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2011年3月

2011春の散歩道・バカかもしれない

◆母ちゃんのこと、*not wife,マザーのほうの母ちゃん*

大地震で日本中が辛い思いをしている最中に なぜかオラは一人でハッピーやっている。  大病から三年、あっという間に時が流れて 卒業証書もらったのが嬉しくて 毎日お祝い気分、食える、呑める、歩ける、何でも云える、痛いところがない、健康な自分が嬉しくてしょうがない。 それが分るのに三年勉強してきたのかしら? 

去年の今頃、足が痛い時期、MRI検査の画像では 腰の骨が少し歪んでいた、根性曲がっているからだろうか? 根性についてドクターは肯定も否定もしなかったが。  暖かい日に 春を満喫しようと また今年も毎日のお散歩がはじまった。  世の中大変なときだ、笑いながら歩いちゃバチがあたる、たまにはしんみりと物思いにふけることもある。

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お散歩道で独り言

自分にウソつくのやめよう

遠慮するのやめよう 悲しみ堪えて笑うのはやめよう

キライなもの好きなもの はっきり言おう

バカにだけはなりたくねえ 

バカになるなら死んだほうがマシだ バカは死ななきゃ治らないから

タバコやめよう 酒もやめよう

競馬もやめよう もっと人にやさしくなろう

悪口やめよう 女をバカにするのやめよう

思い出に涙するのはやめよう 

今日一日を 健康で誠実に生きていこう

アジサイの新芽が伸びている

急に母を思い出して

こんなとき 母ちゃんが一緒なら喜ぶだろうな

そうだ 自分にウソつくのやめようと 言ったばかりだ

母ちゃん・オレ・やめようって思うのやめる

やめようとすることは みんなウソだからな

お笑いと シモネタまでやめたら 

ブログもやめて母ちゃんのところに行くからな

母ちゃん なんていうだろう?

おまえは まだ私に心配かけるのかって 泣くかもしれない

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母の思い出が あまりないのが辛い

父ちゃんが バカヤロウ・・といってちゃぶ台ひっくり返す、

母ちゃんは 泣きながら割れた茶碗の後始末する、

そんな姿しか思い出せない

オレが彼女に振られて元気ないとき

あの娘が好きだったんだろ、母ちゃんは分ってたよ、女なんか掃いて捨てるほどいるよ、ばかだねえ 元気出しなさい 男の子はこれだから困る・・・と、哀しい顔で溜め息ついた。  母の笑顔が記憶にない、苦労ばかりの悲しそうな顔しか思い出がない・・・その少ない貴重な思い出さえも 忘れそうだ。  去年も一昨年も 思い出ばかりが甦り 泣いたり笑ったりしながら歩いた道に 春の花が咲き始めた。 

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ガキの頃のことまで思い出すオレの頭は高性能だ、バカは何人も知っている、バカにもタイプがある、動きが早過ぎて失敗するスピードタイプと 反応が遅い動きがトロくさいスロータイプ、本当のバカは記憶する脳みそがない、次から次へ全部忘れてしまうバカもいた、オレはバカが大嫌いだったが みんな忘れてしまえばなんの苦悩も無かったと思う  自分のバカは好きだった??から、 オレ・バカかもしれない??  

記憶力は抜群、バカ話のネタはなんぼでもあるから それほどバカでもないだろうと自己診断してきたが 母を思い出すのを忘れていた? いい年して まだ親不孝している、 なんてことだ。

毎朝母ちゃんの位牌の前に座り込んで 線香上げながら何かをせがんでいる、これじゃどうみたってまだ病気の年寄りじゃねーか、カッコ悪いよ、三年前のあの時も 母ちゃんが来てはいけないって云うから オラ今日も生きているのなら? カッコ悪くても まだ頑張るよ。  そのくらいの親孝行なら出来そうだ。

こんな元気な姿を見たら 一番喜んでくれるはずの母ちゃんを オレのほうが忘れてた、

なんか涙出てきた、  オレやっぱりバカかも?

いつも笑わせることばかり考えて バカ言ってきたから

本当にバカかと思われるのも悔しい、

この度は ちょっと繊細に???母の話になりました。 

お散歩中に ブログネタ考えるの やめよう  

ネタが無いときは バカ話出せばいい 

母ちゃんが出てくると涙になる、

なんて思いながらお散歩する毎日になってきた。Photo_4 山道にクロッカス

四月になると趣味の園芸作業で忙しい、鉢植えの季節、今年のウコンは大きく育つだろうか、 そうだ まだあった、 ウコン呑みながら酒飲むのやめよう??  これだから・・・バカかも?

◆朝市も毎週行ってると農家の人と馴染みになる、皆どこに行っても地震の話題である、

農家の親父曰く、俺は医者から酒はダメって言われてるから この頃ビールしか飲んでないよ、酒は身体に良くないでしょ???・・・   なにを言ってるんだか???と女房に叱られるが 間違ってはいないと思うけど? 医者の言うこと素直に守ってるからね。

地震が怖い・・・の話しているカーちゃん(婆}グループ、 あのさ・イタリアでペニスが水没しそうなんだってね、地球がおかしくなりそうで怖いよね????   ペニス????  婆が朝から五人も集まって・・・でかい声でペニスの心配してる、羞恥心ないのは判るけど、山芋選別しながらペニスの話しなくたって、ペニスって? ♂のアレでしょ、Pの発音はNGだよ、屋外で喋ることじゃないでしょ。 みんな地震で睡眠不足?? 疲れてるんだよね、正解はVenezia、英語でVenice,敢えて説明しないが みんな婆とはいえ分類的には一応女だから、 気持ちはわかるけど。

毎度すみませんが結局シモネタになる・・?  *春がきて オラは今日もハッピーやっている、この三年間でこの春が一番ハッピーである。 バカやってるからハッピーなのか・ハッピーだからバカやれるのか? バカを楽しむ自分が心配か、バカは幸せか・・?  そんな複雑なこと判らない・・・、バカかもしれないってか?  いいえ バカですから・・・!

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こだまでしょうか

喘息・ネブライザ吸入治療

まだ赤ちゃん、三歳くらいの子だった。  お母さんのヒザに抱っこしながら 吸入器の口から出てくる薬の煙を吸っている。

泣いたあとの顔だった、ほっぺに大きな涙が一つ乗っかっていた。

辛かったんだね、すぐに良くなるから がんばろうね・・・

お母さんがほっぺの涙の粒を 指で拭いた。 

この子は この先何十年 喘息と戦うのだろうか? それを思うと

心が熱くなるのだ。

◆二度目は 五歳くらいの男の子が左側の椅子にちょこんと座って自分で薬を吸っている。  彼も泣いたあとの少し赤い顔、 肩で大きく息をしながら 沢山薬を吸い込もうとしている、 彼のほうが先輩だ 先輩の真似をして 私も深呼吸で吸入を繰り返す。

喘息はクルシイよね・大丈夫だよ・負けないで頑張ろうね・・・・

ウン・・・・と 吸入器の口をくわえたまま 応える。

きっと治るよ 治ったら また元気に遊べるよ、 頑張ってね・・・

ウン・・がんばる、おじさんも頑張って、ありがと・・・・

彼の目が ちょっぴり笑って そう応えていた。

  三度目は一年生くらいの女の子だった。 孫娘ななこちゃんがチビのころと同じで 長い髪が天然パーマで かわいい子だった。

これも慣れているようで 肩を上下させて大きく呼吸しながら 一生懸命吸っていた。 顔みないようにして 私も前を向いて黙って大きく吸っていた。 なにか話しかけたら こっちも涙出そうになると思った。

こんな小さな子供が なんでこんなに辛い思いをしなければならないのか? 喘息とは こんな病気である。 これほど苦しく辛い病気はない、後天的要因があるわけでもない、ちびっ子たちは 生まれたときから 背負った試練と必死になって戦っている、オラには見てらんねえ。 他人事と思えない、自分の子供の頃と 同じだから せめて優しい言葉で 励ましてやりたくなる。 

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金子みすずさんの詩 

馬鹿っていうと 馬鹿っていう 

もう遊ばないっていうと 遊ばないっていう 

そうして あとから寂しくなって

ゴメンネっていうと ゴメンネっていう

こだまでしょうか いいえ誰でも・・・・

人は やさしく話しかければ やさしく答えてくれるのです。

金子さんバージョンで 子供たちに言葉をかけてみたが 応答はなかったな、みんな空気吸うのに必死だからしょうがないか!

