カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の63件の記事

ろくなもんじゃねえ横浜③ 紫陽花の雨 

6月16日土曜日、 朝3時に目が覚めて、 テレビでロシアワールドカップ サッカーのライブを観た。  スペインとポルトガルの試合。  オラはサッカーに興味もないし、ルールも知らない素人だけど 凄い試合だったよ。  ロナウドのプレーを直に観たのは初めてだつた。
流石は世界最強同士の戦い、 みんな上手い、シュートが速い・・・ めっちゃ上手い選手が全力でプレーすると オレみたいな素人でも感動するよ。
サッカーを観て いつも理解できないのは 例えば 同点で時間切れ、PK戦になったとき、一時間半も走り続けて PKで決着つけるなら 選手は疲れてしょうがないだろ、実力互角なら最初からPKやったほうが 楽だと思うけどな。  
少年野球も 時間切れ引き分けの場合は ジャンケンで勝敗を決める。
大会ルールだから 文句言えないが、負けた時に 明日からジャンケンの練習もしようぜと子供たちを慰めたこともあったっけ・・・・?
更にサッカーの場合 気の毒なのは審判、選手は交代したりで休むこともあるが 前半後半、更に延長戦になっても 審判だけはフル出場で走りっぱなし、 だから 選手よりずっと疲れるよ。
このことを サッカーを知っている若い世代に云うと バカにされるけど、オラにはやっぱり理解できないから 困ったオヤジだぜ。 
そんなことは置いといて・・・ 5月15日 裏の垣根のアジサイが咲き始めました。  
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アジサイを見ると 何故かカメラを向けてしまう。  最初は薄い黄緑から始まって、白、ピンク、紫、濃い青、花の色が変化するから アジサイは七変化、清少納言なら「いとをかし」なのである。  ウグイスの唄を聴きながら アジサイを眺めるのも これまた いいもんですね。
そうだ 今日は母ちゃんの命日だ、 仏壇に線香をあげて・・と、 また母ちゃんを思い出す。   何時まで経っても 甘えん坊の爺である。
◆近況 僕はバカになったかも
①この頃 老化を感じることがある、 無駄な動きが多くなっている。 
万有引力を日々実感している。   薬を飲むとき錠剤が指先からポロリと落ちる、足元から転がって どこへ行ったかテーブルの下を探す、物が手から落ちやすい! 財布は落とさない、落ちてたら拾うように心がけているが 未だに拾えない・・・。 
②毎朝の人工頭脳(囲碁ソフト)との対決、疲れて疲れて しょうがないよ、 
 今どきのソフトは学習能力があるらしい、 隅の小目に一間に掛かってきたから 二間高はさみ・・・・(村正の妖刀)難解な定石にも ちゃんと正しくついてくるから どこで憶えたの?と 驚くことがある、 相手はマシンだけれど これは良き碁仇ができたと まるでお友達である。  今年は略互角である。  それだけオレがバカになったのかも⁈  
③髪の毛抜ける、気力、体力、記憶、集中力、皆抜ける、抜けないのは疲れだけ・・・・。 朝から夜まで 一日中、なにをするにも 疲れてる、 
そろそろ寿命か⁈ 楽に逝けるなら 来週でもいい、大病から今年で十年経った、まだ生きて能書きたれてる。  バカは長生きするとは言うけれど 日々病院のはしごをして 何故か生きる努力だけは欠かさない。  
朝から夜まで足腰痛い、痛いけど笑顔で歩く、 昨日の朝は いつものクリニックへ入っていくと 受付のスタッフが皆笑う。 何が可笑しい、人の顔みて 笑うとは失礼でしょ、オラまだなにもギャグ飛ばしてないのに、 今どき入場しただけで笑いをとれる芸人はいないよ。  あんな顔に笑われて悔しいですよ、こっちが君たちの顔みて 笑いたいですよ  と反論したけれど 新しいサングラスかけたから 表情が判らない、どこ見てるか分からない、なんかやらしい・・・・それなら オラ 変なとこじっくり見るよ。
若いと変なおじさんになるが 爺さんだと笑いで済まされるから生きていて幸運だったと思う。
雨降りだと 痛い痛いと云いながら歩く、 雨にも負けず痛みにも負けず 毎日いい根性してるよ。  オレに「根性」なんてものはないのに まだ朝起きると生きている。  意地と見栄と 力石徹並の 稀に見る自尊心で歩いている。
とりあえず 息をするのを忘れなければ すぐに死ぬことはないのである。
梅雨入りと同時に ウグイスが鳴きはじめました。  横浜のウグイスは季節外れ⁈
今年も台風がぞろぞろ発生している。
六月の雨は寒いですね、 雨・・・、横浜市民になってから この辺は雨の多いところだと辛い想いになる。  
地震、台風、洪水、雷、 あの大地震のころから 毎年雨ばっかり降りやがる。。雨は嫌い、雨が好き・・・という人は性格悪いんだよ。  
雨が降るから 乾いた土に命が芽生え・・にっこり花が咲く・・・おじゃる丸⁈       
雨が降るから お米が食える、花も咲く・・・悟ったような考え方が できない。  
昨日飛んでいた白いチョウチョや 羽化したばかりのトンボやセミは音をたてて降りしきる雨の中 どこに隠れて辛抱しているのだろう。  雨が降って喜ぶのはカタツムリ、ナメクジ、蛇にカエル、ミミズに毛虫?・・・人間には嫌われる軟体動物、ろくなもんじゃねえ世の中に必要のない生き物ばかりじゃねえか、 彼らを砂漠に移民させたら どうやって生きてゆくのか、すぐに死んじゃうよってか? いいんだよ皆絶滅しても。
雨は要らない、オラには一年中晴天の国が理想である。  水不足も困る・・・ってか?
大丈夫、海水を淡水に変えるくらいのことは 人間にはできる。  海水の塩分は砂糖を混ぜて中和して、ミネラルウォーターができるよ。  漫画的な発想で 簡単だよ。
痛いものは痛い、寒い時は寒い、   雨に向かって ふざけやがって ふざけやがって コノヤロー・・・である。
たまには 文句言ったっていいじゃないか 人間だもの・・・相田みつを ⁈
◆近況報告 追伸 
①ゴミ箱へゴミを投げると ゴミ箱が倒れて 中身をかたずけている。 コントロールが悪い、無駄な動きを省こうとして 余計な仕事が増えている。
②薬を飲んだかどうか 忘れる、 
それを防ぐために お薬を 朝昼夜に分包したカレンダーを壁に貼って 部屋のインテリアになっている。   
薬局のみどりちゃんが オラのかかりつけ薬剤師として 薬の管理をしてくれる。  
そろそろなくなるから処方箋貰ってきてねと、 教えてくれる。 因みにお薬カレンダーに痔の軟膏も飾るから これがおいらの部屋に相応しいインテリアである。
③六月一日 鮎の解禁日、 阪急デパートの地下で初物の鮎を売っていた、 塩焼きにして食べようと 自分で焼いてみた。  煙に火災報知器が反応して 「火事です・・・」ピーピー サイレンが鳴って 放っておいたら だんだん大きくなる、外にまで聞こえたら 消防署まで来てしまう。  これには焦った、天井近くの高い位置にあるスイッチを切るのに 椅子を踏み台にして かなり迅速に行動した。
④6月8日 今度は刺身用のタコの足を ワイルドにかじってみた。  春先に治療した虫歯の個所が痛くなった。  アポなしで歯医者に駆け込んで すぐに治療。  酒もタバコも 女も やめて、女は止めてはいないんだけど チャンスがない、あっても何もできない・・だけだ。  老人とは淋しいものである。 せめて、歯くらい元気で好きなものなんでも食いたいよ。  その次の日は 毎年定期的にやってる胃カメラの検査、先生と一緒にモニター見ながら説明をきいて、きれいな状態でしたよ、 顔よりも胃の中の方が綺麗である。 
顔にはこの頃自信がなくなった。  シミ、ほくろ、湿疹、ニキビ?  あばた、 汚ったねえお肌である。  顔のトラブルだけは許せない、すぐに対処したい。  おいらには顔がいのちだから。
去年は目の上のイボ とってもらった。  あばたもえくぼと云うけれど 冷静に見れば あばたはあばた、しわはしわ なのである。 汚ったねえ爺には なりたくねぇ。  少しはキレイな顔になりたいよ。
そして昨日、6月29日、関東甲信地方が梅雨明け宣言、早!・・・。 6月に梅雨明け?最速である。  ウグイスは毎日頻繁に啼いている、 ウグイスは夏に啼いたって、いいんだよ、  こういうふざけ方なら いいのである。  ふざけやがって、ふざけやがって、コノヤロー、ウグイスはいい、一年中ふざけててもいいよ。
 
              更新も疲れる、 ここらで小休止。 
 

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ひかるちゃん 頑張れー

五月四日 ぶったまげたことに 朝 目が覚めたら五時半だった。
昨夜は春の嵐が吹き荒れて また今夜も眠れないだろと 覚悟しながら布団にもぐったけれど、いつもは朝三時に起きて うろちょろ。  パソコン開いて 囲碁ソフトと名人戦 昨日のつづき、 大石の攻め合い、辞めるわけにはいかないのである。
何年もこんなことやってるから 身体に良い訳ないよと 判っちゃいても 辛い辛いと云いながら 闘志のあるうちは まだオラ大丈夫、こんなことやれる人生なら 幸せだよと 自分を慰めて やってきたが 何故か今朝は五時過ぎまで眠れた。 11時から六時間以上睡眠、
何年振りだろう。   10年前の脳外科入院以来である。  こんなさわやかな朝は 体調も良い、腰痛の痛みも少ない、食欲ある、うんこもちゃんと出る。 睡眠は大切ですね、今更云うことでもないですけどね。
朝のゴミ出しに行ったとき ハナミズキの枝に 大きな鳥がいた。 ギジ? この辺ではオナガと呼ばれる尾の長い山鳥である。  夜明けとともに 外へでると 季節の廻りが観察できる。 雨上がりののどかな日は 爽やかである。  この辺は 夕焼けもきれいだが 朝日が昇るときの 朝焼けは 感動するほど美しく見える日もある。
去年の春は自分の部屋で寝たきり老人の体験をしていた時、 孫娘ひいちゃん ななこちゃんも お見舞いに来た。  お姉ちゃんのほうは大学生、就活しているという。 ぢっちゃんは 今終活してるんよ、
なんだお前 先生になるんじゃなかったのか?  ぢつちゃんの時代は 教職課程を選択して卒業すれば公立中学社会科教師の資格はとれるが 「先生と云われるほどのバカでなし」 あまり人気のない職種だった。
ひかるちゃんの就職先が決まったときいたのは 今年の初めころだった。
東村山市に事務所がある。   「えぇ?・・・・何丁目?」 三丁目だったら 一度は行くからね・・と、  とても通えないから 近所で部屋を探して 一人暮らしである。
ひいの生まれるとき、 12月9日は朝日杯三歳ステークス、 病院で待ってる間、 なかなか出てこないから 府中まで馬券買いに行ったよ。  それにもめげず ひいは ちゃんと出てきたよ、お母さんも よく頑張りました。  初めての女の子の孫、 婆ちゃんたちも感動して涙出てたよ。 動物が好きで 子供の国でウサギをおいかけてた姿、 幼稚園の運動会で
かけっこのとき 両手を広げてヒコーキスタイルにして あられちゃん走り?
ちびっ子のときの姿が 忘れられないよ。  かわゆくて かわゆくて・・・オラ ひいとななにはめろめろだよ。 大人になったから もうお風呂に一緒に入れないのが寂しいよ。
あの ひいちゃんが もう社会人、いつになるかわからぬが 結婚式、ひ孫までプレゼントしてくれたら じっちゃんは 超幸せ、それまで オレも生きてるぜー
そこで 引っ越し済んだあと 四月のある日 さだまさしの案山子バージョンでメールしました。
 
