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2009年11月

横浜マラソン 

去年の年末、クリスマスの頃だったかな。

急に海が見たくなって、それも 横浜の港が見たくなって山下公園を歩いた。 リハビリのお散歩がエスカレートして ついにここまで来てしまった。 やぶれかぶれもあった。

オラの横浜ベイサイドストーリー、淡く切ない青春の記憶を辿ってみたくなって 海からの冷たい風の中を帽子押えながら 大の男が泣きべそになって歩いた。   

去年の早春、あの時病室で 眠ったまま目覚めなかったかもしれない、年末になっても まだ入院生活が続いていたかもしれない。  それが復活して この海を見ながら歩けることの幸運に心が震えていた。 1年も2年も病室で寝ている人はザラだったからな。

死ぬかもしれない、いつ死んでも不思議は無い、今日歩かなければ明日はない、そんな気になって 意地と根性で歩き続ける毎日であった。 ここが病気の哀しいところである。 

あれからもう一年、あっという間に時間が過ぎた。  まだ生きている、ウソみたいな気がする。 何か変ったことは・・・ないね、自分自身は何も変ってない、旨いもの食いたい、ネエちゃんが好き、脚腰元気で草野球したい、渓流で釣りがしたい、懐かしの曲を聴くと涙もろい、カラオケパーティやりたい・・・。 あれもこれもと煩悩の塊りである。

基本的に不良オヤジの程度が多少レベルアップしたくらいで何も変らないが ジョッキは2杯でブレーキかけるようになった。  人生が面白いと思えるから 身体を大切にしたいと思うようになった。  

去年の勢いだったら マラソン大会も出走したかもしれない。

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横浜の街は青春回顧録の舞台だ。  山下公園、学生時代はこの辺で遊んだ、死ぬほど走った、オレは駆けっこが苦手なのに 走ることばかりやらされたな。  体育会系の部活は 何をやっても走ることばかりだった。但し 死ぬほど勉強したという思い出はない

野球に始まって格闘技まで あれもこれもと何一つモノにならない。  無謀なことにアメリカンフットボールまでやったな、ヘルメットにプロテクター、あの格好がしてみたいだけだった、半年でやめたけど。  青春とは「走る=大嫌いな」ことの積み重ね・・である。

運動部で活躍すれば女にモテると思ったからである、間口広くて奥行きは浅い、イナバウワーとトリプルアクセル以外のことは だいたいやったな。 

走らなくてもいい運動部はないものか、腕相撲なら走ることないべ・・・、でも そんな部は無かった。 結局自主的に軟派同好会を結成して女の尻を追い求めていたが 中途半端な青春だった。  それでも横浜の港は大事な思い出になるから 人生いろいろである。    

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◇11月29日 日曜日、横浜マラソン、何千人の市民ランナーが公園前の大通りを走ってゆく、走れる人はスゴイよ、尊敬に値するね。

◆余談 プロとアマの実力差・ウソみたいな話

 ①学生時代のマラソン大会、前半からヒーヒーいいながら走っていると もう折り返してきた先頭グループとすれ違うとき・・・あれはむかつくな

 ②北島康介と一緒に飛び込んで 顔を上げたら北島君はもうこっち向いて泳いできてすれ違った?(最近聞いたこと)ホントだからスゴイよ、日頃の鍛錬は強い。  

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ちなみに10㌔ で優勝した人の記録22分、100㍍だと12秒ペース、走るの苦手なオラには驚愕である。 プロ並、オリンピックレベルだ。 翌日靴下履くときにぎっくり腰になる自分が情けない。 今100㍍を全力疾走したら オラ死ぬな。 星目の置き碁、三歩の将棋のようなものである。 生物学的にみて人類は同一種でも ジャンルを特定すると これほど能力格差があるのだ。 そのうち空飛ぶ人が生まれる?(そりゃないだろ・スーパーマンなら別だけど) 

山下公園 この場所にオラは弱い。 去年はうるうるしながら歩いたが 今年はマラソン大会の人混みで体裁悪いから 普段の顔で歩いたよ。 友人たちの応援ジャ、皆無事に戻って来いよ~・・!・それを祈ってゴール前でウロチョロと海からの風も穏やかだ。 皆が速いのにびっくり、若い人は強い、学生は特に強い、爺さんのグループがやけに元気に走っているからスゲェよ・・・。 病み上がりのオラには眩しい光景である。 来年はオラも挑戦できるようになりたいよ、まだまだ精進・・であります。   帰り道はみんな脚ガクガクで オラも膝がガクガク◎×▲・・・

