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2009年5月

大丈夫だから(その三) 60歳のラブレター

60歳のラブレター 抜粋

 58歳❤

ゴリちゃんがいなくなってあと少しで一年です。   私は初めて経験することがたくさんありました。  胸がはりさけるって、こういうことだったんだ・・・実感。・・(中略 )・・・・定年退職後、自転車で二人で出かけたランチ、ラーメン屋さん、パスタの店・・・前を通ることができません、今もかな。 でも 今思うのは逆じゃなくて良かったということです。 こんなに切なくて辛いこと、ゴリちゃんなら きっと耐えられないと思うから。 ・・・(略)

② 83歳◆ 芳枝へ 病院の窓から点滴の装置に手をかけ、首を右に傾け、手を振っていた姿が 今も目の前に現れて滲んできます。 告知していれば、それはそれで後悔になっていただろうが、どうしても言えなかった。 お前は精密検査を終えたら帰れるんだと笑った。 そのときのあどけない顔が 今でも私を苦しめる。 私を呼ぶとき、ツメでベッドの金具をたたく音が耳から離れない。 待ってろ、もうすぐ行ってやる。

沢山ある手紙の中から自分流に大賞を二通選んでみました。(選考基準、涙のツボに嵌る時間が速かった)団塊世代が感動で涙する中高年夫婦の互いに感謝の言葉に溢れた手紙集、最近は映画にもなったそうで・・・・

5月13日、オラが泣き虫おやじになっていることを知っている友人がこの本のコピーを送ってくれました。 これはブログのネタになる、有難く拝読しました。    先に逝ってしまった伴侶へ感謝のメッセージ、心温まる素敵なラブレター、ほんわかとした文章・・・やがてジーンとくる。          アラフォーなら まだ充実期、アラウンド60はアラカン(還暦)? その上はアラコキ(古希)? 80過ぎたらアラアラ・・・??になるのかどうか知らないが、この手紙を書ける先輩たちは 素晴らしい、「恋」をしている!   ①は女性、②は男性、内容も文も若く 男らしくてカッコいい、恋をすると人間はこんなにも優しく潔くなれる、人を愛する心に定年や引退はないのです。 

タイトル聞いただけでも 読む前から涙の予感。  読む度に涙を拭って、何度読んでも 一人で泣いている。 「ダメだねー、また泣いてるの? バッカみたい・・・まだ病気は治ってないね・・・・、」私に一喝入れながら 読み終わったプリントに目を通すカーチャンも涙を拭っている。  バーカ・そっちも泣いてるくせに・・・!

オラたちの世代では 涙するのが平均的な感情だけれど 中高年のアイドルきみまろさんは 中高年の悲哀を笑いに変えるから これまたスゴイ!

(きみまろネタPIC UP3)

①出逢った頃の君は 可愛いかった、食べてしまいたいくらいだった・・・あれから四十年、あの時食べておけばよかった・・・・?!

 カツラは寝るときも被ってるの? 寝るときは被ってませんよ・・・?・・・寝るとき被ってるのは下だけですよ・・???・何を勘違いしてるんですか、! お布団ですよ。   カツラ脱いでみせて・・!? 冗談じゃありませんよ、脱ぐくらいなら被りませんよ、

パンツ脱ぐより恥ずかしいですよ、パンツ脱いだら毛が出てきますよ、カツラ脱いだら何も無い、湯気しか出てきませんよ・・・!

③中高年、髪の毛抜ける 歯が抜ける・・・抜けないのは疲れだけ。

まだある、記憶も抜ける・・気も抜ける! 五十年昔 彼女とデートして食べた天丼の味は憶えていても 昨日の晩ごはんは何食ったか忘れてる?!   私の場合は 最近この傾向が顕著である、 さっきごはん食べたのに 何を食ったっけ・・・? 食ったことが解っているならまだ大丈夫らしいが 自分でも心配なのは 食ってもいないのに歯を磨く、その後寝る前にまた歯磨きして・・・忘れたことも忘れてる・・・?! 食ったことを忘れるのはマニュアル通り、食ってもいないのに歯を磨く、まだ食ってないということを忘れてる(^.^)・・・? ちょっとややこしいけど・・・この調子なら本格バカ! 長生きできそうだけどね。

