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2016年3月

寿司屋で一言 (1)酒と美味しい肴のはなし

 

仙台駅前に小さな飲食店が並ぶ横丁があった。  寿司処「江戸前早坂」・・看板には江戸前と書いてあるが 江戸じゃねえだろ・・・ま・いいか・・・、板前のオヤジさん一人でカウンター席五人で満員の小さな寿司屋だが 案外安くて 気楽に板前の親父と語り合える。 
 
寿司屋は儲かるでしょ・・・・「否・ネタが高いからね、売値は変えられない、マグロでも三百八十円、安いでしょ、利益でなくて大変ですよ・・・お客様は喜んでくれるけどね」 
オラあまり握り寿司は沢山食わない、刺身をあれこれ食いながら酒を二本くらい飲んで、たまには寿司食ってみるかと ホッキ貝を最後に注文、2800円だった会計を 安!と思いながら払って帰ろうとすると、「あれ!ホッキ食べたよね、」ときたから 食ったよ・・と云ったら「3800円でした、ごめんね忘れちゃった」 ・・・・ホッキ貝一貫1000円! 売値もちゃんと変動してるだろが・・・・。
 
◆余談又は脱線
仙台の繁華街といえば 国分町ということになっているが 国分町のキャバレーや高級レストランには 得意先と同伴で営業的にしか行ったことがないので あまり思い出は残っていない。  ゴージャスな店でいい女がいるということだけで ひとりで行くほどの勇気はない。
お客様の接待に会社の上司も一緒ならまだ気楽だが それでも請求書の額を心配しながら飲む酒は 美味しいとは言えない。
国分町は東北地方最大の繁華街、東京でいえば新宿歌舞伎町に匹敵する規模で 東京の田舎者には 怖いところというイメージだった。  
それでもなんとか努力すれば 穴場がみつかるはずだ、馴染の酒場1軒くらいは自力で開拓しなければ旅に出た意味がない、「若さ」というのは向上心に燃える時期、営業の実績磨くには女あしらいや酒の飲み方も成長しなければならない、唯予定通り何社か回って 受注と回収の営業的マニュアルを遂行するだけでは進歩がない、唯の会社のパシリである。
仕事は続けていれば本能的に覚える、実践で「遊ぶこと」もクリアしないようでは一人前にはならない。  遊ぶことを推奨しているわけではない、お仕事を完璧に済ませて 残った時間で遊ぶのが有能な営業マンである。  夜のそぞろ歩きは軟派でも 心に硬派の血が流れていればよい。 
 
◆ 一日中働いているようでは 傍からみれば 勤勉、真面目な働き者に見えるが とろくさいだけて゛ある。 スピードは能力である。  時間の余裕ができる仕事をする営業が揃ったとき会社は強くなる。  専門的分野でのプロフェッショナルになると同時に 遊びながら紳士に成長してもらいたい。  営業マンは紳士であれ・・・、そういう営業に育ってもらいたい、後輩の読者のために 引退した先輩から 一言・・エールを送ったつもりである。 実際のところ オラもう何の役にもたたない、社会に貢献もしていない、病院通いで医療の進歩には多少の貢献はしている、だから 現役世代に口出しはしない、古巣の後輩たちは 大丈夫、今は皆 立派な一流企業人に成長している。 それよりもオラの場合 自分の健康を心配しないとね。
 
◆女あしらいと酒の飲み方に長じることが紳士の条件である。  熟年になってやっとたどり着いた自分なりの課題 ?   若い頃は遊び心しかない。 夜になると 宿を抜け出して勝手知らない異国の繁華街を彷徨う流れ者に変貌する。  
若さというパワーがそうさせる、好奇心、行動力、これが向上心につながる。
東京にいるとこれはできない、出張に出た者の特権である。  
オレは出張が好きだった、 東京というストレス世界から解放された自由な別世界である。 喘息という持病があるから まず 空気の良いところで 宿では好きなだけ寝られる。  二日酔いでなければ朝ごはんが美味しい。  地方へ滞在している間は転地療法のようなもの、少なくとも出張中は健康状態でいられる。   
 
◆ 仙台駅前呑屋横丁の小さな寿司屋「早坂」は寝台特急で帰るまでの待ち時間に ひとりでよく通った。  仙台湾の珍味「ほや」の刺身が食えるからである。 これが好きで 駅の売店で「ほやの塩辛」として400円で売っているのをお土産にいつも買って帰った。  これだけでごはんのおかずになるほど好きだった。 東北六県二十年ほど出張したみちのく一人旅、喘息と痔を患いながら 酒と薬を交互に飲みながら、今となっては楽しい思い出である。  これでごはん食べたくなるというのが オレ流旨いものの定義である。  
 
◆ホヤという魚介類?は 特別の味の記憶である。  ナマコのような見た目パイナップルのような 変な生き物、ナマコだって姿だけみたら 食いたいと思うか? ゲテモノ食いと云われるけれど 見た目ブサイクなものって美味しいんですよ。  ウツボ、ナマコ、オコゼ、アナゴ、色々あるよ、アンコウなんてすごい顔してるよ。
 
