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夢駆ける名馬(1)

『好きとは ものの上手なり・・・』ということわざがある。

好きだというのは、得意なことだから好きになるのである。

誰でも 得意でないこと、苦手なことは好きにはなれない、ということである。

私は 趣味が多い、スキー以外のことは なんでもやってきたような気がする。

特に好きなことは、釣り、囲碁、野球、園芸、カラオケ、競馬-------などである。

どれも 名人級だと 自負している。 (自己評価・・・だけどね)

ところが この内ひとつだけ 凄く好きだけど、ちっとも上手じゃないものがある。

それが 競馬である。

いくらやってもなかなか勝てない、時々でっかい馬券を獲ったりもするが、年間でト-タルすると、結局負けているのである。

プラスになったためしがない。

私の競馬歴は長い---、23歳の頃から40年余りもやっている。

途中、30代の時に 少年野球が忙しくて、競馬から離れた時期が10年ほどあった。

そのブランクを差し引いても、30年くらいはやっている。

一生懸命やっていた頃は、年間50~60万の金を使った。

40万くらいは回収するのだが、トータルすると、年間で 約20万くらいの赤字になる。

30年間に20万を掛けると600万の赤字になる。

10年間のブランクが もしなかったら・・・・累積赤字は800万になってしまう。

そんな恐ろしい計算が成り立たないように、どうしたら勝てるだろうか、ずっと試行錯誤して来たのだが・・・・・。 

ちなみに、囲碁の名人 藤沢秀行さんは、生涯一億円ほど負けたそうである。

我々サラリーマンとは桁がちがう、上には上がいると 自分を慰めるしかない。

結局 競馬とは、儲けられないものだということを、最近ようやく

理解してきたような気がするのである。

それでも、 私は競馬を止められない。

今は 年金暮らしになってしまったので、現役のときのように毎週やるわけにはいかない。

年に数回でもいい、積み立てしてでも やりたいのである。

競馬には感動がある、競馬で勝つことは、他のどんなギャンブルで勝つことよりも 嬉しいのである。  麻雀やパチンコで勝っても、 金銭的にはいい気分だが、残るのは疲れだけである。

競馬は違う。  勝った喜びが、感動が、その余韻と快感が、何年たっても残っている。

古い馬の名前を思い出すと あの時は 自分は何をやってたか・・・、自分の歴史に馬の思い出が重なる。  (ヒカルイマイがダービーを勝った時、オラは痔の手術で入院中だった。 直線一気のゴボウ抜きが衝撃的で 夜に熱を出して先生を悩ませたのも想い出)

競馬は 私を元気にしてくれる、 少年の心にしてくれる。

勝馬検討をするとき、体中に若さがみなぎり、闘志が 満ち溢れる。

そして、 ファンファーレが鳴り、ゲートが開く時、

その感動と 胸のときめきは頂点に達する。

競馬はやっぱり 男のロマンである。

◆ シンザン

昭和44年、雨の日本ダービー、不良馬場の東京競馬場で、ゴール前 抜け出してきた

のは、ダイシンホ゛ルガードだった。(2着はミノル)

私が初めて観たダービーである。

古いことなので 確かな記憶にないが、一番人気のタカツバキが落馬して、場内が騒然となったり、 ダイシンボルガードの馬手が、喜びのあまり ゴール寸前 柵を乗り越え、馬場内に バンザイしながら飛び出して、相当なお叱りを受けたことが、翌日のニュースになっていた。

