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2007年4月

清水の次郎長(その二)

◆次郎長の女房

清水次郎長には生涯三人の女房がいる、三人とも名前は「お蝶」、

初代お蝶は 次郎長の貧しく荒んだ青春時代を共に過ごした恋女房である。

貧乏な次郎長宅へ 旅のヤクザが宿を借りに来る、

(一晩泊めて食事と酒を振舞い 帰りには当面の旅費まで援助する、仁侠の慣習とはいえなんとも迷惑なはなしではあるが 世話になった旅人は一宿一飯の恩義に報いるために 命を賭けて喧嘩の助人をすることもある・・・)

家計が苦しいのにお蝶は嫌な顔ひとつせず 親分の顔を潰すまいと大切な着物や家財を質に入れることもあった。

日頃から貧しい一家を切り盛りしながら 子分たちにも優しい姉(あね)さんと慕われていたが、あるとき次郎長一家が喧嘩で人を殺してしまったため ほとぼりが冷めるまで旅にでる生活に同行したとき ついに過労が原因で病に倒れてしまう。

「苦労ばかり掛けちまった、お蝶すまねぇ・・・・」

臨終の枕元で 次郎長がお蝶の手を握りながら涙ながらに詫びると

「だらしがないねぇ、あたしは惚れた男のそばにいられて幸せだったんだよ・・」

お蝶の最後の言葉に 次郎長も子分も 無法者たちが一斉に泣き崩れる。

お蝶亡きあと次郎長の良き理解者となったのが「投げ節お仲」、

三味線小脇に旅をする 粋も無粋もわきまえた渡世の経験豊かな女博徒である。

次郎長に想いをよせていたが 亡くなったお蝶に義理立てをして 惚れているのにアタックをしない、

次郎長の方もお仲への想いを封印してお蝶への義理を貫こうとしている、 それが周囲に見え見えなのに・・・・。

ある時、ついにお仲は清水と決別の決心をする。

いつまでも私がここにいたのでは 次郎長親分を苦しめることになる、

親分も私も お蝶さんを裏切るようなことなんか出来ゃしない、

私さえいなければ・・・

溢れる涙を拭いながら旅支度をしているとき、呼び止めたのは大政だった。

「お仲さんも親分も 似たもの同志の意地っ張りだ、意地と義理とは違います、清水一家には姉(あね)さんが必要だ、このままじゃ あの世へ行った姉さんにまで気を揉ませてしまうじゃありませんか、亡くなった姉さんは 他の女が親分に惚れたからってぐずぐずいうような そんなケチなお人じゃねぇことは お二人とも とおに分かっているくせに・・・」

大政は次郎長にも同じように説得していたのである。

その後「俺んちへ来て 二代目のお蝶を名乗っちゃくれめぇか・・・」

やっとプロポース゛にこぎ着ける。

相思相愛なのに お互いが惚れたとは絶対言わない、

従って 祝言(結婚)ではなく 襲名披露という形で再婚したのである。

これなら二人とも亡きお蝶さんへの義理が立つ・・・大政苦肉のアイディアであった。

義理人情の世界がそうさせるのか、大人の恋って素直じゃないね。

女性の立場からすれば 先妻の名前を名乗るなんて 絶対むかつくよね、

現代では 考えられないようなことだ。

そして、お仲(二代目お蝶さん)までが

後に白昼の喧嘩に巻き込まれ斬られてしまったのです。

・・・・と、ここまでは物語の世界です。

何のことはない 次郎長本人の代わりに 大政がお仲さんを口説いている。 

次郎長の再婚を望んだのは 子分たちの総意だったからだ、

親分に女房がいないでは 自分たちまで女房をもらえないからである。

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明治になって再婚した三代目お蝶さんに関しては 写真や文献など検証できる事実が沢山残されています。 

