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2008年5月

不良オヤジの入院日記(8)

◆5月30日 復活宣言

“恐怖の砂”という映画があった。

原題はICE-COLD IN ALEX(アレキサンドリアの冷たい氷)、

1959年に公開されたイギリス映画である。

監督はJ.リー.トンプソン、主演:シルヴィア シムズ、ジョン ミルズ、

(監督や主演は 今になって調べた)

私がまだ学生で二十歳くらいの頃、大昔だ。

あまり古くて、内容もところどころしか憶えていないが、最後のビールを飲むシーンは今でも鮮明に記憶している。

こんなにビールが 旨そうに思えたことは 他にない。

観客で 帰りにビールを飲みに行った人は 沢山いたはずだ。

黒沢明「七人の侍」でも 三船敏郎・志村喬たち七人が食っていたおにぎりがスッゴク美味そうだった。

今までに印象に残る映画はいくつかあったが、「恐怖の砂」ほど感動したのは、他にない。

ヘンリーフォンダ「12人の怒れる男」、シナトラ「オーシャンと11人の仲間」、

ユル ブリンナー「荒野の七人」・・・・など、主人公・題名に数字を使ったのは 何故か名作になる。

恐怖の砂は オレ流評価では 映画史上最高傑作だと思う。 

なんとかもう一度、観てみたい、 テレビで再放送してくれたら是非観たい。

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◆第二次大戦、激戦の北アフリカ トブルク戦線から、イギリス軍の大尉とその部下が従軍看護婦を後方のアレキサンドリアまで 送り届ける任務に就いた。

途中から同行した謎の英軍兵士(実はドイツ軍のスパイであった)

メンバーは4人の男女、目指すはアレキサンドリア。

だが、行く手には地雷地帯や敵軍の襲来、そして何よりも危険なサハラ砂漠の自然が待ちかまえていた・・・・。

戦争映画なのに 戦闘シーンは前半の少しだけだった。

ほとんどが、灼熱のサハラ砂漠、熱砂との戦いであった。

ドイツ軍のスパイを演じたのはアンソニー.クエイルという役者で ターザン映画などにも ターザンと戦う悪役を演じたことがある 体格のいい名脇役である。

この男が凄く頼りになる、敵の来襲を的確に処理したり、地雷原を通るときも彼のおかげで何とか切り抜ける。
そして、リーダーの大尉がいつも弱音をはくと、頑張れ、大丈夫、といって励ます。
みんなが ふらふらのボロボロに疲れ果てているのに、彼だけが いつもみんなを励まし続けるのである。

