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多摩川釣り紀行(1)

(1)真冬のハエ釣り

◆昭和64年1月7日、昭和天皇が崩御した日である。

朝3時半に起きた、テレビをつけると深夜なのに臨時のニュースをやっている。

昭和天皇の様態が急変した、危篤状態だという。

宮内庁病院へ皇族や政府の要人が 続々集まったりしている様子を伝えている。

何ヶ月も前から危険な状態が続いていた、血圧が35だとか、36だとか、毎日のニュースになっていた。

普通の人なら とっくに死んでいるが、最先端の医療で なんとか今日まで生きていたのである。

“天ちゃんもいよいよだめか・・・”

なんだか寂しい思いになりながら、オレは練りエサを作っている。

台所で 一人で早い朝食をしてから、おにぎりを2個作る。

前日までに準備していた仕掛けや装備を再点検する。

5時30分、まだ暗いうちに出発した。

多摩川まで歩いて30分、宿河原の土手を降りて ウインドブレーカーの上下に着替え、その上から防寒の長靴を履く、胸まである5ミリのウレタンの胴長である。

釣り用のベストを着て、耳まで隠れる毛糸の帽子をかぶる・・、手袋をはめる。

真冬の釣りは重装備である。

幸い風は弱いが 冷え込んでいる。

準備ができて、宿河原の堰から下流へ2~300メートルのポイントまで 20分ほど河原を歩く。

この胴長は凄く便利だ、水の中も河原の石も草むらも、 

なにも気にすることなく装甲車が進むように歩くことができる。

オレ専用のポイントは、 上流100メートルくらいのところに速い流れの荒瀬があって

速い流れは対岸のテトラにぶつかり 手前に跳ね返り、

こんどはゆっくりと蛇行して下流のトロ場へ向かっている。
ポイントへ着いても ベテランは急がない、

ウェストポーチの帯に 練りえさのポンプ、ハエジャッカーシステムを装着する、

フラシ(ビク)を腰にセットする・・・、竿をだすのはそれからだ。

夜明けの時間に合わせるように ゆっくりと身支度をして、仕掛けをロッドに結ぶ。

6時30分、東の空が明るくなってきた、水面に白い湯気が立ち昇る、

冬の無風状態の時に よくある現象である。

水と空気の温度差によっておこる・・・、水の方が温かいのである。

あたり一面 乳白色の靄(もや)に包まれる。

幻想的な 冬の夜明けだ。

異次元の、おとぎ話の中にいるような、乳白色の世界・・・・、

視界は10メートルくらいか・・・、

聞こえるのは 流れのざわめきだけ、河原には自分の他に 誰もいない・・・・。

静寂の中に 一人佇む。

真冬の釣りは、静寂の世界に 自分が溶け込んでゆくのである。

流れのざわめきにアクセントをつけるように、ときたま水鳥の鳴き声が聞こえる、

人間社会のしがらみを忘れ、自然の中に身を委ねる・・・・・、

至福の時が訪れる。

夜明けと同時に川の中へ入る。

腰の下あたりまで水に浸かって、足元に 海釣用の大きな玉うきを浮かべる、ポイントがずれないように 自分が立っている場所の目印だ、船のアンカーと同じだ。

これは自分で考案した。

ロッド(竿)はダイワのアモルファス・ウィスカー、超軽量の先調子『ハエ・硬調』55g

4.5メーター・・・、オレの宝物である。

天上糸に接続したライン(道糸)はシーガーエース04号、

黄色の発泡ウキに シズ(おもり)は4点直線打ち、

ハリはハエスレ3号、ハリスは03号・・・。
エサはピンクのハエネリ、バニラエッセンスの甘い香りが漂う、

装備から仕掛けまで、最先端の超ハイテクシステムである。

一投目を投じる、タナ(水深・ウキ下の長さ)は90センチ、

緩い流れに乗って、ゆっくりとウキが立つ・・・、

立つと同時に ツンと鋭いアタリ・・・、

グイッと力強い重量感が伝わる、ブルブルと小気味良い感触とともに柔らかいロッドを満月にさせながら、銀鱗が水面に跳ね上がる、

ハエだ・・・・、12㎝クラスのシラハエだ。

第一投目から本命のハエがヒットした。

装備も仕掛も、エサも、全部 ハエ釣りのためのものである。

“ハエ”、学名はオイカワ、 関東では“ヤマベ”、関西ではハエと呼ばれる。

北海道を除く、日本中の河川に生息する。

大型でも15㎝くらいの小さな魚、いわゆる雑魚である。
川の鰯(いわし)とも呼ばれ、川魚の中では一番繁殖力が旺盛で、数も多い。

初夏に産卵期を向かえ、雄は腹ビレが長く成長し、赤い婚姻色になる、

この雄を“アカハラ”と呼ぶ地方もある。

練りエサでも、サシ、赤虫、栗虫、川虫、チシャの虫、その他昆虫など 何でも釣れる。

ウキ釣り、脈釣り、毛鉤釣り、フライフィッシング・・・、

釣り方もいろいろである。

貪欲で食いしん坊なくせに 警戒心が強く、動きは敏捷である、

小さいが ヒットした時の引きが強い、数多く釣れる。

釣り用語では“ハエ釣り”と呼ばれる、

オレは関西人ではないが、この魚を冬に釣る時は、ハエと呼ぶことにしている。

夏場はヤマベ、冬はハエである。

鮎を釣る人が ヤマベは雑魚だと言う、

でも オレにとっては ヤマベが本命、鮎は外道であり 雑魚なのである。

冬の魚は深場にいる、冬眠状態である。

ハエも深いところでじっと息を潜めるように 上流から流れてくる餌を狙っている。

魚は 必ず上流に向いている、その鼻先へエサを投入してやるのである。

エサを先頭にして川底を流す、穂先からエサまで ラインは一直線にしなければならない。
流れは水面の方が速い、素人はウキが先に流れてしまうので、ラインがくの字になる。
ラインが弛むと 合わせが遅れる、だから釣れない。

流れの速度と おもりの沈む速度のバランスを考えながら、ウキをすこし戻したりして、ロッド(竿)をさばくテクニックが必要なのである。

海の釣りは 何がくるか分からない、喰ってくれればラッキーという釣りである。

渓流の釣りは“運”では釣れない、技術である。

流れの中からポイントを選ぶ眼と、竿さばきのテクニックである。

深いところから釣れてくる魚は引きが強い・・・、

彼らは息を潜めて、オレも息を潜めて、静かに対決しているのである。

見知らぬ同士の一騎打ちである。

ウキのわずかな変化に対応するために、体中の神経が 張りつめている、集中している。

こんなに ものごとに集中することは この瞬間をおいて、他にない。

忘我の境地とは、こういう状態のことだ。

命の炎が燃えている・・・、自然の中で、オレは今 生きていると実感できる。

好調に釣れた、空振りがほとんどない、入れ食い状態である。

8時を過ぎた頃、少し陽が射したが すぐに曇り空になる。

寒さを全然感じない、よく釣れるので 気持ちが高揚しているからだろうか、

靄が晴れて 対岸まで見えるようになった頃、既に50尾をカウントしていた。

遠くに 他の釣り人の姿が ちらほら見える。

正月から釣りに来るバカは オレだけではなかった。

この時オレは40代の半ば、装備も技術も円熟期だった、自分ひとりでハエ釣りの名人を自負していた。

ボウズという経験がない、どんなに条件が悪くても技術でカバーして成果を上げていた。

釣りは“装備”と“テクニック”だ。

第一に仕掛けをはじめとする道具(持ち物)がよくなければいけない。

そして、技(ワザ)だ・・・。

技は経験によって磨かれる、気象条件や流れや地形にあわせて、ポイントを選ぶのも技のうちなのである。

そのためには 独自の工夫や研究も必要なのである。

オレはこの頃 釣りのノートを付けていた・・・、ポイントやその日の天候、仕掛け、エサの種類などあらゆるデーターを記録していた。

川の地図を描き、ポイントだけでも数十箇所もチェックするほど凝り性だった。 つづく

Photo_2

二子玉川の駅から見える兵庫島

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