カテゴリー「野球・競馬・スポーツ」の15件の記事

今年のプロ野球

◆この頃 言いたいこと (最近の話題をユニークに) 

道端に花の咲く季節になりました。 

Photo_2  三年ぶりにベイスターズの野球観たよ。  横浜・巨人開幕戦、

今年の順位予想、ベイスターズオヤジのボヤキ

  巨人の選手が大きく見えて 王・長嶋の黄金時代と同じだよ、バランスとれた最強チームになったよ。  平成になってから こんな巨人は初めて見たよ、このままなら十年は巨人時代が続く、少年野球で大きい子の揃ったチームが強いのと同じである。 若手の坂本、松本、亀井・・ここらが皆一流になる、よそから来た子じゃないからいい、こうなって欲しかった。 巨人育ちの有望選手が 強力な補強ではみ出さないように使い続ければ。   キャッチャー阿部が大きくなった。  横浜と比べたら身体の大きさが違う、大きく見えるのは横浜は「村田」だけ?    

セ・①巨人、②阪神 ③中日 上位はこの三連単。 補強が成功したのは阪神「城島」、投手力でみるなら①中日②阪神③巨人・・・の目もある。  城島がツボにはまって阪神一位もある。 オラがやると競馬みたいになるが。 本命サイドの堅いレースであります。    パ・リーグは ①西武②ソフトバンク③日ハム・・・これも投手力を比較したら こうなるね。

強い捕手がいるとき チームは強くなります(谷繁=横浜、矢野=阪神、古田=ヤクルト、達川=広島、伊東=西武、・・etc、皆不動の正捕手です)。  98年、横浜が優勝したのは 高校生谷繁をドラフト一位指名して十年計画で育てたからだよ。   大魔神という絶対的な軸もいた。 ぼやきたくなるのは 大魔神、谷繁、ローズ、去年辺りから石井拓郎も 一流になりかかった捕手相川まで・・・み~んな いなくなってしまった。   あのときのベイスターズも皆大きかったよ。  高橋由が八番とは、こんな贅沢なオーダーならオレが監督でも優勝だよ、打順はジャンケンで決めるよ。  巨人の先発は何処へいっても皆四番で定着できる全日本軍だよ。   野村監督がぼやくのも分かる、ラミレスも藤井も野村監督の弟子だからな、 阪神の金本、新井・・・、広島ファンからみたら 二人とも広島の四番だへ゛・・・。     毎年 どこのチームも出入りが多すぎる、監督のせいでもなんでもない、企業の力、金の力で強いチームができる、こんなこといつまでもやってると野球の人気が落ちるよ、巨人の人気は上昇するが。 利益を独占しようとするからこうなるのよ。  業界全体が発展すれば自分も発展する、共存共栄が真の発展をもたらす、それが解っていないから 世界的恐慌になるのよ。  勝負事は全て戦国時代が面白い、どこが勝つか判らないから皆熱狂するのです。  若い頃から長く同じチームで選手が成長するからファンの愛着も生まれ日本野球のレベルが向上する。  オラが危機感持ってもどーにもならんけど、ずっと前からボヤいてるけどな。   今年もしょーがないか、横浜と広島で最下位争いのお友達になりそう。  ぼやいてもしょーがないから 応援しましょう、元々弱いからファンになったのだ。  

◆タイガーウッズが不倫騒動で去年からみんなに怒られて。  超一流の証だと 金メダルやればいいのに、そのうち引退まで余儀なくされたら 朝青龍と同じになる。  石川遼君は日本の宝だ、タイガーに憧れ 目標にするからエライ、三十過ぎたら愛人20人ならタイガーを越えられる。 ゴルフ界では世界の宝になるよ。  石川もタイガーも 世紀の天才だよ、素人でも分かる、あの振り、素晴らしいスイングで常にホールインワンを狙っている、SEX依存症なんて失礼だよ、タイガーだけではない、人間は皆一緒なのだ、お釈迦様から「勝手にしろ」と許可されたから人間は一年中産卵期・発情期なのだ(2007年「猫のはなし」でやっただろ)   世の中は悪いとこばかりを皆で突っつく、孔は男の憧れ、素直でいい男だよと賞賛する人が少ないとは 情けない。                                                

◆観光地で野生の猿が悪さをするので 猿にえさをやったら罰金一万円とか・・・のニュースをやっていた。  どーしてもエサあげたい人は一万円猿に渡して それを持って猿が買い物いくようになったら面白いけどな・・・

マグロ 地中海のマグロ、クジラ・マグロを食わない民族が 今度はマグロでイチャモン付けてきた。  マグロも牛肉も 安く食べられるなら世界は平和である、・・・、 争いの絶えない南の国の民は飢えている、クジラ一頭の肉で 餓えた子供たちを何人救えるだろうか・・・。 北の国からミサイルが飛ぶ、あのミサイル一発で何人分の米を買えるか 北の民は知らない・・・、日本民族も牛肉食べるから欧米もマグロ・クジラ食べれはいい。 牛のウンチがCO2(二酸化炭素)を排出する。  牛丼が安くなるのは牛丼業界のCO2削減努力、 日本の協調性かも?  平和な世界だからこそ美味しいもの食べられるということを人類はまだ理解していない。 人間は愚かだね、野球がマグロの話にまで発展して それを嘆くオレもバカだけどね。            

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夢駆ける名馬(2)

    万馬券・想い出のレース

私が 競馬を始めて、一番最初に的中したのは、キタノダイオー、ユウサブという組み合わせの馬券だった。 古いことなので レース名も内容も憶えていないが、馬の名前だけはセットで憶えている。 

競馬をやる人は的中した時の 馬の名前くらいは 記憶に残しておいてやるのが競走馬に対する礼儀であると思う。 馬券獲れた話は自慢話になってしまうが 誰でもこれだけは自慢したくなる、黙っていられないほど嬉しいのである。