圧巻のシーンは ジープが故障したので 彼が車の下に潜って修理するが、

ジャッキが外れて、彼は2トンもある車の下敷きになる。

ところが、彼は、車を一人で支える。

みんなが 車を持ちあげようとするが、びくともしない、

車の重量が、徐々に下敷きになっている彼を押しつぶしそうになる。

彼は 必死に耐える。

太い腕と 厚い胸板の筋肉が 汗にまみれて躍動する。

数分後、やっとジャッキを上げ、彼は救い出される。
ぐったりしていたが、命に別状はなかった。

いつも彼に助けられていたみんなが、こんどは彼を皆で協力して 助けた。

彼は 毎晩同じ時間に スコップを持って どこかへ行く。

トイレかと思っていたが どうも怪しいので、様子を見に行くと、

彼は 無線でドイツ軍へ連絡をしていた。

これで彼がスパイだったということがばれるのだが、

見つかった彼は 慌てて無線機を砂の中へ埋めて隠そうとした。

ところがそこは 底なし沼、

彼は底なし沼の泥の中に どんどん沈んでいく・・・。

またみんなで彼を助ける。

彼がスパイでも関係ない、彼を死なせるわけにはいかないのである。

助かった彼は、水がもったいないので ガソリンで体を洗う。

何日も灼熱の砂漠を走った。

いよいよ水が 底をついた。
みんなもう、どうでもよくなっていた。

大尉も部下も看護婦も、スパイも、もう任務も仕事も、関係なかった。

アレキサンドリアへ着いたら、俺は冷たいビールが飲みたい、

望みは それだけになった。

みんな 同じだった。

最後の難関へたどり着いた。

大きな砂丘の頂上へ歩いて登ってみると、

地平線の彼方に、アレキサンドリアの街が見えた。

幻ではなかった、本物の街が 確かに見えた。

みんな喜びに包まれた。

問題は車が砂丘の上まで 登るかである。

砂が深くて、タイヤが埋まって動かない。

みんなで車を押した、頂上近くまで頑張ったのに 力尽きて、車はズルズル下まで戻ってしまった。

もうみんな 疲れ果てふらふらだった。

死を覚悟していた。

俺達はどうせ死ぬんだ・・・・、やけくその大尉がまた弱音を吐いた。

スパイが励ました、頑張るんだ、死ぬもんか・・・、

俺達は アレキサンドリアで冷たいビールを飲むんだ・・・・。

大尉が微笑んだ。  よし、もう一度やってみよう・・・。

何度も挑戦して、やっと車は砂丘の頂上へ登った。

ラストシーン、アレキサンドリアへ着いた4人は 酒場へ入った。

店のバーテンは無愛想だった。

彼らがどんな困難を乗り越えて来たか、そんなことは街の人には 関係ないことだった。

みんなビールを注文した。

ガラスのジョツキの外側に、 氷った冷たい水滴が滴り落ちた。

それを指で撫でるように確認してから、 ビールを飲み干す。

ゴクッ・ゴクッとのどを鳴らして、 大きなジョッキが一気に空になった。

MPが駆け込んできた、スパイを逮捕するためだった。

彼も覚悟していた、おとなしくMPと一緒に店を出て行く・・・。

彼は振り返って、大尉に敬礼をした。

大尉も彼に敬礼した。

“ありがとう”・・・・、“こちらこそ、ありがとう”

無言のふたりには、この言葉があったのだろう。

戦争でなかったら、きっと いい友達になれたのに・・・・。

双方が そういう気持ちだった。2008_05280117_2

この映画は、人間の強さと弱さの 両方をテーマにしている。

極限の状態になった時、人の目的や欲望は、基本的で単純なものになってしまう。

のどが渇く・・・、水が飲みたい・・・。

彼らの場合は、アレキサンドリアで冷たいビールが飲みたい・・・。

戦争も、任務も、へったくれもない、

金も、名誉も、恋も、夢も、望みも、何も要らない、

ただ、ビールが飲めればいい・・・・、

ただ それだけの目的のために、四人が力を併せて、頑張るのである。

生きるため、目的のために脅威の粘りを発揮する人間の強さ、

あきらめないことの大切さ・・・、
そして、人は 一人では生きられない、

人は誰かに助けられ、励まされて生きてゆく・・・。

人間の弱さが、目的を単純なものに変えてしまう。

そして、単純な目的になったとき、人は 動物的な強さを 発揮するのである。

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この映画は 英国アカデミー賞にノミネートされ、ベルリン国際映画祭で 国際評論家連盟賞というのをとった名作である。

名作といわれる映画やドラマには、 必ず 観客に訴えようとするテーマがある。

原作者や監督が、何を訴えようとしているか、ということを考えるのが、映画を観る醍醐味である。

今年私は大病を患った、此の度の病気をこの映画と重ねて例にするのは ちょっと無理があるか?

病院はサハラ砂漠ではないけれど 極限状態のドラマは沢山ある。

歩けない人、自分の手でごはんを食べられない人、ベッドから起きられない人、・・・・・歩きたい、食いたい、言葉を喋りたい・・・

こんな基本的で単純なことが目的で頑張る人もいる。

その点オラはラッキーというか動物的というか?目的が贅沢か? 起きてすぐにスタスタと歩き、リハビリ室では先生より速く歩いた、先生と抜きつ抜かれつ・・意地になって競争していた。

箸を使ってごはんをバリバリ残さず食ったときには 皆びっくりして見物が集まるほどだった。  そして これからも「恐怖の砂」のメンバーをお手本にして目的は単純に唯ひとつ、「夏になったらオラはビールを飲みたい、でっかいジョッキで冷えた生ビールをゴクゴクと飲んでやりたい・・・、」これに決めたのが4月2日退院の日、 

