« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

それでも生きてゆく

2012早春閑人独語

(1)MRI検査

何度聴いても どこで歌っても 涙になる曲がある。

♪せめて一夜の夢と 泣いて泣き明かして

自分の言葉に嘘は つくまい 人を裏切るまい

生きてゆきたい 遠くて汽笛を聞きながら

なにもいいことが なかったこの街で♪

オレ昔からこれダメなんだよな、 宴会の後のカラオケで熱唱していた頃は まだ涙まではいかなかったが 

時が経つほどに 今になって尚更 しみじみと味わうことが出来る

歌詞の意味が 心に沁みる。

アリスの歌が好きだから チャンピオン、サライ、昴、・・・皆カラオケレパートリーだけれど 名曲「遠くで汽笛を聞きながら」これが一番好き、 そうなんだよね、いいことなんかなにもなかった、それでもみんな 生きてゆくのだ・・・・ そこまで想うと 泣けてくる。  今でも風呂で唄うと泣けてしょうがない

11年3月11日、東日本大震災、これからの日本史年表に太字で書かれるほど 日本人にとっては特別な日、あれからもうすぐ一年、あの日はオラにも特別な一日であった。 診察室でMRIモニター見ながら“なにもありません、非常に順調です、 もうやるべきことはありません(病院として)、素晴らしいことです・・” 手術から三年間 ずっと診てくれた先生の「卒業宣言」だった。  

なんにもない・・?そうなんです、CTもMRIも 検査の画像は頭の外枠だけで いつも中身がなんにもない・・・、たらこみたいにゴチャゴチャと複雑な脳みそを期待していたが 素人のおいらには輪郭(骨)しか解らない。 

ヤンチャばかりで てこずらせた先生との思い出を反芻しながら 春の陽光が眩しい駅までの道を 涙拭き拭き歩いて・・・感謝の気持ちに溢れる 嬉しい幸せな瞬間だった。 

今日も生きている、みんなのおかげだ、  あれから一年、容赦なく通り過ぎる季節の巡りがありがたい、 時の流れに追い越されることが オラには素晴らしいことだ。 病院に向かって振り返り 心の中で深く頭を下げて、ちらっとヘンなこと考える、

神社仏閣へ行くと 神には「美しく死ね」と教えられ、病院では「強く生きて」と教える、??? オラにはまだ訳わかんねえ、結局はオラ強くない、脳みそもない?から 死ぬまで生きてりゃいいのだ。?? やっぱり解らない。  

年に一度のMRI検査、四回目にもなると ドームの中でペース配分できるようになってきた。

こんなことベテランにならなくてもいいのだが。 

長時間じっと動かない検査は辛い、医療設備は日々進歩しているから 将来はドームに入る前に何曲か登録しておいて 天井に歌詞がでる、カラオケボックススタイルのMRI検査機、しらふでひとりカラオケやりながらの検査なら 三十分くらいは楽しく過ごせると考えるのは オラだけではないだろう。 歌唱力磨くなら ほろ酔い加減の酒も呑めるのが理想、こんな提案すると 私は検査室出入り禁止になるってか?

伴奏は ガーガー・コンコン・・と やかましいだけで、リズムも音程も 合わせてくれない機械が ちと不満である。 今回はPOPS系から演歌まで ジャンルを問わず 好きな曲をメドレーで 口だけ少し動かして熱唱していたよ。  アリスの「遠くで汽笛」までやると涙になるといけない、検査室から泣き泣き出てきたら先生にまた心配掛けてしまう、 最後に威勢良く北島三郎「函館の女」を一発かましてみた。

「あとは追うなといいながら 後姿で泣いてた君を 思い出すたび逢いたくて と~ても が~まんが~~~・・できなか~~ぁったよ~~」

終わってベッドが外へ動いたとき 検査の先生に聞こえたのだろうか「がまんできなかった・ですか? 大丈夫ですか? がまんできない時は ご遠慮なくブザー押してくださいね・・どーも・お疲れ様でした」 そおだ、右手に呼び出し用のブザーを握っていたのだ、本当に辛かったら 無理することないんだよね。 閉所恐怖症の人なら数分でブザーを押してしまうよ。  