獲れた馬券は、みんな改心の勝利として記憶に残るが、くやしい想いをしたレースは、なるべく早く忘れるように、つとめるのである。

競馬の最終目標は、万馬券を獲ることだと思う。

だれもがみんな、万馬券を獲りたくて、勝負している。

我々貧乏人は 特にそうである。

私は 今までに7回、万馬券を手にした経験がある。

研究して、納得して、万馬券が獲れたら、理想である。

でも、馬券とは、 研究するほど、本命サイドになってしまう。

昭和46年、中山の1200m・秋分賞。

マウントファイヤー、マキノカツラの組み合わせ、枠連4-8で21,390円の大穴になった。

詳しいメンバーなど 憶えていないが、マウントファイヤーの騎手は樋口だった。

田中角栄の馬、マキノカツラから200円づつ5点買いをした。

マウントファイヤーが抜け出し、マキノカツラが残った時、私は飛び上がった。

万馬券を 狙って取ったのは、 あとにも先にもこのレースしかない。

当時、給料が平均3万円くらいの時代だった。

4万の現金を手に入れて、私は有頂天た゛った。

平成7年の金杯、中山2000m、不良馬場、サクラローレルとゴールデンアイで

馬連5-11で36,730円というのも獲った。

これは51歳になったから 5番と11番を買っただけである。

なんの根拠もなかった。

平成13年の安田記念、これは記憶に新しいのでよく憶えているが、

ブラックホークとブレイクタイム、10-17で120,600円の大穴になった。

ブラックホークは 自分としては3番手の評価で、狙ってはいたが、本命サイドのスティンガーや香港のフェアリーキングプローンなどを主力に、これらを沢山買っていた。

これもまた、58歳になったので、枠連5-8を 枠連では面白くないので、5枠と8枠にいた この2頭を馬連で100円だけ 買ってみただけなのである。

平成9年のオークスも 軸のメジロドーベルから総流ししたから、 たまたま人気のない

ナナヨーウィングが来て、万馬券になった。

万馬券を獲るには、運も伴わなければならない。

でも、結果オーライの世界だから、メチャメチャ嬉しいのである。

昭和49年、秋の天皇賞、カミノテシオとイチフジイサミで馬券を獲った。

この時、2万円くらい儲けたお金で 碁盤を買った。

嬉しかった。

若い頃は、競馬をやりながら、囲碁にも情熱を燃やしていた。

『俺の碁盤は 天皇賞・・・』 自慢の碁盤である。

平成3年3月、不良馬場の中山マーチステークス、

タケデンビクトリーとストライカー、枠連3-4を1点買いした。

ゲートの出が悪く、いつも出遅れて、それでも直線必ず伸びてくるタケデンが

この日はポンと出て、ぶっちぎりで逃げ切った。

暴れ馬、クレイジーで言うことを聞かない馬には、隠された能力がある。

みんなが予想したのと違う展開になった時、穴が出る。

1,870円しか付かなかったが、改心の馬券であった。

同年10月、東京の毎日王冠、プレクラスニーとダイタクヘリオス、8-8で決まった。

私は この2頭を主力に買っていた。

2頭が並んで 500mの直線を叩き合った。

そのまま行け、がんばれ、がんばれと応援した。    

東京の直線は ほんとに長いと感じた。

平成5年の有馬記念、菊花賞馬ビワハヤヒデが一番人気だった。

トウカイテイオーは1年間の長期休養で 引退も予定されて、 人気薄だった。

直線、ビワハヤヒデが先頭に立った、ゴールまであと少しのところで、トウカイテイオーが強襲した。

馬連4-13で3、290円、これを私はたった300円しか 買っていなかった。

金の問題ではなかった。  トウカイテイオーが勝ったことが大きな感動であった。

私もトウカイテイオーを軽く見ていた、それでも彼は長いブランクを乗り越えて奇跡の復活をしたのである。

競馬は ドラマだと思う。

あの頃、一番強いのはトウカイテイオーだと 自分で決めていたのに

私は彼を軽く扱った、ピークを過ぎていると判断した。

彼に対して、義理を欠いたような、恥ずかしい気持ちになっていた。

トウカイテイオーのパドックは いつも立派であった。

四本の足元に、バネがついているように、バネが反動しているように、堂々と歩く。

パドックでの姿が 一番立派なのは トウカイテイオーである。

悔しくて忘れられないレースもある。

平成3年の皐月賞、 トウカイテイオーから全部流そうと思った。

1枠にシャコーグレードがいた。

ぼろくそに負けてばかりで 最悪の成績だった。

これだけは 買わないでも大丈夫、と思って1枠だけを外して 全部買った。

これで万全だと思った。

2着にシャコーグレードがきやがった。 5000円台の大穴になった。

同じあやまちを また犯した。

翌年のダービーで、ミホノブルボンが絶対だと思った。

ミホノブルボンは7枠にいた。

7枠から7-7のぞろ目を外して 全部買った。

2着に7枠のライスシャワーが来た。

教訓・・・・絶対に信頼できる軸がいるときは、総流しをすること、であると思った。

競馬は記憶のゲームだという。

獲れた時ばかり 憶えていてはだめ、失敗した時のことも 憶えておくべきである。

これからも 万馬券を目標に、 がんばっていこう と思うのである。

取れた馬券を 友達に見せて自慢する。

これも 競馬を楽しむ 快感のひとつである。

誰もが 取れた時は 自慢したいのである。

    勝馬検討

昔、20代の時に、出張先で、先輩と一緒に高崎競馬へ行ったことがある。

何のデーターもなかったから、パドックで 馬の状態だけを見て、馬券を買った。

仕上がっている馬と だめな馬が極端に差があって、けっこう馬券が取れて
儲かった。

最近では、川崎のナイター競馬にも行った。

ここでも その傾向があった。 

馬券が 取りやすいのである。

中央競馬は そうはいかない。

全部の馬が 完璧に仕上がっているように見えて、区別がつかないのである。

みんな毛づやもいいし、馬体はピカピカだし、みんな良く見える。

パドックで馬を見たって、素人には 分からないのである。

地方競馬は、馬も場内も 汚いし、ダサイけれど、けっこう面白い。

高崎では 尻にうんこをつけたまま歩いている馬がいたし、

川崎は馬券の売り上げの関係で スタート時間を大幅に過ぎても まだ窓口が締め切らずに馬券の販売をしてるし、新潟の三条競馬ではコースの真ん中(内馬場)が畑になっていて、百姓が野良仕事をしているのである。

のどかな風景である。

私はパドックは あまり重視していない。

体重の増減を見るくらいである。

馬券の決め手は 前夜の勝馬検討である。

大きく分けて、①能力があり、②調子がよくて、③展開が有利な馬を探すために、

データーの分析を行うのである。

格・条件・実績、血統、距離適正、持ちタイム、コース、ハンデ、騎手、馬場状態、

ローテーション、上昇度、安定性、最近と過去のレース内容、調教、末脚、ラップ、

過去の人気、騎手との折り合い、厩舎作戦、情報、展開・・・・など、

沢山の項目を分析して、自分なりの本命を決め、3~5頭くらいに、候補を絞るのである。

だから、時間がいっぱい欲しい。

少なくても、3時間くらいは 研究したいのである。

だからいつも、深夜になってしまう。

そんなにしても、いつも負けてばかり・・・・、俺は本当に下手くそだと思う。
あらゆるパターンを想定し、推理する。 この瞬間が 一番楽しいのである。

苦労して考え、納得して的中した馬券の味は 格別である。

    ◆競馬のセオリー、格言

     『単騎の逃げ馬』、 『長距離の逃げ馬、短距離の追込馬』

     『小回りコースは先行馬』、『ダートは力のある先行馬』、

     『2頭の逃げ馬、一方つぶれ』、『夏場の平坦コース、スピード馬、牝馬』

     『上がり馬 狙え』、『調教は時計より内容』、

     『休養明3戦目 走り頃』、『休養明け激走(好走)は 疲れ残る』

     『連闘注意』、『同厩2頭出し注意』、

     『格上馬は 重ハンデでも強い』、『人気薄の格上馬が 穴を出す』

     『追込み一辺倒の本命馬は危ない』

『サラブレッドは血で走る』、・・・・・etc.

 自分で作った格言もあるが、格言は勝馬検討には 不可欠である。

後になって、格言通りだったということが、ずいぶんある。

競馬には3つの楽しみがある。

    勝馬検討をするとき、

    レースを見て 興奮し、感動するとき、

    的中して、馬券を自慢できて、払い戻しで現金に換えるときの快感、 である。

そして、負けた時には、それなりに、がっくり落ち込むけれど、勝った時には それを何倍も上回る快感があるから、止められないのである。           (7月4日)

    夢駆ける名馬

パーソロンの仔、ハーバーゲイムというのがいた。

鹿毛の牝馬で、 野平裕二が乗っていた。
新馬戦でアローエクスプレスの3着に敗れた。

桜花賞も3着、オークスは13着のスットン負けだった。

その後、マイル路線に切り替えて、ナンバー1の快速馬として 力を付けていった。

5歳で安田記念に勝った時、東京の1600mを 1分36秒台の時計だった。

この頃のオープン馬のマイル(1600m)の平均時計は、1分38秒くらいだったと思う。

アメリカでは、ニジンスキーという馬が 1分33秒台の世界記録をだした。

みんなびっくりした、日本の競馬はまだアメリカのレベルには 勝てないと思った。

ところが最近では、1分33秒なんか ざらである。

オグリキャップやサクラチトセオーは 1分32秒で走る。

ゼンノエルシドは ついに1分31秒を出した。

30年間くらいのうちに、5秒も記録を短縮しているのである。

人間の100メートルの記録は 1秒縮めるのに100年もかかる。

サラブレッドは 人間が創造した 最高の作品だといわれる。

改良を重ね、優秀な馬を交配して、年々レベルアップしてゆく。

それでは ハーバーゲイムが、今、 出てきて戦ったら、

スティンガーやステイルインラブには 勝てないのだろうか・・・・。

それは、ちがうと思う、

やってみなければ分からないと思う。

今と昔では、コースも馬場の整備状態も違う、調教の内容も違う、レースのラップも違う、

牧場や、生産者や、厩舎や輸送などの 環境が違う・・・
置かれた状況が 違うと思うのである。

名馬たちが 時代を超えて、今、同じステージに 同じ条件で レースをしたら

どんなに面白いかと、時々私は 馬鹿なことを 真面目に考える。

競馬の基本は 1600m.マイル戦である。

私は1200mとか1600mの短い距離のレースが好きだ。

時計の比較がし易いから、馬の能力の比較が、分かりやすい気がするから・・・。

NHKマイルカップとか、安田記念、マイルチャンピオンシップ、スプリンターズSが大好きだ。

そこで 『GⅠ・・・夢の安田記念』のメンバーを考えてみた。

ハンデ57kg(牝馬2kg減)、全馬がピークの時の状態と仮定して・・・。

➀タイキシャトル、②サイレンススズカ、③ブラックホーク、④クロフネ、

    ノースフライト、⑥ヤマニンゼファー、⑦サクラバクシンオー、⑧サクラチトセオー、

⑨シンコウラブリィ、⑩バンブーメモリー、⑪エイシンプレストン、⑫ナリタタイシン、

⑬エイシンバーリン、⑭ツインターボ、⑮タイキブリザード、⑯ゼンノエルシド、

⑰ファインモーション、⑱バブルガムフェロー・・・・
エイシンバーリンとツインターボはハイペースにするために入れた。

これなら 31秒台を切る時計が 出るかもしれない。

それでは 有馬記念はどうだろうか、

平成のスペシャルグランプリ『夢の有馬記念』である。

    シンボリクリスエス、②テイエムオペラオー、③エルコンドルパサー、

    グラスワンダー、⑤スペシャルウィーク、⑥エアグルーブ、⑦ヒシアマゾン、

⑧メジロマックイーン、⑨ナリタブライアン、⑩ビワハヤヒデ、⑪トウカイテイオー、

⑫ミホノブルボン、⑬オグリキャップ、⑭マヤノトップガン、⑮メジロパーマー、

⑯ライスシャワー、⑰サクラローレル、⑱セイウンスカイ、

18頭、フルゲートだ、こんなメンバーだったらと、想像しただけで わくわくしてくる。
メジロパーマーが逃げる、ミホノブルボン、セイウンスカイと3頭の先行争い、・・・

