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2009年1月

こんなにも こんなにも空が恋しい

Photo_2 ゆうばえの路から登る朝日

1月26日、川和富士から パラグライダーで飛ぼうとしている人、1 頂上から駆け下りる・・・

2 そのまま下まで走る

3 風に乗らないうちに下のグランドへ到着

パラシュートをたたんで また頂上へ登っていく、それを何度も繰り返す、決して若くはない、四十代くらいのおじさんです。 風が吹かないから・・・あー疲れるよ・・・、ぼやきながら 何度も山登りを繰り返していました。  遠くから見学しているオラもヒマ人だけど、あれで空を飛べたらいいな・・・。 あんなことチャレンジできるのは幸せで素晴らしいことだ。  本人はへとへとになっているが。  初めて空を飛んだ人は、例えばライト兄弟とか・・・どんなに嬉しかっただろうかと思う。  

 ◆近況報告(ネタ切れのため・入院の思い出)  去年2月の大病で いつの間にか思い出と涙の闘病ブログになってしまった、バレンタインデーがオラには特別の日、命日になるかもしれなかったが 生まれかわった誕生日にしたい。 目覚めてすぐに歩き出し、みんなのおかげですぐに元気に快復した。  歩くことの重要さ、歩けることの幸運を改めて認識している。 リハビリの先生はオラが眠っているうちから 手足のストレッチをしていたそうで・・・後で聞いたことだが、三日もしないうちに 普通の動きが出来るようになった、先生と二人で肩を並べ、春の日差しを浴びながら散歩、花壇には黄色のパンジー、垣根は山吹の黄色、・・・暖かい黄色に包まれた病院の庭は何時までも記憶に残る空間だった。  巨人はキライ、横浜の地元だから やっぱ横浜でしょ・・・巨人ファンの先生と野球談義、 ここでキャッチボールできるようになればいいですね、オラはいつでもできるよ、今でもいいよ・・・、友達のような会話しながら・・・先生が前へいくとオラが先生より先へ歩こうとする、お互い抜きつ抜かれつ・・・競争になった。 明日から毎日腕立て百回やって、筋肉付けて見栄えよくして最強爺でプロレスデビューできるように頑張りましょう。  見た目なら先生のほうが怖くて強そう、先生がデビューしなよ、オラがセコンドやったる。   室内では積み木で図形作ったり、パズル遊び・・・、知能指数を疑ってるのか? スプーン・歯ブラシ・鉛筆・腕時計・百円玉・・机に並べながら、この五つを憶えて下さい、何時質問するかわかりませんよ・・・記憶力に挑戦してきたの?  こうやって みんなしてオラを過小評価している・・・記憶なら得意の分野だ、意地でもインプットしておくよ、百年先に訊いてもいいよ・・・、将来こっちから逆に勝負する・・・と、先生に挑戦状・・・・?!  歴代三冠馬セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト・・・こういうジャンルならオラが教えてやるよ、 相当な意地っ張りダゼー!

http://jp.youtube.com/watch?v=fq-tyjytavk&feature=related

 

砂に書いたラブレター パット・ブーン、たまたま見つけたよ、学生時代ジャズを聴きまくっていたころの思い出の曲、この歌声は最高だね、タマンナイネー!  人類とは思えない甘い歌声、・・・あまりにも唐突ですが、同じ世代の読者には共感できると思う。  春になったら伊勢崎町あたりのCD店へ 探しに行こう・・・と、去年伊勢崎モールを歩きながら思っていたのを 思い出した。   

