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思い出の曲(2)

The Five Pennies

そういえば オレはあの頃好きだった外国語の曲は 

みんなそらで口ずさむことができる。

歌詞の意味を問われても困るけどね、

ビングクロスビー、プレスリー、ポールアンカに ドリスデイに、

それからプラターズやサッチモおじさんのも・・・・、

カラオケのメニューにあれば 今でも唄ってみたいと思う。

たぶん、バイトばかりやっていて授業に出なかったのが良かったのだろう・・・?

社会人になってからは 好きな曲をゆっくり鑑賞するヒマもなくなってしまったが、ダニー・ケイの「五つの銅貨・The Five Pennies」の映画に感動してサントラ盤のレコードを手に入れた。

そのアルバムの中の「ラグタイムの子守唄・Lullaby in Ragtime」にしびれて、丸暗記で口ずさむほど 繰り返し聴いた。

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娘が三歳のころだった、

オレの膝の上で なんと英語でそのララバイを唄うのだ、

いつもオレが聴いている曲を そばにいた彼女が暗記してしまったのだ。

たどたどしく唄うその声が カワユクテ・カワユクテ・・・?!

映画の中でレッドと娘のドロシーが歌った あの設定とおんなじで、

しまいには 記念にとっておこうと二人でデュエットしてテープに録音した。

幸せだったね・・・、

いい曲というのは 幸せな思い出を作ってくれる、

そんなこというと 今は幸せじゃないみたいだけど、

今は今で まぁ それなりだけどね。

男親には 娘というのは特別の存在なのだ、

娘は 物心ついてから音楽に興味を持って、

中学から高校までは吹奏楽部でラッパを吹いて

ピアノは幼児のころから習い、大学はピアノ調律の専門学校へ進んだ。

ラッパもピアノもなかなかの腕前で・・・、親バカかな?

彼女が音楽を愛した原点は、

赤ちゃんのときに耳に入ったあのジャズの一曲、Lullaby in Ragtimeだったのかもしれない。

現在はもう 子育てに奮闘する二児の母だけどね。

Photo_29  彼女がLullaby in Ragtimeを憶えたのは

音を耳から脳へ ダイレクトに取り込む感性だ。

子供だから出来る能力なのだ。

オレも 子供のころに百人一首を全部暗記したことがあったが、

若いときは 聴覚も視覚も、五感の全ての機能が絶好調で、

脳細胞も それを処理する性能に優れていたのであろう。

それが今では 

かみさんと二人でテレビを見ていて タレントの名前が出てこない、

「この人 誰だっけ、ほら、あれに出てた人・・・」

「あれって何よ?」

「あれって、あれよ・・、この前も出てたじゃない・・・、

あ~! 思い出せないと気持ち悪い、あんた早く言いなさいよ・・・」

“キミマロさん”がいうように、

夫婦二人で中高年漫才をやるようになってしまった。

桂歌丸さんの落語CMにあったが

「お婆さん、頂き物は山形屋の海苔かい?」

「いいえお爺さん、頂いたのは 山形屋の海苔ですよ・・!」

「なあんだ、わしゃ 山形屋の海苔かと思ったよ・・・!」

あと十年もすると オレもかみさんも、こうなるのかしら?

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ところで「五つの銅貨」のはなしであった。

これはオレが観た映画の中で №1の素晴らしい映画だ。

レッド・ニコルスと彼のバンド「ファイブペニーズ」の伝記だが、

デキシーランドジャズという アメリカにはこんなにも素晴らしい文化がある、

明るさ、笑うことの大切さ、忍耐、家族の絆、友情、優しさ・・・、人の作った格言を全て集約したくらいに この映画はいろいろなことを教えてくれる。

全編を微笑みながら見ているくせに 涙が溢れるのである。

そして パパに見せるものがあるといって 小児麻痺の娘が車椅子から自力で立ち上がって歩きだす、その部屋にサッチモおじさんやバンドの仲間たちがラッパを吹きながらお祝いにやってくるラストシーンは もう涙が止まらない。

フィナーレは「リパプリック賛歌The Battle Hymn of the Republic

これこそフィナーレという曲だ。

日本人に唄わすと「オタマジャクシはカエルの子・・・」の曲だ。

ダニー・ケイとサッチモおじさん(ルイ・アームストロング)の掛け合いにこういうのがある。

「さっきと同じ風に吹けってか?」

「おまえさん、ウグイスにさっきと同じように鳴けっていうのかい?・・・」

トランペット奏者としてのアームストロングが 楽譜というマニュアルに頼らず、いかに感性豊かなアーティストであるかを物語る名言である。

ルイ・アームストロングLouis Armstrongは 二十世紀のアーティストのカリスマだ。

今 ロックが好きな日本の若者たちも、まだ聴いていない人がいたら、

彼の「聖者の行進」「この素晴らしき世界What a Wonderful World

「ハロードーリー」など、一度でいいから聴いてもらいたいよ、

そして、「五つの銅貨」の映画をみせてやりたいよ・・・

サッチモおじさんもレッドも、今やジャズミュージックの英霊や御神体のようなものだ。 神社へお参りするような気持ちで 謹んで拝聴するといい。

五十年も前の作品だからもう映画館で観る機会はないが、CD探せばいいべさ。

ちなみに 前記事で卒業式の夜に「エクストラ」で聴いた

On the sunny side of the street の演奏はトミー・ドーシー楽団で、

トミーはレッドの楽団「ファイブペニーズRed Nichols and his Five Pennies」でトロンボーンを吹いていた。 更に後で分かったことだが、トミーはオレが大好きになった「My way」を唄うシナトラの先生だったそうである。

