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思い出の曲(1)

Johnny Guitar

Play the guitar, play it again, my Johnny

Maybe you’re cold, but you’re so warm inside

I was always a fool for my Johnny

For the one they call Johnny Guitar

Play it again, Johnny Guitar.

What if you go, What if you stay, I love you.

What if you’re cruel, you can be kind, I know

There was never a man like my Johnny

Like the one they call, Johnny Guitar.

西部劇映画「大砂塵」の主題曲で 

ペギー・リーの歌う「ジャニーギター」

この曲を初めて聴いたのは高校生のころだった、

うら悲しいというか もの寂しいというのか・・・、

一句一句を噛み締めるように歌うペキー・リーの歌声とそのメロディーが 何だか分からないけど切なくて、聴きながら涙がでそうになる自分がそこにあった。

あの頃はなぜか 世の中や 学校や 家のことや・・・・、

自分を取り巻く何から何までが

やたらと腹が立ったり、悲しくなったり・・・、

どっちを向けばいいか、どうすればいいかも分からず、

今になって思えば、あれは何だったのだろう・・・?

ケイシーリンデンの唄う「悲しき16Heartaches At Sweet Sixteen」がヒットしていたころで、自分も同じ16か17歳の多感な時期だったから、

青春の入り口というか、思春期というのは ああいうものなのだろうか。

そして、好きなジャズ系のレコードを集め、部屋でひとり聴きながら 

ブルーな心を癒していたのだ。

音楽に対して感情が敏感に反応するのも思春期の特長なのかもしれない。

ギターを弾いてよ もう一度 私のジャニー、

冷たい人にみえるけど 本当はとても温かい

私はいつも あなたに夢中

ジャニーギターと呼ばれる男に・・・

もう一度弾いて・・・ジャニーギター

あなたが行こうと行くまいと 愛しているわ

冷たくされても 優しい人だと分かっているわ

私のジャニーみたいな男は ほかに誰もいない

ジャニーギターと呼ばれる あなたのような男は・・・

日本語に直してみれば なんてこたぁない、くっだらねえ内容の詩だ。

でも、詩の意味なんかどうでもよかった、

大人になってからは詩の内容に共感して好きな歌を選ぶようになったが、あのころは曲の流れというか、歌声やムードに酔っていたのかな?

要するに“音”を受け止める聴覚が 感性に直接影響を及ぼすのだ、

現代の若者がロックのリズムに反応するように、

とにかくあの頃は このジャニーギターにシビレていたのだ。

今になって考えると これはアメリカの演歌だ。

ペギー・リーは どこか松尾和子に似ている、

ジャニーギターの もの悲しさは  

“みんなは悪い人だというが あたしにゃいつもいい人だった”と唄う「再会」に どこか似ている。

八代亜紀の“お酒はぬるめの燗がいい・・”「舟唄」の雰囲気にも似ているのである。

Baybridge1

My funny Valentine

大学生になっても オレの音楽に対する嗜好は変わらなかった。

今度は「マイ ファニィ ヴァレンタインMy funny Valentine」とか

行ったこともないのに「想い出のサンフランシスコ」とか、岸洋子「夜明けのうた」、越路吹雪「愛の賛歌・・・」、

まだいろいろあったけど、傾向としては バラード調というのだろうか、

“大人の恋”を唄った曲にシビレていたのだ。

Mellowkiss01

渋谷に“エクストラ”というバーがあった。

地下への階段を下りると、フロアは広く 落ち着いた雰囲気のお洒落な店で、卒業間近のころには いつしか常連となっていた。 

カウンターで静かに流れるジャズを聴きながら、バーテンのブンちゃんと時々会話を交わしながら、ウィスキーのダブル一杯で 一時間も粘って、

一人で格好つけて・・・早く大人になりたかったのかな・・・?