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やさしい先生だった、オラには8人の先生がチームを組んでいた、救急病棟の先生は皆 精密機械のような人だと思っていた、感情を表に出さない、冷静な人間でなければ やってられない、病人の心の痛みまで共感したり 逝った時には 家族と同様に泣き悲しむようなことはない・・・取り乱したりしてはいけない、命に関わる現場で働く人は 皆コンピューターのような性格と思っていた、むしろその方が信頼できる・・・と思っていたが・・・ICUでは他の重症患者が逝った時、悔しそうに涙を拭っている光景をオラは見ていた、先生も看護師さんたちも命を救えなかったことが 自らを敗北と受け止めてしまうのだ・・・と思った。  病院のスタッフは皆マニュアル人間ばかりだと思っていたが、いいとこあるじゃん、温かい心も感動の涙も・・・ちゃぁーんとある、 みんな・いいとこあるじゃん!素晴らしい人たちだ、と思った。   担当のかわいいナースちゃん①と②が 臨終のベット゛からこちらへ歩きながら 大声で何か揉めている、②「あんた・こんなとき よく冷静にしてられるわねぇ!①「だって・・・仕事だもん・・・」 ②「いつも泣かないの あんただけだよ、鈍感女だから・・・」 ①「先輩に私のケーキ食べられたとき 悔しくて泣いたもん・・・!」②「それしか泣いたことないでしょ・・・」 ①「シンジランナイ・・・!だって・悔しいもん・・・」 ③「ちょっと・あんたたち 仲良くやりなさい、お友達でしょ、・・・先生呼んできて!」 ①私が行く・・・・②私が行くよ・・・・①いいから、私が行くから・・・②むっかつくなー、私が行くから。 私が・私が・・でまた揉め始めた、③「もーいいから、二人ともそこで黙ってなさい、仲良くやりなさい・・・」①ヤベェ!主任さんキレたのかしら、②あんたのせいだよ・・・、そーだよ、仲良くやらないとダメだよ、おまえらチョーうるせえんだよ!・・・・(そこで口出すオレも・・?黙って寝てりゃいいのに。)  ②ちょっと待って! この人・目が覚めてる、寝たふりしてる!? 気をつけないと・・・・!  

リハビリ先生とは 夏になったらリハビリの後 生ビール呑みに行こう・・・・約束した。 本当に呑みにいっちゃいそう・・・と心配させた。  近道して先生より早くゴールイン、「あれ?またインチキしたでしょ・・・・」 良き思い出だ。  ヤンチャですから ご家族は大変ですよねー、これも後で聞いた話、ハイ・・・ヤンチャで誠に申し訳ありませんでした、謙虚に反省しております。 

 最近は一人で 寒さの中でも 脚が痛くても歩く、 先生に見せたら 元気ないです、リハビリ室の時のほうが元気だった・・・といわれそう?! リハビリ室では 歩けない患者さんばかりだったから 努力して歩けるようになった人は空を飛べた人のような喜びだろうと思う。  先生からみたらオラは歩けない時期がないから有難みの分からないヤンチャおやじとして思い出に残っているだろう。  ということで 相変わらず毎日歩くことを楽しんで酒が旨くなってきました、これが本来の姿だ。 手術後一年も経ったのだ、お仕事も徐々に復帰して社会に貢献できれば 酒の味も格別だ。 本人的には病気の経験を教訓にして、これからは大事にするから、ダイジョブダー! 

2月2日、浅間山が噴火した、これじゃ 今年も狂った夏が予感される、 去年の今頃はオレのアタマが噴火した・・・!?  病気の話は早く終わりにしたい、闘病記はおかしい?本人は病気と闘っていなかったから・・・、先生は寝る暇もないし、みんなが心配してるのに・・・教科書通りの患者ならいくらでも対処できるが、ボケてるかと思えば突然冷静になってクレームつけたり・・・、どこまでマジでどこまでがボケなのか さっぱり分からない! このての患者が一番難しい、特にあなたは疲れる、ちゃんと病気と向き合って、真面目にやりなさい・・・、そおかー、みんな病気になりそうなの? それじゃぁお見舞いに行ってやるか・・、???  これだからやりにくい・・・・担当の看護師さんが頭抱える。 先生もスタッフも家族も 周りはみんな疲れ果てても あんた一人が日に日に元気になってゆく、・・・・どーなってんの?・・・どーなってるのかオレが訊きたいよ。  カーちゃんや看護師長さんに説教されながら ハチャメチャオヤジは脅威の回復力。  

今年は明るい楽しいタイトルにしていこうと思っていたが・・・同じ病気で苦悩する人たちの参考になりたい、元気になってほしい、もう一度くらい発病から今日までの要点を整理してお世話になった助けてくれた人たちへの感謝も含めて 「闘病記・総集編」をやろう、、オラもせっかく貴重な体験をしたのだから ちっとは人様の役にたちたいよ。  不良オヤジの闘病記録、マニュアル通りではないが元気になった一例、大丈夫、生きていれば 深刻にならずに 明るく努力すれば必ず元気になります。 オレみたいにいい加減でバカやってる方が元気になることもある。   

テレビドラマで観た、救急病院でひとりのお婆ちゃんが力尽きた、担当の若い女医が無念の涙を拭き 時計見てから合掌、先生のチームが集まって皆合掌して一礼する、同時に隣のベッドでは 危険な状態の子供が目を醒ました。 お婆ちゃんの命が 子供へ移った? かどうかは知らんが、そんなことよりオラが云いたいのは ひとつの命を救うために 周りのスタッフ全体が情熱を傾ける、お婆ちゃんの逝った悲しさよりも 自分の非力、力が及ばなかったことの悔しさに無念の涙を流す・・・社会全体が優しい人間性に満ちている。 人間は こんなにも優しい、人間社会はこんなにも素晴らしい、・・・・生きていることの幸せ、人に生まれた幸運・・・この辺が オラの泣き所になる。     

