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2010年4月

5月・少年と海と先生とお弁当

八島先生と5月の海

少年がひとり 防波堤の上にぽつんと座って海を眺めていた。 

坊主頭の天辺には大きな傷跡が二つある。 年がら年中生傷の絶えない子だった。 

問題をよく読まずに答えを書く傾向がある、担任の先生が心配すると 母は「無鉄砲な子ですから・・・」と、二人でため息付いていた。 

頭の傷は 三歳のときに玄関のガラス戸に激突して大出血、ガラスの破片を取り除く大手術で死に損なった傷跡である。

2個あるのは同じ激突を二度やったからである。 先天性「前方未確認先行型」である。 最初の時、母がタオルで頭を押さえパニック状態で病院へ走った、手術に立ち会って気絶したので、これはお母さんのほうが大変だと病院中が大騒ぎになったそうである。  それ以来 少年の髪型はクリクリ坊主のマルコメ君スタイルになった。

これならいつでも手術の準備OK、長い髪だと傷口が判りにくいから? 母の作戦であった。 

足下の海には弁当の箱が波で岩に打ち上げられ かもめの群れが啄んでいた。

多摩川の河口、羽田~大森付近の東京湾(江戸前・・東京名物海苔)で海苔の養殖を見学してお昼になった、みんなであの堤の上で海を見ながらお弁当にしましょう・・・、先生の号令と同時に 子供たちは一斉に走りだした、堤の下で少年は持っていた弁当の包みを放り投げた、急な斜面を駆け上り 一番で頂上に到着、肝心な弁当は勢い余って 反対側の海へ坂道を転がり落ちていた。 絶望的で なんとも情けない光景であった。 

大きなバスケットを持った先生が堤を登ってきた、肥った女性教師八島先生が少年の隣に座った。  

「そういうのを・・むこうみず・・ていうんだよ。  一等にならなくていいのよ、急がばまわれ・・・諺があるでしょ、お母さんの作ったお弁当 楽しみにしてたのにね、向こうに何があるか確かめないで投げるから・・・、向こう見ずだからいつも損するのよ、 前から何度も言ってるでしょ 」

「大丈夫、そんなこともあるかと思って 先生沢山作ってきたから 先生のお弁当一緒に食べようね・・・」   

バスケットの中には三角のいい形をしたおにぎりが並んでいた、たらこのおにぎり、パリッと香ばしい海苔に包まれた白いごはんを頬張りながら 少年は涙がポロポロこぼれた。

「泣かないの、男の子は泣いちゃいけない、泣いていいのは お母さんが亡くなった時だけだよ、 あなたは先生の云うこときかない きかん坊だけど 優しい子だよ、先生は解るよ、 お母さんに悪いことしたと思ってるのね、みんなで四葉のクローバー採りにいったとき あなたひとりで五本も見つけてくれたね、先生嬉しかったよ、宝物だよ、大事にするからね・・・ 」往き来する貨物船の煙を見ながら 何故か情けない、先生の一言一言が 身に沁みる。 

「こら・・、男の子だぞ、こんなことで泣いたらいけない、食べなさい、おなか一杯食べて 大きくなりなさい、大きくなって大人になると もっと大変で悲しいことは いくらでもやってくるよ、お母さんが死んだとき以外は泣かない男になるって 約束してほしいな、顔ふきなさい、みんな来るよ 泣いてたら恥ずかしいよ」 先生がおしぼりを出して顔を拭く、「アレ、この白いのナニ? カモメの羽根?産毛がくっ付いてるじゃない、」ハ・ハ・ハ・ハ・・・頭を拭きながら二人で同時に笑った。

ここは東京湾、この海のずっと先に 大島、三宅島、伊豆七島があるのよ、社会科でやったでしょ、先生が生まれたのはそのもっと遠くの八丈島だよ。  海はいいな~!夏休みに八丈の海で泳ぎたいね、一緒に行こうか、」「ウン・オレも行く・・」

