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2010年7月

アンネの日記

真夏のコラム・ 引越し その後の色々

引越しから二ヶ月になるというのに まだ整理の途中である。 活躍しているのはカーちゃんだけだけど。  二人して それなりに筋肉痛関節痛で病院通いながら頑張っている。 せっせと更新するから 肩こり、腰痛、右の手首と肘に湿布して・・・マウスの使いすぎ後遺症?? 熱中すると 必ずどこかに痛みが発生するからな。 

書籍類が多い、本、アルバム、ファイル、皆古いものだけど、なかなか処分できない。  野球をやっていたころのメモ、スコアブック、リーグ戦の選手名簿、子供たちの作文集・・など、記念品ばかりだ。

かたづけるよりも 思い出に浸ってしまう。 昨日までのガラクタは・・処分。それが明日・いいトモローへの出発なんだけどね。

ガラクタだけど捨てられない。 年齢を重ねるごとに家の中のガラクタは整理どころか増え続けてゆくのである。  そーいえば・・グローブは、愛用のノックバットは、トロフィーは・・・今更探しても出てこない。 貴重なものがなくて ガラクタばかりが残るのである。  結局人間は己の人生で輝いていたとき、幸せなときの思い出だけは 残しておきたがるように できているのだ。

先週は久しぶりに脳外科の診察で 一人で病院まで歩いて行った。 今年は脚が痛くてタクシーで通っていたが 夏場になって やっと颯爽と歩いていけるのが進化したようで嬉しいことだった。

病院の待合室で 85歳のお婆ちゃんが若き美貌のナースと会話している。

ご主人90歳が先立って三年、元気なときは毎日喧嘩ばかりして、憎たらしくて こんなジジイは早く殺して山へ捨てにいきたいよ、でも重たくて担いでいかれない・・・・(平成の姥捨て山・ 楢山節考だよ)殺しちゃいけないよ、も少し待ってれば勝手に死ぬよ・・・、背負ったらつぶれて二人とも死んじゃうよ・・(そこまでは云わないけどね)
それが今では 楽しいこと・良かったことしか思い出せないんだよ、・・・憎いことを思い出せば ナニクソと思って元気が出るのに・・良かったときのことしか思い出がない・・・今になって仏壇にお酒とタバコ供えるなら 元気な時に好きなだけ飲ませてやれば良かったよ、生きてると苦労が耐えない、私が先に逝けなかったのが悔しい・・・と、涙拭きながら訴えている。  

聴いているナースも 「ウン・ウン・・・」と相槌打ちながら もらい泣きしてハンカチ出している。  一昨年の入院中にお世話になった病棟のスタッフだったが 名前が出てこない、オラもボケたか? 都合の良いことしか思い出せなくなったのだろうか・・・ウンコの出ない苦しみは まだ記憶にあるけどな。
オラもあの時 眠ったまんま逝ってしまえば楽だった・・と、黙って聴いてりゃいいのに 会話の中に入ってしまった。 まだまだ これからですよ、お二人とも寂しいこと言わないで・・・と、三人で励ましたり愚痴ったり、

三人とも同時にタオルで顔拭いて ク~・・!・と泣きながら、その光景が笑える、通りすがりの人が なんだ この連中は?・・と、振り返る。
笑っちゃいけねぇが 涙の集団になるとは・・・情けない。  病院は元気な人が泣ける特殊な場所である。

良いときのことしか思い出せない、年寄りは皆同じなのかしら・・・、そのグループに自然と入っていける自分が寂しいよ。

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病院へ行くとノスタル爺になってしまう、帰り道はいつも ウルウルきてしまう。  診察室で先生と笑いながら会話して 笑いの余韻が残った顔のまま歩く、    

