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2009年8月

読書の夏・晴耕雨読・myself

エッセイ・・のつもり(シモネタ系)

近況報告

読書の秋、とはいっても まだまだ夏、「残暑お見舞い申し上げます」は八月、盛夏のご挨拶、この暑い時期に本を読んでみたくてたまらない、

エッセイを書いてみたい。面白くて笑っちゃうようなこと、哀愁に満ちた 笑いの隣に涙があるようなエッセイが書いてみたい。

7月から本屋を覗いたり 図書館にも行ってみた。  図書館はどうも苦手、学生時代から図書館はオラには場違いなところだ。  友達と喋ったり音を立てたりするとメガネかけた勉強熱心な奴らが「シー・・!」ギロッと冷たい視線を浴びせる、ここは学問の「聖域」か? オレも仲間たちも勤勉な学生ではなかった、どちらか云うと不良系、 この雰囲気に馴染めない、こっちはお茶でも飲みながらタバコの煙くゆらせて 本をめくる、図書館はしずかな喫茶店、憩いの場だと思っていた。  図書館は敷居が高い、 本屋なら好きな作者の文庫本をゆっくり探せる。  大体書店へいくのも何十年かぶりである。

去年の夏は 遮二無二歩いた、命がけの勝負をしているつもりだった。 ここまで生きてきた中で本気になって闘ったことがあっただろうか、燃え尽きるまで全力を尽くしたことが あっただろうか、自問自答しながら木の葉を踏みながら 大汗かいて脚を痛めて、それでも歩いた。 一度くらい狂ったように敵に立ち向かってみたい、死ぬほどの勝負がしてみたい。  こんな激しいものが自分の中にあったのが 今となっては嬉しいことのように思えてきた。  

弱音を吐くな、泣きごと言うな・・・、戦中派(オラの生まれはミッドウェイの年だから 一応戦中派か)は ガキの頃からそういう教育をされた世代だ、それが戦後の復興と高度成長の原動力になったと誇りにしてもいい。  

ところがそんな強い子ばかりではない、弱虫の甘えん坊もいた。

振り向くな 振り向くな 後ろには夢がない・・・

分かっちゃいるけど この一年は 振り向いてばかりだった。 自分がつけた足跡に キレイな花が咲いているだろうか・・・? ここまで生きてきた人生が大切なことのように思えて、沢山の思い出が 簡単に忘れてはいけない大事な宝物のように思えてきた。  会いたい友がいたら すぐに会いたい。 食いたいものあれば すぐに食いたい。 欲望に対してアクティブになった、やるなら今しかねぇ、オレは横浜の六十六のオヤジだ。 大病で 未来が短いような気持ちになるのは 平均的感情かもしれないが。  やはり食卓の上のご馳走は 一番好きなものから食いたいのは変わっていない。 

足跡と同じ数だけ思い出がある、人間は弱い、特にオレは弱い、アタマも弱い・・・?  凛として 男らしく、強く生きる・・・スローガンだけは逞しくありたいと願い、この一年間、ドタバタしながら見えてきたのは 自分の人生を自分流に生きよう・・・自由に軽く 寿命まで行こう?・・スローガンも無責任方向になってきたから??楽でいいじゃない・・・である。 

これだから「勝負師」になれなかったのだ。  「思い出」は大切な宝物、忘れないようにしよう・・・と思えば 忘れられるだろうか、忘れようとするから忘れられなくなるのはバカだから それを逆に利用すればよい、たまにはいいこと考えたぜー・・❤ (やっぱりバカか?)

Photo百日紅

   

    女と別れるときは振り向かない、女の自尊心を傷つけないように少しずつそっと離れてゆく・・・それが女に対する仁義

オレは惚れた女が嫌になったことはない、気が付けば女が振り向きもしないでさっさと消えていった、 

  どうしても別れたい女、 一緒に寝るとき寝小便漏らせばいい、三回も漏らせば向こうから別れてくれる、オレだったら三度目は寝糞する、ウンコ漏らせば完璧、円満に解決?

  ★女は凄い、例えば 愛する人がピストルを向けられていたら その中に飛び込んで自分が撃たれることを平気でやれる だから女を愛することができる(川端康成先生)

 ★別れたくないのに別れてしまったらどーするか?  泣けばいい、男の自尊心は強いから だからこそ泣けばいい、そのほうが自然。

 ★立小便のあと 手を洗う人はキタナイものに触ったあとだから・・・という。

  洗わない人はキレイなものに触ったあとで手を洗う必要がない・・という。

  外国で娼婦を買った男がバスルームで小便して手を洗っているのをみて女が怒った、あなたはそんなキタナイもので私に接しようとしているのか・・

 

