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2009年10月

寺山修司さんの言葉

山と緑に囲まれた公園があった。 森林公園、野球の子供たちには庭のようなもの、 尾瀬に似た湿原で 多摩丘陵の自然を観察できる公園である。

噴水の池には鯉が泳ぎ、細い小川が何本も流れる。

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10月中旬、秋晴れの日曜日、急に行ってみたくなった。 またウルウルきたらみっともない、対策にサングラスを携行して。

横浜へ引越しする前日、家の水槽に飼っていた金魚を運んで このせせらぎに放した。 少年野球に明け暮れていた頃、突然大病に倒れ 死に損なってから数年後である。 泳いでゆく魚たちを見送り 元気でねー、大きく育ってねー、子供たちの姿を見るような心境になった。  野球との決別、思い出との決別だった。 お別れ会はしない、子供たちとお別れ会なんかしたら 彼等より先にこっちが泣いてしまう、 子供たちに涙は見せられない、彼等の涙も見たくない、 手がつけられないほど大騒ぎになる。 

そのくせアルコール分の摂取できる大人たちのお別れ宴会は あちこちへせっせと出向いて 懲りない不良オヤジであった。 みんなゴメンナ、苦しい練習ばかりさせてしまった。  もう誰も助けてくれないが ここは狭い金魚鉢ではない、無限に広がる自由な世界だ、自分の餌を自分で探せ、自由に生きて育ってほしい・・・と金魚たちに子供の姿をダブらせて・・・人生の区切り、一つの青春との別れ・・・監督がそんな感情に浸るようだから 栄冠に縁がなかったのだ。 

少年野球の指導をしてみたい、監督をやってみたい、若いころの夢が実現した、自分なりに納得したチーム造りができた。 この森は、中年になってもまだ腕白たちのガキ大将で大暴れできた森であった。    

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 毎年毎年子供たちとは 卒業という「別れ」を繰り返して、ついに自分が別れてゆくときを迎えた。 「いい日旅立ち」が 淡く切ない思い出に代わってしまった。 あれから20年、再び生死の境を彷徨う大病に遭遇するとは まるで想定外だったよ。 あれから20年、ふるさとの景色を眺めるような感情に動かされて 思い出いっぱいの懐かしい森を散歩しにくるとは・・・ここがオレの「ふるさと」だから。

Photo_4 ザリガニ釣り、スルメいかでマッカチンが釣れるよ

寺山修司の詩「ふるさととは 所詮家出少年の定期入れの中の一枚の風景写真のようなものだ・・」

寺山さんの詩が好きだ。  競馬をロマンと思うようになったのも彼の影響である。 

寺山さんの詩は、どこか哀しい言葉でも 明るく前を向いて歩きたくなる。 呑む・打つ・買う・・・酒を愛し、女を愛し、競馬を愛した詩人である。 不良性に美学を求める?敗者の美学という論評もあるが、オラは単に呑ん兵衛のシモネタ爺かもしれないが 同じような不良オヤジだから ネタの無いときは寺山さんの言葉を拝借して 同じ美学に浸ってみたくなる。

Photo_2Photo_3 この階段登ると森の上には 狂ったように練習したグランドがある、 

     美というものは 本来、何かを欠いたものです。 完全な合理主義からは 美はおろかドラマも生まれてはきません。

★ 私は競馬場の抒情詩的な広さが苦手だ、(中略) あの健康さは 病み上がりの私には眩しすぎるものだったのである。

     なぜ賭けるかといえば じぶんの運を知るためである。 

森林公園というふるさとは 一枚の風景写真のようなものだった、紅葉にはまだちと早かったが森の景色は変わっていない。  20年ぶりの「ふるさと」へぶらりと立ち寄ることができた、お蔭様で何でもできる、出来ないのは棒高跳びくらいなものだ。 ある日突然電車に乗って、バスに乗って、どこでもいける、気弱で寂しい去年の秋に比べたらこんなに元気になった。 身も心も、健康の有難さ、命の尊さを実感している。 野球の少年たち、友人たち、金魚たち、ふるさとの森、みんなに「ありがとう」を云いたい。 感謝・感謝の一日でありました。

