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2010年8月

今はもう秋・さんま食べたい

Photo_2 百日紅の花

 こんなのが好き    ◎お母さんが小さい子(幼児)に 絵本を読んでやっている 親子の姿。  ママも子供も どっちもかわいい、平和な光景である。     ◎ 仔犬・子猫を見ると 女は「かわいいー・・」と猫なで声になる。  タコの赤ちゃん、めだかの赤ちゃんも・・「かわいいー」三人も集まればキャーキャーと「かわいい」の連発である。 小さければかわいい?、めだかの顔が見えるのかよ。

確かに動物の赤ちゃんはかわいいけど 「かわいい」を云ってる女性に かわいいのは稀である。  なんてったって かわいいのは よちよち歩きの人間の赤ちゃんである。    ◎ その赤ちゃんが発する言語がかわいい、孫がチビの頃、カタコトで喋る日本語が そのまま我が家の日常会話に採用されているのもある。  例えば「味噌汁」は「ミシショル」「エレベーター」を「エベレーター」 まだ沢山あったが ここで列挙するほど オラは記憶がない、アホですから。  そういえばこの頃は 人の名前を忘れることが多い、お世話になった人まで 名前が出てこない、これはいけない、義理と人情を忘れることになる。   アホは元々だから悲観することはないが 忘れたことが気になってしょうがない。  忘れたことが分かっていれば まだ本物のボケではないという説もある、本当のボケは忘れたことも忘れてるからね。   最初からそれなら幸せだ、 ここまで何の苦悩もなかったと 今更バカに憧れる自分は やっぱりバカかしら・・・と、心配になるから情けない、脳がないのに脳出血で倒れ(花子さんのネタ)るとは・・?・・川で溺れる河童ほど情けないドヂだった。  いまだに肉体的不具合が何もない、脳みそがないのが幸運だったから 三度目の秋を迎えることができた。 先生とスタッフと・・みんなのおかげだ、   病院から帰るときは いつも感謝の気持ちでいっぱいになるよ。  ありがとうを具体的に伝えたい人は沢山いるよ。  

 Photo_3    

◎焼き魚が食べたい、秋刀魚でごはんが食べたい・・・、わけもなく 突然憧れの食べ物が気になってしょうがない、ふわふわタマゴのオムレツが食べたい、はまぐり食べたい・・後輩に時々これを云う男がいた。 積極的で明るい男だった。  オレは彼が好き、この感性を持つ人が好き、信頼できる。

  高級食材や旬のものは いつでも食いたい、そんなのと関係なしに このクソ暑い夏に 鴨鍋が食いたくなったり 真冬にところてん食べたくなったり・・・ふいにこみあげてくる感情、これって 健康なのだろうか、オレ・大丈夫だろうかと思うことがある。  疲れたときに甘いものが食いたいのは 肉体が要求する・・というようなことを聞いたことがあるが、それが現実に食えなくても 「食べたい」という気持ち、焦りにも似た期待感が スゴーク快いことがある。   現役の頃 娘が幼稚園時代に オラはパフェが食いたくてしょうがなかった。  但し 中年のおっさんが 一人でペコちゃんとポコちゃんが立っているお店で バナナサンデーを食べていたら気がひける、娘を連れて 親子で甘いもの なら自然の姿、子供は喜ぶ、自分も満足する。   食いたいもの食うのにも 何かと骨の折れる世の中である。  今も同じである、 生クリームがたっぷりの さくらんぼの乗った バニラ味のフルーツパフェ食べたいよ、孫娘 付き合ってくれないかな・・・なんて思うときが 健康でハッピーだ。     夢はいつでも 持ち続けていたい。  食いたいものは まだあるよ、恋もしたい、恋は昔から ずうーっと 年がら年中したかったけどね。  ときめきの恋心、いつでも夢があれば 人は若くて綺麗になるよ、 実戦にまで行き着いたら このクソ暑いのに いい年して頑張るのは大変だから・・憧れだけで充分でしょ。  爺さんがプレッシャー感じなくても良いからな。

Photo さんま

   

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八月は夢花火

★夏祭り・いわゆる普通の日記

Photo_7 夏祭り、盆踊りに特別な郷愁のある友人が何人かいた。  オラの世代で 地方出身の人に 盆踊りいのち・・・という男もいる。 夏祭りのときに女の子をひっかける・・・青春の思い出は「盆踊り」、それしか出遭いの場がない、それを聞いて気の毒なヤツだと思ったこともあった。

オラの場合は都会育ちだから少年期に盆踊りの思い出はない。 盆踊りが楽しみに思ったこともない。 また身もフタもないこと言うけどな。 青春が盆踊りとは・・ただのイナカッペだろが・・と、偏見もあった。 その点私は恵まれた環境で育ってきた、女との出会いに不自由することはなかった。 但し、モノにするのは簡単ではなかった。 

