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2008年12月

歩いた歩いた 200日

12月28日 有馬記念、今年はダイワスカーレットが勝った。   この牝馬はエアグルーブ以来の歴史的名牝。  有馬記念を牝馬が勝つのは トウメイ以来37年ぶりです。  それも強い、たまたま幸運に恵まれて勝つ・・のではない、先行してそのまま抜け出す、ゴール前では伸びて二の足を使う、 先行馬は逃げて一杯に粘って勝つのが普通のスタイルだが この馬は特別だ、オラは彼女を低く評価していた、去年 この馬を今のような評価なら あの三連単で悔しい思いをしなかったのに・・・ダイワスカーレットは立派です、えらい、失礼致しましたと もうアタマ下げるね。

拝啓オグリキャップ様・・・という古い映画を思い出す、オグリキャップを信じて 仕事と恋の狭間で苦悩する女性記者の物語、最後のレース有馬記念でも本命にして上司に叱られる、オグリキャップも歴史に残る名馬、人間の女に愛された? 感動のドラマだった、一筋に 一途に信じることの美しさを教わったような気がした。

12月30日、今日も朝からいつもの道を歩く、4月からずっと 毎日毎日歩いた、今年は歩いて歩いて よくこれだけ歩いたと自分があきれるほど歩いたね。  歩けることの幸運に感謝しながら 涙がとまらないバカオヤジになっても それでも歩いた、

人の世に涙という川がある 苦労という山がある その川を渡るとき その山を越えるとき 歌という友がいる(遠藤実)  ・・・・歩きながら オラにはその友が沢山できたよ。 

歩こう 歩こう 私は元気 歩くの大好き どんどん行こう ♪

The Green Leaves Of Summer遙かなるアラモ it was so good to be young・・・・若い頃は良かった

「緑の葉が燃える夏」 映画アラモの主題曲を思い出したりする。  若い頃は夏の緑のように綺麗で力に満ちていた・・・、歩きながら こんなの急に思い出すから・・・・

 

不運の過去を怨むより ありがとうの言葉を噛み締めながら・・・手術から10ヶ月、今年はいったいオラは何だったの?辛いこと嬉しいこと 色々ありましたが、 ま・いいか、元気で毎日歩けるのだから・・・

http://jp.youtube.com/watch?v=mNGtxVyeOFY

Fuji

来年も歩く、 元気で長く生きられるなら まだまだ歩き続ける。 除夜の鐘というのは 人間の煩悩の数だけ鳴らすとか、あれもしたい これもしたい、毎年毎年オラの煩悩はきりがない、夢だ、夢に向かって歩いているのだ。

味わい深い日々を 送ってくださいね  ZARD坂井泉水さんのラストメッセージ

三国志「赤壁の戦い」が映画化された。 レッドクリフ、これは面白いよ、第二次大戦ノルマンシジィ上陸「史上最大の作戦」と並ぶ人類の歴史最大のスペクタクルだ、不良オヤジは是非観たい、三国志を読書するのがいいが なかなか最近の若者は本を読まない、ならば映画でも観て勉強しなさい。 今年はオレも「レッドクリフ」の年だった。 みんなに心配かけて迷惑かけて・・・ホントに悪い不良オヤジだったよ、それでも折角拾った命、ダイワスカーレットをお手本に 直線でもうひと伸び・・・まだしぶとくえらそうに云いたい放題で生きている。 これも優しい友人たちのおかげだ、みんなありがとう。  今年は感謝の心を伝えたい人が沢山できた。 明後日から来年だ、良いお正月になるよ。     

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横浜ベイサイドストーリー 青春編

年末だ、やっと終る、長かった今年が終る、クリスマス・大晦日、もういくつ寝るとお正月・・・? お正月を指折り数えるのはガキの頃以来だ。

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急に海が見たくなった(どこかで聞いたセリフ)、横浜の港が見たくなった、

山下公園から外人墓地の横を登っていくと「港の見える丘公園」という名の洒落た公園がある。 大学生時代、馬車道あたりでアルバイトして この公園はお気に入りのデートコース、港の夜景が美しい、青春の思い出がいっぱいの所だ、なーんでか?というと=貧乏だったから、千円もあれば映画観て食事するくらいできる時代だったが、公園の散歩は無料だ、授業よりも何故かバイトの日々だった。 ブルーライト横浜、アカシヤの雨が止むとき・・・思い出の曲もある。 

