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座右の銘

「人生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し 急ぐべからす゛」

家康が座右の銘として この言葉を詠んだのは晩年のことである。

三方ヶ原の敗北が大きな教訓となっているのだ。

この言葉にはなかなか味がある、

確かに「失敗」するというのは ものごとを「急いで」「あわてて」いる時です。

天下を取った徳川家康だって失敗している、

失敗のない人なんていない、

誰にだって一度や二度の失敗や挫折が必ずあるのです。

大切なのは 失敗を素直に受け入れて反省し

自らの教訓として生かすことができるかどうか・・・だろうね、

「人生は糾える縄の如し・・・」

不運があれば ラッキーなこともある、

悪いこと悲しいことの数だけ 良いこと嬉しいことも必ずある、

ちゃんとバランスが取れるように 人間は生かされているのだ・・・

人生は50・50(フィフティ・フィフティ)、

そう信じて生きてゆければ 人は幸せだと思います。

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ホトトギス(ユリ科)の花

            

ところでオレには座右の銘がない、

あまり改まって考えたこともない、

ガッツ石松が“座右の銘”を問われたときに

右1.2 左1.5(左右の眼?)と答えた・・・・、

今までに聞いた 色々な座右の銘の中でこれが一番気に入ったね、

ガッツは偉い・・・、こんなに頭のいい男だとは知らなかった。

子供のころから苦労して やっと世界チャンプという頂点へ登りつめたのにひとつも偉そうな顔しないでボケまくっている・・・、

これこそスポーツマン、真のチャンピオンだ。

ボクサーは大体アホだ、体育会系の中では特にボクサーはアホが多い、

考える余裕の無いほど過酷なスポーツなのかもしれないが

ワジマもグシケンも トカチャンも ヤクシジも 浪速のジョーも、

そしてガッツも・・・、みんなアホだし天然ボケだ。

チャンピオンというのは基本的にアホでなければなれないのかもしれないが、

みんな苦労したね、

辛い挫折を何度も経験して喜びも悲しみも知っている純粋な男たちだ。

それに比べたら最近のチャンピオン・亀田兄弟はダメだね、

あれはオヤジのバカを強制的に引き継がされて 

ガキより知能指数の低い真のバカだ。

ボクシングしか教えられないバカな親が、

ボクシングしかやりたがらないバカな息子に 

好きなことをやらせてるだけのことで、一口で言えば極端な「過保護」だ。

強いだけの理由で ちやほやとスター扱いするマスコミやファンもいけないけど、

彼らのトレーニングは獣と同じで脳みそが空っぽだから鍛錬や努力ではない、犬が散歩へ行くと喜んで何時間でも遊び 走り回っても疲れないのと同じだ、

おすわり・お手・待て・・・、

その程度の躾(しつけ)も教わったことのない犬と一緒だ。

今のままでは 仮に勝っても世界チャンピオンの品格を汚し日本の恥を晒すだけだ、引退してもまともな社会人にはなれない、暴力団の用心棒くらいしか進む道がない。

ここまで「くそみそ」に云ったら可哀想だけど 

彼らはまだ若い、これからだ。

人を敬い 礼節をわきまえることの尊さを学んでもらいたいね、

親にばかり甘えていてはだめだ、どうせオヤジはそんなこと教えてくれない、

戦う相手から学ぶのだ・・・、

親の言うことばかり聞く子は 絶対に親を超えられない、

ガッツやグシケンたちのように 引退しても立派にやっていける世界に誇れる真のチャンピオンになってもらいたいからね。

昔、西鉄ライオンズに稲尾という鉄腕投手がいた。

後に落合(現中日監督)を育てた元ロッテの監督だ。

稲尾が二十歳のころ、

西鉄は巨人との日本シリーズで三連敗のあと彼の四連投で四連勝した。

神様・仏様・稲尾様と流行語になるほどファンやマスコミに騒がれた、

でも若い稲尾は謙虚だった、慢心することはなかった。

彼には父から教わった言葉があった、

稲尾という名前の「稲」という字は 米のなる稲穂だ、

稲の穂先は まだ若く小さい芽のときは真直ぐにピンと立っているが

稲の穂が大きく実る秋になると 充実した実の重さで茎が曲がり頭を低く垂れる、

人間も同じこと、未熟な人ほど頭を高く偉そうにしている、

力がつくほど頭を低く下げるのが立派な人間だ・・・、

「実るほど 頭を垂れる稲穂かな・・・」である。

父親が子供に教えることとは かく在りたいものである。

いつの間にか話が逸れてしまったけれど、

オレも座右の銘くらい持たなければいけない、

オレの一番好きな言葉は「青春」と「若さ」だ、

座右の銘は 自分の好きな言葉を並べればいいのかなと思う、

だから「青春 若さ 明るく 優しく」ということにしようかな・・・

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また脱線になるけど、オレが23歳のときだった、

営業の仕事で東北を担当して山形市の得意先を初めて訪問した時だった。先方の社長と商談するため応接室に通されて茶を飲みながら少しの間待たされた。

応接室の正面に松下幸之助の言葉が飾られていた。

「青春」

青春とは 心の若さである

信念と希望にあふれ勇気にみちて

日に新たな活動を続けるかぎり

青春は永遠にその人のものである

それを見て ウワー!・・・スッゲエー! と思った。

青春真只中の自分に ガツンとくる感動的な言葉だった。

青春て いいなー、なんて素晴らしい言葉だ と思った。

オレもガンバラナクッチャ・・・!

