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 相田和夫さんとケネディさん part②

1991年の晩秋頃 だつたかな、 竣工したばかりの本社ビル事務所の前に落ちる銀杏の枯れ葉を掃除して 一か所に積み上げている人がいる。  我社の東京では一番偉い人 専務取締役である。  ゴミ袋に入れないから 風が吹くと 飛んでってしょうがない・・と、ぼやきながら なんで俺がこんなことしてるのかと嘆くから そんなことしか出来ない お偉いさん というよりバカじゃねえの・・・と、皆の笑いもの? であった。 
自分の会社の上司を酷評するとは情けない話だが 既に故人だから・・・。  
それを窓から見ているオレも情けないことに いわゆる窓際族?  能書きばかり一人前で あまり役に立たないロートル組になっている時期であった。   夕方突然若い新人女子事務員が 「課長・・ホワイトハウスからお電話です・・・凄いですね、ホワイトハウス・・知ってる人いるの?」
なぬ? ホワイトハウス・・・? びっくりしたなーと思いながら 電話に出ると なんと懐かしいことに 相田和夫さんからだった。   こんなジョークが出るのはケネディさんも一緒かなと予感がしていた。  元気ぃ? 大病したって噂だけど 今どうなの、今夜呑んでも大丈夫なの? カトちゃんも宮川君も みんな心配してたんだよ。   40過ぎに急性肝炎で入院したことが 仙台の業界関係者、飲み仲間の親父たちにも伝わっていたとは 嬉しいやら 情けないやら・・・。
相田さんは おいらの営業や遊びの師匠であると尊敬する人物であった。  それが社内の先輩じゃなくて 他の業界の人だったとは これまた情けない話ではあるが。
要件は ケネディさんが来週帰国することになったので 今東京に来ている、お別れ会をしたいから 一緒に飲みたいということで、 ミスターヘモも呼んで三人で会いたい と、ケネディさんのリクエストであるから どこか日本的な呑み屋あれば 教えてくれ・・・オレと会いたいとは嬉しい、オレも彼に会いたいよ、 
ヘモとは イボ痔のこと、 痔が痛いから いつもストーブで尻を温めながら 立ち話で商談している姿があなたの思い出だ・・・と云う。  彼にはおいらのキャラとかメモリーが痔だった  とは 情けないが、 仙台でおいらのお別れ会をやってくれたケネディさんには義理がある、 三万円もあれば美味しい肴が食えるところへ行こう・・・・
美味しい肴目的で、 女っけないとこがいい、 静かに語り合えるところがいい、 
秋の天皇賞でメジロマックィーンが進路妨害で失格、ちょっと穴になった馬券を取って 儲かってるから オレが面倒見るよ・・・足が出たぶんだけおいらが持つ・・・てなことで  スポンサーいるなら私ゃ気が楽、 めっちゃ新鮮な魚介類食えるところへ案内するよ、品川の活魚料理店 「さしろ」へ連れて行くことになった。  入り口に大きな水槽があつて 魚が泳いでいるから 活きたまま捌くから これ以上の新鮮はないでしよ。 
 
                                       途中休憩
 

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