 新潟へ行くと 甘海老が美味しかった、ごはんは筋子で食べる、あれが美味しくて 新婚の頃は オラ甘海老と結婚してもいい くらい美味しいものの記憶である。  女房殿の実家は新潟である。 仙台で朝ちゃんの旅館で待ち合わせ 大酒飲んだ義父も 刺身なら何でも好きだった、日本酒には新鮮な魚が肴として最適なのである。 日本人に生まれて良かったと思う。
カキは広島・仙台、越前のズワイガニ、北海道の毛ガニ、三陸のホタテ、下関のフグ、あれがいいこれがいいと日本の食材は世界遺産になるほど なんぼでもあるのである。
結論として 何が一番旨いかとは 「時期(旬)のものを本場で食う」ことである。
松阪牛、但馬牛、米沢牛・・肉までブランド志向にして 夫々の地域のお国自慢になったりする。  ステーキ食うなら黒毛和牛とか 消費者は国産のほうが安心感と高級感をイメージされるのは日本の偉いところ、和食文化の素晴らしいところである・・・が、 牛を本場で食うのが一番旨いなら・・・アメリカ大陸開拓時代のカウボーイやインディアンは余程旨い牛肉を日常から食っていたんだね。
八戸の居酒屋でイカの刺身を頼んだら 丸ごと一匹大皿に乗ってきたよ。 食いきれないほど美味しかったよ、もっと美味しい食べ方は 釣舟に乗って釣れたその場で生で食えばいい。  
昭和の演歌舟歌・・・♪お酒は温めの燗がいい 肴は炙ったイカでいい、女は無口な人がいい、灯りはぼんやり灯り'ゃいい・・・・、こんな淋しい飲み方は好きくない、熱燗というのは 安い酒の味をごまかすようで・・・・、明るい店か゛いい、女は喋ってくれたほうがいい、オラ酒の銘柄あてるほどベテランではないが お酒は冷か ぬるめの燗で味わうもの。 採れたてのイカは刺身がいい、するめ炙ってたら港町へ行く必要ないでしょ。  プライドのかけらもない飲み方は進歩がないよ。
オラ理屈っぽいから長くなるってか、滑舌、記憶力の問題にしてもらいたい。  (このへんまでは昔の話)
 
◆余談 (ここら辺から今頃の話、まだ喋り足りないから)
三月になって 春らしくなって、 更新する気になって、ある時突然 はまぐりが食べたくなったりする。 何の意味もなく、唯今すぐ食べたい・・・・たまたまスーパーに活ハマグリがあったので すぐに仕入れて自分で調理して食った、超旨かったよ。 ひな祭りにはひなあられと甘酒と、はまぐり食べるのが日本の伝統文化だったそうです。  女の子じゃないから知らなかったよ、はまぐりには関心あるけれど。
ありふれた話ですけど 美味しいもの食べると 幸せ気分・・・。  美味しいものの味、香り、・・・・音楽、景色、思い出とはどこにでも 隠れていて 気まぐれに顔を出すんですね。
美味しいもの 高級食材は東京に集まっている、但し高価である。 高い料金払えばなんぼでも揃っている。  食いたければ働いて稼げばいい、オレたちサラリーマン飲み仲間は
貯金までして食いに行ったのだ。 勤労と納税の義務を遂行し、限られたおこずかいの中で涙ぐましい努力までする 立派な日本国民である。  
食も酒も 安くても旨いものを見つけるのが達人(ツウ)である。 銀座のクラブでドンペリのボトル開けても偉くはない、本当の酒飲みとは 日本酒なら一合くらい 少しずつ味わいながら 365日毎晩楽しむ、酒を愛しながら飲む男のことである。  ちなみにおいらの場合晩酌は二級酒「剣菱」「菊正宗」、スナックのボトルはサントリーオールドだったが、たまに朝まで暴走するから病気のお友達が増えてしまったのかもしれない。  そのへんのコントロールできなければ、・・・である。  
紳士道 免許皆伝は まだまだである。 だからまだ生きて能書きたれている。 自分の金で自分の口で飲んでいる、だらしない飲み方していない。 人に迷惑かけていないつもりである。 
 
