« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月

趣味について(その二)

◆釣りキチの詩

ということで、近頃は釣りの回数まで減ってしまった。

ウキを見る視力が落ちて 微妙なアタリを逃がすようになり、二時間も川にいれば もう充分という気持ちになる。

悔しいけれど 体力も集中力も反射神経も・・・老化しているらしい、これも自然の成り行きか?

最近は 沢山釣れなくたっていいじゃないか、楽しい釣りができればいい オレは魚に遊んでもらっているのだ、と思うようになってきた。

囲碁よりも 釣りのほうは「悟り」の域に近づいてきたのかも・・・

水鳥の羽ばたきに

流れの中でざわめく銀鱗の 

まぶしい光を浴びて 

息をひそめ  魚と対峙するとき 

心は少年のままに 命が燃えている・・・

空と 風と 水と 

草と 花と 木々の香りと 

絶え間ないせせらぎのBGMに包まれて 

大自然に同化している・・・・

これほど贅沢な遊びはない 

もしも明日死ぬと分っているならば 

最後の一日を 

私はこのせせらぎで過ごしたい 

な~んて云ったらロマンチックだけど、 大人になってからの釣りは現実からの逃避行だった。  よく考えれば 人にとって趣味や嗜好というものは みな現実からの逃避かもしれない、嫌なことや 向き合いたくないのに向き合わなくてはならぬ現実が沢山あるほど それ以外の好きなことに没頭して 少しの時間でも現実を忘れたい・・・多趣味な人ほど ある意味“弱虫“なのかと思ったこともあった。

「お酒なんかでごまかさないで、本当の自分をじっと見つめて・・・」若いころ 欧陽菲菲ちゃんの唄が説教に聞こえたこともあったけど、

でも、今は違うな。

趣味のない人生なんて価値がないほど 趣味とは大切なものだと思う。 人は弱いからこそ熱中できる趣味を持ち続けなければいけない。  趣味の時間があるからこそ 現実に向き合う勇気や 生きる喜びも湧いてくる。

ごまかしたり、逃げたりするのではない・・・人間社会のしがらみや疲れという肴があるから 今宵の酒は美味いしく飲めるし、葛藤や喧騒があるから 静かな自然に溶け込める釣りが喜びになるのだと思う。

仕事が趣味というラッキーな人にだって 仕事以外にやりたいことは必ずあるのだ。 趣味に興じることができる人だから仕事も楽しくできるということかな。

先日の区民文化祭では 生け花・絵画・書道・工芸品・・・年寄りの作品が多く、それがみな 誇らしげに飾られていた。趣味に生きる お爺ちゃんお婆ちゃんたちの喜びが 伝わってくるようだった。

Photo_311

残念ながら故人だが 開高健という“釣り”と“食”の達人で、しかもトークのうまい呑ん兵衛の小説家がいた。アラスカでサーモンを釣り、モンゴルでイトウを追いかけ、アマゾンやメコン川で巨大魚に挑戦する・・・彼の残した釣りのエッセイを沢山読ませてもらった。 

羨ましいほど幸せな人だ、

この人と夜通し酒を酌み交わし釣りの話ができたら どんなに楽しいかと思った

開高さんほどスケールが大きくないが 多摩川のヤマベ釣りでも充分に満足できるオラも 幸せな釣りキチだ。

開高先生がモンゴルで詠んだ一句

「橋の上からビチビチすれば 下でどぜうの玉子とじ・・・」(このオッチャン、なんちゅーこというだ!?)

今年の夏休みは 小学生の孫たちと一緒に信州へ・・・・「北アルプスちびっ子ワイルドミニキャンプ」を計画しています。ハイキングにバーベキュー、それと去年会えなかった岩魚やニジマスへのリベンジだ。  またウグイばっかりかもしれないけど・・・

Photo_312 Photo_313 すすき川

2006_01040194 美ヶ原頂上から

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

趣味について(その一)

◆勝負事                          

二十代は碁会所通い、三十代~四十代は毎週釣りに行って、野球も囲碁も競馬もやりながら・・・・、遊ぶことに関しては超過密スケジュールを へとも感じない。振り返れば あのころはスーパーマンだった・・・てゆうか、面白いと思ったことには身体を壊すまで加減知らずにやってしまう どーしょーもない「凝り性」だ。こういうタイプは 長生きできないかもしれないね。

病気が原因で野球を引退してからは 競馬もGⅠをたまに付き合う程度になり、還暦を過ぎてからは ネットで囲碁をしても 根気というか 勝負の執念というか、集中力が続かない・・・、ポカも多くなり、若いころの自称無敵のアマ本因坊が 二~三級クラスでも いい勝負するようになってしまった。

