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ほんの小さな 日々の出来事

近況報告

(サボテンの花)

 ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて 君は部屋をとびだした   真冬の空の下に 編みかけていた手袋と 洗いかけの洗濯物  シャボンの泡が揺れていた 君の香りが揺れていた  この長い冬が終るまでに 何かを見つけて生きよう  何かを信じて生きてゆこう この冬が終るまで

テレビドラマのエンディングに流れた曲、いい曲に出逢った。  哀しい切ない歌詞だ、たまたま見たテレビで 初めて聴いた曲なのに 何故か古い昔から知っていた歌のような気がして 懐かしい曲のような気がして なんか分からないが 心に響いて涙の虫が目を醒ましてきた。

「神田川」の雰囲気、 昭和のオラたちの神田川世代は 皆同じような想いで受け止めてしまう。  サボテンの花も神田川も破局の青春を想わせる。  神田川のジーンとくるところ 「若かったあの頃 何も怖くなかった ただ あなたのやさしさが 怖かった

これも昭和の名曲だね、うまいこと云う・・・ジーンとくる歌詞だ。

自分に当てはめると 去年からの闘病は 一年の時が流れて「ほんの小さな出来事」になればいいと思う。  去年の5月、燃えるような若葉の季節には リハビリを意識したウォーキング、昨日歩いたから今日も歩く、明日のために今日も歩く・・・歩かなければ明日がない・・・ような気がして、歩き続ける毎日であった。  泣いたり笑ったり 一人で大騒ぎして周囲を巻き込んで 過ぎてしまえば昨日のことのような一年間だった。 いつも前向きだったから 何だかんだ云うほど大変でもなかった。  バカだから良い方向ばかり見ていた。

二月にはシルバーのお仕事に復帰するまで快復した。  横浜の古い街のマンションのお掃除、住人も近隣の同業者も 見知らぬ街の人たちはみんなやさしく受け入れてくれたよ。 再び拾ってくれた会社への義理を果たそうと あちこち痛めながら 寒さで風邪を引きながら それなりに三ヶ月頑張ったよ。 ボランティアでも何でも良いのだ、今日までのヤンチャの せめてもの罪滅ぼしに 街をきれいにして 人のためになること 社会に貢献できることが喜びだった。

4月30日 現場で世話になった人たちにお別れの挨拶回り、ちょっぴり寂しくなりながら 「お世話になりました、ありがとう」協力的な住人は「こちらこそきれいにして頂きました、ありがとうございました、どうぞお元気で・・・」短い期間でも温かい思い出が生まれる、互いに感謝のことばを交わし、それが心に響いて また涙がほろり・・・。 

こんな小さな日常の会話にも ひとつの闘病の記録に残る、小さな出来事の終りには いつも「ありがとう」があった。こんなことでも感動する バカオヤジには大切な思い出だ。

協力的な街の人が花壇に花の苗を植えながら 「ここに犬がウンチしてそのまま行っちゃうんですよ」それじゃ その犬が今度来たらウンチ投げてぶつけてやれ・・・、「飼主に言ってやります」 どこの街にも正義に燃える熱血がいる。

5月から またフリーになって腰痛が落ち着くまで 元の閑人に戻ることになった。 

一日一日が ほんの小さな出来事が みんなありがとうで終われたら いいね。

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(不良オヤジの雑学)

5月1日 木枯し紋次郎が復活、あの懐かしいテレビ時代劇を観た、

誰かが風の中で

どこかで誰かが きっと待っていてくれる  雲は焼け道は乾き 陽はいつまでも沈まない 心はむかし死んだ 微笑には会ったこともない 昨日なんて知らない 

今日は旅をひとり けれどもどこかで おまえは待っていてくれる   きっとおまえは 風の中で 待っている

木枯しの紋次郎、上州新田郷三日月村 極貧の農家に生まれ口減らしのため間引きされそうになった。 12歳の姉が生まれたばかりの乳児を抱いて山へ逃げた、翌日村祭りの日に戻って この子は今日生まれたとふれ回る、お祭りの日に生まれた子は間引きしてはならない・・という村の掟があったため 間引きを免れる。  あっしにツキがあったとすれば 姉ちゃんに助けられたこのときだけだ、生まれる時からの死に損ない、母に殺されていたかもしれない。 十歳で家を飛び出し無宿渡世人の人生が始まった。

