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雨のおとがきこえる

◆八木重吉

 雨のおとがきこえる

雨がふってゐたのだ

あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう

雨があがるようにしづかに死んでゆこう 

静かな 静かな詩です。

心が清らかでないと こんな詩は書けないと思うほど清純な詩です。

それなのに なんだか切なくて 寂しさの余韻が心に残ってしまいます。

雨ニモマケズ風ニモマケズ(宮沢賢治)・・・と同じようなパターンで、

清らかすぎて 生きることを達観してしまっているようで、 

煩悩のかたまりのようなオラにはイマイチ苦手だ、

食べ物に例えると これは胃腸に負担をかけない うどんやお粥かな、

オラはまだそれでは満足できない、そうめんを食いたい夏はあるけれど

もっと高蛋白 高カロリーで 美味しいものが食いたいよね。

♪果てしない大空と 広い大地のその中で

いつの日か幸せを 自分の腕でつかむよう

歩き出そう明日の日に ふり返るにはまだ早い

ふきすさぶ北風に とばされぬようとばぬよう

こごえた両手に息をふきかけて しばれた体をあたためて

生きることが つらいとか 苦しいだとか言う前に

野に育つ花ならば 力のかぎり生きてやれ・・・

松山千春さんの詩のほうが好き・・・雄大で明るい背景に 心が洗われる。

オラはこういうのに弱い、涙が出そうになる。

重吉さんの雨の詩は人間の弱さを感じて 涙よりもため息になる。

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「ふり返るにはまだ早い」・・・と云われても、

思いっきりふり返れば なんだかんだとズッコケて 自分の弱さにあきれながらも

今日まで生きて来れたじゃないか、

この写真の白い雲のように これからもいってみるか、力のかぎり生きてみるか、

そして 青い空のように爽やかに死んでいけたらいいな・・・と思います。

こういう景色なら 前向きな気持ちになれるのです。

重吉さんのは こういう景色のイメージではない、

病床で書いているみたいで、そういう現実を受け入れたくないと願う人間の弱さが 

千春さんの詩のほうへ一票入れてしまうのです。

                                 

明治生まれの八木重吉という詩人のことを調べてみた、そして他の詩も読んでみた。

彼はキリストの信仰者で 若くして結核を患っていた、

当時 結核は死を免れぬ病気だ、

彼は若いころから死と向き合い、神を信じていたことがわかった。

そういう事情が分かってくると「雨」の詩が理解できるようになるのです。

(あの詩は ホントに病床で書いていたのだ)

◆八木重吉の詩集より・・・カッコ内はオレ流評価

 秋の瞳・序

私は 友がなくては耐えられぬのです、

しかし、私にはありません。

この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。 

そして、私を、あなたの友にしてください。

(ヤダネ! こんなんじゃ友達できないよね、もしもこいつと競馬に行ったら 二人とも絶対勝てるような気がしねぇ)

 断章・天

天に 神様がおいでなさるとかんがへた 

むかしの人は えらい

(ノーコメント、さすがはクリスチャンです)

 

ひとつの気持ちを持っていて

暖かくなったので

梅のはながさいた

その気持ちがそのままよい香りにもなるのだろう

(心温まる詩だ、センター前ヒットってとこかな)

 金魚

桃子は 金魚のことを 「ちん とん」といふ

ほんものの金魚より もっと金魚らしくいふ

(桃子は彼の愛する幼い娘の名です、詩人としての才能が溢れている)

ああちゃん!

むやみと はらっぱをあるきながら

ああちゃん、 と、

よんでみた、

こひびとの名でもない

ははの名でもない

だれのでもない

(こいつやっぱりバカか?・・・でもこの気持ち分からぬでもない、全然カンケーないことを叫びたくなるようなこと若い頃にはオラもあった、てことはオラもバカか?

彼の場合は死という重大な現実に、そのどうにもならない悔しさがこういう行動になる、神を信じた意味も理解できる)

母をおもふ
けしきが あかるくなってきた

母をつれて てくてくあるきたくなった、
母はきっと

重吉よ 重吉よと いくどでもはなしかけるだらう

(八木重吉の詩の中で ついにオラを泣かせたのはこれだ、この情感はよくわかる、母ということばはオラのウィークポイントだね、これは逆転満塁サヨナラホームランだ)

同病相哀れみ・・・? 作者と似たような環境や人生を歩んだりすると 作者の心に共感できることもある。  最近友人になった職人の爺さんが「ああ上野駅」を聴くと涙が出るよ・・・という、集団就職で東京へ出てきた彼の青春の思い出があるのだ。

人生いろいろ・・・ですね。

文学にはフィクションとノンフィクション(ドキュメンタリ)があるが

基本的には 完全な虚構(作り話)はないと思う。

どんなに奇想天外なストーリーでも 作者の夢や思想がどこかで必ず反映されている。

重吉さんの詩は完璧に自分を描いたものばかり、

命あるかぎり自分を表現してゆきたいと願う彼の想いは全ての人に共通する「夢」だ。

それを なりふり構わずさらけ出しているところが 彼のエライところだ。

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6月27日、先月癌闘病中に亡くなったZARDのボーカル作詞家坂井泉水さんを偲ぶ会に四万人ものファンが集まった。

若者から中年のオッサンやオバサンたちまで・・・

泣き 叫びながら「負けないで」を合唱するニュースを見てたら 

オラまで目頭が熱くなってしまった。

彼女の詩が、歌が、世代を選ばず人々の心を撃つからだ。

時代もジャンルも違うし 比較するのは無謀だが、

詩人八木重吉も アーティスト坂井泉水も 

死と向き合った二人の詩が 後の人々の心に残ることについては 互角だ。

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