My funny Valentine, sweet comic Valentine

You make me smile with my heart・・・・・”

うす暗い灯りの中で タバコの煙をゆっくりと くゆらせながら

「マイ ファニイ ヴァレンタイン」を静かに聴く・・・

この曲には 強い酒が似合っている、

ジンフィーズとかハイボールとか そんな軽い飲み物ではだめなのだ、

ビールじゃもっと似合わない。

自分なりに そういうこだわりを持って、

本当はヘネシーのブランデーあたりならカッコいいのだが、

高い酒は注文できないから いつもサントリーの角だったけど、

それはそれでまたカッコいいのだと思っていた。

千円もあれば 映画を観てから喫茶店にいける時代だったが、

アルバイトで金を稼いでは この店に通ったり、仲間と旅行したり、

LP盤のレコードを買ったりしていた。

阿川泰子のアルバムの中で この“My funny Valentine”を何度も繰り返し聴いて、 そらで唄えるようになるほど 憶えてしまった。

阿川さんの あの頼りないような歌声がとても魅力的で、

大人の女の色気を感じさせるようで・・・・、

あれ以来 オレは阿川泰子さんのファンになった。日本のジャズシンガーで あれほど英語を英語らしく唄えるのは彼女が一番だ。

Baybridge7

 On the sunny side of the street

この店で ある時カナダ人の留学生が隣に座った、青山学院?だという。

なんか分からんが、ややこしいカクテルを注文して、グラスに入ったマーブルチョコの小粒みたいなものをつまみにして、オレにも食えと勧めるのだ。

そして、達者な日本語で ああだこうだと話しかけてくる、

カナダという国は国土の面積の半分以上は湖だ・・・とか、

トロントでフィアンセが僕を待っている、

卒業して早く彼女に会いたい、愛しているから・・・とか、

そんなこと聞いてねえよ!!!

「君は我が運命You Are My Destiny」の曲が流れると、

ポールアンカはカナダの出身だ・・・とか、カナダのお国自慢を三十分ほど喋りまくって、一杯のカクテルを飲み終えると、バッグから参考書であろうか 分厚い本を出して、本のページの間に挿んであった千円札を出して ちゃんとおつりを貰い、530円(だったかな?そこまで憶えてないが)領収書を要求して、さっさと帰ってゆく、

「フィアンセによろしくネ!」

「アリガトウ、君もお元気で、バイバイ・・・」

頭の上で手を振り ご機嫌で出ていった。

それから、一分もしないうちにドタバタと足音を立てながら血相変えて戻ってきた。

本だけ持って、足元に置いたショルダーバッグを忘れたのである。

彼が再び消えたあと やっと静寂が戻った。

バーテンのブンちゃんと二人で顔を見合わせ、同時にふき出した。

「何じゃ あれ?・・・トンモロコシの毛みたいな頭して、騒々しい奴だな、あの領収書は何なの?理解できないな・・・、」

「酔ってるんですよ・・・」バーテンのブンちゃんがいう。

「口から先に生まれてきたみたい、あいつオチ研(落語研究会)じゃないの?大丈夫なのか、卒業できるのかな?」

残していったチョコの粒を つまみながら云ってみたが、

だがまてよ、他人事ではない、卒業の件はオレも不安でいっぱいだ、なにしろ授業は出てないし、入学した時以来、教科書を買ったこともないのだ。

「オレ、卒業できなかったら どうしよう・・・、」自身の深刻な話題に変わってしまった。

「大丈夫、何とかなりますよ・・・」ブンちゃんは明るい笑顔だ。

そして三月、単位ぎりぎりで、なんとかセーフで卒業式のあと、

仲間四人で祝杯を挙げに「エクストラ」へ行った、

ブンちゃんに卒業証書を見せたかったのだ。

お祝いだと云って みんなにジョッキ一杯の生ビールをご馳走してくれた。

「よかったね、エライ!スゴイネ・・・」

オレの卒業証書を広げてみながら ブンちゃんが大げさに褒める。

勉強もしてないのに、エラかないよ・・・というと、

普段勉強している人が卒業できるのは当たり前だ、

勉強しなかったのに卒業できたのだからあんたは偉い・・・とブンちゃんはいう。

オレの心に何時までも残った ブンちゃんの嬉しい名言である。

そして、「この曲 知ってるよね?」といいながら一枚のレコードを流してくれた。 ジャズのスタンダード、「明るい表通りでOn the sunny side of the street」だった。