でも気持ちは通じた。 男の子の笑顔がとてもかわいかった。

我が闘病の記録を自叙伝にすると 最初の持病は 喘息である。 痔との因果関係があるか否かは知らないが、身体の入り口と出口 両方のトラブルである。 ガキのころからずーっとお薬のんでいるのが喘息、痔は酒と付き合う成人になってからである、だから下半身の病はアダルト向けになるのである。 個人情報丸出しだけどな。

ここでは喘息の苦労話しをしたいのではない、今はこんなにいい薬がある、あの子達がみんな元気になれそうな 幸せな時代になった・・・てことが云いたいのです。 昔も吸入薬はあったけど、発作止めるには大きな注射だった、その注射が痛いと泣く子は沢山いた。  オラもその一人だった。

ネブライザー喘息吸入治療器・・こんなにすごい治療が昔からあれば??辛い病気で苦しむ子はいない、しかもその薬が美味しいから、まるで天国である、オラ最近はこれのお世話になっている、有難いことである。  寿命??と 生きた時代や環境もあるから なんともいえないけどね、医学も文明も 人間社会は日々進歩しているってことである。

今は気楽に病院へ キープしたボトルを飲む感覚で? 吸入しにいける、それいうとヒンシュク? 終わると ゴチソウサマでした?・・・といいたくなる? だからオラは怒られる?? そうでもない、おそまつさまでした??・・・シャレの分る粋なスタッフがいてくれるから嬉しい。 これからは あの子たちのように おとなしく真面目に病気と向き合ってがんばろう・と思ったのである。  持病の一つ一つに 誠実に向き合わなければいけない・・・と思う、オラもあの子たちも 皆幸せな素晴らしい時代を生きている、みんなでがんばろうね

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春は名のみの風の寒さや(その二) 惜別の春

 色々あった一週間の日記  「ありがとうございました、先生もお元気でね」・・・診察室のドアを閉めてから

もう一度開けてみようか、こんなにあっさり帰っていいのだろうか・・と、一瞬考えたよ。 

右手を出して 先生に握手を求めてみたい・・・、心の底から感謝の気持ちを込めて ありがとう・本当にありがとう・・と、先生の手を握り締めてみたい・・・、でも そんなことしたら涙ボロボロになるな、先生をまた心配させてしまう、別れ際の先生の笑顔がこの先いつまでもオラの記憶に残るような気がして、 

一人で泣くほうがいい、階段を下りながら 複雑な想いにうるうるきて困ったよ。 いい歳ぶっこいて・バカだねぇ、お目出度いことなんだから泣くこたないだろ・と、涙拭きながら 半分笑いながら? そんな自分に気合入れながら、? 

検査の画像は この三年間 ずうっと変わっていない、脳みそがない・・?  神経の本数も少ない?  こんな脳でも入院中の色々なことを ちゃんと記憶しているから不思議だよ。 

ひとこと多い無法者のオヤジが 脱走騒ぎやウンチが出ないと大騒ぎしてみんなに心配かけて、リハビリ室では粘土の芸術品ウンチ君を作って みんなに怒られながらも どんどん良くなって、四月には桜吹雪の道で手を振りながら さっさと帰っていった。

先生とも色々あったな、  初期の頃「看護の対応は如何ですか?」

先生の問いかけに「ウッザイです、放っておいて貰いたい、いつも目の前にお尻があるから ちょっと触ろうとして手を伸ばすと叱られるのはなんで? なんにも悪いことしてないのに・・ごはんの時間も みんな若いナースに食べさせてもらっている、 スプーンにすくった半熟卵、「はい・あーんして・・・」ほかの人はお口だけ開けてりゃたべさせてくれる。 おれ・ああいうこと一度でいいからやってもらいたかったんだよ。オレお口開けて待ってるのに みんな素通りしていく、 世話やかせないから褒められて当然なのにね、食器は自分でおかたずけしに行くと逆に叱られる、どーなってんだよ。 オレだけひとり淋しく食べて 誰も来てくれない、こんなとこに居られねぇ、淋しくて死にそうです、地獄のようです・・?」(この時点で要注意人物?★★★★悪意もなにもなとい、お尻に手が伸びるのは正常でしょ、単なる条件反射と素直な気持ちを誰も認めてくれないのが辛い) 