本当に行きたいと思っていた。  先生はションボリしている少年の坊主頭を撫でながら 話題を変えて 元気づけようとしていた。  先生は海を見ながら「われは海の子白波の さわぐいそべの松原に・・・・♪」小さな声で唄いはじめた。 少年も途中から一緒に口ずさんだ。  そうか・・先生は「海の子」だったんだ、ひとつの発見をしたようで嬉しいと思っていた。 半世紀後、少年は 宴会のカラオケで都はるみ“あんこ椿”を熱唱、「ウンコー便りは??・・・あ・あ・A・A.A.A.AN、かぁた便り~♪」 これを唸るとウケるから嬉しい中年の酔っ払いシモネタおやじになっていた。 

おにぎりを三個食べた、伊達巻玉子にソーセージ、牛肉の佃煮、板チョコが一枚、戦後の食糧難時代には珍しいご馳走であった。  

「おなかいっぱい・・・」「もぉいいの? 先生の心配しないでいいよ、みんな食べちゃっていいのよ、先生は もう沢山、これ以上食べたら 本当にお嫁に行けなくなっちゃうよ・・」何を食べてもオイシイ、美味しいから余計に切ない。

少年は 八島先生が好きだった。 一番前の席で いつも先生の近くにいた。 目を離すと すぐにワルサをするから先生の手の届くところに置かれていたのである。

先生も この少年に手を焼きながらも 周囲にえこひいきと囁かれても 彼が特別に気になる存在であった。

Photo 雨で泳がないこいのぼり・4月27日  

四葉のクローバーは願い事が叶う「幸運の葉」、みんなで先生に四葉を探してやろう・・・誰からともなく言い出して 多摩川の土手へ四葉を探しに行ったのは先週であった。 少年は必死になって五本も見つけた、誇らしげに先生に手渡した。  

先生の幸せって・・・、素敵な人のところへお嫁さんに行くことかな? 少年には先生のお嫁さん姿がイメージできない、先生を抱っこできるのは吉葉山くらいなもの・・?先生はそれほどのデブちゃんであった。  でも先生が好き、憧れのあの人は 罪なことに先生だったのかもしれない。

「さあ・帰ろう、今度はみんなと一緒に ちゃんと階段降りて帰ろうね。」先生と手をつないで堤の上からゆっくり降りて帰った。

空が碧い、暖かい初夏の陽射しに包まれて、穏やかな風と潮の匂いが爽やか、小学三年生の5月であった。  少年は 先生と過ごしたこの短い時間と おにぎりの美味しさが 彼のその後の人生に いつまでも残る記憶になっていた。

About Me  十年後、少年は社会人になって燃えるような恋をした。 新婚二ヶ月目、毎日が愛の囁き、幸せな日々、ある夜突然 母の訃報がやって来た。

余談きみまろ風・ 若く美しい恋人同士だった、愛してる?どれくらい?・・・愛があれば何もいらない、ゴハン食べなくても生きられる。 新妻は寄ると触ると逞しい彼の腕に抱かれて唇を奪われる・・❤あれから四十年・今奪われるのは 晩御飯のおかず??「おならしたでしょ、パンツ着替えなさい・・!」彼はパンツを奪われる。 囁く言葉は・一緒のお墓に入ろうね❤、寄りも触りも見向きもしない・・でも・愛の誓いは永遠に変らない・・? 我が家だけではない、所帯が古くなると 日本ではどこも皆こんなものですから・・)  

通夜の席で八島先生に再会した。  挨拶しようと先生のところへ・・・大人になったところを見せたい、しっかりとお礼を言うつもりで畳に手をついた。 

「先生・お久しぶりです、・・・」そこまで口にして 後が出てこない、感極まって正座している先生の膝のあたりに顔を埋めて 号泣した。  

先生は 彼の頭を撫でながら「悔しいね、悲しいよね、先生も悲しいよ、泣いていいよ・・ 泣くのは今だよ、羽田で約束したでしょ、憶えてる? 先生は憶えてるよ、今しか泣くときないからね・・・ちょっと・・・、汚さないでよ、今日はいいお洋服だからね 」 

心地よい涙であった、中途半端に泣くのではない、泣くなら今だ、男が泣くのは 今しかないのだ・・・、一生分の涙を ここで全部使い切ってやろう・・・彼なりに納得して号泣していた。 先生には頭が上がらない、この先いつまで経っても いくつになっても先生は偉大な存在であると思っていた。

