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5月・少年と海と先生とお弁当

八島先生と5月の海

少年がひとり 防波堤の上にぽつんと座って海を眺めていた。 

坊主頭の天辺には大きな傷跡が二つある。 年がら年中生傷の絶えない子だった。 

問題をよく読まずに答えを書く傾向がある、担任の先生が心配すると 母は「無鉄砲な子ですから・・・」と、二人でため息付いていた。 

頭の傷は 三歳のときに玄関のガラス戸に激突して大出血、ガラスの破片を取り除く大手術で死に損なった傷跡である。

2個あるのは同じ激突を二度やったからである。 先天性「前方未確認先行型」である。 最初の時、母がタオルで頭を押さえパニック状態で病院へ走った、手術に立ち会って気絶したので、これはお母さんのほうが大変だと病院中が大騒ぎになったそうである。  それ以来 少年の髪型はクリクリ坊主のマルコメ君スタイルになった。

これならいつでも手術の準備OK、長い髪だと傷口が判りにくいから? 母の作戦であった。 

足下の海には弁当の箱が波で岩に打ち上げられ かもめの群れが啄んでいた。

多摩川の河口、羽田~大森付近の東京湾(江戸前・・東京名物海苔)で海苔の養殖を見学してお昼になった、みんなであの堤の上で海を見ながらお弁当にしましょう・・・、先生の号令と同時に 子供たちは一斉に走りだした、堤の下で少年は持っていた弁当の包みを放り投げた、急な斜面を駆け上り 一番で頂上に到着、肝心な弁当は勢い余って 反対側の海へ坂道を転がり落ちていた。 絶望的で なんとも情けない光景であった。 

大きなバスケットを持った先生が堤を登ってきた、肥った女性教師八島先生が少年の隣に座った。  

「そういうのを・・むこうみず・・ていうんだよ。  一等にならなくていいのよ、急がばまわれ・・・諺があるでしょ、お母さんの作ったお弁当 楽しみにしてたのにね、向こうに何があるか確かめないで投げるから・・・、向こう見ずだからいつも損するのよ、 前から何度も言ってるでしょ 」

「大丈夫、そんなこともあるかと思って 先生沢山作ってきたから 先生のお弁当一緒に食べようね・・・」   

バスケットの中には三角のいい形をしたおにぎりが並んでいた、たらこのおにぎり、パリッと香ばしい海苔に包まれた白いごはんを頬張りながら 少年は涙がポロポロこぼれた。

「泣かないの、男の子は泣いちゃいけない、泣いていいのは お母さんが亡くなった時だけだよ、 あなたは先生の云うこときかない きかん坊だけど 優しい子だよ、先生は解るよ、 お母さんに悪いことしたと思ってるのね、みんなで四葉のクローバー採りにいったとき あなたひとりで五本も見つけてくれたね、先生嬉しかったよ、宝物だよ、大事にするからね・・・ 」往き来する貨物船の煙を見ながら 何故か情けない、先生の一言一言が 身に沁みる。 

「こら・・、男の子だぞ、こんなことで泣いたらいけない、食べなさい、おなか一杯食べて 大きくなりなさい、大きくなって大人になると もっと大変で悲しいことは いくらでもやってくるよ、お母さんが死んだとき以外は泣かない男になるって 約束してほしいな、顔ふきなさい、みんな来るよ 泣いてたら恥ずかしいよ」 先生がおしぼりを出して顔を拭く、「アレ、この白いのナニ? カモメの羽根?産毛がくっ付いてるじゃない、」ハ・ハ・ハ・ハ・・・頭を拭きながら二人で同時に笑った。

ここは東京湾、この海のずっと先に 大島、三宅島、伊豆七島があるのよ、社会科でやったでしょ、先生が生まれたのはそのもっと遠くの八丈島だよ。  海はいいな~!夏休みに八丈の海で泳ぎたいね、一緒に行こうか、」「ウン・オレも行く・・」