週刊誌で西田敏行さんのインタビュー記事を読んだ、涙・涙の男、人の痛みや喜びを受け止めてしまう豊かな感受性、涙の隣に笑いがある、人の痛みなんて・・・、他人の痛みは 本当は自分には関係ない、どうってことないのに 自分の痛みに受け止めて涙する、いい人なんです、優しい人です。                                    人間て愛おしい・・・、素晴らしい  オレもみんなの笑顔が好き、いつも笑いのネタばかり考えて 自分が笑うバカだけど、 今年も同じスタイルでいくよ。 人間の魅力とは完璧じゃないところ、自分の格好悪いところまで見せてしまう人が好き、  失敗するから向上もある。  電池で動く安い掛け時計を買った。 秒針だけ動いて分針(長い針)が動かない、 どーしよう? 取り替えに行くのも大変、ならば秒針が一回りしたら分針を一分進めればいい、それはいい考え・・・・?

一番近くの大事な人へ 去年はバレンタインデー・・・どころじゃなかった、目覚めなかったら「このまま逝っちゃうかもねー」も想定して みんなで覚悟も出来ていた・・・のに、本人はシャアシャアと目覚めて「ちょっと・トイレ行ってくるわ」   あんなことになって、大変な病気になって・・・大変な想いさせて・・・ゴメンネ・・・・ずっと前から一言伝えたかったことを 云ってみた。  涙がボロボロ溢れてきた、 バカダネー!それだけ云うのに一年かかって、アホになったか? チャイマス、昔からアホやねんから!  まだまだこれからだよ、頑張ろうね・・・・、西田さんみたい・・?!、もう泣かないの・・・! ホントに泣き虫だねぇ、 バカは風邪ひかない、長生きするから・・・・大丈夫!!

昨夜、宮川大助花子の闘病ドキュメント、大助さんが脳出血で倒れ ホノルルマラソン目指してリハビリに励む 感動の記録だった。 『脳がないのに 脳出血で・・・ほんまに大変ですわ・・・」花子、 「嫁はんが好きやから・・・」大助、夫婦の愛が病を克服する。 人間は一人ではないのです、人の優しさが人を支える。 オレのも もしかしたら「脳みそが無いのに 出血した・・・? 」アホが幸いして快復した?! てことになる、結果的に元気だから よしとしよう。  嫁さんに・皆に・・・辛い想いをさせたから ゴメンナ、アリガトウ・・・これだけは謹んで伝えたいのであります。  宮川さんは互いに「好きやから」「愛してる」人前で宣言できる、素敵なご夫婦です。  オレんちだって 好きだから、・・・、なのに武士道精神がそれを言葉にしない。 四十年も一緒にいると空気以上の存在だ、それも新鮮な酸素・マイナスイオンというより 汚染されたダイオキシンでも 互いに免疫力がある。

究極の夫婦愛とは 二人とも生まれ変わって また出逢ったら また一緒になりたい・・・どこかで聞いた記憶があるが、オレはもう巡り逢わないようにしよう、また出逢ったら またこいつに苦労をかけて辛い想いをさせてしまう。  「惚れちゃいけねぇ、大バカ者でござんす・・・」清水次郎長、これが日本の伝統的恋愛感覚

眼科の入院では 担当の看護婦さんが メッチャ明るい声で「仲が良いですねー、円満の秘訣は 何ですかー?」 周りに人が沢山いるところで そんな照れくさいこといえるか!?  「仲良きことは 美しきかな」 武者小路実篤 

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昨日は鶴見川の土手を散歩、春の日差しが暖かい・・・・土筆が生えてきそう、もうすぐ春ですね。  「人は昔むかし 鳥だったのかもしれないね こんなにも こんなにも空が恋しい」  友人から素敵なコメントをもらいました。  いいねー(^.^) こんなのが大好き!

