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2010年11月

信濃の旅・すすき川とフラワーさん

登り坂の手前で道が二股に分かれる、「左・美ヶ原」「右・扉温泉」
オラたちの車は細いデコボコ道を右側へ、深い森の方へ向かって登る。 懐かしのかけす食堂、三年前山女ちゃんを釣りにいった すすき川の源流へ、同じ景色を見ながら落ち葉の道を登っていく。

どう観たって自然の森である。 熊や猿がいたって不思議はない山奥である。

もうすぐ「フラワーさん」に会える、遠く離れた恋しい人に会える・・、

ときめきに似た感覚である。 この時点で もうウルウルになって、・・コレじゃいけない、まだ泣き虫病が治ってないではないか。

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笑顔で再会したい、会った瞬間から涙顔ではいけない。  緑が黄色に変わった森、懐かしい景色を見ながら サングラス持ってくればよかった、顔洗ってから会いにいこうか・・と、自分で自分の心配していたよ。

Photo_10 この一時間ほど前だった、市内のお寺で法事、義妹ひいちゃんの七回忌、お経が済んでから方丈様(和尚さん)の話しに涙が出て 困っていた。 

“あっという間に時が過ぎてゆきます、”

“思い出ばかりが増えてゆく、”

“日々生かされている幸運に感謝して、”

“この世に人間として生まれたことは奇跡と同じくらいの幸運 ”・・・云々。 方丈様の一言一句が自分に語りかけているようで・・視線がぶつかる度に こっちの涙が増えて危険水域。 法話を聞いて泣いたことなんかなかったのに、初めてのことだ、礼服に着替えたばかりで ハンカチもっていないから 涙が頬を伝わる。 鼻水まで出てくる。
オラは神仏を有難いと感動するほどの信仰心はないけれど 今度ばかりは本堂に響き渡る念仏を聞きながら 身が和む、気持ちの良い空気に包まれて 心が洗われるような気がしていた。 エステや泡のマッサージ?より遥かに気持ちいい。 仏門に入り開眼した人とかは こんな体験をするのかな、 浄土とは こんな感じなのかなと思った。 

何故か泣けてしょうがなかった。  本堂から玄関までの廊下を「波乱万丈でしたから・・、色々ありましたから・・」と、女房が涙の訳をフォローしてくれた。

次回は六年後、13回忌まで まだ生きていたら・・オラの冗談に 「まだまだお若い、どうぞ ごゆっくり(娑婆で)してください」粋なお言葉を頂いて 別れてきた。  ふくよかな丸顔に穏やかな笑顔、どこかお釈迦様に似ている、あのままパンチパーマして イヤリングでもしたら お釈迦様そっくりの素敵な和尚さんだったよ。  
posiと女房と三人で そんな話をしながら やがて山奥の扉温泉桧の湯に到着。 変わっていない、三年前と同じ佇まいの秘湯である。 かけす食堂で きのこうどん食いながら「フラワーさん」と熊の話をした、スズメバチの巣を見つけた、オラはうどんの方に感動して ブログで彼女を「おばさん」呼ばわりしてしまったことを少し後悔していた。 この際 あの時のご無礼を陳謝しなければならない。
(「フラワー大好き」、かけす食堂のブログをリンクしてオラもブログのお手本にしている。 山の四季が美しいブログです。寄り道して覗いてください。) こんな山奥で暮らす人とは思えない都会的で素敵な女性です。 都会人の心のままで 美しい自然の真っ只中で 日々純粋に暮らしている。

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健康で幸せな佳人です。 花を愛し、緑の森を愛し、熊さんや鹿さんの すぐそばで暮す、周囲の全てを肯定する。  彼女の周りに敵はいない。 秘境のアイドルだ、

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信州の山奥に住む妖精のような人だ。 
 オラはこの店の宣伝マンになって 都会の友達にPRしたい。 フラワー大好きさんが大好きだから・・

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ゴボウ・大根・胡瓜・パセリの漬物、大きな梅干、葡萄に アップルパイ・・・、全部自家製である。  注文のきのこ汁よりも サービスのお通しでおなか一杯になってしまう。 営業意欲のないところが好き。
温泉に浸かってから 一時間ほど歓談、帰りにはカツオ味の甘い自家製の梅干をお土産に頂いてしまった。

握手して別れた、「またね・お元気でね、触ってゴメンネ・・・」

本当はハグしたかったけど、きれいなやさしい手を握ってしまった。

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シモネタおやじの悪い癖だ。 かけす食堂は オラにとって 特別なお店だ、行く度に思い出に残る。  ありがとう、本当にありがとう、山を振り返り 何度も心の中で感謝の言葉を繰り返した。 