盆踊りは 田舎臭くて見に行きたいとも思わなかったが 今では そんな故郷のある人が羨ましいと思うようになった。  私には 親がない、帰る故郷もない、モノ心ついてから 東京と神奈川を何度も引越しして それなりに寂しいものがあった。  一昨年大病を患ってから 周囲からやけに優しくされる(よくあるパターン?・先に逝く者に優しくする??? ) この街へ来てから いいこと何もなかった、意地になって歩いた、何かいいことあるはずだ、バカのくせに バカにだけはなりたくねぇと歩かずにはいられなかった。 正直 舞い上がっていたから情けない、目的もなくウォーキングするとボケ老人の徘徊になるよ。 途方にくれて歩く日もあった。 夏祭りの会場が去年まで歩きまくったお散歩コースだった、変わらぬ景色に再会して ひとりしんみりしてしまった。 道端の草花に季節の巡りを発見して癒される日もあった。 百日紅、ムクゲ、バッタ、トンボ、季節を感じるのは やはり夏である。

82101  

新居のベランダから見る景色、 見下ろすつもりはないが 目線は水平より少し下のほうを眺めている。 横浜港・伊豆半島・丹沢山系に富士山も・・遥か彼方に眺められる、 オラの好きな眺めだ、前向きになれる眺めである。  環境が気分に影響する、人は案外単純にできている〔オレがその程度なのかも〕

Photo_2  相田みつおさんの書

                           

ま・いいか、ここが人生の最終住家なら まあまあの設定だ、

眠りながら 入院中にやってたように カラオケの寝言やりながら楽に逝ければ明日でもいい。 やることはやってきた、旨いものも大体食ったし、これからの毎日は楽しいことだけを考えて 不運を悩んだり恨んだりするまい、嘘をつくまい、人を裏切るまい、自分なりに納得した日々を味わいながらいこう。 人生は哀しくなんかない、面白いのだ、これからだ(シモネタやってれば 更に面白くなる。)

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夏が過ぎ風あざみ だれの憧れにさまよう             八月は夢花火 私の心は夏もよう

夏祭りも こんな感覚なら好きなんだよ、 昭和の時代 田舎の人が東京へ憧れる動機は「立身出世」よりも「異性との出会い」が新しい感覚だったのかなと・・余計なこと考察するのは失礼だけどな。  人は 生い立ちや環境によって「お祭り」への想いも色々あるのだ。

川崎時代、少年野球に燃えていた頃は野球部の動員力を頼りにされて お手伝いに付き合ったことくらいの思い出はある。 お祭りというのは なんとなく心ウキウキするのが日本の民族性なのかもしれないが 盆踊りは オラにはダサくて騒々しいだけだ。 孫が幼稚園の頃 運動会で鼓笛隊をやった。 曲目は チュウチュウトゥレイン・・・「恋の片道切符」、ちゃんと音が出ていたから 感動したけどな。 子供たちの目当ては 屋台のお買い物である。 心ウキウキとは 屋台を覗くことである。  焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、おもちゃ類を見て回る。 ウンチ君グミ・・十円てのがあった、ヨーヨーにボンボン、子供の喜びそうなものばかり、孫と一緒になって喜んでるオラも問題だってか、なにしろバカですから。

Photo_3 バッタくん

土曜日、隣町の夏祭りにファミリーでぶらぶらと出かけた。 近所の中学の吹奏楽部のアトラクション、インザムード、セントルイスブルース・・・その他ジャズをやりやがったものだから また涙もろくなるよ。  オラの郷愁は「祭り」よりも 曲のほうだ。  娘が中学生のときにも吹奏楽部で ラッパを吹いていた、 結構いい音出すから・・そこらへんの思い出に涙でそうになるよ。  これからの時代は 盆踊りには 炭坑節やめて グレンミラーのヒットパレードや ピンクレディのメドレーでもやったら面白い。  盆踊りもサンバのリズムも似たようなものだ。 

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たこ焼き屋にきれいなネエちゃんがいた。 ひなにも稀な こまたの切れ上がった・・・・コマネチ?だってか?
洒落たTシャツを着ている、背中に「天才ですから」の文字がある。 オレなら「バカですから」を選ぶね、二人で並んで歩いたら面白いね、「面白いですねー」と、たこ焼き一個余分にサービスしてくれた。 それ以上会話すると口説きたくなるけどね。 浴衣姿の人は少ない、「柔道一直線」「天下無敵」背中に書き込むのが流行っているのかね、「大一、大吉、大万」石田三成みたいなのもいた。 現代の盆踊りは、これがいい。 近隣の学校の吹奏楽部のコンサートなら オラも毎年見に行きたいよ。  痔除伝のまえがきが長すぎるってか。 引越しシリーズもそろそろお開き、涼しくなったら本題「痔の話=こまたの研究」いくよ。   