50TVの画面

この鳥はゴジュウカラ・・・シジュウカラというのは聞いたことあるがゴジュウカラというのもあるのです。  

◆ラブレター・オリジナル  一緒に歩いた大事な人へ

高輪の伊皿子坂を登りきって 東京湾の夜景が見渡せる高台に小さな公園があった、亀塚公園、憶えていますか、毎晩二人で歩いた思い出の公園だ。  若かった、毎晩会わずにいられない、激しく燃える炎の恋だった。  東京港の夜景を眺めながら 夢を語り合った。 プラタナスの大きな木の幹に寄りかかり 長い長いキスもした。 夏場は脚を蚊に食われてボリボリ掻きながら・・・・わけの分からないことで涙するあなたに 「明日がある、泣いてる場合か、大丈夫だ、二人で頑張ろう・・・!」と渇を入れて 生涯二人で歩いてゆくことを決意していた。  愛しあっていた、これほど真剣に愛し愛されたのは あなたが最初で最後だ。  

(きみまろバージョン)可愛い乙女だった、食べてしまいたいくらい可愛かったよ・・・・・、あれから四十年、今度は「六十歳のラブレター」を読むたびに 大丈夫か・しっかりしろよ・・・と立場逆転して渇を入れられているのはこっちのほう。  きみまろさんのネタと同じだ、あの時食べておけばよかった。  去年の大病以来、闘病記の記事は大半があなたへの感謝状になってしまった、ラブレターに投稿して「大賞」を狙うなら もっとドラマチックで美しい内容にしないと・・・、公園のベンチで蚊に食われた場所を正確に表現したら またシモネタになるから、 痒い痒い・・・が 足元から奥地まで及ぶ、縞々の悪い蚊がいたから?{♪あなたが(蚊が)噛んだあそこが痒い、昨日の夜のあそこが痒い?❤}痒いからって・・・ムヒ塗ったりしたら大変・・カアーっと燃えて走り廻る。

 ラブレターはいくつになっても美しく清純でなければいけない。  若くキレイな時は ラブレター書いてるヒマなんてなかったが お互い長く生きてきたから・・・色々あったけど まずまずだった、もう少し、アラウンド80に到達するほど頑張りましょう。 また今年も鍛錬して復活する、大丈夫だから、すぐに元通り元気になるよ、あの公園へ行って蚊の思い出を語り合うのもいいね。 今度は虫除けにキンチョールと痒み止めクリーム持って、長いズボンで 蚊に喰われないようにしましょう。 もうオラたちは旨くないから無駄かもしれないけど・・・(^.^)

蚊に喰われるうちが「花」なのよ。

昨夜はテレビで昭和の歌謡曲番組をやっていた、横須賀ストーリー・山口百恵ちゃんの歌声が聞こえたら もー懐かしくて 寝ていたのに起きてテレビのところへ行ってしまったよ。  東京湾の景色は 横浜の高台から見る港の夜景も 高輪の公園から見る夜景 (今ではレインボーブリッヂも視界にあるはず)、晴海埠頭からの景色も・・・みな同じ。 

青春腕白時代を思い出させる懐かしき背景、これを懐かしむようでは もう中高年真っ只中なのかも・・・。

横浜は開港150年だとか・・・二・三年前からお祭りムードになっている。

何を基準に150年だってか? よく知らないがペリーさんの黒船が来てからだべ。

横浜は現代日本の玄関口、日本の顔・・・ということになるね、記念すべき年だからベイスターズも頑張ってもらわなくては困る。

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5月20日、CT検査と脳外科の診察日、暑い暑い・・・朝一でも暑くて大変、通勤電車も病院も・・・みんなマスクしている。  こんな時期に新型インフルエンザ大流行だから 暑くてタマランのにマスクして歩いたら具合悪くなった。 病院ではシャンとしてないと隔離されるか・・・?

CT検査は慣れてきた、靴履いたままでいいですよ・・・ホントに?このままでいいの?すみませんね・・・の感じでCTのベッドに横になる、動かないで下さい、三分くらいですから動くのだけ我慢して・・頑張ってください・・・。検査の先生の指示に忠実に じっと動かずに辛抱した。 息も止めていた・・・! 息まで止めないでいいですよ、??

