カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の61件の記事

平成相対性理論

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「ジュリアン・ ソレル・・・・だったかねぇ ?」

赤羽のお婆ちゃんが 自分の青春時代を回顧するように ぽつりと一言。

爺ちゃんは 婆ちゃんの こんなところが好きだったのかしら・・・と、自分も大人になってから 思い出すことが 何度かあった。  

婆ちゃんの家には 小さいが 垣根に囲まれた庭があって 百日紅の花が満開だった。 

百日紅は 夏の花、咲いている時期が長いから 100日くらい緑の中で赤い花が目立つ、

だから百日紅(100日の紅)と書くんだよ。  紅一点・・・というのは男の中に女の子がひとり・・・・・で、モテモテのことかと解釈していたが 雑木林の中でザクロが赤く咲いている の意味だった。

 

 

 

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エリカちゃんからゆかりちゃんへ

10年頑張った愛機エリカ号先週で引退しました。

引っ越を共に経験し、地震でひっくり返って故障したがすぐに復活・・頑張りました。

愛しのエリカちゃん、人間でいえば50過ぎの中年になったけれど 新品の頃から10年、何度も故障を乗り越えて よく頑張った 働き者である。  マシンとの別れもどこか寂しい、uなんでもかんでも淋しくなる自分が淋しい? 恋の別れに似ている、薄紫のシクラメンほど淋しいものはない 後ろ姿の君のようです・・(^^♪  ありがとう友よさらばハイセイコー♪(どっちもパクリですけど)てか?  いい歳こいて なに言ってるんだオレは。

マイクロソフト社の販売戦略にのせられて ウインドウズ8対応のノートパソコン、若き相棒ゆかりちゃんと これから共にブログ書き込み励んでいきます。   ウインドウズエイト・・窓が八個もある?  パソコンの新しいOS、オペレーティングシステム、ハードウェアを抽象化したインターフェイスをアプリケーションソフトウェアに提供するソフトウェアなんだって。わけ解んねえだろ、俺も解ってないから。 いいんだ、セブンでもエイトでも 肩凝りしないのなら。        

風呂に入りながら夜景を鑑賞、窓を開ければ港が見える メリケン波止場の灯が見える?・・・窓が八か所もある家、ちなみに我が家はそんな豪邸ではありませんよ、      窓は風呂場にも一つありますが 外が見えないようになっている。              昔の家はトイレの下の方に窓があって外から開ける 汲み取り式のトイレ、都会ではバキュームで吸い取っていく、田舎は桶ですくい取る・・・?   そして料金 くみ取り代をとりにくる、あら今月は高いじゃないの? ハイ・運賃値上げですから なぬ? ウンチン値上げ?・・・家のトイレは使わない、ウンコは会社でする・節約しか能がない、それも五円玉貯金のような小さな節約、ろくなもの食わない、病気になっても病院いかないから 金使わずに貯めたまま早死にした、 昭和にはそんなケチなヤロウもいた。 庶民生活を物語る場所はトイレ・・・なんちゃって・・・余談が長くてすみませんね。

エリカちゃんありがとう、お疲れでした。 慣れるまで10年かかったヤンチヤ娘だったが 持ち帰るパソコン屋さんの後ろ姿は 寂しくなりそうだから見ないようにした。  10年前初めてブログに挑戦して結構 暇つぶししながら進歩したよ、マシン変えて初心者になったけれど ゆかりちゃんは・・・???慣れるまで10年???・・・人生後半戦のパートナー、それではおいらも10年生きなければ・・・・これは大変なことになつた。 古希になって ゆかり号  二日目です 、   ノート型は使い勝手がまるで違う、疲れる、肩凝り腰痛、こんな不健康なこといつまでもやつてられねぇ。  エリカちゃんを亡くしたら オレもそろそろ・・こんなことやめようかな、生きる努力して疲れ果てるのが ばかばかしくなつてきた、

緑のインクで手紙を書けば それはさよならの合図になると 誰かが云ってた・・・・秋だというのに恋もできない・・・メランコリーである。  それでも乃木坂あたりでは私はいい女なんだってね・・・(昔はこんな歌があった、) その「いい女」と勘違いしているあなたにもご無沙汰することになって 誠にメランコリーでありますが・・・秋だというのにまだこのクソ暑い真夏日はなんなんだ、今年の秋はなにやってんだ なにがメランコリーだ。 これだから更新には死ぬほどのパワーが要るのだ。

口数と同じで余計なことまで書くから長くなるのだ・・・ってか?

メールの設定がうまくいかない、ブログしか連絡手段がない、近況報告が一方通行とは情けない話だが そういう世代ですから・・・・

読者各位様には更新通知もできず 失礼ながら長い休養になるかもしれません。 これだけ長く図々しく書いても生きてるからご心配なく、お見舞いは受け付けておりますので気をお使い頂いても結構ですよ。 このひろい野原いっぱいに咲く花を ひとつ残らずあなたにあげる だから私に 手紙をください・・・♪、 パクリだけどな、・・今の心境を女々しくも 歌詞で伝える。

結局ノートはオレには向いてない、子供はこれを使いこなすから凄い、現代のガキは偉大である・・・早い話がマイパソコンが新しくなった報告です。

本日はゆかり号二日目のテスト更新です。   正常にアクセスできたでしょうか、内容は正常位のつもり?だけどね・・・・以上 Photo

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シドモア桜

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4月12日、 春の暖かい日差しの中で 菜の花畑を散歩、こんなとこにこんな立て札がありました。

「シドモア桜」ワシントンDCポトマック河畔の桜並木から里帰りして 挿し木で育てたソメイヨシノです。 

ずっと前に 伊勢崎町で「青江美奈・伊勢崎町ブルース」の歌碑を見つけたときも暫し立ち止まり鑑賞したことがあった。

横浜は都市部も田園地帯にも よく見て歩くと モニュメントの多いところです。  最初の理髪店、ビール工場、パン屋、アイスクリーム、チョコレート・・外国文化の玄関口、都市としては江戸市(東京)より歴史の古い史跡・記念物の数を 横浜市民の誇りにしたかったのでしょう。  

三月下旬 桜が満開、これがすぐに散ってしまったとは残念。

今咲いているのは 山茶花、コブシ、もくれん、・・・

四月になると ハナミズキ、牡丹、藤棚、タンポポ、 日当たりの良い土手には今頃になって土筆を発見、この頃は順番狂ってんじゃないの? クローバーもそろそろ花をつけ始めました、(桃色クローバー?)ハコベも・・・、

草花の順序で季節の巡りを感じる・・・・? 草木が萌え プロ野球開幕、桜花賞、皐月賞、・・・・わくわくとテンション高くするようなことも、自然の山道ではコジュケイが鳴き セキレイが飛び、ツグミが歩き回る、 いのちが一斉に動き出すようで・・春はいいですね。

  コロンブスのアメリカ大陸発見、

いよー国が見えたぞ(1492年)

1192年鎌倉幕府 いい国作ろうかまくらばくふ・・・

794年、鳴くよウグイス平安京・・・等、

ガキの頃は歴史の年表を語呂合わせで 憶えたりしてたでしょ。

北米大陸発見したのは・・・コロンブス、違う、船の見張り役の人、

江戸城築城は ・・太田道灌(おおたどうかん)、これも違う、正解は大工さんだもんねー・・・・こういう覚え方をしているガキもいた。  コロンブスは大西洋を西へ進んだ、カリブ海の島を 西インド諸島と名づけた。 インドだと思っていたのです。 それからアメリカ大陸原住民はインディアン・・インド人じゃねえし・・・目的は更に遠方の憧れの国、日本だったそうです。  

大陸コースを東へ向かったマルコポーロも 陽の登る夢の国、日本(ジパング)を目指していたそうです。 極東日本は世界の果て・・・?東洋のインディアンじゃねえし!!