帰り道は本格的に涙ボロボロだったよ。  ホテルはローカルな街にしては珍しいゴージャスな高層ビル ヴェナビスタ(最強牝馬、天皇賞馬、)名前がいい、夜は桜鍋(馬肉のすき焼き)で軽く一杯、ホテルの朝ごはんは フラワーさんの娘あゆみちゃんの玉子焼きが美味しいよ。 お母さんに良く似た 明るい笑顔のかわいい活発なお嬢さんだったよ。 お母さんから・・と、甘い梅干と信州の地酒までお土産にもらってしまった。  梅干が塩辛いほうと間違えてしまったというが、 大丈夫、オラ全然塩辛くないよ、甘くて甘くて美味しかったよ。        塩辛いのは涙だけだよ。

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翌朝は墓参りのあと 午後の「あずさ」に乗って、行きは八時丁度の「スーパーあずさ」だったが、「あずさ二号」ならカッコ良かったけどね。
車窓から また山に向かって「ありがとう」を呟いて、家に着くまで泣きっぱなしの二日間でありました。

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ブログをやり始めてから 何人か友人が出来てしまった。  長野の信天翁さんと川中島へ行ったのは四年前だった、すすき川へ釣りに行く度にかけす食堂へごはん食べに行くようになった。 フラワーさんも信天翁さんも、純粋でいい人たちばかりだ。 ブログを通じての友人だから お互いニックネームで呼び合っていたが 時が経つほどに 懐かしい大切な友になってきた。  そして今回はお釈迦様のような素敵な方丈様も またお目にかかりたい人になってしまった。

昨日またかくてありけり 

今日もまたかくてありなむ

このいのちなにをあくせく 

あすをのみおもひわずらふ  藤村

  

でもオラは 早く正月が来てほしい、今日も生かされている、幸せなことだ。 この幸運に震えながら日々誠実に生きたい。 思い出ばかりが増えてもいい、 来年もまた あくせくと日々一生懸命生きていこう、充実した時間を少しでも長く 燃えながら暮らしていけば また会える日も必ずやってくる。 (大病を体験してから優しくなったってか? オレなにも悟ってないよ、まだまだだよ)               渓流すすき川を遡ると 山奥の湧き水が源流になる、この渓流がすすき川から犀川に変身して川中島で千曲川合流、日本一の大河信濃川に成長する。 

日本アルプスの山々に囲まれたレトロな城下町松本はオラのルーツの街である、すすき川の渓流と そして出会ったやさしい人たちに もう一度ありがとうを言いたい。 抱えきれないほどの思い出をありがとう。

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勝ちと負けはチャラ

★こんなのが好きこれキライ2010秋・ABOUT ME  

去年の秋にも好き嫌いをネタにしたが・・。こんなことネタにするのは ネタがないからです。 長いクソ暑い夏が終わって 十月には寒い秋雨で風邪ひきそう・・・?  風邪ひいて死んではいけない、「好きなもの・嫌いなもの」は 基本的に変わらないから去年の記事と重複するのもあるが順不同で やみくもに並べてみました。

(1)勝ちと負けは五分

嵐山光三郎さんの著書に「人間死ぬときに勝ちと負けはチャラになる」というフレーズがあった。 

そのことを実際に調査した人もいて 病院で死にそうな人に 人生勝ちか負けかを聞いて回ったら10人が10人とも 五分だった・と答えたそうである。 人は誰にでもプライドがある、負けのほうが多かったと認めたくないのだ。 良いこともあったと自己分析したい、その「プライド」と「願望」が五分と言わせるのだ。  新潟のお婆ちゃん(義母)が死ぬ前に「幸せだったよ」の一言、オラの祖母伊乃婆ちゃんも同じことを呟いていた。 戦後の昭和を生き抜いて苦労した先輩たちは 皆同じことを言う。 幸せと聞けば家族は安心する、優しい言葉を残して逝く、女は強い、ババァはキライだが 中には偉大な婆さんもいる。(哀しい話しになってスマンけど)

結局 人間は五分で満足なのだ。 成功(勝ち)ばかり、失敗(負け)ばかりの人生なんか誰にもない。 色々ドラマがあるから面白いのだ。

負けがあったから「勝ち」が貴重で幸せなことになるのです。

このブログもお正月が来れば五年目、記事数は今回で250件になった。 「勝ち負けチャラ」は オラもブログ内で何度かこれを使ったが嵐山さんの言葉に出会ったのは最近である(パクリではないから)。 理想や価値観が似ている人がいたとは嬉しいことである、彼のエッセイを読んでみたくなってきた。

オラの勝負もトータルすると まずまずチャラだったのかなと思う。野球・囲碁・競馬、若い頃はボロ負けだったが、今は強い、生死を賭けた病気も勝負のうちなら 大体勝率五割である。  「勝ち負けはチャラ」この言葉好き。  