この程度の『夢』なら実現可能だ 頑張りましょう・・・・と、日々精進してきたのである。

リハビリ室では机の上に置かれたパチンコ玉を左手で箸で摘んで箱へ移す作業をやった。

高齢のお婆ちゃんが隣で同じことをしているが まるで出来ない、

そらそうだよな、オレでも難しいのに  

婆ちゃんの目的は自分でごはんを食べることなのだろうか・・・

黙々と必死になって頑張っている。

一生懸命なのに 可哀相だよ、

婆ちゃんがんばれ・!・・応援したかった。

しまいに面倒になり右手で玉を沢山掴んで婆ちゃんの箱に入れてやった、勿論自分のにも。

「だめです、インチキしたらいけません・・・」と、先生に見つかって叱られる。

カンニングのばれた生徒みたい。 先生はオラのことを「昔はヤンチャだったでしょう」と話しかける・・先生の云うことを聞かない生徒だが お婆ちゃんには優しかった。

「ヤンチャはかわいいけど、今は不良ですから・・」

オレは今回の病気で死ななかったが、幸運はそれだけではない。

同じ部屋には動けない人ばかりなのに、何でオラだけが ウロチョロと一人で活躍してたのか、自宅では毎朝のお散歩が日課になってしまって、食欲は旺盛、

食っているか 歩いているか、常に活動的な毎日になってしまった。

ビールを飲みたい・・・プールへ行きたい、退院後自分で決めた目標が何れも皆達成された。  腹の周りも87cm、これで体格も体型も完全に元に戻った。  

かかりつけのクリニック 整形外科の先生はオラが歩きまくっていることに「スゴイです、殆どが半身不随になるのに・・・」、神経をやられなかったのは幸運、若い頃から半端でなく鍛えた基礎体力と、更に今でも運動を続ける習慣が良かった。 

内科の先生は「酒は酔わない程度ならOK! 今後は社会に貢献することをやられたらどうですか・・・」これを都合よく解釈して「飲んでもいいよー」「仕事へ復帰してもイイヨー」ということだ。

先週ユキちゃんが来たときには憧れの生ビールを飲んた、28日には「ららぽーと横浜」まで行きカアチャンのお供でショッピング。 衣料品の特売になると女はなぜ燃える? 何時間でもへっちゃらで物色する特別なパワーがある。 男には女性のこういうとこが難解、待っているのは非常に疲れる。 主義主張が違う、嗜好も感覚領域も違う、構造が違うのだから思想も信念も異なるのだろうか、ところが食品売り場だとオラが燃える、カツオの刺身のいいのがあったので これが晩酌の肴になった。

寒い季節に何だかんだと大騒ぎしているうちに 世の中は もうカツオの季節になっていました。

昨日はプールで一時間ほど遊ぶこともできた。  本日5月30日はオラの「復活宣言」の記念日にしました。 

当面の目的は達成された。 オラにはやりたいこと、食いたいものがいくらでもあるから、残りの人生、あれもこれもと欲張らずに 次の新しい目標を早いとこ決めたいね。 夢が叶ったとき、目標が達成したとき、人は幸せを感じるときだ。

倒れたその日に駆けつけ 心配し励ましてくれたPOSI、えっちゃん、ユキちゃん、子供と孫たち、それから 沢山のやさしい友人たちへ 目標達成の喜びを一刻も早く知らせたいね。 お~い!もう大丈夫だー、釣りでもバーベキューでも、カラオケでも・・・

何処でも行くぞー、呼んでくれ~! 

「人間は死ぬまで夢をもて その夢が叶わなくても所詮夢だから」

2008_05280123 中庭

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不良オヤジの入院日記(7)

◆5月21日

入院してないのだから入院日記は今回で終わりです。 

退院してもう二ヶ月、5月21日CT検査と診察。 すご~く元気、あとはアルコールの解禁だけ・・・・これは自主的に解除していかなければね。CT検査も問題なく合格、ただし、問題は今度もまた外枠だけで頭の中身が写ってない、空っぽだった!?
診察室入った瞬間から 先生は何を思い出したか知らんけど ずっと笑いをこらえている? 
ナースステーションにも寄ってきた、婦長さんにお会いしてお礼を云ってきた。