二ヵ月後、「おはようございます、元気ですか・・・?」  元気の「ゲ・・・」で、ちょっと止まって   「ゲンキ?・・なわけないですよね、ゲンキならこ〜んなとこで入院なんかしてませんよね ~」ときた。  サスガである、オラに云われる前に先に言われてしまった。 悪いオヤジのギャグに併せてくれたのか オラがペースに巻き込んだのかは謎、今更自己批判しても始まらないが みんなを困らせる悪りいオヤジであった。

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三月は卒業のシーズン、卒業式に仲良しの友達と別れるような気分だった。  それだけオラが良くなったということである。  先生とも

別れのときが来た、卒業の喜びと別れの寂しさ・・両方である。

オラが女だったら・・抱きついて唇奪われてもいい・・・?  本当にそんなことしたら 今度こそヘンなおじさんになって再入院? それも困る、またバカやってと叱られる、バカを楽しむバカが まだ変っていないから バカである。

◆ MRI検査は 三回目にもなると慣れてきて 自分で時間配分が出来るようになった。 カラオケレパートリーをメドレーで十曲もやれば検査も終わる、 歌詞をイメージしているうちに30分くらいすぐである。 ガーガーと音がするから唄ってもよさそうなものだけど、口も動かしてはいけない・・てことなので ひたすら我慢であった。 今回のは ♪ひとりぼっちの部屋で 今はいないあなたに そっと・そっと~ おやすみなさい~・・・♪ 丁度十曲目だった、はい・終わりました、ゆっくり起きてください・・と、ドームから出て起こされた、布施明「そっとおやすみ」が グッドタイミングであった。 本当に寝てはいけないけれど 熱唱になっていた、バカだけど苦痛で顔が歪むよりはいいでしょ?(MRI検査を受ける人の参考になれば良いですけど)

 この二日前、駅前の信号で 向こうから来るオヤジが なんと三年前の倒れた日に 「寝てろ、動くな・・」とオラを助けてくれたオヤジFさんだ、 目が会うと 暫し考えてから・・「おぉ~・・」手を振って、すぐそこだから ちょっと寄っていってよ・・と、我が家でお茶など飲みながら あの日の思い出話になってしまった。 世の中は狭い、偶然にも彼のお住まいが同じ町内で Fさんご自身に脳出血の知識があったことも オラにはラッキーな結果になったのだ。 このオヤジにも一言お礼を伝えたかった。  自分の体験を生かして いつかどこかで倒れた人がいたら「動くな 黙って寝てろ・・」と、同じことをやれる勇気ある男になりたい と思う。

 月曜日には 税務署へ確定申告、作成会場には何百人もの人が並んでいる。 日本人てすごい、国民が納税の義務を自覚している。他国ではこんな光景はないのでは・・カダフィさんとこなんか デモする市民に空爆するから  映画みたいですごい? 朝鮮半島では人民が餓死しているのに大砲の撃ち合いしてる。 そういえば北の国営放送の女子アナウンサーは一人しかいないのかね、一番キレイな人を選んだつもりが 最近では年とってきてメタボでブサイクになってきてる。 世界遺産水の都ベニスが水没しそうなイタリアの首相は未成年相手に買春するから評判悪い、世界中で人間がこんなことばかりやってるから地震・噴火・異常気象、地球の神様を怒らせたのかもね。 

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 現役時代の営業部長、大酒呑みの先輩が二月に急死したとの知らせを聞いて、なんだか寂しい、口やかましいインパクトの強いおっさんほど それなりに思い出がある、同世代の同僚が 一人また一人・・と歴史の彼方へ去ってゆく。 寂しく思うのは自分も同じ時代を生きた企業の戦士だったから。  

  先週は坂上二郎さんも死去して 欽ちゃんが「空を見て・一人で泣くから・・」あのコメント聞いて 気持ちが分るから こっちも泣けてしょうがない。

手術をしてくれた先生とオラの関係を欽ちゃんと二郎さんに置き換えてしまうから申し訳ないけれど、それがおいらのキャラである。 先生にはそれを理解してもらえるのが嬉しい、オラの答えを先に言われるくらいだからな。 