   これは最近読んだ山口瞳さんの短編集で見つけた。 これらの話を汚いと思うひとは小便のあとに手を洗う、本当はする前に洗うものである。 手ほどキタナイものはない、 だからインフルエンザ予防に手洗いが大切なのよ。 

  読書すると心に残るフレーズに出会うことがよくある、  この一年、思い出すと涙になるから忘れようとすることが沢山あった。  振り向かないで女と別れようとする 青春時代に経験した幼い涙の行動に似ている。  

  

最近は読書ができる環境に生きていることが 有難く幸せなことだと思えるようになった。

学生時代は本が貴重品であった、文学全集は高価で本棚に並べると洒落たインテリアにもなった。   漱石、芥川・・・少年の頃は意味も分からず日本文学の古典?を読んだ。

社会人になると 司馬遼太郎、西村寿行、柴田錬三郎、開高健など 酒呑みでシモネタ好きな中年オヤジ作家を愛読し 影響を受けるようになった。 クラシックから入門して団塊世代ではポップス系に移行したようなものである。  

読書はいくつになっても良いものである、若い頃は心が新鮮だから啓発されることもある。 「読書のすすめ」このブログ覗いた若い人に読書を薦めたい、漱石、芥川、日本の純文学に挑戦できるのは 若くて目が良いうちだ。 ゲームより読書しなさい。 ゲームは爺さんでもできる。  年寄りだから重複するが、だから本を読みなさいと もう一度言いたくなるのです。

6月4日、整形外科の紹介でMRI検査。  去年の大病以来、初めて経験することが沢山あった。 アタマを手術、眼の手術、最先端の医療に随分お世話になってきた。 アナログな世代にはコワイことばかりだった、医学の進歩はスッゲェよ、CTの画像が鮮明なのに驚く、悪い病気も何でも発見されてしまうようでコワイ。  この一年間の経験は不思議な体験、未知との遭遇だった。  MRI ドームの中に入ってから鼻が痒い、動かないで頑張ってくださいということで 頑張ったが、鼻が痒くてたまらん、オーイ早く終わってくれ・・・、体を固定されてるから辛かったよ、17分頑張ったよ。 こんなすごい検査のない時代だったら オラとっくにこの世にいない。

Photo   

検査の後は 牛丼食って桜並木の川沿いを散歩した。 空が去年より碧く見えた、一年の時が流れて 何でもないようなことに「幸運」を実感している。

去年は こんな風に散歩している状況でなかった。  道端の雑草にも花が咲いている。  緑の季節、穏やかな優しい季節が再びやってきた。

Photo_3 きなこ爆睡  

お盆も過ぎて 立秋も過ぎて、暦の上ではもう秋だ。  

8月23日、眼科クリニックの前を通って 本屋を覗きに行った。 想えば二年前の年末、眼科で白内障と診断され 手術の紹介状を貰ったのがはじまりだった。

歩いていると 道端の花、町の景色、視界に入るなんでもないものまでが 思い出の世界への出発点になってしまう。 全て忘却の彼方へ消え去ってしまえば楽なのに・・・と、分かっちゃいるけど、思い出すのもバカのうち? 完璧に忘れられるのが本当のバカだけど、適当に思い出すのも標準的でいいでしょ、 

読書できるのは目の手術のおかげ、  怖かったけどこれほど有難いことはない。

去年の8月9日、手術前に地震があった、病院の建物が揺れた、優しい先生が様子見に来てくれた、「大丈夫だった?」「自信ないよ・・・」「がんばってね、地震で自信なくなっちゃったの?・・・」シャレが通じる先生、それが嬉しいことだった。

昼食はうどんだった。半分だけ食べなさいと言われて 何本か数えて2で割るか・・・???? 先生は笑ってくれたけど 本人は緊張と恐怖の初体験。  

寒い手術室には覆面したスタッフが沢山いて 目の前に注射器やピンセット、尖ったものが何本も見える、これは怖いよ!長い時間だった。 

恐怖体験怖のご褒美で 今では読書したいという優雅な気持ちになったのだ。 

 いい加減が大事、力入れるときと抜くとき・・緩急のメリハリが大事、呑気にやっていれば 病気なんかどこかへ忘れ去るようになる。(鎌田先生)

まぐろは泳ぎ続けなければ生きてゆけない、オレもまぐろか? 喋り続け 歩き続け、食って 呑んで、読書もできる。 日常の単純なことができることが凄く幸せ、 ある日突然別れを経験しなければならない家族もいる   涙の経験を笑いでごまかす奴もいる。 そんな悲しみの中で人は生きている、そして、どんなに悲しい環境にも 人の優しさや幸運という「幸せ」が出番を待っている。  オレが幸運だったのは悲しい経験を家族にさせなかったことだ。 笑顔が幸運をもたらす、笑いは病を癒す力がある、やっぱり笑顔が一番。 病気から学んだことは自分的にはこの程度だ。  

