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春は名のみの風の寒さや(その二) 惜別の春

 色々あった一週間の日記  「ありがとうございました、先生もお元気でね」・・・診察室のドアを閉めてから

もう一度開けてみようか、こんなにあっさり帰っていいのだろうか・・と、一瞬考えたよ。 

右手を出して 先生に握手を求めてみたい・・・、心の底から感謝の気持ちを込めて ありがとう・本当にありがとう・・と、先生の手を握り締めてみたい・・・、でも そんなことしたら涙ボロボロになるな、先生をまた心配させてしまう、別れ際の先生の笑顔がこの先いつまでもオラの記憶に残るような気がして、 

一人で泣くほうがいい、階段を下りながら 複雑な想いにうるうるきて困ったよ。 いい歳ぶっこいて・バカだねぇ、お目出度いことなんだから泣くこたないだろ・と、涙拭きながら 半分笑いながら? そんな自分に気合入れながら、? 

検査の画像は この三年間 ずうっと変わっていない、脳みそがない・・?  神経の本数も少ない?  こんな脳でも入院中の色々なことを ちゃんと記憶しているから不思議だよ。 

ひとこと多い無法者のオヤジが 脱走騒ぎやウンチが出ないと大騒ぎしてみんなに心配かけて、リハビリ室では粘土の芸術品ウンチ君を作って みんなに怒られながらも どんどん良くなって、四月には桜吹雪の道で手を振りながら さっさと帰っていった。

先生とも色々あったな、  初期の頃「看護の対応は如何ですか?」

先生の問いかけに「ウッザイです、放っておいて貰いたい、いつも目の前にお尻があるから ちょっと触ろうとして手を伸ばすと叱られるのはなんで? なんにも悪いことしてないのに・・ごはんの時間も みんな若いナースに食べさせてもらっている、 スプーンにすくった半熟卵、「はい・あーんして・・・」ほかの人はお口だけ開けてりゃたべさせてくれる。 おれ・ああいうこと一度でいいからやってもらいたかったんだよ。オレお口開けて待ってるのに みんな素通りしていく、 世話やかせないから褒められて当然なのにね、食器は自分でおかたずけしに行くと逆に叱られる、どーなってんだよ。 オレだけひとり淋しく食べて 誰も来てくれない、こんなとこに居られねぇ、淋しくて死にそうです、地獄のようです・・?」(この時点で要注意人物?★★★★悪意もなにもなとい、お尻に手が伸びるのは正常でしょ、単なる条件反射と素直な気持ちを誰も認めてくれないのが辛い) 

二ヵ月後、「おはようございます、元気ですか・・・?」  元気の「ゲ・・・」で、ちょっと止まって   「ゲンキ?・・なわけないですよね、ゲンキならこ〜んなとこで入院なんかしてませんよね ~」ときた。  サスガである、オラに云われる前に先に言われてしまった。 悪いオヤジのギャグに併せてくれたのか オラがペースに巻き込んだのかは謎、今更自己批判しても始まらないが みんなを困らせる悪りいオヤジであった。

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三月は卒業のシーズン、卒業式に仲良しの友達と別れるような気分だった。  それだけオラが良くなったということである。  先生とも

別れのときが来た、卒業の喜びと別れの寂しさ・・両方である。

オラが女だったら・・抱きついて唇奪われてもいい・・・?  本当にそんなことしたら 今度こそヘンなおじさんになって再入院? それも困る、またバカやってと叱られる、バカを楽しむバカが まだ変っていないから バカである。

◆ MRI検査は 三回目にもなると慣れてきて 自分で時間配分が出来るようになった。 カラオケレパートリーをメドレーで十曲もやれば検査も終わる、 歌詞をイメージしているうちに30分くらいすぐである。 ガーガーと音がするから唄ってもよさそうなものだけど、口も動かしてはいけない・・てことなので ひたすら我慢であった。 今回のは ♪ひとりぼっちの部屋で 今はいないあなたに そっと・そっと~ おやすみなさい~・・・♪ 丁度十曲目だった、はい・終わりました、ゆっくり起きてください・・と、ドームから出て起こされた、布施明「そっとおやすみ」が グッドタイミングであった。 本当に寝てはいけないけれど 熱唱になっていた、バカだけど苦痛で顔が歪むよりはいいでしょ?(MRI検査を受ける人の参考になれば良いですけど)

 この二日前、駅前の信号で 向こうから来るオヤジが なんと三年前の倒れた日に 「寝てろ、動くな・・」とオラを助けてくれたオヤジFさんだ、 目が会うと 暫し考えてから・・「おぉ~・・」手を振って、すぐそこだから ちょっと寄っていってよ・・と、我が家でお茶など飲みながら あの日の思い出話になってしまった。 世の中は狭い、偶然にも彼のお住まいが同じ町内で Fさんご自身に脳出血の知識があったことも オラにはラッキーな結果になったのだ。 このオヤジにも一言お礼を伝えたかった。  自分の体験を生かして いつかどこかで倒れた人がいたら「動くな 黙って寝てろ・・」と、同じことをやれる勇気ある男になりたい と思う。

 月曜日には 税務署へ確定申告、作成会場には何百人もの人が並んでいる。 日本人てすごい、国民が納税の義務を自覚している。他国ではこんな光景はないのでは・・カダフィさんとこなんか デモする市民に空爆するから  映画みたいですごい? 朝鮮半島では人民が餓死しているのに大砲の撃ち合いしてる。 そういえば北の国営放送の女子アナウンサーは一人しかいないのかね、一番キレイな人を選んだつもりが 最近では年とってきてメタボでブサイクになってきてる。 世界遺産水の都ベニスが水没しそうなイタリアの首相は未成年相手に買春するから評判悪い、世界中で人間がこんなことばかりやってるから地震・噴火・異常気象、地球の神様を怒らせたのかもね。 

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 現役時代の営業部長、大酒呑みの先輩が二月に急死したとの知らせを聞いて、なんだか寂しい、口やかましいインパクトの強いおっさんほど それなりに思い出がある、同世代の同僚が 一人また一人・・と歴史の彼方へ去ってゆく。 寂しく思うのは自分も同じ時代を生きた企業の戦士だったから。  

  先週は坂上二郎さんも死去して 欽ちゃんが「空を見て・一人で泣くから・・」あのコメント聞いて 気持ちが分るから こっちも泣けてしょうがない。

手術をしてくれた先生とオラの関係を欽ちゃんと二郎さんに置き換えてしまうから申し訳ないけれど、それがおいらのキャラである。 先生にはそれを理解してもらえるのが嬉しい、オラの答えを先に言われるくらいだからな。 

この三年間 自分の「いのち」という問題をいつも見つめながら 好き勝手に生きてきたオラには やたらと感動することが多い、好きなものと嫌いなもの、何も変わっていない、云いたいことが何でも言えることと 涙もろいのが ちと進化したけどな。 二郎さんは脳梗塞の後八年頑張ったから 二郎さんの記録を伸ばすことを目標にしよう、 それが先生への恩返しになる。  人が生きることは大変なこと 生きるのは誰にでもできることだけど 素晴らしいことなんだね 大変なことが素晴らしいと思えるから 幸せなんだね・・病院の帰り道は 幸せ気分で歩いていた。 自分の不運を反抗期のガキのように拗ねていたこの三年間で 一番幸せな瞬間だった。 オレはラッキーだった・・と、万歳したい気分だった。  病棟のスタッフのこと、先生のこと、婦長さんのこと、ヤンチャの数だけ思い出が駆け巡る、喧嘩を売ったのはオレのほうだ、みんなゴメンネ・悪かったね・・と、今更素直になっても もう終わったことだ、ハッピーエンドだからこれで良しとしよう、 涙ボロボロで歩いてきた自分の三年間が自分で愛しくなって、バカだねぇオレは・・、自分に気合を入れながら 季節の移り変わりを感じる春の陽光が眩しかった。  この頃は良いことばかりだ、先生の手を握って思い切り泣いてみたい・・? この幸せをどう表現してよいか言葉がみつからない、オラと先生にしか通用しない特別な想いなのである。    

 3月11日、大地震がおきたのは 検査から戻ったその日の午後だった。   ニュージーランドより凄い、我が日本は地震大国である、ニュージーランドにもチリにも負けない、そんなこと自慢するから バカか? と云われる。 津波が太平洋越えてアメリカ西海岸でも被害があった。 NYのメルトモに迷惑かけてすみませんねとメールしなければ・・・?? 米国の艦隊が三陸沖へ支援のためにやってくる、ロス大地震の時は日本も救援に行ったからね、日米同盟はこんな形が最善である。(やっぱり話しが大きすぎる・・ってか?) 

