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演歌の心(一)

◆リンゴの唄

五十を過ぎ団塊の世代となった頃、久々に渋谷道玄坂あたりで飲んだあと

二次会で「並木路子の店」へ行ったことがあった。

渋谷は懐かしい街だ、学生時代センター街のはずれにあるバー「エクストラ」でジャズを聴いていたオラの青春の街だ。

並木さんはそのころ大晦日の12チャンネルくらいしかテレビ出演がない 一線を退いたお婆ちゃんだったが なんとその夜は実物の並木路子さんとお話ができた。

二葉あき子、コロンビアローズ、淡谷典子・・など、仲良しの歌手仲間のアルバムまでひっぱり出して 戦後の歌謡界のはなしなど聞かせてくれた。

オラたちの世代は この元気で上品なお婆ちゃんの唄を聴きながら育ったようなものだ。

オラがカラオケでマイウェイを唄うと「お上手です・・・!」と、

お世辞でも褒められれば調子に乗るタイプだから 

そのあと並木さんに“ゴンドラの唄“を唄ってくれと注文されて 

ご一緒にお願いします・・と、デュエットになった。

 ♪いのち短し 恋せよ乙女

  朱き唇 あせぬ間に

  熱き血潮の 消えぬ間に

  あすの月日の ないものを・・・

昔の歌にしては珍しく心に沁みるいい詩だ、

ある程度の年代でなければ この詩の心は理解できないが

歌いながら声が詰まりそうだったのは 酔いもあったが自分もある程度の年代に達したからだ。

これは大正の歌だけれど これが彼女の青春なのかと思った。

父と兄を戦争で亡くした、東京大空襲で母も亡くした、

私は戦災孤児ですから・・・、

ポツリと云ったこの一言に 自分も含めた酔っ払いのオヤジたちは 一瞬沈黙したが、そのあとで「私には歌の神様がついてたからね 私だけ生かしてくれたのよ」ニッコリと微笑んだ。

若い娘のような明るい笑顔だった。

店を出るとき「ありがとうございました・・・」と、こっちが客なのに 飲み屋でお礼を云って最敬礼して帰ったのは 我が人生でこのときが最初で最後だ。

♪赤いリンゴに唇寄せて・・・で 戦後の日本人に勇気を与えたこの体の小さい元気な婆ちゃんが 歳をとっても永遠の乙女のようで凄く偉大に思えたのです

いのち短し・・・の詩は 今の自分の信条と同じで もの凄く共感できる、オラは乙女ではないけれど 全ての人に当てはまる。

人生は 熱き血潮に燃えているときが一番美しい、

生きるとは燃えながら暮らすこと・・

具体的には やりたいことがあったら今やろう、飲みたい酒があったら今飲もう、食卓に並んだお料理は 一番好きなものから先に食べよう・・・? だって、明日まで残しておいたら味が落ちるし 明日はお腹を壊して食べられなくなっちゃうかもしれない? 明日も自分は生きているという保障はないのだから・・・

こういう解釈はちょっとレベルが低いかな。

大衆歌謡の中から「演歌」というジャンルが登場したのは 自分が大人になってからだったような気がする。

並木さんの歌がラジオで流れていた頃は 日本の歌手が唄うのは流行歌とか歌謡曲と呼ばれて、演歌という言葉はなかった?(オラが知らないだけかもしれないが)

演歌のルーツって 何だろう? 

改めて調べるほどのことでもないが、もしかして この「ゴンドラの唄」が演歌の原型のような気がしてきた。

演歌とは 歌を演じる・詩を読む・詩の心を訴える・・ことだ。

それを演じる歌手の表現力によって 聴く側の受け止め方も違いがでてくる。

よく考えれば 歌謡曲リンゴの唄は 何を訴えたいのかさっぱりわからない、

漫才風にツッコミを入れながら検証すれば

赤いリンゴに唇よせて (これから かじるのか?)

黙って見ている青い空 (お前はアホか?)

リンゴはなんにも言わないけれど(アタリマエジャ)

リンゴの気持ちはよくわかる(嘘つけ!) 

リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ・・・(やっぱりアホか)

なぜこんな支離滅裂な詩がヒットしたのか 並木さん本人が一番面食らっていたのかもしれない。 

 歌の神様がこの曲をヒットさせてくれたのよ・・と言うかもね。

Photoスミレ白

1月6日のお誕生花 花ことば「謙遜」(ユキちゃんの写真)

彼女のもうひとつのヒット曲「森の水車」

 緑の森の彼方から 陽気な歌が聞こえます

 あれは水車の回る音 耳をすましてお聞きなさい

 コトコトコットン コトコトコットン 

 ファミレドシドレミファ

 コトコトコットン コトコトコットン 

 仕事に励みましょう

 コトコトコットン コトコトコットン 

 いつの日か

 楽しい春が やって来る・・・・・

こっちのほうが まともだよね。 

この素朴で軽快な明るさは この頃の日本人の素直さ、勤勉さ、本質的なガッツのようなものを感じさせる。

仕事も満足にできないのに権利ばかりを主張する今時の日本人とはえらい違いだ。

戦後の焼け野原で それまでになかった「リンゴの唄」という陽気なリズムとハチャメチャな歌詞が日本人の心に勇気を与えたのは それを唄った並木さんの明るさだったのかもしれない。

Photo_2 パンジー黄色

1月9日のお誕生花 花ことば「慎ましい幸福」

Photo_3 アッツ桜

1月23日のお誕生花 花ことば「可憐」

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