元気でいるか   街には慣れたか  友達できたかー
寂しかないか   お金はあるか   こんど いつ帰る
会社は どうだ いい男いるか 怖い上司や先輩もいるだろうけど どこでも同じ、 それが普通なんだよ。      スタートが大事 ひいは頑張り屋さんだから大丈夫だぁ〜
 一生懸命仕事してれば みんなわかってくれるよ、 わかってくれてないと思っても  まわりは必ず わかってくれてるんだよ。  
飲み会とかも あるのか
部屋にボトル一本くらい置いて 毎晩少しずつ 晩酌するうちに 酒も強くなるよ
毎日朝ごはん ちゃんと食べて 遅刻するなよ、 
モーニングコール必要なら 毎朝 何時でも起こしてやるよ
雨の降る夜は ちゃんと鍵閉めて ひとりで眠れるか
夜が淋しかったら いつでも じっちゃんとこ メールでもして 暇つぶししていいよ
防犯も兼ねて ベランダに男のパンツでも 干しておくといいよ、
ゆうび―は もう来たか、 近所にコンビニとか 食堂とかあるのか、
困ったことあれば いつでも戻っておいで  
甘やかしすぎ?、  実は ぢっちゃんの方が甘えたい
初月給で ぢっちゃんにも なにか記念品をプレゼントしてくれたら 嬉しいな。
帽子でいいよ ベイスターズの青 か アナハイムの赤がいい
こっちも 一度は行くときに 何かお祝い持っていくよ
こちらは 裏の山が 新緑の季節、 ハナミズキの白い花が全部終わって
駅前の桜も もう さくらんぼになる季節だよ、 じっちゃんもばっちゃんも よたよたしながらだけど まだ元気に生きてるから 心配しないで大丈夫だよ、 自分の健康管理
だけだよ。   
ばっちゃんは 毎週デイサービス行って 婆さん同士で楽しそうにお話してるって 介護士の人が報告してきた。  それは良かった AKBみたいに 総選挙すればいい センター狙って一票入れるよ。 AKB73? (危なくて転びそうな婆さん 73歳)フライングゲットやればいい、売れっ子になるよ。  
ぢっちゃんのところは 今度新しい訪問看護師が来ることになった、
若くて かわいい子ならとリクエストしたら 松島奈々子さんが来たよ。
こっちが いつも 福山雅治とか ベッカムとかいうから 真似してオレに合わせてくれた。
昔 高津中央病院にいたんだって、懐かしい話が沢山できたよ。
痔の手術の思い出語った。  みんなベテランでやさしい人ばかりだよ。  
毎週会うのが楽しみだよ。  恋愛感情で接してしまうから オレ評判悪いけど
セクハラはしないよ、 結局 見た目よければいいんですよ。
お父さんお母さんも ななこも 皆元気だよ。
今度来た時 一度はこっちにも寄ってくれ、メイちゃんちのそばに デニーズができた。
フォルクス、すきや、横浜家ラーメンも、 それともか どこか居酒屋にでも行くか、 
お風呂入れよ、 頭洗えよ 歯磨いて寝ろよ、風邪ひくなよ、
ほんじゃな、 ぢっちゃん必ず元気になって そこまで行くからな、
連休明け いよいよ新社会人のお仕事スタートですね  頑張れ新社会人。
 
 
 
 
 
 
 

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閑人独語 立春の頃

駅に続く紅葉場楓の道も 山の紅葉も、殺風景になった。

木々の葉がないからだ。 

冬晴れの朝は遠くまで見通しが良い、富士山は良く見える、北東側には東京タワー、スカイツリーまで見渡せる。 冬晴れの空、流れる煙、風は北風・・・♪  空の碧さは 冬が好き。 

エンジュ、柊モクセイ、シラカシ・・・木の名前を知ってる訳じゃない、

幹に名札がついているからである。 

葉の落ちた枝に セキレイやホオジロ、スズメ程度の小さな鳥が 飛び回る。 鳥もピーピー系(囀り) 赤ちゃんなら かわいいよ。

グミが草むらを歩き 虫やお菓子のゴミを漁る、鳥ならちゃんと飛べよ、 この辺は田舎だから? 山にはスズメ蜂の巣がある、キジ、インコの群れも見かける。  たぬきやキツネの目撃情報もある、馬のような大型犬を散歩させてる人もいる。  野生の猫もいる、やがて成長して虎になるかも、パンダはまだ見たことないけどな。

 

Photo ツグミ

 

青果売り場に 菜花を見つけたのは 二月初め頃だった。

春が近いようで 嬉しい気分になる。  

早速 おひたしにしたり 鍋料理の具材にしたり。

最近寒さが厳しいから 鍋が多くなった。 

湯豆腐のつもりが タラの切り身、刺身用のぶり、生食用のカキ、白子、あん肝、高級食材を買い求め、何だかわからない寄せ鍋になってしまうが、おいらの料理は これでいいのだ。

今日も鍋食べるの?   カーちゃんは 自分も食ってるくせに また鍋かよ、相撲部屋じゃないんだから・・・と云うつもりか、

鍋は食わないよ、 鍋の中身を食うんだよ・・・鍋まで食ったら 往生しまっせー・・・。ああいえばこー云う・・・オレも負けていない。

 

この冬は特別に寒い、 最強の寒波、 東京に積雪で通勤客が駅に入れないくらいの大騒ぎ、こっちは もう通勤しないから みんなが苦労しているのを テレビで楽しんでいる。  あんなことはオラ何度も経験してきた、どおってこたぁねえんだ。  今どきは雪の降る前から戦々恐々として、知らずに会社行ってえらい目に逢うよりは それなりに準備できるから 世の中進歩してるのかもしれない。

 

二月初めに 区役所から書留が届いた、「後期高齢者医療被保険者証」、 健康保険証と一緒に出す赤い色の証書、 昭和の時代に大人たちから聞いた いわゆる「赤紙」、 国のため天皇陛下のため 戦地へ赴く 招集令状、 現代日本では特別待遇されるための通知? 徴兵制度のない日本は平和だねぇ。

病院では 「おめでとうございます」 皆に云われる。

おめでとう には とりあえず ありがとう で答えるが 

なにがおめでたいのか? いつ死んでも不思議はないから 普通の人より偉いからか?  まだ一回も死んだことがないから、国民栄誉賞まで要らないが いまだに税金納めている、それも自分で決められない 勝手に所得(年金)からピンハネされている、それでも文句言わないで 真面目に暮らしている。 偉いといえば偉いのである。 

お誕生日で75歳、老人の免許皆伝だからだろうか。  75にもなって パソコンで肩凝りしながら こんなことやつてるオレもへんなおじさん・・だけどな。

ところが違うんだな、オレのは ちょっとチャウんだよな、

ハッピーバースデーには 蝋燭立てたケーキを囲んで みんなでお祝いしてくれたら嬉しいんだけどな。

山の緑や空の色、鳥たちの鳴き声、自然を観察して季節の廻りを知る・・心豊かなことだけど、 三月になれば 桜花賞が気になる。

オラ競馬がやりたいよ、歩いても痛くない足腰ならば 競馬場で馬の走る姿か゛見たいよ。 自分的に季節の廻りを感じるのは 競馬である。 

毎朝囲碁名人戦、山田電機で買った五千円のソフトと対決してる。 爺になって、病人になっても 勝負事と縁が切れない。 AI囲碁、人工頭脳とはいえ アマチュアの二段くらいかな、 大寒の頃は 七連敗してた。 素人向けソフトに負けるとは なんと情けないことか。

明日死んじゃうかもしれない・・・くらい疲れてる。 

♪ 吹けば飛ぶような 白黒石に 賭けた命を 笑わば笑え・・・なんちゃって、自分が自分に笑っちゃってる。

 囲碁やりながら 死んでたら それはそれで 勝負師の最後、かっこいいかもしれない?  生涯楽しめる趣味があるのは 幸せなことである。  でも 死んじゃあいけないよね。 

飲む(酒)、 打つ(博打)、買う(女)、男の三大道楽、生涯求め続ける美学?・・・てほどではないが オイラの場合 免許皆伝は酒の部門くらいかな、適量が判るようになったから。  打つ(勝負事)に関しては まだまだである。  馬で金儲けしたやっぁないよ 判っちゃいるけど止められない。  競馬場にはプロの予想屋がいて 教えてやるよ・・みたいなコーチ屋もいる。  阿佐田哲也 麻雀放浪記ラストシーンでは 九連宝燈(役満)を積もって死ぬ。 競馬予想師、パチプロ、プロの麻雀師、・・・どんなギャンブルでも プロという者の生活は皆荒んでいる。

女は?・・・とっくに現役引退、評論家はできるが 実践は命がけ、本当に死んじゃうかもしれない、 腹上死? 理想の死に方か? でも みっともないからね、 女の部門だけは 永遠の謎である。  いいさそれでも 生きてさえいれば いつか優しさに巡り逢える♪ 

コンピューターは疲れないが人間は疲れる、プロが負けるのはそのへんにも原因がある。  一局二時間くらいかかる。 こいつは長考派、いつまでも考えてる人は嫌いだ、麻雀でも遅い人は 周りがいらいらする、協調性に欠けるのか、宮本武蔵流の作戦か、人間が唯のとろくさいだけなのか、多分後者が多い。 素人はなんぼ考えてもろくな手を打てない、オレは大体ノータイム、こっちが変な手を打つからデーター処理に時間かかるのだろうか。 

囲碁という趣味があるから まだ なんとか楽しくやっていける。

囲碁道場で 色々な人と出会いがあった。 野球をやれたのも 競馬研究会で 美味いもの食ってきたのも 自分の人生は 勝ち負けに拘ってきたからか、

怖い顔して戦うよりも もうお爺ちゃんなんだからね、にこにこと穏やかに過ごしたいよ。 

藤井聡太君も羽生結弦君も 夫々のジャンルで断トツの勝負師なのに いつも温厚で優しい笑顔である。 最近の若い日本人は偉い、古希を過ぎた爺が彼らに学ぶところが沢山ある。 錦織圭、石川遼、高梨沙羅、大阪なおみ、大谷翔平、清宮、みんなかわいい顔して スーパースターである。 ケンブリッジ飛鳥、サニブラウン、リーチマイケル、ダルビッシュ有、・・・・訳わかんねほど 色々だけどね。

 

気が付けば もう三月、春一番、垣根にホタル袋のような花が満開で風に揺れると 花粉が飛散する。 花粉の季節、いいですねぇ、オラ花粉に関係ないから 花粉症に悩む人たちをみて優越感を味わっている。 どおってこたあねえんだ、花粉なくてもこっちは死にそうな目にあってるんだ。 大丈夫だよ、頑張れよ、花粉で死んだ人は まだいない。 花粉があるから野山に緑が育つ、人の心も優しくなる。

シリア、イラク、アフガン、戦争ばかりやってるとこには緑がない、花も咲いてない、花粉より砂ほこりと弾丸がとんでいる、花粉の飛ぶ国は幸せな環境なのだ。  たまには優しい言葉で 慰め 激励する側になってみたい、 他人の辛さは蜜の味?  オレ性格悪いから・・・じゃないんだから、優しさとは奥の深いものなのじゃ。

 

 

 

 

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エリカちゃんからゆかりちゃんへ

10年頑張った愛機エリカ号先週で引退しました。

引っ越を共に経験し、地震でひっくり返って故障したがすぐに復活・・頑張りました。

愛しのエリカちゃん、人間でいえば50過ぎの中年になったけれど 新品の頃から10年、何度も故障を乗り越えて よく頑張った 働き者である。  マシンとの別れもどこか寂しい、uなんでもかんでも淋しくなる自分が淋しい? 恋の別れに似ている、薄紫のシクラメンほど淋しいものはない 後ろ姿の君のようです・・(^^♪  ありがとう友よさらばハイセイコー♪(どっちもパクリですけど)てか?  いい歳こいて なに言ってるんだオレは。

マイクロソフト社の販売戦略にのせられて ウインドウズ8対応のノートパソコン、若き相棒ゆかりちゃんと これから共にブログ書き込み励んでいきます。   ウインドウズエイト・・窓が八個もある?  パソコンの新しいOS、オペレーティングシステム、ハードウェアを抽象化したインターフェイスをアプリケーションソフトウェアに提供するソフトウェアなんだって。わけ解んねえだろ、俺も解ってないから。 いいんだ、セブンでもエイトでも 肩凝りしないのなら。        

風呂に入りながら夜景を鑑賞、窓を開ければ港が見える メリケン波止場の灯が見える?・・・窓が八か所もある家、ちなみに我が家はそんな豪邸ではありませんよ、      窓は風呂場にも一つありますが 外が見えないようになっている。              昔の家はトイレの下の方に窓があって外から開ける 汲み取り式のトイレ、都会ではバキュームで吸い取っていく、田舎は桶ですくい取る・・・?   そして料金 くみ取り代をとりにくる、あら今月は高いじゃないの? ハイ・運賃値上げですから なぬ? ウンチン値上げ?・・・家のトイレは使わない、ウンコは会社でする・節約しか能がない、それも五円玉貯金のような小さな節約、ろくなもの食わない、病気になっても病院いかないから 金使わずに貯めたまま早死にした、 昭和にはそんなケチなヤロウもいた。 庶民生活を物語る場所はトイレ・・・なんちゃって・・・余談が長くてすみませんね。

エリカちゃんありがとう、お疲れでした。 慣れるまで10年かかったヤンチヤ娘だったが 持ち帰るパソコン屋さんの後ろ姿は 寂しくなりそうだから見ないようにした。  10年前初めてブログに挑戦して結構 暇つぶししながら進歩したよ、マシン変えて初心者になったけれど ゆかりちゃんは・・・???慣れるまで10年???・・・人生後半戦のパートナー、それではおいらも10年生きなければ・・・・これは大変なことになつた。 古希になって ゆかり号  二日目です 、   ノート型は使い勝手がまるで違う、疲れる、肩凝り腰痛、こんな不健康なこといつまでもやつてられねぇ。  エリカちゃんを亡くしたら オレもそろそろ・・こんなことやめようかな、生きる努力して疲れ果てるのが ばかばかしくなつてきた、

緑のインクで手紙を書けば それはさよならの合図になると 誰かが云ってた・・・・秋だというのに恋もできない・・・メランコリーである。  それでも乃木坂あたりでは私はいい女なんだってね・・・(昔はこんな歌があった、) その「いい女」と勘違いしているあなたにもご無沙汰することになって 誠にメランコリーでありますが・・・秋だというのにまだこのクソ暑い真夏日はなんなんだ、今年の秋はなにやってんだ なにがメランコリーだ。 これだから更新には死ぬほどのパワーが要るのだ。

口数と同じで余計なことまで書くから長くなるのだ・・・ってか?

