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2009年4月

大丈夫だから (その二)

もうひとつ大きな闘病歴があった。 劇症肝炎、25年も昔の話になるが

このときは 初体験だったが絶対安静の赤札の個室で「死」を意識するほどの激痛を味わった。  

四月の下旬、連休を控えて心うきうきの最中 突然の体調不良で緊急入院、一日三本、点滴の毎日だった。  今夜が峠、乗り越えるか否かは本人の体力と運次第・・・全部連絡してください。 (「花のはなし・花のうた」のカテゴリ「いのちを見つめて」のつづき)入院2日目、激しい腹痛が来た、痛い・苦しい・・・散々苦痛を味わって 鎮痛剤の注射でやっと鎮まったとき、つききりで看病する妻の手を握りながら そのぬくもりを感じたときに 喜びも哀しみも幾年月、二人で分かち合った痛みの積み重ね・・そんな感情がこみ上げて急性泣き虫病が始まった、「オレ いい子じゃなかった、ゴメンね・・・」よく解らないが痛みが治まった安堵感で 急に気弱になり日頃の悪行を反省する言葉が 大粒の涙になっていた。 「いいの・泣かないの・・・、もう 大丈夫だから・❤・」

カーチャンの優しい言葉に 何故か涙ポロポロになった。

そんなことでうるうるしているうちに 担当の看護婦さんが見たこともないような大きな注射器を小脇に抱えてやってくる、「何じゃそれ・・・、オレもう大丈夫だから・・・治ったから・・・帰る、もういいですから・・」

あんなバズーカ砲みたいな注射されたら大変、本人は逃げ腰どころか もう帰り支度を始めた。 「お薬ですから、困ります、私が困ります・・・」「オレは結構ですから・・・、また今度にしましょう」「絶対にダメです、お願いします、言うこときいて・・・」「遠慮します、ホントにいいですから・・・」 「私が注射下手だから・・?」「そんなこと思っていませんよ、」「ウソでしょ・・」「ウソ・・ですけど・・ちょっと今 取り込み中・・だから明日にして」「やっぱりウソ。今注射上手な人を呼びますから・・・話題を変えようとしてもダメ・・・どうしても必要ですから 絶対これさせてくれないと・私が困りますから・・・」こっちは困らない、オレは馬ではない、そんなでっかいの痛そうでヤダね、CT検査のときの注射もメッチャクチャ痛かった、泣きそうに痛かった、・・・当時はまだ造影剤の注射針が太い、足首の太い血管にブッチュー・・・、あれはホンマに痛かったよ。  ついにナースがナースコールで援軍を呼ぶ、「この人注射させてくれないの、だれか来て~・・・」まだ若い担当看護婦さんは泣きそうになって 何が何でも注射する決意である。 こっちのほうが泣きそうだよ、ドタバタと足音がして看護婦長と先生が駆けつける。 「どーしたの? なに揉めてるの?」これはヤバイ、ハナから敵は切り札で勝負してきた、もう逃げられない? 「解った、オレが悪かった、謝るから・・・ゴメン・ゴメン・ごめんなさい、・・・・」もう謝るしかなかった、

「なにを謝ってるの? 大丈夫ですから・・、注射は誰でも嫌いですけど、これは大事な注射ですから・・・今は いいお薬がありますから大丈夫、治りますから、大丈夫だから・・・」クスリを注射器に注入しながら婦長さんは笑顔。 核弾頭のミサイルに燃料を注入しているみたい。  ゴメンナサイ・・・と、謝れば中止になるかもしれない、空しい希望もここでは通用しない。 ミノファーゲン・・だったかな、最先端のお薬だった。

点滴の管の途中が枝分かれして そこから注射をしている、一分もかからなかった。

「ね、大丈夫でしょ、痛くなかったでしょ・・・、注射で泣かないでね、最近は小児科病棟でも注射コワイと泣く子はいませんよ、今夜はゆっくり休んでね、きっと良くなりますよ・・・心しずかにお休みくださいね、大丈夫だからね・・・おやすみなさい・・」