と思ったのを 今でも憶えている。

それ以来オレは 「青春」という言葉が大好きになったのです。

「青春」という言葉には、 明るさと 若さと 希望がある、

労働の厳しさや 人生の苦悩があっても、

それに立ち向かう勇気やパワーが漲っている、

そして、心の若さがあれば 青春は永遠だ・・・

あの頃 「明るいナショナル・・」が松下電器CMのキャッチフレーズだった、

「明るい」というのはナショナルの電気は他社よりも「明るい」ということを歌っているのかと思っていた、(ガッツ石松さんもそう思っていたはずだ)今になって あの「明るい」は「永遠の青春」を歌っているということが解ったのだ。

ナショナルの製品はどこの家にも一つや二つあるけれど、オレはナショナルの関係者ではないが さすがは松下幸之助さんだと思う。

松下幸之助さんの語録には まだいいのがあるよ

「道」

自分には 自分に与えられた道がある

広いときもある 狭いときもある

のぼりもあれば くだりもある

思案にあまる 時もあろう

しかし 心を定め 希望をもって歩むならば

必ず道はひらけてくる 

深い喜びも そこから生まれてくる

「素直」

素直な心とは 単に人に逆らわず

従順であるということではありません

何ものにもとらわれず 物事の真実と

何が正しいかを見きわめて これに従うことです

素直な心になりましょう

素直な心は あなたを強く正しく聡明にいたします

松下幸之助さんは“厳しさ”と“優しさ”と“心の若さ”を持った

いつも「前向き」な人だったのでしょう。

徳川家康は日光東照宮に「東照大権現」として祀られている、

後の徳川幕府は 家康を「神様」にしてしまったのです。

松下電器という会社からみれば 

創業者の幸之助さんは徳川家康のような存在なのであろう、

昭和初期、松下幸之助さんが二股ソケットを発明したという話を

子供のころに聞いたことがある。

売り上げが伸びなかった「味の素」の社員が 容器の穴の数を増やせばいいと提案して「味の素」が大手に躍進したという。

日常の単純なことから 素晴らしいアイディアが生まれるのも

「心の若さ」があるからだと思います。

          

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この街に来て もう八ヶ月になった、

プールの監視員や 常連のおばちゃんたちと 

ついに挨拶して会話するお友達になってしまった、

病院の先生も看護婦さんたちも皆優しくて、薬剤師の姉ちゃんとも馴染みになった、みんな明るくていい人たちばかりだ。  尖っていた現役時代に比べたら 今、オレの周りは味方ばかりになった。 ちっとは丸くなったのかしら?  

なんか いかにも年寄りみたいで 寂しいけどね。

十月三十日、秋も深まったので そろそろ紅葉の写真でも撮れるかと朝から歩いてみたが、まだちょっと早すぎた。

紅葉前線は関東では まだ日光、奥多摩、箱根・・・あたりかな、

都心や横浜は11月中~下旬だ。

でも 気の早い楓(カエデ)はチョイ赤に色づいていたし、イチョウ並木もぼちぼち黄色くなっている。

その気になって観察すれば 都会でも秋を感じさせるものが見つかるものですね、

春は「桜前線」、秋は「紅葉前線」・・・、

忍び寄る季節の移り変わりを 桜や紅葉を使って表現するのは

日本人特有の感覚領域「ワビ・サビの心」なのだろう。

ワビ・サビが理解できるようではダメだよな・・・

ワビ・サビに萌えているようじゃ 完璧にオヤジになったということだからな、

木の葉が紅葉して やがて木枯らしの中で枯れ葉となって散ってゆく、

枯葉は人生の「最終章」にも似て・・・

若い人でもシャンソンの定番「枯葉Autumn Leaves」や

五輪真弓の「恋人よ」を聴いて切なくなるのは「ワビ・サビ」を理解する素質があるということになるけどね。

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♪恋人よ  枯葉散る夕暮れは 来る日の寒さをものがたり 

      雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない   

      恋人よそばにいて 凍える私のそばにいてよ 

      そして一言この別れ話が 冗談だよと笑ってほしい

アー、なんか切なくなるね、やだねー、早く正月来ネエかな。

              

ところで、一般にみんなが「もみじ」というのは赤く紅葉するカエデのことですが

紅葉も黄葉もどちらも「こうよう又はもみじ」と読みます。秋になって葉が色づくことを昔(万葉集)は「もみずる」といったそうです。

だから カエデのもみじ(紅葉)イチョウのもみじ(黄葉)というのが正しい、色の変わる葉は 結局みんな「もみじ」なのです。

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