「晴耕雨読」、晴れたら耕し 雨の日は読書する。 現役を引退するとき第二の人生は晴耕雨読の穏やかな日々を予定していた。

去年は予定より少し寄り道してしまったが、今年の秋は やっと晴耕雨読??晴歩雨読で大体予定通りの日々を送るようになった。 

金持ちになりたい・・という願望は「幸せ」になりたい・・・に似ている。 お金持ちの人は幸せか? 幸せには見えない、金のない人は 幸せを求めて金を遣う、美味しいものを食べる、行きたいところも行く、幸せな経験が豊富である、だから金がなくなる、金持ちはお金を使わないから ないのと同じ、幸せの経験も少ないから・・幸せそうに見えない。  金持ちは金を持っていることが幸せなのである。 幸せというのは 夫々の価値観で、共通の秤にはかけられないからです。と きみまろさんの単行本にあった。 

読書すると こんなユニークなお話に出会うことができる。  

もうひとつ 各方面からのお叱りを覚悟で、

「道を歩いていたら ウンコみたいなものを見つけた、何だろ、ウンコかな? よーく見てもウンコに見える、においかいだら やっぱりウンコ、さわってみたらウンコで、なめてみてもウンコ、よかった 踏まないで・・・」これはビートたけしのネタを拝借しました。

昭和を生きてきた団塊世代、青春はみんな貧しかった、明るく笑って頑張った、やっぱり笑顔が一番なんだね。

今回はエッセイ?! ただのシモネタじゃん?! 

★昨日テレビで大笑いした  新潟の田舎町でお婆ちゃんにインタビュー「どこから来たの?」「東京から来ました」「農協かね????」 こーゆーのがオラにはウケル。

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オレ流少年野球(5)幸せの時(PART.3)

オレ流少年野球指導法

春休みだった、関東大会の開会式、所沢西武球場へ百人の子供たちと大遠征だった。

人工芝は予想したより安っぽいのが印象的だった、ベニヤ板の上をペコン・ペコンと歩いているようで・・・。

地元へ戻ってから練習、日曜日の一日仕事になった。  前夜は校長室で校長先生とサッカークラブの若い先生と三人で酒を呑み、近所のスナックを二軒はしご、深夜二時頃の帰宅になった。 校長先生は五木ひろしが好き、野球とサッカー部がグランド使用の調整をするための会議が いつのまにかカラオケ大会になっていた。

地元へ戻ってからいつも通りの練習、ノックバットが重い、体が重い・・・何かおかしい?

劇症肝炎で緊急入院したのは その日の夜だった。

皆に世話を焼かせ 心配かけているのは監督だった。  見舞いのお母さんたちに「体壊すまで 何故そんなに戦うの? 無理しないで・・」異口同音に心配してくれる。 私は弱いですから、負けるのが怖い、戦うのがとても怖い、ベンチから逃げ出して帰りたくなる日もある。 ベンチででーんと座って、そんな風に見えないといわれるが 本当は腰が抜けてるからでーんと構えてるように見せてるだけだ。  

子供たちが見舞いに来るときが一番辛い、「監督 いつ戻ってくるの? 早く元気になってよ・・・」肩を揉みながら いつもの悪ガキがションボリしている、表現に乏しい彼等が精一杯に不安を伝えようとしている。   練習通りにやれば大丈夫、決勝までに戻るからがんばれ・・・ハッタリかまして安心させようとする自分が情けない、死んでしまったら・・・こいつら泣いてくれるだろうか? 彼等のために疲れ果て それが原因で死ぬのなら本望だ・・そこまで思う自分が哀しい。 皆に慕われて、心配されて、一番幸せなときなのに 子供たちが帰ると何故かひとりで泣けてしょうがない。  

病気は哀しいことだ、寝てる場合じゃねぇ、オレは焦った、一刻も早く復帰したいと神に祈った。 人生はシーソーゲームだ、良いことのあとに必ずピンチがやってくる。 

野球と同じだ。 

野球は過酷な競技だ。 精神的に過酷、団体競技は個人の失敗が勝敗に影響することがある。 野球はミスのゲーム、失敗はつきものなんだけど、そのミスが誰にでも分かる、責任の所在が明確だからである。  思春期の少年には特別な衝撃になる、サヨナラヒットを打たれた投手が マウンドの土をズボンのポケットに一握り入れた、ずっと昔 甲子園で実際にあった光景が後の人々に感動を呼び 負けたチームの選手が袋に砂をかき集めるようになった。