MRIの共鳴音がカラオケの伴奏になるような最新型が開発される時代がきっとくる、ネット通販会社の社長さんがTVCMで テンション高く声を裏返してPRするようになる。 「今なら なんと・送料込みで39,800円、限定三十台 特別価格ですよ・・・」一般家庭向けには喜ばれても その新製品を病院が導入したとしたら 患者側は検査の希望者が減る、 いくら景気悪いったって、こういうことで経費節減は 困りますよね。 オラたち現代人は夢のようなハイテク世界を生きているのだ、 まだまだ寿命を更新していかなければ・・・。

毎度病気の話題になり誠に恐縮でありますが お蔭様で大病から丸四年、脳外科の定期検査で 問題点が見つかったことはまだ一度もない、まだ一度も死んだこともないから・スゲエぞと自信もついてきたが いつも空っぽの脳みそだから悩ましい? 肉体的に問題あるのは 腰痛、膝痛、肩凝り、寒くなると痛む痔・・・方向違いの痛みばっかりだ。  

今度何かあったら 死んじゃうのかもしれないと弱気な自分が情けないが、 結局、無事に過ぎてきたことが 嬉しいんだね、この四年間、泣いたり笑ったりしながらも 今のところ順調に五年目を迎えたことを報告したいのであります。

Photo Sagi1

診察が済んでから おなかぺこぺこ、食堂でカレーライスに海老フライが二本乗った日替わりランチを残さず食べた。 入院中から でっかい海老が食いたかった、今に見てやがれ、元気になって アレを食いに来てやるからと 小さな目標を設定していた。 ベッドから抜け出して 本当にアレ食いに行ったら 病棟ではまた脱走したと大騒ぎになって 10人の若いナースに追いかけられる、トム・クルーズ、デカプリオ、彼らの苦労が よく判るよ。

アレは当方と致しましては 誠に貴重で有り難い体験でありました。

大病のおかげで オラあんなに幸せな体験ができた、口数も多くなった、云いたいことが云えるようになった。 趣味も増えた。 突然病気に襲われるのは「幸運」なことだった。 モノゴト良い方向に考えられるようになった。 脳みそないから複雑な思考をしないだけだ。

モテルのはイケメンの宿命、おいらとしては納得できるが それも楽しい思い出だが、人に迷惑掛けてはいけない と、 気を遣って我慢していた自分としては 最善を尽くした四年間だった。

検査も診察も終わり 昼前には食堂のショーケースの前に立っていた、五年目にして ついに目標達成、感謝の気持ちと満腹感で駅まで続くこの道に 今年もまたひとつ寂しさを捨ててきた。

病院から駅まで続く 何度も歩いた真直ぐな路、横浜の香りが抜けないこの街並木、 

立派なオフィスとお洒落な飲食店がごちゃ混ぜで、左に曲がればJRAウィンズもあるこの路が オラ好きだな。 来年もまた ここへ思い出を捨てに来たい。

このことを誰かに知らせたい、海老が大好物のななこちゃんに知らせたい、夜は布団の中から携帯で キュウリ丼の発明者・愛しい孫娘ななこちゃんへ「おやすみメール」 ところでオラも子供の頃はキューリー夫人て キュウリを発明した人かと思っていた。

 ななちゃん元気? もうごはん食べたか? お風呂入ったか?

爺ちゃんは 今日病院の検査行ったよ、脳みそないから 悪いとこなにもなかった、チョーでかい海老二本乗ったカレー食べてきたよ、チョー美味しかったよ、今度一緒に食べに行こうね・・・

四月から中学生、勉強頑張れよ、風邪引くなよ、

 良かったね、そおだったね、脳みそなかったんだよね、

 そぉだよ あんたと同じだよ、脳みそないから大丈夫だったよ

 むかつく(怒)、あんたに言われたくない、ななは脳みそあるし・・・

 そか、少しはあるのか、大事にしてね、もう寝るからね おやすみ、また明日ね。

 うん、脳みそは勉強に使うよ、おやすみ 。・・・

                      唐突で失礼ですが まぬけなところで中断?(今・地震がきたから・こんなこと? やってらんねぇ?と、電源切らなくちゃ! 毎日騒々しい世の中である。これだから最近疲れるよ、オレだけじゃないけどね) つづく