少年にとって母の存在は偉大である、先生も同じ、偉大で巨大な存在、仰げば尊しわが師の恩である。

後に同級生の結婚式で 再び先生と同席した時 教え子が 母の葬式に私の膝で泣いたという話が美談になって 同僚や子供たちに話したという。  先生も嬉しかったのである。  教え子と共に喜び 共に悩む、親身になって子供に接した自分の教育法が納得できたからである。

余りにもドヂで情けない話だから 他人事のように「少年」のストーリーにしてしまったが これがガキの頃の自分である。  先生も仮名だけど 現実の話である。

自分という人間を 肉体も精神も、全部ひっくるめた一個の生命体とすれば その材料も内容も 全て「過去」の積み重ねである。 分析すれば莫大な種類の材質で構成された生命体である。   過去があるから今の自分が存在する、

思い出、親の恩、感謝の気持ち、そんなことをとやかく言うのは 人間くらいなものである。 人間以外の動物が「思い出」に心動かすことはない、だから人間は偉いのである。

犬が散歩で 同じ電柱にオシッコするのは その電柱に思い出や愛着があるからではない、

歴史の勉強は未来を知りたいからだ、勝ち馬検討で馬のデーター分析するのは勝ち馬を推理したいからである。  「思い出」を無駄にしてはいけない、未来は未知の世界、過去は現実、信頼できるデーターである。 過去の経験を教訓にして明日への方向性を探ることはできる。 「振り向くな」というけれど たまには振り向かなければいけないよ、車もバックミラーがなければ危険走行になる。 

学校に未練はない、思い出なんか何も無い・・・現代人はそれで普通かもしれない。 

誰でも今が大切、子供の頃を思い出してるヒマなんか無い。  

人生は時間よりも内容、「充実」とは一日一日が「思い出」に残るような日々を過すことである。 人生は出会いと別れの繰り返し、お弁当を海に放り投げるドヂをやったから 八島先生を独占することが出来た。  失敗が後悔になってはいけない、反省と後悔は違う、失敗を反省して将来に役立てなければ過去の価値がない。   

良いことも悪いことも色々あったが 色々なジャンルでオラ先生には恵まれたな。 

学校の先生、野球の先生、囲碁の先生、病院の先生は命を救ってくれた。  改めて感謝したいのです

Photo   

大病から三年目、近況

5月の青空、オラには記念日が沢山ある。 4月末 病院のロビーに「端午の節句」でお洒落な飾り付けがあったよ、三月には「お雛様」だった。 「希望」の書が男の子らしくて 良かったよ。  定期検査の結果も良好、まだ生きて元気に能書きたれている。 みんなのお陰だ、ありがたいことである。 

思い出なんか 何も無い・・・それじゃダメだよ、

本当に思い出すことがなにもないのはバカと同じだ、思い出ないのは夢も希望もないのと一緒だよ。  そういう人がいるから今どきの教科書では円周率πがになったりする、   3.14・・、昭和の子供は皆知っている、オレは数学苦手だけどな・・、五百桁くらい暗記する人もいるが そこまで記憶しなくてもいいけどね。  三角形の二辺の和は他の一辺よりも大である・・証明せよ・ 直線のほうが早く走れる、曲がり角あると衝突して また頭怪我するから・・?(オリジナル 回答)   

思い出は沢山あるほど人生が充実している。 思い出が多いと ブログのネタが切れることがない。 千回更新が目標になる。 長く降り続く寒い春の雨が止んで、暖かい陽射しの5月がやってくると 我が人生で最初に出逢った素敵な恩師 八島先生を思い出す、母の命日も5月である。 お母さんに感謝するのは母の日だけではないよ・・・と云いたいのであります。 人生は日々人との出逢い、自分を心配し、愛してくれた人は誰だったのか、充実した日はいつだったのか、    

もう一度考えて 思い出してみなさい、明日のために 今日もベストを尽くそうと意欲が湧いてくる。 失敗しても大丈夫、過去のドヂを今日の勇気に変えてくれる人もいる、弁当を海に放り投げても おなか一杯になることもある。

「感謝の心」を忘れてはいけない・・ということである。  

 オレが人生を論じても 説得力ないけどな(^.^)、  

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泣ける歌・I will Always love you

I WILL ALWAYS LOVE YOU

ホイットニーヒューストンのオールウェイズ ラヴユー

And I will always love you.

Will always love you.♪ 

サビの部分、このフレーズになると なぜか感動して涙出て困るよ。

歌に思い出があるわけでもない、意味も解かんねえのに 心が震える・・?

ナンデダこれは・・・? 

素晴らしい歌声に 感性が反応するのである。 これがプロの歌である。

唄うのも感性、聴くほうも感性・・・。

アメリカで歌う女性歌手の曲に 日本で感動するファンがいるとは 凄いことである。  残念ながら日本の古典音楽、盆踊りの太鼓のリズムに反応するアメリカ人はめったにいない。

日本人でも同じ民族の「祭り」が難解のこともある。  例えば沖縄人の口笛と阿波踊りのようなあの手振り・・意味解らない、青森の夏祭り「ラッセラー・・・」のステップも・・・、あれは何なの?・・と、異民族のように思うことがある。 

同じ民族同士でも 伝わらない感性があるのです。 

民族や言語に関係なく 伝えようとする情熱が美しい声を生む。

◆mywayオヤジのカラオケ講座(ワンポイントアドバイス)

歌は人の心を感動させる。   

以前にも云ったけど超下手なカラオケは聴く人に苦痛を与える。  先ず好きな歌を何度も聴いて憶える、歌詞の意味を理解する。

声を聴かせようと思っちゃいけないよ、大きな声で怒鳴ればいいってもんじゃないんだよ。 現代はマイクの時代、マイクは拡声器ではない、声を鎮めるために使うんだよ。 歌詞を感情こめて表現しようとすれば 言葉は通じなくても心に沁みる。  

we are the worldを聴くと意味解らないのに何故か泣けてくるのは唄う人たちが「美声」を聴かせようとしていないからである。 歌詞に忠実にテーマを訴える「純粋性」に感動するからだ。  先天性音痴の人はそういう聴き方しないから何も感じない、 よーく聴いてジーンと来るようなら 歌が上手になる可能性はある。 何も感じない人は天然音痴だから もうカラオケなんか止めなさい、近所迷惑になるだけだよ。  泣けるかどうか一度聴いて自分の感性を試してみなさい。 唄う練習ではなく聴くのも練習になるよ。 下手くそがナンボ沢山歌ってもうまくはならない、素質の問題だから。 聴いて理解するのが大事、辛辣なこと言って失礼だけどな。  騒音で人を不快にする反社会的行為はいけない、歌だけではない、何事も同じだよ、人間社会には優しい気配りが必要だ。     

気持ちが高揚してくると声も美しくパワーが漲る。  自分なりに泣ける曲の一つや二つ持っていると カラオケも少しは上手になるよ。  泣ける歌は多いほど良い、オラが泣き虫なだけかもしれないけどな。     

ホイットニーは世界一の歌姫だから(ルックスは別にして)あれほど上手くならなくてもいい、あの難しい曲をあれだけ唄えるのは世界に彼女一人だけだ。 みんなアマだからそれなりで良い、感情を込めて詩を朗読しようとすれば 人を心地よくすることは出来るよ。 こんなこと云うとオラ相当上手いみたいだけど・・・

うまいよ・・・環境が整えばプロ並だよ(図々しいから何でも云う)、ダテに病気してないからな。         

お呼びがあれば 何時でもいい歌聴かせるよ、希望を言わせてもらえれば 隣の席に若いキレイどころを二・三人置いて、お座敷なら半玉でいい、少女趣味ではないよ、普通の感覚です、婆さんよりは やっぱり若いほうがいいでしょ、筍は竹になったら食えない、刺身だって古くなれば腐る。  心配無用、何もできませんから・・? 意志に反して手が動くこともあるが 手の動きで女を泣かせるのは昔の話、今は自分が先に泣きます、唄で泣かせますから・・・ 

一目惚れというのがあるが 好きな曲に出逢うのは「ひと聴き惚れ」だ。 

シナトラのmywayに出逢ってから四十年、オラずうっと惚れている。 mywayはオラのレパートリー、テーマ曲、無二の親友だ。 always love youも女の親友になりそう。  好きかどうかは主観だから人夫々、ド演歌いのち・・の人もいる。 それで幸せになれるなら いーんじゃないの。 歌の力はスゴイよ。 好きな曲は永遠の恋人だ。 

4月中旬、冷たい雨がザーザー降る、東京で雪が降る・・・? やまない雨はない、明日になれば眩しい日差しの陽春がやってくる。  こんな春は せめて素敵な曲でも聴いて みんな平和で元気になろうよ・・・・

人の世に涙の川がある 苦労の山がある その川を渡り その山を越えるとき 歌という友がいる(遠藤実さん)

◆近況報告 二月から杖を持っている、扱いが慣れてきた。 困るのは家の中で 杖を探すことが多くなった。 サスガはオレの杖である、ちょっと目を離すと 何処かへ行ってしまう・・・? 杖の置き場所忘れるとは 足の調子が良くなったと喜ぶべきか ボケが入ったと心配するべきか?      To be or not to be.(ハムレットじゃねぇんだから・・・)メガネかけてメガネ探すことは まだないけどね。   大病から生還して二年間、バカにだけはなりたくないと歩きまくった、歩き過ぎが足を痛めた?  沢山歩いても 利口にはならなかった! 身体もバカも現状維持なら 上出来であります。 

 

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今年のプロ野球

◆この頃 言いたいこと (最近の話題をユニークに) 

道端に花の咲く季節になりました。 

Photo_2  三年ぶりにベイスターズの野球観たよ。  横浜・巨人開幕戦、

今年の順位予想、ベイスターズオヤジのボヤキ

  巨人の選手が大きく見えて 王・長嶋の黄金時代と同じだよ、バランスとれた最強チームになったよ。  平成になってから こんな巨人は初めて見たよ、このままなら十年は巨人時代が続く、少年野球で大きい子の揃ったチームが強いのと同じである。 若手の坂本、松本、亀井・・ここらが皆一流になる、よそから来た子じゃないからいい、こうなって欲しかった。 巨人育ちの有望選手が 強力な補強ではみ出さないように使い続ければ。   キャッチャー阿部が大きくなった。  横浜と比べたら身体の大きさが違う、大きく見えるのは横浜は「村田」だけ?    

セ・①巨人、②阪神 ③中日 上位はこの三連単。 補強が成功したのは阪神「城島」、投手力でみるなら①中日②阪神③巨人・・・の目もある。  城島がツボにはまって阪神一位もある。 オラがやると競馬みたいになるが。 本命サイドの堅いレースであります。    パ・リーグは ①西武②ソフトバンク③日ハム・・・これも投手力を比較したら こうなるね。

強い捕手がいるとき チームは強くなります(谷繁=横浜、矢野=阪神、古田=ヤクルト、達川=広島、伊東=西武、・・etc、皆不動の正捕手です)。  98年、横浜が優勝したのは 高校生谷繁をドラフト一位指名して十年計画で育てたからだよ。   大魔神という絶対的な軸もいた。 ぼやきたくなるのは 大魔神、谷繁、ローズ、去年辺りから石井拓郎も 一流になりかかった捕手相川まで・・・み~んな いなくなってしまった。   あのときのベイスターズも皆大きかったよ。  高橋由が八番とは、こんな贅沢なオーダーならオレが監督でも優勝だよ、打順はジャンケンで決めるよ。  巨人の先発は何処へいっても皆四番で定着できる全日本軍だよ。   野村監督がぼやくのも分かる、ラミレスも藤井も野村監督の弟子だからな、 阪神の金本、新井・・・、広島ファンからみたら 二人とも広島の四番だへ゛・・・。     毎年 どこのチームも出入りが多すぎる、監督のせいでもなんでもない、企業の力、金の力で強いチームができる、こんなこといつまでもやってると野球の人気が落ちるよ、巨人の人気は上昇するが。 利益を独占しようとするからこうなるのよ。  業界全体が発展すれば自分も発展する、共存共栄が真の発展をもたらす、それが解っていないから 世界的恐慌になるのよ。  勝負事は全て戦国時代が面白い、どこが勝つか判らないから皆熱狂するのです。  若い頃から長く同じチームで選手が成長するからファンの愛着も生まれ日本野球のレベルが向上する。  オラが危機感持ってもどーにもならんけど、ずっと前からボヤいてるけどな。   今年もしょーがないか、横浜と広島で最下位争いのお友達になりそう。  ぼやいてもしょーがないから 応援しましょう、元々弱いからファンになったのだ。  

◆タイガーウッズが不倫騒動で去年からみんなに怒られて。  超一流の証だと 金メダルやればいいのに、そのうち引退まで余儀なくされたら 朝青龍と同じになる。  石川遼君は日本の宝だ、タイガーに憧れ 目標にするからエライ、三十過ぎたら愛人20人ならタイガーを越えられる。 ゴルフ界では世界の宝になるよ。  石川もタイガーも 世紀の天才だよ、素人でも分かる、あの振り、素晴らしいスイングで常にホールインワンを狙っている、SEX依存症なんて失礼だよ、タイガーだけではない、人間は皆一緒なのだ、お釈迦様から「勝手にしろ」と許可されたから人間は一年中産卵期・発情期なのだ(2007年「猫のはなし」でやっただろ)   世の中は悪いとこばかりを皆で突っつく、孔は男の憧れ、素直でいい男だよと賞賛する人が少ないとは 情けない。                                                

◆観光地で野生の猿が悪さをするので 猿にえさをやったら罰金一万円とか・・・のニュースをやっていた。  どーしてもエサあげたい人は一万円猿に渡して それを持って猿が買い物いくようになったら面白いけどな・・・

マグロ 地中海のマグロ、クジラ・マグロを食わない民族が 今度はマグロでイチャモン付けてきた。  マグロも牛肉も 安く食べられるなら世界は平和である、・・・、 争いの絶えない南の国の民は飢えている、クジラ一頭の肉で 餓えた子供たちを何人救えるだろうか・・・。 北の国からミサイルが飛ぶ、あのミサイル一発で何人分の米を買えるか 北の民は知らない・・・、日本民族も牛肉食べるから欧米もマグロ・クジラ食べれはいい。 牛のウンチがCO2(二酸化炭素)を排出する。  牛丼が安くなるのは牛丼業界のCO2削減努力、 日本の協調性かも?  平和な世界だからこそ美味しいもの食べられるということを人類はまだ理解していない。 人間は愚かだね、野球がマグロの話にまで発展して それを嘆くオレもバカだけどね。            

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総司の恋・遼太郎文学の新撰組

「おけいは泰之進を無邪気な男だと思った。おけいの体を初めて抱いたとき、「ああ。おんなはいい。おれは京へのぼったのは、京のおんなを抱きたかったからだ」と あどけないほどの高調子でいった。   おけいは、この男に尽くしてやろうと決心した。ときどき、泰之進の体から血のにおいが匂ったり、着衣に返り血がついていたりして、おけいはおぞ毛の立つこともあったが、その無邪気な顔を見ていると、この男が毎日のように京で人を斬っている新選組の浪士だと思えなくなるのであった。」(油小路の決闘)

新撰組血風録、司馬遼太郎先生のこんな文章が好き、オラが評価するのも僭越だけど オラ遼太郎先生のファンだからな。  新撰組はコワイ侍の集団、怖い人にも優しいところがある、優しい人間性を見つけようとしている。 遼太郎文学・・オラやっぱ好きだな。 この怖い男たちが愛嬌あって 特別悪い男たちと感じない、

日本の四季、歴史・伝統、生活習慣等が学べる・・・。

剣道という運動競技の観点から考察すると 新撰組で最強は沖田総司である。 

池田屋へ斬り込んだのは 近藤、沖田、山倉新八、藤堂平助の四名、新撰組の最強ベストメンバーである。 今の巨人に例えれば坂本・小笠原・ラミちゃん・亀井てとこかな。

一人の死傷者も出さずに 倒幕派浪士二十数名に勝った。  この激闘で沖田総司が吐血したのが新撰組としては大損害であった。   四名では不安・・・との思惑もあったが 敢えて決行したのは 総司がいれば大丈夫であろう、 総司は百人に値する抜群の剣客という近藤・土方の高評価があったからである。