この砂は 現代ではダンプが運んできてベンチ前にまいて準備する。 砂の袋まで準備しているとか。 大人がそんなことするのはイヤな世の中だ。 少年たちの夢や 思い出に一握り持って帰ろう・・という人間性、成長した彼等の心に委ねればよいのに、大人がお膳立てするとは・・大きなお世話だ。

バッターボックスで選手は皆サインを見ようとする、

私の理想はサインが出るか否か、状況が分かる子を育てようとしていた。  二死満塁 フルカウント、監督ばかり見るな、いい球を打つしかないだろ。 こんなときにサイン出すオレのほうがビビルよ、マカセナサーイ、ヒット打ってくるね・・・そういう子になってもらいたいよ。 そこまで要求するのは酷かもしれない、未完成な子供たちだ。  甘やかさないといえば聞こえがいいが、オレが彼等に優しくなかったのかもしれない。  彼等の不安をオレが払拭してやればよかったと 後で反省し苦しむのはそこらへんだ。

自分のことばかりでスマンが(自分のブログだから)少年野球の指導者がこのブログに辿りついても 何の役にも立たないではつまらん、何かのヒントになれば嬉しいから オレ流練習法をいくつか紹介する。

監督・コーチは 子供たちにフォームとルールを教えます。 それしか教えられない。

打ったボールが外野の頭を越えるか 捕られてアウトになるかどうかは本人次第、スピード、パワーは本人の努力でしか向上しないのです。  スタンス、構え、グリップの位置、タイミング、ミート・・etc.脇を締めてとか・・・子供に専門的な技術論を教えてもなかなかマスターしない。

専門的な理論が必要ならプロのコーチに頼むしかない。

子供は 先ずバットを振れるようにすることからです。  うなるようなフルスイングが出来る子だけが 栄光のレギュラーに選ばれる。

子供たちには何度も言った。  引退後 講演会の時に親たちにも云った。

フルスイングするにはどーすればいいの? バット振る練習しかない、一日千本毎晩やる。 勉強もしなさい・・・、どーせこいつらするはずないが・・親の手前、勉強はいいから・・なんて云えないから。

沢山振るほど力が付く。

力つけるには・・・? お肉食べて、何でも残さずごはん食べて 大きくなればいい。 阪神タイガースの応援は六甲おろし、ヤクルトはなんで東京音頭なの?と聞かれても そこまでオレには判らないよ。 野球のことなら どんなことでも監督さんに聞けばよいと思った、ちょっときれいなお母さんの質問。 

水泳上手になりたい子はお魚食べるといいでしょ、子供的に単純な発想がいいのです。

余談  去年の入院中は担当のナース二人に あなたは牛乳のみなさい、どーして? おっぱい大きくなるでしょ・・・、タマゴも毎日食べなさい、どーして? 赤ちゃん沢山産めるでしょ・・・。 そんなこと発言するから婦長さんに叱られるが 二人とも本当に毎日牛乳飲んでいた、悪いこと教えていたのではない、健康的で楽しいことです。

かけっこ早くなりたい・・・馬の肉食え、空飛びたい・・・鳥の肉食え、ストレートに考えれば良い。 ダメな子のレベルアップより 優れた子を伸ばす、平均に平等に・・ではない、子供は自分と他の力量を認めている。

練習は主に打撃練習、紅白戦に時間を使った。 野球は「打つ」のが面白いゲームだから。 

私は右手のほうが左より長い、左右の肩の寸法が違う、その昔、結婚祝いに上司からイタリア製の高級背広生地を貰った、洋服屋が難しいと嘆いた、仕立て代のほうが高かった。  

ガキの頃から野球に関ることしかしていないので 成長期の骨格が変形するほど練習したからである、現役ではモノにならなかったが、 体型が変わるほど鍛えた子は 意外性がある、いつか必ずジャストミートすれば どこまでも飛んでゆく。

Photo_2

キャッチボール、本場では「プレイキャッチ」という、捕球の練習はつまらない、捕球は打撃練習の守備で充分。 投げる練習としてキャッチボールをさせる。 

大人の知恵とアイディアで 子供の遊び感覚を刺激する。 非力な低学年から20mの距離で投げ合う、基本は低い球を力いっぱい投げる、届かなければワンバウンドがいい、届かせようと高い角度で投げる、手前でバウンドするからアタマの上越えて それを拾いに行くようでは練習にならない。 速く低い球を投げるうちに肩も強くなる。  キャッチボールは捕球練習ではない、送球の練習、打撃練習と同じ、グラブでボール取る感覚がバットコントロールを磨く、上手になればバットでキャッチボールできるようになる。