みんなよく頑張りました、マラソンするなんてスゴイことです、達成感を味わえる貴重な体験です。 走るって幸せなことです。 大病の経験者は皆同じ心境になる。 この数千人の健康な人の群れに自分もまぎれていることが ひとつの感動だ。 健康であることが一番の幸福だ。 結局下半身に問題残るところか辛いけどね。   

アユ釣り大好きの人が解禁前はジョギングして足腰鍛えるという、昔の話、囲碁や将棋の棋士は対局前に走る人もいたという。 オラの考察では 宮本武蔵は巌流島の数日前から走りこみをしていたと思う。 ダービー前、馬の調教と同時に騎手も走りこまなければいけないよ。 

何事に於いても 人間は走ることが基本、ということは「腕相撲」でも走る練習するかもしれない。軟派研究会も走るか???

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学生時代は人生で一番楽しい時期だ、花ならつぼみ、競馬なら新馬戦だからな。  一生懸命やってもなかなかうまくいかない、すれ違いの純情、誰にでもあることだけど 若く純粋だから心地よい思い出になる。 時間が経つほど切ないノスタル爺になる。  ♪卒業写真のあの人は やさしい目をしてる・・・こんなのが聞こえてきたりしたら もうウルウルになる。  思い出の隣には必ず歌がある。これも日本人特有のセンチメンタリズムである。 

港の見える丘公園から横浜港の煌く夜景を眺め 満点の星空に夢を誓った二十歳の夏、あの夜の美しい純情を 東京暮らしで忘れたか・・・冗談じゃねぇ、ここはお岩木山と違う、世界一美しい港町 大都会横浜だ。 忘れるものか、忘れられないから泣き虫になって苦労しているのだ、図々しい不良オヤジになっちまったけどな。 あの夜の熱い想いを ずっと大切に温めて歩いてきたから オラの命は今日も燃えているのだ。  この公園の景色を見ると また涙もろくなるのは 不良オヤジに残されたせめてもの「純情」であろうか。  

 「赤い靴はいてた女の子の像」探したが見つからなかった、銀杏並木の黄葉がキレイに色づいていた。

赤い靴  はいてた 女の子
 異人さんに つれられて 行っちゃった  

よこはまの 波止場から 船に乗って
       異人さんに つれられて 行っちゃった (野口雨情)

なんか寂しくなるな、近代日本の発祥地横浜は寂しくなる歌が沢山ある。   戦後の昭和という時代背景が日本人の心に切なく響くのである。    赤い靴はいてたら脱げた・・・(これなら寂しくないだろ) こんなこと唄ったら叱られるだろな。

★アカシヤの雨に打たれて このまま死んでしまいたい 夜が明ける日が昇る 朝の光のその中で 冷たくなった私を見つけてあの人は涙を流してくれるでしょうか (西田佐知子)

★よこはま たそがれ ホテルの小部屋 くちづけ 残り香 煙草のけむり ブルース 口笛 女の涙 あの人は ...行って行ってしまった あの人は行って行ってしまった もう帰らない  

 ホントに寂しくなっちゃうね。

★あなた知ってる 港横浜 街の並木に潮風吹けば 花散る夜を惜しむよに 伊勢崎あたりに灯りが灯る 恋と情けの dodovi▲◎❤ dobidobidobidoba?? (青江三奈)これならいい、キャバレーに居るみたい。

★Oh Oh Wow Wow 横浜ベイスターズ 燃える星達よ Let's Go
Oh
 Oh Wow Wow 横浜ベイスターズ 夢を追いかけろ       
    これは明るくていい。

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秋時雨・水平思考でオレ流改革案

近況報告

今年の秋は雨降りが多い、11月になってから特に寒い、近年秋まで暑いから日本人の身体が暑さ慣れしてしまった? 晩秋の寒さが身にしみる。  秋時雨、冷たい秋の雨、木枯しから氷雨・・・風邪引かないように気をつけましょう。

去年のように小春日和が少ないね。  

3日は菊花展を見物、4日は脳のMRI検査

MRIも二度目なら ちっとは慣れてしまった、30分の時間が辛いと感じない。 

脅威なのは モニターで観る画像の鮮明なことだ。  大根くらいの大きい根から細い枝分かれしたのが五本くらい・・?(シロウト目には そう見えた)

正面から見たり上からも下からも見られるから スゴイです。  先生が神経の一本一本を裏側へひっくり返して見せてくれる。  今のところ問題になる箇所はないので 一安心であります。  自分のアタマの画像、こんなに良く撮れてるファイルを一枚ほしいよ。  脳みそは相変わらず見えなかった、神経の数が少ない、こういうのを無神経て云うの??  