コンピューターが相手なら 力でねじ伏せることはできても 相手が人間だとそうはいかない。  棋力以外の部分で、意地・因縁・集中力・平常心などの心理状態、オリジナリティ、センスのような感覚的領域、体調や運というような偶然性までが影響してくるからだ。

藤沢秀行さん(昭和の初代名人)のことば 「強くなるかどうかは人間の質の問題だ・・・」まるで馬鹿は強くなれないと云われたみたいだけど・・・、囲碁や将棋の世界は 学問とはちがう、どんなに努力しても素質のない人は強くなれないのだ、 データーやセオリーだけで解決できない無限の部分があるからだ。

どんなに科学が進歩しても 人間と対等に勝負できるコンピューターソフトは絶対に開発されないということだ。  そして、人間のほうも加齢とともに力が落ちるようにできているのも確かだ。

気力が充実して勝負に拘っていた若いころは ある意味辛かったけど、最近は負けたところで命までとられるわけじゃないし アマなのだから楽しめればいい・・

楽な気持ちで碁を打ちたいと心がけるようになったのも力が落ちたからだろう。

なのに 負けるとやっぱり悔しいのはまだまだヘボの域を抜けられない証拠だね。

オラは勝負事が好きだ(男はみんなそうかもしれないが)、囲碁も競馬も野球も、考えてみれば みんな勝ち負けのつくゲームだ。   釣りだって魚と勝負しているようなものだし・・・・、

「凝り性」だから 何をやらせてもそこそこのレベルには達するが 完成の域には至らない、間口ばかりが広くて奥行きがイマイチ・・ これでは器用貧乏といわれても仕方がない。

友人に「パチンコ命」の男がいる、パチンコほど集中できて、孤独で、開放的なものはない、あの騒々しい中でこそ 自分が癒される、だから趣味はパチンコだという。 麻雀やパチンコは趣味とはいえないだろ、ただの娯楽だろう・・・

趣味とは「生涯求め続けられる品格のあるもの」だと思うけど、

競馬をギャンブルというよりも、ロマン、レジェンド、ポエムとして位置づけるオラには彼の気持ちが判るような気もする。

勝負事と賭け事は違う、囲碁や将棋には「芸」という「品格」がある。

悟ったわけではないが、自分は死ぬまで勝負師にはなれそうにないということと、努力して上手になるほど「運」という勝利の女神に支配されることが多くなる、ということが分かったね。

囲碁に限らず全ての勝負事は 勝ちを意識したときに負ける・・・ということも解ってるんだけどね。「勝つと思うな 思えば負けよ」美空ひばりさんのいうとおりだ。

Photo_308

Photo_303 Photo_304

Photo_310

道端の紫陽花に新芽

春ですねPhoto_305

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

多摩川のヤマベ釣り

川にも「川のイワシ」と呼ばれる魚がいます、コイ科の淡水魚で 学名は「オイカワ(追河)Zacco Platypus 関東では「ヤマベ」 関西では「ハエ」「シラハエ」という。 新潟や東北地方では「ジンケン」、夏場 赤い婚姻色になる雄を「アカハラ」と呼ぶ地方もある。

渓流の女王「ヤマメ」「アマゴ」をヤマベと呼ぶ人もいるし、北海道ではサクラマスの子供をヤマベというが オラのいうヤマベは そんな高級品ではない。

体長15cmくらいの小さな魚、学名がザコ(Zacco)だから これこそ俗にいう雑魚である。

 Photo_53

この雑魚を釣りの対象にすると なかなか味があって奥も深い、

小さいが俊敏、ヒットしたときのブルンとくる一瞬の感触がたまらない、細く柔らかい竿が満月になり 繊細な仕掛けから伝わる快感は格別である。

彼らの身上はスピードだ、10mも先から突進し、一瞬のうちに餌を捕食する。貪欲なくせにデリケートで警戒心が強い。 釣り人には 微妙な駆け引きと 瞬発的な反応が要求される。

相撲の勝負に例えれば 鯉が小錦なら ヤマベは舞の海・・・だな。

オラは このヤマベ釣りの自称名人である。  ホームグランドは多摩川、子供のころから数えれば多摩川での釣行は千回以上になる。  ベテランになってからの主戦場は二子橋から是政、関戸橋あたりの中流域、奥多摩の上流域まで足を伸ばすこともあった。