◆(ちょっとだけロマンス)  元町の居酒屋で酔いつぶれた彼女(一級上の英子先輩)を背負って、長い坂道を公園まで登った。「なんでバイトばっかりやってるの? たまには学校来ないと卒業できなくなるよ、」家が貧乏だから、親に負担掛けたくないから、授業料自分で稼ぎたいから・・・等 授業をサボる言い訳をしていた。 貧乏なら負けない、あなたは幸せ、帰る家がある、家族がいる・・ 

「肩が大きいね、小さい頃 お父さんにおんぶしたときもこんなだったかしら、もぅ忘れたけどね、ゴメンネ、今日は身の上話まで聞かせちゃったね、」

過去に触れたことはなかったのに 初めて過去を語ってしまう自分が悲しい・・。「今日はこれ以上優しくしないでね、優しくされると 惚れてしまいそうな自分が怖い、私駄目になりそうで・・・」

小学生の時父母が別れ 母と二人暮し、 食事はいつもパンの耳、毎晩働きに出た母の帰りを待ちながらひとりで寝るのが辛かった、ある朝 やっと戻った母が玄関で知らない男とキスしているのを見てしまった、母にも裏切られたと思い布団の中で泣いた、自分を愛してくれる人はいない、母にも愛されていない、一人で生きてゆくと決心した、人を好きになるのが怖い、同情なんかしないでほしい、幸せってどういうことをいうのか知らないけど 幸せって多分今みたいな時なのかな・・? 呑みすぎて失敗だったかな、今のこと・ずっと憶えておきたいのに・・・。 そんな不幸で悲しいこと云わないでよ、 二人で相当な酒の量を消費した、酔わずには語れない、呑まなきゃ聴いてらんねぇことだった。 戦後の貧しく哀しい時代に育った哀しい過去を背中でつぶやく、  

返す言葉がなかった、何か笑顔になることを云おうとしたが それが見つからない自分の未熟が腹立たしかった。 先輩とはいえ 仲間内では評判の美人で憧れの人だ、デートしたことを仲間に自慢したいくらいのいい女だった。       何か云ったら同情になってしまう、彼女の凍った心を更に傷つけてしまいそうで・・・ どちらかが泣き出してしまいそうで・・・、そこまで分かっていながら どうすれば良いかが分からない、それが歯痒い? 若さとは こんなものか、彼女はオレよりずっと世慣れして逞しい大人だと思っていたが 女とはこんなにも弱い、哀しいものなのだと思った。   次に会うときからは「英子」と名前で呼ぼう、先輩後輩の関係から一歩前進した、オレも今のこと ずっと忘れないようにしよう、 恋の予感が 嬉しかった。

黙々と暗い坂道を歩くだけだった。 途中で振り返る港の夜景が綺麗だった、「わぁ~きれい!・・」「ブェノスアイレスみたい・・!」「スゴイ!何時頃行ってきたの?・・」互いの会話が明るさを装っているのが分かるから 余計に切ない気分だった。 昭和の子供たちは 皆夫々に哀しい体験を背負いながら育った、彼女の生い立ちなんか まだ序の口だ、もっともっと哀しい話はいくらでもあった。

誰もが皆 我慢するものを背負っていた、大人になってから 友情が恋に発展することでさえも 我慢が必要なこともあった。 オレも似たようなもの、いつもハラペコの腕白時代、「重いでしょ・ゴメンネ・・・」オレはちっともゴメンじゃない、背中に密着する彼女の胸の感触と香水の匂いが何時までも淡い思い出の中にときめいていた。 一人暮しのアパートの前まで送り ベッドに寝かせるところまで想像し このチャンス逃してなるものか、燃える闘魂だったのに 部屋の前で「アリガトウ もう大丈夫だから帰って、一人で寝るのは慣れているから、優しくしないでっていったでしょ!・・・」オラは無料の送迎バスか?!   坂道で港の夜景を眺めたとき、抱きしめたい・・・と思った。  勇気を出せば良かった! 