この三年間 自分の「いのち」という問題をいつも見つめながら 好き勝手に生きてきたオラには やたらと感動することが多い、好きなものと嫌いなもの、何も変わっていない、云いたいことが何でも言えることと 涙もろいのが ちと進化したけどな。 二郎さんは脳梗塞の後八年頑張ったから 二郎さんの記録を伸ばすことを目標にしよう、 それが先生への恩返しになる。  人が生きることは大変なこと 生きるのは誰にでもできることだけど 素晴らしいことなんだね 大変なことが素晴らしいと思えるから 幸せなんだね・・病院の帰り道は 幸せ気分で歩いていた。 自分の不運を反抗期のガキのように拗ねていたこの三年間で 一番幸せな瞬間だった。 オレはラッキーだった・・と、万歳したい気分だった。  病棟のスタッフのこと、先生のこと、婦長さんのこと、ヤンチャの数だけ思い出が駆け巡る、喧嘩を売ったのはオレのほうだ、みんなゴメンネ・悪かったね・・と、今更素直になっても もう終わったことだ、ハッピーエンドだからこれで良しとしよう、 涙ボロボロで歩いてきた自分の三年間が自分で愛しくなって、バカだねぇオレは・・、自分に気合を入れながら 季節の移り変わりを感じる春の陽光が眩しかった。  この頃は良いことばかりだ、先生の手を握って思い切り泣いてみたい・・? この幸せをどう表現してよいか言葉がみつからない、オラと先生にしか通用しない特別な想いなのである。    

 3月11日、大地震がおきたのは 検査から戻ったその日の午後だった。   ニュージーランドより凄い、我が日本は地震大国である、ニュージーランドにもチリにも負けない、そんなこと自慢するから バカか? と云われる。 津波が太平洋越えてアメリカ西海岸でも被害があった。 NYのメルトモに迷惑かけてすみませんねとメールしなければ・・・?? 米国の艦隊が三陸沖へ支援のためにやってくる、ロス大地震の時は日本も救援に行ったからね、日米同盟はこんな形が最善である。(やっぱり話しが大きすぎる・・ってか?) 

プールの施設に近隣の住民が皆集まって コワイコワイといいながら まるで避難所になった。 若い人たちが 一人暮らしのお婆ちゃんをおんぶして連れてきたり、水やお菓子を配ったりしていた。  困難に遭遇すると人間はみんな優しくなる、知らない人とも会話して 互いに励ましあったりする。 人間てすごいな、生きていて良かったなと改めて感動するこの頃なのであります。 停電が長く水道もガスも使えない、腹が減ってもお菓子くらいしかない。 ここで餓死してはみっともない、ここは文明社会日本だから。  地震は怖いね、オラのパソコンもひっくり返ったがオラ生きてるから、 更新できるのだから 大丈夫。 自分的には大病快復のお祝いしたいくらいだが 日本中が大災害で大変な時にそんなこと云うと叱られる?! オレだって被災者だ、タマゴ・納豆・米・・どこへ行っても売ってない? お風呂・トイレ・? パンツ脱いでる時にばっかり? なぜか余震が来る? 偶然とはいえ なんでそ-なるの? と云われても事実だからしょーがないでしょ、〔*シモネタではありません、実話です・・*〕  ろくに寝てもいられない?! 被害の大きい地域では生活環境が変わるから トイレ我慢して痔が痛くなる人もいる。 被災地の人たちは大変、オレも納豆食いたいから辛いけれど 頑張ろう、 穏やかな春がもうそこまできている、やまない雨はない、乗り越えられない困難なんてないよ、もう少しだよ、みんな頑張ろう。

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 我が人生最大の闘病記くも膜下出血の報告はこれで完結、お開きにしたい。  但し油断は禁物、一段落、中締め?が適切かもしれない。  リクエストに応えて そろそろ「ぢじょでん」の本題 痔の闘病記をやってみるか、また評判悪くなるからやめとこうかと思案中であるが それがおいらの生き様だから 自叙伝も痔除伝も一緒・・てことにして そのうちやるからね、 読者の皆さんも風邪ひかないように、気をつけてね。

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春は名のみの風の寒さや

  早春のあれこれ

春は名のみの風の寒さや (早春賦)

立春を過ぎると暦の上ではもう春、節分・立春・春分・・

日に日に暖かくなってきて 梅、こぶし、桜、桃・・花も順番に咲き始める・・予定?

