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2009年12月

ありがとう PART.2

お日様は夕方になると 自分のお家に帰るので 

そのときに きれいなオレンジ色の 手紙をみんなにくばるのです

だから ゆうやけができたのです

その手紙には 「またあした 元気に会おうね」 と書いてあります

だから みんなは お日様が大好きです 

 これは 図書館で読んだこどもたちの詩集にあった 三年生の詩です。

 オラが選んだ大賞(グランプリ)です。  

ある画家

山の写生を おえると その画家は 山に ていねいに おじぎした

湖のむこうの山に きちんと ぼうしをとって

わたしは 生まれてから 人々のあいだにいて 気づかないまま

なんかいの ありがとうを いわずに きてしまっただろう

こどもの詩に教えられるような気がした。

釣りにいって帰るとき 川にむかって 帽子をとっておじぎしたこともあった。オラずうっと前から これをやっていたから ノープロブレム! OK牧場だな。

50代の後半、町田のスポーツクラブへ通って、プールで泳いだあと水中歩行教室、トレーニングのあとは サウナ、サロンでおにぎりと缶ビール、それが楽しみで 同じ年頃のビール腹のおじさんと仲良しになった、 オラも彼も インストラクターのネエちゃんと一緒にジャグジーのお風呂入るのが楽しみな 不良おやじだった。 「運動しても これじゃ 腹凹まないよなー」と笑いあっていた。  町田から横浜へ引越す前、最後の土曜日、プールに向かって帽子をとって おじぎをしてきた。 楽しいことをさせてもらって「ありがとう」、淋しさと感謝の気持ちで その日は いつもより余計にビールをのんだ。   

これなら 画家の詩を書いた子に ほめられるかもしれない。

野球の試合もはじまりと終りのときに 両チームが整列して 帽子とって挨拶する、勝たせてくれてありがとう、負かせてくれてありがとう、

本当は負けたときのほうが勉強になるんだよ、自分たちの悪いところを教えてくれるから・・・だから今度は そこを治そうと思って努力するから 強くなれるんだよ。  負けた試合のあと 悔し紛れに 子供たちに そんなこと云って慰めて 翌日からまた狂ったように練習した。

強力なライバルチームのバッテリーとうちのバッテリーが 親友になって よく遊んでいた。  互いに相手の力を認めあうから 友達になれるのです。

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夕陽にむかって「ありがとう」するのも良いことだと思った。 紅白見てから「初日の出」拝みに高いところへ登ったり 海へ行って 寒い寒いと震えるより ずっと意味が深いよ。 早起きしたことない人に限って初日の出を見たがる、お日様は一個しかない、毎日出るのにな。  

今日も一日 元気で過ごせた、今年も一年 お日様は みんなを照らしてくれた。

今年も元気で 年の暮れを迎えることができる、大晦日に夕焼けが見えたら「ありがとう」を云ってみようと思います。

読者様へ ブログまだ続いている、更新記事数は217件になったよ。 大きな病気をしてから 涙のテーマになったり シモネタで脱線したり 今年も色々あってお騒がせしましたが ノープロブレム アイムファイン❤だから(^.^) 来年もまた懲りずに不良オヤジのブログ遊びにきてください、今年も一年間お疲れ様でした、本当にありがとう。 お正月は美味しいもの食べて ゆっくり充電しましょう。  不景気に負けず みんな頑張ったから 来年もきっと いいことあるよ、どうぞ良い年をお迎え下さい。  風邪ひかないように 健康で幸せな年になりますように。   MYWAYブログも同じスタイルで 脱線しながらいくからね。 ]

      No problem, I am myway oyaji

And more much more than this, I did it My Way      

          

 

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 ありがとう(1) 

子供たちの作文集

 野球部に入ってボクが一番印象に残っていることは 三年で初めての練習のときに監督がボールは紙ヒコーキを飛ばすところ、耳の横より少し上から投げなさいといわれたことと グローブは手と同じだから網で捕ろうとしてはいけない、手のひらで捕るようにグローブの真ん中でボールを捕る、ということでした。 六年になったらグローブなしでもボールが捕れるようになりました。 ・・・云々

少年野球をやっていた頃の子供たちの卒業文集をめくっていたら こんなのがあった。

報われたような気分になった。  殆どが どこどこに勝ったとか ホームランの思い出とか 戦いの記憶ばかりの作文だったが レギュラーになれなかった子でも 自分なりに成長を感じている子もいる。  代償を求めたことはない、子供はエゴの塊り、義理も人情もない、中には打算的で大人の言葉の裏を探るような 気に食わねぇ 子供らしくないのもいた。 そういう奴は こっちが感情的になって何度かぶっ飛ばした。 

オラの少年野球とはクールな子供とホットな大人の対決であった。 

卒業生たちの作文に共通しているのは どれも皆 文末に「ありがとう」の言葉があったこと。 かけひきも何もなく「ありがとう」を表現していた。  指導者に対してではない、 卒業までの三年間、練習に試合に、泣いたり笑ったりしながらやってきた時間に対して感謝しているのだ。  「思い出」を形にした「記念文集」、子供たちにとっても宝物になる、野球と関係ないことまで強制させてしまったが これで良かった、人生には忘れ得ぬ大事な時期がある、三年間でも彼等には貴重な時間だったはずだ、それを思い出す時期も必ず来るのだ。 それが良き思い出に残れば幸せなことだ。「ことば」は人を幸せにする・・と思った。  「ありがとう」は幸せな言葉だ。 お前らばかりじゃないよ、 感謝したいのはこっちのほうだ。

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    今日 試合の帰りに 隣のお姉ちゃんに会った、負けたから元気なかったのかな、ボクはお姉ちゃんの顔見なかった、ボクもお姉ちゃんも何も言わなかった、笑えばよかったなと思った。  

そっかー、気まずい思いしたんだね、悪かったね、勝ってたら「こんにちわ」て、元気に挨拶できたのにね、 お姉ちゃんて どこの姉ちゃんだよ、大人の姉ちゃんかよ、美人なら紹介してくれよ・・と、こっちが訊きたいくらいだった。  

     ありがとう

私の足もとに ボールが転がってきた

女の子が、私のさし出すボールに「ありがとう」と笑顔で言った。

この女の子はこれから

何回「ありがとう」を言うのだろう

今の「ありがとう」は私のものだね

女の子のほほが

もも色にそまっていた。

これは文学的、昨日 図書館で読んだこどもの詩である。

師走のこのクソ忙しい時期に 図書館で読書なんかしているとは? 優雅ではないよ、この冬は寒いから建物に避難しているだけだよ、 ご隠居さんになってしまったが ここまで生きてこれたのだからラッキーで嬉しいことだ。  時の流れを温かく受け止めるような気分になった。  去年の2月大病に倒れてから一年10ヶ月、今年も年末になった。 いのちを見つめながら 泣いたり笑ったり ここまで歩んできた自分の日々と色々な出来事に 「ありがとう」を云いたくなった。   

病気は悪いことばかりじゃない、「ありがとう」が素直にいえるようになった、苦悩で眠れない夜に そばにいた若きナースが手でも握ってくれたら どんなに癒されたかと思う考え方も変ってない。 やっぱりネエちゃんは好きだから。

何かに熱中するときも ぼーっとしてても 時はちゃーんと流れる、陽はまた昇る、時間の経つことが有難いことだと思うようになった。  お正月が来ると年をとるからヤダネといわないで 年をとるのは嬉しいねと思える人になりたい。  来年もまた バカ云いながら更新していきます。  今年もお世話になりました、ありがとうございました。  来年も「ありがとう」が沢山いえる良い年をとりましょう。

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年賀状

12月8日は 真珠湾攻撃、 人類史上最大の悲劇、第二次世界大戦太平洋戦争の始まった日です。

今どきの大学生に真珠湾は何処にありますかと質問したら 三重県と答えた・・という話があります。 戦争はもう68年も昔のことだから 現代の子供が知らなくても仕方ないことだ、それだけ平和だということですが 教えていない大人たちも怠慢である。 三重県と答えた彼は見込みある、歴史は苦手かもしれないが地理が得意らしい。