日本も 江戸時代はスペイン系を南蛮人(南の野蛮人)として嫌っていた。

シドモア桜を読んでいると アメリカ初代大統領ワシントンの頃から 桜は米国にも咲いていた、(コロンブスはイタリアですけど)日本の春を代表する桜はアメリカ人も好きだった。 桜は日米友好の象徴なのです。 アメリカ人は昔から桜が好きだった、花見の習慣は・・どうだか知らんが、日本でアメリカに憧れた人は 勝海舟、阪本竜馬・・等、幕末になってから、欧米人のほうが 日本人より先に 日本を夢の国と憧れたのは15世紀頃からだった。 ワシントンもシドモアさんも 桜をスキだった。 ならば 太平洋の あの戦争はなんだったの?

好きだから「気になる」 気になるから ちょっかい出したくなる、

しまいに大喧嘩になったりする。 喧嘩するほど仲が良い・・??

英米も最初は独立戦争で大喧嘩してたんだよ。 

バカって云うと バカって云う、 ごめんねって云うと ごめんねって云う・・・

寒いねというと 寒いねと答えるあたたかさ・・・屁をひって 笑うあなたの温かさ・・・(金子みすずさん他、後半はオリジナル )

♪ひと目見た子に たちまち惚れて よせばいいのにすぐ手を出して 騙したつもりが ちょっとだまされて・・オレがそんなにモテる訳ないよ・・わかっちゃいるけどやめられね・・・・(昭和の名曲スーダラ節) 

戦後の昭和こんな曲がヒットして アメリカを先にぶん殴ったのを笑ってごまかしながら「反省」していた。 

アングル変えれば 歴史の勉強も面白くなったりします。 

突然歴史のお勉強になりましたが オレのは教科書ではないから。  

足腰痛いとぼやきながら 無駄にお散歩してないから、オレもたまには地理や歴史を勉強しながら まだまだ大地の温もり いのちのありがたさ身に沁みながら 歩いています

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義士祭 & MERRY CHRISTMAS

大石良雄(内蔵助)さんは とても寒がりだったそうです。(トートツな出だしですが、若い頃読んだ忠臣蔵関連の歴史小説で知ったことであるが)

吉良邸討ち入りの夜、元禄14年12月14日(1703)は江戸市内は雪が積っていた。  47士の大将大石さんは 寒くてしょうがないからと 着物を5枚も重ね着して 懐には懐炉 鎧の上に陣羽織を着て、襟巻きに手袋、表門で陣太鼓持つ手が震えてたかもしれない。

吉良邸の守りは家来の他に臨時雇いの浪人者まで総勢約130名、三倍の勢力である。 47名の赤穂浪士が これをみんなやっつけてしまったからスゴイ。  よく考えてみりゃ 師走の忙しい時期に、雪が降る寒い夜中に 他人の屋敷へ突然侵入し 門をぶっ壊し 家の中の人間をみんなぶっ殺しにきたとは・・。 吉良サイドから言わせたら いい迷惑なんてものではない、とんでもない話。歴史的大量殺人事件であります。

襲撃が終わってからは 本所松阪町から高輪泉岳寺まで 凱旋パレードのように歩いて行った。 誰もそれを咎めずに人気スター並だったから またすごい。オリンピックメダリストの銀座パレード並である。 

47名が130名に勝った元禄赤穂事件忠臣蔵の話は 後の日本人に感動を与え、 赤穂浪士47名は 日本史の英雄と賞賛され、昭和・平成の現代でも 泉岳寺の墓所には毎日線香が絶えない人気者である。 

毎年12月14日になると泉岳寺では義士祭が開催されます。 毎年赤穂義士の格好をした47人が銀座通りから15号線を泉岳寺まで行列する。(大石良雄さんについては ブログの古い記事で長々と語っているから お閑な読者様はついでに読んでくださいね。) ◆オラの現役時代、12月のこのクソ忙しい時期に 事務所の窓からこの行列を観て 今年もあとわずか、もうすぐお正月休みが楽しみだな・・と、なんだかホッとする時間だったのです。 

もしも今の若者に 歴史上の人物で上司にしたい人をアンケートすれば大石良雄さんは ベストテン入り確実である。 国政選挙に出ても全国区ならトップ当選するかもしれない。  でも大石さんの部下は疲れるだろな。相当辛抱強くなれそうだけどな。  

  余計なことまで言うから長くなってすみませんけどね、更に余計なことであるが この時代に128歳の老人が生存していた。 渡辺幸庵さん、本能寺で織田信長が討たれた年に生まれ元禄時代まで元気に生きていた、 若い頃は関が原、大阪冬・夏の陣も徳川家康の旗本として活躍し 家康に可愛がられた。 128歳のスーパー長寿お爺ちゃんが「宮本武蔵」の実物を二度見たことがある「渡辺幸庵対話」という書物が現在まで残されているそうです。 ついでに赤穂浪士討ち入り事件のレポートもしてもらいたかったね。 堀部安兵衛がどれくらい強かったか、見学してもらいたかったね。  戦国時代から徳川中期まで生き抜いた時代の生き証人に歴史の真相を聞いてみたい。 「渡辺幸庵」の話は そのうち ネタがなくなったら更新に使う予定です。

早いものですね、もうクリスマスですね、 

  近況  メリークリスマス!  この言葉大好き、ほんわかとして 笑顔になる言葉です。  かなり前、子供の結婚式(長男の時)は12月25日有馬記念の日だった。 教会で聖歌隊の合唱に付き合って唄わされた。 最後の「アーメン」というところが「ラーメン?」になっちゃいそうだけどね。 クリスマスと有馬記念、競馬に負けた悔しさも 家族の増えた嬉しさと 何時まで経っても思い出に残る幸せな時期である。

忙しい人は休日が幸せ、一週間が長く感じられるから、

◆今年10回目の更新になりました。 絶好調の頃は毎週一回、今年は更新がスローペースな一年間になった。 ボケーっとしてたのでもない、病気で寝込んだ日もあったが やる気はあってもネタがない、貼れるような気に入った画像もない、あるのは滑らかに回転する口とヒマな時間だけ。 この頃は忙しくなくても一週間が短い。 オレだって色々あって忙しいのだ。 昼間は病院通いに買い物、お散歩、家ではお料理したり、PCと遊び、たまには酒も呑み 寝るのは早いが寝つきは悪い、夜中に雨の音で目を覚ます、ハナかんだりオシッコへ行ったり、クスリ飲んだり、PC開いてメールのチェックしたり・・・・。 三時には新聞配達より先に目が覚める。  一日が充実しててもしなくても、 時の流れは着実である、口だけしか進歩向上しない自分には一年経つのが早い・・?  

◆読者様には 今年も長い文章を 勉強にもならない長編を 辛抱強く よく読んで頂きました。 誠に有り難く厚く御礼申し上げます。  感謝・感謝の気持ちがいっぱいに溢れています。 この感謝の気持ちをどうやって伝えよう、お礼の言葉がみつかりません、感謝の品も見つかりません、 だから何も御礼しません、言葉だけの御礼になります。 ありがとうございました。

来年も元気に更新するから・・・また遊びに来てね。

Merry Christmas.  Happy NEW YEAR.

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追伸① ちびっ子たちへ 12月25日クリスマスはキリストが生れた日です。 だからケーキ食べてお誕生会するのです。 クリスマスケーキはお誕生ケーキなのです。 サンタクロースはお誕生日プレゼントを配るおじさんだったけど2000年以上前からやってるから 自分が何歳か忘れちゃったんだって。 世界中の子供たちからお手紙来るので プレゼントが持ちきれないからトナカイに手伝ってもらったんだよ。 サンタさんに連絡とれるのは父ちゃん(DAD)だけだから父ちゃんがケーキだけ先に届けにくる場合もあるんだって、 だから みんなで仲良く分けて食べましょうね。   

②12月14日、高輪泉岳寺の義士祭、47士の行列写真を友人から送ってもらいました。

現役後輩が本社ビル三階事務所の窓から撮ってくれた懐かしい景色です。 今年は先頭の大石さんのスピードが速く 行列がバラバラになってしまったそうです。  最後尾はどこかでリタイヤしてたかも・・・?

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菜の花畑

閑人独語 2012・4月

◆4月9日朝、菜の花畑のど真ん中を歩いていた。

見渡す限り一面の菜の花畑、空の青と絵に描いたような黄色の世界、

この景色は どこかで見たことがある、何度もある、 夢にまで出てきたこともある。  八年前の春だった、横浜のこの街へ引っ越してきて なんかいいとこないものかと 寂しさに戸惑いながら歩きまくっていた春、 偶然に辿り着いた素晴らしい世界だった。 ポピー・タンポポ・桜草etc.・・群生する花の景色が好き。

忘れるはずがない、大好きな光景だから。

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似たような光景は 青春の真っ只中に何度もみたことがある、オラこのへんでは ここが一番好きだ、花がなければ 畑と肥溜めくらいしか なにもない殺風景なドいなかである。 

穏やかな春の日差しに包まれて 優しい心になれる温かい場所だから、少年の頃、菜の花畑を眺めながら肩を並べてお弁当たべたアノコを忘れてないだけだ。 「忘れないこと」に理由なんかない、菜の花畑も桜吹雪もアノコも、心に残るキレイなものは 淡く切ない 決して忘れっこない大切な青春の思い出、五十年も昔のこういうことは忘れるのが普通らしいけれど それはバカの言い分だ。 忘れたいことが多すぎて 忘れられないのもバカだが。 

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アイツ天然だから とっくに忘れてるだろう、それでもいい 時間が戻って あのときのアノコに逢えるなら オレもバカになってもいい。    ネタがないからって なにを言ってんだオレは? 過去とは「過ぎ去る」から過去なのだ、失うために過去がある。未来はまだ見たこともない、 過去に覗いた「未来」を語ったとしても それも過去の記憶になる・・? 過去も今も 味わい深い人生ならば ダジャレも上手になれるでしょ。なにごとも上達・向上を追及する人生でありたい。 失って困るものは 皆過去のことになった。  愛しき人たち、優しい故郷、夢も絶望も、なんにもないなら 未来に向けて失うものはない、怖いものもない、笑顔で楽に逝ければ 人生明日まででもいいんだよ、?なんじゃ?結局オレは死にたいのか?  意味解らないってか? そらそうだ、書いてる本人が解ってないんだから。 

冗談です、横浜にも素敵な景色の菜の花畑がある、ここらも捨てたもんじゃないよっ・・てことを伝えたいのです。 冗談とシモネタやってるうちは絶好調ですから。

 

◆今年は更新間隔が長くなりました。 愛機PCエリカちゃん 疲れ気味のため 暫く夏季休暇の予定ですが 筆者は元気(口だけ達者)で ちゃーんと生きてますから、また入院でもしたかと優しい読者様にご心配かけてすみませんが エリカちゃんも持病(夏場になると長引く微熱・生理痛?)どちらも問題ありませんが お見舞いは受け付けておりますので 今後もご遠慮なく心配してくださいね。 

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菜の花畑の真ん中でくしゃみが出てとまらない、 花粉症と縁がない人でも花粉に包まれた環境に居ると花粉にLOVE注入されてしまうのだろうか。この頃は家に戻ってくると古傷の痔が痛む、同棲期間の長い「痔」に嫉妬されるのだろうか。 花粉でも痔でも・・愛し愛されるうちが花なのよ。    

「ぢじょでん」のリクエストがあってから二年経ってしまった。 「痔」の勉強してたのではないよ、今更研究する必要もない、毎晩薬塗るのは日課である。

人気作家の真似をして お散歩しながら「痔の闘病記本編」の構想を練っているところであります。 (期待しなくてもいいけどね、ウンコの話ですから。)    

◆4月10日、今年のウコンを植えました。 今年は そろそろ大きく育つと期待して・・、  

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昼間の気温も急上昇、横浜の桜も一気に満開となりました。 大病から丸四年、 あれからずっと春になると桜にこだわっていた、 五年目の春がきて ついに満開の桜にカメラを向ける日が来た。  この頃ネタがない、写真だけ貼ってごまかそうとしたが、いくら無責任でも文章入れないとは無愛想、 愛する読者諸氏に失礼であるからと 入力はしてみたが 結局何が云いたいんだか 解らなくなってきた。   

春がきて、僕のバカも またやってきたかも・・・?

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それでも生きてゆく(3)

         週末にひ孫とご対面しました

じっと見つめあう、  なんだこいつ? と、 訝しげな顔で見ている、こっちに云わせりゃ サルみたいな顔かと予想していたが 

オレの遺伝子を継承して なかなかのイケケメンだ・・ 爺バカかな・・?

初めて見るヘンナもの?・・ ちょっとビビって「このおじさん・ヘンなんです・・と言いたげに不安そう、彼にとっては「未知との遭遇」である。  「なんだおまえは・てか? ソーデス・私がヘンナおじさんです・はじめまして・・」目と目で 初対面のご挨拶を交わした。 

赤ちゃんは なに考えてるんだろ ?

なにも考えてないだろ、 考えてないから赤ちゃんなのだ

髪の毛が薄い・・? 抜け毛を気にするには まだ早い

まだ産毛だ、これからふさふさ生えてくる

顔全体が赤く染まっている、 血圧高くないよ 赤いから「赤ちゃん」て云うんだよ。

時々 ニター・・・っと口元が笑っている、

泣きべそになったりする、

コワイ夢でも見たのかな? そんなわけないだろ

まだ何も経験してないから 

眠いのと おなか空いたのと どっちが不満か判らないが

結局おっぱい吸いながら クークー寝ている

赤ちゃん抱っこするのは 何年ぶりだろう ?

予想より重たい、温かい、甘いミルクの匂いがする

あくびしたり しゃっくりもする、 げっぷしたり ゲボッ・・と吐いたりする

ぶりぶりと 豪快に音たてて おならする、 ウンチもする、

男の子だ、立派なちんちんもついている

214日バレンタインデーに生まれた孫の子供、

ひ孫だ~、私は曽祖父(ひい爺ちゃん)になってしまった。

四代目にご対面できるとは  不思議な感じだ 嘘みたい?

ここまで生きてる自分が 冗談みたい?  