総司には「恋」もあった。 清水寺の茶屋へ餅を食べにゆく、美しき少女お悠が毎月八のつく日に清水の滝へ水を汲みにいくのを知っていた、「あの娘を遠くから眺めているだけで良いのです、清水の桜もキレイだな、来年もこの桜見れるだろうか・・・」頬を赤らめながらポツリと言う。  あいつ色気づきゃがったか、子供じゃねぇんだ もう21歳だ、嫁に貰ってやりたい、どんな女か見てきたい・・・、歳三は総司が不憫でならない、子供の頃から兄のように慕ってくれる この素直で純粋な若者が 愛しくて 心配で、強引に清水へ同行したのである。

恋しい人を遠くから見ているだけでいい・・・野菊の花を摘んで お悠に渡したい、少女のような感性と優しさ、毎日のように人を斬る総司のお悠を見つめる瞳が何故あんなに悲しいのか、それがやりきれない、歳三は見ていられないほど切なく哀しいのだ。 

 篠原泰之進のように 通りすがりの女を抱きすくめ 俺の妾になれ・・・、そんなタイプの変なおじさんの集団、それが通用するなら ある意味良き時代かと平成の変なおじさんには羨ましい話であるが、 新撰組にも 総司のような純情がいたのである。

ガキのころから体の弱い子だったが 欲も裏表もない いいやつなんだよあいつは、桜の小枝を折るくらいの感傷で人を斬るのは 生まれつき背負った不運に せめてもの反抗を示すように思えて 総司を見ていると泣きそうに切ない思いになる歳三であった。

 血も涙もない 冷たい男と後の時代にまで皆から嫌われた歳三にも アットホームな心配事を抱えていた。  自信家の歳三が 唯一の気がかりは 可愛い弟分「総司」のことだけであった。

怖い男土方歳三にも涙するときがある。新撰組の人は みんないい人のように思えてくるから不思議である。  遼太郎文学が伝えたいのは「人間の優しさ」だ。 「人の幸せは優しさ、優しさがヒューマニズムの原点だ。  遼太郎文学のここが好き。

◆沖田総司の愛刀は「菊一文字則宗」国宝級の超高級品である。 車ならロールスロイスorフェラーリ? 遼太郎先生は 美しき天才剣士には気品の高い刀が似合っていると、総司を刀によって更に美しくスマートに描いたのです。 しかし毎日人を斬っていたなら もったいない。 実際には大事にしまっておいて 実戦用は何本も使用していたのです。  新撰組は元々武家の出身者ではない、先祖伝来の家宝の刀がないから 皆武士のシンボル刀に憧れていた。 ブランド品に拘った。 近藤勇は「虎轍}を愛した、有名な話である。 これも雑学、そのうち刀のお話もやってみたい。    

新撰組血風録原文「(総司が妙な咳をする)と土方が気づいたのは、元治元年の3月のころであった。「ひょっとすると、近藤さん。あいつは労咳かもしれねえな」「ばかな。咳ぐれえは、おれだってする」「あんたの咳とは違う」「思い過ごしだよ。あいつの咳は子供のときからだ。まあ、いずれ、いい医者があれば診せるとしよう」近藤にとっても土方にとっても沖田は実の弟のような気がする。二人とも末弟で弟というものがなかったから、そういう実感でした。この年、沖田総司21歳。近藤勇31歳、土方歳三30歳である。これに井上源三郎を加えて4人が天然理心流近藤周助相弟子であった。この4人には、他の武士には見られない「友情」があった。総司の両親は若い頃死んだ。労咳であったかと思われる。総司は姉のお光に育てられた。総司が同志ともに江戸をたつとき、お光は道場までやってきて、近藤と土方に「総司のこと、お願いします」と細い指をそろえて頼み入った。

「総司さん。若先生を父、土方さんを兄と思って、おつかえするように」「いやだなあ」近藤と土方は大真面目で「実の弟以上の気持でお引き受けします」と答える。しかし竹刀を取らせれば、近藤も土方も、この若者に及ばない。何万人に一人という天稟を持って、沖田は生まれついていた。しかし、彼は欲というものを置き忘れてこの世に生まれたような若者であった。」

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