三代目は武家の娘で本名は「けん」、

献身的に清水一家を切り盛りしながら次郎長晩年の事業を共にする。  

次郎長没後は その存在を後世に残そうと次郎長の日常生活を記録した「侠客寡婦物語」の執筆にも携わった。

「頼みなき此世を後に旅衣 あの世のひとにあふぞ嬉しき・・・」

三代目お蝶さんの辞世の句、あの世の人とは亡き夫次郎長のことである。

才女といわれた三代目お蝶さんは かなりの文人です。

ということで、お蝶さんは初代も二代目も三代目も・・・

古き日本人女性の典型「一途に尽くすタイプ」だったようです。  

男にとっては理想の女房だね、てゆうか、女房が「エラかった」ということだ。

捕手のことを「女房役」とはよく言ったものだ、

顔はマスクで隠し、投手の力を引き出して、勝った試合のヒーローは投手の方だ。

歴史の表舞台に女性が出てくることはないが、英雄といわれる人物を支えてきたのは みな表に出てこない女房の功績だったのかもね・・・

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柳沢厚生労働大臣が「女性は産む機械」と口を滑らせてみんなに非難されている。本音を言ったばかりに平身低頭して謝罪する大臣もドジだが、それを国会でいつまでも追及し議論するのは もっとくだらねぇことだ。

(言っておくけど あの大臣は私の親戚ではない)

「女性を代表して大臣の辞任を要求します」・・・と、口角泡を飛ばして詰め寄る議員がいたが、いつからあんなブサイクなのが女性の代表になったのか?

女性の代表なら 美人で可愛いい人にしてもらいたいね。

もう一つ余談であるが 先月横浜の駅前で「子供の教育は政治の責任です!」

と演説している女性の県議会候補者がいた。

バカヤロ、子供の教育は親の責任に決まってるだろ、お前も母親ならさっさと家に帰って自分のガキの面倒みてやれ・・・と思う。

こんなことだから日本がクラゲになるのだ・・・!

男がクラゲだから 女が黙っていられない世の中になってしまったともいえる。

ナンチャッテ、選挙に行ったこともないのにそんなこと言う資格はないけどね、

今思い出したことだが、

中学のときに 担任の米山先生(女の先生)が結婚で退職することになり

最後のホームルームで教え子の私たちに言った、

「男は男らしく、女は女らしく・・・、そういう人になりましょう・・」

名言だ、今ならこの言葉の意味がわかるぜ・・・!

いい先生だったな・・・、と思います。

 

♪女は無口な人がいい あかりはぼんやり灯りゃいい・・・(舟唄)

♪ちょっとお人よしがいい 口説かれ上手なほうがいい・・・(北酒場)

これが日本の女性像だ、

これに異議があるのなら“お前は欧米か?・・・”

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清水の次郎長(その一)

◆不良オヤジの歴史うんちく第二部・幕末編

“お控ぇなすって! お控ぇなすって!・・・・

(オヒカエではない、オヒケェ・・・と発音する)

早速のお控ぇ ありがとうさんにござんす、

軒下三寸(のきしたさんずん)借り受けましてのご仁義 失礼さんにござんすが

これよりあげます言葉のあとさき 間違えましたらごめんなすって・・・!

手前生国と発しますは 関東に ござんす、

関東 関東申しましても いささか広ぉござんす・・・(以下略)“

Ohikaenasutte_1 オヒケェナスッテ

時代劇でヤクザ者が仁義をきるときの おなじみのセリフ

これを 最初にやったのは だれでしょうか?・・・

諸説があって 正解は定かではないが、

この挨拶の元祖は「関東の綱五郎」である。

清水次郎長に惚れ、子分になりたいと決心した綱五郎が次郎長宅へ押しかけ 

玄関の土間に片ヒザついて述べたのがこの口上である。(そんなこと知っててもエラかないけどね)

村上元三の歴史小説「次郎長三国志」によると

そのとき次郎長は博打と喧嘩に明け暮れる若冠二十六歳、

子分は桶屋職人の吉五郎(鬼吉)一人だけだった。

そこへ関東の綱五郎(大瀬半五郎)と名乗る本格的な股旅者が加わり二番目の子分となる、

以後、清水二十八人衆と呼ばれるまでに子分がどんどん増え、清水の次郎長(本名・山本長五郎)は 歴史に残る大侠客に成長してゆくのである。

ついでに清水二十八人衆フルメンバーの紹介です

清水の大政、浜松の小政、桶屋の鬼吉、関東の綱五郎、法印の大五郎、追分の三五郎、大野の鶴吉、増川の仙右衛門、相撲の常、三保の松五郎(豚松)、森の石松、問屋場の大熊、伊達の五郎、関東の丑五郎、小松村の七五郎、田中の敬次郎、清水の岡吉、寺津の勘三郎、国定の金五郎、辻の勝五郎、四日市の敬太郎、吉良の勘蔵、伊勢の鳥羽熊、小川の勝五郎、興津の盛乃助、舞阪の富五郎、由比の松五郎、吉良の仁吉・・・である。