冗談じゃないな、生きているから 新しい命を抱っこできた。

彼は今から始まる人生に なんの予定もなく 唯一心に目の前のおっぱいを飲んでいる。

強くなれとか 健やかに育ってほしいとか 云わない。

彼は天使だ、恋の未練も未来への夢も なにもなくていい、

なにもないから 赤ちゃんなのだ。 「無」だから 天使なのだ。

そんなことやってる最中 今度は息子から 女の子誕生の電話がきた。

我が家のルーキーが 二人同時にやってきた、これは忙しいことになった。

五人目の孫、この子の叔母さんになる子だ。

甥のほうが先にうまれたとは ややこしいけどな。

去年の春も色々あった。  女房がおなか痛くて吐いたりするから いい年して おめでただったら? 孫より六十歳も年下の子供できたら オラどう説明するのかと焦ったよ。

秋になると 私まで 突然の吐き気が辛くて病院へ駆け込んだ。 オレが 妊娠体験までしたら 説明がもっと難しくなるよ。 

宗家(私)の波乱万丈は 平成も続く我が家の伝統である。

早い話が人口が増えた、我が家の少子化問題は 一日で簡単に解決した。

今年の春は 花粉と共に天使を二人も 運んできてくれた。

パパになった孫がミルク飲ませる姿を見てから 抱っこしてみた、大きさの割りには重いぞ! これがいのちの重さ、未来の重要さ・なのだろうか? なんだか判らないが 涙が出てきた、

ぢっちゃん泣いてるの? ミルク飲みたいの? と、孫たちは笑うが 涙が止まらなくて困ったよ。

生まれて まだ一ヶ月のこの子より ひい爺ちゃんのほうが 泣き虫だ、幸せなことなのに。 ウンチ包んだ紙おむつで 涙拭かないでよかった。  最近の紙オムツは ティッシュのようにやわらかいから。

嬉しいから皆に早く知らせたい、俄然更新する気になった。

もうすぐ四月、寒い寒い、特別に寒くて長い冬が やっと終わった。  晴れた日は 歩かずにいられない、いつものお散歩コースを葉っぱ踏み踏み 今日も歩く、 近所のお婆ちゃんが「あんた・丈夫だねぇ、若いねぇ・・」と声かけてくる。 毎日歩く姿が元気そうに見えるのだろうか、若く見られるのが嬉しいが 若いのは精神年齢だけですから、肉体はボロボロの骨董品ですから、 丈夫じゃないよ、丈夫じゃないから若いと云われたくて見栄張って、歩けるのが嬉しいだけだよ。

この五年間、なにを目的に歩いてばっかりいたのだろう、心の支えがあったとすれば 玉のような天使・赤ちゃんを抱くことだったのかも・・? 目的もなにもなくてよかったのだ、判ったふりして 何もわかっていないから 今日も歩いたり 能書きたれてブログ更新していられるのかも、

生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら

なにもいいことが なかったこの街で・・♪

悟ったようなこと云っても 何も悟ってないけどな。 

翌日は 窓辺に差し込む日差しがまぶしい朝だった。

目が覚めると五時を過ぎていた、 こんな時間まで眠ったのは 何年ぶりだろう。 我が人生、特に春には いいことなにもなかった。 それでも 生きてゆんくだね。 

毎度病気のはなしになると 長々と愚痴っぽくて恐縮でありますが

怪我したり 喘息に痔の痛み、最近は腰痛・生理痛まで、花粉が飛散する時期に悲惨な持病との闘いが始まる、去年は大地震まで体験したから、春は嫌い・・ そういうジンクスを持ってはいけない、いいことだって たまにはある。 それだけ信じて生きてゆこう。

寒い日はネタがない、寝たことと シモネタくらいしかネタにならない、不健全ではいけない。  春うらら、穏やかな晴天には趣味の園芸でもネタになる。 野球も始まったし、来週は桜も・・ やっぱり春はいいですね。

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ふきのとう  早春の味 てんぷらと味噌漬け作って食べた、オイチイですよ

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悠々自適 立春の頃

東急田園都市線二子玉川から下り中央林間行き各駅停車に乗って 青葉台の次 長津田の手前に「田奈」という駅があります。  

この辺は恩田町と奈良町、二つの町名が合体して「田奈・たな」になったそうである。  (余談・東急のメイン路線東京渋谷から横浜までを東横線という、昭和時代大田区蒲田から出る二本の路線、目黒行が「目蒲線」五反田へ行くのが「五蒲線」といわないのは ゴロが合わないから、途中に有名なお寺「池上本門寺」があるので「池上線」となっています。 青森と函館を結ぶから青函トンネル、山口県下関市と福岡県門司市の間が関門海峡、・・・日本の地名、駅名などは単純な理由で命名されています。) 田奈に関しては最近まで知らなかったよ、「田舎・いなか」の字を間違えて 舎が奈になったのかと思っていた。 それほどのいなからしい畑のど真ん中にできた駅であった。 田奈を漢字にすると「田舎」と読まれては困るから 駅の表示は「たな」と、ひらかなだった。

家までは田奈の駅前からバスで三十分、バスの乗継悪いと電車と合わせて一時間半もかかる、 定年後に二年余 オラこんな田舎から東京港区まで通勤していたのである。

これは自慢話ではありません、苦労話です。

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◆横浜市青葉区 桐蔭学園のそばに鉄町というのがある。 「くろがね」少年野球をやっていた頃 この地区のチームに何度も負けた、強いチームだった。 

  ついでにもうひとつ、過去を捨てきれないノスタル爺の昔話

横浜市青葉区、この地域を流れる恩田川で遊ぶ同級生がいた、

西森君、一番前の席だった。 

高校一年の春、英会話の授業、先生に突然指名されて 

「昨日はどこで過ごしましたか? 文法的に正しく答えなさい・・Mr.ウエストウッド」出席とるとき漢字の名簿見ながら英訳して呼ぶ、例えば山田さん=MR.マウンテンポンド、小島さん=MR.スモールアイランド、

西森君は即座に答える、アイスペンドイェスタディ オンザリバー(I spended yesterday on the river

オンザリバー on the river ??? 

どこの川なの? ・・・オンザリバーです。 

何度聞いてもオンザリバーと頑固であった。 

鶴見川の支流恩田川、横浜の人ならば誰でも知っているから 

なぁんだ、恩田川だからオンザリバーか・・と笑って済む話だったが ドイツベルリン出身の女教師ローゼ先生としては理解に苦しむ、

美しい名前からは想像し難い激情型、 怒り出すとだんだんエキサイトしてドイツ語でまくしたてる、教科書を破ったり 欧米人特有の暴力的ヒステリー女に豹変する。 俺らには何を怒鳴っているかわからない。 

それでも高校生か、もう一度中学校から勉強やり直して来い、・・多分そういう類のことを云っていたらしい。  ヒトラーの演説みたいで生徒には怖いと評判悪かった。 

ちなみにそのとき おいらがクラス委員(級長)だったのが不運。

カムヒヤ・ウィズミー・・・

あなたがクラスリーダーなら 彼の答えを英語で私に正しく説明しなさいと別室へ呼び出され、 恩田川は川の名前です・・・理解してもらうのに随分苦労したよ。 彼は鼻が詰まっていたからオンザリバーの発音になったのだ、教室へ戻ってから なんだあのババアは・・・避難轟々である。  みんなに随分慰められ 俺のために酷い目に遭わせてすまなかったと気をつかう西森はいいやつだ、彼は間違っていない、onda riverで正解だと思うよ、オレは大丈夫、無傷で戻ってきたのだ。  

その後 西森は次期クラス委員となり 卒業するまでオンザリバーと呼ばれる人気者になった。有名人になったのである。  オラも西森も勉強ができたからではない、オラの場合はたまたまくじ引きで クラス委員に当たってしまった。 

起立・礼・着席、(standup bow sitdown ????    スタンダップ・ボウ・シッダウン・・?)