プールの施設に近隣の住民が皆集まって コワイコワイといいながら まるで避難所になった。 若い人たちが 一人暮らしのお婆ちゃんをおんぶして連れてきたり、水やお菓子を配ったりしていた。  困難に遭遇すると人間はみんな優しくなる、知らない人とも会話して 互いに励ましあったりする。 人間てすごいな、生きていて良かったなと改めて感動するこの頃なのであります。 停電が長く水道もガスも使えない、腹が減ってもお菓子くらいしかない。 ここで餓死してはみっともない、ここは文明社会日本だから。  地震は怖いね、オラのパソコンもひっくり返ったがオラ生きてるから、 更新できるのだから 大丈夫。 自分的には大病快復のお祝いしたいくらいだが 日本中が大災害で大変な時にそんなこと云うと叱られる?! オレだって被災者だ、タマゴ・納豆・米・・どこへ行っても売ってない? お風呂・トイレ・? パンツ脱いでる時にばっかり? なぜか余震が来る? 偶然とはいえ なんでそ-なるの? と云われても事実だからしょーがないでしょ、〔*シモネタではありません、実話です・・*〕  ろくに寝てもいられない?! 被害の大きい地域では生活環境が変わるから トイレ我慢して痔が痛くなる人もいる。 被災地の人たちは大変、オレも納豆食いたいから辛いけれど 頑張ろう、 穏やかな春がもうそこまできている、やまない雨はない、乗り越えられない困難なんてないよ、もう少しだよ、みんな頑張ろう。

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 我が人生最大の闘病記くも膜下出血の報告はこれで完結、お開きにしたい。  但し油断は禁物、一段落、中締め?が適切かもしれない。  リクエストに応えて そろそろ「ぢじょでん」の本題 痔の闘病記をやってみるか、また評判悪くなるからやめとこうかと思案中であるが それがおいらの生き様だから 自叙伝も痔除伝も一緒・・てことにして そのうちやるからね、 読者の皆さんも風邪ひかないように、気をつけてね。

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コメント

makちゃん コメントありがとう。 超・蝶・腸・嬉しいです。
いつも大変お世話になって 冗談ばかりのブログにまでつき合わせてしまってすみませんね。 ちゃんと受信できましたよ、この調子ならパソコンも大丈夫。
地震はコワカッタ・・・、我が家の幹事長と一緒に階段駆け下りて やっとの思いで出てきたら みんなが居たので ほっとしました。  コワイヨー・・と、誰か抱きついてくれれば良かったのに・・・と、僅かな期待と勘違いもありました・・? (これも冗談ですけど)  今朝の四時前です。昨夜はやっと眠れたと思ったら三時にまたゆらゆらと来たので このところ睡眠不足です、風邪ひかないように気をつけましょう。 貴店の皆さんも風邪ひかないように、風邪ひいてたらシャレにもならない。 地震にも負けないで、競合店にも負けないように 皆で力合わせて頑張ってくださいね、今後もよろしくお願いします。  本日は誠にありがとうございました。 この調子でお気軽に ゲーム感覚で投稿お待ちしてます。 長くなってすみません。

投稿: myway | 2011年3月14日 (月) 04時01分

こんばんは!やっとコメントすることができました(*^_^*)
遅くなってすみません。。。
無事に送信できてますでしょうか??
先日の地震は本当に怖かったですね(>_<)
慌てて職場を出たら、お二人がいらっしゃって隣の先生や職員さんなど知っている人たちに会えたので本当にほっとしました!!
それでは、早速お気に入りに登録してまたブログ拝見させていただきますね♪

投稿: sugarmak | 2011年3月13日 (日) 21時22分

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