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横浜マラソン 

去年の年末、クリスマスの頃だったかな。

急に海が見たくなって、それも 横浜の港が見たくなって山下公園を歩いた。 リハビリのお散歩がエスカレートして ついにここまで来てしまった。 やぶれかぶれもあった。

オラの横浜ベイサイドストーリー、淡く切ない青春の記憶を辿ってみたくなって 海からの冷たい風の中を帽子押えながら 大の男が泣きべそになって歩いた。   

去年の早春、あの時病室で 眠ったまま目覚めなかったかもしれない、年末になっても まだ入院生活が続いていたかもしれない。  それが復活して この海を見ながら歩けることの幸運に心が震えていた。 1年も2年も病室で寝ている人はザラだったからな。

死ぬかもしれない、いつ死んでも不思議は無い、今日歩かなければ明日はない、そんな気になって 意地と根性で歩き続ける毎日であった。 ここが病気の哀しいところである。 

あれからもう一年、あっという間に時間が過ぎた。  まだ生きている、ウソみたいな気がする。 何か変ったことは・・・ないね、自分自身は何も変ってない、旨いもの食いたい、ネエちゃんが好き、脚腰元気で草野球したい、渓流で釣りがしたい、懐かしの曲を聴くと涙もろい、カラオケパーティやりたい・・・。 あれもこれもと煩悩の塊りである。

基本的に不良オヤジの程度が多少レベルアップしたくらいで何も変らないが ジョッキは2杯でブレーキかけるようになった。  人生が面白いと思えるから 身体を大切にしたいと思うようになった。  

去年の勢いだったら マラソン大会も出走したかもしれない。

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横浜の街は青春回顧録の舞台だ。  山下公園、学生時代はこの辺で遊んだ、死ぬほど走った、オレは駆けっこが苦手なのに 走ることばかりやらされたな。  体育会系の部活は 何をやっても走ることばかりだった。但し 死ぬほど勉強したという思い出はない

野球に始まって格闘技まで あれもこれもと何一つモノにならない。  無謀なことにアメリカンフットボールまでやったな、ヘルメットにプロテクター、あの格好がしてみたいだけだった、半年でやめたけど。  青春とは「走る=大嫌いな」ことの積み重ね・・である。

運動部で活躍すれば女にモテると思ったからである、間口広くて奥行きは浅い、イナバウワーとトリプルアクセル以外のことは だいたいやったな。 

走らなくてもいい運動部はないものか、腕相撲なら走ることないべ・・・、でも そんな部は無かった。 結局自主的に軟派同好会を結成して女の尻を追い求めていたが 中途半端な青春だった。  それでも横浜の港は大事な思い出になるから 人生いろいろである。    

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◇11月29日 日曜日、横浜マラソン、何千人の市民ランナーが公園前の大通りを走ってゆく、走れる人はスゴイよ、尊敬に値するね。

◆余談 プロとアマの実力差・ウソみたいな話

 ①学生時代のマラソン大会、前半からヒーヒーいいながら走っていると もう折り返してきた先頭グループとすれ違うとき・・・あれはむかつくな

 ②北島康介と一緒に飛び込んで 顔を上げたら北島君はもうこっち向いて泳いできてすれ違った?(最近聞いたこと)ホントだからスゴイよ、日頃の鍛錬は強い。  

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ちなみに10㌔ で優勝した人の記録22分、100㍍だと12秒ペース、走るの苦手なオラには驚愕である。 プロ並、オリンピックレベルだ。 翌日靴下履くときにぎっくり腰になる自分が情けない。 今100㍍を全力疾走したら オラ死ぬな。 星目の置き碁、三歩の将棋のようなものである。 生物学的にみて人類は同一種でも ジャンルを特定すると これほど能力格差があるのだ。 そのうち空飛ぶ人が生まれる?(そりゃないだろ・スーパーマンなら別だけど) 