昔読んだ詩集に こんなのもあった。「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」コクトー 

突然海が見たくなったり、空を飛んでみたいと夢を描いたり・・・  人間はいつでも夢があるから こんなにも こんなにも素晴らしい。  2月8日、ボジのブログ(リンク・エンジェルレコード)で ハヤブサ号引退とは、ちょっと寂しい。 80km以上出すと分解しそうなオンボロ車だったけど、一生懸命走る車だ。 楽しい思い出を沢山作ってくれた。   別れは人だけじゃない、車、草花、物・・・どんなものにも 出会いと別れがある、昭和の青春を生きた人には 優しさ・いたわり・互いの痛みを支えようとする温かい心があるから「別れ」が特別の出来事になったりする。 昔を懐かしむ、思い出に涙するようじゃあ・・・年をとったということか。  去年一度死にかけて 生まれ変わった命だ、こんなに元気になったのだ、これから先のnew daysは 毎日が想い出に残る日々にしてゆこう。   

ブログを開くときに「重たい・・・」と、読者からご指摘がありました。  ノートパソコンのフタを開けるのに 力がないから「ドッコイショ・・・」になる? PCのクリンアップと最適化ets.筋力アップのトレーニングして力つけましょう・・・、優しい読者様からユニークなコメント、有難うごさいました、早速拝借させて戴きました。  ブログ内の写真が多いから だんだん消して 軽くなるように作業します、しばらくお待ち下さい。

 

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幸せの黄色いハンカチ

この頃の日記  あれから一年経った

「もし まだひとり暮らしで待っていてくれるなら・・・庭先に黄色いハンカチをぶら下げておいてくれ、それが目印だ、もしそれが下がっていなかったら 俺はそのまま引き返して 二度と夕張には現れないから・・・」

山田洋次監督の昭和の名作映画、不器用な男の一途な恋心を精一杯表現したプロポーズ、高倉健と武田鉄矢、 二人が夕張の女(賠償千恵子)の家を目指して旅をする物語だった。 やっとたどり着いた、どうせハンカチなんかないよ、あいつはいい女なんだ、あんないい女が四年間も一人でオレを待ってるはずがない。     過去の不運を拗ねる高倉に 折角きたのだから見るだけでも・・と、励ます武田鉄矢、結局惚れているくせに素直に告白できない、じれったいほどの不器用。家の前には鯉のぼりくらい派手に何枚もの黄色いハンカチが下がっている、女の燃えるような恋心を風にはためかせている、帰ってきてほしい、何時まででも私は待っている・・・それを無言で伝えようとしている。 ウワー!スッゲェ!あんなに沢山ぶら下げなくてもいいのに・・・良かったねー、良かったね!と、武田鉄矢と桃井かおり、同行の二人は自分のことのように喜ぶ。物陰に隠れて嬉しそうに二人の再会を見守る。 寡黙な高倉健さんの云いたいことを 周りの台詞で代弁して、不器用な男の心の動き等が解るところが高倉健さんの存在感だろうか。

それと好対照で武田鉄矢がストーリーの進行係、ナンパ目的で同行した桃井かおるちゃんと 旅館で同室となる。テーブルでついたてにして部屋を分け、「見ないから、絶対見ないからさ」「ねぇ・ちょっと、男と女が同じ部屋なら こういう場合は常識というか・・ちょっとだけ、いいじゃない」桃井さん「やだ・私 処女じゃないのよ・・」「俺だって処女じゃないよ・・・おっぱいだけでも触らせて」と迫る。 

この映画は日本中が涙した。感動した、涙が出て困ったよ、名作である。 男と女の幸せを応援する周囲の人間のやさしい心に感動する、みんな幸せで いい人たちなのだ。 昭和には感動の映画が沢山あった。

突然これを思い出して涙もろくなる自分が心配?、心が若いから感情の動きが活発だ(都合よく解釈)、良いお話に感動するのがいいね、「別に~!」無反応ではエリカちゃんでも評判落とす、別に無理に愛想振りまくこともないが。 

1月19日、沢尻エリカちゃんの結婚式、ここで「別に~?」をやれば不良オヤジはチョーエライ!と評価するね。

オラの世代は悲しいこと 辛いこと・・には泣かない、ナニクソと逆に闘志が湧く、嬉しいこと、幸せなことに出会うと弱い、昭和の日本人特有の感情だ。

myway不良オヤジのオススメ、この映画を日本の若者に是非観てほしい、原作を読書してもいい、人間の優しさ、美しさ、人に生まれた幸せを味わえる。

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高倉健が近づくと 振り返り 目が合ったときの倍賞千恵子のなんともいえない喜びと安堵の表情・・・・この場面が 何時までも心に残ってしまった。