“どこの街にも明るい陽が当たる表通りと、蔭の場所がある、

物事には 良いことも悪いこともあるさ、

俺たちはいつも笑顔で 良いことを見つけて歩いてゆこうよ・・・”

この曲にはそういう意味がある。

あれから四十年も過ぎた今、その意味が分かったのである。

ブンちゃんは これから社会へ出て行くオレたち若者にエールを送っていたのだ。 

彼とは長い付き合いだったのに、ジャズが大好きで、いつも笑顔で・・・、

彼のことはそれしか知らない、 自分のことを語ったことがないのだ。

いつもオレの話の聞き役だったし、バーテンダーとはそういう商売なのだ。

そして、オレが学生で金がないことも知っていたけど、 

ダブル一杯で一時間座っていても 嫌な顔ひとつしたこともない、

余談になるが、 一度だけブンちゃんがバーテンダーの心得を語ったことがある。

それは“お客様のプライドを気遣うこと” だそうである。

例えば 酒飲みはだれでも 俺は酒が飲めるというプライドがある、

バーテンが相手するようなところへ来る客は 特別プライドが高い、

この客はもう限界だと思っても水を出したら客のプライドを傷つけることになる、

客が水をくれといわない限り 決して水は出さない、

カクテルを作るにも 強い酒の割合を手加減する、

つまり アルコール度が高い酒の分量を少なくするのだ。

どの程度から手加減を始めるかは 客を見ていれば分かるのだそうである。

それでもメニュー通りの勘定はとるが、それがお客様に対する気遣いなのだという。

「へぇ~、そうなんだ・・・なるほどね」彼はみんなお見通しなのだ。

そして最後に「でも やっぱり笑顔が一番ですけどね・・・」

今になって思えば ブンちゃんの言葉はどんな商売にも通じる格言だ。

 大丈夫、何とかなる、勉強しないのに卒業できたのはエライ、

・・・これは自信を持てということだ。

 On the sunny side of the street・・・良いことを見ようよ、

 お客様のプライド・・・これは優しい心のことだ、

 そして やっぱり「笑顔が一番」なのだ。

あのころブンちゃんの年齢は三十くらいだろうか、まだ若くオレたちとたいして変らないのに、オレたちのような半端な大学生よりも 遙かに大人で教養人だと思うのである。

オレは学校で勉強しなかったかわりに この「エクストラ」という教室で楽しく勉強していたのかもしれない。

On the sunny side of the streetは 今でもこれを聴くと 足の先がいつの間にかリズムに乗ってくる、あの時ブンちゃんがこの曲を聴かせてくれたおかげだ。

「大丈夫、何とかなるよ、明るい笑顔で 陽の当たるところを見ようよ・・・」ブンちゃんの言葉が聞こえてくるようで、「エクストラ」と共にオレの青春の一番明るい想い出だ。

   サイドバーの「マイリスト」にこの曲をリンクした、無料で聴けるジャズのHPだ、Homeに戻れば他にも沢山聴ける、でも音量注意だ、仕事中は叱られても知らないよ・・・、弟のHP「エンジェルレコード」にもオリジナル曲が沢山あるよ、オレのブログはシロウトの暇つぶしだけど、マイリストのホームページはみなプロフェッショナルだ、寄り道して楽しんでね・・・

Baybridge9

 One rainy night in Tokyo

ちなみに 妻と初めてデートしたのも この「エクストラ」だった、

One rainy night in Tokyo. 濡れた舗道には 揺れる灯火がなぜか切なくて、なんにも要らない二人だけの夜 交わす瞳が 囁くI love you ”