12月8日真珠湾攻撃、 12月14日赤穂浪士の討ち入り、 日本人が忘れてはならない記念日を 平成の子供たちに伝承しなければ。

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そろそろ年賀状を作る季節になった。  「直線一気」「大外強襲」「先行抜出」「馬也楽走」

競馬好きの友人向けに四字熟語に拘った時期もあった。  少年野球に燃えた頃は 子供たち全員に百枚も手書きした。  学校の先生が教え子全員に書くようなものである。

仕事関係、会社の上司や同僚、親しい顧客にも 全部手書きで出していたものであった。  昭和はそれが普通の時代だった。

年賀状の枚数が多い時期はパワーのある時である、書くことが苦にならない、

最近はパソコンの年賀ソフトがあるから 簡単にできると思うと書くことが苦になるのは人間がクラゲになってしまったからか? 面倒だけれども義理と人情で 出さないわけにもいかない。   貰ったほうは 本当は手書きのほうが嬉しいが、便利な世の中はやっぱりパソコンになってしまう。 パソコンで作らないと時代に遅れた気になるところが情けない。

年賀の挨拶を書状にするのは平安時代に始まった日本の風習です。 清少納言「春はあけぼの やうやう新年の ・・・ いとをかし・・・?ナンチャッテ?」こんなことやってたのです。

子供の頃から先生やお友達に年賀状を書く習慣をつけるのは良いことです。  毛筆ならお習字の練習になる、文面も考えて国語の勉強にもなる。 これも立派に教育だと思うけどな。 でも今どき毛筆で年賀状書くガキがいたら・・・コワイかもね。  年賀状出す派は五十円で義理が果たせるなら安いもの・・・という考え方、礼節を重んじる几帳面さ? どんなに忙しくても毎年きちんと出す。

出さない派は 忙しい、虚礼廃止とか経費節減の意識?とか、完璧な合理主義は 味気ないというか 趣がない、なんか寂しい。 「いとをかし」が日本文化の趣だからな。 

去年大病で一騒ぎしたオラの場合は 今年も「まだ生きてるよー」を知らせる手段になってしまった(ブログもその手段だけどな) しばらく会っていない人には 互いの近況を知らせる「いとおかし」日本の伝統である。  欧米ではクリスマスカードになる、別に知らなくても良いが 中近東とかイスラム圏では 年賀やクリスマスカードは どんな形になるのだろう。

パソコンが仕事に導入された頃、大晦日に年賀ソフトで顧客の住所録作ってるのもいた、マヌケな感じである。  営業用の年賀状作りが負担になるようでは 能力の問題である。

来たところだけ出そう・・も 正月には酔っ払って年賀状どころでなくなる。 出したのに 来たからと 慌てて二枚だすのもマヌケであるが この場合貰ったほうは悪い気はしないけどね。  年賀状書いたあとに喪中ハガキが来たので 出さずに残しておいて「お年玉抽選番号」に期待するのは? 善良な庶民感覚である。

出してない人から貰うと 借りができたような気持ちになって 慌てて正月にこちらも出さなければ礼を失する、「義理が廃ればこの世は闇だ」。毎年元旦に確実にに来る人は信頼できると感じるのが 平均的日本人の性格である。 出すかやめとくか迷ったら 出すほうが平和で 日本人的でいいでしょ。

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「アケオメ・コトヨロ・・・」これは神田うのちゃんから聞いたネタ。 今どきはメールで年賀の挨拶ができる、うのちゃん 結婚してお母さんになって・・大丈夫かな?

