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煙突の見える風景

我が家の近所に大きなエントツがあります、 

町田市近郊の山奥?からこの街へ越してきて、ゆとりある時間を持て余し 去年から知らない街の探索を兼ねてウォーキング三昧。  地図を持たず方角も選ばず 遥か遠方までむやみに歩いてもこの煙突さえ見えれば家に戻ることができる、それほどノッポで大きな煙突です。 

 

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そういえば平成になってから 煙突という建造物はあまり見られなくなった。

家の屋根にも煙突がないから 今どきのサンタクロースは入ってくるところがない、

12月24日深夜には酔っ払ったおやじがプレゼントの包みを持って 寝ている子供を起こさぬように玄関から静かに入ってくる、翌25日には連夜の会合で飲み疲れたおやじが売れ残りの半額ケーキを鬼の首とったように引っさげて、今度はみんなを起こすように堂々と帰還する。 それがサラリーマン家庭の平均的クリスマスパターンだった。

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東京湾沿いの京浜工業地帯には大工場の煙突が建ち並び、隅田川には四本の煙突が見る角度によって一本になったりする「お化け煙突」という名物もあった。 

銭湯のシンボルは煙突、蒸気機関車も船舶も煙突なしでは走れない・・・、

今想えば 昭和は「煙突」の時代だ。 

その煙突からたちのぼる煙は高度成長への狼煙(のろし)、

日本人のエネルギーを燃やす雑草の如き逞しさを象徴していたのだ。

昭和という時代は日本人には 良い時代ではなかった、

日本の歴史の中で 最も悲惨な外国との戦争を経験したからだ。

横綱と前頭ほど力の差があるのに 真珠湾というアメリカ領土を直接攻撃したのは日本だけだ。 ちなみに昨日(12月8日は真珠湾攻撃ニイタカヤマノボレで日米の戦争が始まった日、この日を知る人も最近は少なくなってきた)あれは卑怯な奇襲だと米国人は反論するが、9.11のテロとは全く性格が違う、日の丸を堂々と掲げた真っ向勝負だった。

しかし日本のポイントはあの先制パンチ一発だけで あとはコテンパンの完敗。

最終兵器「核」の悲劇まで味わったのも世界で唯一日本国だけだ。

それなのに半世紀後には世界でトップクラスの経済大国に成長したこの立ち直りの早さ、 進駐軍が持ち込んだ民主主義という自由を受け入れて、コーラにチョコレート、ジャズもファッションもスポーツも・・・美味しい食べ物も楽しい娯楽も芸術も、全てを受け入れて発展の糧にした日本民族の資質とは 何なのだろうか?

ただ器用で 環境の変化に適応できただけなのだろうか? 

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2007年11月、三ツ星レストランが世界で一番多い都市は東京だということが発表された、フレンチのパリでも中華の上海でもない、美味しいものを食べる目的だけで旅行する価値があるのは なんと我が日本国なのだ。 

ミス・ユニヴァースだって日本女性だ。

これではまるで「酒は旨いし姉ちゃんはきれい!・・・」日本は天国ではないか?!

やっぱりオレたちは昭和に生まれ平成の今日まで生きてきてよかったのだ。

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人生はみな波乱万丈、「忘れられない 忘れたくない・・・」怨み節のひとつやふたつはあるけれど 良いところにも目を向けなければ幸せにはなれない。  

♪おとこは誰もみな無口な兵士 笑って死ねる人生 それさえあればいい・・・

この歌のようにいきたいね。

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世界のリーダー?自由の旗頭を自認するアメリカは 第二次大戦後もソ連との冷戦を背景に 朝鮮戦争、キューバ危機、そしてベトナム戦争、永遠に続く中東紛争にも介入を続け、今はアフガン・イラクに手を焼いて、北朝鮮にイランにパキスタン・・・

新たな厄介者まで抱えている。 

どれひとつ解決しないのは 民族の理念や信条が力でコントロールできないものだからだ。(火事場の野次馬か?・・・ブッシュさんも意地を張らずにイラクなんかほっといてさっさと帰ってくればいいのに、自分とこだってハリケーンや山火事で大変なのにね)そしてベトナムも北朝鮮もいまだに貧しく、イラクもパレスチナもテロで混乱が収まらない。 どこもみんなスッチャカメッチャカなのに・・・アメリカに完璧に叩かれた日本だけが なぜこんなに成長したのだろう。