メールの設定がうまくいかない、ブログしか連絡手段がない、近況報告が一方通行とは情けない話だが そういう世代ですから・・・・

読者各位様には更新通知もできず 失礼ながら長い休養になるかもしれません。 これだけ長く図々しく書いても生きてるからご心配なく、お見舞いは受け付けておりますので気をお使い頂いても結構ですよ。 このひろい野原いっぱいに咲く花を ひとつ残らずあなたにあげる だから私に 手紙をください・・・♪、 パクリだけどな、・・今の心境を女々しくも 歌詞で伝える。

結局ノートはオレには向いてない、子供はこれを使いこなすから凄い、現代のガキは偉大である・・・早い話がマイパソコンが新しくなった報告です。

本日はゆかり号二日目のテスト更新です。   正常にアクセスできたでしょうか、内容は正常位のつもり?だけどね・・・・以上 Photo

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シドモア桜

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4月12日、 春の暖かい日差しの中で 菜の花畑を散歩、こんなとこにこんな立て札がありました。

「シドモア桜」ワシントンDCポトマック河畔の桜並木から里帰りして 挿し木で育てたソメイヨシノです。 

ずっと前に 伊勢崎町で「青江美奈・伊勢崎町ブルース」の歌碑を見つけたときも暫し立ち止まり鑑賞したことがあった。

横浜は都市部も田園地帯にも よく見て歩くと モニュメントの多いところです。  最初の理髪店、ビール工場、パン屋、アイスクリーム、チョコレート・・外国文化の玄関口、都市としては江戸市(東京)より歴史の古い史跡・記念物の数を 横浜市民の誇りにしたかったのでしょう。  

三月下旬 桜が満開、これがすぐに散ってしまったとは残念。

今咲いているのは 山茶花、コブシ、もくれん、・・・

四月になると ハナミズキ、牡丹、藤棚、タンポポ、 日当たりの良い土手には今頃になって土筆を発見、この頃は順番狂ってんじゃないの? クローバーもそろそろ花をつけ始めました、(桃色クローバー?)ハコベも・・・、

草花の順序で季節の巡りを感じる・・・・? 草木が萌え プロ野球開幕、桜花賞、皐月賞、・・・・わくわくとテンション高くするようなことも、自然の山道ではコジュケイが鳴き セキレイが飛び、ツグミが歩き回る、 いのちが一斉に動き出すようで・・春はいいですね。

  コロンブスのアメリカ大陸発見、

いよー国が見えたぞ(1492年)

1192年鎌倉幕府 いい国作ろうかまくらばくふ・・・

794年、鳴くよウグイス平安京・・・等、

ガキの頃は歴史の年表を語呂合わせで 憶えたりしてたでしょ。

北米大陸発見したのは・・・コロンブス、違う、船の見張り役の人、

江戸城築城は ・・太田道灌(おおたどうかん)、これも違う、正解は大工さんだもんねー・・・・こういう覚え方をしているガキもいた。  コロンブスは大西洋を西へ進んだ、カリブ海の島を 西インド諸島と名づけた。 インドだと思っていたのです。 それからアメリカ大陸原住民はインディアン・・インド人じゃねえし・・・目的は更に遠方の憧れの国、日本だったそうです。  

大陸コースを東へ向かったマルコポーロも 陽の登る夢の国、日本(ジパング)を目指していたそうです。 極東日本は世界の果て・・・?東洋のインディアンじゃねえし!!

日本も 江戸時代はスペイン系を南蛮人(南の野蛮人)として嫌っていた。

シドモア桜を読んでいると アメリカ初代大統領ワシントンの頃から 桜は米国にも咲いていた、(コロンブスはイタリアですけど)日本の春を代表する桜はアメリカ人も好きだった。 桜は日米友好の象徴なのです。 アメリカ人は昔から桜が好きだった、花見の習慣は・・どうだか知らんが、日本でアメリカに憧れた人は 勝海舟、阪本竜馬・・等、幕末になってから、欧米人のほうが 日本人より先に 日本を夢の国と憧れたのは15世紀頃からだった。 ワシントンもシドモアさんも 桜をスキだった。 ならば 太平洋の あの戦争はなんだったの?