ブレンダ・リーが日本語で歌う「ワン レィニィナイト イン トーキョー」これがチョーかっこいかったのだ。

若い恋人たちを その気にさせる歌なのだ。

東京でオリンピックがあった年、これがウチの夫婦の思い出の曲だが、

ここでは女房の話をしたいのではない、

聞かれてもいないのに 女房の話をするのは野暮というものだ、

あのころは 男が気障(キザ)でいられた時代だった。

恋した女の 一人ひとりに それぞれの“思い出の曲”があった、

恋人に そういう思い出を作ってやるのが男のスタイルであるかのように・・・

そんなことを云うと 自分は相当カッコいい軟派みたいだが、

現実は 常に誠実で必死で、そして かなりずっこけていた。

また聞かれてもないのに 何を今更弁明しているのか、

だから私はアホヤネン・・・なのである。

ある時 晴海の自動車ショーで一緒にバイトしていた女子大生と銀座でデートした、ヨーコちゃんという横須賀の良家の娘で、彼女はオレにとっての「港のヨーコ」だった。

ミートソースとナポリタンの違いを教えてくれたのは彼女だ。

築地のあたりで 映画館が二軒並んでいた、

左側は ギターのメロディーで有名な「禁じられた遊び」、

右の映画館は「世界残酷物語」というのをやっていた。 

彼女は「禁じられ・・」が観たかったようだが、

オレは「世界残酷・・・」が面白そうだといって右のほうへ入った。

ヤコペッティ監督、動物の生存競争のドキュメンタリーで、本当に残酷な場面がいろいろあった。  そして、中国の市場で食肉用の犬の死骸が並んでいるシーンを見ているうちに ついにオレは気持ち悪くなってトイレに駆け込みゲロを吐いた。

彼女はケロッとして 平然と最後まで映画を鑑賞していたのに。

その映画のラストシーン More than the greatest love the world has knownこの世が知っている最大の愛よりも大きな愛を・・・

「モアMore」というアンディ・ウィリアムスの曲が流れた、

映画の内容とは全然違う 美しい地球の景色と 素晴らしいメロディーだった。

ずっこけたデートだったが この曲は彼女との思い出だ。

彼女はたぶん 忘れているだろうけどな、

残酷シーンを見て気持ちわるくなったり、モアのメロディーが忘れられなかったり、これは一般論ではないが、基本的には女の子の方が度胸があって、現実的で、男の子のほうが 本当はずっと弱虫でロマンチックだ。

Baybridge17 Baybridge43

何年か後に 沢田研二が「カサブランカダンディ」という曲を歌った。

“ボギー ボギー、あんたの時代は良かった、男がピカピカのキザでいられた”

今オレが云いたいことを あの時彼が唄っていたのだ。

これは阿久悠の作詞、阿久悠さんも キザな振る舞いで女を口説くことがダンディといわれた時代の男のこだわりや心情を伝えたかったのだろう。 ボキーとは映画「カサブランカ」の名優ハンフリー・ボガードのことである。

ホントにあの時代は良かったよ、

自分も思い切り青春したし、ウエストもスマートだった、

今じゃ 女どころかハエも寄りつかねえよ・・・

孫娘は遊んでくれるし

最近 プールで顔見知りになったバアサンと

お友達になっちゃいそうだけど、

六十歳以上十歳未満限定じゃ 話にもなんねぇ、

その中間層が希望なんだけどな、

最後に一句、オリジナルだ、

音楽には 心を癒す力がある

美しい曲は 遠い昔の恋の涙を 

温かい思い出に アレンジしてくれる

歩いた道が 優しい曲で溢れていれば

思い出の数だけ 心は豊かになれる

明るい笑顔と 人を肯定する心があれば

これからのマイウェイは 無敵だと信じたい

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