半世紀も経った今になって 未練の涙に代わるオラの青春のほうが ずっと哀しいよ。失敗だから良き思い出になる、成功してたら記事にならない。 翌年春 彼女は無事に卒業し関西の大手出版社へ就職した、ジャーナリストになりたい・・・という彼女の夢が叶った、東京駅で「アリガトウ、ゴメンネ!・・・また会ったら また 呑もうね・・・・、」何がアリガトウなの?酒もタバコもヤンチャも・・・みんなあなたに教わったから・・・。 そんなことはない、オレのほうが教わった、「先輩 また一人暮しだろ、早く結婚しろよ・・・」「大丈夫、心配しないで、一人ぼっちは慣れてるから、あんたのほうが心配、ちゃんと卒業してね・・・また呑もうね・・・」「またみんなで 呑もう・・」何人かの仲間の顔を思い浮かべた、「うぅん(否)・・・二人で・・・ね!」 嬉しいことを言ってくれる、意味深な期待を抱いたままオレも翌年社会人になったが それ以来45年、約束はまだ果たせていない。  明るい笑顔で握手した、”幸せになってほしい”その言葉は照れくさくて口に出なかったが 力強く手を握り合った。 爽やかな別れだった。 昭和の青春は哀しいばかりではない、爽やかな明るい恋もあった、希望に満ちた幸せな旅立ちもあった。 横浜は我が青春の甘く切ないベイサイドストーリーの発祥地だ。 

◆ベイスターズが優勝してから もう10年、あの時は泣いたね、ベイスターズオヤジの一番幸せな時だった、日本大通あたりをトラックでパレードして、オレも嬉しくてパレードの日は仕事休もうかとまで思った。 オレは横浜が好き、ヨコハマ・・・この響きが好き、この街を愛している。 この港の景色はナポリ、シドニーよりも美しい、(いつ行ってきたの?と問われても困るけど) ヨコハマは世界一の港町だ。 オレは生きてるぞー!来年も再来年も、その先も ずーっと生きるぞー!・・・マリンブルーの海に向かってドラマみたいに叫んでみたい、ロマンチック?!

行ってみたい、行ってみようと思いついたら・・・・もぉ・どぉにもとまらない・・・これでいい、心の若さとは こういう気分のことだ・・・こんなに行動力があるのは・・? オレのアタマは中身までデコボコになった? 笑ったり泣いたり 感情の動きが活発すぎるよ、もしかして本当にヤヴァイかも? バカもネタも底が見えてきたから これ以上は大丈夫・・・と思うけど!(^.^)

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駆け巡る青春の思い出に 浸ってみたい、12月22日 朝からポカポカ暖かい、横浜から「みなとみらい線」に乗り換えて、元町中華街から山下公園へ・・・

どうも感傷的で困る、長野のドクター鎌田先生の「がんばらなくていいから・・」に出会ってから 髪の毛も黒くなるほど癒されたのに ここで頑張り過ぎて また具合悪くならないように・・・子供たちにも「来年にすればー・・・」とブレーキかけられたが、オレはスピードタイプ、行くと決めたら絶対行く。 また歩きながら涙ではみっともないから サングラスをかけて 九時過ぎにはみなとみらい線の車内にいた。

氷川丸の岸壁を歩き、港の見える丘公園は長い坂道を登るから、 来春の目標にしましょう、ということで頑張らないことにした。 陽射しが強く南風が強く暑い中を歩きまくってハラペコで・・・やっぱり今年は普通でないよ。  思い出の道を辿るどころではない、途中から早足に変わっていた

予想より遙かに遠かったのである。風のない 穏やかな日に ゆっくり散歩するのが良い。

行きたいとこへすぐに行けたから 快復は順調だ(ただし自己診断)、闘病の段階としては記念すべき日になりました。

歩く、歩き続ける、なんてったって私は歩く、 

励ましてくれるみんながいるから、

来年も再来年も、その先も、ずう~っと歩きたい、

私は歩くのをやめない、どこまででも歩き続けたい 

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朝 地下鉄の駅員に「みなとみらい線」の乗り換えを尋ねた、地下鉄は横浜乗換えですが

距離が遠くて大変です、私鉄のほうが直通もあるし 乗り換えも簡単です、私鉄使ったほうがいいですよー・・・地下鉄の社員がライバル会社の私鉄のPRするか?

アホか と思ったが これは親切心かもしれない、教えられたままに素直に私鉄で行った、帰りは彼の言うとおりだった、帰りは横浜駅での乗り換えの長いこと、世の中は親切な人間が沢山いる 人の好意を無駄にしてはいけない。 年寄り扱いされたと文句言うほうがいけない。

昼前に地元の駅へ到着、出口で近所の小学生が(一年生くらい)何人も寄って来た、

すみませーん・いくつか質問しても いいですか?  「はい どーぞ・・」 

いくつ?25歳に見えるの? 年を聞くのは失礼だよ・・・

質問の意味が分かっていても 不良オヤジはhow old are you・・と、受けてしまう、これがいけないね、以下ちびっ子記者団との質疑応答。  屁理屈得意なおやじに当たった子供たちも不運。

Q( 今日は何処へ行ってきましたか?  ノート見ながらマニュアル通りに訊く。

A( 横浜・・・、何処へ行こうとオレの勝手

Q( この駅は感想は ありますか?

