馬で負けたときの 悔しいけれど何とも表現のできない

“青春を燃焼させたような ある種のあの爽やかさ”は何だろう。

パチンコを題材にした詩や歌に 出会ったことはないが、

競馬には ハイセイコーのような 感動的な詩や歌もできる。

自分が選んだ馬に託したその夢が、そのときの思いが、

いつまでたっても忘れずに 人生のアルバムの一頁として

心に残しておきたいという気持ちは何だろう、

ファンファーレを聞き、ゲートインをするときの

少年のような あの胸のときめきは何だろう、

去ってゆく馬に“ありがとう”の言葉を贈りたい気持ちは何だろう

やっぱりこれは ロマンなのだ。

こんなことを力説するオレは やっぱりバカなのじゃ・・・

◆好きな馬・お世話になった馬

タマモクロス・ライスシャワー・ブラックホーク

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Photo_25 ハイセイコー号 (牡・鹿毛)

1970年3月6日北海道新冠生まれ

父 チャイナロック、母 ハイユウ、  

鈴木勝厩舎、 騎手増沢末男

22戦13勝、主な勝ち鞍(皐月賞・宝塚記念・高松宮杯など)

主な産駒= カツラノハイセイコ(ダービー・天皇賞)

ハクタイセイ(皐月賞)、サンドピアリス(エリザベス女王杯)

2005年5月4日没享年31歳

◆OB会の写真です、画像が暗いから みな若くみえる。Dscf5326

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