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コスモス

10月8日 台風18号が上陸、日本縦断して猛スピードで三陸へ抜けていきました。

近年台風の数が多いような気がする、毎年何個か上陸する。 

Photo_4 秋の空

センター南駅前に教会がある、結婚式場、庭がよく手入れされていて 先週ここを通ったときに 花壇にコスモスが満開だった。 翌9日は台風一過、朝から秋晴れ、久しぶりに良い天気、あのコスモスが心配になってしまった。 強い台風だったから吹っ飛ばされてダメになったかな?

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朝から様子見に行った。 無事だった。 但し先週がピークだったらしい、花の時期がそろそろ終りのようで 少しショボクレていたけど、よく頑張ったね。

コスモスは風に逆らわないから生き残る、頑丈そうな大木が風で折れるほどの台風にも倒れなかった。

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コスモスは茎が細くて長い、弱そうに見えても 「暖簾に腕押し」なのでしょう。

コスモスは秋の花代表選手、最も秋を感じる花である。 柔らかい感じが心温まる、「幸せ」を見つけたような気分になれる。

ついでに山口百恵ちゃん「秋桜」まで思い出して 戻ってから彼女のステージのビデオ観て 一人で泣けてしょーがなかった、バカだねー・・、いつまで経ってもこれだから。

幸福とは 幸福をさがすことである。(寺山修司・ポケットに名言を)

明日嫁ぐ私に苦労はしても笑い話に時が変えるよ 心配要らないと笑った(秋桜の一節)

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 ところで 台風にも名前つけたらいいと思うけどなー、北米のハリケーンみたいに。  何号と事務的に数字で表すのは味気ない、アメリカでは女性の名前をつける、ガキの頃は戦後の台風は「ジェーン」とか「キャサリン」とか女の名前が付いていた。  欧米人も女はコワイ・・・という基本的概念があるのだろうか。 今、日米が対等な立場であるのなら 日本独特の命名すればいいのに。

台風「紫式部」「春日局」「篤姫」・・・強いやつは「巴御前」とか。 オラだったら「菜々子ちゃん」「百恵ちゃん」「エリカちゃん」小型の時は「チビまるこちゃん」とか命名するね。  男でもいいよ「五右衛門」「武蔵」「義経」「十兵衛}・・・なんぼでもある。 これなら記憶に残るし 子供たちの勉強にもなる。

Photo_3一昨年すすき川の河原で   

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こんなのが好き・これキライ(4)かわいい~

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◆ネタがない、

いつも長~いから読者が読むのに苦労する、短くしてよ・・と、指摘される、去年あたりからはシモネタでも叱られるようになった。  長いのははじめの頃からのスタイルであるが 熱中型はやり始めたら止まらない。  基本を変えるのは難しい。  支持率下がると寂しいが 今回はブレーキかけてみた、 怠けてみた、パワーがないからではない、 元気だから、大丈夫だから。 更新の連絡しなくても ちゃんと生きてるから・・・ 去年の三月分、記事がないので心配してくれた友人がいた。 ありがたいことです。 仕事じゃねんだから、MyWay自分のためだ、気の向くままにやっていく。  たまに更新が停滞しても もう大丈夫だから・・・、 

Fujisan

Photo_2 きなこちゃん、かわいぃーでしょ、

かわいい~について (どーでもいいことだけど)

仔犬 仔猫がいると 「かわいぃー」女性は必ず年代を問わずに かわいぃー・・・を言う、

ずっと前に大腸検査でポリープ切除した、採ったポリープを透明容器に入れて、検査室の担当看護婦さんが見せてくれた、「コレですよ・・・かわいいでしょ」???? このてのものはかわいい(小さい)ほどいいけれど・・・かわいぃー・・と言われても?? 記念に持ち帰れというのか??  あの検査は辛い、 もう二度とやらね、経験者は皆同じことをいう。