かわいいから いいけどな。 「アケオメ・コトヨロ」が最先端なら オラたちは半世紀昔からお早うございますが「オス」で通じてたからね。  ならば おめでとうも「オス」でいいかも。 とかなんとか能書きいってる間に今年も無事に年末になりました。

ブログもまだ続いているし バカやりながら生きていられることが有難いことです。

来年も年賀状出すよ、ブログも更新するから・・・一年一年 感謝感謝でクリアしていければ おめでたいことであります。  来年も「良い年」にしましょう。

◆読者各位 今年もありがとう。 十年ほど前、真珠湾攻撃について興味本位で文献を調べたことがあった、太平洋戦争の悲劇の中で、第一ラウンドだが日本がアメリカをボコボコにした先制攻撃、映画「トラ・トラ・トラ」は痛快だったから、リクエストあれば直ぐにでも真珠湾攻撃の研究発表する予定です、来年はトラの年、阪神タイガース頑張らないとね、ベイスターズとクライマックスシリーズ できるといいですね。 

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時は流れて・年末の酔狂

このごろ想うこと ・ネタ切れのため お酒について

「居酒屋兆治」の作者山口瞳さんのエッセイ集に こんなのがあった。

ある年の瀬に 酒場で団塊世代の友人に「あなたはまだ奥様と なさいますか」と聞いてみた、夫婦の限界というか ボーダーラインのようなものを探ってみたかった。 

彼は「私は三年くらいしていませんが 先日ある夜 急にその気になって 隣の布団で横向きにむこう向いて寝ている女房の肩に手をかけ「おい・・」と言ったら 女房は顔だけこっちを向いて ニヤッとしてまた向こう向いて寝てしまった それで終りです」

情景が想像できる なんとも恐ろしいような気味の悪いような話であった。

四十~五十代、不良系団塊オヤジになると仕事帰りの居酒屋での話題は 先ず嫌な上司の悪口から始まる。  景気の動向、営業戦略、その他将来の不安まで・・・仕事の話はあまりしない。   悪口言われる人は主人公だから 酒の肴になっているうちが花なのである。 話題が尽きると 行き着くところは結局「まだ なさいますか 」になる。  

「まだ やるか否か」そういうことが気になる年齢に達したからである。 「そんなこともあったな」「オラもう忘れた・・」、「よそなら頑張れるけどな」など積極的発言もある。  皆自信のない不良オヤジのくせに 妻への義理を自問しながら 不貞に似た負い目と責任感の狭間で 酔狂と水平思考でバカ笑いしてるときが一番楽しい。 

そういう状況でしか本音を語れない、互いの立場も経済状態も知っているから サラリーマンとは哀しい種族、男とは哀しい生き物である。

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昨今の居酒屋は 騒々しくて苦手である。 「こちら焼酎ロックになりまーす、レモン搾ってもらっていいですか・・・」若い店員の接客マニュアルが飛び交う酒場は どこも混雑する、内容より価格、安いからであるが満席で入りきれない店もある。  

隣の客とくっ付くくらいの混雑の中で 大きな声でないと話が聞こえない、店全体がハイテンション、叫びあって会話しているうちに 喉が痛くなる。  隣のグループがやかましい、特に女の声はキーが高いからギャーギャーと聞こえる、 こんな環境で「オラ20年やってない・・」なんて会話は普通はしない、 粗暴な言動をしないのが紳士の条件ならば やるだのやってない・・だのと 大声で叫ぶようでは 紳士失格である。

ゆっくり呑んで普通に語り合いたい、ならば高い店へ行けばよい。

決して豊かな経済状態ではないから 毎度高級なところへ出向くわけにもいかない。

そして 五人の仲間「酔狂連」は 毎月積み立てしてメインレースの一本勝負までするようになった。  11連敗の記録もある。 勝負しなければ何度もいけるのに・・・それでも欲がジャマをする。 勝利の美酒を味わいたいのである。

品川の路地裏、馴染の活魚料理店で石鯛の活造り、師走にはスッポン鍋で股間の奮起を期待する?  隣の安っぽいスナックから下手くそなカラオケが聞こえてくる。

「思い出酒に酔うばかり」「誰が名付けた夢追い酒と」「惚れた同士さお前と二人酒」・・・このてのド演歌が好きくない。 酒の有難さ知らない奴が酒の演歌を唄うな、「1月は正月で酒が飲めるぞ」 バカヤロ、未成年が酒呑むな、