病院行っても まだオヤジギャグやってられるから まずまず経過良好、てことである。

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寒い寒い雨の夜 優しい友人と呑みに行って、経済情勢を語る予定が 結局シモネタで楽しんでしまった。  年末には また今年も漬物に挑戦しないとね。 

CTに MRIに・・・現代医学はすごいよ。 江戸時代ならオラ三十代で死んでるね。

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お正月になれば 大病からもう三年目だ。  何度云っても足りないけれど みんなの温かいハートのおかげだ、ありがとう。  最近はお散歩コースに図書館が追加されて 時々休憩、読書の時間でくつろぐ?ようになった。(アホになりたくないから勉強してるつもりジャ)  売春禁止法はアメリカの禁酒法を連想させる、(突然そんなことを思ったりする)人間の楽しみや夢を法律で抑制するとろくなことにならない。   売春禁止法はやめて国営の赤線地帯で堂々と復活すればいいんだよ。 出会い系サイトとか振り込め詐欺とか、現代特有の暗い事件も無くなるよ。 検査機関を徹底させて そのうち吉原遊郭がはとバスの観光コースになったりして??  吉原は江戸幕府公認の遊郭であった、江戸時代のほうが進んでいた??  現代の遊女は国家試験で? 売春婦免許取得する、難関突破の勉強が必要になる。 試験は学科と実技だってか? やっぱり容姿が重要項目になるね。       

ボーナスもらったら買いに行こう とか 若い男の勤労意欲も高揚する。 消費を刺激して税収にも貢献する。  経済活性化に公営ギャンブルも奨励するくらいのユニークな優しさがほしいよ。  ハイセイコーもオグリキャップも 公営競馬から生まれたスターじゃないか。 不良オヤジの水平思考はスケール大きくいきたいよ。 健全で美しいものだけが正義ではない、汚れたものへの見方変えれば 明るい社会も見えてくる。 良いことだって沢山あるんだよ。

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「公序良俗」「構成要件該当性」・・法律関連の書籍に目を通して、なるべく難しい文字に接する努力をしているつもりだが オラにはやっぱりコマタの研究のほうが向いている。   社会情勢、時事問題よりも さっき食ったごはんの内容を忘れないようにするのが今の課題だ。 オレが司法を語っても屁のツッパリにもならないが 言いたいことは沢山ある。 誰が見たって悪い奴に重い裁決が出来ない日本の裁判官とか、むかつくことは色々ある、この一年 バカになるのを心配して バカばっかり云ってるから たまにはオラも難しいこと云ってみたくなるのがバカの哀しいところである。 長くなるから別の機会にするけどね

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知床旅情と黄色いリボン

◆晩秋に 不良オヤジのコラム

11月10日 森繁久弥さんが亡くなった、96歳、大往生である。 

知床旅情の作者、昭和の日本文化の人材がまた一人逝った。 

森繁さんは オラの子供の頃からお爺さんだったような気がする。 喜劇俳優だと思っていた、 森繁さんをキライな日本人はいないと思う。 若い女が好きでよく触られた・・と、後輩の芸能人がエピソードを語る。  セクハラでもなんでもない、触らないと女性に対して失礼であると思っているから オモロイ爺ちゃんである。 唯のエロ爺なだけかもしれないが、今までに何も問題にされなかったとは 羨ましい、理想の晩年である。

その心の若さが長寿の要因になったのでしょう。

三人の女A・B・Cがいたとする。 美貌は何れも大差ない、Aにはボインを触った、Bはピーチ(お尻)に触った、Cには何もしなかった。 三人の中で一番傷ついたのは誰でしょうか? 答えはCである。  触らないのは女性に対する侮辱であると考える、水平思考ができる優しい人である。  水平思考とは しがらみも 習慣も 何ものにも影響されずに あらゆる角度からストレートに良い結果を求める考え方である。 

知床旅情は ほんわかとして心温まる好きな歌、「はるか国後に 白夜は明ける・・♪」

北方領土の返還を日本人の心に訴えている・・と、思わなければいけない。

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金曜日、アメリカ大統領オバマさんが訪日。  オバマさんはいいね、今回は女房連れずにタラップを一人で降りてきた。 爽やかで どこかスティーブマックウィーンに似ている。 やっぱり見た目だ、見た目の格好いいほうが支持率上がる、女もキレイな方がモテルからね、何事も見た目が良いのが好ましい。 オラの印象では ケネディ、カーターさん以来の 久々に好感持てるアメリカ大統領だね。 

好印象のアメリカ大統領は あまり記憶が無い、ニクソンの時はベトナム戦争、ブッシュはイラク戦争、二十世紀からいつもどこかの戦争に関っている。 ブッシュさんに靴投げたイラク人と ノリピーの旦那にも靴投げる気持ち わかるよ。

米ソ冷戦時代、キューバ危機の頃はケネディさんが暗殺されて、凄くがっかりしたね、自分的にはマリリン・モンロー急死のほうがショックで寂しかったけどな・・・。

いい大統領だと期待してたのに、リンカーン、キング牧師、歴史に残るほど よくやったと思うリーダーが撃たれる、アメリカは なにやってんだよ? アメリカのこういうところが分らない・・、情けないことだとむかついたものであった。  そういう日本も解らないよ、金正日の息子が東京ディズニーランド見物に来ても何も出来ない、もしかしてお土産持たせて帰したんじゃねぇだろな。  そこまで舐められても 支援で金ばかり出して 国家予算が赤字になりそうと慌ててる。  日本もヘンだよ。   

核兵器の廃絶を唱えたオバマさんがノーベル平和賞は妥当である。 アメリカは宇宙という小学校で地球というクラスのクラス委員(学級委員)だからな、ならば国連はホームルームか? アメリカ大統領には言葉の影響力がある。  オバマさんが言うから みんなその気になる、それでいいのだ、地球温暖化対策、人類にできることは核のない世界を目指す、久々に良いことである。 暗いニュースの多い中で 唯一前向きな明るいニュースである。   

昨夜は ジョンウェインの西部劇「黄色いリボン」を観た、十年前 町田で五百円のDVD買ってきた、ヘミングウェイの名作「キリマンジャロの雪」と二枚買って、 初めてゆっくり観た。 レトロな映画のDVDは安いから 熟年世代には嬉しいことである。

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泣けたね。 映画の内容ではない、ジョンウェインの生の声を聞いて、北米大陸の雄大な景色を見て、泣けてきたね。  まだ小学生くらいの頃だった、男の子はジョンウェイン、ゲーリー・クーパーの西部劇、女の子は東映時代劇で錦ちゃん、日活の裕次郎でキャーキャーやってたから。 (大人になってからは日活ロマンポルノだったけどな)   昭和の子供の古き良き時代が懐かしくて 泣けたね。

黄色いリボンの歌もアメリカの軍歌行進曲なら 恋人だの彼女だのと・・陽気で、 ここが日本の軍歌と違うところだ。 黄色いリボンは遠く離れた大切な人が無事に戻ってほしいというおまじない?、黄色は「幸運」と「平和」の象徴なのだ。 神風特攻隊が白いマフラーで出撃するのは「帰ってこないよ」という印だ。 民族性の違いとは カラーの違いだね。

She Wore a Yellow Ribbon

   Round her head she wore yellow ribbon

   She wore it in September and in the month of May

They asked, they asked the reason why she wore it.