毎年のことだけど 早春賦を思い出す頃東京に積雪があったり、北風ビュービューの寒い日が続く、 二月・三月は色々ある。 人間が決めた暦と 自然の巡りには誤差があるのかもしれないね。

  入学試験  

孫の高校入試、合格通知を聞くまで落ち着かない、試験から発表の日までの長いこと、プレッシャー感じるのは本人だけではない、

受験生の子供を持つ親になって 初めて親の有難みが分るのだ。

合格の連絡がきて 良かったねー・・と、 自分的には あちこち痛いのが治ってしまうほどの朗報である。 ほんとに良かった、こんな気分になったのは この三年間で初めてだった。 あのチビが、こどもの国でウサギと遊んでキャッキャとはしゃいでいたあの孫娘が 四月から女子高生とは・・・、孫の成長と時の流れが この頃の自分には 感無量である。

 新聞に公立高校の入試問題と解答が出ていたので 興味本位でやってみた。  先ず妻が めがねかけながら暫し取り組んでいたが・・「だめだわ・これ難しい、ゼンゼンわかんない・・肩凝ってきた・」 オラも新聞開いて、国語に挑戦してみよう、国語が一番大事だろう、問題の意味が分らなかったら始まらないからな、 

ところが 字が小さいから読めない、老眼鏡かけて天眼鏡使っても それでも読みにくい、問題の難易度以前の問題とは・・これも時の流れならば仕方がないけれど。  日曜日はひいとななと・・孫娘たちが来て お祝いのお雛様パーティになって 爺ちゃんが一番喜んでいたよ。 雛あられとケーキ食べて喜ぶのが平成の爺ちゃんである。  痛いことばかりじゃない、こんなことだってあるんだよ、ひいちゃんよくやった、ひーちゃんにヒーローインタビュー?(おやじギャグ)

今度は勉学よりも彼氏に悩む普通の女の子になってくれればいいと 一人で感激して 小さなことでもなんとなく幸せ気分、ちと飲みすぎた。

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◆大学の入試試験で 携帯メール使ってカンニングした学生がいて 話題になっているが 試験会場で よくメールできるよ、そっちの技術が凄いと感心するよ。  カンニングは不正行為であるが オレらの学生の頃は 暗記物の答えを指の間に書いたり、消しゴムに公式を書いたり、色々と創意工夫しているうちに 憶えてしまうこともあった。  カンニングを企てる努力が実を結ぶこともある。

◆大相撲の八百長事件、メールの履歴が証拠品になったりして、今どきは相撲取りが携帯メールする時代になってしまった。  酒乱の歌舞伎役者もいるから・・・これだから日本がくらげになるのだ。 

引退した親方が相撲協会の理事? 「相撲取りチョンマゲ切ったらただのデブ」である、辛辣に言えば 国技を運営する能力があるとは思えないけどな。 相撲の新弟子検査には学力テストすればいいのに、 国技や伝統に胡坐をかかせるからいけない、国もNHKも相撲協会と縁を切れ、株式会社組織にしてプロレス業界へ参入すればいいのに、白鵬対曙、好カードで人気出るかもよ。 

八百長は江戸時代からの日本語です。 八百屋の長兵衛さんが語源、横綱谷風も八百長したという説もあります。 八百長のない勝負事はないでしょ。 相撲は特にやり易い、野球だってプロならホームラン打たせるボールを投げることが出来る。打ってくれとゆるいボールを投げても当たらない打者がいて疲れる投手もいる(おいらの場合)、素人の八百長は難しい、結局勝つことは難しい、負けるのは楽なことなのである。 相撲で負けて楽してお金儲かる、ファンを裏切るのがいけないのです。 不祥事ばかりの相撲協会は解散してしまえ、みんな頭丸坊主にして豪雪地帯の雪降ろしでも手伝いに行け!バカモノドモが・・(怒)