女の子が二人以上集まると プレゼントの袋開けると同時に「かわいいー」、ストラップ見てかわいぃー・・・、パンだの赤ちゃんがテレビに出てくるとメロメロで かわいぃー・・猫なで声である、 どーでもいいことだけど、かわいぃーは 現代の社交辞令マニュアルのようなものか・・・爺さん世代には難解な現代用語、本当にかわいいのは・・・人間の赤ちゃんなんだけどね。  「かわいぃー」を笑顔で言ってるときの女は「かわいい」。  それが姉ちゃんなら なおかわいぃ。         

去年の入院中はオムツ交換してから若いナースたちが一斉に「かわいぃ~??」  若い女にキャーキャー言われるのは爺さんでも嬉しいことだが、こっちはおだてに乗る方だからその気になって 下着のモデルで グラビアアイドルにデビューするかと気分よくしてる?

そこまで飛躍する自分がバカだからかわいい☆                        「チョーかわいい」と言う女たちも 無邪気でかわいい???   が、 あの時かわいいは Little or prettyだったのか? オラにも男の意地とプライドあるから重要課題である。  Great or Fineで使ってもらいたかったよ。     またシモネタで長くなりそうだから このへんでやめとくほうが「かわいぃ~」  

◇◎読者様へ   これでドウジャー? ゆっくり読んでもここまで五分もかからない、まだ長いってか?? 長い文章なら なんぼでもへっちゃら、短くすると手を抜くようで 辛い、逆に長編をリクエストしてくれたら 喜んで三国志くらいの長編を一気に入力したいよ。  著者も読者も 「熱いもの 燃えるもの」がなければ こんなことやってられない。 「気合だ~!」一冊の本を読破する心意気がなければ こんなブログに来ないでいいから ハミガキしてから寝てろ・・・・。 今回は いい塩梅に短くなった? こんなもんでいいと思うけどなー★(^.^)   読者様を疲れさせてはいけない、不景気に負けず夫々のお仕事頑張ってね。 シンプルに読み易く を心がけてまいります。  但し サービスよりも自分優先だから 燃えると長くなることもある。    

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こんなのが好き・これキライ(3)秋は夕暮れ

春はあけぼの やうやう白くなりゆく 山ぎは少し明りて 紫だちたる雲の細くたなびきたる。  夏は夜、月のころはさらなり、闇もなほ 蛍の多くとびちがひたる・・(略)

清少納言 枕草子は平安時代のエッセイです。  中学の国語教科書にあったような気がするが・・・ 日本の四季を観察して、春は曙、夏は夜、秋は夕暮れ・・・

一日の時間帯で 「いいなー」と感じるのは何時頃か・・・を解説している。 季節と自然の美が日本の伝統文化を育んだのです。  現代の夏は闇にも蛍のとびちがひたる水辺なきとは いと寂し・・・?#☆   

春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ・・・いとをかし、「をかし」は風情がある、情緒があるという意味、very funnyではない、「をかし」笑っちゃう・・・てことではない。 「いと」は非常に、とっても・・・という意味、 現代風に翻訳すると「いとをかし」は「チョー 気持ちいい」「ベリー ナイス」になるかな。

古典の言葉は いと難しい・・・?

日本語は同じ文字でも 伝え方 受け止め方で意味が違ってくる、日本人でも難解な言語の部分があるから日本語はいとをかし・・・である。  

 現代風いとをかし (不良オヤジ目線)

中高年の携帯電話、Aさん、最近携帯を買った、コードなしで電話できる・・・これは凄い、便利なもの 落としたりしたらもったいないから 外出するときはタンスの引き出しにしまっておく・・・Bさん、電源入れると電話代がかかりそう、もったいないから いつも電源は切っておく、電気代がもったいないからなるべく充電はしない・・・、

どちらもエコを実践しているからエライ、携帯は携帯しないと携帯にならないよ・・と教えてやった。 どちらも平安時代・江戸時代の人かもしれない。 年寄りをバカにしてないよ、AさんBさん、どちらも光通信より伝書鳩が信頼できる、急ぐ荷物は飛脚でいいでしょ、現代は佐川急便もあるし。 携帯ないと生きていけない若者よりも モバイル時代を逞しく生きているから エライ。