She wore it for her sweetie who was far, far away

  彼女が巻いている黄色いリボン

5月と9月に身に着ける

みんなが理由を尋ねると

遠くの彼氏のためだとさ

ジョンウェインも晩年は騎兵隊の隊長とか保安官、偉い人が適役になっていた。 森繁さんも殿様役が向いていたような気がする。  黄色いリボン、ラストシーンが心温まる、“老人の旅は終った、彼はカリフォルニアへ向かった” 退役し、一人寂しく荒野を西へ向かう彼を後輩の若い軍曹が追う、シェリダン将軍、シャーマン将軍、グラント大統領三名が彼の功績を称え 彼を中佐(コーネル)に任命する推薦状を見せる、「これは凄い、スリーエースだ、(エースのスリーカード)」 「俺なら四枚にする、もう一枚はリー将軍だ(4カード)」、大尉はちょっと考えて「ま・いいか、お目出度いことだから」リー将軍は南軍、グラント大統領は北軍のリーダーだった。 南部出身の軍曹が北軍だった大尉を ちょっとおちょくる。  大尉も昔のことだから、ま・いいか・・この粋なやりとりが いいのである。 アメリカの熟年には通じるやりとりだ。

 

最後に騎兵隊の隊列が進むときのナレーションがいい、南北戦争後の西部開拓時代のこと等、物語の時代背景を説明している。

「彼等は汚い身なりで歴史に名を残すこともない、しかし 現在の合衆国があるのは 彼等の歩みと戦いの結果であるのだ 」 これは映画を観る子供たちに歴史と愛国心の教育をしている、アメリカの軍国主義も感じたね。  大酒飲みのサージェント(軍曹)が部下たちに訓示する場面で「今日はご婦人が同行するからな、お前ら 言葉使いが気をつけろよ・・・」兵士の一人が「文法もな・・・」

言葉が・・「が」ではないだろ ことば「に」だろが・・・て、オモロイ場面もあったよ。

隊長がラッパ手に「チャージのメロディ聞かせてくれ」突撃命令をこんな風に云う。

洋画観るときに字幕を追いかけてばかりではだめなのよ、こーゆーときはこんな英語を使うのかと、そこまで見方を変えれば 映画も勉強になるよ。  大尉・中尉・少尉は「キャプテン」、その上の階級、大佐・中佐・少佐を「コーネル」て云うんだね、 よく観賞すると 雑学の勉強にもなるよ。  それではKFC(ケンタッキーフライドチキン)のカーネルおじさんは大佐だったの??

Photo_3 11月7日が立冬だそうです、もう冬になりました。 ここ数年 毎年年末まで暑い暑いで 異常気象が心配だ。 今年は秋時雨、冷たい雨の日が多い、新型インフルエンザも流行してるから 風邪ひかないように気をつけましょう。 季節がなくなったらこの世の終りだよ、義理が廃ればこの世は闇だ、それから アフリカのキリマンジャロの雪が温暖化で溶けているそうだ、エライコッチャ!! オバマさんの言うように みんなが危機感持って 地球の緑を守りたい・と思うのであります。

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二度目の秋・言いたいことはまだある

    闘病記総括 病気から学んだこと 晩秋に想うこと 

大病をしてから二年目の秋になった。  加齢と共に肉体がショボクレるのは自然の摂理、今更鍛えてマッチョを目指すのは無理があるが インサイドの部分で変ったことは いくつかある。 本当は見た目が変りたい、スタイルよくなってウェスト周りがスリムになりたいよ。 内面は変らなくてもいいんだよ、バカは死ななきゃ治らねぇから。

     言いたいことを言えるようになった。 本音でモノを云うと悪口になる場合もある、しかし本音が真実ならば 相手にとって悪口にはならない、例えば「オマエはバカだ」と教えてやるのは親切なことだ。 バカは自分のバカに気が付いていない だからバカなのだから、それを知らせる「悪口」は人に優しい行為である。

美しい花は蜜が少ない・・・(山口瞳さんのネタ)、美人に言ったら喧嘩売ることになる、ブスに云ったら慰めるようで言いにくい、一応その程度の気は使う。

     女性に対してドキドキしない、平常心で対応できるようになった、いい年してドキドキするほうがおかしいだろ、ドキドキしないのはボケ爺になってやり方忘れたからだろ。(ビートタケシ)

★ 物事 いい加減で満足するようになった。完璧求めたら疲れるから アバウトでいきたいよ。 それは年とって体力落ちたからだろ・・・てか?