私が競馬をやり始めたのは この頃からだった。

タケシバオーやスピードシンボリが 活躍していたころだった。

この数年前、ヒンドスタンの仔シンザンが、 セントライトに次ぐ2頭目の三冠馬になっていた。

シンザンは既に引退していたので、私はシンザンのレースを録画でしか観たことがないが、当時はまだ、競馬場へ行くと、シンザンの話題でいっぱいだった。

シンザンの父ヒンドスタンは、日本の近代競馬のリーディングサイヤーの元祖である。

ヒンドスタンからチャイナロック、ネヴァビート、パーソロン、そして トニービンやサンデーサイレンスに続いていくのである。

『 鉈の切れ味 』・・・シンザンの勝負強さは こう表現された。

ナタのような切れ味・・・なのである。

ナイフやカミソリではない、鋭利でシャ-プよりも、重厚でグレイトなのである。

豪快に 力強く、抜き去って行く・・・・

並んだら、絶対に負けない、力でねじ伏せて行く。

ナタの切れ味という言葉で、シンザンのレースぶりが想像できるのである。

三冠馬は、史上5頭しかでていない。

三冠馬になるのは、大変なことだ。

皐月賞は 速い馬が勝つ、ダービーは運のいい馬、菊花賞は強い馬が勝つ、といわれる。
三冠馬とは、速くて、強くて、運がいいのか・・・・、

シンザンは このほかに、天皇賞も有馬記念も、宝塚記念も 勝っている。

この時代、ジャパンカップがあれば、これも勝っていたに違いない。

シンザンは、おそらく史上最強馬だと思う。

シンザンは 最近まで、36歳くらいまで生きていた、

人間でいうと100歳以上だそうである。

無事是名馬・・・・、長生きするのも 名馬である。

私は もう少し早く競馬をやっていれば良かったと思う。

学生の時に 競馬場へ行っていれば、シンザンを観ることが出来た。

シンザンのレースを、生で 観てみたかった。

シンザンは 私にとって、伝説の名馬である。

◆ ハイセイコー

昭和48年、圧倒的な一番人気のハイセイコーが 皐月賞馬になった。

大井競馬で連戦連勝、常に6馬身以上の大差をつけて 勝ち続け、中央競馬へ移籍してきたが、ここでも敵なしで勝ち進んだ。

凄い人気になった。

競馬を知らない人でも ハイセイコーの名前は知っていた。

まるでアイドルであった。 

巨人、大鵬、ハイセイコー、というくらいの人気者になった。

ダービーでも、誰もがハイセイコーが勝つだろうと予想した。

しかし、悲鳴と驚愕の渦の中で、ハイセイコーは敗れた。

勝ったのは タケホープだった。

この後、菊花賞でもタケホープに敗れた。

無敗の天才、ハイセイコーも、ついにタケホープには勝てなかったのである。

その年の有馬記念では、ハイセイコーとタケホープの2強の対決になった。

この2頭がスバ抜けた断然人気になった。

レースは 牝馬ニットウチドリが逃げて、 ストロングエイトが続いた。

ハイセイコーとタケホープは後方で お互いけん制しながら進んでいた。

お互いが 相手の強さを認めあう、まさにライバルの対決であった。

ところがレースは、そのまま直線でストロングエイトが抜け出し、

ニットウチドリが2着に逃げ残ってしまったのである。

大半の観衆は、唖然として、この信じられない光景を 観るのであった。

12頭だったのに、枠連で8000円台の大穴になった。

これだから競馬は 面白いのである。

馬の能力だけでなく、人の期待度や、騎手の思惑までもが レースを左右するのである。

ハイセイコーはそれでも皆に愛される人気者だった。

勝利者なのに、タケホープのほうが 憎まれ役のようであった。

ハイセイコーがタケホープに勝てなかったのは、距離の適正が原因だったのか・・・、

ハイセイコーはチャイナロック、タケホープはインディアナという血統だが、血統的には距離の壁があったとは思われないのだが・・・、ハイセイコーの体型に問題があったのか、500キロを超える巨漢で、 体も硬いように 私には思えた。

タケホープの方が 柔軟性にあふれた、しなやかな体に見えたのである。

ハイセイコーが引退の時、ジョッキーの増沢末夫が、レコードデビューした。

『さらばハイセイコー』の歌まで ヒットしたのである。

ハイセイコーは、 大衆に最も愛された馬だった。

◆アローとムーティェ

私が最初に好きになった馬は、スパニッシュエクスプレスの仔、アローエクスプレス。

新馬から勝ち続け、朝日杯、京成杯まで6連勝、クラシック路線を突っ走っていた。    関西にライバルがいた。      

ムーティエの仔、タニノムーティエ。

アローと同じように、関西でクラシック路線を歩んでいた。

スピードのアローか、強さのムーティエか・・・・。

両雄は ついに 皐月賞で激突した。

私はずいぶん入れ込んで、関東馬アローを応援したのだが、

皐月賞もダービーも、ついにアローは ムーティエには勝てなかった。

これは、 完全に、血統からくる 距離の壁だったと思う。

アローは早熟型の 短距離スピード血統だったと思われるのである。

“アローエクスプレス、矢の超特急・・・”

私はこの名前に惚れ込んでしまったのである。

私は 競馬をやり始めてからずっと、今でもそうだが、格好いい名前や、馬格、スタイルなどに 惚れてしまう傾向がある。

散々研究して、どちらか迷った時、最終的には名前の格好いい馬を買ってしまうのである。

冷静さを欠いた、素人的な考えだとは思うが、その方が楽しいし、納得できるのである。

アカネテンリュウなんか、最高に好きだった。

漢字で書けば『茜天竜』・・・、野武士、アカネテンリュウと呼ばれた。

黒鹿毛の菊花賞馬、気性が激しく、並ばれると 相手を噛みつきにいくのである。

目黒記念を勝った時、コンチネンタル、スピーディワンダーと3頭の写真判定、

2着が同着で、私は三つ巴で買っていたので、このレースで2枚の馬券を獲った。

3頭とも 格好いい名前だと思っている。 

史上最も美しい馬は、タイテェムだ。

貴公子と呼ばれた。    四白流星の黒鹿毛であった。

四つの足に白い長靴を履いたように 鮮やかな四白、眉間には三日月の流星が走っていた。

スタイルも抜群であった。

金色の長いたてがみと 長い尻尾をなびかせて走る、 トウショウファルコも綺麗で派手な馬だった。

条件馬だったが、トライアゲンというのがいた。

try again・・・(もう一度 がんばろう)・・・
名前の通り 頑張ったけど、負けてばかりいた。

私の競馬人生そのもののような 名前で、 好きだった。

サラブレッドは いい名前を付けてもらうと、強くなるような気がする。

粋で、洒落た名前が多い、

タマモクロス、カミノテシオ(神の手塩)、スーパークリーク、ナイスネイチャ、セキテイリュウオー、イブキマイカグラ、ファレノプシス(胡蝶蘭)、ダイナマイトダディ、

エアジハード(聖戦)、ビッグファイト、ファインモーション、ビハインドザマスク、ザッツザプレンティ、・・・・

よくもまあ、こんな味のある名前を考えるものである。

名前から 生産者の愛情、オーナーの思い入れやセンスが 感じられるのである。

ハルウララが 高知競馬で100連敗して、それでもみんなから愛され、人気があるのは、

ハルウララという、のどかで癒しのあるような 名前がいいからである。

これが ダサイ名前だったら、誰も大騒ぎしないはずだ。

シンボリ、マイネル、トウショウ、ナリタ、シチー、ヒシ、アドマイヤ・・などの冠名の付いていない名前のほうが好きだ。

名付けた人の愛情が感じられる、意味のある名前のほうが いいね。

マチカネの付く馬は、ズッコケた名前が多いけど、それもまたユーモラスで いいかもしれないが、持ち馬の数が多くて、めんどうくさくて付けた名前のような気がする。

タニノムーティエとアローエクスプレス、

アカネテンリュウとスピードシンボリ、

ハイセイコーとタケホープ、

トウショウボーイとテンポイント、

タマモクロスとオグリキャップ、

ナリタブライアンとマヤノトップガン、

グラスワンダーとエルコンドルパサー、

対決するライバルたちは、みんな格好いい名前だった。

    

 

つづく

 (2003年7月1日)

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