退院の時は 二度と来ねぇからな・・・とか、結局ここでは最後まで悪ガキの頑固オヤジでさっさと出てきてしまったからね。

久しぶりにかわいい子ちゃんたちに再会して ハイタッチしたかったのに・・・・、残念ながら不在だった。

病棟の廊下で若い看護婦がニコニコしながら「私・覚えてますか?」ときた。 忘れた! これで普通に近くなった、良かった? 体力だけじゃない、頭も人並みに治っている。記憶の前後で苦悩していたから・・・・。 ホントに忘れてるのだから いっそのこと「忘れるものですか・・・、あなた誰だっけ?」のほうがよかったかな。

(またお名前と生年月日を言わされたら「クリントイーストウッドです、インディジョーンズです、ポールマッカートニーです・・・など、超ハチャメチャに答えてやろうと考えていたが、)
 
スタッフが皆笑いながら挨拶してくるし、
寝言のカラオケ事件がまだ効いているのかも、 婦長さんまで お家でもまだ冗談云ってますか・・・だし、最早オラはあそこでは お笑い部門のカリスマだ。  結局、次回は二ヵ月後、これからは検査なしで診察だけになった。
チョー良くなっているということです。 ありがとう、みんなのおかげです。
早速 来週あたりからプールへ行きたいね。


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結論、この度の病気で解った(学んだ)ことは

 麻酔で眠る熟睡は最高に気持ちいい、ということ・・・薬の代わりに酒で寝るのも気持ちいいが

 自分が思っている以上に オラはプライドが高かった。 やたら文句を言うようになった、寡黙に辛抱するのはもうやめよう、言いたいことは今のうちに云っておこうと考えが変わった、その分饒舌になったと、周りは言う。

(饒舌のジョウは冗と書くべきかもしれないが)

 病院だけではない、世の中には悲しみと同じだけの優しさがある・・ということ。 

 それが運だと思いたくない、人の優しさの力でオラは元気になった。

 自業自得・・・「誰恨むことはない、身から出たサビだ」

 健康第一 何でもないようなことが 幸せだったと思う・・てか?? 思う・思うね!

       健康で忙しく働き 疲れて眠る時が一番幸せなのだ。 

ということが病から学んだことであります。

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不良オヤジの入院日記(6)ユキちゃんが来た

◆ユキちゃんが来た・・・・5月19日  ユキちゃん・POSI・えっちゃんの三人が来て ランチで 楽しい時を過ごした。

カニ料理で会食、刺身、茶碗蒸し、カニ雑炊をおなか一杯食って、三ヶ月我慢していた憧れの生ビールも飲むことができた。  

2008_05190016                                                                                センター北駅の改札口で 出てきたユキちゃんと 先ず握手、             「遠いところを よくこそこんな田舎まで来てくれました、ありがとう、会いたかった」

去年からメルトモになって あれこれとやりとりしているから 初対面のような気がしない。     学生時代の気の合う同級生のような、気がして・・・・嬉しいね。

彼女はオラのブログの理解者だ、「私も日本人のはしくれだから・・・」と語る彼女、文章の「笑いどころ」「本音」を知って、オラと似たような感性の持ち主だ。

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 日本の心を失っていない彼女だが 長い米国暮らしなので もうアメリカンだった。   別れるとき 駅のホームで 「お兄ちゃん・ハグ!」の一声と同時に 少女のようにオラに飛びつきハグってきた、ハグHUGとは抱き合うこと、欧米では日常の行為。 温かいふれあいだ。  ハグ&キスならば 100%欧米になるが、オラたちは超純粋日本人だからね。                         オラたち夫婦も 最近は洋食をよく食べるし、昼にホットドッグ・ハンバーガーなど、USA的になってしまったね。

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もぉ・・・感謝の言葉が見つからない、嬉しかったね。  
ホントにホントにアリガトウ・・・・、白内障の話をしたとたんに メールの文字を大きく太くしてくれたり、ファイヴペニーズのレコードまで贈ってもらったり・・・・、半端でない遠いところから良くぞ来てくれました。 「ようこそ」という日本語の語源はよく来てくれましたということです。

それも半端な距離ではない、アメリカの東海岸から北米大陸と太平洋を越えてきた。             昔から来客があると 一時間くらい遠方でも 遠いところを ありがとう、というが、これは日本的ウソ・・・ですね。
感謝感激、オラが元気でもうちょっと若ければ、オラが行かなければいけないのに・・・・、ありがとう

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thank you for your kindnes,                                 and thank you for your everything.....

