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2010年3月

多摩川の新撰組

土方歳三

◆分倍河原

JR南武線 府中本町の先に分倍河原という駅があります。

この辺の多摩川の河原で 江戸時代には盗賊グループが強奪した金品を分配していた。

分配河原が 現在の分倍河原になったそうである。 仲間同士で揉めて死体が転がっていたという噂もあった。 多摩川の釣りでオラ専用の絶好ポイントがある 幕末だったら 盗賊の死体に出くわして・・びっくりすることもあり得たような場所である。 広大な河原には森が点在する、草原には四季の花が咲き乱れ、野鳥の巣もある、 東京に残された緑豊かな自然がいっぱいのところだ。  よく通ったオラが大好きな場所だ。 

ある時 腹が痛い・・・下痢したか? 我慢の限界で まずスッキリしてから自然を堪能しよう、人影はないし オレの庭だ、気兼ねは要らネェだろと、草むらに隠れて野グソを決行した。(河原では 誰でもやってんだよ、オラだけじゃないよ) 尻を出した瞬間に激痛が走った!?、 ぶよに刺されて・?・・一人で大騒ぎ、その後皮膚科へ通院したこともあった・・・◎×▲??・・・・・(自分のこととはいえ ドキュメンタリとはいえ、ここまで云うからシモネタとみんなに叱られる、分かっちゃいるけどヤメラレネ、 真実が正義と容認されないこともある、平和な現代文明社会は本当のことを云うとろくなことにならない時代である・・・)振り返れば激動と激痛の昭和、我が青春回顧録は随分危ない目にあったものである。

読者様へ 2006年春、このブログをスタートした頃は「歴史の勉強」が多かった。  一度は歴史小説を書いてみたかった、史実に基づいた話をフィクションに置き換えて伝えるのは難しい、ブログは日記形式なら楽だけど小説はフィクションだからね、完全なフィクションこそ小説の真髄かもしれない、日本文学は私小説、アバウト・ミーが基本である。    宮沢賢治、芥川、漱石が凄いのは ゼロから100%フィクションが創造できるからである。 漱石は猫になれるから凄いよ! 

「魔界転生」では柳生十兵衛が宮本武蔵と闘う、川中島に自衛隊が参加する「戦国自衛隊」・・・オラはこういう歴史小説が好き。  歴史小説は史実を主観で解読して未来に生かすことである。 歴史は良いことも悲しいことも何かに役立てなければ価値がない。  過去を捨てることは出来ないそれでいいのだ。過去は現実だから。 過去があったから現在の自分が存在する、人間がエライのは過去があるからだ、過去を反省したり感動したりしながら向上しようとするから 素晴らしいのだ。 

オラ才能ないから 我が敬愛する遼太郎先生のようにはいかないが長くなる予感、いい加減オヤジのマイウェイセミドキュメンタリー・・、史実を別の角度から解読して、半分史実で半分物語である。 桜も咲いて暖かい春がきた、病気のことも忘れて心豊かにボチボチ長編を更新していきたい。  長くならないようにマヌケなところで区切ったりすることもあるが 気合入れて読んでくださいね。

参考資料 司馬遼太郎「燃えよ剣」「新撰組血風録」「関が原」          下母沢寛「新撰組始末記」、宮本武蔵「五輪の書」、・・・等、三十年も昔に読んだことだからかなり曖昧になってきた・・・??韓流「冬のソナタ」⇒これは去年だけど・・関係ないか?

武蔵の国多摩(現在の調布市、日野市周辺)で生まれ育った土方歳三は武家の息子ではない、家業はクスリの行商であったがあちこちでトラブルが絶えず少年時代から喧嘩に明け暮れる不良系であった。  村祭りで一目惚れした女を巡って 三角関係のライバル()を本気で殺してやりたいと この分倍河原へ誘い出し決闘をした、殺した後 盗賊の仕業にみせかけようと下見までしていた。 互いに刀を振り回すだけのシロウトだったため 傷を負わせただけで息の根を止めるまで到らなかった。