トスバッティング、バットだけで出来るよ、相手がイチローなら。

捕手②、一塁③、二塁④、三塁⑤、遊撃⑥、内野手 だけで送球練習、★の形に投げ合う、

②・・・④・・・⑤・・・③・・・⑥・・・② 、②・・・⑥・・・③・・・⑤・・④、

これでワンセット、何秒で出来るか記録に挑戦させる、子供はこういうのが好き、嬉々としてやる。 送球相手に必ず声をかける、周りも指示する。

四人、五人ずつ 二組にグループ分けして 直線に並び ひとカゴ五十個くらいのボールをリレーで送球する競争。 勝った組がフリーバッティング、負け組みが守る、そんなルールにすると彼等は必死にやる。 単調でつまらないキャッチボールをゲーム感覚で競争させるのです。 大人の工夫で 練習を前向きに・・・(^.^)楽しいから夢中になる、へとへとになるまでやるようになる。

投手は・・? 速い球を投げる子、ストライクは三度に一度でよい、スピードは個性、コントロールは練習で上達する。

“ 鍛錬は千日の行、勝負は一瞬の行 ”

甲子園で優勝した 池田高校 蔦監督の言葉である。

私は この言葉が大好きである。

蔦監督のような野球を目指していたのである。

勝負事はなんでもそうだ、勝敗は 一瞬で決まる・・・、それは“ 運 ”を伴う。

“運”は“偶然”だ・・・、勝つのは 偶然がもたらす結果だ。

運という 人の力ではどうにもならないものを克服して、一瞬の戦いに勝つためには、

偶然を必然にするには、 千日もの鍛錬を 繰り返さなければならないのだ。

相手より1枚上では だめだ。

3枚も4枚も実力差がなければ、運など関係なしに、勝つことが出来ない。

横綱だって 大関や関脇と戦ったら、どっちが勝つか分からない、

相手が十両くらいだったら、初めて戦う前から 勝利を確信できる。

野球の現場を離れて約20年経った今、私には不思議な能力が備わっている。

豊富な経験が そうさせるのだろうか、

プロ野球でも高校野球でも、テレビを観戦している時に、

このバッターは ヒットを打つ とか、こいつはダメだ とか・・、

この投手は ここで抑えられる だとか、打たれる だとか、

選手の顔や 構えや、仕草など 見ただけで、

結果が予想できるのである。

解説者よりも、はるかに高い確率で、それが 的中するのである。

卒業した子供たちは野球の道へ進む子もいたが 夫々の道を歩んでいる。  

数年前に結婚式に招待された、レギュラー仲間が揃って 楽しい再会であった。

競馬の話題になった。 みんな大人になっている、嬉しいことだった。 あの頃は監督が怖かった、今は女房がコワイ、・・エライ!・・オレの弟子だ、そこまで真似するな。

彼等も夫々の青春を語った。 監督・長生きしてね・・・??コノヤロ年寄り扱いしやがって・・・でも もう殴れない、彼等のほうが強い。

私は幸運だ、良き弟子、良き仲間に恵まれて 燃えることが出来た。  みんな幸せそうで 私も幸せだ。   子供たちは「勝った」ことが思い出に残る、監督は「負けた」試合が記憶に残る、大人と子供の根本的に違うところだ。 それならば勝たせてやればよかった、オレの信念など なんぼのものでもない・・オレ流少年野球は チューハイにカルピス混ぜたような 甘くほろ苦い初恋の味もする??? 

もう一度云います、少年野球 強いチーム作るには

 部員の数を多くする、人数の多いところには良い素材がある。 体格のよい子を揃える。

 コーチの意見・方針を一つにする。指導者全員が同じ方向性で指導する。

 練習量の勝負、練習したほうが勝ち。

 バントの練習しない、1点取るのに監督が工夫するようではダメ、監督は伸びるが子供は伸びない。

 監督・コーチは 酒の練習もしないとダメだよ。

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時は巡り また夏が来て

去年の大病から一年半、また暑い夏が来た、ある日突然倒れ、眠り続けたオヤジが 桜の季節に突然立ち上がった、去年と同じ道をまた今年も歩いている。 この一年 初めて経験することばかりだった、辛いこと コワイこと、面白いこと・・・自分にとっては特別な一年間だった。 歩いて・歩いて・この脚で もう一度立ち上がれ、命の炎を燃やせ・・? 今年は穏やかに?歩くスピードは去年よりゆっくりでも 命の炎はちゃーんと燃えている(^.^)・・・のんびり行こう、ボチボチと、なんとかなるさ世の中は・・・・❤ 山口瞳さんの短編集にこんなのもある「人生は短い、あっというまに過ぎてゆく しかし いま発車しようとする電車に絶対乗らなければならないほど 短くはない」 なあに 五分も待てば 次の電車が来る、空いている電車に座って ゆっくりいける・・・   

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ゆうばえの道 オラの専用お散歩コース、何があったか知らないが、向こうから少女が泣きながら走ってきた、近所の県立高校の部活練習中か? ワーン・ワーンと、涙撒き散らして・・・すれ違った。 あれは去年の今頃だった。