英会話の時間には 「起立・礼・着席」を英語でやりなさいと命じられ 下手な発音になるとまた怒られそうだから ほとぼり冷めるまでは日本語でやっていたが 幸いにして気づかれなかった。 

恩師に無礼なことを云ってはいけない、ローゼ先生 平成の今日も どこかで御存命ならば百歳は遥かに超えている。  ゲルマンの怪物、ヒトラーの元愛人とか 皆で悪口云っていたが 野球で怪我をして二ヶ月学校を休んだときには 見舞いの手紙と手作りソーセージを送ってくれたり 年末に手書きのクリスマスカードをもらったときは 優しいとこもあるなと ちょっとホロリとしたこともあった。  

付属高から大学まで 西森とは同じクラス、彼とは社会人になっても まだ付き合いが続く 腐れ縁?の親友である、二人とも成績よりも野球で推薦進学したようなものであったが どういうわけか専攻もクラスも一緒だった。  昭和の経済成長期、あの頃は理工科系がもてはやされる時代であった。 社会が理工科系人材を求めていた。 優秀な子は工学部へ進む、そうでない子は文系普通科へ進むのが平均的傾向であった。

オレも西森も法学部法律学科、教養課程の第二外国語はドイツ語を選択したが 後にローゼ先生がドイツ語の講師であることを知り ついに授業に出たことないまま よくぞ留年なしに卒業したものであると 二人で喜び合ったものである。 若くやさしい美人教授ならば毎日でも出席して 長くお付き合いしたいのである。 

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定年間近になると 誰でも「悠々自適」の言葉に憧れるようである。  これからは趣味に生きよう、新しいことを始めようとか・・・夫々に夢を持つのだが 現実はなかなかそうもいかない、例えばゴルフの好きな人が 毎日ゴルフへ行くかというと そういう人はいない。  オレだってこの十年くらい 釣りに行ったのは三回くらいである。 

おいらの場合は 悠々自適どころか想定外の波乱万丈、病気と闘いの日々、古希が近づき、腰痛肩凝り神経痛・・? 体中をコキコキ鳴らして よくぞここまで生きていると自画自賛。

お金持ちならば たまに温泉旅行とか世界一周豪華客船の旅・・、

南の島に別荘建てて 安楽椅子でワインをちびちびやりながら パイプの煙くゆらせる、欧米風マニュアル通りの老後を夢に見る等、人生色々、夢も様々だ。 

定年前から長期展望、妻に内緒でへそくり貯めて 競馬場通いしたり、彼女作るのもいいな・・と、夢と希望と持病を抱えて 輝かしい第二の人生に憧れる。 青く無限の大空へ翼広げて自由に飛び出せる?大鳥の心境、眠いときはいつでも寝られる、食いたいものは腹いっぱい食べる、平日に広い釣堀でひとりで釣りができる。  会社をクビになれば嬉しいことが沢山待っている、退職の送別会が我が人生で一番幸せな夜であった。

◆2月3日節分、4日立春、10日おいらの誕生日、11日建国記念日、14日バレンタインデー(女性読者各位様へ・催促するようですみませんが 私のほうはいつでも喜んでお受けいたしております、後からでも気にしませんので お気軽によろしくお願いします)。 

季節が少しずつ動き出している。  この度は一ヶ月ぶりの更新です。 穏やかに晴れた日は 身も心も爽やかになります。寒い冬の雨の日はPCに集中できないほど持病が痛む、最近は古傷痔まで痛むから、 これが悠々痔適だ。 「健全な精神は健全な肉体に宿る・・苦悩なき精神は丈夫な肉体を育む、要するにバカは風邪ひかない、肉体が健全だと精神も健全である、心と身体は相思相愛・一心同体、これが相対性理論である?・・信用しないように、夜明け前の寝言ですから」僕は馬鹿になったけれど 晴れの日は身も心も絶好調、???お天気やさんはいけない、アップダウンを顔や態度に出してはいけませんよ、毎日ハイテンションでは唯のバカ、全天候型で平均的ににこやかな人がいいのです。 AKB48フライングゲットの練習してカラオケレパートリーに使いたい、Na~NaNa~NaNaNaNaNaNa,♪・・・のとこまでは着いていけるようになったが フラインゲット・・のあとが 

何故かミゲル君のsyo-syu-riki~~♪「消臭力~~・???・・」になってしまう、オレ音痴じゃないはずだけどな、

AKBの歌 練習できるのも 悠々自適orバカだから? ま・いいか、踊り見てるだけでも ニコニコご機嫌になるからね。 やっぱり僕は馬鹿かしら・・? 

2月は現役引退定年退職、あれから九年、このごろの楽しみはパソコンで囲碁の勝負、ブログ更新しながら愚痴こぼしたり・・・これ言い始めると愚痴になるけれど。  結局閑人は辛いのである。 いい年して 何時までも欲求不満人生なのである。 貧乏ヒマなし・・という言葉があるけれど 暇のない貧乏は幸せである、ヒマのある貧乏はストレスになる。 ヒマとは寂しい事なのである。  

こんなこといえるのも健康だからだけどね、もしも病気で寝込んでたりだったら・・・ヒマどころか 最悪である。 バカになってもいい、日々足腰鍛えるつもりでウロチョロしているほうがいい、

これから定年を迎える団塊世代の読者諸兄に

第二の人生に 期待しすぎてはいけません、定年を迎えるのは ご隠居さんになるということです。  隠居とは 隠れて暮らす、にこやかに穏やかに生きることです。 会社へ行っても もう机はない、家の中にだってトイレくらいしか居場所がなくて当たり前、なんの役にもたってないのだから・・・。

日常の小さなことに喜びを見つけるのが「安らぎ」です。 先輩面して解ったようなことを語って恐縮であるが、 

オレなにも悟ってないけどね。  

悠々自適の安らぎを求めるならば 会社への未練や過去を捨てる勇気を持て、 その前に健康であることが第一条件、生活習慣に気配りするのは 自分のため、元気があればなんでもできる・・・ということを提言したいのであります。

結局悠々自適って、どういうことなの? 「時間」のことです。

現役時代には「時間のゆとり」が欲しかった、休暇が金で買えるなら金を出してでも休みを手に入れたかった。  真の悠々自適とは 経済的なゆとりと自分のために使える自由な時間、この二つである。

経済的な悠々自適を目標にするから 男は何十年もボロボロになるまで働き続けるのだ。  

毎度長々と自分の過去までネタにして偉そうに能書きたれられるから ブログは有り難い。 時間が有り余っているのも「悠々」のうちである。  バカ云ってられるのも時間のゆとりのおかげである。 これも「悠々自適」のうちだ、小遣いが少ない不満もあるが お散歩しながら ま・いいか・・と、こんなもんで満足している今日この頃・・であります。

空は青いか 海は広いか 夢はあるか 友はいるか 誰かに恋しているか ポケットの金で満足か・・・そうか じゃあ さっさと死ね」

ビートたけし先生の詩集「僕は馬鹿になった」の中から素敵な言葉を見つけました。 

このごろは晴天で 日差しが眩しい、正月にカワセミ見つけてから 毎日の散歩が 楽しくてしょうがない、リタイヤから九年、大病から丸四年、今日も歩いている自分が嬉しくてしょうがない、空の青さを否定するような奴がいたら おいらも同じことを云う。

節分には今年も海苔巻き作った、季節と関係ないが2月10は誕生日、 何回目か忘れた、自慢げに云うことでもない、言いたくもない、もうばれているけれど。  もくれんのつぼみが膨らんできました、植え込みの根元では 野良猫がサカリつきやがって ギャーギャーとウルサイけれど、もうすぐ春ですね。

 