やっぱり・バカじゃ?

診察室では画像見ながら・・・先生も笑顔で 前回と変わらない・順調です。

この調子で いきましょう、特に不具合とか・変わったことは?   付き添いのカーチャンが いつものように 相変わらずアホです、子供っぽくなった、涙と笑いが多くて、バカで泣き虫で・・・アタマの中身が抜けた・・・のかしら?  そうですね、これから詰め込んでください、「バカになった」の言葉を否定しない、しないどころか大賛成・同感・・・、詰め込んで・・とは? 空き容量が多いから勉強しましょう・・・ということになる。  詰め込み可能なバカなら ま・いいか、そこまでいければ幸せだ。 この一年、バカなりに苦悩もあったから、その苦悩が スポーン・・と抜けて 今 中身空っぽならば、その日がもう来ていたのならば 幸せだね。  

帰りにリハビリ室のそばを通った、入り口にあるトイレ、その奥に見える歩行訓練のトレーニングジム・・・・、懐かしの部屋だ、リハビリ先生いるかな? インチキしたり サボったり・・・ヤンチャで手こずらせた先生に今の元気な姿 見せたら また何かやらされそう? リハビリの最中にウンチしたいからと トイレへずらかって、先生が心配して部屋まで探しにきて、そのときオラはケーキ食ってる! ケーキ食ってやんの・・・!(先生がぼやくこと・・・イヤー・・悪かったね、ゴメンネ、先生の分も残しておけばよかった❤)入院中の想い出は 結局ウンチの苦労ばかりだった・・・?

花一杯の庭に この黄色が印象的だった。 去年と同じ花が同じ場所に咲いている、 またうるうるしてきたよ、バカは完治してないね。 バカだから治らないのか 死ぬまで治らないのがバカなのか・・・またややこしい? が、シモネタも自然に出るし、バカやってるうちはまだ生きているから・・・大丈夫だ。

◆余談 世界恐慌の次は新型インフルエンザ、世の中ドタバタしてる。 マスク業界は売れてしょうがない、ウハウハの大笑い? 六十歳以上の年寄りに感染者が少ない・・・?若い人ばかりが感染するのは 今回のインフルエンザは新型でなく旧型なのかも?という説もある。年寄りは既に免疫があるのだ、何れにしても風邪ひかないように手洗い・ウガイ・マスクの着用を心がけましょう。 バカは風邪ひかないらしいけど 新型は・・・バカでも感染するかもしれない。 

Photo_2          ◆また余談  検査の受付には いつも元気ででメッチャ明るいナースちゃんがいる。

カウンターで待っていると 奥から出てきて「イラッシャイマセー・・・!」ときた。  去年から同じパターン、こういう陽気な人はいいね。  こっちも反応早いから 「ナンジャ?・・ここは何処ジャ?」と 突っ込みいれたくなる。  帰るときに「ゴッチソウサマー・・・!」と一声掛けると 「お大事に・・・」これは標準的、「まいどありがとうございましたー・・・」と云ってくれたら完璧だった。  最近はこの傾向が社会一般的である。 郵便局、役所関係、駅の事務所等・・・公共の場でサービスが良くなった、社会が優しさに溢れている、

笑顔で愛想良いのは平和でいい。  威厳や格式・慣習に拘ることはない、 暗くなりがちな病院が どこでもこれなら いいかもしれない、治ったような気がしてくる。  学校の校門で校長先生が これやってたらどうか? お寺・葬式の受付では まだ見たことないが。   

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眼科卒業

5月11日 眼科の診察、半年振りに病院へ

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横浜の街朝の景色が清々しい緑の背景に代わっていた。  新緑の季節です。 正面に見える三角橋、この先が病院だ。

Jra 橋の上からJRAウインズも見える。  去年のことなのに なんだか懐かしい景色・・・?