美しいものを見たような気がした、 若いって いいねぇ、「青春」というものの形を見た、純粋なものを見せてもらった・・・、人目も気にせず あれくらい泣けたらいいよなーと思った。  生きていたからだ、生きてさえいれば いつか幸せにめぐり会える??? 苦労もセットで必ずやってくるが、それでいいじゃん、それが普通だと思えばいいじゃん。  オラが泣き虫になったのは あの子とすれ違ってからだ、あれからもう一年経った??? 今年の夏は 生きているだけで 感動できる。 

Photo_2 道路を渡るときは 先ず右を見る、左を見る、足元を見て 上を見る・・・青い空を見て あの日のことを思い出し 涙ぐんで、昨日までの反省と今の幸せに感謝、もう涙で何も見えない、それでも大丈夫、 明日への希望と夢に向かって大きく一歩を踏み出す・・・・???赤信号みんなで渡ればこわくない、(ビートたけしのネタ) これではでんぢゃらす爺さんである。 

甲子園が始まった、少年たちは今年も全力疾走している、去年はオレも全力疾走だった、意地っ張りなら負けない、一日10㌔、雨の日も歩いた、累計500日、5000㌔も歩いた、そんな計算しても何も出ないけど。  急ぐこたねぇんだ、馬也でいいのだ、キャンター、楽走で丁度いい、マスターズですから、直線の叩き合いはやめた、生きているから有難いことだ、病院では歩けない人を沢山見てきた、・・・・???・・やめよう、それを思うと またウルウル来てしまう。困ったものである。  体重は手術前のレベルに戻った、とりあえず外観は元通り?? 戻せるところから修復している。 東京五輪はハードルが高すぎる、プレッシャーになるから無理しない(ジョーダンですから! ❤ホンマにアホかと思われるといけないので❤)。 インサイド(精神面)を逞しく調整できれば 復活宣言も遠くないデショ・・・。 ネタがないから 趣き変えて 今回はコラム・日記スタイルでいきます。

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8月12日、病院へ診察に行きました、一人で行った、かーちゃんというアシスタントマネージャーの付き添い無しで 手続きから診察、予約に薬局まで 一人でやる、当然のことであるが これでなければ進歩にならない、 病から二年目、ハードルをひとつ越えたようで それなりにウレチイのは?アホヤネンカラ。 

リハビリ室を覗いてみた、ウルウル来そうで奥まで入っていけない、リハビリ先生たちには 「コラー・・・!」と、追いかけられて 叱られて 悪戯ばかりやって楽しんでいた悪ガキだったから・・・、あの日のことを思い出すとは こういうことか。 そのうち勇気を出して先生に元気な顔見せに行ってみよう、顔見合わせたら 互いに笑っちゃうかもしれない、キャッチボールも出来るとこ見せてやりたいよ。 庭には去年と同じ花が咲いていた。  有難いことだ、オレはまだ生きて 歩いて、たまには美味いもの食って、ブログで能書きたれている。   シンジラレナイ??❤・・・?  信じてくれなくてもいい、本人もシンジラレナイ・・・のだから・・・❤(^.^)  

 時は流れ 季節は巡る、去年は去年、今年もまた暑い暑い夏になった。

人の一生は重き荷物を背負いて遠き道を行くが如し 急ぐべからず・・

不自由を常と思えば不足なし・・・   徳川家康は偉い、含蓄のある言葉を残した。 この意味が分かる年代になってきた???

◆不良オヤジの雑学  家康は子供の頃から質素な生活、戦場では乾した米、味噌、日常も食生活が質素、美味いものを食った経験が少ない、京都の豪商茶屋四郎次郎が外国(東南アジア)からの土産に天ぷら油を持ってきた、 鯛のてんぷらを食って体調崩し死んだ、享年75歳、粗食で育った身体に初めて高蛋白の美味しいもの食ったからである、天下人も食あたりで死ぬ、やはり美味いものは食ったほうが良い、質素とケチは違う、ケチは美徳ではない。 若い頃にはヤンチャもした、三方ケ原で武田軍にコテンパンに負けて 怖くてウンチちびった(カテゴリ 歴史・伝統・文化)。 信長は違うタイプ、桶狭間で今川軍を破ったとき 前夜家来に全財産を分配して 大宴会、美味いもの食って酒呑んで ドンチャン騒ぎ、熱田神宮へ参拝、もう失うものはない、!その後今川本陣へ奇襲攻撃を敢行した、突撃した兵の中には二日酔いもいた、ショボクレてたらダメなのです、明るい大穴一本勝負が成功した。 三千が四万の大軍に勝つ、思いもかけぬスピードと番狂わせで歴史が動くのです。