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いつまで経ってもこれだから

ぢじょでん総論(1)身もフタもない

医学的に分類すると 六十五歳からは「老人」になるそうである。 夏の暑さが辛い、冬の寒さが身に沁みる、大病を体験してから 三回目の夏、この三年間 季節が過酷に感じるのは「老人」のレベルに達したからだろうか、オラ「熟年」という曖昧な表現が好きである。 役所関係等公的機関からの書類は皆高齢者とかお年寄りの表現をしてくるから抵抗感じる。 お兄さんと呼ばれると嬉しいよ。 年金機構や税務署の書類に「お兄さんへ」ときたら 親しみ易くなるが 酒場の招待状じゃないんだから。 バカは変わらないから精神的には中年でありたい。 立秋・処暑・白露・・、暦の上では もう秋、秋になるとネタがなくてもエッセイが書きたくなる。  タネなし葡萄食べたくなる。 ネタがなくても オラには奥の手シモネタがある。    

去年の秋は 図書館の常連になった。 前年の立秋、目の手術でコワイ思いをしたご褒美だ、読書できるとは ありがたいことだ、やっと訪れた安らぎの時、 感謝の気持ちで一杯だったな。 きれいなネエちゃんの顔、しわもしみも・・それなりによく見えるようになった。 惚れた目で見りゃあばたもえくぼというけれど・・あばたはあばた、シミはシミである。  病院で美貌のナースに測ってもらうと高目だった血圧も 今は低く安定している。 真実が見えるからである。 イヤなオヤジになってしまったけどな。

(ビートたけし)恋愛論書くことになった、これは大変、俺も勉強しなければ・・と アインシュタインの相対性理論を読んだ、今世紀最高の学術書、しかも「性」の理論・・????、ところが難しくてさっぱり解らない。 スタンダールの恋愛論も読んだが ちっとも面白くない。 (本文抜粋)最初に身もフタもないことを言ってしまえば「人間は顔とかスタイルじゃない、気持ちが大切だ」なんていうのは ありゃウソだね・・・恋愛はまず見た目からだよ。(中略・・・)結局は相手を自分のものにしたい、異性を所有したいという欲望があるだけ。で、めでたく自分のものになったら、次の女に目がいってしまう・・(おいらの場合)・・いったん自分のものになった女は、キープしたボトルみたいなもの。 初めはうまいけど そのうち飽きちゃうし、他の女にふられても あそこにあれがあるって思えるじゃない。 

たけし先生は理工系だから、恋愛=SEX、「性」を科学的に分析しようと試みた。 「恋愛」の最終目的をSEXと考えるのは単純明快、正常である。 ならば 四十八手の攻略本のほうが解り易い参考書になるだろうけどね。

オレもたまには 恋愛論とか人生論とか かっこいいことを書いてみたいよ、
そこで「冬のソナタ」を観た、「別れるとき 振り向かないと約束してほしい、最後に見た君の思い出を うしろ姿にしたくないから・・・」 うまいこと言うね、これじゃ女はイチコロだ。 日本の女がヨンサマに大騒ぎしているけど 口説くのが上手いだけだよ・・・これを云ったらみもふたもないけどね。 

オレがヨンサマの向こうをはって、どーすんだってか、口説くだけなら負けないよ、オラの場合は また冗談でしょ・と、 相手にされないけどな。 人畜無害だから 警戒されないが 無視されると寂しいよ。 ルックスでも いい勝負してる・・と思うけどな(主観ですけど)・・三十年若ければ。  ヨン様、ヨンハ、ジウ姫とか呼ばれて韓流ブームになったけれど、 ・・と、パク・・と、チェ・・? ですから・・・・、変な名前なのに 我が愛すべき日本の女には なぜかキャーキャー騒がれる人気者である。 ルックスだけが基準なら オラも充分チャンスあるけどな(あくまでも主観)。

オラは文系だから 恋愛をロマンチックに追及してみたい、だから冬のソナタを鑑賞してみたのである。

今年は 読者様から「ぢじょでん」のリクエストがあった、有難いことである。

オラの場合は ここまで生きてるのが不思議なくらい 病気の経歴豊富であるが 痔の病歴が最も長い、思えば我が人生は「痔」とともに歩いてきた。 痔を除いて自叙伝を語ることはできないのである。  痔は命に別状ないが それ以外のことで子供の頃から何度も医者に命を救われたから、 勉強が好きな子ならば 医師に憧れ 医学系の大学を選択して医師を志すところであるが 血を見ると自分が気絶しそうだからオラには向いてない、診てもらう側として医学の進歩に貢献したい。 理想を言わせてもらえば婦人科なら 一度くらいやってみたかったな。 クモの巣張ったのは見たくないから年齢制限二十歳代限定なら??いつまで経ってもこれだから評判悪くなるけどな。 難しいことはやめて問診で若い女の悩み事聞く程度なら いつでもいいな、触診もキレイに ちょっとだけ・・・、男なら誰でも考えることでしょ(これをいうから怒られるのは分かっちゃいるけど・・ブログはいい、理想まで言えるから)

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病気の苦労話をテーマにして なにが面白いんだ・・読むほうも他人の病気の話なんて つまらないだろ、それを云ったら みもふたもないが。  でも 人様の役に立ちたいよ、少なくとも同じ病気で苦労する人が「なーんだ、そーだったのか」と、元気になるようなこと、治療の参考になるようなことを きれいな表現で真面目に書いてみたい。 

 従って、もう一度記憶を辿りながら「痔」という病気を 医学的に正しく理解したいと一度勉強する気になった。   図書館で医学書 のコーナーを探したけど 痔の本なんて特殊なジャンルは めったに見つからない。 

図書館のネエちゃんに 「スイマセーン・痔の専門書はありますか、いぼ痔・切れ痔とか・具体的に分類して勉強できるやつ・・・」

唐突に尋ねたが スタッフのネエちゃんは親切だった。 パソコンでしばらく調べてくれたけど 機嫌悪そうだった、結局「痔でお悩みですか・・家庭の医学、百科事典ならありますが・・早めに病院行かれたほうが・・・」本読んでる場合じゃないでしょ、結局「ご自分で探してくださいね」だった。 「お大事にしてくださいね」・・・優しく慰められたようで 寂しくなるね・・痛々しく貧相に見られたのかな、オレは専門書を探していただけなのだ。 
オレ・若い女性に対して 言っちゃいけないことを 言ってしまったのかなと 反省したけどな。

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    近況 About Me

引越しから もうすぐ三ヶ月、この頃は小鳥のさえずりよりも 蝉時雨で目を覚ます、北側の窓の外に 濃い緑に覆われた小さな山がある。 こんもりした森全体が蝉の大合唱になる。 やかましいけれど これが「真夏の音」なのかなと思う。 毎朝のプールが日課になった、ごはんが美味しい、酒も美味しい、毎日バナナ状の一本がでるし、 プールでは北島という巨大な壁がある。 ゴルフやろうと思っても、石川遼君という山のような壁がある。 大きな目標やライバルを意識するとき 健康の喜びを実感できる。 バカもこの調子なら長生きできそうだが ライバルがプレッシャーになるとは、いつまで経っても悩みの尽きない人生である。 大病でお騒がせして三年目、やっと元の状態に戻ったようである。 昨日は膝、今日は肘・・毎日どこかに痛みを抱えている、昔筋肉痛 今は神経痛、情けないけどこれが普通の状態、健康で充実した日々に感謝して 僕ァ・しわよせ(幸)だ。 

ぢじょでん、結論からいうと「ウンチは健康の見える窓」である、歯は健康の見える窓という言葉があるが 頭の手術をして入院中にウンコが出ないときは大変な苦労だった、自らウンコの重要性を認識した良き思い出だ、オラのぢじょでん、結局はウンコの回顧録である。 どう転んだってこうなるからって・・・云ったでしょ。  経験や思い出は 決して失うことのない財産である・・ナンチャッテね。 今はもう どうでもよくなったけどな。  

真夏のエッセイ、今回は季節感のない痔除伝のまえがきです。     長編になりそうなので 時々思い出して キレイな言葉で小出しに更新してゆくよ。  ♪この広い野原一杯に咲く花を 一つ残らずあなたにあげる・・ バカ言うなよ、百本も摘んだら腰にくる。 

♪百万本のバラの花を あなたにあなたにあなたにあげる・・・・バラは高いんだよ、一本二百円、二億円現金あげたほうが喜ぶよ。 美しい表現はインチキ臭くなる。 誇大表現ならオレも得意だ(いつまで経ってもこれだから)。
痔の痛いときは 肩の力抜いて、気軽に、小出しにしたほうがいいよ、豪快に出すと傷が大きくなる、経験から得た知恵である。 意味分からない人は体験すれば分かるようになる。  痔は十人十色だから参考になるかどうかだけど、自分で苦労して養生するしかないな。 いつも清潔にして、立派なバナナが出るように・・・清く・正しく・美しく・・・上品に 慎ましく 表現したい・・・ 美しくなる自信ないけどな。  それをいうと身もフタもないけど・・・・   つづく

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川中島白鳳 

八月、今年も暑い夏になりました。 長野の信天翁さんから 川中島の桃が届いた。川中島白鳳・信州のブランド桃、日本一の桃だ。

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アリガトー★★★・・・ごちそうさまでーす。  早速冷やして噛り付いたよ、オラ桃が大好き・・・。  酒以外で 夏に好きなもの三つ問われたら・・桃、バニラアイスクリーム、くずきり・・  果物の中でナンバーワン、桃を見てるだけでも幸せ気分になるよ。 収穫したばかりの新鮮な桃は皮ごと食べられます。   これは旨い、新鮮なものは 何でも美味しいけれど こんな旨い桃は初めてだよ、 横浜へ引っ越してきたのは 六年前の春だった、 窓を開けると梅畑に花が満開だった・・・、そそっかしいから オラ梅だと思っていたが 実は桃だった。  それが夏には実がついて 手入れしないから皆ダメになっていた。   横浜市の管理緑地の立て札があったから とって食うわけにもいかない、役所はもったいないことをするものだと思った。

Momo   

少年の頃 夏休みに山形県の農家へ一ヶ月滞在し 農業体験をしたことがあった。  山寺へ登ったのもこのときである。  最上川で泳いだ、五月雨を集めて速し最上川・・奥の細道のとおりだった、対岸まで泳ぐのに流れが速くて 若いのに随分苦労した。 桃畑で収穫のお手伝いをした。  奥羽山脈の山並みを眺めながら  もぎたての桃をタオルで拭いて かじった。  桃は皮ごと食うのがツウなんだな・・農家のおじさんに教わった。 人間長くやってると 思い出の景色も味もある。   もう四年も前だろうか、長野の信天翁さんに犀川の河原へ案内してもらった。   あの広大な景色に感動した、感動が思い出を生む、 いつまでも記憶に残る嬉しい一日だった。   オラには 素敵な友がいた、 あれから数年 互いに色々あったけれど、元気だから、結果オーライだから幸せだ。   このたびの桃は今までで一番嬉しい桃だ、信天翁さん・・・ありがとう★★   オレやっぱり 長生きしたくなってきたよ、お互いに元気で 長くいきましょう・・・これ云うと年寄りぽくてヤダネー、 せめて気持ちはいつまでも若く、 桃を見ていると ピーチ(お尻の割れ目)を連想する??・・・川中島白鳳は 味も形も絶品、ピチピチのピーチですから・・・オラも元気、現役は卒業ですけど、インサイドはまだまだ未熟、ブログの更新・その他色々・・これからですから。       I have not yet begun to fight.(ジョン・ポール・ジョーンズ)

Photo 和装のでぶ猫キナコちゃん。  キナコちゃんの先祖は英国でも 日本の猫ですから、女の子ですから たまには浴衣姿も・・・

近年 立秋の頃が一番暑い、熱中症に気をつけて  美味しいもの食べて、適度な運動もして、猛暑の夏を 元気で 楽しみましょう。  よく食べ よく寝て よく遊び・・・やがて実りの秋が来る。  

  

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閑人独語 愛しのクレメンタイン

「18年・・、短い人生だ、 親父とスーには手紙を書いた、 悲しむだろう、 親父には きっとこたえるだろう、兄弟三人で墓参りにきてやる、当分この町にいる、この町を離れるときには 子供たちが安心して住める町になる・・・」
弟ジェームスの墓の前で ワイアットアープが墓標に向かって 語りかける台詞である。 若いのに・まだ18なのに・可哀想だよ、親父もスーも(スーは恋人)悲しむよ、仇を取ってやるからな・悪いやつらは許さない、俺がこの町を安心して暮らせる平和な町にするから・・・。 悔しくてたまらない、張り裂けそうな胸のうちを静かな口調で語りかける兄であった。 「荒野の決闘」この映画で この場面が 一番いいとこなのである。 主観だけどな。

一旗あげようと 兄弟四人で一万頭の牛を追ってツームストンまで来た、末弟ジェームスひとりを留守番させて 三人の兄弟は町へ遊びに行った、牛は全部盗まれ、かわいい弟も殺された、雨の中 ぼろきれのように倒れていた、なんてことだ、全財産と家族まで失ったから 恨み骨髄である、しかし ワイアットは泣き叫んだりしない、紳士でありたい、俺は紳士だから 正義を守る保安官だから・・・の自負がある、これは町の治安を守る戦いではない、家族の問題だ、俺の戦いだ。 クラントン一家とアープ一家の戦いだ。 俺のやりかたで必ず殺してやる、固い決意に燃えていた。  
★「真実を言おう、俺はもう 君が知っている男じゃない」 酒に溺れ 失敗続きで自暴自棄になり 死に場所を求めてこの町へきたドグホリデー(ビクターマチュア)が クレメンタインに俺はダメな男になってしまった・と告知する。

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★クレメンタインという名前が好きです。 

荒野の決闘のラストシーン、ワイアットアープがクルム(クレメンタイン)に別れるときになって初めて告白する言葉、 love you”  と同じ意味である。

クルムは この町へ戻ってきて 先生になりたい・・という、ワイアットは

学校か それなら俺も戻ってくる・・・・

地平線のはるか彼方に岩山が見える大草原を一人馬に乗って去ってゆく、それを見送るクレメンタインのうしろ姿。 シェーンのラストシーンに似ている。 
 映画の場面のどれを観ても 泣けて泣けて・・・・、困るほど泣けるのである。 

半世紀前に見た映画のシーンが、味わい深いせりふが 心に焼き付いてはなれない、現代はスゴイ時代だ、同じ場面がDVDで また見れるのだから。 平和でいい時代をオレは生きている、なんて幸運なことだろうと思うと また泣けてくる、

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少年時代、中学生頃だったかな、男の子には誰にも憧れの人物がいた。 宮本武蔵、猿飛佐助、鞍馬天狗、姿三四郎、・・・それぞれに憧れのヒーローがいた。 西部劇にハマっていたオラは 保安官ワイアットアープだった。