次郎長の晩年 一声かければ 実際の動員力は数千人規模に達したそうである。

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ちなみに清水一家の参謀で元武士だともいわれた大政は 愛知県常滑の回船問屋の生まれで原田熊蔵というが、次郎長の養子となったので本名は山本政五郎、養子だから親子の間柄、これが本当の親分・子分である。

ところで 偶然であるが小政も本名は山本政五郎という。

体が大きいから大政、小さいから小政・・・と呼ばれるようになった。

五郎と付くのが多いが 自分の名前を自分でつけるヤクザ者には「五」という数字が特別な意味を持つラッキーナンバーなのか 流行のようなものだったかはよく解らないが ヤクザ者のことを「ゴロツキ」というのは「五郎付」が語源なのだと思います。

次郎長三国志では 清水の長五郎(次郎長)、清水の政五郎(大政)、桶屋の吉五郎(鬼吉)、関東の綱五郎、法印の大五郎・・・五郎が五人集まったとき

「俺たちはヤクザな裏街道を歩いてきた逸れ者だが、五郎付きが五人揃ったのもご縁があったからだ、ここらで清水一家を名乗り、世間様にも大手を振って歩こうじゃねぇか・・・」と大政が次郎長一家の旗揚げを提案する、

この五人は清水一家の発起人のようなものである。

また、みんな○○の○五郎・・・とか、何処の誰というふうに名前の前(姓)に出身地を名乗ったりするのは、この時代の氏(苗字)を持たない農民とか 親を知らない孤児、家があるのに飛び出した風来坊とか・・・過去を拗ねてヤクザの道を選んだ男たちだが ふるさとへの「望郷」とか 元の職業に対する「誇り」だけは 大切にしたかったのであろう。

乱暴者の不良少年ばかりだが ひとりひとりがみな物語の主人公になるくらいユニークなキャラの持ち主で、それを束ねた次郎長のリーダーシップが後世に高く評価されているのは 喧嘩(仇討ちや縄張り争い)に勝ち残ったからではない。

運送業や土木業などの側ら 旗本山岡鉄舟(明治維新後の静岡県知事)と親交が厚く、民衆と行政のパイプ役となり 富士山麓の開拓や茶畑の整備、その他福祉活動など地域のボランティアに尽くした。

「弱いものへの優しさ」「恩を忘れず義理を重んじる」「正義のためには権力にも怯まず立ち向かう」・・・というような日本人好みの任侠を実践したからである。

(カテゴリー歴史・日本人の心でも同じようなことを書いたが)

“旅行けば 駿河の国に 茶の香り・・・”と唄われるほど

静岡県産の「お茶」を 特産物として全国に広めたのは

山岡鉄舟の政治力と 次郎長一家の人脈や労働力が大きく貢献したのである。

お控えなすって・・・で始まるヤクザの仁義、よくよく内容を吟味すれば 

言葉は乱暴だが こんなに礼儀正しく相手を尊重する優しい言葉の挨拶はない。

もしも私が教師だったら 小中学生にこの仁義の意味を教えてやりたいね、

でも 子供が家に帰って「お控ぇなすって・・・」をやったら クビになるだろうな。

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嬉しい知らせ

3月29日午後 突然電話が鳴りました。

「ワガマチツヅキのケイカン・・・、タントウの○○デス・・」

暗~い?口調で(良く言えば落ち着いて丁寧に)

ナヌ?・・・警官!!???・・・・

最初に「ケイカン」というから 警察からの電話か!!?

「ワガマチツヅキ」というのは 都筑区に和賀町?とかいう町名があって 

そこの警察署からの電話だから 身内の誰かが事故にでもあったか?

或いは何かしでかしてパクられているのか?・・・・一瞬動揺!?

「こちらへあなたから電子メールをされましたよね・・・」と問いかけるから、

ヤバッ!!・・・容疑者はオレだ、

オラ何も悪いことしてないけど、何かヤバイことに巻き込まれたのか?!