 

今年はウコンの成長が順調です、去年は日射と気温が高すぎで不作だったから 今年はリベンジしないとね。 成長期は7月までです、八月から根の熟成期になります。 九月になると葉が黄色く枯れるのは自然現象なので心配いらない、水遣りは週二回くらい、

水をやるときは ドバーっと、鉢底から流れ出すくらいにやる。 葉の成長が根の量と比例する、大きな葉に成長すると根も大きくなっています。  収穫時期は12月上旬。                        

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我輩は猫である。キナコちゃんである。

英国出身の三毛猫(トリプルヘア)である。 キナコちゃんが遊びに来た。

今年の夏も暑い、 メッチャ暑い、大雨・洪水・台風・地震・・・地球温暖化、核実験、戦争、人間が地球を壊したらダメだよ。 水と緑の日本文化をモデルにして地球に優しく・・・立秋の頃が一番暑い、去年もそうだった。 15日終戦記念日、人類歴史上最大の悲劇、第二次大戦の犠牲者は広島・長崎も含めて三百万人だという、それを知った時ショックだった、酒井ノリピーの覚せい剤もショックだけど 戦争に比べたらそんなニュースは屁のようなものだ、人間は愚かだね、たった半世紀前に こんな悲しい戦争があったのに まだ世界のあちこちで揉めている。岩と砂漠の地域はいつも戦争している。 緑がないところでは人の心が荒んでしまうからだ。  現代人は 先人たちの大きな犠牲のおかげで今日の平和と繁栄に恵まれて生かされているのだ。 昭和の大人は8月15日と、12月08日という日本にとって特別な日の意味を平成の子供たちに教えてやりたいね。 お散歩では お茶のボトルをちびちびやりながら水分補給、夜は生ビールが美味い季節になった、大病をクリアしてから 翌年熱中症で倒れたらドジでみっともないからね。 

17日、暑いからかどうか知らないが 消防車がやってきて火事の現場を探している、お騒がせしましたー・・・と、帰って行った。 火災報知機が狂ったのか?何もなくて良かったけどねー・・・・ノリピー世代の娘たちに教わった「いただきマンモス・・・・ごちそうサマンサ・・❤」ノリピーがカワイソ、周りが騒ぎすぎだけど、悪いことしてはいけないよ、ヤクザの姉ちゃんと一緒だよ、今では彼女もお母さんだから 甘えてはいけない、 反省しなさい、ちょっと失敗しただけだ、「ゴメンナサイコロステーキ」再び立ち上がれ、がんばれ・・と、応援してやりたいのであります。 不良オヤジは彼女の味方だ。 ノリピーはいい子でキレイだから・・ブスに生まれなくて 良かったねー・・・❤ 

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オレ流少年野球(4)幸せの時part・2

夏の地区大会、準決勝、5対7でリードされていた、7回裏2死 走者1・2塁、バッターは四番キャプテンのカッチャン、2ストライクからの三球目、 振れ・・・思い切り振れ・・・!

念じることはそれだけだった。  コキーン・・・と打った、左中間の森の上までボールが飛んでいった・・・・。 逆転サヨナラ3ラン、ドラマみたいなホームランだった。

ベンチは大騒ぎ、子供たちは飛び上がり狂喜乱舞、オラは応援のお母さん数人と抱き合って喜んだ。  

お母さんといっても小学生のお母さんだ、三十代の女盛り? このハグは公認である、誰も咎めたりしない、ウレシー、良かったねー・・・!女の芳しい匂いに酔いしれて心地よいハグである、♂と♀だから その感情は自然である。 野球の醍醐味、監督冥利に尽きるとはこういうことだ。  ホームランだからこれができる、決勝スクイズだったら こうはいかない、唯のセクハラオヤジになる。  カッチャンはヒーローだ、みんなにもみくちゃで、監督は若いお母さんを真昼間から抱っこ・・・・?! こんな幸せはめったにない。 天高く純白の球舞い上がる・・・、当時は清純だった、嗚呼青春よ何時までも・・・の気持ちで歓喜の輪の中に居た。 団塊世代以降になると女をハグるには夜の街で高い金がかかるようになる?から ホームランの有難みが分かる。

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子供は不思議です、いくら教えてもまるで分からない、もー知らね・勝手にやれ・・、と放り投げても あるとき素晴らしい感動を伴って戻ってくる。 離れたかと思うと いつのまにかちゃんとくっ付いている、さよならの一言だけで去ってゆく、彼等は大人の理想や都合に関係なく 容赦なく通り過ぎてゆく、彼等は季節だ、 それに気が付いたときが 幸せな時だ。 あれから25年、卒業した弟子たちは皆 女房もらって子供もできて、人並みに暮らしにまみれているらしい、頭髪の悩み、育毛剤を使う中年に成長している。少年野球の指導をしている子もいると風の便り、「バントをしない」私と同じ理念を実践している。 彼等が今幸せならオレも幸せだ。 卒業生を送り出す校長先生の気持ちが理解できるようになった。 「仰げば尊し わが師の恩・・」オレは尊いことなんか何も教えてないよ。 子供たちには こっちが御礼をいいたいよ。