山下公園 この場所にオラは弱い。 去年はうるうるしながら歩いたが 今年はマラソン大会の人混みで体裁悪いから 普段の顔で歩いたよ。 友人たちの応援ジャ、皆無事に戻って来いよ~・・!・それを祈ってゴール前でウロチョロと海からの風も穏やかだ。 皆が速いのにびっくり、若い人は強い、学生は特に強い、爺さんのグループがやけに元気に走っているからスゲェよ・・・。 病み上がりのオラには眩しい光景である。 来年はオラも挑戦できるようになりたいよ、まだまだ精進・・であります。   帰り道はみんな脚ガクガクで オラも膝がガクガク◎×▲・・・

みんなよく頑張りました、マラソンするなんてスゴイことです、達成感を味わえる貴重な体験です。 走るって幸せなことです。 大病の経験者は皆同じ心境になる。 この数千人の健康な人の群れに自分もまぎれていることが ひとつの感動だ。 健康であることが一番の幸福だ。 結局下半身に問題残るところか辛いけどね。   

アユ釣り大好きの人が解禁前はジョギングして足腰鍛えるという、昔の話、囲碁や将棋の棋士は対局前に走る人もいたという。 オラの考察では 宮本武蔵は巌流島の数日前から走りこみをしていたと思う。 ダービー前、馬の調教と同時に騎手も走りこまなければいけないよ。 

何事に於いても 人間は走ることが基本、ということは「腕相撲」でも走る練習するかもしれない。軟派研究会も走るか???

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学生時代は人生で一番楽しい時期だ、花ならつぼみ、競馬なら新馬戦だからな。  一生懸命やってもなかなかうまくいかない、すれ違いの純情、誰にでもあることだけど 若く純粋だから心地よい思い出になる。 時間が経つほど切ないノスタル爺になる。  ♪卒業写真のあの人は やさしい目をしてる・・・こんなのが聞こえてきたりしたら もうウルウルになる。  思い出の隣には必ず歌がある。これも日本人特有のセンチメンタリズムである。 

港の見える丘公園から横浜港の煌く夜景を眺め 満点の星空に夢を誓った二十歳の夏、あの夜の美しい純情を 東京暮らしで忘れたか・・・冗談じゃねぇ、ここはお岩木山と違う、世界一美しい港町 大都会横浜だ。 忘れるものか、忘れられないから泣き虫になって苦労しているのだ、図々しい不良オヤジになっちまったけどな。 あの夜の熱い想いを ずっと大切に温めて歩いてきたから オラの命は今日も燃えているのだ。  この公園の景色を見ると また涙もろくなるのは 不良オヤジに残されたせめてもの「純情」であろうか。  

 「赤い靴はいてた女の子の像」探したが見つからなかった、銀杏並木の黄葉がキレイに色づいていた。

赤い靴  はいてた 女の子
 異人さんに つれられて 行っちゃった  

よこはまの 波止場から 船に乗って
       異人さんに つれられて 行っちゃった (野口雨情)

なんか寂しくなるな、近代日本の発祥地横浜は寂しくなる歌が沢山ある。   戦後の昭和という時代背景が日本人の心に切なく響くのである。    赤い靴はいてたら脱げた・・・(これなら寂しくないだろ) こんなこと唄ったら叱られるだろな。

★アカシヤの雨に打たれて このまま死んでしまいたい 夜が明ける日が昇る 朝の光のその中で 冷たくなった私を見つけてあの人は涙を流してくれるでしょうか (西田佐知子)

★よこはま たそがれ ホテルの小部屋 くちづけ 残り香 煙草のけむり ブルース 口笛 女の涙 あの人は ...行って行ってしまった あの人は行って行ってしまった もう帰らない  

 ホントに寂しくなっちゃうね。

★あなた知ってる 港横浜 街の並木に潮風吹けば 花散る夜を惜しむよに 伊勢崎あたりに灯りが灯る 恋と情けの dodovi▲◎❤ dobidobidobidoba?? (青江三奈)これならいい、キャバレーに居るみたい。

★Oh Oh Wow Wow 横浜ベイスターズ 燃える星達よ Let's Go
Oh
 Oh Wow Wow 横浜ベイスターズ 夢を追いかけろ       
    これは明るくていい。

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