咄嗟のうちに そういうことがアタマを駆け巡り

「私は(警察に)メールしてませんよ・・・」と応えてしまった。

相手がお巡りさんだと なぜ逃げ腰になるのか? 

いまだに解明できない不思議な習性であるが・・・、

そして、よくよく話を聞くうちに、

「ワガマチツヅキ」は「我が町都筑」、「警官」は「景観」だった。

「わが町都筑の景観」というイベント名で、

横浜市の「港北ニュータウン記念協会」の催し物企画担当者からだったのです。

去年の秋、区役所で「都筑区の景観三十選」というのを公募していたので

「お散歩カメラ」で撮った街の風景写真を

“下手な鉄砲も数撃ちゃ当る・・・”と、三十枚もの画像をメールで投稿したら

なんとそれが「おめでとうございます、あなたの写真が選考委員会で何点か選ばれましたので お知らせします・・・(^.^)

お礼の品と公開計画の書類など送る・・・と、本人確認の電話だったのです。

オッサンたのむよ!・・・そういう知らせなら 先に喋ってくれよ!!

あ~びっくりした。

役所関係の本人確認というのは 暗い雰囲気が普通なのかもしれないね、

お互い出だしは重苦しい雰囲気で、

そして、内容を理解したとたんに お互いがガラリと明るいテンションになる、

「おめでとうございます」の言葉に

オレもバカだから「ありがとうございま~す(^.^)」を三回くらい連発していました。

そして3月31日、 賞品?の商品券と手紙が届いた、

入選画像は三点・・・・、どうってことのない普通の風景写真だけどね、

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ゆうばえの道(06年5月)

     

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中央公園の大池(06年7月)

      

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川和富士塚(06年9月)

    

これが平成19年10月30日~11月4日まで、都筑区総合庁舎一階のホールで展示され、以後は広報や写真集に使用されることもある・・・とのこと。

(その節は 会場や作品の写真をまたブログで更新する、お近くの方は是非見物に来てください・・・何もでないけどね)

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オレ もしかしてカメラの才能あるのかな? 

篠山さんみたいにヌード写真集だせるかな・・・とか、

アホなことを一瞬妄想したが、 

デジカメを使いはじめてまだ一年だし やっぱりこれはマグレなのだ。 

写真のテクニックや芸術性というよりも 場所を特定できる画像が街のPR効果になる、ということがわかったのだ。

でも 地域限定だから 同じ場所の写真は他にも沢山応募された中から選ばれたのだから、

やっぱり良かったんだべ・・・ということにしよう。

担当者殿は「まちづくり推進のため この企画を盛り上げたいので これを機会にお友達にもお知らせしてください・・・」という。

モッチロン・・・・ですよ!!

オレも“おだてりゃ木に登る”タイプだから みんなにメールしようとしたが、

面倒だからブログで報告することにしたのです。

横浜にもこんなに美しい景観がある、 愛する「我が町」横浜をもっと美しく表現できるように これからも腕を磨いて次回も挑戦してみよう。 

シロウトでもブログをやってみて良かった、何でも挑戦してみることだな・・・

と改めて思ったのです。

マグレでもなんでもいい、公に認められたことはチョー嬉しいことである。

小学生のときにお習字で金賞もらったことはあったが、

自分の作品が公共の場で展示されるのなんて 生まれて始めてだからね。

この知らせをくれた協会の担当者殿に感謝・・・・!

お巡りさんと間違えて ゴメンネ、

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勝ったときだけベイスターズ日記

勝ったときだけ

勝ってに ベイスターズ日記

        

    4月5日広島市民球場

     横浜 000 000 201

     広島 000 101 000

古木同点2ラン、9回に復活鈴木尚決勝2号ソロ。 

セ・リーグナンバーワン投手黒田から打ったのが大きいね。 

広島のカズユキ・ヒデキ・ヨシロウく~ん・・・・

ドゥジャー!・・見たか(^.^)

今夜は酒が旨いぞ

(言えるうちにに 言っておかないとね・・・(^.^)

◆4月7日名古屋ドーム 

 横浜 005 003 000  

       中日 300 002 000

三回に6安打集中で首位中日に逆転勝ち・・・・鈴木尚、古木が今年は好調、石井琢郎、金城にも当たりが出てくれば、マシンガン打線復活だけどな。 ところが、防御率もチーム打率もリーグ最下位なのに 5割でなんと三位です!