 

     神様はいるように思えてきた。 感謝の言葉を素直に言えるようになった。 

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「老」という言葉がキライ、ずっと昔から「老」の付く文字が嫌いだった、中年になってから オールドが心地よいと思うのは「サントリーオールド」くらいなものだ。  

もの心ついてからoldに初めて接したのはフォスターの名曲「オールドブラック・ジョー」中学生の音楽授業で 美しいメロディーにほんわかとしたものであった。 ジャズが好きになった原点のような気がする。  年寄りになってエッセイを書くと誰でも何故か“青春回顧録”になってしまうのは「老」がイヤだからである。 鏡の自分を見たくないからである。 目はショボショボ オシッコチョロチョロ、肉体は疲れ果てても せめて心は若くありたいと願うのは人間の本質であります。

オラ何にもいらねぇ、考え方は今のままでいい、肉体の若さがほしい・・・爺になると皆これを云う、女とアレが出来なくなっただけじゃねぇか(たけしのネタ)、ということである。  これを云うから またアダルトサイトからろくでもないトラックバックが来るのジャ。 

ここはアダルトサイトではありません、

健全な青少年を対象にした教育的ブログです。 

フォスターの名曲、Old Black Joe 少年時代を思い出して下記の歌詞見ながら口ずさんでください。

Gone are the days when my heart was young and gay,
Gone are my friends from the cotton fields away,
Gone from the earth to a better land I know,
I hear their gentle voices calling "Old Black Joe"

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2008年3月下旬、リハビリ先生と抜きつ抜かれつ・・「肉が食いたい」「野球したい・・」あれこれと漫才しながら歩いた病院の庭、忘れられない景色だ。

◆神様はいるかも

読書の秋、図書館へ行くようになった。  コスモスが満開の小春日和に読書でもして 有り余る時間の中で 第二の人生を満喫する。  これが理想だった、還暦過ぎてから仕事を引退したかったのは「平日に釣りをしたかった」からだ。 去年大病に倒れてから「神様はいるかもしれない」と思うようになった。 三途の川を眺めてきたのだから哲学が変わってもいいだろうと思う。 神様がいると思うほうが そんなものいるかと否定するよりはマシだ、もうこれ以上バチは当らないだろう。  冗談みたいな不思議な力が働いていた、冗談云いながら快復した幸運は現代科学の管轄外か、 神様まで冗談モードに協力してくれたのかもしれない・・と、思うようになった。  その幸運が嬉しくてしょうがない。   

オレが哲学を語ったところで何の教訓にもならないけどね。  

ビートたけしのエッセイ「恋愛論」を読んだ。 面白いと思うのはオレも脳にダメージを受けたから脳波が似たようなものになったから。

やっと読書ができる時間と心のゆとりができた、嬉しいことである。 たけしのエッセイ、「闘病記」、バイクの事故で入院した経験を細かく文章にして 不良オヤジの同類としては面白かったよ。 

病院でみんなを笑わせていたのはオラも同じだけど、むこうはプロだからギャグも自然と出る、オラが笑わせても一銭にもならないけど 笑わせたり笑ったりで 明るく過ごせたから楽しい体験が出来た。  短い期間だったが あんな楽しい環境に居られたことは ここまでの人生で初めてだよ。 "冗談言えるのはアタマ回転してる証拠だから大丈夫ですよ”と、看護師長さんに慰められるが オラはずっと冗談ばかりだったから・・・”冗談ばっかりも困ります”?? 褒められてるのか叱られてるのか???? 

 一番情けないのは「意識確認」で「お名前と生年月日」を何度も訊かれることだった。  ボケ扱いされるのが情けない、案外プライド高いから抵抗感じる、冗談ばかり云ってるからオオカミ少年だ、本当のこと云っても信用されない。 まともに答えないのはオラの「反骨精神」、だって・・・同じ人が一時間もしないのにまた訊いて来るからおちょくりたくもなる。 「ウソでしょ」「冗談はダメヨ」「いい加減にしなさい」怒られても挫けない不良オヤジだった。 しまいに 今度は何て答えるか向こうが面白がってわざと聴きに来る。 ゲーム感覚で結構楽しかったよ。

もうひとつは「ウンチの思い出」だ。 辛いことも体験していたのだ、改めてウンコの大切さを痛感した(詳しく語るとまた叱られるから云わないが)。   「ケツの穴の小さいヤツ・・」というのはケチでみみっちい、器の小さい人間だ・・という意味で使われる。  ケツの穴は大きいほうがいいのか、その通りである。

ケツの穴は大きいほうが便秘に悩むことがない、健康のバロメーターである。 将来、健診ではノギスで孔径を測る時代が来る???  身長-体重÷孔経=体脂肪率・・??・ウソ、でたらめですけど、 そのうちどこかのエラい先生がこのての公式を発表するかも。

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オラの生年月日は2008年2月15日に変更したくなった。  この日に一度死んで生まれ変わった「第二の人生がスタートした日」だから。  ふざけたオヤジを病院のスタッフは皆真剣に心配してくれた、みんな明るく笑ってくれた、明るく前向きに歩くことを教わった、 一言多い問題児だったけど動くことでは優等生 前向きにはスイスイ歩いた、 後ろ向きに歩いたら転びそうになるから。

入院中はお騒がせの暴走族だったけど、順調に快復して 転院予定のリハビリ専門病院では「普通の生活で自分でリハビリしなさい」てことで その日のうちに『スイマセーン・クビになりました・・・」と、元の病院へ逆戻り、「マジで~?」先生も婦長さんも みんなびっくり、このオヤジまた来たの??・・転院どころか元気溌剌のアウトロー、予定通りいかない不良オヤジだったが 最後まで笑い話なら・・・こんな幸運はめったにない、有難いことである。  それから一年 一人ぼっちのリハビリが寂しい泣き虫オヤジになったりしながら 今日まで無事にやってこれたのもみんなのおかげだ。  先生と看護師チームと、優しい友人たち、みんなに感謝を込めて こんなに元気になったのを見せてやりたいよ、悪戯好きの神様がシナリオを作るなら これからは神様を笑わせてやりたいよ。  病気の話はもう終りにしたいよ、何もかもみんな忘れて卒業することが みんなへの御恩返しだ。 でも先生や病棟のスタッフみんなのことは忘れない、なんてったって命の恩人だから。      

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    日本シリーズ巨人優勝 第五戦を観てオラが感じたことは 投手日ハム藤井、巨人ゴンザレス・・・これはヤクルトの紅白戦かと思ったよ、小笠原は元日ハムだし、ラミちゃんも元はといえばヤクルトだ。

勝負事だから どっちが勝っても良いが ここで大事なことは 巨人ファンは唯勝ったことで喜んでいてはいけない。 巨人が今年やっと育ってきた自前の若手選手、坂本、亀井・・この先 松井がアメリカから戻って巨人へ復帰するとか 一流の選手を獲得することで 坂本、亀井の出番がなくなることが心配。 下手すりゃ近い将来ダルビッシュが巨人のユニフォーム着ているかもしれない。  日本のプロ野球がイマイチ進歩しないのは そこのところだ、何度も言ったけど。  アメリカもワールドシリーズとは図々しい、ヤンキースと巨人で決着つけるのが 本当のワールドシリーズだよ。  稲葉はいいバッターだ、オープンスタンスの構えがいい、ボールを上から叩くのがうまい。 ラミちゃんの素質は野村監督がずっと前から評価していた。  小笠原はフルスイングが印象的、 広島の衣笠さんを思い出すね。 全てフルにバットを振れる選手は一流だ。 現役時三冠王の野村さんは 何だかんだ言われても名監督だね、指導技術も一流だ。  今年は巨人も若手の一流選手が育ったんだから ま・いいか、である。  言いたいことはまだあるが また長くなるからやめとくよ。

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雨ニモマケズ風ニモマケズ

なんだかんだと言いながら毎年アウトドアをやっている。 釣りにキャンプにバーベキュー・・・、去年は自分が緊急事態だった、それでも夏にバーベキューやって「生きていて良かった」と涙ぐんでも 肉をかじりながらでは説得力なかったが。 

あれから一年、先週から遠足前夜のガキのように ドキドキ・ワクワクで 待ちきれない、フライングしそうに入れ込んでいたよ。 ドキドキ感覚は 初恋と同じようなもの 心の若さを保つ、脳細胞を増加させるそうです。 ドキドキの感覚はいつまでも持ち続けたいものです。  4コーナー廻って最後の直線のドキドキ感覚もいいが、たまには少年の心に帰って ワイルドで健康的なドキドキ感覚が良いのです。