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六十年前、日本はアメリカと戦争してコテンパンに負けた。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・」

昭和天皇の玉音を 日本人はみな無念の涙で聴いた。

そして、進駐軍が日本に持ち込んできたのは、

「民主主義」という自由と、

「チョコレート」という甘いお菓子と、

「ジャズ」というエンターテインメントだった。

米軍の爆撃で東京は焼け野原になった、

東京だけじゃない、横浜も大阪も神戸も、そして広島、長崎も・・・

アメリカが憎い、悔しい、悲しい・・・

大人たちはみんな断腸の思いで焼け野原を見つめ、

残虐非道な敵国アメリカを怨んだ、

そして悲しく辛いなかで、誰の心にも やっと戦争が終わったという安堵感で満たされていたのだ。

やがて その焼け野原になった街に ジャズの音楽が流れた。

それを聞いて育った子供たちは(オレもその一人だが)、 

いつの間にか 憎いはずのアメリカが大好きになってしまった。

   

映画「瀬戸内少年野球団」のメインテーマは

“ブキウキだけが俺のララバイ いい夢見るぜ・・・” 

グレン・ミラーの「イン・ザ・ムードIn The Mood」だ。

In The Mood On the sunny side of the street も、

日本人に明るい笑顔を与えてくれた。

戦後の日本が驚異的な復興を果たし 世界トップクラスの豊かな国に発展したのは

悲しいことを良い方向に転化させる 柔軟性と民族の資質の高さがあったからだ。

これが戦後から現在に至る 日米の友好と同盟の構図である。

よくよく考えてみれば、直立不動で整列する部下を上官が殴り倒す日本軍は、ジャズを口ずさみ、葉巻をくわえた部下が上官と笑って会話している米軍に勝てるわけねぇんだよ・・・と、「コンバット」に出てくるサンダース軍曹たちを観ながら思ったのである。

日米を比較すると 伝統・文化は日本が上であっても、

「明るさ・笑顔」という国民性に於いてはアメリカのほうが何枚も上手だったのだ。

大リーグで活躍するイチローや松井が いいプレーをすれば観客はみな拍手で褒め称える、

スポーツばかりではない、芸能やその他の分野でもアメリカ人は 良いもの・優れたもの・素晴らしいものを素直に受け入れて、スタンディングオベーションだ。

外国人であろうがなかろうが関係ないのだ。

我ら日本人は そこのところがイマイチなのだ、

例えば 最近の大相撲は外人力士ばかりが強くて・・・、

それがなんか悔しくて 素直に賞賛できないのは自分だけだろうか?

根性が狭いのか 伝統に対するプライドが高すぎるのか、日本人が反省すべきところかも知れない。

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戦後 日本の音楽、芸能などを志す人たちは、

米英のアーティストに影響を受ける人が少なくない。

萩本欣ちゃんは無名の若いころ 敬愛する喜劇王チャップリンの家の前で 会ってくれるまで待っていたそうである。

「笑点」で林家木久ちゃんが“イヤンバカン・・・”と唄う曲は「セント・ルイス・ブルース」だ、昭和のストリップ劇場のメインテーマ曲になってしまったから、木久ちゃんもそれをネタに使っているが、

本来はルイ・アームストロングの名演で有名な不朽の名作だ。

ストリップショウにジャズの曲が使われるということは、

ジャズが庶民的で大衆に親しまれているという証拠だ、

ストリップ劇場にモーツアルトは場違いだということだ。

トロンボーン奏者の谷敬さんはダニー・ケイに憧れてつけた名前だし、

ボードビリアン益田キートンはバスター・キートンだし・・・、

芸名を調べればもっと面白いのが沢山あると思うけどね。

またまた余談であるが 後でわかったことだが、

オレが持っていた何枚かのレコードの中に「ジミー時田とマウンテンプレイボーイズ」の西部劇の主題曲を集めたLPがあって、そのジャケットの写真に あの「いかりや長介さん」がベースを抱えて立っていた。 

クレージーキャッツもドリフターズも ジャズバンドであることは知っていたが、

長介さんは ドリフターズの前はここでやっていたのだ・・・!

ということが分かったのである。

(写真はレッド・ニコルス)

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The Five Pennies

   This little penny is to wish on and make your wishes come true.

This little penny is to dream on and dream of all you can do.

This little penny is dancing penny,

See how it glitters and it grows,

As bright as a whistle, light as a thistle,

Quick, quick as a wink, up on it` s twinkling toes.

Oh, this little penny is laugh on To see that tears never fall.

This little penny is the last little penny and most important of all.

For this penny is to love on, and where love is heaven is there,

So with just five pennies if they’re these five pennies

You’ll be a millionaire.

        これは願い事の銅貨 願いをかなえてくれる

        これは希望の銅貨 夢を見せてくれる

    これは踊る銅貨 キラキラ輝いている

    口笛のように軽く 花のように明るく

    まばたきのように ほんの一瞬だけ

                                   

    これは笑いの銅貨 涙から守ってくれる

    これは最後の銅貨 何より大切なもの

    愛を教えてくれる 天国のある場所を

    五つの銅貨があれば 君は百万長者さ

    

                                                                                                                                     

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