A( 駅の感想は 駅に訊かないとね、  ここで付き添いの先生が 駅の便利さ等と解説入れたので A(いいですよ、新しいからきれいだし・・・

若い女性教師に「先生もお綺麗ですね・独身でいらっしゃいますでしょ?・・・、」先生赤くなってしまって・・・「そんな・・独身ですけど きれいだなんて・・・」手を振りながら恥ずかしそうに否定のポーズ。

「みんな 先生のこと きれいだと思うひと・・?」子供たち何人かが「ハーイ」と手をあげた・・。ごめんね、先生口説くつもりはないけど、若い女性見るとすぐちょっかい出したがる悪いおやじだよね。

Q( もう何回くらい乗りましたか?   電車の使用頻度

A( 100回くらい・・・乗りましたよ

ちびっ子記者団 みんな嬉しそうに整列して「ありがとうございました・・・」と最敬礼。

カッワ ユーイ !・・・・「ガンバッテネー・・・」で別れた、みんな手を振って見送られた、爽やかな気分、子供はいいね、 

こっちが恐縮するよ、 みんなオレと同じ 横浜で育ちベイスターズと郷土を愛する 優しい大人になるでしょう。 ロマンチック横浜、ベイスターズおやじの青春ノスタルジア、  ちびっ子記者たちの未来は wow wow wow wow、・・・          この街は 世界がうらやむロマンチック港町・大都会横浜だ。

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(1)遊・石井拓 (2)中・波留 (3)左・鈴木尚 (4)二・ローズ(5)一駒田(6)     右・佐伯 (7)三・進藤 (8)捕・谷繁 (9)投・斉藤隆

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ベイスターズファンのために 98年優勝の時の先発メンバー、憶えてるね。 横浜史上最強オーダー、守備固めの要らないメンバー。クローザーはハマの大魔神佐々木。この九人は プロ野球史上最強チームかもしれない。  

権藤監督はバントしない監督だった、この野球が好き、KILL OR BE KILLED と書いたボールを選手たちに渡した、殺るか殺られるかだ・・・、体育会系の連中には どーせ分かりませんよ、戦いだ、勝つか負けるか二つに一つしかない、ドキュメンタリ「男たちの涙」で権藤さんのコメント、98年は 横浜不良オヤジには最高の年だった、あの港へ飛び込んでもよかった。 あの年に比べたら 今年は最高の苦難 ・・・24日クリスマスイヴ、人気タレント飯島愛ちゃんの訃報、一人で死んでいたのニュース、人気者なのに孤独だったんだね、

クリスマスになったら みんなで愛ちゃんのことを思い出してやろうよ、年に一度だけでも命日に愛ちゃんの笑顔を思い出してやれば 彼女が生きた証になるよ、さっきテレビで中山秀征さんが涙浮かべてコメントしていた、それを見てオラも涙、バカだねー、まだ泣き虫病が収まらない。  今年は寂しいニュースも沢山あった。 涙も苦悩もあったが その分 良いこともあったじゃん。  あんなに明るい愛ちゃんも逝く時はひとり、人間て寂しいねー!  そういう考え方はよそう、ベイスターズだって優勝するかもしれないし、来年もきっと良いことあるよ。   人は思い出と今の狭間でもがきながら 明日へと動き出す

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徒然に2008,ふり向けば夢の中(3)

12月、年末になりました。 毎年この時期になると白菜の漬物。

今年は二度失敗だ。 水の上がりが悪い、5日目になってもしんなりしない、

美味しくない!素材が硬い・・・・、これも夏の暑さが原因か?