ありがとうを百回云っても まだ足りないです。 今日買った三億円の宝くじ当てたら 直ちにすっ飛んで行くからね。 お元気でオラのような病気にならないように、ご自愛ください、

去年から メールで話が盛り上がると、今度会いにいくからね、待っててねー・・・と何度も云っていたが 本当に空を飛んできてくれたのは オラが病気をしたからか。  地球を半周するほど遠いNYで オラの病気を心配してくれていたのだ。  アリガトウ・・・・

今週は体調がいい、朝のお散歩が日課になって 動きに関しては完璧だ。 血圧はまずまずで、頭痛もないし、これなら 酒もボチボチやっていけそう。

今のオラは 一日一日が早く過ぎてほしい、 光陰矢の如し・・・になって早く古希を迎えたい。      身体はコキコキ鳴っているが、日に日に良くなるのなら 早く歳をとりたいです。   歳をとっても 生きてさえいれば この先もやさしい人に巡り会うことができるなら。

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2008お散歩カメラ5月

Photo ゆうばえの小路

◆5月12日 お散歩コースのスタート地点

◆毎日毎日10㌔のウオーキング、先週歩数計を買って一万歩を目標に歩いて歩いて・・・歩きまくって・・・身体を動かすことに関しては元気。  安静にして一日寝ているのは苦手。

ユキちゃんから『兄ちゃんと同じ病気でもっと重症の人が歩きまくって治しちゃった、今でも どこにでも歩って行っちゃうんですよ・・・」と励ましの言葉。       行動する努力なら オラなんぼでもやったる、 「感謝感激」 ポパイのほうれん草みたいにパワーの出る激励の言葉・ありがとう。       posiからは「病気から学べ」 ・・・                一生不悟・一生燃焼・一生勉強・一球入魂・一期一会・自業自得・晴天霹靂・天下泰平・不惜身命・天地無用・大外強襲・恋我優甘(ラヴミーテンダー)・熱重燃疑(アッチチ、アッチー、モエテルンダローカ?)

オレは今回で二度目のチョーヤバイ病気、最初に死に損なった時は お見舞い客と花束に囲まれて、今回は かわいいナースちゃんたちに囲まれて・・・・沢山の人の『優しさ」と『励まし」に出遭うことができた。  ウンチが出なくて辛いこともあったが、良いこともあって いい経験がまたひとつ増えた。  寡黙はやめて云いたいことを何でも云うようになった、文句も言うようになった。

Photo_2 若芽                    これ?白い花が咲く・・・東洋ランの一種か?・・・名前忘れた。みずみずしい新芽が伸び始めて、この緑を「新緑」という。  病院は悲しいところ・・・毎晩 泣き声や苦しそうな声ばかりが聞こえて・・・、でも 悲しさ・辛さと同じ分の優しさもある。  オレは家族・友人・先生に茄子ちゃんたち・・・沢山の人たちに心配され、愛され、『優しさ」に囲まれていた。 オレは生きている・・・・ありがとうより もっとランクの高い感謝の言葉あれば 教えてもらいたい。

歩数計が先週二時間十キロ歩いて帰ってから見たら十歩?だった、インチキだ~! それともオレの歩幅が一キロあるなら オリンピックへいけますね。

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鴨池公園

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ささふねの小路・・・せせらぎの周辺にも花が咲き始めた。

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花ショウブ 去年は十本くらいだった、今年は群生している。

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2008_05130031 藤の花

Photo 山桜?

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Photo_7 アガパンサス

Photo_8 小菊Photo_9 ウコン

今年のウコン新芽・・・・幹から出た新芽・ 今年は花が咲くかもね。  

土の上にばら撒いた軽石は 水遣りをドバーッとやるので、水圧で赤玉土の表面が粘土質になって固まらないためです。

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不良オヤジの入院日記(4)

4月29日は「昭和の日」です、「天皇誕生日」じゃないのか?