北海道の自然と この美しいラストシーンが この映画の見せ場である。 昭和は景色も人の心も炎のような恋も・・・美しく表現できる時代だったのです。  

昨日は この二人の再会場面を急に思い出させるようなことがあった。

オラは二年前の2月、シルバーのお仕事をはじめた、お仲間も同世代の爺さん婆さんだったが 一年間の仕事で それなりに友情が芽生えていた。 そして、去年の2月、バレンタインデーの翌日、大病に倒れて一年、元気になった今、お仲間に会いたい、みんな心配してくれた人たちに 生きてるところを見せに現場へ向かった。

遠くで 仕事を終えて道具を片付けているおっちゃんが見える、クニさんだ!・・・・だんだん近寄ると 急にこっちを向いて 目があった、「オォー・・・、元気?」「元気だよー、生きてるよ・・・」「良かったねー、良かった・良かった・・・」思わず握手した。

クニさんの そのときの驚いたような目が あの映画の賠償千恵子の表情と同じだ、人間の表情とはその時の感情の動きで 皆同じになるものです、男女の違い、顔は夫々ちがっていても。

オレは高倉健ではないが 抱きしめたいくらい懐かしい気持ちだった。 抱き合って 泣き出したい気持ちになった。 賠償さんなら抱きしめるが相手はおっさんだ、他のお仲間も 皆嬉しそうに笑顔で対面してくれる。 幸さん、重さん、友さん、道さん・・・おっちゃんたちは皆元気、お互いの元気を喜びあった。  一年間の短い間でも共に働いた同僚には それなりに歴史がある、想い出がある、友情が生まれる、一期一会とは・・・こんな気持ちになることだろうか。

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戻って来れたからだ、あの時 救急車に乗ってそのままあの世まで逝ってたら この日はなかった。 生きていたから幸せを味わうことができた。 黄色いハンカチを見つけたときの高倉健さんはラッキーと幸せに心が震えただろうな、オラの場合は黄色いハンカチはなかったが 生きていればこそだ・・・、去年からオレはラッキーなのだ、人の優しさにめぐり会う機会が何度もあった。 幸せで有難いことだ。 今年もきっとラッキーなことがあるよ、みんなで元気に長生きしようぜー・・・という気分になりました。

1月17日、カーチャンのAUデビュー、ヒロと三人で携帯仕入れてから1月・2月生まれのお誕生会、ピザ、カルボナーラ、その他オラにはあまり得意でないパスタ系レストランへ・・・足腰痛くなるまでホントによく歩いたねー。 300日の走行距離を合計すると 黄色いハンカチ探しにオレだったら夕張まで歩いて行きそう。Photo

今まで歩いた道のりと時間を自分 というそうです。 大寒、一番寒い時節でも 毎日歩き続ける、最近はヒザが痛くてタマンネェ、オラのヒザ痛は50年前からだ、私の自分自身myselfとは ヒザのことだ、この半世紀、毎日毎日この痛みが よく付いてきたよ。 このヒザが自分の歴史だ、ヒザが笑うとかいうがあれは本当だ、オレの顔はヒザにある、笑ったり泣いたりしている。この先どこも痛くない日が一日でも欲しい・・・小さな幸せ・願い事、サポーターなしで草野球が出来たら、そのあとビヤガーデンで慰労会、温泉・カラオケ・ネイルサロンとマッサージ・・・(^.^) こんなのが理想の一日だ。

思い出とは自分を見つめる旅になる、このヒザの痛みが思い出を次々に蘇えらせる、私は自分を客観的に観ることができる、あなたと違うんです。  ”思い出の旅”誰にでも出来ます、Yes we can

忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ(昭和の名句)

相手を肯定し理解しようとする心があれば自分も理解されるようになる

yes we can

1月21日、オバマさんの大統領就任式、世界をリードして「温暖化」に取り組んでほしいね。 期待が持てる、ケネディさん以来の爽やかでスピーチの上手いアメリカ大統領。オジさんなのにオバさんだ? 60年前レストランに入れなかった男の息子が宣誓している、「神のご加護を」・・・仏教の国日本のオレがこの宣誓場面で感動している。 オバマさんのドリーム、アメリカは国民が皆感動し熱狂している。 この時とばかりに国民の心が一丸になっている。アメリカの強さ、アメリカ人の愛国心の強さを感じる、60年前この熱き心を持ったアメリカに日本は(真珠湾攻撃)戦いを挑んだ。全ての人類に互いの反省を促して理想を訴えている。 大恐慌・温暖化、人間が皆反省して 人類の理想をみんなの力で実現しようよ。yes we can do.   地球が平和なら 緑も蘇える、鯨の肉も食べられるようになる。 戦争という人間の愚かな歴史がなければ昭和の哀しいお話は元々生まれなかた・・because  人間は誰でも皆 優しいから、