ここでも色々あったな、世話になったスタッフはみんな疲れ果て、

八月に目の手術の帰り道で 胃カメラ検査かな?婦長さんが車椅子に乗っているのにばったり会ってビックリ、「どーしたの? 無理しないでね、お大事にしてねー、」と励ましたら、あんたに言われたくない・・・そら・そーだよな。 オレ・まだ問題児かな、今は反省してるけどな、そのうちウェブを通して みんなに「謝罪文と感謝」を表明しなければ またバチが当たる。始末書ださないと卒業証書はもらえないよな。  婦長さん・まだ怒ってるかな・・オレ・悪いことしてたわけじゃない、言葉は反社会的だったけど、中年女性をババア呼ばわりしてはいけない、オレだってジジィと云われりゃ 時にはムッとくる、真実が人の心を傷つけることもある。 ladyには分け隔てなく気配りするのが紳士gentlemanの礼節だ。  

入院中は真夜中にナースコールして、「誰か来て~、」「どーしました? 具合悪いの?どこか痛いの?」「早く来てくれないと死にそうです、若いキレイどころに来てもらいたい、大至急お願いします。ババアは来ないでいいから・・若手に来て頂きたい 何卒宜しくお願いします」オラは筋を通して率直に申請したつもりだが、発言には勇気が要る、協調には気配りも要る、今更ながら勉強になったよ。  世の中甘くなかったが みんな いい人たちばかりだったよ。  一番心配してくれた人が 一番疲れてしまうのが人間社会の優しさなのだ。 

後悔と反省と、自問自答しながら 思い出と共に救急の搬入口を通って帰った。

入院生活が楽しい思い出になるから オラ幸運だったと思いたい。 

去年までは 後悔や反省は弱い人間のすることだと思っていた。 ところがそーでもねぇんだな、ふり返る記憶があるうちは まだ見込みあるだろ、充実した過去があったからだ、考え方変えると勇気も湧いてくる。 
これでいいのだ、今が健康だから 反省も後悔もできる、診察室で先生と笑って会話ができる・・・有り難いことだ。 通院する間隔がだんだん長くなってきた。  時が経つほどに 先生が懐かしく思えて 次に先生と会うのが楽しみになってきたよ。 

▼▼ ここらへんから・アンネの日記

「自叙伝」を書いてみたらどうですか・・・と 後輩W君からメールがきた。 彼は真面目で仕事のできる好青年だ。

ブログは「自叙伝」そのものだけどね、生い立ちから女の話、主義、趣味に病気まで、 個人情報丸出しだけどね・・・。 でも改まって自叙伝のカテゴリーを意識したら オレのは「痔除伝」になる。 タイトルからシモネタになるけど それでもいいか・・・。 いいですよ・私もシモネタ嫌いじゃない・・直球勝負してほしい、・・・・・いいヤツだ、有望な若手だ、後輩はかわいいと思った。  オラのノウハウを全て伝授したいくらい かわいいのである。

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六月はじめころから 尻に違和感がある、体調悪いとき ばい菌に負けてオデキのような腫れ物ができる、痔に似た症状だが痔ではないと分かるのは オラが痔のベテランだから。  去年から定期的に何度か経験している。 好不調のバロメーター 毛膿炎、抗生物質の飲み薬と軟膏で 三日目くらいに自然消滅するが パンクしたらトイレが真っ赤になるから大騒ぎ「生理がきたのかしら・・二日目は多かった・」「もしも将来、子供できたら どーしよう・・・」いつも薬で治療しているが 家庭争議の元にもなる厄介な病気である。 

パンツ汚れてはいけないと 女房の使い残しの生理用品を使うようになる、使い方も馴れてきた、女心は判らないが 女の悩みは理解できそう・・? それがそろそろ在庫切れしそう、オレ最近 キレイになりたくなってきたよ、上手く貼れた時・美しい自分にうっとりしたら・どーしよう?? そういえば二年前の入院中、若いナースにオムツ交換してもらうのが快感のときもあった、 新しい世界に目覚めたかも・・?・これだから いつまで経っても進歩しない。(このくらいの直球勝負でいいか、まだウォームアップ程度だよ。 でもリクエストには応えたい、本番痔除伝やるときはこんなもんじゃない、 剛速球ド真ん中で勝負するよ、どーなっても知らねぇぞ・・)

ジョーダンきつ過ぎ、バカもいい加減にしなさい、自分で買ってきなさい、自分のことでしょ・・・女房も娘も 我が家の女性軍はこの件に関しては不機嫌になる。 疾しいことはないが 身内にしか相談できないでしょ、よそで相談できないでしょ・・・病院で訴えて もしも婦人科紹介されたら・・一緒に行ってくれるか? さすがに一人では いけないよ、恥ずかしいよ。    
梅雨明けと同時に猛暑の夏が来た。 六月までは上半期、七月からは下半期、
人間に例えれば七月からは下半身(落語家のネタ)。  横浜・巨人戦、最終回 守護神クルーンが逆転満塁サヨナラホームランを食らって横浜に敗れた、横浜のこんな気持ちいい試合は何年ぶりかだよ。 この記念すべき痛快な日、お尻のおできがパンクして 今回の生理痛は三日で終わった、・・すっきりした。 現代医学はありがたい、男の生理痛までクスリで収まるから 助かるよ・・・。これで閉経ならおめでたいけどな。 月桂冠の冷酒飲みながら 更年期障害や生理不順まで気をつかう、微妙な箇所のトラブルを抱え  様々な思いにふける今日この頃であります。  (大丈夫ですよ、冗談ですから・・私は正常、女にしか惚れたことがない、 病気のせいでもなんでもない、元々がこんなものですから・・・

★ 私の好きなブログ「野に咲く花のように」 素敵なエッセイスト 琴子さんのブログをマイリストにリンクしました。   かわいいよ、勉強になる、いいこと書いてあるよ、私と同世代戦中派、ちょっと後輩だけど 若々しいよ、若い女の子の心意気を持っている。 琴子ちゃんと呼びたい、オラ彼女のファンになったよ。かわいい人です。

先生のような気がします。 教えられることが沢山あります。 寄り道して覗いてやってね・・  

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富士は日本一の山

◆ 窓から見える富士山

335 昭和の時代には町内に一軒 お風呂屋さん(銭湯)があった。 銭湯の正面、湯船の壁には 必ず爽やかな自然を描いた壁画があった。  オラの子供のころ通っていた銭湯の絵は 緑の森と岬、手前の海に帆掛け舟が浮かんで 背景には富士山、真鶴岬の絵のように思われるが 富士と岬の先端が左のほうへ長く伸びていて その先の海がどうなってるか 女湯との仕切りの壁に登れば確認できるのだが それをしてはいけない・・・ということくらいは子供にも分っていたのであろう。
風呂屋の絵は どこでも大体「富士山」があった。 それが主役でなくても 遥か彼方に富士山がなければ お風呂の絵らしくない、それが定石のような時代だった。 幼児の絵には 必ず左右どちらかの上に 真っ赤なお日様がある。

子供が遊んでいる足元に 花が咲いて 空には太陽が輝いているのである。それと同じようなものである。

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江戸時代の風景画、 北斎、広重も・・、 どこへ行っても背景に富士の山がある。 三保の松原、浜名湖、箱根・・・、あたりなら、富士が描かれても不思議はないが 江戸時代なら品川宿、日本橋からでも見えたかもしれない。 富士山は日本人の伝統的誇り、自慢のタネなのだろうと思う。  日本といえば フジヤマ。サムライ、ゲイシャ・・・、外国からも認められる日本の象徴なのであろう。

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昔の映画で グレンフォード主演の「雷撃命令」だったかな? アメリカの潜水艦が「信龍・シナリュー」という日本軍の世界最大空母信濃を撃沈する目的で 東京湾へ入ってくる。 潜望鏡を上げて 艦長が部下に言う「我々は東京湾に入った、富士山がきれいだよ・・・」当時は訳も分からず ただ映画を楽しんで観ていたが、今だったら ジョーダンじゃないよ、潜望鏡で海面から富士山が見えるはずねぇだろ、日本は富士山しかないと思われてたとは 舐めんなよ・・・。 これは極端な話だけどね。

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富士山が愛されるのは 形が整っているから、日本人の好みの きちんとした左右同型二等辺三角形だからである。 北海道の羊蹄山は蝦夷富士と呼ばれているそうである。 津軽富士、出羽富士、岩手富士、吾妻富士、・・、そんなことならキリマンジャロはアフリカ富士、マッターホルンは欧州富士になる。 形が富士山に似ていれば 皆「富士」の名前をつけたがる。 地名でも富士見台、富士見町、富士見が丘、東京圏では 富士山が見えれば町名まで富士になる。 日馬富士、千代の富士、旭富士、いくらでもある。 富士とつけば 高貴なもの、立派なもの という評価になるのが日本人のミーハー感覚だよな。  関東・東海地方では ちょっと高いところに行けば富士山が見えるのが普通なんだけどね。 

富士が見えると 誰かに知らせたくなる、オラもミーハーだから 窓から富士が見えたとブログで公開した、みんなは スゴイ、素晴らしい、良かったねー・最高だね・と云われて嬉しいけれど 本当は自慢にもならないことである。  富士山の整然とした形は面白くない。 定規で測ったような景色よりも どこか不規則で 型崩れしたほうがいいなーと思う、富士は日本一の山というけれど オラ富士山よりも谷川岳、槍ヶ岳、八ヶ岳のほうが好き、 へそ曲がりだから?   確かに形の整った三角形が美しいと思うのは 日本人の平均的憧れである、若い女のおっぱいと同じである。 

Photo とかなんとか能書きたれても やっぱり富士山は美しい、毎朝今日は見えるだろうかとチェックするのも日課になってしまった。

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近所に川和富士という小さな山がある。 三年前の秋、この山の頂上から夕陽の沈む時間帯に 富士の夕焼けを写真に撮ろうと三日も通ったことがあった。

何人もカメラを持った人がいた。本格的なプロのカメラマンもいた。

富士の頂上に夕陽がかかる瞬間 一斉にシャッターを押す、人間は誰でも感動の瞬間は似たようなものなのだろうか。 シャッターチャンスが 一瞬しかないから 都会の人は皆 富士山を見つけると幸運に似た神秘的な気分になる。  それ以来いい絵が撮れたら貼りたいが オラにはなかなかチャンスがない、まだまだ初心者だ、カメラは進化してるけどね。 

川崎時代、囲碁クラブの仲間四人で厚木へ引っ越したオヤジの家へ泊りがけで遊びに行ったことがあった。 越後生まれの律儀な大工島本さん、十歳も年上で 職人気質の純粋な男だった、囲碁談義しながら酒を呑むだけのことだったが。
そこの息子に ここなら富士山がよく見えるだろ・・・と訊いた。 「ここらへんに富士山はねーよ・・・」活発なヤンチャ息子であった。 距離が近すぎても 角度的に富士山が見えないこともある。 数年後、風の便りに島本さんの訃報を知ったのは町田の山奥、うぐいすの啼く庭で花の手入れをしている頃だった。 私は友を失った、自慢の庭も失った、しかし 持病という心優しい友がいる、ずーっと離れずに付いてきやがる。 島本さんは病気とは無縁の元気な頑固オヤジだった、喧嘩は強いが碁はヘボだった、オラに六目置いて 何度でも挑戦してくる。 名人に(オラを名人扱いしていた)勝てる日まで 俺は長生きしなければ・・と、彼の口癖であった。 

西の空が青い朝、富士の姿が見えると 今日はラッキーなことがありそう・・と、ちょっと幸せ気分になる「ここらには富士山ねぇよ・・・」あの子の声が 今でも記憶に残っている。  色々あったが ま・いいか、今は穏やかな日々 毎朝富士という決して動かない頑固な日本一の山が眺められるから。

オレは今 富士山の見える場所で生きている、幸運なことだ、 島本さん・ あの世では 四目で勝負できるように強くなってください。
心の中で彼に語りかけると富士の姿が淋しくなるから 明日からは富士に向かって合掌をすることにしよう。 今日も 新しい朝を迎えられたことに感謝しよう・・・?? オレ・いつの間に こんなになったのかな??なんか年寄りぽくてヤダネ・・・    富士はひとつだが 見る人の想いは色々、人生いろいろである。

Photo_7 八ヶ岳 こんな不規則な形の山が好き

2007年中央高速バスの窓から

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小さな幸せのはなし(3)セキレイvsカラス

 オラの寝ている部屋の窓辺で 毎朝ピーピー・・・と小鳥の囀りが聞こえる。新居の屋根裏(屋上・ボロマンションだけど)にはセキレイの巣があるらしい。

Segurosekirei 図鑑                       この辺は緑が深いから 野鳥が多い、セキレイの道という散歩道まである、セキレイ、濃紺と白、二色の縞模様、動きの速いスマートな小鳥である。 森で何度もカメラ向けたが すぐに逃げられる、シャッターが間に合わない、俊敏な野鳥である。 

意外と爽やかな声で啼く。 小鳥だけなら のどかで優雅だけどね、カラスも時々ガーガーと啼きやがる、 これがむかつく。  このごろは 好き嫌いがはっきりしてきた、頑固爺になったのだろうか、 カラスは昔から好きくない、鳴き声だって 出ないウンコを力むように聞こえる。

カラスが鳴くのは カラスの勝手だから しょうがないけど カラスという鳥は 貧しさと汚さ、えげつなさの象徴のようでオラ嫌いだ。  もしもカラスが セキレイのヒナを襲うようなことをしたら オラが仇とってやるからとセキレイの親鳥に伝えたいくらいである。  陸のカラス、海の鯨・・、これらの生物が自然を傷つけている、自然破壊の最高責任者は核実験や戦争する人間だけどな。 人間にもぶっ殺したいほど憎たらしい悪い奴はいる。 必殺仕事人のラストで仕事人が悪い奴に止めを刺すときに「とりあえず地獄で待ってろ、今度会ったら もう一回殺してやるからな・・」カッコいい台詞があったよ。 俺もワルだが 世の中には絶対に許せねえワルがいる、仕事料関係ない、何度でも殺したいワルがいる・・・・。 このての時代小説が オラ好きだな、晴らせぬ恨みを晴らすのは現代人の夢だから。

ところで もう七月、梅雨の真っ只中に 明るい話題を更新したくなった。

今朝は小鳥のさえずりで目が覚めた。

久しぶりに朝から青空、 プール行こうか・・と、カーちゃんと二人 一年ぶりにプールへ行く気になるとは、太陽の明るさの力はスゴイ、人の心まで積極的にしてくれる。 

 うなだれて 明るくなりきった秋のなかに悔い ていると その悔いさえも明るんでしまう. 八木重吉

八木重吉さんの詩が認められるのは 心に残るほど美しく清純だからだ。 

オラもたまには「うなだれて」「悔い」て、ナイーブなこと書いてみたいが   どーいうわけかシモネタになるから いまだに評判悪い。

一年ぶりのプール、お客の爺さん婆ちゃんもスタッフのネエちゃんたちも変わらない、「久しぶり、お元気そうですね」

皆笑顔で 久し振りの頑固おやじを迎えてくれる、健康の有難さが身に沁みる。 普通に歩ける、運動できることって 素晴らしい、おなか減るのも普通なら 普通が 一番幸せなことだった。      ゆっくり泳いで、歩いて、水は気持ちいいね、終わってからソフトクリームかじるのも 以前と同じペース、夜は酒が旨い。
ということで 競馬用語で言えは「本格化」「上昇」「本調子」であります。

カーちゃんは三十分黙々と泳いでいる、女は強い、北島を意識してる場合ではない、当面のライバルが 一番近くにいるではないか。

Photo朝市 地元農家の朝市、新鮮で安いから 人気があるよ、早く行かないと すぐに売り切れになる。

★余談  セキレイの剣  戦国時代の剣術名人 塚原ト伝が セキレイの尾を振る動きからヒントを得て刀の先を上下に動かす構えを考案した。 正眼の構え、又は中段の構えが現代まで伝わる剣道の基本になった。 打ち込みと守り、攻守両用の最適な姿勢になるのです。 剣道の試合では選手は竹刀の先端を上下に動かして構えています。 相手の動きに刀が反応しやすいからである。セキレイはスポーツ部門でも人間の役にたっている。  

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