六連発の拳銃とガンベルトまで買ってきて 抜き打ちの練習をした、くるくると拳銃を回して ホルスターに収めるとこまで練習した。 バカだねー。
戦う相手はいなかったけどな。  あのころは 西部劇を見るのは かっこいい銃撃戦を楽しむためであったが 今 じっくり鑑賞してみると 「荒野の決闘」は アメリカ西部開拓時代の日常生活まで勉強になる西部劇ブームの元祖、 男と女の 哀しい恋物語、人生の物語、哀れで悲しい人間の物語だった。クラシック映画は 男の強さと女の美しさを描いている、という見方に変わった、悪を許さぬ正義感、家族を大切にするアメリカ人気質、伝統を重んじる気持ちは 日本人以上のものがある。  ガンファイトを主目的に観るなら その後作られた「OK牧場の決闘」バートランカスター(ワイアット)、カークダグラス(ドグホリディ)のほうが迫力あったけどね。 

アメリカ人は何よりも家族を大切にする、悪を極端に憎む、
こういう民族の気質が 日米の戦争、米ソの冷戦・ベトナム戦争・現代のアフガン・イラク・中東紛争にも反映しているのだろうか、  東京に原爆を使わなかったのは日本の伝統に敬意を表する武士の情けか、未来まで想定した打算か、 東京には皇居がある、皇居まで破壊したら日本民族はマジでキレる、アメリカは世界を守る保安官どころか悪者になる、それが怖い、そこまで追求すると長くなるからやめとく。

保安官ワイアットアープには ガンファイトに於る鉄則があった、相手より先に拳銃を抜かない、一撃必殺でなければならない、中途半端に倒しても 相手の指が動けば反撃があるから。  ワイアットは西部開拓史に残る教科書のような保安官で 悪人相手の実戦経験は豊富だが 人を殺したことはなかった。

OK牧場の決闘でクラントン一家を殺したのが 彼にとっては初めての殺人体験であった。 家族を奪われた憎しみ、憤りが それをさせた。  本気で怒ると温厚な紳士ほど凶暴な無法者に変貌するのが 人間の怖いところである。

          Oh my darling, oh my darling,
            Oh my darling, Clementine,

         You  are lost and gone forever

         Dreadful sorry, Clementine.

アメリカ民謡「愛しのクレメンタイン」日本では「雪山賛歌」の替え歌になってしまった。  オラ このての山男の歌は 嫌いだな、山を愛する心は好きだけど 都会に生活しながら 若いうちから山に憧れるやつらは 惚れてくれる女がいないからだろ・・・くらいに思っていた。  女も同じだ、山登り女に 美人はいない、自分勝手で図々しいのが多い・・・。 慈善団体の募金運動や、養護施設の面倒みたり、これみよがしのボランティアをやっている、この種の若者が オラ今でも好きではない。  聖書の訪問販売も時々あるが 新聞の勧誘よりキライだね。  弱者に手を差し伸べる、平和で優しい社会貢献に若い人が参加するのは良いことだけどな。

雪よ 岩よ 我らが宿り・・・このあと知らない、

娘さん良く聞けよ 山男にゃ惚れるなよ・・♪・・・、なに云ってやがる、彼女いないだけだろが。 

♪質屋の娘とやるときは 入れたり出したりせにゃならぬ・・・オラのグループは無頼系だから 替え歌なら こっちのほうだった。 昭和の学生は数え歌にして性教育に馴染んでいた。 一つから九つまで 全部公開してもいいけど・・また長くなるから この件はこのへんでおしまい。 (これだから評判悪くなる、キレイに行こうとしていたが またシモネタになってしまった。)


◆ ななこちゃんの居酒屋デビュー

八月最初の日曜日、 引越しパーティというほどのこともないが 夕方から家族で居酒屋へ、暑さと共に生ビールの美味しい季節になった、末孫ななこちゃんの居酒屋デビューである。  爺ちゃん婆ちゃん パパ、アダルトグループと

ななこちゃん、ヨコチン、マリリンのヤンググループが二つのテーブルに分かれて アダルト組は 酒蒸し、ぎんなん、とうふ、その他魚系、ヤング組は 唐揚げ、焼き鳥、肉系、・・世代が違うと食うものも違う、ななこちゃんはコーラにカルピス、アイスクリーム。

ファミリーは宝物だね。 孫娘ほどかわいいものはない、ななこという名前が好きです、キャーキャーと騒がれても、ちょっかいだしたくなるのは ヘンタイじゃないよ、可愛くて可愛くて しょーがないからだよ。 

孫たちが健やかに成長して クレメンタインのような素敵な女になってほしい、 ワイアットアープのような強い男に成長してほしい、爺ちゃんの願いは 今の小さな幸せが長く続くことと 三人の孫たちの幸せだ。 