◆闘病記          あれから一年経ちました、 去年の今頃はオラは集中治療室で 死んでるか生きてるかも分からないくらい熟睡していた。 若きドタバタナースたちの笑い声と歓声?に時々目を醒ます、オラの担当ナース(仮に①②③④とする)一番若くかわいい①「ホワイトデーが楽しみだなー、早く来ないかな・・・』②「あんた、チョコあげたの?」「チョー義理だけどね、お返しに期待」②「チャッカリしてるわねぇ」

①「あぁ だめだわこりゃ・私はまだかよわいわ・・・一人じゃ動かせない、先輩・・手伝って・・・」②「ナニィ・・カヨワイィ?・・・どこが?・・リレーのアンカーやる人が?・・・」そのうち 四人で「ジャンケンポーン・・・」『最初はグーでしょ・・・」ドッ・ヒャ・ヒャ・ヒャ・・・◎x❤△?!%d???・・・と、爆笑の大合唱で 目が覚める。 コノヤロドモ・・・ウルッセェゾ・・・!それから始まったハチャメチャおやじと天然明るいドタバタナースたちのバトルを繰り返し、経過良好4月2日独歩退院・・・診断書の末尾に記された先生の文字、これは嬉しかった。 

Photo この頃のヒザ痛・腰痛が辛いのは バチが当っているのか、ガキの頃からの悪行の報いか?  去年だけの期間でも、病院では 規則は守らない、云うこときかない、 その他いけないということばかりやって、何しろ悪いオヤジだった、それをまるで反省していない、 先生や婦長さんに対しても云いたい放題、Q「具合はどうですか? 看護の対応は如何ですか?・・」A”具合は日に日に悪くなる、死にそうです、うるさくて眠れない、放っておいてもらいたい”「それは皆が心配してるから」「それは分かりますが トイレまでくっ付いてくるからチョーウッザイです、一緒に寝てくれるならいいけど」周りが一瞬固まるようなことを平気で発言する。

??? 普通の大人は「おかげさまで良くなってきました・・」と言うが。やはりこれはバチが当っているのだ。 神様はバチだけは 昔からちゃんと正確に当ててくれる。 勉強させてくれる、有難いことだ。

★脱走は聞こえが悪いのでちょっと補足

本人的には脱走ではない、元気なのにヒマでしょうがないから一回り院内を散歩、売店等見学して戻ると病棟では大騒ぎ、①②③④その他全員コワイ顔して待っている、「どーしたの? ナニかあったの? わざわざお出迎えアリガトウ・・・」④「お出迎えじゃないでしょ!・・・脱走したでしょ」③「みんな心配したのよ! 脱走したらダメって、云ったでしょー」

「なに怒ってんの?・・・」④『怒ってんの? チョー怒ってるわよ・・

みんな泣きそうで探してたのに!・・・、」「やっぱり怒ってるじゃん」④「私・具合悪くなってきた、真面目にやってくださいよ」「怒るとストレスになるよ、早く病院行きなさい」「???? 」 以後問題児扱いでも本人はまるで悪意がないから平気、本人はボケネタを楽しんでも周囲は皆真面目だから具合悪くなる・・・これではバチも当るよね。  

闘病記◆快復のポイントは不良オヤジ的に総括すると (1)早く病院行くこと、(2)入院生活を楽しんで病気を苦にしないこと(3)明るく笑っちゃうこと。 結論は「寿命」だが、この環境にいたことも幸運だった、それからが毎日ふざけすぎたクソ暑い夏を歩き続け 思い出に浸る「ふざけすぎた闘病記」、オレはふざけたつもりはないが キャラが元々ふざけたオヤシだからみんなを困らせ迷惑もかけた。 北島との実力差を認めて東京オリンピックは断念したが 倒れる前より若い心で酒は旨いし ごはんも旨い、 おかげでこんなに元気になったよ。

♪なごり雪も降るときを知り ふざけすぎた季節のあとで

今春がきて君はキレイになった 去年よりずっと キレイになった ♪ 

昨日イルカの名曲なごり雪を聴いて また涙もろくなりそう。 オラの世代は誰でも思い出いっぱいの曲だ。 思い出が沢山ある人は心が温かいから、 同世代でこの曲に反応しない日本人がいたら その人はボケの見本だ。 去年よりオレはキレイ?になっている(アタマ中身が?)・・・、今年も病気を良き経験として前向きに精進してゆこう。 オバマさんの宣誓のように「神のご加護」があったのだろうか、神に感謝してみたい、心配してくれた家族と友人たちに 感謝したい、一年経ったから 不良オヤジがこんな素直な気持ちになった、四年前ブログを始めた頃 神を信じないオヤジが最近は神も仏も信じたくなってきた。 去年よりずっとキレイになったのだろうか、(外見はブサイクだけどな)