Photo_2 桜並木

この道に去年4月退院の日は桜が満開だった、 もう若葉の並木路になっている。

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◆視力は左1.0右1.2・・・順調です、世の中が明るく見える。 一昨年手術を決意したころは 世の中が霧の中だったのに・・・ 怖くて大騒ぎして手術後にオシッコちびりそう・・?! もう二度とやらねぇ! やらなければ死ぬ・・二択ということになっても オレは死ぬほうを選ぶ・・・・、最大の恐怖体験が 今では淡い思い出の中に もうちょいで忘れそうに薄れている。  凄く良いです、何か問題ありますか・?・・近距離で先生と目を見つめあいながらの問診に 「何もありません・エレガントな先生が良く見えます・・・ボクは今 幸せ!」 「ウソも上手になりましたね  また何かあったら・・・何時でも来てくださいね、 これで次回の予約もなく 「卒業」ということになった。  若くて美人でアタマいいし、スタイルいいし・・・優しい憧れの先生とお別れするようで 何故かちょっと寂しい気持ち。  何かあったら・・・では困るけど ゴミが入った程度の「何か」があって、また来てみたいよ・・・・プラス思考とは こういうものの考え方だろう、いつも一緒に診察室まで付き添ってくれるカーちゃんも 入院中は毎日通って 大変だったよ、「最悪の事態?」の覚悟も心の準備も出来ていた、紙おむつをカートンで買ってきて自宅介護の準備まで整っていた?(死ぬまで介護の準備? それではオレが悪い奴すぎる、そうならなかったのはあなたの超能力?! )・・・だって・オムツはカートンのほうがお買い得だから?・・・ 女房は強い!・・・地下鉄が開通する前だから 夜遅くに帰ると バスはないし、あたしゃ疲れたよ・・・退院から一年過ぎて まだ二人でこの道を歩く。  オラはまるで孫悟空、カーチャンの手の平の中で この一年暴走していた?  苦労かけたね、ありがとう、・・・・今回だけのことではない、共に歩き始めて四十余年、オラがどんなピンチでも 常にマネージャー兼守護神?カーチャンの存在に支えられていた。オラの肉体のあちこちで勃発していた紛争が これでひとつ解決した。 戦いのひとつが終った、嬉しいことなのに これで病院へ行く「楽しみ」が無くなった! このすき間風のような寂しさは?・・・。来年も その先も 全ての戦いが終息の日まで 前向きに・笑顔で・・ガンバロー(^.^) 今日も元気で更新しながら 脳のトレーニングしていられるのも みんなのおかげだ、一番迷惑かけた我が最愛の伴侶、カーチャン、オレにはいつもあなたという 強ぇ味方が あったのだ!(妻讃歌・赤城山バージョン)、 改めて感謝状を贈呈しなければならない、と思うのでありました。

日曜日は母の日、母の日はオラの母の命日だ、春4月~5月は 自分には「別れ」の季節、昭和の時代に経験した哀しい思い出が沢山ある。  そして今回 眼科の卒業も「別れ」のひとつ、よき思い出にしておきたいね。    突然に・あまりにも唐突にカーチャンにゴマ擦ってるわけではない?  確かにウロチョロと美しき先生に憧れておりましたが 心の若さ故ですから 純粋な男の素直な憧れですから・・・(^.^) 一つの戦いが終ったから・・・一番近くの大事な人へ 溢れる感謝の意を 表明したいのであります。

I love you ・❤・・ ブログで世界中に公言できるのは カーチャン

あなただけですから・・・I love you ,  I need you, my sweet heart.