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

悠々自適 立春の頃

東急田園都市線二子玉川から下り中央林間行き各駅停車に乗って 青葉台の次 長津田の手前に「田奈」という駅があります。  

この辺は恩田町と奈良町、二つの町名が合体して「田奈・たな」になったそうである。  (余談・東急のメイン路線東京渋谷から横浜までを東横線という、昭和時代大田区蒲田から出る二本の路線、目黒行が「目蒲線」五反田へ行くのが「五蒲線」といわないのは ゴロが合わないから、途中に有名なお寺「池上本門寺」があるので「池上線」となっています。 青森と函館を結ぶから青函トンネル、山口県下関市と福岡県門司市の間が関門海峡、・・・日本の地名、駅名などは単純な理由で命名されています。) 田奈に関しては最近まで知らなかったよ、「田舎・いなか」の字を間違えて 舎が奈になったのかと思っていた。 それほどのいなからしい畑のど真ん中にできた駅であった。 田奈を漢字にすると「田舎」と読まれては困るから 駅の表示は「たな」と、ひらかなだった。

家までは田奈の駅前からバスで三十分、バスの乗継悪いと電車と合わせて一時間半もかかる、 定年後に二年余 オラこんな田舎から東京港区まで通勤していたのである。

これは自慢話ではありません、苦労話です。

Photo    

◆横浜市青葉区 桐蔭学園のそばに鉄町というのがある。 「くろがね」少年野球をやっていた頃 この地区のチームに何度も負けた、強いチームだった。 

  ついでにもうひとつ、過去を捨てきれないノスタル爺の昔話

横浜市青葉区、この地域を流れる恩田川で遊ぶ同級生がいた、

西森君、一番前の席だった。 

高校一年の春、英会話の授業、先生に突然指名されて 

「昨日はどこで過ごしましたか? 文法的に正しく答えなさい・・Mr.ウエストウッド」出席とるとき漢字の名簿見ながら英訳して呼ぶ、例えば山田さん=MR.マウンテンポンド、小島さん=MR.スモールアイランド、

西森君は即座に答える、アイスペンドイェスタディ オンザリバー(I spended yesterday on the river

オンザリバー on the river ??? 

どこの川なの? ・・・オンザリバーです。 

何度聞いてもオンザリバーと頑固であった。 

鶴見川の支流恩田川、横浜の人ならば誰でも知っているから 

なぁんだ、恩田川だからオンザリバーか・・と笑って済む話だったが ドイツベルリン出身の女教師ローゼ先生としては理解に苦しむ、

美しい名前からは想像し難い激情型、 怒り出すとだんだんエキサイトしてドイツ語でまくしたてる、教科書を破ったり 欧米人特有の暴力的ヒステリー女に豹変する。 俺らには何を怒鳴っているかわからない。 

それでも高校生か、もう一度中学校から勉強やり直して来い、・・多分そういう類のことを云っていたらしい。  ヒトラーの演説みたいで生徒には怖いと評判悪かった。 

ちなみにそのとき おいらがクラス委員(級長)だったのが不運。

カムヒヤ・ウィズミー・・・

あなたがクラスリーダーなら 彼の答えを英語で私に正しく説明しなさいと別室へ呼び出され、 恩田川は川の名前です・・・理解してもらうのに随分苦労したよ。 彼は鼻が詰まっていたからオンザリバーの発音になったのだ、教室へ戻ってから なんだあのババアは・・・避難轟々である。  みんなに随分慰められ 俺のために酷い目に遭わせてすまなかったと気をつかう西森はいいやつだ、彼は間違っていない、onda riverで正解だと思うよ、オレは大丈夫、無傷で戻ってきたのだ。  

その後 西森は次期クラス委員となり 卒業するまでオンザリバーと呼ばれる人気者になった。有名人になったのである。  オラも西森も勉強ができたからではない、オラの場合はたまたまくじ引きで クラス委員に当たってしまった。 

起立・礼・着席、(standup bow sitdown ????    スタンダップ・ボウ・シッダウン・・?)