つい最近まで「緑の日」だったのに、

何でもいいけど「休日」が増えるのは良いことです。

♪俺を見捨てた人を 恨んで生きるより

幼い心に秘めた 空しい涙の捨て場所を

探してみたい・・・遠くで汽笛を聞きながら

何もいいことが なかった この街で・・・

谷村新司さんの唄の気分で 毎日お散歩リハビリに励んでいます。

オレの命はオレのものではない・・・天から授かったもの・・・

自分のものでないのだから 大切にしなければ・・・病気とは何かを「学ぶ」もの。(posiに教えられたこと)  今更まだ勉強とは・・・それは疲れる。  いまや若いナースたちはオラを人生の先生扱いするようになったのに。

ちゃんとお勉強するいい子にならないといけないね、

人生の四コーナーを回ったのだから

最後の直線くらい 運命の神様と仲良しになれる「良い子」になろう。

年寄り夫婦がお散歩すると

子供や孫たちが赤ちゃんの頃、かわいかったね・・・など、昔話ばかりです。

昔の楽しかった思い出話を現況と比較して、結論は今が苦労の最中・・・?

ということになってしまうので、

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昔の話はやめよう、もっと面白いことを話そう・・・となりました。

集中治療室から個室へ移されても昏睡状態のまま、 三週間もずっと眠ったままで、本人はいい気持ちで爆睡、 こんなによく寝たことはないが。

個室で家族に見守られながら 寝言を言ったり、ついに寝言で唄まで歌っていた。

家では イントロから始まってラストまで唄うこともあるらしい。

個室へ移動したのは家族に見守られながら人生のフィナーレを・・という先生の気配りか?

♪ 駄目な駄目な・ホントにダメな、いつまで経っても ダメな私ね~・・・・♪(ハッピー&ブルー、よせばいいのに) このフレーズだけ(その前にも何曲かワンフレーズやってた)やったので そばにいた女房と娘がびっくりして 先生に知らせに走った。 

それが上手いんだよ、音程も歌詞もしっかりしていて、カラオケ採点機なら80点はいく・・・、それを聴いた看護婦も先生も笑いが止まらなくなった。 先生と看護婦が笑いながら駆けつける、そして、次は何を唄うか・・・と、期待しながら 

死線をさまよう患者を 笑顔で観察していたそうです。

カラオケの夢みてるのね。

選曲が状況に応じて絶妙だから余計笑っちゃう、

麻酔して手術して 意識不明の昏睡状態、そのまま目が覚めずに眠り続けて逝ってしまう確率が大だというのに、死ぬか生きるかの患者を抱えて病棟全体が緊張している最中に歌を唄う病人は普通はいない。 緊迫感も何もない、チョーずっこけるよね。

目覚めたとき、オレは気分よくせっかく良く眠っているのに 

先生に起こされて不機嫌だった、

先生の問いかけに「ウルセェ・・・・!」、これも普通じゃない。

女房は チョー笑えるでしょ、今思い出しても可笑しくて・・・と、教えてくれた。

そんなに好評だったなら 二曲目は ♪三年目の浮気ぐらい大目に見てね・・・・

でもやれば大うけだったね。

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先生がカルテにどう書くか知らんが 予後不良(死んだ)としても全快としても

どちらのケースでも これは極めて特異な症例・或いは改善不能のバカ・・・ということになる。

現場に立ち会った担当の看護婦さんは それ以来オレの顔見るたびにクスクス笑う、

何が可笑しいのか、オレに会うとそんなに嬉しいのか? 鏡見たらもっと笑えるぞ・・と教えてやりたい。

それにしても 意識不明で寝ながら周りを笑わせる病人は めったに居ないからね。

しかも、丁度その時 介護保険認定の書類を作るため市役所の人が来ていた。 点滴を何本もつけて 寝たまま唄う患者を診て、

レベル5ということになったそうです。 これで文句なしにボケ老人の一級クラスの資格まで取得できたわけだ?!

これが発端で 若きナースたちの人気者になったのかもね。

笑いは人を和ませる、仕事でも、遊ぶときも、死にそうなときでも・・・

やはり笑顔が一番・・・ですね。Photo_3

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