来年の春は みんなもっとキレイになるよ、季節はずれの雪が降ってもいいんだ、

年末に朝顔咲いててもオレはもう文句云わない。 来年はもっと健康で幸せになるよ  ここまで一生懸命生きてきたからだ 

枯れたススキが美しいのは 一生懸命生きてきたから(相田みつお)

 Yes I did it myway

http://jp.youtube.com/watch?v=w2SiPR3vack

 

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遙かな夢追いかけて・謹賀新年

Photo ゆうばえの路朝日

不良オヤジのお正月日記akeome kotoyoro

新年おめでとうございます。  去年はみんなに大変心配かけましたが 今年も懲りずに心配してくださいね。  やっと冬の寒さを感じるようになりました、バカは風邪引かないはずなのに 年末に風邪ひいて具合悪かった。 禁酒禁煙頑張って これで逝ったら 納得できないと・・・お正月は平均的に酒呑んだ・・・・治った、! 大丈夫です。  やはり今まで続けていたことを急にやめたりするのは身体に良くない、(私が証明です)今年も健康維持のため酒呑むよ。  ブログやって言いたいこと云ってきたから正月も来た。 

2日、信州からposiがハヤブタ号に乗ってきた。  4日、子たち孫たちみんな来て それなりに大騒ぎした。  おかげさまで良いお正月だった。  去年は時の経つのが遅かった、時間の流れが遅く思えるのは 苦難の時・ピンチの時・・・、嬉しい・楽しい時は あっという間に過ぎてしまう、人生の原則かもしれない。  今年も遙かな夢を追いかけて、あっという間に過ぎてほしい。  近年 夏が暑い暑い・・・と文句たれて、冬になれば 寒い寒い・・・と、人間は贅沢です。  あれもこれも欲しいものが多くて 人間ほど欲張りなものはない。 何も欲しがらぬときが一番強い・・・、オレは今 一番弱いとき?!

大晦日、元旦は 四十年一緒に歩いてきた人と二人きりのお正月になった、熱燗をちびちび飲みながら二人で苦労の半生を語り合う、「もう一度 幸せになりたいよねー!」カーチャンのポツリと云った一言が 初めてオラにはガッンときた。 若い頃は若いだけで幸せだったのだ。 今は若さもなければお金もない・・・、お地蔵さんに傘掛けてやれば 元旦の朝に何かプレゼントあるかも・・・? オレ等には人の情けがある、ポン酢醤油もあるだろ。

ボケーっとしてても 頑張っていても 時は流れる、辛いこと 大変なことは 必ず時間が解決してくれる、忘れてしまえばいいのに忘れられないメモリーが増えていく、 そのくせさっき食った昼飯何だったか忘れる・・・?!典型的ボケパターン? これはヤヴァイ・・と、気合を入れて 今年も更新がこまめになりそう。 

ちょっと脱線 ◆不良オヤジの雑学・独断的      横浜中華街で300gの大きな肉まん飾っていた、( 饅頭の起源)三国志の諸葛孔明、南部の蛮族を平定し凱旋の途中 大きな川が氾濫してなかなか渡れない、その土地では人間の頭を川の神にお供えして神の怒りを鎮めるというので それはいけないと小麦粉を練って丸い形の饅頭を作り 人の頭の代わりにした。  これが「お饅頭」の始まりで、後に中に餡子をいれたり工夫して食べるようになりました、ちなみに この川は現代のガンジス川上流か、西遊記の最後の部分では 三蔵法師の後を追い 孫悟空たちも皆流れの中へ入っていく・・・・この川もガンジス(三途の川)では・・・と思う。  四大文明エジプト(ナイル川、)メソポタミヤ(、チグリス・ユーフラテス)、ガンジス流域(インダス)、中国・揚子江・・・・、大河の畔は人類文明発祥の由緒あるところなのに 現在では 緑の自然がない 岩と砂ばかりで戦争の耐えることがない 地球環境を破壊する ダメなところになっている。  景色が悪いから 人間の心が貧しくなり イライラするから紛争が勃発する。  人間が自然を破壊してしまった地域です、地球温暖化の要因だ、アフガン・イラク・パレスチナ・パキスタン・イラン、このへんは いつでも紛争してる、遠く離れたアメリカまで ちょっかい出している、 人間が猛反省するべきだ。 イラク人記者の投げた靴、ブッシュさんよく避けられた、スコーン・・・と当ったら面白かったと思うね。