◆おいらが出張していた頃は東北新幹線のない時代だった。  急行列車でボックスシート、  古き良き時代である。  急がなくても売れる時代、日本の高度成長期である。 列車のスピードもゆっくり、停車時間も長い、駅のホームには弁当や酒、雑誌など売り子が待ち構えていて 窓を開けて弁当買ったりする。 時間がゆっくり流れる・・・・・同じ゛席に乗り合わせた客と会話が弾むこともある。  それがネエチャンならラッキーである。 東北本線西那須野駅では いつも うなぎ弁当と きのこ汁を食べるのが楽しみだった。  信越線横川駅では釜飯、好き嫌いは別として夫々の地に自慢の特産品があった。  
あんなことがあった こんなことも・・・と、 何故かおいらの旅の思い出は 食べ物とセットになっている。  人生とは時代の流れの中で季節を味わう旅人である・・・・(パスカル・・・嘘ピョ〜ン) オリジナルです。  バカだねぇオレも・・・これだからまだ生きているのかもしれない。
◆好きなもの 旨いなと思うものを食べたとき 今度また食ってやろう、これ食いながら下痢するほど酒が飲めたらいい・・・人生であと何回食う機会があるだろうか、そんな健康体になるまで僕は死にましぇん・・・・と、大きな病気した人は皆 そんな考えになるらしい。
考え方がポジティブになる時の自分が可愛いくて、 生まれた時からずうっと惚れている、こんな素敵な男は 今までに出会ったなかで こいつしかいない。 イケメンで やさしくて 、脳みそないのに脳出血、土地もないのに大痔主、勝負強いが決勝戦に弱い、金がないのに太っ腹(腹周り)で、オッチョコチョイでかわいいから・・・いつも一緒、こいつが好きでしょうがない。 
 だから日頃からブサイクにはなりたくない、見た目きれいな紳士でありたいと、いつも明るく 前向きで、周囲の人を笑わせる人になりたい。  「笑い」はおいらの美学だ、「笑って死ねる人生」がいい。
旨いもの食いたい、女の子とイチャイチャしたい、競馬でときめきたい・・・・、「飲む 打つ 買う」 酒と女とギャンブルと・・・男は「三つの遊び」を求めながら人生を突っ走る。
妻子を守るために働き、お金を沢山稼いで幸せを求めるのが誠実な男だ。  
今は晩年、今日という日、今という瞬間に最善を尽くす、今が一番若く元気なのだ、明日になったら今日という日は過去になる、また一日年を取る、 人生は昨日・今日・明日の繰り返し、明日のことは解らない、今日が無事だったから あしたもなんとか なるだろおお・・・
トライマイベストナウ フォアザベストトモロー、 こんな考えになった自分は やっぱ今 なりたくないけど晩年なのだろうか、せめてもの努力はブサイクな爺になりたくねえ、客観的に見た自分がきれいならいい、 自分に誠実な自分が やっぱりオレは自分が大好きである。
 
 
十年前から・・・・山の上に地下鉄の駅がある この緑豊かな田舎の病院街ではフルコース、どこへ行っても常連になってしまった。 ボトルキープしてあるようなもの、若いナースや事務のスタッフとイチャイチャして元気になって帰ってくる。  こんな爺は評判悪いかもしれない。 ねえちゃんの尻に触って、「コラー!まったくもー、しょーがねえ爺だよな、もうそーゆーことしたらダメですよ・・」それでおしまい、  次の日は昨日のことはもう忘れてる、そんな素敵なエロおやじに私はなりたい(宮沢賢治のパクリです)。 
 
 トークで笑わせる、尻に触ったりナンパしたりはいけない。 触りたいけれど こっちが触られることが多い、基本的に病人は私ですから・・・・・・触りたいのは男の本音、それをしないのが理性ある善良な大人、(云うだけならセーフでしょ、違法性はない、責任能力も? 表現の自由?、ところが「云う」のもいけない、黙ってりゃいいのに 余計なことまで発言するから読者によっては非難の的になって オレだんだん評判悪くなる。そこまで気を遣っていたらおいらのブログは意味がない、人生いろいろ、十人十色) 
苦節十年 このごろは精々ハイタッチできるようになった程度である。 ここまでなら社会的に許されると自分で計算もできている、 
更に余計なことであるが 手のひらでハイタッチなら許されて 尻(下半身)だと何故いけないの? 日本の法律はこれだから困る、誰が考えたのかねぇ、法案作る学者のレベルは どーなってるのかね。  ボーダーラインは決して超えない紳士としての馴染客でなけれはばいけない、久しぶりですね、今日はどうされました?と問われる、・・・元気だから来たんだよ、病気ならうちで寝てるよ、わざわざこんなところまで来ないよ・・・・・。 
生きる努力とは きれいになりたい? 大目標があるからだ。  
この頃長生きしたくなってきた、生きてさえいれば たまにはおもろいこともある、人生捨てたもんでもないじゃん、 ちっとは考え方変わってきた。
規則正しい生活で 健康的なことばかりして、食事にも気をつかうようになった。  
神経痛の痛みと戦いながら 辛い悔しいことばかりを思い出して 眠れぬ夜を過ごす情けない自分が嫌いだ、嫌いだけれど悩みを聞いてやりたい、それで少しでもあなたが癒されるなら・・・・、一晩中あなたのそばにいてやるよ。  好きだの嫌いだのと乙女心のように 私は自分というこの熱血漢にまだ恋をしています。  
そんなの関係ねぇ、「食」は「哲学」じゃねえ、食うことと息をすることを忘れなければ人間は百まで生きるのだ。  結局 なにも考える必要はないのだ、バカは長生きする、 オレ自身が証明してやる。    要するに 身も心も若いまま 長生きできたらいいね、贅沢言うな、若い人は長生きではない、長生きするのは年寄だからだ・・・・(落語のネタ) 
 
此のたびは久しぶりの更新で 云いたいことが沢山あるから テーマが複数重なってしまった。 ◆余談の部分が云いたいこと・・? これがこの変なブログの個性ですから・・・なんちゃって、毎度長くなってご無礼致しました。 
 
 

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