暑くて暑くてたまらない、白菜も夏バテ気味、暑さから身を守るために外側の葉を硬くする、中の白い部分も芯の黄色い部分も 株全体が緊張するのか 旨みになる水分をエネルギーに使い果たしてしまったから乾燥状態、、 人間と同じ、加齢と共に減少するコラーゲンのように 白菜内部の水分量が少ないのだ。 何の根拠もない不良オヤジの推論であります。 やはり「素材」が大事、そのうち良い素材が手に入るでしょう。 素材がよければ チョー旨いのができるから。

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去年の白菜は 見るからに美味そう!  今年(上)は美味そうに見えない

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鴨池公園12月13日でもアジサイの葉が真夏のように緑が濃い。

◆ 白髪が黒くなった・・・

12月11日、朝 髪の毛が黒くなってる・・・、白髪が少なくなった、黒髪に進化した。

これは 禁煙の効果? 精神的に安定してきた、充実してきたのなら嬉しいね。

髪の毛が生えるのは嬉しい、3月下旬、病院内の美容室でバリカンでマルコメ君スタイルになったとき「あらー?! 毛が生えてきたー、」手術でスキンヘッドになった無毛地帯から産毛が生えてきた・・・いつもそばにいる人(カーチャン)が嬉しそうにオラのアタマを観察する。 「ウブウブしてるよー・・・先生・毛が生えてきましたよ、」それを聞いた先生も看護師さんたちも寄ってきて、「あらー、ホントだ、良かったねー!」「スゴイ・スッゴーイ!」「 ウソ!シンジランナーイ・・!」異口同音にみんなが大騒ぎ、☆信じてくれなくてもいい! 絶望的だったわけではない! みんなしてオレのアタマを擦ったり 撫でたり・・・わしゃスイカではない、ポンポン叩くなよ、髪の毛には自信ある、まだ成長途上なのだ。 僕らはみんな生きている、生きているから毛が生える!

毛が生えただけでも病棟では明るい話題なのだ、毛が生えてこの騒ぎなら 花が咲いたらどーなるの?  生きていたからだね、生きるとは素晴らしいことだった、みんなが幸せなことだった。  ヨカッタネー、アリガトネー! また涙もろくなりそー! ところがアタマの形がデコボコだ!?

今年は 自分の歴史で最大級に激動の年だった、色々大変だった、病気も手術も コワイことも嬉しいことも みんな夢の中の出来事だった・・忘れたい、忘れよう、てことにしたいのにバカだからそれが難しい、一度死んで再び生まれたとすれば お正月が来れば満一歳、思い出も夢も これから始まる・・・

夢多く 目標が大きな年だった。 大変は誰でも毎年同じだが ぼやきたくなるのは アタマの表面は多少デコボコが残っていても髪の毛さえあれば何とかなるが 中身のデコボコは困るよ。  退院の日、あそこまで拡大しなくてもいいのに・・・と思うほど大きいアタマのCT画像を持って転院先の病院へ行った。  紙袋には「返却不要」と書いてある。 これ・お返しします、記念にお持ち帰り下さい・・・、

☆こんなのオレも要らないよ・・・、頭蓋骨の外枠だけの写真 うちには飾れない、顔がないから葬式にも使えないよ、両方の先生が「不要」、本人も不要だから これじゃ写真がカワイソウ。

結局 元へ戻して、後に外来のときにナースセンターへ行って聞いてみた。

あの写真 事務所に飾ってくれればいいのに・・・、

「捨てました ! ウロチョロして危ない人がいたから みんなで心配して具合悪くなった、あんなの飾ったら また思い出して具合悪くなるわ・・・」

また ほろりとくることを言ってくれる、 アリガトウ、具合悪くなるほど心配してくれてたの?

皆さんには苦労の思い出が オレには楽しい思い出だった、ゲーム感覚?

オレはいい、みんなに迷惑かけて 問題児扱いされても楽しかったから(優しくされると涙もろくなるのに・・・)でも写真まで問題児にされたら カワイソーだよ。

入院中は 辛いこと 悲しいことを笑いに変えた。 

今年の「大変」の本番は 歩きぬいた夏場だ、暑くて長い異常な夏だ。

手術した眼に汗が入らぬように 大汗かきながら毎日毎日歩き続けた。  腰が痛い、膝が痛い、痛いのに ナニクソと歩き続けた。 秋にはついに走るまで出来た、

今年は ふり向けば夢の中、「感動の思い出」が果てしない。  騒々しくて明るい若きナースちゃんたちが 初対面のヤンチャオヤジの行方を 半べそかいて探し回ったり、毛が生えた・・・と、心から喜んでくれる、世の中の優しさを贅沢なほど体験したことが・・・そこらへんが涙もろい黒髪オヤジにしてくれた。

12月14日、赤穂浪士討ち入りの日、泉岳寺は義士祭。 忘年会のシーズン、忘年会とは 今年あった悪いことを忘れて来年は良い年にしましょう・・という意味か、忘年会でドンチャン騒ぎするのは日本人くらいなもの。

悪いことの中にも どこかに必ず良いことがある、良いことを見つけて歩いていこうよ。

心が陽気なら表情も明るくなる、顔が微笑んでいれば 心も微笑む。

ぼやいていても 泣いていても 時間は流れ 陽はまた昇る、明るい新年はもうすぐだ。

バカ言ってるうちに時間は流れる、苦労はしても笑い話に時が変えるよ 心配いらない。 秋桜のお母さんの言うとおりだ、ありがとうの言葉を噛み締めながら 生きてみます私なりに・・・・今年は「ありがとう」を素直に言えるようになったよ。

読者の皆様へ 今年も見てくれてありがとう、闘病記シリーズあたりから湿っぽくなってスマンかった、来年はまた楽しくお笑いネタでいくよ。  良いお正月を・・・・・

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麦藁帽子

CT検査の結果報告

麦藁帽子   西条八十

母さん 僕のあの帽子 どうしたでしょうね

ええ 夏、碓氷から霧積へゆくみちで 

谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ

母さん、あれは好きな帽子でしたよ、 

僕はあの時 ずいぶん悔しかった

だけど いきなり風が吹いてきたもんだから、

母さん、あの時 むこうから若い薬売りが来ましたっけね

紺の脚絆に手甲をした、そして拾おうとして

随分骨をおってくれましたっけね、

けれど とうとう駄目だった。  

なにしろ深い谷で 草が背丈くらい伸びていたんですもの。

母さん、本当にあの帽子 どうなったでしょう、

そのとき傍らに咲いていた百合の花は 

もうとうに枯れちゃったでしょうね、

そして 秋には灰色の霧があの丘をこめ

あの帽子の下で毎晩キリギリスが 鳴いたかもしれませんよ。

母さん、そして、きっと今頃は、 今夜あたりは、

あの谷間に しずかに雪が積もっているでしょう、

昔つやつや光った あの伊太利麦の帽子と、

その裏に僕が書いた Y.Sという頭文字を 埋めるように、

静に・・・、寂しく・・・・、

ゆっくり読んでみて・・・、じわ~・・・・っと くるよ、静で 優しくて 美しい日本の季節と自然が見えてくる。 森村誠一の長編推理小説「人間の条件」、昭和40~50年代にヒットした。三十歳の頃 この小説を読んで 映画を観て、エラく感動した余韻がまだ心に残っている。

映画、小説と切り離して この詩を読むだけでもじ~ん!!

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CT検査から一週間、12月10日、診察で結果を聞くために病院へ行きました。気弱で寂しい一週間だった。 「心の弱さ」まるだしの一週間だった、また何かあったらどーしよう・・・、落ち着かない気持ちを紛らわそうと 思い出に浸っているうちに この詩にたどり着いた。 今のところセーフ、!!

綺麗な精密画像だった、手術直後の患部と全体の拡大画像、オラにはよく分からないが「良好」だ。 ひとまず「安心」、アイスクリームのアタリのラッキーがまだ続いている、良いことは早く伝えたい不良オヤジだから夕方には更新に着手した。 テンション高くなってしまった。

嬉しいねー(^.^)・・・、何かお祝いしたい気分、

みんなに心配かけました、ありがとう。 お蔭様で来年も若い心で元気にやっていく予定であります。  今回のように①診察 ②検査 ③診察 ④入院 ⑤手術・・・と、平均的に手順を踏んでいれば 自分の状況を認識できるから ヤンチャもしない、問題児扱いされない模範的入院患者になれたのにー  ここらで文句たれてもしょーがない! 

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島崎藤村 千曲川旅情の詩

昨日また かくてありけり 今日もまた かくてありなむ

このいのち なにをあくせく 明日をのみ 想い煩ふ  

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徒然に2008・ふり向けば夢の中(2)

12月3日、CT検査、三時前 予約時間より少し早く準備室へ案内された。

受付前のベンチで待っていると検査室からベッドが運び出されてきた。

五人の看護師さんが血相変えて押す、猛スピードで通り過ぎてゆく。

寝ているのは三歳くらいの子供だ、点滴何本もつけて 酸素吸入して・・・

誰が見ても重症、こんな光景初めて見た、ドラマで見たことあるが・・・これは本物だ。

イタマシイ・・・! カワイソーだよ! あんな小さい子供なのに・・・

見た瞬間に涙が溢れた、オラこの頃泣き虫だから、このての場面に弱いのジャ!

これから手術室へ行くのだろう、ベッドを押していた中にはオラのお世話してくれた担当ナースもいた、

助けろよ!その子の命 絶対救ってやれよー・・!・

若いほど未来が大きい 命が貴重だから、

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ウルウルしながら検査の準備室で問診、(☆印は 反抗期不良オヤジのぼやき・突っ込み、つぶやき、相手に伝わってはいない)

先ず本人確認の「お名前と生年月日」、今回は真面目に答えた、素直な気持??

造影剤のCT検査、前回は二月の手術前にやりましたけど かゆみとか吐き気とか大丈夫だったです・・・よね? 

☆あの時はほとんど死んでたのに!そーゆーことはこっちが聴きたい!

アレルギーその他の副作用のリスクがあるので この検査の必要性について主治医の先生に問い合わせている・・・、

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     この場に及んで「必要性」はネェダロ!本人の希望でいいなら コワイから必ずしも必要としない・・・けど。

主治医の先生が来るまで 昔 造影剤の注射した、痛くて泣きそうに痛かったよ・・・など経験を語る、まださっきの子供のことで涙潤ませながら・・・、

「まだ注射してないです」・・・??? そして更衣室で着替える。   

「全部脱いで着替えてください」検査着は上半身しかない、ズボンも脱いだ、

「スイマセーン、下も脱ぎますか?」「下はそのままでいいです・・・」

     オラ露出癖ではないよ、全部脱いで・・ていうから 一応聞いただけだ。

上はジンべェサンの和風、下はジーパンに靴の洋風、しかもガニマタ!? もうちっとマシな衣装はないの? 白装束までいかなくてもいいが 都会派ダンディを心がけているのに・・・、

これじゃ いなかっぺ大将 大ちゃんだよ。

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先生が駆けつけてきた、

更衣室から出ると 先生とばったり、「これ バランス悪いっすよねー・!?・」

先生もオラの姿を見て「ワッ・ハッ・ハ・・」二人顔見合わせて爆笑。

     カッチョ(格好)わりぃーよ・・・・

検査の先生と主治医の先生、二人でやってくれることになった。 これで万全、点滴の注射は先生がしてくれた、

     サスガ・・・痛くない!  

注射針刺したまま廊下へ出て隣の検査室へ・・・・ベンチで待っていたカーチャンも笑う、「何 それ・・?・ちゃんと着替えなさい・・・」 歩いてゆく他の患者さんも 振り返る、これじゃ ただのマヌケな爺さんスタイルだ。

☆なー、だからカッコ悪いって・・・・云ってるのに!(怒)

CTの大きな機械のドームの中へ ゆっくりと入ってゆく、

検査の内容は posiのブログから既に聞いていたので 緊張はしないが 造影剤入れると「花火が上がる」かどうか・・・ちょっとドキドキ。

「クスリ入れます」先生の合図と同時に 体内に造影剤が注入された。

モワーッと体中が熱くなった、花火は上がらなかったが 体が燃える?

熱いよ、燃えるよ・・・、これじゃぁ 横浜中華街の蒸した肉まんに なってしまう。

熱き血潮に燃える状態、激しく燃えた青春の恋とは こんな感じだったのか・・・・

揺れる想い体中感じて・・・坂井泉水さんを思い出した、これは燃える想いを感じている、

そうなると「パステルカラーの季節に恋した あの日のように輝いてる あなたでいてね ・・・」ここまで想いが駆け巡ったら もーダメ。 

涙がドバーだ。  オレは今 輝くどころか燃えそー?ホッカホカの肉まんになりそーだよ。

体中が燃えていたのは二分くらいだった、「大丈夫ですかー、何かあったら云ってください・・・」アタマ固定されてるから喋れないが 喋れたら 涙拭いてくださーい、と云ったね。 五分ほどでCTのドームから出た。  やれやれ 終った、

タオルで涙拭きながら更衣室へ戻った。

結果は来週聴きに行く、結果聴くときのほうが緊張する、コワイよ、何かあったらドーシヨー?!・・・・、悪い方向は見ないようにしよう、結果の良いことだけ考えて 明るくいこう・・・。  でもなんか落ち着かない、時が経てば 何とかなるでしょ。  それよりもさっきの子供、どうなったか?帰り道は神に祈りたい気分だった。 人間は弱い、オラは特に弱い・・・

助かってほしい、ついでにオレも・・・・、あの子供を運んでいたのは強い看護師さんだ、オレの時も必死になって 半べそかいて頑張ってた 陽気で優しい人たちだ、大丈夫だよ、あの子が元気な笑顔を見せるとき 日本の未来は・・・ wow wow wow wow・・!・世界が羨む。