少し後れて ビワ、ライス、トップガン、・・・・、グルーブ、マックイーン、は中団か、シンボリ、オペラオー、テイオーは後方から・・・
展開までも 予想するのである。

いい歳こいて、こんなこと考えてるオレは、やっぱりバカだと思うのである。



◆ 競馬はロマン

 病院で医者に『何かスポーツをしていますか・・・』と聞かれたことがあった。

『競馬をしています。』と答えたら、それはだめですよ、と医者に笑われた。

私は、冗談で言ったのではない、本当に競馬はスポーツだと思っている。

競馬場へ行けば、パドックへ行ったり、本場場へ移動したり、一日中歩く。

合計すれば一万歩以上は 歩いている。

家に帰った時には、脚が棒になり、心地よい疲れで一杯である。

勝った日は酒も旨い。  負けても旨いけど・・・。

それに レースでは、どきどき、わくわくして、常に興奮状態である。

ホルモンの分泌が激しく、脳の刺激にも、血流にも、 良いはずである。

私に言わせれば、競馬は体に良いこと、つまり、スポーツなのである。

私のフランチャイズは 東京競馬場である。

競馬場は私にとって、憩いの場である。

人ごみの中で、孤独を感じながら、その孤独が とても心地よいのである。

群集の どよめきや喧騒の中こそが、自分が勝負に集中し、没頭できる場所なのである。

昔は、府中の駅から、競馬場まで、500mくらいの道筋に、店や屋台が沢山並んでいた。

ヤキトリや、おでん、フランクフルトや串カツ、イカの丸焼き、なんかを売っていて、

縁台に座って、コップ酒を飲みながら、イカ焼きをかじるオッチャンたちの姿があった。

この雰囲気が、私は好きだった。

今は、府中駅から 競馬場まで、ドームのコンコースになって、屋台などは姿を消した。

競馬場の中に、レストランやファストフードの店があるが、とてもキレイで、
一杯機嫌のオッチャンたちには、場違いなところになってしまった。

競馬が 一部の人たちから 罪悪視されるのは、

こういうオッチャンたちの 風紀の悪さを見るからである。

中にはガラが悪くて 眉をひそめるような風景もある。

ギャンブルにはまって、家庭崩壊や犯罪までも 生み出すイメージがあるからである。

競馬は 元来、英国王室の遊びであった。

貴族達が シルクハットにタキシード、婦人も派手なドレスに着飾って出かける、

上流階級の社交場なのである。

現在の東京競馬場は、そんな格好をして行くのに相応しいほど、キレイに整備された場所になっている。

勝馬投票券を買うのにも、マークシートで 自動販売機になってしまって、とても便利になったが、 競馬場の雰囲気としては、私は 昔のほうが 好きである。


きれいごとで、負け惜しみかもしれないが、

私は 金儲けだけの目的で、馬券を買っているのではない。

自分が 信頼して決めた馬、惚れた馬、その馬に、夢を託して、馬券を買うのである。

自分の 期待どおりの、イメージどおりの 立派なレースをしてくれれば、

負けても 悔いがないことも、あるのである。

私の競馬は、ギャンブルではない、ロマンだと思っている。

競走馬には、必ず『別れ』がある。

どんなに強い馬でも 必ず最後には、 別れがやってくる。

競馬は、出会いと別れの繰り返しである。

競馬は 馬のサクセスストーリーである。

新馬戦でデビューしてから、未勝利、1勝クラス、2勝クラスとだんだん条件が上がってゆく。
ピラミッドの頂点に立つオープン馬(GⅠクラス)になるのは、毎年何千頭も生まれてくる

中の、ほんの一握りである。

未勝利のまま、生涯を終わる馬が ほとんどなのである。

栄光の陰で、悲しい物語が 沢山あるのである。

そして 栄光のGⅠホースになっても、必ず 引退という別れがやってくる。

サラブレッドに哀愁が感じられるのは、どの馬もみな、この『別れ』という宿命を背負って、戦うからだろう。

そして、現役で成功した優秀な馬は、種牡馬として、繁殖牝馬として、第二の人生を送ることになる。

次の世代へ、自分のDNAを継承してゆく。

競馬は『別れ』と同時に、『永遠』の物語になっていくのである。

(種牡馬)が果たせなかったクラシックの夢を、仔が受け継ぐ、
ライバル同志の仔たちが、再び同じレースで 対決する、

エアグルーブの仔がデビューした、

まだ走ってもいないのに、一番人気になった。

みんなが、名牝エアグルーブのことを、 思い出すからなのである。

これが 競馬のロマンである。

新潟三条の義父が、晩年、義母と二人で 東京へ旅行してきた。

神社、仏閣を巡ってみたいという。

鎌倉の大仏と、観音様をお参りした、

江ノ島の弁財天も案内した。

義父は 昼間から茶屋で 熱燗で一杯飲んだりして、嬉しそうだった。

人は、晩年になると、神仏を拝むような、そんな気持ちになるのだろうか・・・、

私は 神や仏に 興味はないが、

もしも 晩年、旅行することができるとしたら、

北海道とかへ行って、牧場めぐりがしてみたい。

牧場で 余生を送っている、サラブレッドたちに 会ってみたい・・・・。
サクラチトセオーや、ノースフライトや、トウカイテイオーにも

会ってみたい。

“元気にしているか・・・、”

“今、幸せか・・・・、”

語りかけてみたい。
きっと 万感の想いの中に、

熱いものが、 こみ上げてくるのだろう。           

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夢駆ける名馬(1)

『好きとは ものの上手なり・・・』ということわざがある。

好きだというのは、得意なことだから好きになるのである。

誰でも 得意でないこと、苦手なことは好きにはなれない、ということである。

私は 趣味が多い、スキー以外のことは なんでもやってきたような気がする。

特に好きなことは、釣り、囲碁、野球、園芸、カラオケ、競馬-------などである。

どれも 名人級だと 自負している。 (自己評価・・・だけどね)

ところが この内ひとつだけ 凄く好きだけど、ちっとも上手じゃないものがある。

それが 競馬である。

いくらやってもなかなか勝てない、時々でっかい馬券を獲ったりもするが、年間でト-タルすると、結局負けているのである。

プラスになったためしがない。

私の競馬歴は長い---、23歳の頃から40年余りもやっている。

途中、30代の時に 少年野球が忙しくて、競馬から離れた時期が10年ほどあった。

そのブランクを差し引いても、30年くらいはやっている。

一生懸命やっていた頃は、年間50~60万の金を使った。

40万くらいは回収するのだが、トータルすると、年間で 約20万くらいの赤字になる。

30年間に20万を掛けると600万の赤字になる。

10年間のブランクが もしなかったら・・・・累積赤字は800万になってしまう。

そんな恐ろしい計算が成り立たないように、どうしたら勝てるだろうか、ずっと試行錯誤して来たのだが・・・・・。 

ちなみに、囲碁の名人 藤沢秀行さんは、生涯一億円ほど負けたそうである。

我々サラリーマンとは桁がちがう、上には上がいると 自分を慰めるしかない。

結局 競馬とは、儲けられないものだということを、最近ようやく

理解してきたような気がするのである。

それでも、 私は競馬を止められない。

今は 年金暮らしになってしまったので、現役のときのように毎週やるわけにはいかない。

年に数回でもいい、積み立てしてでも やりたいのである。

競馬には感動がある、競馬で勝つことは、他のどんなギャンブルで勝つことよりも 嬉しいのである。  麻雀やパチンコで勝っても、 金銭的にはいい気分だが、残るのは疲れだけである。

競馬は違う。  勝った喜びが、感動が、その余韻と快感が、何年たっても残っている。

古い馬の名前を思い出すと あの時は 自分は何をやってたか・・・、自分の歴史に馬の思い出が重なる。  (ヒカルイマイがダービーを勝った時、オラは痔の手術で入院中だった。 直線一気のゴボウ抜きが衝撃的で 夜に熱を出して先生を悩ませたのも想い出)