本当に行きたいと思っていた。  先生はションボリしている少年の坊主頭を撫でながら 話題を変えて 元気づけようとしていた。  先生は海を見ながら「われは海の子白波の さわぐいそべの松原に・・・・♪」小さな声で唄いはじめた。 少年も途中から一緒に口ずさんだ。  そうか・・先生は「海の子」だったんだ、ひとつの発見をしたようで嬉しいと思っていた。 半世紀後、少年は 宴会のカラオケで都はるみ“あんこ椿”を熱唱、「ウンコー便りは??・・・あ・あ・A・A.A.A.AN、かぁた便り~♪」 これを唸るとウケるから嬉しい中年の酔っ払いシモネタおやじになっていた。 

おにぎりを三個食べた、伊達巻玉子にソーセージ、牛肉の佃煮、板チョコが一枚、戦後の食糧難時代には珍しいご馳走であった。  

「おなかいっぱい・・・」「もぉいいの? 先生の心配しないでいいよ、みんな食べちゃっていいのよ、先生は もう沢山、これ以上食べたら 本当にお嫁に行けなくなっちゃうよ・・」何を食べてもオイシイ、美味しいから余計に切ない。

少年は 八島先生が好きだった。 一番前の席で いつも先生の近くにいた。 目を離すと すぐにワルサをするから先生の手の届くところに置かれていたのである。

先生も この少年に手を焼きながらも 周囲にえこひいきと囁かれても 彼が特別に気になる存在であった。

Photo 雨で泳がないこいのぼり・4月27日  

四葉のクローバーは願い事が叶う「幸運の葉」、みんなで先生に四葉を探してやろう・・・誰からともなく言い出して 多摩川の土手へ四葉を探しに行ったのは先週であった。 少年は必死になって五本も見つけた、誇らしげに先生に手渡した。  

先生の幸せって・・・、素敵な人のところへお嫁さんに行くことかな? 少年には先生のお嫁さん姿がイメージできない、先生を抱っこできるのは吉葉山くらいなもの・・?先生はそれほどのデブちゃんであった。  でも先生が好き、憧れのあの人は 罪なことに先生だったのかもしれない。

「さあ・帰ろう、今度はみんなと一緒に ちゃんと階段降りて帰ろうね。」先生と手をつないで堤の上からゆっくり降りて帰った。

空が碧い、暖かい初夏の陽射しに包まれて、穏やかな風と潮の匂いが爽やか、小学三年生の5月であった。  少年は 先生と過ごしたこの短い時間と おにぎりの美味しさが 彼のその後の人生に いつまでも残る記憶になっていた。

About Me  十年後、少年は社会人になって燃えるような恋をした。 新婚二ヶ月目、毎日が愛の囁き、幸せな日々、ある夜突然 母の訃報がやって来た。

余談きみまろ風・ 若く美しい恋人同士だった、愛してる?どれくらい?・・・愛があれば何もいらない、ゴハン食べなくても生きられる。 新妻は寄ると触ると逞しい彼の腕に抱かれて唇を奪われる・・❤あれから四十年・今奪われるのは 晩御飯のおかず??「おならしたでしょ、パンツ着替えなさい・・!」彼はパンツを奪われる。 囁く言葉は・一緒のお墓に入ろうね❤、寄りも触りも見向きもしない・・でも・愛の誓いは永遠に変らない・・? 我が家だけではない、所帯が古くなると 日本ではどこも皆こんなものですから・・)  

通夜の席で八島先生に再会した。  挨拶しようと先生のところへ・・・大人になったところを見せたい、しっかりとお礼を言うつもりで畳に手をついた。 

「先生・お久しぶりです、・・・」そこまで口にして 後が出てこない、感極まって正座している先生の膝のあたりに顔を埋めて 号泣した。  

先生は 彼の頭を撫でながら「悔しいね、悲しいよね、先生も悲しいよ、泣いていいよ・・ 泣くのは今だよ、羽田で約束したでしょ、憶えてる? 先生は憶えてるよ、今しか泣くときないからね・・・ちょっと・・・、汚さないでよ、今日はいいお洋服だからね 」 

心地よい涙であった、中途半端に泣くのではない、泣くなら今だ、男が泣くのは 今しかないのだ・・・、一生分の涙を ここで全部使い切ってやろう・・・彼なりに納得して号泣していた。 先生には頭が上がらない、この先いつまで経っても いくつになっても先生は偉大な存在であると思っていた。