歳三は 後に新撰組副長になった京都でもこの事件の悔しさが記憶に残っていた。

色白のイケメンで自尊心が強い、俺の女に手を出す男はいない、絶対に許さぬ。

あの女を抱きたい、あの男を殺さなければあの女と安心して寝られないではないか、絶対に生かしてはおけぬ、喧嘩に作法は要らぬ、死んだほうが負けだ。 策略もアンフェアも関係ない、狙った敵は 絶対に息の根止めるまで斬れ・・・これが歳三の哲学となり 彼の個人的性格、猜疑心に満ちた暗いイメージが 後に京都の治安を守る新撰組という集団の個性に反映させてしまった、彼等の理想とはうらはらに 世間には狂気の殺人集団と怖れられ、維新の哀しい歴史物語のひとつになるのである。

分倍河原の果し合いがきっかけで「人を斬れる男になりたい」、それだけの動機で天然理心流試衛館道場に入り浸ることになり 近藤勇と後の人生を共に歩くことになったのである・・・つづく

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追伸・江戸時代の多摩川は「武蔵の国」だったのです、オラ多摩川の本流より西側川崎からは相模の国相州かと思っていたよ、多摩川は江戸、相模川から西が相州?!  自分はハマッ子、巨人より横浜が好きだけど 生まれも育ちも江戸の子だったよ?!新たな発見である、歴史の勉強は地理も学べる、戦国時代の日本地図は現代と大分違う、そういえば世界地図も昭和と平成では国の名前が変っているのもある、世の中常に流動的であります。

 一生勉強・一生不悟。

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春爛漫・三度目の春に

我が家のルーツ 信州松本の市街を流れる女鳥羽川、青山神社辺りからこの流れに沿ってレトロな町並がある(クラシック通り?)、  もう四年も前の初夏だった、すすき川で釣ったばかりの魚を持って 北アルプスの夕陽を眺め あがたの森を抜け 川沿いの道を歩いたな。

酔っ払い兄弟が下町風の路地をブラブラ歩いた。 土産物店、民芸品、蜂蜜、馬肉、わさび漬けの専門店、小さな飲食店が多く下駄で歩くのが似合う気軽な町並、若い芸術家が集まってきそうなクラシックな町だけど あばずれてはいない。 どこかに気品を漂わせる、白い壁、格子戸、土蔵に縁台、風鈴、コーヒーの香り、 昭和のロマンを感じる、小京都とは こういう町並のことである。  この街にはパチンコ屋はない、ハンバーガーショップもラーメン屋もない、路上のゴミを散らかすカラスもいない。 演歌よりもシャンソンが似合いそうな雰囲気の町である。

望郷は抜きにして こんな町なら何度でも歩いてみたいな、

♪好きだとも言えずに 歩く川のほとり 

往き交うひとに なぜか目を伏せながら 心は燃えてゆく・・・♪ 

小柳るみ子「私の城下町」はどこか? オラにはこの松本城下のような気がしてきた。  

空気がきれい、水がきれい、お洒落でロマンチックなこの町並が オラ好きだな。

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また行ってみたいところはまだある。  多摩川の関戸橋の上流、浅川と合流する辺りに絶好のポイントがある、釣り人の企業秘密だけどな。  

アメリカ テキサス州サン・アントニオ市街には「アラモ砦」の遺跡があるという、デビー・クロケットの墓もある、アリゾナ州ツームストンOK牧場、・・・・?  テキサスもアリゾナも埃っぽいだろうと思うけど 本当に行ったら感動するだべな。  

デジャブー「既視感」「既視体験」とか、オカルト的ではないけれど 行ったこともないのに景色が想像できるような地は色々ある。 そのどこにも皆連想させる歌がある。  きりがないから別の機会に小出しにするか。

クラシックな町を歩いて 次の日川中島へ行けたのが06年、翌年はちびっ子キャンプ、病気する前だったし 楽しかったな、ブログに思い出のアルバムが沢山できたから 病も捨てたものではない。 

オレ流名言  過去を忘れられないのは心の弱さ、過去を忘れ去る人は心の強い人だが 記憶にないならアタマが弱いからだ。  ②夢は大きなほうがよいが小さな夢が叶うほうが喜びが大きい ③恋に落ちるのは重力のせいではない、万有引力も関係ない(アインシュタイン・ニュートンと合作)   

大病を経験してから三度目の春を迎えた、色々あったが ま・いいか、いつも笑ってこれたのだから、それなりに幸せだからな。 考え方がダイナミックになった、いい歳して 行きたいところが沢山あるのは幸せなことだろう、 宇宙旅行・・まで夢みたら小学生の作文になるから・・そこまで大袈裟にしないけど。

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22日、横浜の桜も開花しました。

桃が満開になった、昨日の暴風にも負けず 春爛漫である。   

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