競馬は 私を元気にしてくれる、 少年の心にしてくれる。

勝馬検討をするとき、体中に若さがみなぎり、闘志が 満ち溢れる。

そして、 ファンファーレが鳴り、ゲートが開く時、

その感動と 胸のときめきは頂点に達する。

競馬はやっぱり 男のロマンである。

◆ シンザン

昭和44年、雨の日本ダービー、不良馬場の東京競馬場で、ゴール前 抜け出してきた

のは、ダイシンホ゛ルガードだった。(2着はミノル)

私が初めて観たダービーである。

古いことなので 確かな記憶にないが、一番人気のタカツバキが落馬して、場内が騒然となったり、 ダイシンボルガードの馬手が、喜びのあまり ゴール寸前 柵を乗り越え、馬場内に バンザイしながら飛び出して、相当なお叱りを受けたことが、翌日のニュースになっていた。

私が競馬をやり始めたのは この頃からだった。

タケシバオーやスピードシンボリが 活躍していたころだった。

この数年前、ヒンドスタンの仔シンザンが、 セントライトに次ぐ2頭目の三冠馬になっていた。

シンザンは既に引退していたので、私はシンザンのレースを録画でしか観たことがないが、当時はまだ、競馬場へ行くと、シンザンの話題でいっぱいだった。

シンザンの父ヒンドスタンは、日本の近代競馬のリーディングサイヤーの元祖である。

ヒンドスタンからチャイナロック、ネヴァビート、パーソロン、そして トニービンやサンデーサイレンスに続いていくのである。

『 鉈の切れ味 』・・・シンザンの勝負強さは こう表現された。

ナタのような切れ味・・・なのである。

ナイフやカミソリではない、鋭利でシャ-プよりも、重厚でグレイトなのである。

豪快に 力強く、抜き去って行く・・・・

並んだら、絶対に負けない、力でねじ伏せて行く。

ナタの切れ味という言葉で、シンザンのレースぶりが想像できるのである。

三冠馬は、史上5頭しかでていない。

三冠馬になるのは、大変なことだ。

皐月賞は 速い馬が勝つ、ダービーは運のいい馬、菊花賞は強い馬が勝つ、といわれる。
三冠馬とは、速くて、強くて、運がいいのか・・・・、

シンザンは このほかに、天皇賞も有馬記念も、宝塚記念も 勝っている。

この時代、ジャパンカップがあれば、これも勝っていたに違いない。

シンザンは、おそらく史上最強馬だと思う。

シンザンは 最近まで、36歳くらいまで生きていた、

人間でいうと100歳以上だそうである。

無事是名馬・・・・、長生きするのも 名馬である。

私は もう少し早く競馬をやっていれば良かったと思う。

学生の時に 競馬場へ行っていれば、シンザンを観ることが出来た。

シンザンのレースを、生で 観てみたかった。

シンザンは 私にとって、伝説の名馬である。

◆ ハイセイコー

昭和48年、圧倒的な一番人気のハイセイコーが 皐月賞馬になった。

大井競馬で連戦連勝、常に6馬身以上の大差をつけて 勝ち続け、中央競馬へ移籍してきたが、ここでも敵なしで勝ち進んだ。

凄い人気になった。

競馬を知らない人でも ハイセイコーの名前は知っていた。

まるでアイドルであった。 

巨人、大鵬、ハイセイコー、というくらいの人気者になった。

ダービーでも、誰もがハイセイコーが勝つだろうと予想した。

しかし、悲鳴と驚愕の渦の中で、ハイセイコーは敗れた。

勝ったのは タケホープだった。

この後、菊花賞でもタケホープに敗れた。

無敗の天才、ハイセイコーも、ついにタケホープには勝てなかったのである。

その年の有馬記念では、ハイセイコーとタケホープの2強の対決になった。

この2頭がスバ抜けた断然人気になった。

レースは 牝馬ニットウチドリが逃げて、 ストロングエイトが続いた。

ハイセイコーとタケホープは後方で お互いけん制しながら進んでいた。

お互いが 相手の強さを認めあう、まさにライバルの対決であった。

ところがレースは、そのまま直線でストロングエイトが抜け出し、

ニットウチドリが2着に逃げ残ってしまったのである。

大半の観衆は、唖然として、この信じられない光景を 観るのであった。

12頭だったのに、枠連で8000円台の大穴になった。

これだから競馬は 面白いのである。

馬の能力だけでなく、人の期待度や、騎手の思惑までもが レースを左右するのである。

ハイセイコーはそれでも皆に愛される人気者だった。

勝利者なのに、タケホープのほうが 憎まれ役のようであった。

ハイセイコーがタケホープに勝てなかったのは、距離の適正が原因だったのか・・・、

ハイセイコーはチャイナロック、タケホープはインディアナという血統だが、血統的には距離の壁があったとは思われないのだが・・・、ハイセイコーの体型に問題があったのか、500キロを超える巨漢で、 体も硬いように 私には思えた。

タケホープの方が 柔軟性にあふれた、しなやかな体に見えたのである。

ハイセイコーが引退の時、ジョッキーの増沢末夫が、レコードデビューした。

『さらばハイセイコー』の歌まで ヒットしたのである。

ハイセイコーは、 大衆に最も愛された馬だった。

◆アローとムーティェ

私が最初に好きになった馬は、スパニッシュエクスプレスの仔、アローエクスプレス。

新馬から勝ち続け、朝日杯、京成杯まで6連勝、クラシック路線を突っ走っていた。    関西にライバルがいた。      

ムーティエの仔、タニノムーティエ。

アローと同じように、関西でクラシック路線を歩んでいた。

スピードのアローか、強さのムーティエか・・・・。

両雄は ついに 皐月賞で激突した。

私はずいぶん入れ込んで、関東馬アローを応援したのだが、

皐月賞もダービーも、ついにアローは ムーティエには勝てなかった。

これは、 完全に、血統からくる 距離の壁だったと思う。

アローは早熟型の 短距離スピード血統だったと思われるのである。

“アローエクスプレス、矢の超特急・・・”

私はこの名前に惚れ込んでしまったのである。

私は 競馬をやり始めてからずっと、今でもそうだが、格好いい名前や、馬格、スタイルなどに 惚れてしまう傾向がある。

散々研究して、どちらか迷った時、最終的には名前の格好いい馬を買ってしまうのである。

冷静さを欠いた、素人的な考えだとは思うが、その方が楽しいし、納得できるのである。

アカネテンリュウなんか、最高に好きだった。

漢字で書けば『茜天竜』・・・、野武士、アカネテンリュウと呼ばれた。

黒鹿毛の菊花賞馬、気性が激しく、並ばれると 相手を噛みつきにいくのである。

目黒記念を勝った時、コンチネンタル、スピーディワンダーと3頭の写真判定、

2着が同着で、私は三つ巴で買っていたので、このレースで2枚の馬券を獲った。

3頭とも 格好いい名前だと思っている。 

史上最も美しい馬は、タイテェムだ。

貴公子と呼ばれた。    四白流星の黒鹿毛であった。

四つの足に白い長靴を履いたように 鮮やかな四白、眉間には三日月の流星が走っていた。

スタイルも抜群であった。

金色の長いたてがみと 長い尻尾をなびかせて走る、 トウショウファルコも綺麗で派手な馬だった。

条件馬だったが、トライアゲンというのがいた。

try again・・・(もう一度 がんばろう)・・・
名前の通り 頑張ったけど、負けてばかりいた。

私の競馬人生そのもののような 名前で、 好きだった。

サラブレッドは いい名前を付けてもらうと、強くなるような気がする。

粋で、洒落た名前が多い、

タマモクロス、カミノテシオ(神の手塩)、スーパークリーク、ナイスネイチャ、セキテイリュウオー、イブキマイカグラ、ファレノプシス(胡蝶蘭)、ダイナマイトダディ、

エアジハード(聖戦)、ビッグファイト、ファインモーション、ビハインドザマスク、ザッツザプレンティ、・・・・

よくもまあ、こんな味のある名前を考えるものである。

名前から 生産者の愛情、オーナーの思い入れやセンスが 感じられるのである。

ハルウララが 高知競馬で100連敗して、それでもみんなから愛され、人気があるのは、

ハルウララという、のどかで癒しのあるような 名前がいいからである。

これが ダサイ名前だったら、誰も大騒ぎしないはずだ。

シンボリ、マイネル、トウショウ、ナリタ、シチー、ヒシ、アドマイヤ・・などの冠名の付いていない名前のほうが好きだ。

名付けた人の愛情が感じられる、意味のある名前のほうが いいね。

マチカネの付く馬は、ズッコケた名前が多いけど、それもまたユーモラスで いいかもしれないが、持ち馬の数が多くて、めんどうくさくて付けた名前のような気がする。

タニノムーティエとアローエクスプレス、

アカネテンリュウとスピードシンボリ、

ハイセイコーとタケホープ、

トウショウボーイとテンポイント、

タマモクロスとオグリキャップ、

ナリタブライアンとマヤノトップガン、

グラスワンダーとエルコンドルパサー、

対決するライバルたちは、みんな格好いい名前だった。

    

 

つづく

 (2003年7月1日)

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さらば青春の時

有馬記念

12月22日、朝から嬉しくて レースの前はワクワクで夢がいっぱい・・・

午前中に一仕事終えてから エビカツロール弁当(トンカツと海老の太巻き)と豆大福を一個食って縁起担ぎ?の腹ごしらえをしてから 府中まですっ飛んで行きました。

前日の場外馬券なら 懐かしい東京競馬場の風景も沢山撮れる・・・そんな魂胆もあったから。 

Photo_6 入場口から見える風景、東京競馬場はオラのホームグランド、ここにもオラの青春があったのだ。

勝つぞ 絶対勝つぞ・・・

ここを通りぬけた瞬間から もうカメラどころではない、あれもこれもとマークシートに没頭する、昔と変わったことは メガネなしではうまく記入できないから倍の神経を使う。

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幻の名馬トキノミノル号の銅像(毎年きれいに変わってゆく東京競馬場の中で 唯一昔から変わらない)

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Photo_8 オケラ街道

南武線府中本町から競馬場までつづくコンコース、ゴミひとつ落ちていない! JRAのお掃除隊は何百人もいるらしいが 本場場のスタンドにもハズレ馬券や吸殻が落ちていない・・・?! これはスゴイ、さすが中央競馬です。 客層やマナーも違うのだろうけど、川崎や大井で落ち葉のような馬券を踏みながらウロチョロする あの雰囲気もオラは嫌いでないけどね。

オー・シャンゼリゼ オー・シャンゼリゼ、いつもなにか 素敵なことが あなたをまつよシャンゼリゼ・・・

行くときは 明るいシャンソンが聞こえてきそうなのに

帰り道になると ♪力のかぎり生きたから 未練などないわ・・・「昭和枯れススキ」   ♪もしも死んだらあなた あなた泣いてくれますか・・「悲しみ本線日本海」になってしまう。 このギャップの激しさ?

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そして翌日12月23日夜、ほろ酔いかげんで谷村新司の歌「さらば青春の時」を聴きながら涙する。   振り向かないで歩いてゆける そんな力を与えてほしい   やすらぎの時が青春ならば 今こそ笑って別れを言おう 遥かな夢を捨てきれないままに 熱い血潮は逆巻く胸に・・・・

競馬に負けたからではないよ、最近やたらと涙もろくて困っている、懐かしいジャズを聴いても 演歌を聴いても・・・すぐにじ~んと来てしまうのです。

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アメリカのユキちゃんからもらったメールの中にこんな一節があった。「今はビートルズが教科書に載ってるそうですね、信じられないみたい、昔はビートルズかぶれの子達は不良呼ばわりされてたのに・・・それだけ時代が変わったんですね・・

私もそれだけ歳をとったってことですね、でも兄ちゃんも私も今がハッピーだからこうして昔を懐かしむ余裕があるのだと思います・・・・」

そうだ! オラ今・・・ハッピーだ。  

ユキちゃんありがとう、 いいこと言ってくれる。

 

毎年勝負する有馬記念も 基本は「穴狙い」だが、現役のころは保険?の意味で本命も押えていたが この度は三連単の大穴に徹するようになった。

これも「余裕」か? (否、余裕がないからか?)

どっちでもいいが、負けるのは慣れているはずなのに 今回も新鮮に悔しいのは やはり貧乏に変わりはないということだな。 でも、負け惜しみになるが 確かに心の余裕はできたみたいだ。 最近は懐かしい曲を聴くと 温かい涙で泣けてしょうがない。 若い頃は競馬のあとに曲を聴く時間はなかったし、本当に辛いときは 曲を聴いて泣いてる余裕なんてなかったもんね。

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オラの青春マイウェイは 思いっきり振り向いて歩いている。

人生は定められた線路の上しか走れない(これはノストラダムスの言葉?)、オラは汽車の最後尾で通り過ぎて来た青春という線路を見ているだけだ。 線路がどこまで続くのか 汽車の行く手に何があるのか そんなのカンケーネェ!  おまかせコースで行けるのならばこんなハッピーなことはない。                   やけくそとは違う これが余裕てもんだべ。

ただし 若い人はちゃんと前を見て自分で運転しないとだめですよ。

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ア~ア・・・!今年の有馬記念も また負け惜しみと愚痴で終ってしまった。 

ところで 競馬好きの友人に笑われるから公開するまいと思っていたけれど あまりにも逃した魚が大きいので 記念にカメラに収めておいた・・・、三連単3-7-4なら80万円の超大穴だったから・・・、あれこれと四十点も買った中に なんと3-4-7のからみを持っていた、7と4が代わっていれば・・・!

愚痴もいいたくなるべさ

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結論として、チャンスはまた来る、きっと来る・・・

また来年も頑張ればいいのだ。

敗軍の将は兵を語らずというが、オラのブログは楽しいことを発表したり 得意なことを自慢したりだけど、よくよくみれば自分自身を慰めて、これではまるでマスターベーション?・・・結局愚痴のはけ口だけど、それでも ま・いいか・・・       ということにして

来年も元気でがんばりましょう。

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ビワハヤヒデとナリタブライアン・・・??!

大昔の油絵(1959年 長沢久敏画伯)だから 一部剥れてしまった。

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亀田のボクシング

世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチでチャンピオンの内藤大助(宮田)に対して反則を繰り返した亀田大毅(協栄)とそのおやじ史郎トレーナー及び兄興毅ら亀田一家に10月15日、コミッショナーから処分が下されました。

亀田大毅 一年間のライセンス停止、

父史郎 トレーナーライセンスの無期限停止、

兄興毅 厳重戒告処分、

負けたことは「ザマアみろ!」だが・・・処分が甘いね。

人それぞれに意見はあるが 国民の85%以上がこの処分は甘いと思っている。

全員がライセンスの剥奪、ボクシング界からの追放が最も適切で明快なのに・・・

甘いけど 事件がうやむやになる前に迅速に処分したことは 近頃不祥事の相次ぐ相撲協会よりは評価に値するけどね。

去年「座右の銘」の記事で 亀田のボクシングをクソミソに批評しながら

最後は まだ彼等は若くて素質があるのだからオヤジから離れて礼節を学べばいい・・なんて、言ってしまったオレも甘かったね、

ダメなものの将来まで視野に入れる必要はないのにね。

スポーツの精神を冒涜し、青少年の教育に悪影響を及ぼす・・・とか

こういう大義名分によって処分の裁定が行われるが、本当は 彼等の言動はだれが見たって気分悪くなるからだ、常に人を罵り 恫喝する下品な言動しかないからだ。

増長したヤクザ者が 初対面であろうが目上の人であろうが 全ての会う人にゴロをまいているだけのことだからだ。(ゴロをまく=ごろつきが喧嘩を売ること)

そんなのをテレビで放送したらホントに教育に良くないし 世界タイトル戦が日本の恥を晒すだけになってしまう。

ガラも悪ければ 態度も言葉もファッションも・・・全てが悪い。

第一顔が悪い・・・心の歪みが顔に出ている。

顔のことをいったら ガッツもグシケンもワジマも・・・ボクサーは大体みんなハンサムではない、でも歴代のチャンピオンたちは みなフェアプレーで戦った常識人で よくよく見れば愛嬌のある穏やかなかわいい顔しているが、亀田一家の顔は いつでも後の無いような 人間が一番醜いときの顔をしているのだ。

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19世紀末頃 ロンブローゾというイタリアの医学者が 処刑された多くの犯罪者たちの遺体を解剖して頭蓋骨の研究をしました。

そして犯罪者には一定の身体的・精神的特徴が認められるとの論文を発表しました。 

犯罪者は①猿に似た骨格と容貌で人相が悪い(顔が悪い)、②刺青をするなど自己顕示欲が強い、 ③これらの肉体的精神的特徴は後天性の要因によるものではなく 遺伝等個人の先天的資質に起因している・・・・・というのである。

従って、この特徴を有する者は犯罪を行う可能性が高いから 事前に社会から隔離することを提案したのです。

これは いくらなんでも暴論で現代では通用しない、そんなこといったらオラの友達はみんな捕まってしまうからね・・・オラは大丈夫と思うけど?