帰り道 デパートで偶然みつけたヘンリーフォンダの「荒野の決闘」DVD、パッケージみた瞬間から 泣きそうになって 三枚組で999円、レジでは一円おつりくれたよ。  一円に感動したわけではないが 半世紀前の映画が また観られる・・この素晴らしい世の中に 感動するよ。

大病を患った甘えが抜けないのだろうか、「レッドクリフ」が観たい、「五つの銅貨」が聴きたい、あれもこれも 今年は願い事が次々に叶う、オレがまだ生きてるのも 現代医学のおかげだ、この平和で素晴らしき時代のおかげだ。
次は「アラモ」が観たい、これが実現したら 死んでもいい・・・なんて云わないようにしよう。  本当になったら困る。  

余談 ななこちゃんの居酒屋デビューは 実は三年前である。 信州ススキ川でバーベキューした翌日、松本の居酒屋へファミリー七人で晩飯食いに行ったときだった。 夫々でメニュー見ながら 千円見当のごはんものを注文する、

アダルトもヤングも 一応予算を考えているからである。  ななこちゃんだけは そんなこと関係ない、「ステーキがいい・・・」四千円くらいのブランド牛のステーキであった。  「ダメー・・・」全員口を揃えて ダメー・・・

本人は食べたいものを素直にリクエストしただけだから 納得できない、「えー・?・なんでぇ??? なんでダメなの?」 泣きそうである。 ジッチャンのDNAを継承しているから 彼女の気持ちも解らぬではないが

「ダメだから・ダメなのー」

みんなステーキ食べたいんだよ、飛騨牛のステーキ、食べたいよ、 でもね、高いから ここは辛抱しないといけないの・・・一人前千円の馬刺しでも ちょっと贅沢かなと遠慮しながら呑んでるのに、経済的な説明をするアダルトはいなかった。 皆プライドがあるから、そんな内輪の話をお店の人に聞かれたらみっともないでしょ・・・・ これが実社会の暮らしである。  社会は自分の欲しいものばかり主張してはいけない、協調性を学ばせるのは学校だけではない、地球上には 食べたくてもごはん食べられない子供が沢山いるんだよ。 でも・たまには食べたいもの食べるのもいい、唯ひたすら 大人の都合でケチるばかりでは 豊かな心が育たないよ。

子供の頃から居酒屋デビューさせるのは 良い教育である。 酒も一口飲ませてやりたくなる、ダメー・・・! 私が怒られる。  

もうひとつ 現役時代に囲碁と競馬同好会の酔狂グループが積み立てして活魚料理の店へ通った、競馬の成績次第の不定期であったが。 

石鯛の活造り一尾一万円、酔っ払いのN先生「これ旨いな、もう一匹捌いて・・」店主は喜んだが 周りは「ダメー、アホかー、コノヤロー、お前は喋るな、さっさとくたばれ・・」集中砲火で却下された、四人で八万円の予算、支払方法考えてるのか・・・「このオヤジは唯の酔っ払いですから・無視してください。 イカげそでも食わしてやって・・・」網を持って水槽の石鯛を狙う店主には悪かったが それが庶民の生活、現実ですから。 人生は我慢、この世は「辛抱」が基本になるんですね。  オラもおかげさまで 本来の調子に戻ったから 長い文章になってしまった、暑いのにここまで よく辛抱してくれました。  ありがとう。  

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閑人独語 三度目の夏

◆ 夏の甲子園

夏の高校野球 今年は地区予選をゆっくり観戦するようになった。  高校野球を少年野球の目線で観るのは オラの傲慢だろうか。

体の大きい子が揃っているチームはやっぱり強い、オラの野球理論は正解だ。 準決勝あたりまで勝ち進むところは 皆体格がよい、スピードがある。 投手も野手の送球も 速い、バットの振りが速いから打球も速い、プロ野球と比較すると 高校生は顔がかわいい、プロはおっさんである、顔もコワイ。 負けたチームの子が泣いているのをみると 観ているこっちもなぜか泣けてくる。

二塁走者がヒットでホームへ戻ってくるようになれば 少年野球も一流である。 バントは相変わらず どこのチームもやっている。 最近はプロまでやっている。 以前にも語ったが バントほどつまらないプレーはない、失敗しても成功しても なにも感動しない、刺身にマヨネーズ・てんぷらにソースかけて食べるようで オラも頑固だから まだキライだね。 バントばっかりやってるチームは どんなに頑張っても強くならないよ。 甲子園ではスクイズが決勝点になるよりも 打ち合ってホームランで決まる試合をするようになれば 日本のボーイズリーグがリトルリーグの世界制覇をする時代が 近い将来きっとくる、オラの野球哲学が判る指導者が出てくれば、いつでも教えてやりたいよ、まだどこからもオファーないけどな。

還暦過ぎの熟年がエッセイを書くと 誰でもセンチメンタルな青春回顧録になる、結局、爺婆になるとパワーがなくなるから 力に満ちた時代の自分が懐かしいのだ。  忘れられない思い出が山ほどあるのは 心の若さがあるからだ。    今では 夜中に三回オシッコに起きるのも おならのジェット噴射で目が覚めるのも 自慢にならないけどな。