「あっしには関りのないこと」 トレードマークの長い楊枝をくわえボロボロの三度笠に道中カッパ、極度の人間嫌い、人を信じたことはない、愛したこともない、無愛想で感謝したこともされたこともない、人と交わりたくない・・・、昭和の時代にこのテレビ映画観ていたころ、好きだったね。 これが男だ、格好いいと思った、強いカッコいい男だと憧れていたね。

原作と映画と よくよく観ると つまらねぇ男なんだけどね、ヤクザ者で喧嘩が強いだけで 他には何の取り柄もない、世の中を歪んだ目で見ている、人間の優しさを知らない、生い立ちから人の世の悲惨な暗い部分しか見ていないから・・・不幸な男だ。 

あっしには関りない・・・と云いながら毎週人助けして 弱いものの味方になって、関ってばかりいるけどね。 関らなかったらストーリーにならないから。  何も生産できない不器用な男だが喧嘩のための工夫はしていた。 紋次郎の道中カッパの中には鉛の板が何枚も縫いこまれていた、鎧の原理である、闘うときにこのカッパに身を包むから斬られても怪我をしない。  鉄や鉛を何枚埋めていたか知らんが 相当重いはず、体力も腕力も強い、一人でも平気、精神的にも強い男だと思っていたが、きっとおまえは風の中で待っている・・・この歌を改めて聴いて ふと思ったのは やはり人の優しさが恋しいのだ。  弱く寂しいところもあるから そこらへんが日本的でカッコイイ・・のだ。

どこかで待っている、風の中で待っている「おまえ」とは 「ありがとう」の言葉、ほほえみ・・・そういう人間性、心のふれあい・・・その種の漠然とした心温まるもの・・・を指しているのだ。 絶望しかないような男にも 「夢」があるから旅を続けているのだ・・・と解釈してみたいのです。  

ところで彼は何故「関りになりたくない」のかしら、 先日仕事した現場を別れるとき 「ありがとうございました」の挨拶に「こちらこそありがとう・・・」 これが嬉しくて感動する。  あっしには関りないですから・・・なんて云ったら 失礼だよ、人の好意を受け入れなければダメだよ。 オラは弱いから人に関りたくてしょうがない、紋次郎のようにカッコよくないから。  紋次郎は弱さを見せたくないのだろう、見知らぬ人に隙を見せてはどうせろくなことにはならねぇ・・・それがポリシーなら 人間社会には適応できない、価値のない嫌な野郎だぜ、悪いことばかりじゃねぇんだよ・・・と言ってやりたいよ、去年の大病から一年、今年も強い心で精進して、「あっしには関りのないこと」紋次郎と違うから あっしにはそれが言えない、そういうところが紋次郎の強いところだけど お友達にはなりたくねぇよ。