思い出に残るいい試合が いくつもあった、しかも無料で女を抱きしめていた。 いつまでもこんなこと言ってるから信用されない?が バントをしない野球には こんないいこともあるのです。 アダルト目線ですけど。

 監督がこんな価値観だから 栄光には無縁だった。 全国制覇とか 県の大会優勝とかはないズッコケチームなのである。 精々リーグ戦のブロック優勝くらいなものだった。

決勝トーナメントで 肝心なところでバントしないから負けた思い出しか残らない。 バントはむかつく、バントで勝利しても価値がない。    

それでいいのだ。 信念とは頑固なものだ、 損でアホだと分かっていても そうせずにはいられない、頑なに貫き通す一筋の道だ、自分に正直になれるから 幸せなとき。

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バント・・・アウトになる練習して何になる、かっこよく勝ちたい、楽しもう、コーチも監督も子供たちも チーム全体がフルスイングに拘った。 少年野球の指導者が このブログみても あまり参考にならないね。 ホームランは偶然ですから、教科書通り練習したから打てるってもんじゃないですから・・・。ヒットエンドランは好き、バントでみみっちい1点よりも三塁ランナーがいればエンドランすることもあった。 バントは少年野球の基本・・? 相手チームの監督は オラを「強気な監督」と言う、違うんだな、バントさせる勇気がないだけだ。 失敗してミジメになるのがイヤなだけだ。 バントの失敗はサンメンマチでリーチしてドラのタンキマチへ一発で振り込んだほどミジメだ。 デ~ンと座ってドタバタしないのは格好つけていただけだ。 子供たちの技量に任せていただけ。

バントほど つまらないことはない、打撃練習は打つ練習、バントを上手になるために野球を志す子はいない。

バントは野球場でウンコ踏んだくらい不快なことだ。 それが私の野球理念、

バントは嫌い、送りバントを一度もしたことがない。サインは一応あった、耳クソ掘ったらバント、ハナクソほじくったらスクイズ・・・かなりベテランのころである 試合中に自然にハナクソほじった。 バッターはランナーいないのにバントの構え・・・アホかオマエは?・・・監督も選手も この程度でありました。

バントを戦術に使えないから野球を語る資格はない? 少年野球指導の関係者には信用されなくてもいい、

バントを語るのもイヤだ、だからもう云わない。 バントの練習しなかったからソコソコの強いチームにはなる・・・これも指導法の一つである。

 野球は「失敗」のゲーム、失敗を競うゲームである。 失敗だらけだった、失敗は皆顔だけで充分なのにね(きみまろネタ)

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少年たちを怒鳴り・ぶん殴り、力ずくで同じ方向を向かせていた、大病に倒れ野球を引退してからは花を愛する優しいおじさんになっていた。  

町田で暮らしていた頃は 出窓と広いバルコニーがあった。 出窓には胡蝶蘭、シンビジューム、デンドロビウム、オンシジウム・・・洋ランの鉢植えを育てた。バルコニーには クレマチス、ポットマム(鉢植えの菊)、ミニバラ、ドラセナ・・、洗濯物乾す場所がなくなるとカーチャンに小言云われながら 沢山の鉢植えを育てた。  胡蝶蘭は毎年大きな花をつける、春に花芽が出たのを見つけると心温まる幸せを感じた、夏には庭に百日紅の赤い花が咲く、季節はずれのウグイスが啼く、男の子は荒っぽく鍛えていたが、花は女の子だ、優しく見守って世話してやれば 毎年きれいな花を咲かせる。  花は嘘をつかない、愛を捧げることができる。 園芸は恋愛に似ている。  人の幸せとは 胡蝶蘭のつぼみを見つけたときのようなものなのだ。  戦わなくても幸せを味わうことが出来るようになってきた。 

お散歩コースにノアザミの花を見つけた、朝顔にヒマワリ、紫陽花の葉に蝉の抜け殻を見つけた、散歩しながら この程度のことで季節の巡りを感じる、青春は戦って燃えた、勝つことに幸せを求めていた。 去年の大病から もう一年半が経った、バカ云ってるうちに また夏が来た。 逆転サヨナラホームランのように幸運に恵まれた一年間だった。 今は 巡る季節の中で 時の流れを味わうのが この上なく有難く喜ばしいことに思えて 幸せだ。 

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