やがて都はるみのメドレーになる、「しあわせそれとも今は ふしあわせ」・・「大きなお世話だバカヤロー!」、「あなた死んでもいいですか・・」「とっとと死ね」・・・・

オレは酒で乱れたことはない、粗暴になったこともないが シロウトの聴くに耐えない下手くそなカラオケは無性に機嫌が悪くなる。

こんな男に 誰がした?・・・誰のせいでもありゃしない・みんなオイラが・・?

 

暮らしの話や夢を語るほど 寂しくなってきちゃう。 年末は冬の訪れ、楽しい漫画的な話でバカ笑いすると身も心も温まるからいい。 呑むことを正当化しようとする呑ん兵衛の屁理屈であるが。

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不良オヤジの水平思考、全員一致で可決された改革案

 諸悪の根源売春禁止法は反対、遊郭を国営化する。

 GⅠレースの勝馬投票券は郵便局・コンビニでも販売する、郵政民営化ならここまでやるべき。

 暴力団同士の抗争は国立競技場を開放、最後の一人まで戦わせる。

 振りこめ詐欺の犯人を一度死刑にしてみる。 法律の抑止力でこのての犯罪は無くなる。

 妻子を殺された遺族に仇討ちを公認、拳銃を貸与して国家公認の刺客をアシスタントにする。 子連れ狼が高額なら仕事人中村主水さんなら格安一両で依頼できる。

 塩分控えめと医者に注意されたら 甘いもの食べる。 (この案件は先送り)

 天下り問題、天下り先を航空自衛隊にする。 空挺部隊で飛び降りればこれが本当の「天下り」。

 恋愛論、男も女も やっぱりルックスだよ、 顔より心なんてウソ、アノコに会いたいは アノコとやりたい・・てことだろが (ビートたけしのネタ)

オレは品行方正な優等生でも紳士でもない、どちらか云えば無頼系である、文章も時々乱暴になる。 真面目にやってきた優等生には冷たい人間が多い、悪い奴もいる。 ドヂな不良系に心の温かい友がいる。 お互いに本音を打ち明けられる。  勉強を否定しているのではないよ、勉強はしたほうがいい、要は向学心・勉強の質の問題だ。 学歴・知識だけで教養人にはなれない、教科書だけの勉強では未完成なのよ、ある期間目標に向けて努力した経験がエライのよ、 それが云いたい。 

酔狂連の仲間たちも皆似たもの同志、失敗経験が豊富だから それなりに人にやさしい、ドヂだから夫々に病気も抱えている、それも基本的に酒呑むと叱られる病気である。 呑んじゃいけない・・だから呑みたい、自然流である。

破廉恥なことをしないだけだ、酒・女・博打・・・ 常にろくなことを考えていない。 皆エラそうなことを云っても 飲むとガキと一緒である、皆優しいのは酒に対する感謝の気持ちを忘れていないからである。 

今年も師走になりました。   忘年会、新年会、酒を呑む機会が多くなる季節です。

キライなこともまだあるが列挙するのもアホらしい、どうでもよくなってきた。

お蔭様で、ホントニお蔭様で・・暮れから正月が楽しみになりました。 旨い肴で美味い酒を ほどほどに呑めるのが スゴーク幸せ。

一年一生、一日一生、子連れ狼冥府魔道ではないけど 充実した一年を過ごしたい。 

去年は時の経つのが待ち遠しかった、今年も無事に年末を迎えた、時間は誰にでも平等に経過する。 健康の有難さが やっと分かってきたのかも。  少しでも多くお正月を迎えられるように精進しよう、今日の健康に感謝、ボチボチ行こう・・と思うようになった。 年末の忙しい時期に能書きたれて またシモネタ系で長くなってしまったが 要するに来年もお正月に旨い酒が呑めればいいんだよ。

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