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たかがラーメン されど・・・(2) 横浜のラーメン

日本で最初にラーメンを食べたのは 水戸黄門さんだそうです。
諸国を歩いていたから どこで どんなラーメンだったか その経緯は知らない。 
オレも 何時聞いたか話か記憶にない。
徳川家康は 堺の商人茶屋四郎次郎が 南蛮から仕入れてきた天ぷら油で 鯛の天ぷらを食して腹を壊し 死んだそうです。  幼少の頃から タンパク質、脂質を摂っていなかった粗末な食生活だったから・・これは山岡荘八の長編歴史小説「徳川家康」で読んだ記憶がある。  つまらんことだが 教科書にない歴史雑学として 知っておいたら 自慢になるかも。   
大人になっても回転する寿司しか食べたことがない、 それも満席で整理券など貰って 一時間も待ってから 一皿90円の大トロを喜んで食べている。  これだから日本がくらげになったと云われるのだ。 
板前の握る本格寿司を食ったら 死んじゃうかもしれない。
本格寿司は高いから 行かれない・・・ってか、 金のないやっぁ 俺んとこへこい、俺もないけど心配すんな、 回転すし行けるくらいの稼ぎがあるなら 半年一度でもいいから 本格寿司の資金を貯金すればいいじゃないか。
回転すしのオーナーが 大間のマグロを一億円で競り落としたという話もある。 そういう人にこそ 消費税の逆バージョンで特別仕入れ税、80%くらい、払わせればいいんでないの、 庶民の僻みかもしれないけど。
 
いつも余談が多いから長くなる、 この度は 余談から先に入ってみた。
これで終わり・・・つづきは次回、 なんちゃって 読者の存在を意識してる?
これじゃ イントロだけで終わるカラオケみたいなもの。
いい歳ぶっこいて こんなことやってるから このごろ疲れてしょうがない、明日の朝にはあの世に行ってるかもしれない、 生きてるうちに 云いたいこと何でも言える、幸せなバカ爺であります。  
◆本題  おいらにゃ ラーメンを語る資格はない、ラーメンをバカにしていたから。
ものごころついてから 日常的にラーメンを食べてたのは 高校生の頃 学校の食堂で カレーの大盛り百円と ラーメン六十円、一食160円、大学の学生ホールでは カレーの大盛りと狸うどん 食いながら 仲間と話に夢中のとき、たまたま前に座っていた メキシコ五輪重量挙げ金メダルの三宅義信さんが 「お前、それ食わんのか? 食わんのなら ワシにくれ・・」と 次に食べようとしてた狸うどんを 取られてしまった。 丁度東京五輪の最中で向こうは重量挙げ界の重鎮、 もはや有名人、大先輩であるし なにも逆らえない、「はい・どーぞ」であった。
 こんなのが自分の貧しい青春時代であった。  体育会系はパワハラ全盛期、先輩後輩、師匠と弟子、あの頃の人間関係は嫌だったな、 理不尽にぶん殴られたり バットで尻を叩かれたり、それでも文句も言えないとは情けない。  心にゃ硬派の血が通うと云いながら やってることは ナンパ系だったな。
キックボクシングの沢村忠とは同学年、 戯れにスパーリングして 「本気だすなよ、手加減しろよ」と云いながら 1ラウンド60秒で中止した、1分もよく逃げ回れたものである。
有名人との接触は自慢にもならない、長いこと人間やってると 色々なことがあるものなのです、それを覚えているか否かの問題なのです。  忘れちゃってる人は長生きするよ。
いつも金がない、不満だらけの学生時代が 人生の宝物なんですね。 
この頃の冬は長い、寒さが厳しい。 
もう四十年にもなるだろうか、長い付き合いの友達がいる。  共に還暦過ぎて 爺さん同志なのに 未だに交流している。  伸ちゃん、彼はラーメン愛好家である。  ある日の女房殿との会話、人生最後に何食べたい? ラーメン、 エ・ぇー? 私の料理じゃなくって? ラーメン屋さんでラーメン食べたい。  これじゃ女房殿も怒るよな。
我が家の場合 なにが美味しかった? お母さんに訊かれると 爺ちゃんも孫たちも一緒になって即答する 「生たまごかけたごはん」、
十人十色、人生色々 なのです。
 
おいらが脳出血で退院してから 五反田の居酒屋で飲み会のあと、心配して こんな田舎の駅まで 送ってきてくれた。  去年の二月、腰痛で寝たきりのときは 誕生日にプリンケーキ持って お見舞いに来てくれる。  誠実で優しい男だ。  ありがとう、感謝の気持ちで一杯だったよ、辛い悲しい時に 自分のことのように心配し 優しくしてくれる、友達とはこういう男のことだよ、握手しながら泣きそうだったよ、友と云うより 愛してしまいそう。
病院の検査室で バッタリ会って、ナースに お知り合いですか? 仲良しなんですね、ときかれたから 恋愛感情はあるけど 一線は超えてない、 男女の関係はないです。  
胃カメラ検査のあとに 待ち合わせて 横浜家ラーメンで ビール飲みながらラーメンと餃子のセットを食っている。  先生には内緒だけどね。 悪いのは 誘ったおいらだから、
パフェが食べたいと 爺が二人して甘味処でパフェ食ったり、 馬が合うとは こういうことだろうか、どちらか言うと 柄の良くない鉄鋼機械工具業界で 互いに上品な人柄だから、年寄になってもデートできる友がいるのは 幸せなことである。
この頃 オイチイ温かいラーメンが食べたいと思うのは 彼の影響かもしれね。
横浜には ラーメン博物館とかラーメン甲子園とか・・全国のラーメンを食べるイベントがあった。   中華街には 何故かラーメン屋がなかった。
開港150年の横浜は 異国文化の出入口、ラーメンを日本食にアレンジした発祥の地かもしれない。
札幌、喜多方、佐野、富山、博多、沖縄・・各地の特産物を入れて、具にこだわるのは 好きじゃないな、 オレがとやかく言える立場ではないが やっぱ 麺そのものの味でしょ、
初孫レン君は小学生の頃、チャーシューだけ入れて、なると、もやし、のり、 何も入れないで おつゆと麺だけのチャーシュー麺を食ってたな、唯の偏食かも。  信州の蕎麦がめっちゃ旨いのは麺自体が旨いのです。  細い麺のほうが好きだな、 ラーメンを日本の職人が日本食文化的姉弟制度があったり、ラーメンの鬼とかいう 佐野なにがしていう 怖い顔したおじさんが よくテレビに出ていたが、鬼のような顔して作ったラーメンは 食いたくねえな。
 
ようやく春が来て、健康で食欲旺盛な時に また伸(ノブ)ちゃんと 病院帰りにラーメン食べに行きたいな。  人気のラーメン店の前で並ぶ日本人は なんなのだ と、文句ばっかりたれてきたが たまに美味しいと感動するラーメン見つけると 鬼の首獲った気分で伸ちゃんにメールする自分は なんなのだ! 
たかがラーメンが 自分の食に対するポリシーまで変化させてしまった。 
たかがラーメン されどラーメン である。
◆追伸
三月の記事に 誤字がありました 「腹上死」 これを読者から指摘されましたので
 直ちに訂正しました。  ありがとうございました。  今後もご遠慮なくご指摘してください。  うんこネタにも ブレーキかけてね。  
古い記事まで 読み返してみると 誤字・脱字・でたらめな読み方書き方、あちこちにありました。  時々 自分で気が付いても 読者は判りゃしねえよ・・意味が通じりゃいいんだよ・・・・と、かなりアバウトに自己満足しておりました。  
オッチョコチョイの不良親父ですから シモネタまでハチャメチャでした。 これが心の若さ、肉体は知らね、明日のわが身は解らぬが、精々長生きするように精進致しましょう。   急いては事を仕損じる・・・、早すぎると女は満足しないから ・・・、ベテランは現役の後輩に教えてやってね。   これもシモネタですけどね。 
 
 
 
 
 

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