中年過ぎからは 草野球で外野へフライを打つと 捕ってくれ・捕ってくれと、祈りながら走る一塁までの距離が長いこと。 それを捕球する外野手はめったにいないから バカヤロー・下手クソ・・と怒鳴りながら息も絶え絶えで一塁上でタイムかけて 代走を送りたくなるのである。 四球で出塁するよりも バットでボールをぶっ飛ばしてアウトになりたいよ。 オラの野球は 実戦的にはこんなもんだけどな。

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 近況 二年半前 大病に倒れるという人生の大エラーをやってしまった、コワかった目の手術も八月だった、今まで生きてきた中で最大のピンチ、死ぬかもしれない、バント失敗のダブルプレーくらい情けない、人生短いのなら云いたいこと今のうちに・・と、ケチな考えになって俄然ブログの更新が頻繁になった。  結局シモネタ率100%だけどね。  

  五年前横浜へ来てから ずっと猛暑の夏が続いている、大病から復活して 一年目は涙を拭きながら歩きまくる戦いの夏だった。 去年は足腰を痛めて それでも歩く、歩かなければ明日がないと がむしゃらな勝負をしていた。 寿命なら仕方がないが 楽に逝けるなら来週でもいい・・と、思うこともあった。 

病気とは いつまで経っても いくつになっても苦悩を伴う、人生の流れを変えるほどの大事件である。  ところが そんなものに負けてらんねぇ、人生は辛いことばかりではない、良いこともあったから痛い目にあうのだろうか、オレは今日も生きてウロチョロ歩いて 言いたいこと云っている。 

心に熱いモノを持っていれば命を燃やすことができる。 旨いもの食いたい、婆は苦手だが ネエちゃんは好き、いつでも夢を持って 燃えていなければダメだよ、女はキレイになることで燃えてほしい、いつも優しく潤っていてほしい、あそこは湿らさないといけない、燃やしちゃいけないよ・・このブログの基本理念である、何度も云うけど。 OBが口出しするべきでないけどな。
このごろは ビール二本も呑めばいい気持ちになるよ、・・・ダメですよ、二本も呑んだの? と怒られる、ビンは飲まないよ、中身だけだから・・・口の減らないニックタラシイおやじ・・と皆に言われても、口は減らないよ、口が減ったらストローで酒飲むよ・・・ああいえばこーゆう準備は常に出来ている、
 閑人には ブログネタはいくらでもある、高校野球の予選観ただけでもネタになる、「ぢじょでん」のリクエストがきたから 書いてみたくなるのも また楽しからずや・・である。  

三年目の今年は 散歩もペースダウンできるようになった、八歳古馬並に自分で調整する、目一杯の追い切りは必要ない、森のウッドチップコースを馬也である。 オラの場合は種牡馬も引退、牧場で余生を送るオグリキャップ並みだから 陽だまりで草でも食ってるほうがよい。
女は怖い、働く女は強いということが 少しは解るようになった。競馬に例えれば若い女は牝馬の新馬戦と同じ、ハアハアと入れ込んで 常に興奮状態、 下手に触るとキャー・・になる、尻跳ねして蹴っ飛ばされるから要注意である、そこが かわいいんだけどね。

中年クラスになると特に怖い、パドックでも威風堂々、悠々と歩く、家族のため、生活のため、ガンバラナクチャの正義に燃えている、大義名分がある、下手なことを言うと叱られる、だから怖い、逃げ腰になる、(山口瞳さんの短編集をちょっとアレンジしました)

Photo_2 お盆

時の流れは速い、八月になった、夏休みは小学生の孫娘とプールで50m自由形の決着をつけなければならない、強敵である。 大人のプライドに賭けて負けられない。 彼女はまだデビュー前の二歳牝馬、触らなくてもキャーキャーと入れ込み激しい、だからかわいい。  

先週は町田時代のお友達が 新居のお客様第一号で遊びに来てくれた、玉川学園のクリスマスツリー、こどもの国、緑山スタジオの森の景色が蘇ってくる昔話に花が咲いて 楽しい時間であった。 

若いころは病気になると 治そうと必死に取り組んだ、今は必死になると他に痛い箇所が発生する年代になってしまった、達観ではないが 寿命までいければ上等と 気楽に養生するのが良いようですね、経験からいうと。 今年も春から 病気に引越しに・・・色々あったけれど やっとのんびり野球を観る時間ができた。 
孫娘との水泳賭博、容赦はしないが勝ち目は少ない、こっちは途中で休まないと死んじゃうからね、プレッシャーを感じる。  ハッピーとは こんな程度のことである。 
今年は先生の言うこと聞いて、家族の意見も聞くように心がけようと思う。  人生は色々あるから面白い、長生きしてみたくなってきたからである。

Photo_3 雷さん 窓から見えた稲妻

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