英会話の時間には 「起立・礼・着席」を英語でやりなさいと命じられ 下手な発音になるとまた怒られそうだから ほとぼり冷めるまでは日本語でやっていたが 幸いにして気づかれなかった。 

恩師に無礼なことを云ってはいけない、ローゼ先生 平成の今日も どこかで御存命ならば百歳は遥かに超えている。  ゲルマンの怪物、ヒトラーの元愛人とか 皆で悪口云っていたが 野球で怪我をして二ヶ月学校を休んだときには 見舞いの手紙と手作りソーセージを送ってくれたり 年末に手書きのクリスマスカードをもらったときは 優しいとこもあるなと ちょっとホロリとしたこともあった。  

付属高から大学まで 西森とは同じクラス、彼とは社会人になっても まだ付き合いが続く 腐れ縁?の親友である、二人とも成績よりも野球で推薦進学したようなものであったが どういうわけか専攻もクラスも一緒だった。  昭和の経済成長期、あの頃は理工科系がもてはやされる時代であった。 社会が理工科系人材を求めていた。 優秀な子は工学部へ進む、そうでない子は文系普通科へ進むのが平均的傾向であった。

オレも西森も法学部法律学科、教養課程の第二外国語はドイツ語を選択したが 後にローゼ先生がドイツ語の講師であることを知り ついに授業に出たことないまま よくぞ留年なしに卒業したものであると 二人で喜び合ったものである。 若くやさしい美人教授ならば毎日でも出席して 長くお付き合いしたいのである。 

Photo_2

定年間近になると 誰でも「悠々自適」の言葉に憧れるようである。  これからは趣味に生きよう、新しいことを始めようとか・・・夫々に夢を持つのだが 現実はなかなかそうもいかない、例えばゴルフの好きな人が 毎日ゴルフへ行くかというと そういう人はいない。  オレだってこの十年くらい 釣りに行ったのは三回くらいである。 

おいらの場合は 悠々自適どころか想定外の波乱万丈、病気と闘いの日々、古希が近づき、腰痛肩凝り神経痛・・? 体中をコキコキ鳴らして よくぞここまで生きていると自画自賛。

お金持ちならば たまに温泉旅行とか世界一周豪華客船の旅・・、

南の島に別荘建てて 安楽椅子でワインをちびちびやりながら パイプの煙くゆらせる、欧米風マニュアル通りの老後を夢に見る等、人生色々、夢も様々だ。 

定年前から長期展望、妻に内緒でへそくり貯めて 競馬場通いしたり、彼女作るのもいいな・・と、夢と希望と持病を抱えて 輝かしい第二の人生に憧れる。 青く無限の大空へ翼広げて自由に飛び出せる?大鳥の心境、眠いときはいつでも寝られる、食いたいものは腹いっぱい食べる、平日に広い釣堀でひとりで釣りができる。  会社をクビになれば嬉しいことが沢山待っている、退職の送別会が我が人生で一番幸せな夜であった。

◆2月3日節分、4日立春、10日おいらの誕生日、11日建国記念日、14日バレンタインデー(女性読者各位様へ・催促するようですみませんが 私のほうはいつでも喜んでお受けいたしております、後からでも気にしませんので お気軽によろしくお願いします)。 

季節が少しずつ動き出している。  この度は一ヶ月ぶりの更新です。 穏やかに晴れた日は 身も心も爽やかになります。寒い冬の雨の日はPCに集中できないほど持病が痛む、最近は古傷痔まで痛むから、 これが悠々痔適だ。 「健全な精神は健全な肉体に宿る・・苦悩なき精神は丈夫な肉体を育む、要するにバカは風邪ひかない、肉体が健全だと精神も健全である、心と身体は相思相愛・一心同体、これが相対性理論である?・・信用しないように、夜明け前の寝言ですから」僕は馬鹿になったけれど 晴れの日は身も心も絶好調、???お天気やさんはいけない、アップダウンを顔や態度に出してはいけませんよ、毎日ハイテンションでは唯のバカ、全天候型で平均的ににこやかな人がいいのです。 AKB48フライングゲットの練習してカラオケレパートリーに使いたい、Na~NaNa~NaNaNaNaNaNa,♪・・・のとこまでは着いていけるようになったが フラインゲット・・のあとが 

何故かミゲル君のsyo-syu-riki~~♪「消臭力~~・???・・」になってしまう、オレ音痴じゃないはずだけどな、

AKBの歌 練習できるのも 悠々自適orバカだから? ま・いいか、踊り見てるだけでも ニコニコご機嫌になるからね。 やっぱり僕は馬鹿かしら・・? 

2月は現役引退定年退職、あれから九年、このごろの楽しみはパソコンで囲碁の勝負、ブログ更新しながら愚痴こぼしたり・・・これ言い始めると愚痴になるけれど。  結局閑人は辛いのである。 いい年して 何時までも欲求不満人生なのである。 貧乏ヒマなし・・という言葉があるけれど 暇のない貧乏は幸せである、ヒマのある貧乏はストレスになる。 ヒマとは寂しい事なのである。  

こんなこといえるのも健康だからだけどね、もしも病気で寝込んでたりだったら・・・ヒマどころか 最悪である。 バカになってもいい、日々足腰鍛えるつもりでウロチョロしているほうがいい、

これから定年を迎える団塊世代の読者諸兄に

第二の人生に 期待しすぎてはいけません、定年を迎えるのは ご隠居さんになるということです。  隠居とは 隠れて暮らす、にこやかに穏やかに生きることです。 会社へ行っても もう机はない、家の中にだってトイレくらいしか居場所がなくて当たり前、なんの役にもたってないのだから・・・。

日常の小さなことに喜びを見つけるのが「安らぎ」です。 先輩面して解ったようなことを語って恐縮であるが、 

オレなにも悟ってないけどね。  

悠々自適の安らぎを求めるならば 会社への未練や過去を捨てる勇気を持て、 その前に健康であることが第一条件、生活習慣に気配りするのは 自分のため、元気があればなんでもできる・・・ということを提言したいのであります。

結局悠々自適って、どういうことなの? 「時間」のことです。

現役時代には「時間のゆとり」が欲しかった、休暇が金で買えるなら金を出してでも休みを手に入れたかった。  真の悠々自適とは 経済的なゆとりと自分のために使える自由な時間、この二つである。

経済的な悠々自適を目標にするから 男は何十年もボロボロになるまで働き続けるのだ。  

毎度長々と自分の過去までネタにして偉そうに能書きたれられるから ブログは有り難い。 時間が有り余っているのも「悠々」のうちである。  バカ云ってられるのも時間のゆとりのおかげである。 これも「悠々自適」のうちだ、小遣いが少ない不満もあるが お散歩しながら ま・いいか・・と、こんなもんで満足している今日この頃・・であります。

空は青いか 海は広いか 夢はあるか 友はいるか 誰かに恋しているか ポケットの金で満足か・・・そうか じゃあ さっさと死ね」

ビートたけし先生の詩集「僕は馬鹿になった」の中から素敵な言葉を見つけました。 

このごろは晴天で 日差しが眩しい、正月にカワセミ見つけてから 毎日の散歩が 楽しくてしょうがない、リタイヤから九年、大病から丸四年、今日も歩いている自分が嬉しくてしょうがない、空の青さを否定するような奴がいたら おいらも同じことを云う。

節分には今年も海苔巻き作った、季節と関係ないが2月10は誕生日、 何回目か忘れた、自慢げに云うことでもない、言いたくもない、もうばれているけれど。  もくれんのつぼみが膨らんできました、植え込みの根元では 野良猫がサカリつきやがって ギャーギャーとウルサイけれど、もうすぐ春ですね。

 

今年は満開の桜が見られそうですね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »