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2018年5月

教科書にない歴史の話 ①武蔵再強か

◎「予は柳生但馬守宗矩弟子にて 免許印可も取りしなり、ときに武村武蔵といふものあり、自己の剣術を錬磨して名人也。

但馬にくらぶれば 碁にていえばセイモクも武蔵強し」

セイモク(星目・九子)もハンデあるほど強し、と、武蔵の位置を将軍家師範柳生但馬守の上位に置いている。

 「ただ,足洗行水をきらひて 一生沐浴することなし」

 

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司馬遼太郎先生の短編集 「真説宮本武蔵」の冒頭「渡辺幸庵対話」の一部である。 

渡辺幸庵という128歳の老人が語ったこれらの言葉が、 武蔵は最強、柳生宗矩よりセイモクも強い・・・その他色々、武蔵の人物像の概要を後の日本人に伝えることになったのである。  128歳、おそらく 日本記録ともいえる年寄の言葉には説得力があるのだろうか。 70~80なら 唯の年寄、ボケてるから 周りの人も ホンマかいなと信用されないかもしれないが 晩年も 耳は聞こえる、目も見える、見た目も元気な人だったのであろう。 

武蔵自身、「五輪の書」の中で「自分は若年の頃から兵法に心をかけ、国々を遍歴して諸流の兵法者に行きあい六十余たび勝負をしたが 一度もその利を失うことはなかった。」 つまり六十余戦全勝だった、現役時代が もっとあれば 百戦百勝であった。

 

遼太郎先生曰く 自分のことは何とでも言える、ところが彼の云う兵法者とは 京の吉岡一門を除いては いずれも 夢想権之助、大瀬戸隼人、辻風某などといった第二流、三流剣客ばかりであった。

 

ボクシングで云えば ヘビー級のチャンピオンが フライ、バンタム級の七位八位クラスの相手をタイトル戦に選ぶようなもので、これならⅠラウンドでノックアウト確実という相手ばかりであった。

 

武蔵が活躍した江戸初期は日本剣術史の黄金時代で しかも江戸府内に名人が集まっていた。 まず柳生但馬守宗矩がいるではないか、何故訪ねなかったか。宗矩は幕府の重役で総目付一万二千石の大名であり、将軍家指南役という立場にあったから 放浪の剣客が試合を臨んでもかなえられる筋合いではなかった。  風呂にも入ったことがない ボロボロの姿の浮浪者が 江戸城へ入れることはないのである。

 

しかしそれでも 柳生の門下には 木村助九郎、荘田喜左衛門という天下公認の名人がいたし 一刀流の小野次郎衛門忠明もいる。 荒木又右エ門もいるではないか。武蔵は江戸に何度も足を踏み入れながら一度も彼らと試合していないということは 武蔵最強説を否定することもできる。

 

 現代日本人は武蔵が好きである。  史上最強の武人であると 皆が思っている。  おいらが「五輪書」を手に入れて 研究したのは 四十過ぎの 毎日二日酔いで 肝臓を心配しながら喘息や痔を患いながら 少年野球、囲碁クラブ、競馬研究会・・・

 勝負事ばかりの 今にして思えば 我が人生のピーク、最も忙しく 楽しい時代であった。 野球の指導では 子供たちにフルスイングさせることばかりに拘っていた。

 

バントは嫌い、采配的にやるなら ヒットエンドランだった。  

野球に囲碁に競馬・・それと病気。 すべての勝負に勝ちたかったのだろうか、五輪の書を読んでも なんの役にも立たなかったけれど 

◆太刀往きの速さ ◆見切り ◆平常心・・・武蔵の言葉の中に頻繁に出てくる 太刀往きの速さとは 野球なら バットを振るスピードと解釈して練習に応用していた、確かにホームランは速い振りをするほど ボールは遠くへ飛んでゆくのである。 おいらの野球哲学は五輪書に影響を与えられていたのかも。 

吉川英治の長編小説 宮本武蔵のストーリーが 現代日本人には 誰でも知っているほど 大ヒットした。  武蔵という文字が強さの代名詞のように 好んで武蔵が使われた。 男の子の名前にしたり 太平洋戦争には戦艦武蔵も大和と並んで日本帝国海軍の主役になっていた。  格闘技には「武蔵」という選手がいて 応援したが いまだに勝った試合を観ていない。 

現代日本人は 武蔵が好きである。  吉岡一門約二百人を 皆やっつけたからめっちゃ強いと信じている。 

確かに強い、三船敏郎、萬屋錦之介等 ガキの頃から何度も映画で観てきたが 巌流島前日 昆布(喜ぶ) 勝ち栗、かつお節(勝つ) でごはんを食べているとき 近所のならず者たちが 因縁つけにやってきた、目の前にハエが飛んで 「うるさいな」と云いながら 武蔵は箸でハエを捕まえて火鉢の砂に埋めて 「きたないから箸替えてくれ」と 店の女を呼ぶ。

ならず者たちは 皆 びっくりして逃げて行った。  巌流はイワツバメを刀で斬る、武蔵はハエを箸で捕まえる。  めっちゃ強いよ。  映画やドラマなら 演出で どうにでもなる。  おいらが監督だったら 物干し竿といわれた 長い太刀を抜いて鞘を捨てた時 「小次郎敗れたり・・・」 武蔵の映画ではお馴染みの台詞であるが 「あ・そーですか、 だったら拾ってくるから ちょっと待ってね・・」

それで 本物の物干し竿を持ってくる。 竿の先に刃物をつけて、武蔵の木刀より長くして これでどーすか? コント風にして おちょくりたくなるね。  

武蔵の試合は どれもみな フェアプレイじゃないような気がして 巨人が好きという大衆と 武蔵が好きは 同じで 強いから安心して観ていられる、確かにそうだけど 巨人が負ける試合を観てみたい、武蔵も同じ、 大相撲でも 横綱が たまには負けるから観てる方も 面白い。  だから いちゃもんつけたくなるのである。     

そもそも「宮本武蔵」が 実在の人物かどうか・・・幸庵さんが 武村武蔵と云ったのも この老人の記憶違いか 氏はどうでもよい感じで 親父は新免と名乗っていたので「新免」が本当かもしれないが 宮本村の出身だから 宮本と名乗るようになったのかは本人の問題であるし 元々武士ではないから 似たような強い者がいたのが 伝説化されて現代に伝わっていることもある。  でも 架空の人物じゃ面白くないよね、子連れ狼 拝一刀も 座頭市も、 ほんまにいたほうが日本歴史のロマン 座頭市の仕込み杖柳生十兵衛の愛刀三池典太(戦場刀・胴田貫)を展示している 歴史博物館があったら オラ見学に行きたいよ

 たまには教育的に歴史のお勉強、 本当のところを ぶっちゃけて オレ流で解説してみるわ。

長くなるから つづき    

 

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ひかるちゃん 頑張れー

五月四日 ぶったまげたことに 朝 目が覚めたら五時半だった。
昨夜は春の嵐が吹き荒れて また今夜も眠れないだろと 覚悟しながら布団にもぐったけれど、いつもは朝三時に起きて うろちょろ。  パソコン開いて 囲碁ソフトと名人戦 昨日のつづき、 大石の攻め合い、辞めるわけにはいかないのである。
何年もこんなことやってるから 身体に良い訳ないよと 判っちゃいても 辛い辛いと云いながら 闘志のあるうちは まだオラ大丈夫、こんなことやれる人生なら 幸せだよと 自分を慰めて やってきたが 何故か今朝は五時過ぎまで眠れた。 11時から六時間以上睡眠、
何年振りだろう。   10年前の脳外科入院以来である。  こんなさわやかな朝は 体調も良い、腰痛の痛みも少ない、食欲ある、うんこもちゃんと出る。 睡眠は大切ですね、今更云うことでもないですけどね。
朝のゴミ出しに行ったとき ハナミズキの枝に 大きな鳥がいた。 ギジ? この辺ではオナガと呼ばれる尾の長い山鳥である。  夜明けとともに 外へでると 季節の廻りが観察できる。 雨上がりののどかな日は 爽やかである。  この辺は 夕焼けもきれいだが 朝日が昇るときの 朝焼けは 感動するほど美しく見える日もある。
去年の春は自分の部屋で寝たきり老人の体験をしていた時、 孫娘ひいちゃん ななこちゃんも お見舞いに来た。  お姉ちゃんのほうは大学生、就活しているという。 ぢっちゃんは 今終活してるんよ、
なんだお前 先生になるんじゃなかったのか?  ぢつちゃんの時代は 教職課程を選択して卒業すれば公立中学社会科教師の資格はとれるが 「先生と云われるほどのバカでなし」 あまり人気のない職種だった。
ひかるちゃんの就職先が決まったときいたのは 今年の初めころだった。
東村山市に事務所がある。   「えぇ?・・・・何丁目?」 三丁目だったら 一度は行くからね・・と、  とても通えないから 近所で部屋を探して 一人暮らしである。
ひいの生まれるとき、 12月9日は朝日杯三歳ステークス、 病院で待ってる間、 なかなか出てこないから 府中まで馬券買いに行ったよ。  それにもめげず ひいは ちゃんと出てきたよ、お母さんも よく頑張りました。  初めての女の子の孫、 婆ちゃんたちも感動して涙出てたよ。 動物が好きで 子供の国でウサギをおいかけてた姿、 幼稚園の運動会で
かけっこのとき 両手を広げてヒコーキスタイルにして あられちゃん走り?
ちびっ子のときの姿が 忘れられないよ。  かわゆくて かわゆくて・・・オラ ひいとななにはめろめろだよ。 大人になったから もうお風呂に一緒に入れないのが寂しいよ。
あの ひいちゃんが もう社会人、いつになるかわからぬが 結婚式、ひ孫までプレゼントしてくれたら じっちゃんは 超幸せ、それまで オレも生きてるぜー
そこで 引っ越し済んだあと 四月のある日 さだまさしの案山子バージョンでメールしました。
 
元気でいるか   街には慣れたか  友達できたかー
寂しかないか   お金はあるか   こんど いつ帰る
会社は どうだ いい男いるか 怖い上司や先輩もいるだろうけど どこでも同じ、 それが普通なんだよ。      スタートが大事 ひいは頑張り屋さんだから大丈夫だぁ〜
 一生懸命仕事してれば みんなわかってくれるよ、 わかってくれてないと思っても  まわりは必ず わかってくれてるんだよ。  
飲み会とかも あるのか
部屋にボトル一本くらい置いて 毎晩少しずつ 晩酌するうちに 酒も強くなるよ
毎日朝ごはん ちゃんと食べて 遅刻するなよ、 
モーニングコール必要なら 毎朝 何時でも起こしてやるよ
雨の降る夜は ちゃんと鍵閉めて ひとりで眠れるか
夜が淋しかったら いつでも じっちゃんとこ メールでもして 暇つぶししていいよ
防犯も兼ねて ベランダに男のパンツでも 干しておくといいよ、
ゆうび―は もう来たか、 近所にコンビニとか 食堂とかあるのか、
困ったことあれば いつでも戻っておいで  
甘やかしすぎ?、  実は ぢっちゃんの方が甘えたい
初月給で ぢっちゃんにも なにか記念品をプレゼントしてくれたら 嬉しいな。
帽子でいいよ ベイスターズの青 か アナハイムの赤がいい
こっちも 一度は行くときに 何かお祝い持っていくよ
こちらは 裏の山が 新緑の季節、 ハナミズキの白い花が全部終わって
駅前の桜も もう さくらんぼになる季節だよ、 じっちゃんもばっちゃんも よたよたしながらだけど まだ元気に生きてるから 心配しないで大丈夫だよ、 自分の健康管理
だけだよ。   
ばっちゃんは 毎週デイサービス行って 婆さん同士で楽しそうにお話してるって 介護士の人が報告してきた。  それは良かった AKBみたいに 総選挙すればいい センター狙って一票入れるよ。 AKB73? (危なくて転びそうな婆さん 73歳)フライングゲットやればいい、売れっ子になるよ。  
ぢっちゃんのところは 今度新しい訪問看護師が来ることになった、
若くて かわいい子ならとリクエストしたら 松島奈々子さんが来たよ。
こっちが いつも 福山雅治とか ベッカムとかいうから 真似してオレに合わせてくれた。
昔 高津中央病院にいたんだって、懐かしい話が沢山できたよ。
痔の手術の思い出語った。  みんなベテランでやさしい人ばかりだよ。  
毎週会うのが楽しみだよ。  恋愛感情で接してしまうから オレ評判悪いけど
セクハラはしないよ、 結局 見た目よければいいんですよ。
お父さんお母さんも ななこも 皆元気だよ。
今度来た時 一度はこっちにも寄ってくれ、メイちゃんちのそばに デニーズができた。
フォルクス、すきや、横浜家ラーメンも、 それともか どこか居酒屋にでも行くか、 
お風呂入れよ、 頭洗えよ 歯磨いて寝ろよ、風邪ひくなよ、
ほんじゃな、 ぢっちゃん必ず元気になって そこまで行くからな、
連休明け いよいよ新社会人のお仕事スタートですね  頑張れ新社会人。
 
 
 
 
 
 
 

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