    4月10日横浜スタジアム

     ヤクルト 100 020 100

     横浜 110 050 00× 

吉村1号・2号、村田2号逆転3ラン、

寺原2勝目、クルーン5S、

やっぱり岩村のいないヤクルトなら勝てるな。

再び五割・・・「シンジラレナ~イ」、

去年の今頃は借金6~7でビリ独走だったのに・・・

でも三浦がまだ勝ってないし、ハマのおじさんもシンドイだろうし、まだまだこれから 心配事は多いけどね。

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春の散歩道

◆3月25日

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コブシ、つぼみや果実がこどもの握りこぶしに似ているから「コブシ」というそうです、漢字では「辛夷」または「拳」と書く。

モクレン(木蓮)の仲間で 二月~三月、モクレンと同じ頃に咲きます。 コブシとモクレンはよく似ているがモクレンのほうが花がやや大きい・・・かな?

お寺の庭でモクレンが咲いているのをよく見かけるが 

寺とモクレンは何か関係があるの?

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千昌夫さんによると 北国ではコブシが咲くと春になります。

大川栄作さんが 曇りガラスを手で拭いている頃はまだ冬です。

私の観測、このへんでは冬になると山茶花・寒椿、春の初めに梅とモクレン、 それから桃・コブシの順に咲いて、桜が満開となりテレビで桜花賞のファンファーレを聞くと春爛漫となります

これからの次期、一番写真に撮りたいのは菜の花です、

菜の花の黄色に 山の緑と空の青を背景にした雄大な景色が見たい、

菜の花は食っても美味しい、おひたしが大好き、天ぷらでもいける。

一面の菜の花畑の写真が撮りたいのに なかなか見つからない、

昔は東京周辺にも そういうところがあったけど

最近は菜の花畑を見つけても見渡す限りというところはないからね、

やっぱり田舎へ行かないとだめか、

横浜あたりで 菜の花が一杯咲いているとこあったら教えてもらいたいね。 引っこ抜いて食ったりしないからさ。

Photo_54 Photo_55 こんなのが撮りたい

              

◆3月25日 プリムラマラコイデス

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鉢植えのマラコイデス

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森の中で見つけたマラコイデス

       

鉢花として人気のプリムラ(西洋桜草)は冬~春に咲くかわいい花です。マラコイデス・ポリアンサ・ジュリアン・オブコニカなど色々種類があります。  寒さに強く繁殖力も旺盛で陽当たりの良い場所で育てるとどんどん花をつけますが、高温多湿に弱く 夏になるとダメにしてしまう。    趣味の鉢花園芸は 地域や栽培環境にもよるが 夏の花を冬越しさせるよりも 冬の花を夏越しさせるほうが難しい。

          

◆3月29日

Photo_84 ささふねの道

Photo_85 Photo_86 コブシ

 Photo_87      

学校の桜

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◆4月3日 満開

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散るさくら 残るさくらも散るさくら・・・(男たちの大和)

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プロ野球開幕

今年もいよいよ野球が始まりました、

地元横浜は 井川の抜けた阪神と、岩村がいないヤクルトには去年より1~2個くらいは多く勝てるかな?と思っていたら 主砲多村がソフトバンクへ行ってしまった。(毎年休んでばかりだからいなくても一緒だけどね)

巨人は小久保の代わりが小笠原で・・・、どこも同じようなものだ。

本命は セは中日、パはソフトバンクかな?(オラの予想は当たらないけど)

我が横浜は 可哀想だがハマのおじさんに期待して 目標は高く 最下位脱出・・・?! 間違って三位にでもなれば大騒ぎするが、やっぱり無理だろな・・・?!!!