少年にとって母の存在は偉大である、先生も同じ、偉大で巨大な存在、仰げば尊しわが師の恩である。

後に同級生の結婚式で 再び先生と同席した時 教え子が 母の葬式に私の膝で泣いたという話が美談になって 同僚や子供たちに話したという。  先生も嬉しかったのである。  教え子と共に喜び 共に悩む、親身になって子供に接した自分の教育法が納得できたからである。

余りにもドヂで情けない話だから 他人事のように「少年」のストーリーにしてしまったが これがガキの頃の自分である。  先生も仮名だけど 現実の話である。

自分という人間を 肉体も精神も、全部ひっくるめた一個の生命体とすれば その材料も内容も 全て「過去」の積み重ねである。 分析すれば莫大な種類の材質で構成された生命体である。   過去があるから今の自分が存在する、

思い出、親の恩、感謝の気持ち、そんなことをとやかく言うのは 人間くらいなものである。 人間以外の動物が「思い出」に心動かすことはない、だから人間は偉いのである。

犬が散歩で 同じ電柱にオシッコするのは その電柱に思い出や愛着があるからではない、

歴史の勉強は未来を知りたいからだ、勝ち馬検討で馬のデーター分析するのは勝ち馬を推理したいからである。  「思い出」を無駄にしてはいけない、未来は未知の世界、過去は現実、信頼できるデーターである。 過去の経験を教訓にして明日への方向性を探ることはできる。 「振り向くな」というけれど たまには振り向かなければいけないよ、車もバックミラーがなければ危険走行になる。 

学校に未練はない、思い出なんか何も無い・・・現代人はそれで普通かもしれない。 

誰でも今が大切、子供の頃を思い出してるヒマなんか無い。  

人生は時間よりも内容、「充実」とは一日一日が「思い出」に残るような日々を過すことである。 人生は出会いと別れの繰り返し、お弁当を海に放り投げるドヂをやったから 八島先生を独占することが出来た。  失敗が後悔になってはいけない、反省と後悔は違う、失敗を反省して将来に役立てなければ過去の価値がない。   

良いことも悪いことも色々あったが 色々なジャンルでオラ先生には恵まれたな。 

学校の先生、野球の先生、囲碁の先生、病院の先生は命を救ってくれた。  改めて感謝したいのです

Photo   

大病から三年目、近況

5月の青空、オラには記念日が沢山ある。 4月末 病院のロビーに「端午の節句」でお洒落な飾り付けがあったよ、三月には「お雛様」だった。 「希望」の書が男の子らしくて 良かったよ。  定期検査の結果も良好、まだ生きて元気に能書きたれている。 みんなのお陰だ、ありがたいことである。 

思い出なんか 何も無い・・・それじゃダメだよ、

本当に思い出すことがなにもないのはバカと同じだ、思い出ないのは夢も希望もないのと一緒だよ。  そういう人がいるから今どきの教科書では円周率πがになったりする、   3.14・・、昭和の子供は皆知っている、オレは数学苦手だけどな・・、五百桁くらい暗記する人もいるが そこまで記憶しなくてもいいけどね。  三角形の二辺の和は他の一辺よりも大である・・証明せよ・ 直線のほうが早く走れる、曲がり角あると衝突して また頭怪我するから・・?(オリジナル 回答)   

思い出は沢山あるほど人生が充実している。 思い出が多いと ブログのネタが切れることがない。 千回更新が目標になる。 長く降り続く寒い春の雨が止んで、暖かい陽射しの5月がやってくると 我が人生で最初に出逢った素敵な恩師 八島先生を思い出す、母の命日も5月である。 お母さんに感謝するのは母の日だけではないよ・・・と云いたいのであります。 人生は日々人との出逢い、自分を心配し、愛してくれた人は誰だったのか、充実した日はいつだったのか、    

もう一度考えて 思い出してみなさい、明日のために 今日もベストを尽くそうと意欲が湧いてくる。 失敗しても大丈夫、過去のドヂを今日の勇気に変えてくれる人もいる、弁当を海に放り投げても おなか一杯になることもある。

「感謝の心」を忘れてはいけない・・ということである。  

 オレが人生を論じても 説得力ないけどな(^.^)、  

Photo_2  

  

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