確かに注射はコワイけど オラそれで泣いてたわけではない、夫婦にしか分からない深い絆があったからジャ・・・。

「ありがとう、おやすみなさい・・・」感謝の気持ちでいっぱいになったよ。

なーんだ、それなら大騒ぎすることなかった、こっちも笑顔になった、みんな笑顔でその場は解散になった。 

◆蛇足 そういえば診察室で即入院と決まったとき、先生から「最近海外旅行されましたか・・東南アジアとか台湾・香港あたり・・・」要するに 外国でいかがわしいところで遊んで 肝炎に感染したのでは・・・? という問診だった。 オラ決してそんなことありませんから、なかなか信用してもらえない、誤解されやすいタイプ? 周囲から見ればワガママな、自分的には素直な言動がいけないのかしら? 冗談じゃないよ、外国の安物は食わないよ、モロッコの蛸より国産のアワビが好き、私はグルメ、クリーンな中年ですから・・・死にそうなのにアダルトには通じるシモネタやってる! ここでもナースたちの疑惑に満ちた冷たい視線があった。  そして退院の日、「検査の結果は合格です、全部正常、オシッコもキレイ、もう大丈夫だから・・・お酒も 少しならいいですよ・・(^.^) 、」ハイありがとう・・・喜んで帰るとき・・・「ちょっと・・・お酒 沢山はダメよ、奥様の言うこと ちゃんと聴いてね・・・」 あれから四半世紀、オラ酔うほど呑んではいない。  去年の春は二度目の大病を乗り越えて、もう5月、新緑の季節を迎えた、大丈夫だから・・・(^.^) 

先輩から後輩へ、熟練者から未熟な者へ、「大丈夫」という言葉は安心感と安らぎを生む言葉だ。

「大丈夫だから・・・」人から人へ笑顔が広がる、いい言葉だ。

孫とメールしながら 同じ記憶で心が通じたときも 「大丈夫だから」がキーワードになっていた。  「大丈夫」と「ありがとう」、日々笑顔が連鎖して 未来が輝いて・・・

地下鉄の広告にこんなフレーズがあった、メールでやりとりした孫と爺の未来は輝いている・・?! この言葉は 病気の時には特別に心温まる思い出に残る言葉、これからも沢山云ったり聴いたりしたい。

余談 

SMAPのくさなぎ君が 深夜赤坂の公園で酔っ払って騒いで公然わいせつで警察のお世話になった・・・昨日からニュースをやっている。 日本は平和だねぇ。

お酒の呑み方 今後はどうするか・・とか、成長して大人の飲み方したい・・・とか、インタビューしている。 バカだねぇ、まだ 酒の呑み方知らないだけだ、本人も未熟、周りが騒ぎすぎ、今後はどういう呑み方云々・・・酔っ払って パンツまで脱ぐからいけなかっただけだ、簡単なことだ、人に迷惑かけてはいけない、パンツ脱がなければいいだけだ、大丈夫だから・・・と 言ってやりたいね。

成人式に新成人が酔って騒ぐから 毎年問題になったりしてる。 これも二十歳になって急に飲酒解禁になるからだ、徐々に慣らしていけばいいのにね。 小学生の頃からお正月には盃一杯飲ませるとか・・・、教育の責任だ、正しいこと美しいことばかり教えようとしている、 汚れたことへの免疫力を養うのを忘れている、クソ真面目な社会もいけない、騒動起こしてから騒ぐのでは遅い、少しは妥協してやれば 自然と大人に成長するから。 

4月27日 クサナギくんのおかげで「裸になって 何が悪い」Tシャツがヒットして売れているという。 パンツまで脱いでゴメンネ・・・と付け加えればいいのに・・・(^.^)

◆再び余談 孫と爺のQ&A

Q池と沼の違いは? Aカッパがいるかどうかだ(これはTVCMでやってた)Q鯉は池にいるの? Aどちらもいるけど 落ちたほうにいる(Fall in love)  Q赤ちゃんはコウノトリが運んでくるの? A今どきそれを云う子は珍しいが 口の袋に入れて運んでくるよ・・・そりゃペリカンだ、ジッチャンコウノトリ知らないのだ、キャベツ畑から生まれるのもホント? Aあれは蝶の幼虫です。  Q風邪とインフルエンザの違いは? インフルエンザは豚も感染する   Q埼玉と群馬どっちがシモネタ A群馬 、 イチゴ・みかん・メロン大好き、木登り大好き、鉄棒得意の孫娘がチビの頃、皆におまえは猿山から拾ってきた・・・と云われ 猿に戻りたくない・・・と悩む、Q結婚てなぁに?  Aケツ(お尻)をコーンてするのが結婚だよ、今日はお泊りしてきなさい、一緒にお風呂入ってからネンネしよーね! なぁーんだ、ジッチャンは ただのヘンタイじゃん○◎▲❤#?? 孫娘はお風呂一緒に入ってるころが一番かわいい時期、爺の人格も認められていた。 バカだねー、温かくなったらこんなこと考えるようになった、だんだん調子出てきた?!・・大丈夫だから・・(^.^)  Q長生きできるかどうか Aバカかどうか・・

Qエレベーターとエスカレーターの違いは? Aおならしたらいけないのがエレベーター、Qエビちゃんとモエちゃんは? A首相が知ってるのがエビちゃん・・・

笑点のネタになりそう・・・? いい加減にしとこ   

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大丈夫だから

桜咲く道 青春腕白伝

4月になった、今年は随分桜の花に拘っていた、春分の日頃にはあちこちで開花していた桜、桜の写真を撮ってブログのネタにしたかった。 ところが3月はやたら風がビュービューで なかなかのんびりと出かけられなかった。  春は名のみの風の寒さや・・♪

とは よくぞ詠んだものだ。

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桜の季節で連想するのは 卒業、入学、新年度、旅立ち、出発、別れ・・・

成長の節目か人生の道標のように青春の思い出の景色の中には何故か桜が咲いていた。

去年の4月退院の日も思い出の背景は桜並木だった。 

一年前の最も新しい桜の記憶が 自分には特別な桜だった。  

桜は日本の春を代表する花、日本の風土に適合する桜には 誰でも特別な想いがあるようだ、  てことは 日本には桜が多いということだ。

私の場合 最も印象に残る桜は 大学卒業式の日、市ヶ谷から飯田橋まで皇居の外堀を観ながら歩く桜並木があった。 入学の時も卒業の日もあの道を歩いた、卒業の日はそのまま渋谷のバーまで仲間と祝杯挙げに行った。 自分としては「ヤレヤレ・・・」だった。  これで勉強とは縁が切れる、自由な世界が待っている! 入るのは簡単、出るのがこんなに大変とは・・・そこらへんが勉強になったよ? 何しろ授業は出ていない 教科書も買っていない、バイトばかりの四年間・・よくこそ卒業できたものだ・・と、普通の学生とは違う感覚で桜並木が記憶に残っていた。 三十代になっても 明日試験なのに教科書が無い・・・夢にまで見たものだった。 余程「勉強」が嫌いだったというより「好きでなかった?」ということか。 人気教授の講義を見学?にくわえタバコで講堂の一番後ろの扉を開けると まだ若く予想以上に強そうな先生が「コラー!タバコ吸ってるヤツは誰だ~!」凄い勢いで追いかけてきた、これはヤバイ?!とりあえず逃げた、靖国神社を通り千鳥ヶ渕を抜け そのまま銀座方面まで逃げた・・・。 疲れたが あの時も桜が満開だった。

学生時代の腕白伝はいくらでもあるが 今になると ほのぼのと心地よい記憶である。

ネタ切れしたら 小出しにするか。

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    孫とメール・今どきの爺と孫 大丈夫だから・・

4月1日は孫レン君の入社式の日だった。 最近孫との連絡はメールが主流になっている。 孫はメールの先生である。  孫は恋人のように愛しい、無条件でかわいいから 今どきの爺ちゃんは平成の携帯メール世代に遅れないようにと 向上心に燃えているのである。 今どきの孫たちがユニークだったのは オラの孫だから?「目の中入れても痛くない」小さい頃よく使ったセリフに「ホントー?!・・・なら入るからもっと目大きくして・・・」「おまえが小さくなれ・・・」魚食べたら泳ぎ上手になるから魚食べなさい・・「マジでぇ?」鳥食べたら空飛べるようになるよ・・・残さず食べたら大きくなるよ⇒鏡の前で大きくなるとこ見ている?

遊園地のジェットコースター降りてから 「あー面白かった、目が曲がった」「目が回った・・・だろ? 孫たちは 我が家の歴史に残る名言と腕白武勇伝のメーカーである。   かけひきもなにもない、気持ちを純粋に伝えるときに ユニークな名言が生まれる。  

彼のお誕生日、幼稚園のお友達男の子三人が来てパーティの席、ケーキ食べながらおっぱいの話題になった、「おっぱいは・・いいよな、な~んかいい(^.^)・・・」「オレも」「オレも好き」・・・全員意見が一致する、はるか遠くを見つめるような目でしみじみと語り合う!?  

おっぱいはいいよ、みんな哺乳類、おっぱい飲んで育ってきたから・・・おっぱいは永遠の憧れだ。  みんな男だぜ、素直ないい男たちだ。  五歳の男子が集まっておっぱい談義は かわいいよ、おっぱいは彼等のノスタルジア、いいよなー!どこがいいかって?・・あの味、甘さ、癒される、あのクッション?! 彼等がどこまで語ってもシモネタにはならない。

十年ほど昔、川崎から横浜へ引越してきた頃、レン君と二人で町田へよく遊びに行った、孫とジッチャン・・・相棒である。 彼は三年生、新学期の前日、玉川学園駅へ桜吹雪の山道を歩きながら 「明日から学校だ、オレ 大丈夫かな~・・・ジッチャンはいいなー、会社いけばともだち沢山いるでしょ、・・・オレ ともだちできるかなー・・・?」

転校生とは そういうところにも不安があるのだ。 小学校三年生の幼い心が 切ない不安で揺れている。

「そんなの大丈夫、すぐできるよ 心配すんな、簡単だよ、大丈夫だから・・」

翌年の3月、彼の誕生日には五人のともだちが集ってお誕生パーティをやっていた。

入社式の夜 おめでとうメールを忘れていた。 2日の夜 思い出して布団の中で携帯でメール

「昨日は入社式おめでとう・・・入社式はちゃんとスーツ着て行ったか、寝坊しなかったか、新社会人ガンバレよ、」「ちゃんとルーキースーツ着てネクタイもして行ったよ」

「今日はジッチャンも退院記念日だよ 」「そーだね、よかったね」「レン君もお仕事がんばれよ、一生懸命やれば早く覚えるから 早く覚えると面白くなる、面白くなれば力もついてくるから、大丈夫だから・・・、」「迷うことがあったらいつでもどんなことでも相談にのるから、ジッチャンは社会人のベテランだから・・、小学校のときもちゃんと友達できたろ、」「ジッチャンの云った通りになった、オレ よかったよ、がんばろうね、ジッチャンも早く治して・・一緒に頑張ろうね・・・大丈夫だから・」「ありがとう、もう遅いから寝るよ、明日寝坊して遅刻するなよ・・・」「わかった、がんばるよ、ジッチャンでよかったよ」「おやすみ・・ありがとう」大丈夫だから・・・はこっちのセリフだ、心温まる 安心する いい言葉だね、孫に使われてしまった。

別に~・・・、うん・・・、わかった・・・、結論しか帰ってこない会話、あの表現力のない いまどきの孫は メールだと自分の心を素直に表現してくれた、「ありがとう」と「一緒にがんばろうね」・・・、この文字に感激して また ちかごろの泣き虫オヤジの涙腺が もぞもぞしてきた。  彼等が大きくなるほどに金品を贈ることでしか孫との絆がないことに 少し寂しさを感じていたのが 言葉のやりとりで互いの本音を伝達できたことが感動だった。

「今日はありがとう、ジッチャンも元気になるから・・・レン君も もう大人だ、がんばろうぜ・・・、ジッチャン今泣きそう・・・もう寝るからな、おやすみ」

要約すると この程度のやりとりだったが こっちは携帯メール苦手な世代だから 四苦八苦しながら入力している。

しばらくしてから再び耳元の携帯が鳴る、「ありがとう、オレも今 なんか 泣きそう? どーしてかな?」「小学校の転校のとき 思い出したんだろ」「ビミョーに思い出した、どーして?」「大きくなったからだべ」

彼も同じような感動にしびれているのだ・・、と思った、あの「目が曲がる・・・?」あのチビが こんなに成長した・・・・・・、感謝したり おもいやる優しい気持ちも表現できる「おとな」に育っている。 孫からありがとう・・・なんて、ストレートに言われたのは初めてだよ(^.^) この程度で喜ぶ爺も たあいの無いものだ。  彼もジッチャンと歩いたあの桜吹雪の同じ景色の記憶が甦っている・・・、同じ感動を共有している、 孫への恋は今も燃えている・・・、それが感動だ。

心温まる いい気分で寝付いたころ また電話が鳴る・・・たった一言「お・や・す・み・・・(このあとは絵文字と記号ばかりで ?ワケワカンネェ)

タイミングの悪さも相変わらずだ、これなら大丈夫、彼も逞しく「おとな」への階段を着実に登っている。  泣き虫は弱いからなの?・・・そーでもないな、涙は弱い心から出るのではない、ふわふわして柔らかくて丸くて温かい気持ちから出てくるのだ、自然に出てくるのは心が大きいから・・・おっぱいはいいよな~・・・と同じだ。

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4月10日 桜はもう満開、関東では29度、今どきのお花見は日焼けするそうである。  4月2日、数年前に知り合った気の合う友人と居酒屋で生ビール呑みながら語り合った。 楽しいひと時だった、一年半前 同じ仕事をしていた仲間同士、彼が先に引退したが別れの日、握手しながら一年後 まだお互い生きていたら呑みにいこう・・・と約束が現実になった。 趣味や価値観、人生観が似たもの同志、心を開いて語り合える友人は何歳になってもできるものである。 あんたに逢えてよかったよ・・、握手しながら再会を約束して別れた。 肉体の老化は平等だ、心が若ければまた次もある、お互い心の若さを競い合って長生きしようよ、 短い期間の付き合いでも会ってみたい人がいる、三十年来の付き合いでも 互いに会いたくもない人もいる。 世の中は面白くできている。 夜遅く孫にメールした「ジッチャンもともだちできたよ・・・」「オレの云ったとおりになったろ」「聞いてねぇよ・・・」去年の春はリハビリの散歩に燃えていた、くそ暑い山道をナニクソと意地になって歩く時期もあった。

大病したおかげで 辛いこともあったが良いことも沢山味わうことができた。 モノの見方(アングル)が変わった?・・視力は確かに良くなった、今まで見ていないとこまで見えるようになった、孫が小さくなってオレの目の中で暴れているからオレも目が曲がったのだろうか?視野が広がったなら進歩だが、悟ったわけでもないし、チャランポランも変わらないが 会いたかった古い友人と再会することができた。 孫たちと素直な心が通いあったのも病があったからだ。 今年も暑い夏が もうそこまで来ている。 今日も一日を楽しみましょう。

4月12日、今日も暑い、連日の真夏日、ウコンを植えた。 去年は不作だった、今年も景気悪いし 暑さがどうなるか・・・だけど、毎年悪いことはないでしょ、

良いことだって 必ずあるから・・・今年は大きく成長すると期待して・・良い方向を見て行きましょう。

◆4月14日 午前中のお仕事終って 一人でコーヒータイム、この頃はコーヒーの違いが分かる男になってきた。 ブレンドコーヒーとトーストでお昼の代用だ。

隣の席に中高年の女性が二人座った、五十くらい?の娘が「お母さんに・・・、母の日はまだ早いけどね、安かったから買っちゃったよ」とプレゼントを渡す、母は八十くらいか? かなりのお婆ちゃん「おまえ右側で喋ってよ、こっちしか聞こえないよ」「ほら・靴だよ、かわいいでしょ、お出かけするとき 履いて」

あー、いいなー、婆さん同士の母子の会話、幸せそうで微笑ましいな・・・、オレも母が生きていたら こんな会話してみたかったよ・・・涙出そうになったよ。 何歳になっても 親と子だね。 また話が長くなってしまったが 年寄り母娘の会話を聴いて感動に浸ってる場合ではない、オレは最近風邪ひいた、去年からの疲れが溜まったのかどうかだが お尻にできものができて病院行った、いぼ痔のようなもの?抗生物質のお世話になっている。  パンクするとパンツが汚れるから生理用品使ってる・・・? 去年は入院中にオムツ交換のモデルに甘んじていたから・・・あのまま オムツをお洒落に着こなして生理用品も似合う爺さんのベストドレッサー?になったら どーすんだよ!

ジーンズとスニーカーが似合う爺さんを目指していたのに・・・?!

イチローが胃潰瘍になったとか、WBCでかなり疲れたのか、「みんなが思うほど強くないですから・・」イチローも人の子だ。 イチローに張り合うのも「?」だが、オラも人の子、大病から一年経って ちゃんと風邪もひいた(^.^)、オラも強くない・・・泣き虫で バカだし、弱いですから!(イチローの真似) 春は天候不順の時期、体調も崩しやすい時期です、みんな健康に注意して 頑張ろうね・・・・(^.^)

◆追伸・余談  天才の定義

「天才」とは人並みを外れた能力、秀でた才能のこと、最近のアンケートでイチローは日本が世界に誇れる人のナンバーワンに選ばれた、野球道では彼は世紀の天才だ・・・、またWBCになるがあそこで決勝タイムリーを打ったのも凄いが あそこで打順が回ってくるところが もっと凄い。 天才は普通の人とどこか違うユニークな一面を持っている、マニュアル通りのことはしない。 ベートーベンは49歳の時に18歳の少女に恋をした・・という話もある。 モーッアルトはシモネタ大好きだった・シモネタを題名にした曲を本当に作った・・本当だそうである?(テレビで仕入れたネタだけど)天才、偉人のユニークな逸話は沢山ある。 また更新するよ。

イチローも松阪も MLB開幕に故障者リストだった。 天才は人が知らない努力を人の何倍もしている、それなりに苦悩もあるんだね。 その努力を出来るのが天才。 「努力」とはなかなか実行することが難しい、努力の成果が神を味方にしてまで出るのも天才です。

◆もひとつ追伸  この一年 色々あった、現在も生きて 能書きたれてるのが不思議なくらい快復したよ、読者に改めて感謝したい、ICUとは何の略かと考えて ふと思いついた、ICU(集中治療室)とは・・・イッチバン・ウルセェところ・・・ていう意味だと答えが出た!・・・バカなオヤジのくっだらねぇオヤジギャグになってしまった。 そのウルセェところで 一番文句たれてうるさかったオヤジがまだブログ更新している、先生や担当の看護師チームの皆さんには、云いたい放題で無礼なことまで・・(病院のスタッフがこのブログ見ていたらハッタオサレるかも?)いのちの恩人に対し奉り 誠に申し訳ありませんでしたと改めて御礼とお詫び申し上げる次第であります。 いのちの尊さ それを救おうとする世の中の優しさ 人の優しさが身に浸みる・・・そんなこと思うと また涙出てくるよ、これからは本線の「お笑い」をメインにして バカな話もあるが読者様各位も 懲りずに また 百曲がり坂へ 遊びにきてくだされ・・・ 今回も長くなってスマンかった。

    

         

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