小学生の頃は第二京浜(現在の一号線)に架かる多摩川大橋の下流域で「ダボハゼ」を釣っていた。 生まれた家が「矢口の渡し」の近所だったから・・・(矢切の渡しじゃないよ、あれは江戸川、寅さんの地元じゃ・・・、矢口の渡しは 太平記の話で、新田義興が足利の謀略により船頭の頓兵衛に舟底の栓を抜かれ殺された場所、近くには新田神社も頓兵衛地蔵というのもある、歴史的にも知る人ぞ知るところです。  関係ないことだが 多摩川大橋の建設に携わった地元の醍醐建設の社長 醍醐幸右衛門という人は1958年第25回東京優駿(ダービー)の優勝馬「ダイゴホマレ」の馬主である、 たまたま醍醐建設が同じ町内なので知っていただけのことだが・・・)

人生初めての釣りとの出逢いは “食うため”だった。  オラの“食いしん坊”の原点は この多摩川にあったのかもしれない。

お米のごはんを腹いっぱい食べたい、甘いお菓子を食べたい、肉も食べたい、あれもこれも 食べたいものばかりで・・・、終戦後の 食料事情の悪い都会に育った少年時代の思い出が オラの人生に大きな影響を与え続けているのです。

都会の川は汚いという、昭和三十年代ころから 水質汚染の代表のように悪評高かった多摩川が 浄水場や下水道の完備によって 今ではアユの遡上が毎年百万尾を越える。          

オラはこの川が汚いと思ったことは一度もない、多摩川は清流である。アサリを拾い、泳ぎを覚え、初恋の人と◎○☆し、釣りを教えてくれたこの川がオラにとっては「ふるさとの川」、「母なる川」なのです。

      Photo_298

      (宿河原)

大都市東京の一級河川で最も魚影の濃い多摩川は 首都に残された唯一雄大な自然です。 近年 学校やボランティアの集団が定期的に河川敷の清掃をして、子供たちに自然を守ることの大切さを教えている。  郷土の自然を愛する心を形にするには 一番手っ取り早く良いことだと思う。

自然を壊すのが人間なら 自然を守るのも人間の責任です。  ひとりひとりが ゴミを持ち帰る気持ちになれば 自然は 必ず期待に応える寛大さと逞しさを有しています。

ダボハゼに始まった釣りが フナ・ヘラブナ・コイ・マス、そして海釣りまで・・・遍歴はあったけれど、食うためでなくゲーム感覚としての趣味に変わったとき、ついに“極めた”と自負できるのがヤマベの釣りである。

大人になって何でも食べられる時代になり、おなか一杯食べたい・・・という想いが、美味しいものを食べたいという気持ちに変化したのは自然の成り行きか。女まで食べたくなるのも男の正常な成り行きか・・・(余計なことは言わないほうがいいが)

釣りには必ず外道が混入する、 ヤマベを釣りに行った場合、その釣果の割合は 仮にヤマベが100尾だとすると ハヤ(ウグイ)とフナが5~6尾、コイが2~3匹、アユが一尾くらい引っかかることもある。 これは 川のイワシといわれるヤマベの絶対数が圧倒的に多いことの証しだ。  名人の真骨頂とは 本命の数を限りなく伸ばし、外道ゼロを目指すことです。

城ヶ島沖へ鯵を釣りに行ったとき、小さな鮫が三匹、沖メバル一匹、浅場で喰らいついた鯖が三匹・・・本命の鯵は釣れなかった、これでは落第なのである。

80号の錘(オモリ)を水深100mまで落とす、仕掛けを上げるのに 重てぇのなんのって・・・リールを巻き上げるのに一苦労で、何も釣れてないのに 足の指がツル。  大汗かいて重たい鉛のかたまりを上げ下げするばかりで情緒も何もない、船の上で筋力トレーニングをしているみたいで・・。一緒に行った友人は ボケーっとしていたら カモメが釣れて、(空を見上げてリールを巻く・・・ 彼はもしかして名人かも?)先輩は船酔いで ゲロをコマセ(寄せ餌)にしているし・・・。散々な海釣りであった。

鮎の解禁を待ちわびる人、孔雀のウキを凝視するヘラ鮒おやじ、荒波の打ち寄せる磯で七本縞の石鯛と格闘する人、ルアーでバスを追い求める人、オラたちみたいに舟の上で筋肉鍛えたり、ゲロ吐いたり・・・、

人それぞれだけど、釣りという行為さえ出来れば オラも釣りバカ日誌の浜ちゃんと同じで魚は何でもいいが、どちらか言えば やっぱり川が好きだな、

ヤマベが一番いいな。

(ヤマベの釣りに関しては長編になるから 別の機会に連載する予定です)

Photo_299   ハエ釣り用発泡ウキ(冬場)

Photo_301 夏場に使うウキ

Photo_297

登戸から稲田堤方面

| | コメント (2) | トラックバック (1)
|

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »