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悠々自適 立春の頃

東急田園都市線二子玉川から下り中央林間行き各駅停車に乗って 青葉台の次 長津田の手前に「田奈」という駅があります。  

この辺は恩田町と奈良町、二つの町名が合体して「田奈・たな」になったそうである。  (余談・東急のメイン路線東京渋谷から横浜までを東横線という、昭和時代大田区蒲田から出る二本の路線、目黒行が「目蒲線」五反田へ行くのが「五蒲線」といわないのは ゴロが合わないから、途中に有名なお寺「池上本門寺」があるので「池上線」となっています。 青森と函館を結ぶから青函トンネル、山口県下関市と福岡県門司市の間が関門海峡、・・・日本の地名、駅名などは単純な理由で命名されています。) 田奈に関しては最近まで知らなかったよ、「田舎・いなか」の字を間違えて 舎が奈になったのかと思っていた。 それほどのいなからしい畑のど真ん中にできた駅であった。 田奈を漢字にすると「田舎」と読まれては困るから 駅の表示は「たな」と、ひらかなだった。

家までは田奈の駅前からバスで三十分、バスの乗継悪いと電車と合わせて一時間半もかかる、 定年後に二年余 オラこんな田舎から東京港区まで通勤していたのである。

これは自慢話ではありません、苦労話です。

Photo    

◆横浜市青葉区 桐蔭学園のそばに鉄町というのがある。 「くろがね」少年野球をやっていた頃 この地区のチームに何度も負けた、強いチームだった。 

  ついでにもうひとつ、過去を捨てきれないノスタル爺の昔話

横浜市青葉区、この地域を流れる恩田川で遊ぶ同級生がいた、

西森君、一番前の席だった。 

高校一年の春、英会話の授業、先生に突然指名されて 

「昨日はどこで過ごしましたか? 文法的に正しく答えなさい・・Mr.ウエストウッド」出席とるとき漢字の名簿見ながら英訳して呼ぶ、例えば山田さん=MR.マウンテンポンド、小島さん=MR.スモールアイランド、

西森君は即座に答える、アイスペンドイェスタディ オンザリバー(I spended yesterday on the river

オンザリバー on the river ??? 

どこの川なの? ・・・オンザリバーです。 

何度聞いてもオンザリバーと頑固であった。 

鶴見川の支流恩田川、横浜の人ならば誰でも知っているから 

なぁんだ、恩田川だからオンザリバーか・・と笑って済む話だったが ドイツベルリン出身の女教師ローゼ先生としては理解に苦しむ、

美しい名前からは想像し難い激情型、 怒り出すとだんだんエキサイトしてドイツ語でまくしたてる、教科書を破ったり 欧米人特有の暴力的ヒステリー女に豹変する。 俺らには何を怒鳴っているかわからない。 

それでも高校生か、もう一度中学校から勉強やり直して来い、・・多分そういう類のことを云っていたらしい。  ヒトラーの演説みたいで生徒には怖いと評判悪かった。 

ちなみにそのとき おいらがクラス委員(級長)だったのが不運。

カムヒヤ・ウィズミー・・・

あなたがクラスリーダーなら 彼の答えを英語で私に正しく説明しなさいと別室へ呼び出され、 恩田川は川の名前です・・・理解してもらうのに随分苦労したよ。 彼は鼻が詰まっていたからオンザリバーの発音になったのだ、教室へ戻ってから なんだあのババアは・・・避難轟々である。  みんなに随分慰められ 俺のために酷い目に遭わせてすまなかったと気をつかう西森はいいやつだ、彼は間違っていない、onda riverで正解だと思うよ、オレは大丈夫、無傷で戻ってきたのだ。  

その後 西森は次期クラス委員となり 卒業するまでオンザリバーと呼ばれる人気者になった。有名人になったのである。  オラも西森も勉強ができたからではない、オラの場合はたまたまくじ引きで クラス委員に当たってしまった。 

起立・礼・着席、(standup bow sitdown ????    スタンダップ・ボウ・シッダウン・・?)

英会話の時間には 「起立・礼・着席」を英語でやりなさいと命じられ 下手な発音になるとまた怒られそうだから ほとぼり冷めるまでは日本語でやっていたが 幸いにして気づかれなかった。 

恩師に無礼なことを云ってはいけない、ローゼ先生 平成の今日も どこかで御存命ならば百歳は遥かに超えている。  ゲルマンの怪物、ヒトラーの元愛人とか 皆で悪口云っていたが 野球で怪我をして二ヶ月学校を休んだときには 見舞いの手紙と手作りソーセージを送ってくれたり 年末に手書きのクリスマスカードをもらったときは 優しいとこもあるなと ちょっとホロリとしたこともあった。  

付属高から大学まで 西森とは同じクラス、彼とは社会人になっても まだ付き合いが続く 腐れ縁?の親友である、二人とも成績よりも野球で推薦進学したようなものであったが どういうわけか専攻もクラスも一緒だった。  昭和の経済成長期、あの頃は理工科系がもてはやされる時代であった。 社会が理工科系人材を求めていた。 優秀な子は工学部へ進む、そうでない子は文系普通科へ進むのが平均的傾向であった。

オレも西森も法学部法律学科、教養課程の第二外国語はドイツ語を選択したが 後にローゼ先生がドイツ語の講師であることを知り ついに授業に出たことないまま よくぞ留年なしに卒業したものであると 二人で喜び合ったものである。 若くやさしい美人教授ならば毎日でも出席して 長くお付き合いしたいのである。 

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定年間近になると 誰でも「悠々自適」の言葉に憧れるようである。  これからは趣味に生きよう、新しいことを始めようとか・・・夫々に夢を持つのだが 現実はなかなかそうもいかない、例えばゴルフの好きな人が 毎日ゴルフへ行くかというと そういう人はいない。  オレだってこの十年くらい 釣りに行ったのは三回くらいである。 

おいらの場合は 悠々自適どころか想定外の波乱万丈、病気と闘いの日々、古希が近づき、腰痛肩凝り神経痛・・? 体中をコキコキ鳴らして よくぞここまで生きていると自画自賛。

お金持ちならば たまに温泉旅行とか世界一周豪華客船の旅・・、

南の島に別荘建てて 安楽椅子でワインをちびちびやりながら パイプの煙くゆらせる、欧米風マニュアル通りの老後を夢に見る等、人生色々、夢も様々だ。 

定年前から長期展望、妻に内緒でへそくり貯めて 競馬場通いしたり、彼女作るのもいいな・・と、夢と希望と持病を抱えて 輝かしい第二の人生に憧れる。 青く無限の大空へ翼広げて自由に飛び出せる?大鳥の心境、眠いときはいつでも寝られる、食いたいものは腹いっぱい食べる、平日に広い釣堀でひとりで釣りができる。  会社をクビになれば嬉しいことが沢山待っている、退職の送別会が我が人生で一番幸せな夜であった。

◆2月3日節分、4日立春、10日おいらの誕生日、11日建国記念日、14日バレンタインデー(女性読者各位様へ・催促するようですみませんが 私のほうはいつでも喜んでお受けいたしております、後からでも気にしませんので お気軽によろしくお願いします)。 

季節が少しずつ動き出している。  この度は一ヶ月ぶりの更新です。 穏やかに晴れた日は 身も心も爽やかになります。寒い冬の雨の日はPCに集中できないほど持病が痛む、最近は古傷痔まで痛むから、 これが悠々痔適だ。 「健全な精神は健全な肉体に宿る・・苦悩なき精神は丈夫な肉体を育む、要するにバカは風邪ひかない、肉体が健全だと精神も健全である、心と身体は相思相愛・一心同体、これが相対性理論である?・・信用しないように、夜明け前の寝言ですから」僕は馬鹿になったけれど 晴れの日は身も心も絶好調、???お天気やさんはいけない、アップダウンを顔や態度に出してはいけませんよ、毎日ハイテンションでは唯のバカ、全天候型で平均的ににこやかな人がいいのです。 AKB48フライングゲットの練習してカラオケレパートリーに使いたい、Na~NaNa~NaNaNaNaNaNa,♪・・・のとこまでは着いていけるようになったが フラインゲット・・のあとが 

何故かミゲル君のsyo-syu-riki~~♪「消臭力~~・???・・」になってしまう、オレ音痴じゃないはずだけどな、

AKBの歌 練習できるのも 悠々自適orバカだから? ま・いいか、踊り見てるだけでも ニコニコご機嫌になるからね。 やっぱり僕は馬鹿かしら・・? 

2月は現役引退定年退職、あれから九年、このごろの楽しみはパソコンで囲碁の勝負、ブログ更新しながら愚痴こぼしたり・・・これ言い始めると愚痴になるけれど。  結局閑人は辛いのである。 いい年して 何時までも欲求不満人生なのである。 貧乏ヒマなし・・という言葉があるけれど 暇のない貧乏は幸せである、ヒマのある貧乏はストレスになる。 ヒマとは寂しい事なのである。  

こんなこといえるのも健康だからだけどね、もしも病気で寝込んでたりだったら・・・ヒマどころか 最悪である。 バカになってもいい、日々足腰鍛えるつもりでウロチョロしているほうがいい、

これから定年を迎える団塊世代の読者諸兄に

第二の人生に 期待しすぎてはいけません、定年を迎えるのは ご隠居さんになるということです。  隠居とは 隠れて暮らす、にこやかに穏やかに生きることです。 会社へ行っても もう机はない、家の中にだってトイレくらいしか居場所がなくて当たり前、なんの役にもたってないのだから・・・。

日常の小さなことに喜びを見つけるのが「安らぎ」です。 先輩面して解ったようなことを語って恐縮であるが、 

オレなにも悟ってないけどね。  

悠々自適の安らぎを求めるならば 会社への未練や過去を捨てる勇気を持て、 その前に健康であることが第一条件、生活習慣に気配りするのは 自分のため、元気があればなんでもできる・・・ということを提言したいのであります。

結局悠々自適って、どういうことなの? 「時間」のことです。

現役時代には「時間のゆとり」が欲しかった、休暇が金で買えるなら金を出してでも休みを手に入れたかった。  真の悠々自適とは 経済的なゆとりと自分のために使える自由な時間、この二つである。

経済的な悠々自適を目標にするから 男は何十年もボロボロになるまで働き続けるのだ。  

毎度長々と自分の過去までネタにして偉そうに能書きたれられるから ブログは有り難い。 時間が有り余っているのも「悠々」のうちである。  バカ云ってられるのも時間のゆとりのおかげである。 これも「悠々自適」のうちだ、小遣いが少ない不満もあるが お散歩しながら ま・いいか・・と、こんなもんで満足している今日この頃・・であります。

空は青いか 海は広いか 夢はあるか 友はいるか 誰かに恋しているか ポケットの金で満足か・・・そうか じゃあ さっさと死ね」

ビートたけし先生の詩集「僕は馬鹿になった」の中から素敵な言葉を見つけました。 

このごろは晴天で 日差しが眩しい、正月にカワセミ見つけてから 毎日の散歩が 楽しくてしょうがない、リタイヤから九年、大病から丸四年、今日も歩いている自分が嬉しくてしょうがない、空の青さを否定するような奴がいたら おいらも同じことを云う。

節分には今年も海苔巻き作った、季節と関係ないが2月10は誕生日、 何回目か忘れた、自慢げに云うことでもない、言いたくもない、もうばれているけれど。  もくれんのつぼみが膨らんできました、植え込みの根元では 野良猫がサカリつきやがって ギャーギャーとウルサイけれど、もうすぐ春ですね。

 

今年は満開の桜が見られそうですね。

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コメント

悠々自適はいいですね、本当に健康第一 金があればなおいいけど、そうはいかない。これが人生か運命か逆らえない。  むらかみ

投稿: むらかみ みねあき | 2012年2月14日 (火) 20時27分

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