検査室からベッドで運ばれてゆく子供、それを必死に押す看護師さん、それをみて泣きながら検査室から出てくるボケおやじ、検査フロアにも色々なドラマがある。

人生いろいろだ。  

造影剤はオシッコで体外へ出るらしい、水分沢山とってください・・・

翌日は体調も良くなって朝からお散歩コースとプール、紅葉がやっと赤く染まった。 

今年の闘病記、入院よりも退院してからの方が戦いだった、自分自身と闘う日々だった。夢の中にいたような八ヶ月だった。 いつものようにプールのあとバニラソフトクリームを食べる、販売機から2個出てきた、2個も食ったらまたメタボの心配だ、受付へ持ってゆき「コレ・一個上げる・・・」受付の人は「すみません・・」クレームかと恐縮していたが「アタリです・・・!」とのことだった。これでもラッキーのうちだ、今年のオレはツイている、明日の検査結果もラッキーでいこう。 今日はいいことあった、アイスクリームのおまけが当った・・その程度でいいなら幸せだよ。

明日も何かいいことありますように・・・・(^.^)

歩くことに関しては存分に闘った、悔いはない。 これで逝くなら「寿命」ですから。

読者の皆様へ

今年は お騒がせ不良オヤジが大変ご心配ご迷惑をかけました。 まだ来年も生きる予定ですが ブログにも遊びに来てください。 

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徒然に2008,ふり向けば夢の中

時が流れて・・・12月になりました。 

長い長い 夏がやっと終って ちょっとだけ秋になって もう年末

オラには特別な一年だった、恐怖体験、大冒険、感動の思い出に涙する大変な年だった。 振り向くと 夢の中にいたような・・・・、

この一年で 我が人生で歩いた距離を全部歩いたくらい歩いた。

涙を隠すサングラスを手放せない、今まで楽しく順調に進んできたブログが いつの間にかお笑い系から涙系に代わってしまった。

がんばらなくていいのに・・・ワシャアホか? 

元々いい加減な不良オヤジだから 呑気にボチボチいけばいいのじゃ、と思いながらネットを探していたら また感動する詩を見つけた、またジーンとくる、世の中は捨てたものではない、 まだまだオレは頑張らなければ・・・と思うね、アバウトでもいいから。

http://hananeko.at.webry.info/200409/article_123.html

感動する言葉に沢山出逢った

「時間が解決しますから」「呑気に明るくいきましょう」

「寿命ですから・・・」

「悪いことの中にも 必ず良いことがあるから・・」

「がんばらなくていいから、いい加減が一番、」

今年は本当に皆さんに心配かけました、迷惑かけました。

おかげさまで元気です、来年の年末も元気でいられるように やっぱり頑張る!??

がんばらない・・・!?頑張らないことを・・頑張る???・・・

裁判員制度が話題になっている、候補者に選ばれた人はみんな「辞退したい」と 積極的なコメントがない、日本人は勇気がないね、逆に希望者を募集して抽選するくらいがいいのに、オラ裁判員になったら桜吹雪の刺青して 判決の前に片肌脱いで遠山の金さんスタイルを提案したいね。(来年から 本来のこのスタイルでいく)

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もっとがんばろうと おもったんだね

いままでたくさん がんばったんだから

もう がんばらなくて いいよ 

たたかおうと おもったんだね

たったひとりで たたかうには

あなたは つかれすぎているんだから

たたかわなくても いいよ

にげちゃいけないって おもったんだね

にげたって いいんだよ

まけたことには ならないよ

いちばんだいじなのは あなたのこころのじょうたいです

たくさんのむりで すっかりつかれきり

もっとむりしようとしてるから きんちょうのいとが ぴんとはっているよ

こころのこえに みみをかたむけてごらん 

ひめいをあげているよ

もうがんばらなくて いいんだよ

こころを かいほうしてあげよう

あなたのこころを かいほうできるのは

あなたしか いないんだよ

あなたには ちからが あるんだよ

かたの ちからを ぬくと じぶんのもっている

すてきな ちからを つかえるようになるよ

そのためには むりをしないこと

こころにむりを しないこと

こころにむりをすると からだもきんちょうしちゃうよ

もう がんばらなくて いいんだよ

もう がんばるのは やめにしよう

いままで たくさん がんばってきたじゃない

わたしのわかい えがおのすてきな ゆうじんに おくります

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