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必殺仕事人も・・復活している。 最近はテレビ映画にも昭和のロマンが見直されているようです。  木枯し紋次郎は アランラッドの西部劇 シェーンに似ている、紋次郎は流れ者のガンマン シェーンの日本版だ、アナログな話ばかりになってスマンが あの感動のラストシーン、子供の頃に見た映画が まだ強い感動で記憶に残っている。  「シェーン・ゴメンよ、 戻ってきてよシェーン・・・」あの子供が 一人去ってゆくシェーンの後姿に向かって叫ぶところ、地平線の彼方にはロッキー山脈の景色が 雄大で美しい。 弱虫・・・と罵られても何も反論しない、強いのに強がらない、さっさと悪者を倒して あっしにはかかわりのないこと・・・木枯しの紋次郎と同じパターン、「ジョーイ・真っ直ぐで 強い男になれよ、ストロング・ストレイト」少年に励ましの言葉を残して、ひとり風のように去ってゆく・・・、あれ・しびれるねー・・・カッコイカッタネー、あれが男だねー。☆❤(^.^)   昭和の青春、若者たちの情報源は映画が主流の時代だった、心がもぞもぞする名作が沢山あった。 「シェーン」でネット検索するとYOU TUBEで カムバック シェーン・・・同世代の読者には嬉しいあの感動のラストシーンの映画観られるよ、遙かなる山の呼び声call for far away hill・・あのテーマ曲も聴ける・・・、(重くなるから? ここには貼らないけどね

5月の連休になって 忌野清志郎の訃報、オラもロック世代のはしくれ、なんか寂しいね、坂井泉水さんの時は元々好きだから ファンだからショックだった、あれからどこかのネジが緩んで泣き虫オヤジになってしまった。 あっしには関りのないことだけどね(^.^) 清志郎もいい歌あるぜ ♪昼間のパパはいい汗かいてる 昼間のパパは光ってる 昼間のパパは男だぜー・・・男は子供たちにこんなこと思われるパパになりたいね、オレはそのパパのパパだけど。

Photo_2               ◆食いしん坊コメント    5月の連休・・・今年は予定もなし、結局子供・孫たちとお食事くらいしか楽しみないジッチャンでありました。  三日は孫娘とファミレスで肉系の夕食、6日は子たちと「回転寿司」・・・、大きな店で客が多くて大混雑、マグロ・いか・蛸・うに・イクラ・・・普通の寿司屋と同様のメニューが廻ってくる、廻る距離が長いから白身魚やマグロは生きが悪く見栄えも良くない、時々「シンジラレナイ」ものまで来る、焼肉、ハンバーグ、メロン、プリンにアイスクリーム・・・?  ナンジャこれ・・・?シンジランナーイ・・・、爺は文句ばっかりで、それでも何だかんだと喰っている。  これはお子チャマ向きだね、世界的な健康志向か、子供たちには丁度良いから 孫娘のお誕生日などに うまく利用すれば安くて喜ばれるから良いかもしれない。  このての業界が好調なのは 普通の寿司屋が高いからだ。  格式と伝統に胡坐をかいてたらダメだよ、オラの世代も新鮮な魚で旨い酒を・・なんて思わないほうが良い、回転寿司にもマイッタ、なんでもゴハンの上に載せればいいってもんじゃないよ、これは日本の伝統食文化の冒涜だよ、 地球温暖化の影響だと ジッチャンは満足しないけどあまり辛辣な発言は控えめにして 食いしん坊だから次に行くときは開き直ってデサ゜ート専門にして バナナサンデー、メロン、甘いものメインでいきましょう。  連休の最終日、家族連れが多い、子供たちのグループもいたね、店員のハイテンションとお皿のガチャガチャetc.店内のウルサイ騒音は去年の集中治療室を思い出してしまった。    何かと文句言いながら 孫とお食事一緒に出来るときがジッチャンは幸せなのだ。 爺婆と孫の関係は 片思いの恋に似ている・・・(どこかで聞いたことある)  

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コメント

fumisan
早速のコメント有難うございます。 お互い孫には片想いの爺婆になってますが 少子高齢化社会の主役です。 切磋琢磨して日々進化して元気にまいりましょう。

投稿: myway | 2009年5月 7日 (木) 14時53分

読ませてもらう度に感情の豊かさと記憶力の確かさが感じられ私も負けられない(実際は大負けですが)
小さな闘争心?刺激をもらっています。
あとは毎日リハビリの続きとはいえ散策される行動力。これは絶対私には出来ない事です。

投稿: 髙橋 二美子 | 2009年5月 7日 (木) 14時33分

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