1月6日 朝から今年初プール、元気な爺さんたちとサウナ室で 雑談、テーマは「長生き」 運動してても保証はないよ 逝く人は逝く、酒もタバコもやらない人でも早く逝く人もいる・・・etc、色んな意見が出たが「寿命ですから・・・」が最有力になった。 結論として 人を傷つけても気がつかない人は長生きする、人の心を傷つけないように気を遣って自分が傷ついてしまう人は長生きしない、ストレスのない人生が一番だ、要は人に迷惑かけない、人を傷つけなければいいのだ、好き勝手なこと云ってるうちに またお正月もやってくる。  楽に逝けるなら明日でもいい・・・と思うが 人の世はなかなかうまくいかない。

一年を12ヶ月に分けて また新年になる・・・とは よく考えたものです、年が変わらずにずっと一本で続くでは つまらない、 新たな希望、再出発、去年の反省・・・など、やり直しのチャンスが欲しいのは 人間が弱いからだろうね。 

一年一年積み重ねていこう、いつの間にかお正月が来た・・・というのがベスト、ということになりました。

年末は風邪引かないでよかったね、禁酒禁煙頑張って、毎日毎日歩き続けて、戦い続けて死んだとしたら カワイソウ、規制を解除して それで死ぬなら納得できる。

1月9日、朝から霙交じりの冷たい雨が降る、寒い冬、寒いとヒザの痛みが辛い、ヒアルロンサン注射をしてもらいに整形外科へ。  去年の冬は雪が積もった、それなりに寒かった。 冬から春への季節の移り変わりがオラには分からなかった、病院で昏睡してたから・・・、目が覚めたら 桜満開の春だったね。 あれからもう一年が経った、オラの闘病記は少しは参考になるのだろうか、同じ病で苦悩する人が 少しでも元気になってもらえれば・・・と思う。  

去年の2月15日、クモ膜下出血で倒れ ガタガタと乗り心地の悪い救急車と集中治療室の騒々しさが まるで遠い昔の夢の記憶のようだ。  生涯に味わう苦難を集約したような一年間だった。  ポイントは手術までの時間が早かったこと、思い当たる人は具合が悪いと感じたら 早く病院へ行くことが全ての病気に共通する 運命の分かれ道。 友人たちから どうしてそんなに元気なの?訊かれるが オレが訊きたいよ、幸運と体力と、定石ハズレのハチャメチャ闘病記だった、生きて元気に動けることの幸せに感謝しよう、拾った命だ、心の若さが大切、モー娘やエビちゃんと合コンしたいなー・・・2月オラのお誕生会にはponyo ponyoのぞみちゃん呼びたいな~❤ でんぢゃらすジーサン的な夢がいい、夢なら大きくいこうよ、怖いものはない、 口だけ・・・言うだけですから。 青春は心の若さ、心の若さが肉体の老化を防ぐ・・・? 肉体の若さが欲しいね(本音) 心はいつも腕白で若いですから、

明るくいくこと、はったりでもいい、楽しいこと良いことばかりを考えて呑気に行こう。  あと一年、来年の今頃には北島選手を意識して自己ベストの更新に励む、マジで頑張る、 スーパーオヤシだ 侮れないよ、何事もやってみなければ分からない、北島だって八年後東京五輪には年をとる。 遙かな夢を追いかけて、精進を楽しみましょう。  

楽に行こうよ、病気の話はそろそろお終いにしたい、この脚と腰の痛みが治ったときが 真の闘病記卒業だ。 どぅってこたぁねえんだ、ヒザの痛みは五十年も前から背負い続けてきたのだ、去年は曲がり角をひとつ間違えただけだ、危ない目にも遭ったけど、僅かな確率の幸運に恵まれて ちゃんとまだ 生きてるじゃねぇか、お正月が来てまたひとつ歳をとれた、今年もきっとラッキーがあるよ、生きてりゃいいこともあるよ、自分でブレーキかけて、 まったり・まったり・・・と、まいろおぉか~(^.^)   この一年色々あったが 長い長い一年間、何度も云ってる?それほど自分には特別な一年間・・・、私が言いたいのは人の優しさのおかげで 元気になれた・・・ということだ。 人間はやさしい、人間は素晴らしい・・・てことを言いたいのであります。  

    

    

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