★レストランで 子供連れのお母さん、スイマセーン、ジュースひとつ、・・・・ジュース運んできたときに「すいません」、 吸いません・・て、吸わないのに注文するの? 済みません・・・と謝らなくてもいいけど、「ありがとう」が正解です。  スイマセーンは少し遠くに居る人を呼ぶときに使われる、オーイ・・・よりは上品だけどね。

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◆これキライ

◆みちのく一人旅で 営業旅行していたころ ある田舎町の食堂で 店の看板に「どうぞ ごいんりょなく お気軽に・・・云々」と書かれてあった。 「え」と「い」の発音が入れ違うのは 茨城県、福島県東部、東北圏あたりの訛りであるが 文字にしても 「え」と「い」が逆になるから オラこんな村イヤダ・・と上京する人もいる。 

 仙台から常磐線経由で帰るとき 車内アナウンス「この列車は ナミイ 日立方面ウイノ行きです。次は終点 ういのー、ウイノー・・・」と必ずいう、上野駅着いても「ウイノー、ウイノー・・・」あれ何とかならないの? その前のナミイ・・・って何なの?」

公共の場では せめて標準語で発音してもらいたいよ。 ういの・・・We now(我々は知っている)・・・・・? 外国人が聞いたら日本人は何云って なんなのるのか・・・と思うよ。  

東京にも訛りはある、「ひ」と「し」の発音である。 数字の七を「しち」と発音するほうがシマリがある。 「番号~! イチ・ニィ・サン・シィ・ゴー・ロク・シチ・・??」これできびきびした感じになる、シチで「ナナ」と言ったら横一列の仲間はコケル。 

江戸っ子の質屋はシチヤである。 シチをヒチと言うのは関西方面である。 ヒチリンをヒチに入れてもナンボにもナラン・・・・? 日本語は歴史的にも地理的にも多種多様である。

「あ・か・さ・た・な」の二番目、か行の発音が苦手なのかもしれない、「い」と「え」、「し」と「ひ」・・・この傾向が英語の発音にも反映される場合がある、 Jを「ゼー」という人がいた、エィチ・アイ・ゼー・・・である。 ゼーは米英ではZになる。 「ゼー」の人は ジェットをゼットてゆうの? 英会話を習ったわけでないし、日本の人だから 別にいいけれど。 ディズニーランドを「デズニーランド」 ビックカメラ・・・BIGビッグをビック?、GがCになる・・・レッドイーグルスを「レット・イーグルス」という人がいた。 みんな英語が苦手だったんだね。  要するに日本語も英語も 文字に書いて、意味を理解して発音すれば「標準語」になるのです。  

エンタイトルツーベース・・・インタイトルはまだ聞いてない。

ヒットエンドラン・・・・インドランもまだ、インド人が走るのか?

 

一昨年の秋は 富士山に沈む夕陽をカメラに収めるのに三日ほど富士公園の頂上へ通った。

やはり秋は夕暮れが「いとをかし」だったのです。 日本人の四季を愛する感性は 平安時代も平成も変わらない。   

 

 夏は河原の夕涼み 白い襟足ぼんぼりに かくす涙の口紅も 燃えて身を焼く大文字  祇園恋しや だらりの帯よ」

祇園小唄は枕草子の感覚領域です。 河原の夕涼みは加茂川床納涼のこと、酒も女も料理も・・・日本男子の憧れ、京都は日本の伝統文化の原点ですね。  清少納言はエライ、平安時代から環境問題に関心を寄せて遥か未来の平成に 地球規模で問題になっている温暖化、異常気象まで憂いている。

日本の文化と四季の風情をお手本にして

「いとをかし」を目標にしなさいと 警告しているとしたら・・・

PhotoPhoto_2 赤つめ草(ピンボケ) クローバーの白い花は「白爪草」赤い花が「赤爪草」です。  清少納言・紫式部あたりはクローバーを「白爪草」と呼んでいた。 赤爪は白爪より背が高く大きい。

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虹 友人から送ってもらいました。 実りの秋 虹が見えた。

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