このロンブローゾ博士の研究は「生来性犯罪人説」といいます。

このような学説を受け入れる国はどこにもないけれど 亀田一家を見ていると この論理は意外と間違ってないような気がする。

悪い奴は・・・やっぱりよく見なくても悪い顔をしている、すれ違うだけでもみんなが避けて通りたくなるような 明らかに悪いことをしそうな奴はひと目で分かるからね。

悪い人間には 容貌も精神も 環境や生い立ちにも影響されない先天的な素質があるのではないか・・と思うのです。

「生来性犯罪人説」を現代科学で更に深く検証したら 貴重な発見が得られるかもしれない。

ところで なんで亀田は公約通り切腹しないのかね、

一年間試合停止の処分だけで うやむやにしてもらいたくないね。

住所がわかれば切腹用の刀と白装束をマニュアル付きで送ってやりたいくらいだ。

ボクシングのタイトルマッチでは 日本の選手が外国人と戦うとき 日本のファンは日本選手を応援するのが普通だが、亀田の試合に限っては対戦相手を応援するようになってしまったのはオラだけではないはずだ。

後日行われた謝罪会見も見苦しい、

歩くのも困難な放心状態で口もきけない大毅のだらしなさ(こんなんでは引退後暴力団も採用してくれない)、それをまだ支えようとするバカおやじのふてくされた応答も、何も変わっていない。

亀田流でいうなら「一回負けたくらいでナンジャコラ~」と、息子を張り倒すのが本当の父の姿だろ・・・、過保護もここまでくるともう情けないより哀れだね。

記者の一人くらい「切腹の件はどうなるのでしょうか?」と質問したら 面白かったのにね。

それがないのは周囲がみな大人だから、相手の傷口(弱点)を攻撃するようなアンフェアで愚かな質問は可哀想だと 思いやりがあるからだ。

ところがこのおやじに「思いやり」など通用しない、人に敬意を表することをしないバカには 己が敬意を表されていることなど分かるはずがない、だから一直線に質問してみたらよかったのにね・・・と思うのです。

結局 亀田のボクシングはこんな程度だったのかと、これからは相手にしないのが一番いいのだ、インチキな試合を観戦したファンに チケット料金を返してやるのが最も適切な対処だね。

一番悪いのはおやじだけど、ちやほやして彼等を増長させたマスコミも 利益を共有する協会やスポンサーなどの周囲もみな責任はあった。

おやじの唯一の成功は破天荒なパフォーマンスで視聴率を上げ金儲けができたことか? しかし彼の場合は先天的な不良性がパフォーマンスというある意味才能と誤解されていただけのことだ。

悪い人間に正直な処分のできない日本は 本当に「くらげ」や「とうふ」になっちまったね。

人間性を持たぬ者の将来に 更生を期待する必要はない、

一事が万事だ、例えば 山口県の母子殺人事件、

犯人が少年だったということで無罪を主張する弁護士の憎ったらしいこと、それに翻弄されて自ら死刑の判決を下せない裁判官のだらしないこと、

責任能力だの基本的人権だの・・・未成年の更生とか、一見人に優しそうな法律で悪い奴ほど優遇される。

法廷とは弁護士と検事が腕を競う場ではない、真実を追究し善悪を裁定するところだろ。

この国は未成年なら理不尽に人を殺しても罪にならないのか、精神異常者やバカなら、責任能力がなければ 悪いことしても許されるのか・・・それなら人を殺すなら未成年のうちがお勧め、又はバカになりなさい、ということか?アタマがバカになっている時だからこそ 分別のつかないことをするのだ、そんな簡単なことが分からないのかバカヤロ・・・と言って

オラが最高裁判事なら あの死刑廃止論者の弁護士から先に死刑にしてやりたいね。

もたもたと十年以上もかかって死刑が確定した麻原も 法務大臣のゴーサインがないからまだ元気に税金を使いながら生き延びているし、死刑執行のハンコウ押せない人が なぜ法務大臣を引き受けるのか?

ついでだが 最近問題の多い大相撲の「国技」取り消しとか、年金を着服した社会保険庁職員は 中国あたりなら全員死刑だし、公務員や国会議員の汚職も同じだ、

くらげになった日本には そういうことを公に言う人も実行できる人もいない。

そういう自分もブログだから言いたい放題言っているだけだけど・・・。

拳銃を使っただけで適正だったか否かと問題になる日本のおまわりさんの中に ダーティハリーみたいに一発で犯人を仕留める刑事とか、 法で裁けぬ悪を闇に葬る中村主水さんのような仕事人がいたら どんなに痛快かなと思うのです。

オラの云いたいのはこういうことだ、亀田のチンピラ一家の話題は ハナクソみたいな屁みたいなことなのだ。

それにしてもチャンピオン内藤選手はよくやった、エライ。

彼が勝ったから亀田一家の処分問題が発生して 近頃ブログのネタに行き詰っていたオラにも更新の意欲を与えてくれた、

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結局また文句ばっかり言ってしまいましたけどね。

文句を言わないで咲いている花たちは やっぱりエライね。

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甲子園

    8月8日 今年も夏の甲子園が始まった。

高校野球はいいですね、一生懸命で爽やかで全員がチームプレーに徹している。

高校一年生のころだった、ほんの少しだけど甲子園のマウンドを夢みた時期があった、

すぐにダメになったから何てこともないのだが、

大昔のほろ苦い想い出が今では懐かしく、自分的には夏の甲子園ほど時の流れと真夏の季節感を味わえるものはないのです。

甲子園で野球のできる子たちは幸せだ・・・、

ピッチャーゴロでも全力で一塁へ走る、三振しても全力でベンチに戻る、

あんなマネが出来るのは鍛えられたからだけではない、

甲子園でプレーが出来るという喜びが そうさせているのです。

今更ながらに 若さって素晴らしいなと思います。

去年はユウちゃんとマー君の名勝負が話題になったが 

横浜とPL学園が延長15回の死闘、勝った松阪は現レッドソックス、

負けたPLの上重投手、今は日本テレビの爽やかなキャスターになっている。

星陵対明徳義塾、松井(現ヤンキース)が五打席連続敬遠というのもあった、

古くは三沢高太田と松山商井上が投げ合った決勝戦延長18回引き分け再試合、

人気を二分した法政二高柴田と浪速商尾崎の対決・・・(これはオラの世代)、

もっと古くには中京対明石の延長25回という伝説の試合があったという。

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89年も歴史があって みんな一生懸命戦うから沢山のドラマや名勝負が生まれる。

これが青春、アマスポーツの素晴らしいところだね。

松井秀喜はバットを一回も振らせてもらえなかったけど、

もっと残念なのは 監督の指令で松井と勝負できなかった投手のほうだ。

打たれたっていいじゃないか!?

歴史に残るほどの強打者と勝負して打たれて負けたほうが 彼の人生の大きな宝物になると思うけどな・・・

オレだったら絶対全打席勝負させる、松井だって十割打者ではない・・・

勝負するために練習してきたのだ、間違えでもいいから押さえる方に賭けるけどな。

満塁男駒田徳広(巨人・横浜・現解説者)が高校生の頃、地区の大会で強豪天理高に満塁でも敬遠されたという。

監督って そんなに勝ちたいのかね、

勝利への執念というよりも 大人のエゴが子供を動かしているように思えてならない。

勝負を避けたい子なんていないはずだ、

もしもそんな子がいたら ひっ叩いてでも勝負させてやる・・・、

オレは勝負師でないから のん気なことを言えるのかもしれないが、

指導者ならば 子供たちの将来まで視野に入れてやりたい。

敬遠して勝った試合と 勝負を挑んで負けた試合と・・・

どっちが後の人生に良い思い出として残るか・・・だよね。         

また教育論になるからヤメトコ・・・

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昔は 甲子園の優勝旗が箱根の山を越えるのは容易でなかった。

気候が温暖で練習量の多い西国が強く、雪の降る北国はなかなか勝てなかった。

ところが最近は 駒大苫小牧で優勝旗が箱根どころか津軽海峡をあっさり渡ってしまった。

野球のための越境入学や技術の交流が活発になり レベルが伯仲してきたこともあるが、東北の某代表校には関西弁のレギュラー選手が何人もいるという話もある。

高校野球にまでプロのような経営方針?を持ち込ませたくないね、

夏の甲子園は国の行事「国体」よりも関心度が高く、郷土で競い合う夏のお祭りのようなものだ、郷土色を前面に出して応援し、お互い通じない方言で叫びあったりするから面白いんだべさ・・・

そして8月下旬、決勝戦が終るころ 甲子園を吹き抜ける熱い風の中に秋の匂いが漂いはじめるのです・・・ナンチャッテ、今年の夏の暑さにはマイッタね。

秋の匂いだの季節感だの・・・・それどころではない、

一昨年より去年、去年より今年・・・毎年確実に暑くなっている。

30度なら涼しく感じるようでは もうコメントのしようがない。

秋が待ち遠しいですね。

              

花の漢字REVEL3 回答

①うど ②すもも ③あけび ④ライラック ⑤とうもろこし

⑥ほおづき ⑦くちなし ⑧つわぶき ⑨ざくろ ⑩ぜんまい

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ダービー

5月27日、第74回東京優駿(日本ダービー)は 紅一点ウォッカが勝った。

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牝馬がダービーを制したのは1943年クリフジ以来64年ぶりの快挙である。

弟のposiが ダービーは毎年東京競馬場へゆくので、彼に頼んで久しぶりに馬券を買った、ただし 熱く燃えたのも四コーナーまでだったけど・・・。かすりもしなかったが 勝馬検討を楽しんで歴史的瞬間を目撃できたから満足だ。

オラの競馬歴は長い、社会人になったと同時に競馬を始めていた。

初めてダービーを観たのが1969年、不良馬場でダイシンボルガードが勝ったときだ。  一番人気のタカツバキ(嶋田功)が1コーナー手前で落馬してスタンドが騒然となり、ゴール前ダイシンボルガード(大崎昭一)が抜け出したとき 厩務員が万歳しながら芝コースへ飛び出して話題になった。  二着は朝日杯三歳Sの勝ち馬ミノル、ダイシンボルガードが人気薄だったから枠連で3600円?くらいだったかな・・・そこまで憶えていないが。  因みにオラは タカツバキとダイシンボルガードを買っていた、オラのダービーデビュー戦は 落馬する馬で勝負していた。

宿命のライバル アローエクスプレスとタニノムーティエ、距離の壁があるとわかっていながら 関東馬アローエクスプレスを応援したが、ムーティエには勝てなかった(二着ダテテンリュウ)。

オラが痔の手術で入院中、ヒカルイマイが直線最後方の27番手から一気に追い込み(二着ハーバーローヤルの馬主は野添ひとみさん)枠連5-5で大穴になった。馬券は獲れなかったが 26頭を直線だけでゴボウ抜きしたヒカルイマイの末脚に感動と興奮が冷めやらず 夜中に熱を出した、 「先生考えこんじゃってるわよ、競馬に興奮してお熱が出たなんていえないでしょ・・」と看護婦に叱られた。  あんな凄いダービーは未だに見たことが無い。

タケホープとハイセイコーの対決も、ミスターシービーも、トウカイテイオーのときも、ナリタブライアンのときも・・・・語りだしたらきりがないが、(そのうち競馬のカテゴリーで名馬のはなしでもやるべかな)

ダービーというレースは あの時自分がなにをしていた・・・とか、人生の想い出と重なって、♪古いアルバムめくり ありがとうって呟いた・・の気持ちになる特別なレースなのだ。

馬券的な成績は良くないが ダービーだけは何故か時の流れを爽やかに感じさせてくれるのです。

結果論になるが 競馬の格言に「ダービー馬はダービー馬から生まれる」というのがある、シンボリルドルフの仔トウカイテイオーが勝ったように・・・。

有馬記念を連覇したあのシンボリクリスエスを ダービで差し切ったタニノギムレットの仔ウォッカが 牝馬とはいえこのレースを勝っても何の不思議もないのだ。

◆Posiのカメラ

P1070673スタート

P1070675 ウィニングラン

P1070677 表彰式

翌日 後輩の競馬友達K君から「ウォッカはいい女なんですね・・・」と レース回顧のメールがきた、 そうだ、ウォッカが余りにいい女だったから 牡馬たちが興奮状態で力を出せなかったということは充分考えられる!?   ヒラボクロイヤルはパドックで既に大汗かいて、本命フサイチホウオーもゲート前ではイレ込んでいたし、先行するはずのヴィクトリーに至っては後方でウォッカの尻を見ながら走っていた・・・・??

ウォッカはエライ! 男たちをみんなまとめて酔わせてしまった。 

メジロラモーヌ、トウメイ、ダンスパートナー、ホクトベガ、ヒシアマゾン、エアグルーヴ・・・

牡馬を蹴散らし歴史に残る名牝は 馬から見ると皆「いい女」だったのかも、

馬の「いい女」がわかれば もっと馬券が獲れるようになる。

馬のいい女って どうすりゃわかるだ?  そこまで考えるK君もオラも・・・バカだけど、やっぱり競馬は楽しいね。 

    

◆ウコンの芽が伸びてきた(5月26日)

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Photo_130 アッツ桜

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勝ったときだけベイスターズ日記

勝ったときだけ

勝ってに ベイスターズ日記

        

    4月5日広島市民球場

     横浜 000 000 201

     広島 000 101 000

古木同点2ラン、9回に復活鈴木尚決勝2号ソロ。 

セ・リーグナンバーワン投手黒田から打ったのが大きいね。 

広島のカズユキ・ヒデキ・ヨシロウく~ん・・・・

ドゥジャー!・・見たか(^.^)

今夜は酒が旨いぞ

(言えるうちにに 言っておかないとね・・・(^.^)

◆4月7日名古屋ドーム 

 横浜 005 003 000  

       中日 300 002 000

三回に6安打集中で首位中日に逆転勝ち・・・・鈴木尚、古木が今年は好調、石井琢郎、金城にも当たりが出てくれば、マシンガン打線復活だけどな。 ところが、防御率もチーム打率もリーグ最下位なのに 5割でなんと三位です!

    4月10日横浜スタジアム

     ヤクルト 100 020 100

     横浜 110 050 00× 

吉村1号・2号、村田2号逆転3ラン、

寺原2勝目、クルーン5S、

やっぱり岩村のいないヤクルトなら勝てるな。

再び五割・・・「シンジラレナ~イ」、

去年の今頃は借金6~7でビリ独走だったのに・・・

でも三浦がまだ勝ってないし、ハマのおじさんもシンドイだろうし、まだまだこれから 心配事は多いけどね。

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プロ野球開幕

今年もいよいよ野球が始まりました、

地元横浜は 井川の抜けた阪神と、岩村がいないヤクルトには去年より1~2個くらいは多く勝てるかな?と思っていたら 主砲多村がソフトバンクへ行ってしまった。(毎年休んでばかりだからいなくても一緒だけどね)

巨人は小久保の代わりが小笠原で・・・、どこも同じようなものだ。

本命は セは中日、パはソフトバンクかな?(オラの予想は当たらないけど)

我が横浜は 可哀想だがハマのおじさんに期待して 目標は高く 最下位脱出・・・?! 間違って三位にでもなれば大騒ぎするが、やっぱり無理だろな・・・?!!!

弱くても大好き! 弱いから応援しているのだ・・・と自分を慰めながら 負けたときは黙して語らず、いい試合して勝った時だけ都合よくコメントする ベイスターズ日記でもやろうかな。

最近は凄い選手がみんなメジャーへ行ってしまうけど、また新しい若い力が台頭してくるでしょう。  野球の世界は毎年新陳代謝がないと面白くないからね・・・

なんて浮かれていたら、 先日 西武球団の裏金問題が明るみに出て大学生が涙ながらに謝罪するニュースにまたむかついてしまった。

社会人ならともかく、わけも判らぬ中学・高校生相手に「裏金」をする大人が悪い。  素質あるが故に ターゲットにされた子に罪はない、ナイーブな子は一生心に傷を負ってしまうかもしれない。

自分だけ良ければいいという大人社会の考えが 将来のある有能な若者を潰している、西武は たまたまバレタだけで こんなことは昔からどこでもやっていることだ。  松井がアメリカへ行って以来毎年主力を取り替えて あたふたしている巨人あたりは「青田買い」の家元みたいなものだろう。

そして、もっとむかついたのは 12球団が希望枠の即時撤廃を協議したのに 親分巨人の反対で「来年へ先送り」になったが、3月28日、巨人が折れて再び12球団が「年内の希望枠撤廃」に合意した、

相当ヤバイと気が付いたのだろう、悪いことは素直にさっさとやめればいいのだ、権限のないコミッショナーと巨人次第で方向性の変わるプロ野球機構の不透明さ、それを容認する他球団のだらしなさ、なんと嘆かわしいことか・・・、いつまでもこんなことしてるから プロ野球人気が衰退するのだ。

「いじめ」だの「学力低下」だの・・・ 様々な教育問題がとり沙汰される背景には こういう大人社会の歪んだ体質が根源にあるからだ、現代の社会構造では どうにもならないことかもしれないが、子供の教育を社会の責任にするような親、そういう親を育ててしまう社会にも・・・? またわけ分んなくなりそうだから やめとこ。 

要するに「プロ」の世界とはいえ、スポーツは健全であるべきという基本的なことを忘れている大人たちがみんな悪い。 即戦力になる「完成品」を買いたがるケチな考えの大人が多いということだ。

プロだというのなら 一般企業と同じように入団テストという「入社試験」だけで選手を採用すればいい、

オレが試験官だったら 野球の技術や実績よりも “人より速く走れる・遠くまで投げられる・体が大きい・力が強い・声が出る・・・”少年野球の場合はそういうことを基準に子供を選んだけどね。