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昔の映画で(タイトルも俳優も忘れたが)太平洋戦争の最中 南の小島に米兵と日本兵が二人だけ取り残された、敵同士だから最初は殺しあうが やがて弾丸も尽き互いに疲れ果て やがて会話を交わすようになるが何ひとつ意見が合わない、そのうち二人にひとつだけ共通点があることに気づく、それは互いが愛する家族の写真を持っていたことだった。それをきっかけに少しずつ理解を深め 生きるために友情が芽生えてゆく・・そんな内容だったけど、 その中で米兵が「日本人はなぜ神を信じないのか?」

その「Why?」から始まるセリフと その場面だけがオラにはやけに印象的だった。

これが日本民族の資質というか不可思議さを解くカギのような気がする。

例えばイスラムの人たちが一日に何度も長い時間をかけて 仕事をほったらかして「お祈り?」をするが あの光景はまるで理解できない。

神に祈るヒマがあったら働けと思う、飯も満足に食えない連中が神に祈ったら幸せになれるのか? 楽して幸せになれるはずはない・・・と考える。

オラも最近 神仏を否定はしないが仏壇に線香上げる程度で、祈りと生活は別問題だ。

日本人は意外と現実的で合理的な民族なのかもしれない。 

この映画のように両方の民族が家族の写真をもっと早く見せ合っていたら 世界中どこにも戦争なんか始まらないかもしれないのに・・・と、夢のようなことまで思ってしまうのです。

世界遺産広島の原爆ドームへ行ったときだった、原爆資料館で外人(英語で何かぶつぶつ云ってたからアメリカ人だろう)の老夫婦が悲惨な写真の前で泣いているのを見た。

それを見たら自分まで泣けてしまった。 

どっちが悪いとかの問題ではない、観光で訪れたあの老夫婦は 何故こんなことになってしまったのだろうと、取り返しのつかない悲しさを神に詫びて涙しているのです。

ヒューマニズム(人間性)とは優しさのことです。

人はみな どこの民族も優しくない人なんかいないのにね、 

世の中そんなに単純ではないけどね。

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ところで煙突のはなしであった。

これは清掃工場のゴミ焼却用の煙突です。

住宅街のど真ん中にあるのに環境問題の苦情がでないのは 最先端のハイテクで有害物質を発生させない超高熱焼却処理ができるからだそうです。

その焼却熱を利用して 温水プールとお風呂などの施設ができたのです。

オラも去年 はじめて行ってみた。 爺さんばかりの風呂だから最初は抵抗があったが このお風呂はなかなかいい。

広くてジャグジーが何本も噴射して、腰痛持ちのオラはプールのあとに時々利用するようになった。

福祉施設だから六十歳以上限定で無料だし、このへんの年寄りには人気の癒し空間だ。 浴場の他にロビーや宿泊施設、図書館に大広間、カルチャールームにダンスホールまであって 朝から弁当持ちで一日過ごすお年寄りもいる。

大広間からはカラオケで爺さんたちの演歌や軍歌が聞こえてくる、

ホールでは背筋の伸びた爺と婆が真面目な顔してダンスして、

ライブラリイではだいたいみんな居眠りをしているが。

カラオケ大広間は覗いたこともないし、(オラのマイウェイはここでは通じないから)

何人か顔見知りはできたが 軍歌を懐かしむ爺さんたちの会話にまで入っていけない、

ここでは六十代はまだまだルーキーだから(あと五年もしたらレギュラーの交代は予想されるが)爺さんたちの会話を聞きながら おとなしくお風呂に入ってくるだけなのです。 そして、爺さんたちの会話は 様々なジャンルで「昭和」のはなしを聞くことができる。 半ボケ同士の会話には 楽しいコントもあります。

「ふるさとの 訛り懐かし停車場の 人混みの中に そを聴きにゆく」 啄木の詩ほど高尚ではないが 昭和を駆け抜けてきた逞しき爺さんたちの会話を聴きにいくのが お風呂の楽しみのひとつになった、 

「星の流れに」、「キューポラのある街」、「寅さん」、「三丁目の夕陽」まで・・・ ここには「昭和」が溢れている。

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昭和という古き良き時代を次の世代に伝えたい、爺ちゃんたちのコントも紹介したい、

来年は「昭和」という新しいカテゴリーで 昭和ならではのちょっとおもろい話を更新してみようと思います。

オラも昭和という青春を駆けてきた 昭和の思い出しか語れない爺のはしくれだから。

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