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◆ 余談 昨日観たテレビドラマ「ナースのお仕事」で 面白い場面があった、観月ありさのドジで明るいナース朝倉、朝礼でリストラの意味が解らない、「リストラってなーに?」「リストラ・・は、人員削減のこと、あんたが一番危ない」「じんいんさくげん・・・? にんじんひゃくえん?・・・」食うことしか考えてない・・・?! 近頃珍しく大笑いのネタになった。 朝倉さんほどキレイではなかったが 去年入院中に昏睡から醒めて 初めての晩御飯、担当のかわいいナースちゃんが隣に座って 食事の介助をしてくれる。 ボケオヤジだからこれはいい・・大サービスだと 満足だった、茶碗蒸しの小鉢のふた開けて「あら・ら・ら・・・・このタマゴおいしそう・・・、残さず食べないとダメよ・・」こっちは反射的に口を開けてるのに スプーンに半熟のタマゴを乗せて 自分の口へパクリ・・・?!  口開けて待ってるオレは惨め。  アレ?それ・オレのだろ、おまえが食ってどーすんだよ・・・。 こんな小娘におちょくられてたまるか。 食わなければ死んじゃうよ、箸を使って猛スピードでパクパク食った。  もーアッタマ来た! 翌日からゴハンの時間になると 争奪戦?、隠すのもセコイから 目ぼしいものは先に食うことにした。   アイツ来る前に食わなければ?! これはオレのゴハン、喰われてたまるか・・・! セコイ闘争心に燃えていた。  現実の病院でも 食うことに関するドラマは色々あったのです。

悩んで解決する悩みやトラブルなんてない ガバーッと呑んでガーガー眠れば 時間が解決してくれる・・・・・(仕入れたばかりの名言)

ところで横浜ベイスターズの勝った試合、去年から見たことない?! 巨人戦で村田のさよなら押し出し死球・・・これ観たかった。 これぞ四番、デッドボールでも決められる。 バット振らなくてもおなか出してればボールが当ってくれる、今年もまだまだ優勝狙うぜ❤

 

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ほんの小さな 日々の出来事

近況報告

(サボテンの花)

 ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて 君は部屋をとびだした   真冬の空の下に 編みかけていた手袋と 洗いかけの洗濯物  シャボンの泡が揺れていた 君の香りが揺れていた  この長い冬が終るまでに 何かを見つけて生きよう  何かを信じて生きてゆこう この冬が終るまで

テレビドラマのエンディングに流れた曲、いい曲に出逢った。  哀しい切ない歌詞だ、たまたま見たテレビで 初めて聴いた曲なのに 何故か古い昔から知っていた歌のような気がして 懐かしい曲のような気がして なんか分からないが 心に響いて涙の虫が目を醒ましてきた。

「神田川」の雰囲気、 昭和のオラたちの神田川世代は 皆同じような想いで受け止めてしまう。  サボテンの花も神田川も破局の青春を想わせる。  神田川のジーンとくるところ 「若かったあの頃 何も怖くなかった ただ あなたのやさしさが 怖かった

これも昭和の名曲だね、うまいこと云う・・・ジーンとくる歌詞だ。

自分に当てはめると 去年からの闘病は 一年の時が流れて「ほんの小さな出来事」になればいいと思う。  去年の5月、燃えるような若葉の季節には リハビリを意識したウォーキング、昨日歩いたから今日も歩く、明日のために今日も歩く・・・歩かなければ明日がない・・・ような気がして、歩き続ける毎日であった。  泣いたり笑ったり 一人で大騒ぎして周囲を巻き込んで 過ぎてしまえば昨日のことのような一年間だった。 いつも前向きだったから 何だかんだ云うほど大変でもなかった。  バカだから良い方向ばかり見ていた。

二月にはシルバーのお仕事に復帰するまで快復した。  横浜の古い街のマンションのお掃除、住人も近隣の同業者も 見知らぬ街の人たちはみんなやさしく受け入れてくれたよ。 再び拾ってくれた会社への義理を果たそうと あちこち痛めながら 寒さで風邪を引きながら それなりに三ヶ月頑張ったよ。 ボランティアでも何でも良いのだ、今日までのヤンチャの せめてもの罪滅ぼしに 街をきれいにして 人のためになること 社会に貢献できることが喜びだった。

4月30日 現場で世話になった人たちにお別れの挨拶回り、ちょっぴり寂しくなりながら 「お世話になりました、ありがとう」協力的な住人は「こちらこそきれいにして頂きました、ありがとうございました、どうぞお元気で・・・」短い期間でも温かい思い出が生まれる、互いに感謝のことばを交わし、それが心に響いて また涙がほろり・・・。 

こんな小さな日常の会話にも ひとつの闘病の記録に残る、小さな出来事の終りには いつも「ありがとう」があった。こんなことでも感動する バカオヤジには大切な思い出だ。