今年は満開の桜が見られそうですね。

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信州のトマト

◆久々の更新です。  夏休み宣言してしばらくお休みの予定でしたが 昨日の雨から急に涼しくなってPCエリカ号も元気回復、更新できるようになりました、PCは暑さに弱い、オラ暑さにも寒さにも 淋しさにも弱い、一心同体? PCの具合悪いと切ない、 風邪もひくし痔も疼く・・? 自分まで具合悪くなる・・? PC依存症ではありません、相思相愛、恋をしている?  紳士の条件、いつもどこでも誰かに恋していたい。  愛機が復活すれば人間も元気になる、バカだけど風邪ひかないように気をつけましょう。

ぼんぼんとても今日明日かぎり  あさってはお嫁のしなれ草(萎れ草)

しなれた草をやぐらにつんで  したからみれば牡丹の花

ぼたんの花は咲いても散るが  なさけのお花は今ばかり

なさけのお花 ほいほい  

八月、お盆になると 信州松本市では 女の子の行列が浴衣姿にぽっくり履いて 提灯を持って市街を歩くのです。  松本市出身の女の子には懐かしいお祭りの歌である。

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フラワーさんから 松本のトマトを送って頂きました。 拡大してみてね、色も形も美味しそうでしょ。   

Tomato2 獲れたてのでっかいトマトです。  我が家のルーツ、信州松本の香りがする、新鮮ではちきれそうな メッチャ美味しいトマトです。 カジリつくと水しぶきが飛び散りそう。

子供の頃は 毎年夏休みになると 松本の祖父の家で一ヶ月ほど滞在した。

孫が七人、従兄弟が全員集合する期間だった。  二階の窓からお城の堀と天守閣が目前に見える、古いが大きな家だった。  台所には アルプスの天然水、冷たい水が湧き出る水場があった。  家の中に細い水路があって 一日中水の音が聞こえる家だった。

この湧き水は天然の冷蔵庫である。スイカ・キュウリ・茄子・トマト・・野菜も果物も この水で冷やして食べる、手を突っ込んでいられないほど 冷たい水である。

子供たちは二階の大きな部屋で七人並んで寝る。 まるで修学旅行並に暴れまくる。

お爺ちゃんの得意なお化けの話(怪談)を聞かされるから この二階の薄暗い部屋は 子供には怖い場所であった。   部屋のインテリアがコワイ、ヴェートーベンのデスマスクが壁に飾ってある、布袋様の置物とか、幽霊を描いた掛け軸とか、子供の目には不気味であった。   本物の日本刀、山岡鉄舟の木刀、伊藤博文の書等・・貴重な骨董品、祖父は囲碁をやらないのに五寸の本格碁盤もあった。  二階より便所が もっと怖い、中庭の横の廊下の奥にある便所へ行くのが 怖い・・?   玄関を開けると広い土間があって 天井にツバメの巣がある。 土間から応接間兼用の書斎・事務室、本棚には法律関係の書類が並んでいる。   祖父は松本市で弁護士事務所を開業していた。   オラが法学部法律学科を選択したのは 家系的環境からだったのかどうか? 後を継ぐほどの勉強家ではない・・幸い弁護のお世話になったことは まだないのである。

弁護士は悪いヤツの味方、この種の職業を志すならば 検事のほうが正義の味方だろう・・という考え方であったが 実際のところは女の尻を追いかけるのに情熱を傾け 司法試験どころか卒業できるか否かの心配をする学生時代だった。  

お爺ちゃんは周囲から先生と呼ばれて 板垣退助みたいな髭で 見るからに厳格で えらそうにしている頑固爺であった。  酒は飲まないが かなりの食道楽、旨いものを食い歩くのが趣味である。  東京では肉が珍しい時代、オラが小学生にして馬刺や牡丹鍋を食していたのは お爺ちゃんに同行したからである。   酒を口にしないのは 祖父の親父(曽祖父)が大酒飲みで肝硬変で死んだのを観て来たから・と、本人曰くであるが、 親父の行状を「反面教師」にしていたらしい。

そういえばオレも親父を見習うということはなかった。  親父のような酒飲みにならないようにしようと思いながら、酒飲みの道を歩き続けている。   自分も 周囲の友人たちにも乗り越えられぬ偉大な父がいる・・という話は あまり聞いたことがない、  

お爺ちゃんの酒とは関係ないが オラの現役時代の先輩には「反面教師」が多かった。尊敬に値する優しい先輩が少ないのは淋しいことである(これを言い出すと愚痴っぽくなってしまうけれど) 良い先輩というのは 後輩の「良いところ」を見つける達人である。

ダメな先輩は後輩の失敗や欠点・弱点を指摘するのが得意。  能力が低い者は人の優れた部分を評価できないのである。  

照明の乏しい時代だった、松本の家は自分的にはあまり快適な住処という記憶が無い。

湧き水で冷やしたトマトをまるかじり、表通りに速い流れの水路がある、 木片に名前を書いて水に浮かべ競争させて遊ぶ、お城の裏にあるプールへ毎日遊びに行き 身体が冷えてガタガタ震えがくるまで泳ぐ。  最年長のオラがガキ大将になって 七人で遊びまわっていた。 お盆になると 青山様だよ ワッショイコラショ・・・?  松本の男の子は青山神社のお神輿を担いで ヘンナ掛け声?・・・なんか・いなかっぺぽくて・・ダサいと 都会の子には馴染めない感覚であった。 そして 女の子は「ぼんぼんとても・・」を歌いながら歩くのである。

上品で小京都的な風情があって いいんじゃないの・・と、  オレは女の子じゃないけれど 女の子の唄がいまだに記憶に残っている、女は偉大である。

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今年は日本中自然災害でハチャメチャである。  爽やかな話題は なでしこジャパンくらいなもの、この大変なときに よくやった、エライ、スゴイ・・感動した、 悲しいのは ちょいブサイクなところ、難波のアンちゃんや吉本のおっさんみたいなのもいる・・・? 爽やかで いい娘たちだ、好感持てるブスだから さむらいジャパンと合コンすればいい。 も少し女の子らしいキレイな子を集めて なでしこの二軍ひなげしジャパンを作りたい、監督はアグネス・チャン・・・?( これは爆笑問題のネタ。)   

七月末に泉岳寺見学をしました。  いつも思うのは 浅野長矩公の墓よりも 長矩公夫人遥泉院の墓のほうが大きく立派なことである。  オレんちだけではない、日本では昔から女性のほうが偉いのであろうか・・・ 。

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女は偉い・・? 何が言いたいのか解らなくなってきた? これだからおいらはシモネタやってるほうが正解だったのである。  毎度脱線で長くなりましたが トマトのはなしであった。  景色・唄・水の流れ、食べ物の匂い・味・・例えば一個のトマトにも、ぶどうの一粒にも、思い出は 色々なものの中に存在するんですね。

湧き水・お盆の祭り・お爺ちゃんのこと・・山に囲まれ、空気も水も美味しい ふるさとの街松本と 子供の頃の思い出をいっぱいに詰め込んだ ぷりぷりのでっかいトマト・・・毎日まるかじりしています。  フラワーさん ありがとう。

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暑中お見舞い

◆ ダイエット作戦 成功?