弱くても大好き! 弱いから応援しているのだ・・・と自分を慰めながら 負けたときは黙して語らず、いい試合して勝った時だけ都合よくコメントする ベイスターズ日記でもやろうかな。

最近は凄い選手がみんなメジャーへ行ってしまうけど、また新しい若い力が台頭してくるでしょう。  野球の世界は毎年新陳代謝がないと面白くないからね・・・

なんて浮かれていたら、 先日 西武球団の裏金問題が明るみに出て大学生が涙ながらに謝罪するニュースにまたむかついてしまった。

社会人ならともかく、わけも判らぬ中学・高校生相手に「裏金」をする大人が悪い。  素質あるが故に ターゲットにされた子に罪はない、ナイーブな子は一生心に傷を負ってしまうかもしれない。

自分だけ良ければいいという大人社会の考えが 将来のある有能な若者を潰している、西武は たまたまバレタだけで こんなことは昔からどこでもやっていることだ。  松井がアメリカへ行って以来毎年主力を取り替えて あたふたしている巨人あたりは「青田買い」の家元みたいなものだろう。

そして、もっとむかついたのは 12球団が希望枠の即時撤廃を協議したのに 親分巨人の反対で「来年へ先送り」になったが、3月28日、巨人が折れて再び12球団が「年内の希望枠撤廃」に合意した、

相当ヤバイと気が付いたのだろう、悪いことは素直にさっさとやめればいいのだ、権限のないコミッショナーと巨人次第で方向性の変わるプロ野球機構の不透明さ、それを容認する他球団のだらしなさ、なんと嘆かわしいことか・・・、いつまでもこんなことしてるから プロ野球人気が衰退するのだ。

「いじめ」だの「学力低下」だの・・・ 様々な教育問題がとり沙汰される背景には こういう大人社会の歪んだ体質が根源にあるからだ、現代の社会構造では どうにもならないことかもしれないが、子供の教育を社会の責任にするような親、そういう親を育ててしまう社会にも・・・? またわけ分んなくなりそうだから やめとこ。 

要するに「プロ」の世界とはいえ、スポーツは健全であるべきという基本的なことを忘れている大人たちがみんな悪い。 即戦力になる「完成品」を買いたがるケチな考えの大人が多いということだ。

プロだというのなら 一般企業と同じように入団テストという「入社試験」だけで選手を採用すればいい、

オレが試験官だったら 野球の技術や実績よりも “人より速く走れる・遠くまで投げられる・体が大きい・力が強い・声が出る・・・”少年野球の場合はそういうことを基準に子供を選んだけどね。

プロの選手だって 元はみんな野球少年だろ。  野球はプロとアマの実力差が接近している競技だから 肉体的な素養があれば若い選手はどうにでも変わる、“鉄は熱いうちに打て・・・”である。

ひとりひとりを上手な子に育てれば 強いチームができる・・・という単純な考えの指導者がいないのかね、   教え方が下手くそだから 裏金使ってまで実績のある即戦力を欲しがるのか、それとも球団を経営する会社が 無名の選手を育てるリスクを負うよりも活躍が約束されるような選手を採用したほうが安全だ、というケチな方針がそうさせるのだろう。   金持ちのくせに“太っ腹”じゃないということだね。 スター選手は買うよりも造れ と言いたいのだ。

入社試験での採用になれば 人気のあるチームには沢山の応募があるだろうけど、それはそれでいいことだ。 反対に 小さな会社へ応募したほうが出場機会が多くなると考える人も必ずいる。

「鶏口となるも牛尾となる勿れ」という諺もある、(牛のシッポよりも鶏の口になれ)大企業のヒラよりも中小企業の幹部になれということだ。  優れた選手を沢山買い集めても 野球は最終的には九人でしか戦えない勝負事だから どこにでも勝つチャンスはあるのだから・・・。

ということで、将来はドラフトもなにもかもみんなやめて、プロ野球機構をぶっ潰すような大改革をしないとだめだね・・・・と、オラがここらで能書きたれても ぜ~んぜん関係ないけどね、

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3月25日桜三分

ともあれプロ野球が開幕しました、お花見に 野球に 桜花賞に・・・やっぱり春はいいですね、   

陽光に若草が萌え、花が咲き 鳥が啼き 魚が跳ねる・・・    春は総ての命が希望に向けて動きはじめる・・・、

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勝ったときだけのベイスターズ日記(3月31日 開幕第二戦 横浜スタジアム)

巨人 000 000 000                                 横浜 000 000 020 

(土肥・クルーンのリレーで完封、代打古木一号、仁志が二点目のタイムリー)ベイスターズだって 今はマジック142。

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