男は 若い頃なら勝負に拘っていいと思う、還暦過ぎて熟年の域に達したら そんなこと関係ない、勝ちや負けで生きるのは疲れるからね。

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(2)孫からのお手紙  解説不要、無条件で好き。

(3)野に咲く小さな花、 例えばスミレ、タンポポ、クローバー、ポピー・・ 菊花展の大輪や洋蘭、豪華な花に比べたら雑草の部類になる小さくて可憐な花が好き。  これから出回るポインセチア、シャコバサボテン、シクラメン・・・百貨店のエントランスを飾るようなのは花期が短い、株も弱いから素人が育てるのは難しいよ、すぐにダメになる

(4)一回ヤロウヨ

故森繁久弥さんが若い頃 「ねぇ・一回 ヤロウヨ・・・ね・一回だけでいいから・・」黒柳徹子さんに迫ってきた話を 黒柳さんが面白おかしくトーク番組で語っていた。  願望を純粋に言葉にする、長寿の秘訣はこんなところかもしれない。 オラもこんな話が好き、森繁さんの真似ではないが 時々孫娘に「結婚しようよ・一回だけ」とプロポーズすることがある。「結婚て・? ケツをコン・・て、するの?一回だけ?」彼女暫く考えてから「なにそれ・やっぱ やだ・・なんか・ヘン」訳わからない、二人で考えたけど具体的に解らない? 「ケツのコン?だから なんかヘンだけどね。 とりあえず「コン?」一回しようよ。 三歳の頃から会うたびにプロポーズしているがまだ一度も「ケツ」も「コン」も???実現していない。  やっぱり・なんか ヘン・・?・・だもんね。 

(5)ウサギとカメ、 断然ウサギちゃんがいい、月とスッポンの諺は ウサギとカメを比較している。 月でお餅を突けるのはウサギだから、雲泥の差でウサギのほうがかわいいじゃない。 着実に一歩一歩前進して勝つ、カメの生き方を美徳とする日本人の考え方がキライ。 川や池へ釣りに行って カメが釣れると胴体が重いから水面に首だけビヨーンと伸びてくる、あんなグロテスクなものはいない、蛇と同じだよ、気持ち悪くて針外せない。  あんな気味の悪いもののどこがいいのか理解できない。 

(6) 男子バレーボール  ポイント取ると でかい男がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを分かち合う、あれは女の子がやること。男子があんなことするのは ブサイクで見てらんね。 バレーボールは男の競技ではない。

(7)高校野球 佑ちゃんとマー君

 どっちでもいい。 甲子園のライバル、早稲田実業と駒大苫小牧の決勝戦が人気になった。 マー君が先にプロで活躍している。佑ちゃんは来年からプロの道へ。 顔、投球術、では佑ちゃんが人気。 アタマも良さそうだけど人気だけではちょっと心配。 体の大きさが、馬力が・・プロでどこまでやれるか・・・脚が短いからな。  高校卒のルーキーで一流になるには 松坂並みの馬力、ダル並の身長が欲しいところだけどね。  甲子園の好カード、横浜対PL、古いところで三沢対松山商、中京対明石・・・色々あったけど 本当の好カードは地区予選にある。 甲子園という全国区になるとマスコミがアイドルを作ってしまう。 地区予選には 手の内知ったもの同士の戦い、因縁、宿命の対決が沢山あるのです。

(8)マウンドの高い球場、

半世紀昔ガキの頃、平和球場(今の横浜スタジアム)で 神奈川地区の新人戦、先発で七回投げたことがあった。 マウンドが高くて気分良く投げられた。 マウンド低くて喜ぶのはロッテのアンダースロー渡辺俊介君くらいなもの。

(9)めがねの投手
一塁走者になったとき 相手のピッチャーがめがねかけていた。

牽制球に慌てて戻った、下手なスライディングだった。一塁手と激突、膝の大怪我をしたのが高校一年生の四月十二日、忘れもしない青春の痛い記憶になった。 あれ以来五十年、めがねの投手はキライ、 どこ見てるか解らないから。(自分だけの都合になるけどね)  野球の話になると長くなって悪いけどな、感傷に浸っている場合ではない。 今大切なのは お正月に美味しい酒が飲めること、勝ちも負けもない、お正月をなるべく沢山 何回も迎えるのが自分的には「勝ち」だから、結局勝ちと負けとは五分と五分、チャラで上等である。 前向きに未来を見つめている、気ばかり若くても肉体がついてこないのが ちと辛い年頃になってしまったが。 年寄りになるとこれだからキライ、好きとキライはまだまだあるが 長くなるからこのへんでやめとく。  次回につづく 

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