プロの選手だって 元はみんな野球少年だろ。  野球はプロとアマの実力差が接近している競技だから 肉体的な素養があれば若い選手はどうにでも変わる、“鉄は熱いうちに打て・・・”である。

ひとりひとりを上手な子に育てれば 強いチームができる・・・という単純な考えの指導者がいないのかね、   教え方が下手くそだから 裏金使ってまで実績のある即戦力を欲しがるのか、それとも球団を経営する会社が 無名の選手を育てるリスクを負うよりも活躍が約束されるような選手を採用したほうが安全だ、というケチな方針がそうさせるのだろう。   金持ちのくせに“太っ腹”じゃないということだね。 スター選手は買うよりも造れ と言いたいのだ。

入社試験での採用になれば 人気のあるチームには沢山の応募があるだろうけど、それはそれでいいことだ。 反対に 小さな会社へ応募したほうが出場機会が多くなると考える人も必ずいる。

「鶏口となるも牛尾となる勿れ」という諺もある、(牛のシッポよりも鶏の口になれ)大企業のヒラよりも中小企業の幹部になれということだ。  優れた選手を沢山買い集めても 野球は最終的には九人でしか戦えない勝負事だから どこにでも勝つチャンスはあるのだから・・・。

ということで、将来はドラフトもなにもかもみんなやめて、プロ野球機構をぶっ潰すような大改革をしないとだめだね・・・・と、オラがここらで能書きたれても ぜ~んぜん関係ないけどね、

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3月25日桜三分

ともあれプロ野球が開幕しました、お花見に 野球に 桜花賞に・・・やっぱり春はいいですね、   

陽光に若草が萌え、花が咲き 鳥が啼き 魚が跳ねる・・・    春は総ての命が希望に向けて動きはじめる・・・、

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勝ったときだけのベイスターズ日記(3月31日 開幕第二戦 横浜スタジアム)

巨人 000 000 000                                 横浜 000 000 020 

(土肥・クルーンのリレーで完封、代打古木一号、仁志が二点目のタイムリー)ベイスターズだって 今はマジック142。

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巨人の星(4)

() 友とは

巨人が強かったころは“スポ根”もののアニメやドラマの全盛期だった。 男の子なら「巨人の星」「タイガーマスク」「明日のジョー」

「柔道一直線」「ドカベン」・・・

女の子なら「エースをねらえ」「アタックナンバーワン」「サインはV」、

子供たちには(大人まで)みんな大人気だった。

これらに共通しているキーワードは「忍耐と努力」そして「根性」、

日本人はこの言葉が好きで だれにでも受け入れられる。

そして必ず主人公には強力な“ライバル”がいて、“鬼コーチ”も登場する。

スポ根の原点ともいえる 梶原一騎の「巨人の星」は

巨人ファンでなくてもみんな知っている典型的なスポ根アニメだ。

星飛雄馬と 花形や左門との対決、お互いがライバルを倒すために血の汗を流す、

飛雄馬の父「星一徹」、夕食のチャブ台をひっくり返す頑固一徹な鬼コーチで・・・、

漫画の世界だけど

星飛雄馬の投げる大リーグボールは火の玉になるからスゲエよ、

目まで炎が燃えてたもんな・・・、

同じ梶原さん原作の「明日のジョー」も究極のスポ根だ。

   サンドバッグに浮かんで消える

   憎いあんちくしょうの 顔をめがけ

   叩け、叩け、たたけ・・・

これの作詞は寺山修二だけど 尾藤イサオのあの唄はチョーカッコいい、矢吹丈にとっては力石徹が永遠のライバルで 憎いあんちくしょう なのだ。

力石もまた無謀な減量をしてまで ジョーの挑戦を受けて戦う。

試合の後、力石の死の知らせを聞いたとき、ジョーは号泣、慟哭する。

ジョーには 力石が一番大切な「友」であったことが分かったからだ。

ジョーが 灰のように真っ白に燃え尽きたラストシーンは 

だれの心にも感動を与えた。

「巨人の星」も「あしたのジョー」もスポ根漫画の名作だ。

たかがマンガだけど、これ等の物語には大きなテーマがある。

人はひとりでは生きていけない、よきライバル、よき指導者、そして恋人・・・

それらの愛を受け止めて、挫折を乗り越えなければ栄光はつかめない、

燃え尽きて灰になるまで戦えれば 人生は幸せなのだ・・・

原作者は 人としての摂理とか、勇気とか、友情とか・・・、

子供たちに そういうことを教えようとしているのではないだろうか。

そして、自分に優しい人だけが「友だち」ではないということ、

本当の「友」は、自分を叩きのめしてくれる人の中にいるのだ。

ライバルというのは あいつは自分にない優れたものを持っていると 

お互いが相手の力量を認めあうものだ。

だから勝ちたい、あいつにだけは負けられない・・と、自分を向上させてくれる、

お互いがその気持ちをもったとき 真の「友情」が芽生えるのだ。

スポーツには そういう構図がある、

それが感動になるのだ。

スポーツだけではない、どんな世界でも同じだ。

自分が親友だと思う人を よく分析してみると、

必ず自分より優れたものを 何かひとつでも持っているはずだ。

今、巨人というチームは 球界の先頭立ってその「感動の構図」を壊している。

巨人の選手自身は みな星飛雄馬のようになろうとしているのに 

今の巨人は 花形も佐門も みなチームメイトにしてしまうから 

向上しようとする対象のいない環境に置かれてしまうのだ。

去年、巨人が不振を極めていたころ、

ある試合で仁志が大事な二塁走者になったとき、

無謀な盗塁をして三塁でアウトになり、巨人はチャンスを潰した。

仁志らしからぬプレイの真意を ベンチはだれも気がついていない。

彼の心の中に チームに対する無言の「抗議」というか、「悔しさの表現」を試みたようにオレには見えた。

同じことが今年の清水にも見える、

鍛錬を積み重ね、巨人のためにあれほど貢献して、

「巨人魂」を知っている彼らの心を 

ベンチが踏みにじっていることに気づいていないのだ。

矢野や亀井・・・・後輩にスタメンを奪われるなら彼らはまだ納得できる、

更に向上しようとする意識も湧いてくるのに。

フロントもベンチも彼らの心を理解しようとする優しさも器量もない。

清水も仁志も、今年はこの二人の目には 

星飛雄馬のような「炎」が燃えていない。

野球とは不思議なもので、選手の顔や構えを見ただけで 

ヒットが打てるかどうか分かるものだ。

清水と仁志、この二人は他のチームなら10年は不動の上位打線で働ける逸材だ。

川相と同じように 来年は巨人を去っているかもしれない。

・・・・・・・・・・・?

何でオレが巨人の心配をしなければならないのか、

ふざけんなバカヤロ・・・である。

それで結局 どうすればいいのか結論はでないけどね・・・

ま・いいか・・・、

オレはアンチ巨人だからな。

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監督のことば

元巨人の名遊撃手で ヤクルトや西武を優勝させた広岡達郎さんのことば

「チームを強くするには 良い素材を見つけて大きく育てることです」

川上監督と並んで優勝経験の一番多い南海ホークス鶴岡一人さんのことば

「ゼニのとれる選手になれ・・・」

どちらも 若くて素質のある無名選手を一流選手に育てた人の名言です。

巨人の選手で日本のプロ野球第一号契約者、後に監督として巨人・西鉄・大洋・近鉄・ヤクルトを歴任、三原魔術といわれた三原修さんのことば「野球とは 盗んだり(盗塁やサインを盗むこと)、刺したり(盗塁を刺すなど)、殺したり(走者を殺すなど)、騙したりの 物騒な用語ばかりの競技だ、だから選手は ユニフォームを着ているときは、ドロボウや殺人者や詐欺師のような悪人になって戦え、そして私服に着替えたときは 一人の立派な社会人として紳士でなければいけない、その切り替えのできるのが一流選手なのだ・・・・」

日本最初の三冠王で、最近は嫁さんと共に何かと評判わるいけど、なんだかんだいっても名監督の野村さんが 江川事件のときにコメントしたことば

「何でも自分の思い通りになったら 人生つまらないだろ・・・」

昭和50年頃、神奈川の少年野球某名門チームの監督がある時子供たちに話したことば

「グランドは練習しに来るところではありません、グランドは自分の技(わざ)や力を 監督に見せにくるところです。

オレは君たちにルールを教えることと、形(フォーム)を直すことしかできない、打ったボールがホームランになるかどうかのパワー(筋肉)をつけるには

自分で努力するしかない、それのできた人だけがレギュラーになれるのです・・勉強だって同じだよ、学校で先生は公式しか教えてくれない、答えは自分で出すしかない。」

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