協力的な街の人が花壇に花の苗を植えながら 「ここに犬がウンチしてそのまま行っちゃうんですよ」それじゃ その犬が今度来たらウンチ投げてぶつけてやれ・・・、「飼主に言ってやります」 どこの街にも正義に燃える熱血がいる。

5月から またフリーになって腰痛が落ち着くまで 元の閑人に戻ることになった。 

一日一日が ほんの小さな出来事が みんなありがとうで終われたら いいね。

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(不良オヤジの雑学)

5月1日 木枯し紋次郎が復活、あの懐かしいテレビ時代劇を観た、

誰かが風の中で

どこかで誰かが きっと待っていてくれる  雲は焼け道は乾き 陽はいつまでも沈まない 心はむかし死んだ 微笑には会ったこともない 昨日なんて知らない 

今日は旅をひとり けれどもどこかで おまえは待っていてくれる   きっとおまえは 風の中で 待っている

木枯しの紋次郎、上州新田郷三日月村 極貧の農家に生まれ口減らしのため間引きされそうになった。 12歳の姉が生まれたばかりの乳児を抱いて山へ逃げた、翌日村祭りの日に戻って この子は今日生まれたとふれ回る、お祭りの日に生まれた子は間引きしてはならない・・という村の掟があったため 間引きを免れる。  あっしにツキがあったとすれば 姉ちゃんに助けられたこのときだけだ、生まれる時からの死に損ない、母に殺されていたかもしれない。 十歳で家を飛び出し無宿渡世人の人生が始まった。

「あっしには関りのないこと」 トレードマークの長い楊枝をくわえボロボロの三度笠に道中カッパ、極度の人間嫌い、人を信じたことはない、愛したこともない、無愛想で感謝したこともされたこともない、人と交わりたくない・・・、昭和の時代にこのテレビ映画観ていたころ、好きだったね。 これが男だ、格好いいと思った、強いカッコいい男だと憧れていたね。

原作と映画と よくよく観ると つまらねぇ男なんだけどね、ヤクザ者で喧嘩が強いだけで 他には何の取り柄もない、世の中を歪んだ目で見ている、人間の優しさを知らない、生い立ちから人の世の悲惨な暗い部分しか見ていないから・・・不幸な男だ。 

あっしには関りない・・・と云いながら毎週人助けして 弱いものの味方になって、関ってばかりいるけどね。 関らなかったらストーリーにならないから。  何も生産できない不器用な男だが喧嘩のための工夫はしていた。 紋次郎の道中カッパの中には鉛の板が何枚も縫いこまれていた、鎧の原理である、闘うときにこのカッパに身を包むから斬られても怪我をしない。  鉄や鉛を何枚埋めていたか知らんが 相当重いはず、体力も腕力も強い、一人でも平気、精神的にも強い男だと思っていたが、きっとおまえは風の中で待っている・・・この歌を改めて聴いて ふと思ったのは やはり人の優しさが恋しいのだ。  弱く寂しいところもあるから そこらへんが日本的でカッコイイ・・のだ。

どこかで待っている、風の中で待っている「おまえ」とは 「ありがとう」の言葉、ほほえみ・・・そういう人間性、心のふれあい・・・その種の漠然とした心温まるもの・・・を指しているのだ。 絶望しかないような男にも 「夢」があるから旅を続けているのだ・・・と解釈してみたいのです。  

ところで彼は何故「関りになりたくない」のかしら、 先日仕事した現場を別れるとき 「ありがとうございました」の挨拶に「こちらこそありがとう・・・」 これが嬉しくて感動する。  あっしには関りないですから・・・なんて云ったら 失礼だよ、人の好意を受け入れなければダメだよ。 オラは弱いから人に関りたくてしょうがない、紋次郎のようにカッコよくないから。  紋次郎は弱さを見せたくないのだろう、見知らぬ人に隙を見せてはどうせろくなことにはならねぇ・・・それがポリシーなら 人間社会には適応できない、価値のない嫌な野郎だぜ、悪いことばかりじゃねぇんだよ・・・と言ってやりたいよ、去年の大病から一年、今年も強い心で精進して、「あっしには関りのないこと」紋次郎と違うから あっしにはそれが言えない、そういうところが紋次郎の強いところだけど お友達にはなりたくねぇよ。