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駅前に屋台のヤキトリ屋さんがオープンしました。  夏の情緒、ビールのおつまみに最適です。  我が家から三分、安くて旨い、晩御飯の前にサンダル履いて毎日通っているから ヤキトリ焼くオヤジさんとすぐに馴染みになる。  オラこういうことには 非常に積極的である。  ナンコツ・ボンジリ・レバー・鳥皮、こういうのが好き、最近これにはまっている、もしかして・・熱中症??       大震災のあった三月11日から 自己流の減量作戦をやってます。

七月二日、体重測定63kg・・・理想的体重になった、ほんまかいな?  四ヶ月で7キロ減量、 ホンマです、このブログはドキュメンタリ、ホンマのことしか語れない(アホやから)。

医師と相談したのでもない、カロリー制限とか 特別に勉強したのでもない、自己流ですから 真似してもうまくいくとは限らないが 体重を気にする友人のために 参考になれば嬉しいけれど、 オレ流だから どうなっても知らないよ。  

この四ヶ月にやってみたことはいくつかあるので 以下紹介します。

①昼食は 「そば」または「うどん」しか食べなかった、昆布出汁使って自分で作る、「規制」を意識したのはこれだけである。 

 ②基本的に揚げ物、炒め物は食わなかった、何度か語ったがオラ中華よりも日本食派である。  ひき肉を使った料理がキライである、ハンバーグ、餃子、春巻き、肉団子の系統は苦手である(でも・ステーキは食いたい)。  単純にキライなものを食わなかっただけのことである。  

 まいたけ等きのこ類海草類を好んで食べた・ 、

筍・ふき・大根・こんにゃくの煮物が多かった。  酒のつまみは肉よりも魚貝類、      ③ウォーキングは毎日朝五キロ、午後五キロ、一日二度に分けて続けている、お散歩中にチョコレート食べるのやめた。 

プールもたまにいく、今年も北島を意識しているが? 勝負に拘らないことにした、平泳ぎは腰痛が心配、ストレッチと軽く泳ぐ程度で充分である・というよりスタミナ切れである。

 肝臓病で倒れた頃 血液検査の数値は「減量」で改善します・・・と、専門の先生に一日に食べたものすべてをメモして指導されたことがあった。  

そのときに指摘されたこと「あぶらを使った料理は控える」「果物が少ない・もっと食べなさい」「タマゴは良い、牛乳も飲みなさい」「酒は・・酔わない程度に」・・・酒に関しては優等生ではないが自分なりに慎重に呑むことを心掛けた。 オラそのときの先生の指導を参考にして生活習慣改善の基本にしていたのである。 「ちょいと一杯のつもりで呑んで いつの間にやらハシゴ酒・・(中略)・・解っちゃいるけどヤメラレネ♪」・・このパターンはやめていた。

 「高蛋白低カロリー」が理想の食生活である(自己流に解釈)。  要するに美味しいものを控える、食いすぎなければ痩せられる。  好きなものを美味しく食べられるときが健康な状態なのである。  オラの場合は たまたまだったけれど 高蛋白のものは好きだが 脂肪分の多いもの(高カロリー)は敬遠するようになった。 ダイエットしたければ 要は食べなければいいのだ、但し 好きなもの美味しいと思うものまで規制することは無い。  ここまでで大幅に減量したことは何度かあった、中学生の頃はマタずれができるほどの肥満児?だった、成長期は幅(肉)にとられる時期と背にとられる時期があるようです。  成長過程としての体重増減は自然現象だから いいとして、 最近では08年、脳出血で手術後一ヶ月点滴だけで眠り続けたあとに13kg体重が減っていたのが自分なりにショックであった。  死ぬのかなと思ったりした。  あれが「究極の短期間ダイエット」になったので゛ある。  気持ちよく眠りながら減量できるけれど 生死に関わるからマネしてはいけませんよ。  経験者だけの特権だから。 

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 個人情報丸出しで ある一日の食生活・・・

七月七日、朝三時半起床、パソコンのメールチェック、 

五時テレビ見ながら朝ごはん、ごはんはおかわりしない、おかず・・アジのひらき、かつおの刺身(昨夜の残り物)、イカの塩辛、しそ昆布の佃煮、しらす、生タマゴ、納豆、アサリの味噌汁、  朝食後朝の散歩・五キロ、  十時からプールで水中歩行三十分、そのあとソフトクリームバニラをかじりながら帰宅、

昼食はそうめん、そのあと昼寝、 パソコンで囲碁の勝負、この頃たまにコンピューターに負けるから情けない、この野郎・コテンパンにやっつけてやる と思うと負けることがある。

負けて悔しくない人は強くはなれないが 大勝しなくてもいいんだよ、少しだけ勝ばいいんだよ・・・「調和」が実戦心理の謎を解く秘訣かもしれない。 勝負にこだわると腰も痛くなるから 軽い気持ちでやらないとね、減量と同じです。 何事も気合入れすぎると失敗になる。   

夕方、風呂に入ってから 食前酒・梅酒をロックで二杯、肴が物足りないので ヤキトリ屋さんまで ぶらぶらと様子見にいって 仕入れてきたのが上の写真であります。        カロリー高いからと気にすることはない、体重落ちただけ体力も落ちているかもしれない、食いたいものを食ってリバウンドするなら納得である。 

 は生の胡瓜に塩を少々つけて この頃はキュウリがおやつになった。  フルーツも多くなった。 せんべい・ピーナッツ、お菓子を間食するよりは 夏はキュウリがさっぱりしてていいでしょ。   

三年前から お散歩途中で七夕祭りの短冊を見学している、 おもろいのがある。 「一億円当たりますように」スゴイ露骨なお願い事、「やせてスマートなママになりたいです」・・まだあるけど こんなとこで公表しては失礼だからやめとく。  願い事を何でも書いていいのならオラだったら「AKBと合コンしたい」と書くね。  現代人は「減量」の願望が多い、何でも食べられる良き時代なのです。  祖父も祖母も、昔のヒトは皆 やせ細って死んでいった、血統を継承する子孫のおいらは減量成功と喜ぶべきか? これが病気との最終決戦になるか・・? 死にそうです・と、冗談云ってるうちに淋しくなる? 淋しいと本当に死にそうになる、 衰えた? しおれてしまった?・・と、悲観的に解釈するべきか 少しは迷ったけれど、 たまにはおいらも 今回のダイエットは「成功したぞ」、プラス思考にして報告したいのであります。  オレがえらそうに健康を論じても 説得力ないけれど、熱中症で救急車呼ぶようになってはいけない、 メタボを不健康と嘆くのは贅沢だ、ブサイクが悲しいのだ。  

世の中電力不足だけれど  マグロが泳ぎ続けるのは大トロという脂肪分がエネルギー源になるのだ。 今年もまた猛暑の夏、低カロリーの食材を美味しく食べる工夫をすると お料理が楽しくなります。  

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読者さまへ 夏休みのお知らせ

暑中お見舞い申し上げます。   今年もまた無茶苦茶暑い夏になりました、熱中症気をつけて 元気にお過ごしくださいね。  誠に勝手ながらPCエリカ号(愛しのエリカ my love so sweet)この頃夏バテ気味、具合悪いのでしばらく夏休みさせて頂きます。  涼しくなって落ち着いてから更新します、また覗きに来てくださいね。 

この度は このクソ暑い時に 暑苦しい画像で 大変失礼を致しました。

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春は名のみの風の寒さや

  早春のあれこれ

春は名のみの風の寒さや (早春賦)

立春を過ぎると暦の上ではもう春、節分・立春・春分・・

日に日に暖かくなってきて 梅、こぶし、桜、桃・・花も順番に咲き始める・・予定?