  現役時代の後半 新入社員の面接を何度かしたことがあった。 オラが面接係りのときは 履歴書の内容よりも まず「見た目」で決めたな。 女性なら尚更である、姿かたちが美しければ少々アホでもいい、アホのほうが仕事教えやすい、素直な子が多い、

是非来てください、給料も休暇もご希望通りに、できる限り優遇いたします、よろしくお願いします・・と、こっちが頭下げてたな。 隣で上役がオレの足蹴ってたけどな。  

学力優秀でブサイクな女よりも 容姿端麗の女子社員が事務所にいるだけで 若い男性社員の勤労意欲がどれだけ高揚するか、

働くのは男である、女に期待しないのではないが 美女ならば居るだけでも組織は活性化する。 なんてったって組織のパワーになるのは男の奮起である。  いまどきの入社試験面接官は そこらへんまで視野に入れているのだろうか。  どんな業種でも 所詮は客商売である。 顧客の争奪が売り上げを伸ばす自由競争の世界である、看板娘の存在が組織のバイアグラとなり 利益をもたらすのである。 企業を強くするのは大局観である。(女をバカにしていませんよ、評価していないだけです・・?)

若く美しき新人女性が色っぽい(sexy)過ぎて 男たちが仕事に集中できないリスクもあったけどな。

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後輩のK君、今日は朝一番で○○のユーザーへ行きますから・・・と言いながら、デスクに座ったまま いつもなら五分もあれば出来る見積書作るのに三十分もかかっている。  あれ? どーしたの、オマエ、まだいかないのか? 嬉しそうに なに見てんだよ? 予定変更します、だって・見えるから・折角だから今日は書類の整理、○○は明日にします・・。 
彼の目の前の席では 件の色っぽい彼女が 脚を組んで巨乳の谷間をちらつかせながらパソコンとにらめっこしている。  これはいい眺め、オレにも見せてもらいたい・・?  

彼は宴会部幹事長、オラの後継者である。  ユニークなキャラの持ち主、良き友であり優秀な後輩である、 一日中ニコニコとご機嫌で内勤に励んでいた。 暑い真夏日、クーラーの調子が悪い事務所で 彼女は暑い暑いとぼやきながら だんだん姿勢が砕けてくる、もう一枚脱ぐかもしれない・・?  中年営業マンと団塊窓際族がなにを期待してたかは云わないけどね、互いの腹の内が分るから・・ニンマリである。  偶然に見えるものを見てただけだからね、明るく楽しい職場でありました。 辛いことも沢山あったが 良き思い出もあるからね。 仕事一筋で他の事に目が向かないのは勤勉か否かではない、質(クオリティ)の問題である。 仕事しながらいい女に興味を示せる人物は一流、口説いてモノにできれば名人である。(彼の名誉のために)

彼女は一年後に一身上の都合で辞めてしまった。

残念なことであった、会社も有能な素材を失った。 せめて送別会を盛大にやりたかった。  
悩み事でもあれば何でも聞いてやったのに・・・? ヘンなおじさんたちがニタニタしてキモイ?かったら 誠に申し訳ないことであると・・、いい年こいて 後で気に病む自分もバカだけど。(毎度話がヘンナ方向になってすみませんが)
見た目は素材である、素材は人材である。 優秀な素材は 教えなくても自分で仕事を覚えるものである。  

男性の場合は「酒・タバコは・・? 彼女いますか・・」 この会社を選んだ動機など マニュアル通りに聞いたところで この先進歩するか否かは 本人と指導する者の資質だからね。

履歴書の写真見て これは・・と思ったら こっちが身だしなみ整えて 当日は緊張するほどのカッコイイ女子大生に 来てもらいたかったよ。 今更ぼやいても・・・?  美しいということは 人間社会 どんな分野に於いても貴重で素晴らしいことである。

四十年もお世話になった会社に失礼になってはいけないから 補足しておくが、現在では優秀な人材が揃っている、業界屈指の有望企業に成長しているからOBとしては嬉しいことである。 

今年も正月からこまめに更新している。  外へ出てお散歩カメラ持って 春を見つけに行きたいところであるが 寒くて寒くて出かけられないから更新快調とは情けない、道端にタンポポやスミレが咲いて のどかな日差しに包まれて お散歩できる春が待ち遠しいですね。

まだ色々あるが 長くなるから 今回はこのへんで。

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