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必殺仕事人も・・復活している。 最近はテレビ映画にも昭和のロマンが見直されているようです。  木枯し紋次郎は アランラッドの西部劇 シェーンに似ている、紋次郎は流れ者のガンマン シェーンの日本版だ、アナログな話ばかりになってスマンが あの感動のラストシーン、子供の頃に見た映画が まだ強い感動で記憶に残っている。  「シェーン・ゴメンよ、 戻ってきてよシェーン・・・」あの子供が 一人去ってゆくシェーンの後姿に向かって叫ぶところ、地平線の彼方にはロッキー山脈の景色が 雄大で美しい。 弱虫・・・と罵られても何も反論しない、強いのに強がらない、さっさと悪者を倒して あっしにはかかわりのないこと・・・木枯しの紋次郎と同じパターン、「ジョーイ・真っ直ぐで 強い男になれよ、ストロング・ストレイト」少年に励ましの言葉を残して、ひとり風のように去ってゆく・・・、あれ・しびれるねー・・・カッコイカッタネー、あれが男だねー。☆❤(^.^)   昭和の青春、若者たちの情報源は映画が主流の時代だった、心がもぞもぞする名作が沢山あった。 「シェーン」でネット検索するとYOU TUBEで カムバック シェーン・・・同世代の読者には嬉しいあの感動のラストシーンの映画観られるよ、遙かなる山の呼び声call for far away hill・・あのテーマ曲も聴ける・・・、(重くなるから? ここには貼らないけどね

5月の連休になって 忌野清志郎の訃報、オラもロック世代のはしくれ、なんか寂しいね、坂井泉水さんの時は元々好きだから ファンだからショックだった、あれからどこかのネジが緩んで泣き虫オヤジになってしまった。 あっしには関りのないことだけどね(^.^) 清志郎もいい歌あるぜ ♪昼間のパパはいい汗かいてる 昼間のパパは光ってる 昼間のパパは男だぜー・・・男は子供たちにこんなこと思われるパパになりたいね、オレはそのパパのパパだけど。

Photo_2               ◆食いしん坊コメント    5月の連休・・・今年は予定もなし、結局子供・孫たちとお食事くらいしか楽しみないジッチャンでありました。  三日は孫娘とファミレスで肉系の夕食、6日は子たちと「回転寿司」・・・、大きな店で客が多くて大混雑、マグロ・いか・蛸・うに・イクラ・・・普通の寿司屋と同様のメニューが廻ってくる、廻る距離が長いから白身魚やマグロは生きが悪く見栄えも良くない、時々「シンジラレナイ」ものまで来る、焼肉、ハンバーグ、メロン、プリンにアイスクリーム・・・?  ナンジャこれ・・・?シンジランナーイ・・・、爺は文句ばっかりで、それでも何だかんだと喰っている。  これはお子チャマ向きだね、世界的な健康志向か、子供たちには丁度良いから 孫娘のお誕生日などに うまく利用すれば安くて喜ばれるから良いかもしれない。  このての業界が好調なのは 普通の寿司屋が高いからだ。  格式と伝統に胡坐をかいてたらダメだよ、オラの世代も新鮮な魚で旨い酒を・・なんて思わないほうが良い、回転寿司にもマイッタ、なんでもゴハンの上に載せればいいってもんじゃないよ、これは日本の伝統食文化の冒涜だよ、 地球温暖化の影響だと ジッチャンは満足しないけどあまり辛辣な発言は控えめにして 食いしん坊だから次に行くときは開き直ってデサ゜ート専門にして バナナサンデー、メロン、甘いものメインでいきましょう。  連休の最終日、家族連れが多い、子供たちのグループもいたね、店員のハイテンションとお皿のガチャガチャetc.店内のウルサイ騒音は去年の集中治療室を思い出してしまった。    何かと文句言いながら 孫とお食事一緒に出来るときがジッチャンは幸せなのだ。 爺婆と孫の関係は 片思いの恋に似ている・・・(どこかで聞いたことある)  

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