毎年のことだけど 早春賦を思い出す頃東京に積雪があったり、北風ビュービューの寒い日が続く、 二月・三月は色々ある。 人間が決めた暦と 自然の巡りには誤差があるのかもしれないね。

  入学試験  

孫の高校入試、合格通知を聞くまで落ち着かない、試験から発表の日までの長いこと、プレッシャー感じるのは本人だけではない、

受験生の子供を持つ親になって 初めて親の有難みが分るのだ。

合格の連絡がきて 良かったねー・・と、 自分的には あちこち痛いのが治ってしまうほどの朗報である。 ほんとに良かった、こんな気分になったのは この三年間で初めてだった。 あのチビが、こどもの国でウサギと遊んでキャッキャとはしゃいでいたあの孫娘が 四月から女子高生とは・・・、孫の成長と時の流れが この頃の自分には 感無量である。

 新聞に公立高校の入試問題と解答が出ていたので 興味本位でやってみた。  先ず妻が めがねかけながら暫し取り組んでいたが・・「だめだわ・これ難しい、ゼンゼンわかんない・・肩凝ってきた・」 オラも新聞開いて、国語に挑戦してみよう、国語が一番大事だろう、問題の意味が分らなかったら始まらないからな、 

ところが 字が小さいから読めない、老眼鏡かけて天眼鏡使っても それでも読みにくい、問題の難易度以前の問題とは・・これも時の流れならば仕方がないけれど。  日曜日はひいとななと・・孫娘たちが来て お祝いのお雛様パーティになって 爺ちゃんが一番喜んでいたよ。 雛あられとケーキ食べて喜ぶのが平成の爺ちゃんである。  痛いことばかりじゃない、こんなことだってあるんだよ、ひいちゃんよくやった、ひーちゃんにヒーローインタビュー?(おやじギャグ)

今度は勉学よりも彼氏に悩む普通の女の子になってくれればいいと 一人で感激して 小さなことでもなんとなく幸せ気分、ちと飲みすぎた。

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◆大学の入試試験で 携帯メール使ってカンニングした学生がいて 話題になっているが 試験会場で よくメールできるよ、そっちの技術が凄いと感心するよ。  カンニングは不正行為であるが オレらの学生の頃は 暗記物の答えを指の間に書いたり、消しゴムに公式を書いたり、色々と創意工夫しているうちに 憶えてしまうこともあった。  カンニングを企てる努力が実を結ぶこともある。

◆大相撲の八百長事件、メールの履歴が証拠品になったりして、今どきは相撲取りが携帯メールする時代になってしまった。  酒乱の歌舞伎役者もいるから・・・これだから日本がくらげになるのだ。 

引退した親方が相撲協会の理事? 「相撲取りチョンマゲ切ったらただのデブ」である、辛辣に言えば 国技を運営する能力があるとは思えないけどな。 相撲の新弟子検査には学力テストすればいいのに、 国技や伝統に胡坐をかかせるからいけない、国もNHKも相撲協会と縁を切れ、株式会社組織にしてプロレス業界へ参入すればいいのに、白鵬対曙、好カードで人気出るかもよ。 

八百長は江戸時代からの日本語です。 八百屋の長兵衛さんが語源、横綱谷風も八百長したという説もあります。 八百長のない勝負事はないでしょ。 相撲は特にやり易い、野球だってプロならホームラン打たせるボールを投げることが出来る。打ってくれとゆるいボールを投げても当たらない打者がいて疲れる投手もいる(おいらの場合)、素人の八百長は難しい、結局勝つことは難しい、負けるのは楽なことなのである。 相撲で負けて楽してお金儲かる、ファンを裏切るのがいけないのです。 不祥事ばかりの相撲協会は解散してしまえ、みんな頭丸坊主にして豪雪地帯の雪降ろしでも手伝いに行け!バカモノドモが・・(怒)

  現役時代の後半 新入社員の面接を何度かしたことがあった。 オラが面接係りのときは 履歴書の内容よりも まず「見た目」で決めたな。 女性なら尚更である、姿かたちが美しければ少々アホでもいい、アホのほうが仕事教えやすい、素直な子が多い、

是非来てください、給料も休暇もご希望通りに、できる限り優遇いたします、よろしくお願いします・・と、こっちが頭下げてたな。 隣で上役がオレの足蹴ってたけどな。  

学力優秀でブサイクな女よりも 容姿端麗の女子社員が事務所にいるだけで 若い男性社員の勤労意欲がどれだけ高揚するか、

働くのは男である、女に期待しないのではないが 美女ならば居るだけでも組織は活性化する。 なんてったって組織のパワーになるのは男の奮起である。  いまどきの入社試験面接官は そこらへんまで視野に入れているのだろうか。  どんな業種でも 所詮は客商売である。 顧客の争奪が売り上げを伸ばす自由競争の世界である、看板娘の存在が組織のバイアグラとなり 利益をもたらすのである。 企業を強くするのは大局観である。(女をバカにしていませんよ、評価していないだけです・・?)

若く美しき新人女性が色っぽい(sexy)過ぎて 男たちが仕事に集中できないリスクもあったけどな。

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後輩のK君、今日は朝一番で○○のユーザーへ行きますから・・・と言いながら、デスクに座ったまま いつもなら五分もあれば出来る見積書作るのに三十分もかかっている。  あれ? どーしたの、オマエ、まだいかないのか? 嬉しそうに なに見てんだよ? 予定変更します、だって・見えるから・折角だから今日は書類の整理、○○は明日にします・・。 
彼の目の前の席では 件の色っぽい彼女が 脚を組んで巨乳の谷間をちらつかせながらパソコンとにらめっこしている。  これはいい眺め、オレにも見せてもらいたい・・?  

彼は宴会部幹事長、オラの後継者である。  ユニークなキャラの持ち主、良き友であり優秀な後輩である、 一日中ニコニコとご機嫌で内勤に励んでいた。 暑い真夏日、クーラーの調子が悪い事務所で 彼女は暑い暑いとぼやきながら だんだん姿勢が砕けてくる、もう一枚脱ぐかもしれない・・?  中年営業マンと団塊窓際族がなにを期待してたかは云わないけどね、互いの腹の内が分るから・・ニンマリである。  偶然に見えるものを見てただけだからね、明るく楽しい職場でありました。 辛いことも沢山あったが 良き思い出もあるからね。 仕事一筋で他の事に目が向かないのは勤勉か否かではない、質(クオリティ)の問題である。 仕事しながらいい女に興味を示せる人物は一流、口説いてモノにできれば名人である。(彼の名誉のために)

彼女は一年後に一身上の都合で辞めてしまった。

残念なことであった、会社も有能な素材を失った。 せめて送別会を盛大にやりたかった。  
悩み事でもあれば何でも聞いてやったのに・・・? ヘンなおじさんたちがニタニタしてキモイ?かったら 誠に申し訳ないことであると・・、いい年こいて 後で気に病む自分もバカだけど。(毎度話がヘンナ方向になってすみませんが)
見た目は素材である、素材は人材である。 優秀な素材は 教えなくても自分で仕事を覚えるものである。  

男性の場合は「酒・タバコは・・? 彼女いますか・・」 この会社を選んだ動機など マニュアル通りに聞いたところで この先進歩するか否かは 本人と指導する者の資質だからね。

履歴書の写真見て これは・・と思ったら こっちが身だしなみ整えて 当日は緊張するほどのカッコイイ女子大生に 来てもらいたかったよ。 今更ぼやいても・・・?  美しいということは 人間社会 どんな分野に於いても貴重で素晴らしいことである。

四十年もお世話になった会社に失礼になってはいけないから 補足しておくが、現在では優秀な人材が揃っている、業界屈指の有望企業に成長しているからOBとしては嬉しいことである。 

今年も正月からこまめに更新している。  外へ出てお散歩カメラ持って 春を見つけに行きたいところであるが 寒くて寒くて出かけられないから更新快調とは情けない、道端にタンポポやスミレが咲いて のどかな日差しに包まれて お散歩できる春が待ち遠しいですね。

まだ色々あるが 長くなるから 今回はこのへんで。

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