Photo肉で包んだおにぎり、ホタテの差し入れもあって、皆オイチイ・オイチイと食べました。

アウトドアが好きだね。  ワイルドに憧れるのは都会人だから、文明国家の国民だから。 食えない国の子供は草を食ったり海岸で海苔を探すらしい、毎日がワイルドになっている。 ある意味羨ましい、自然の中で食い物探す、一度やってみたいよ。  オラたちは家の中でなんぼでも食えるのに不景気と核戦争や地球温暖化の心配しながら 渋滞で苦労しても わざわざ不便な森の中で食おうとする、生きるために食うのではない、楽しむために食いに行くとは よくワカランが有難いことであります。 

日本に生まれてよかったね。  現代人は自然の中に溶け込んで「いのち」が燃えることを実感するときが「幸せ」だ。

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★故郷は 遠きに在りて想うもの そして悲しく歌うもの  室生犀星

★山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う プッセ 

( 山の彼方の、ずーっと向うの遠くへ行けば「幸福」があるんだよ )

 山のアナ・アナ・・・あなた・もう寝ましょうよ(^.^)(落語のネタ、これも穴ログだ)

嗚呼 誰にもふるさとがある ふるさとがある♪ ・・・男の望郷 懐かしいふるさと(出身地=マザー)は遠いところにある。  幸せは遠いところまで行けばあるのだ。

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11月になった。 大病に倒れてから一年八ヶ月、あっという間に時が流れた。  

病気のことも病院の生活も、リハビリの散歩も 忘却の彼方へ消え去ろうとしている。  

やっぱりバカだから忘れられる、時間が解決してくれる、もう少しだ。  

雨ニモマケズ 風ニモマケズ  雪ニモ夏ノアツサニモ 病気ニモ 便秘ノ辛サニモマケズ  タマニオイシイモノタベテ  ベイスターズガ勝テバ酒モオイシイ

外へ出ルトキハ チョットオシャレシテ ネエチャンノ尻ニサワッテモ ダレニモオコラレナイ ソウイウステキナエロ爺ニ ワタシハナリタイ  (雨ニモマケズをアレンジ)  たく・もう・・☆❤??!×◎▲・・・、しょーがねぇ爺だよな!

Photo_8 カマキリ(ピンボケ?)

 

「死ぬかもしれない・・?・」手術後のICUは戦場だった。 他のベッドで本当に死んでゆく人もいた。 時々目覚めるオラには 貴重な体験だった。  ちゃんと真面目に病気と闘っている人が力尽きてしまう、若き美貌のナースが号泣しながら走り回る、オレも死ぬかもしれないのなら ベッドの横をぞろぞろ通ってゆくナースの尻を 美味しそうなの選んで 死んだふりして触っておけばよかったよと 後で残念がっている、しょーがねぇシモネタオヤジが何故か図々しく今日も生きて能書きたれてる?   社会の温かさ 人間の優しさに包まれて救われた命、この幸運と幸せを どこに向かって感謝すればいいのか? オレばっかりこんなに幸運でいいのだろうかと、先に逝ってしまう人たちには申し訳ないような気持ちになったりもした。 不思議なくらい恵まれていた、やっとオラにも幸運の神様が味方についてくれた。  偶然でもいい、運の巡りで元気に生きてバカ云ってられる。 バカになりたくないのはバカだからか? バカがバカ云ってられるのは有難いことだとバカに憧れるのもバカだから? アレェ?何だかわかんなくなってきちゃった?? バカとはこんなもんかな?  晩年は好々爺になって小春日和の日向ぼっこで暮すのはオラの趣味に合わない、アウトドアが出来るとは有難い、幸運の星がそこまで付き合ってくれるなら 今年も有馬記念が楽しみである。  競馬場は最高のアウトドアだからね。

Photo_4   

この一年、色々あったが、振り返ると思い出の中には「幸せ」がいっぱいだった。 

「幸せ」とは思い出の中に存在するものだ。  未来のことは分らない、明日はどうなるか知らないが、もしも幸運がまだ続くのなら 来年か何年後かに 今日の日のことを「幸せだった」と思い出す日がくるのだ。  人は「幸せ」に気が付かないときが幸せだ。  

ひょっとしてオラは今「幸せの時」を生きているのかもしれない。

Ball_2   

ボール遊びが億劫なほど腹いっぱい食って幸せを堪能して、一日中食っている。 満腹に満足して、 明日からはまた減量に励む・・文明社会に生まれた贅沢な試練? 幸せと苦難はいつも隣り合わせだ。

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