好きだから「気になる」 気になるから ちょっかい出したくなる、

しまいに大喧嘩になったりする。 喧嘩するほど仲が良い・・??

英米も最初は独立戦争で大喧嘩してたんだよ。 

バカって云うと バカって云う、 ごめんねって云うと ごめんねって云う・・・

寒いねというと 寒いねと答えるあたたかさ・・・屁をひって 笑うあなたの温かさ・・・(金子みすずさん他、後半はオリジナル )

♪ひと目見た子に たちまち惚れて よせばいいのにすぐ手を出して 騙したつもりが ちょっとだまされて・・オレがそんなにモテる訳ないよ・・わかっちゃいるけどやめられね・・・・(昭和の名曲スーダラ節) 

戦後の昭和こんな曲がヒットして アメリカを先にぶん殴ったのを笑ってごまかしながら「反省」していた。 

アングル変えれば 歴史の勉強も面白くなったりします。 

突然歴史のお勉強になりましたが オレのは教科書ではないから。  

足腰痛いとぼやきながら 無駄にお散歩してないから、オレもたまには地理や歴史を勉強しながら まだまだ大地の温もり いのちのありがたさ身に沁みながら 歩いています

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義士祭 & MERRY CHRISTMAS

大石良雄(内蔵助)さんは とても寒がりだったそうです。(トートツな出だしですが、若い頃読んだ忠臣蔵関連の歴史小説で知ったことであるが)

吉良邸討ち入りの夜、元禄14年12月14日(1703)は江戸市内は雪が積っていた。  47士の大将大石さんは 寒くてしょうがないからと 着物を5枚も重ね着して 懐には懐炉 鎧の上に陣羽織を着て、襟巻きに手袋、表門で陣太鼓持つ手が震えてたかもしれない。

吉良邸の守りは家来の他に臨時雇いの浪人者まで総勢約130名、三倍の勢力である。 47名の赤穂浪士が これをみんなやっつけてしまったからスゴイ。  よく考えてみりゃ 師走の忙しい時期に、雪が降る寒い夜中に 他人の屋敷へ突然侵入し 門をぶっ壊し 家の中の人間をみんなぶっ殺しにきたとは・・。 吉良サイドから言わせたら いい迷惑なんてものではない、とんでもない話。歴史的大量殺人事件であります。

襲撃が終わってからは 本所松阪町から高輪泉岳寺まで 凱旋パレードのように歩いて行った。 誰もそれを咎めずに人気スター並だったから またすごい。オリンピックメダリストの銀座パレード並である。 

47名が130名に勝った元禄赤穂事件忠臣蔵の話は 後の日本人に感動を与え、 赤穂浪士47名は 日本史の英雄と賞賛され、昭和・平成の現代でも 泉岳寺の墓所には毎日線香が絶えない人気者である。 

毎年12月14日になると泉岳寺では義士祭が開催されます。 毎年赤穂義士の格好をした47人が銀座通りから15号線を泉岳寺まで行列する。(大石良雄さんについては ブログの古い記事で長々と語っているから お閑な読者様はついでに読んでくださいね。) ◆オラの現役時代、12月のこのクソ忙しい時期に 事務所の窓からこの行列を観て 今年もあとわずか、もうすぐお正月休みが楽しみだな・・と、なんだかホッとする時間だったのです。 

もしも今の若者に 歴史上の人物で上司にしたい人をアンケートすれば大石良雄さんは ベストテン入り確実である。 国政選挙に出ても全国区ならトップ当選するかもしれない。  でも大石さんの部下は疲れるだろな。相当辛抱強くなれそうだけどな。  

  余計なことまで言うから長くなってすみませんけどね、更に余計なことであるが この時代に128歳の老人が生存していた。 渡辺幸庵さん、本能寺で織田信長が討たれた年に生まれ元禄時代まで元気に生きていた、 若い頃は関が原、大阪冬・夏の陣も徳川家康の旗本として活躍し 家康に可愛がられた。 128歳のスーパー長寿お爺ちゃんが「宮本武蔵」の実物を二度見たことがある「渡辺幸庵対話」という書物が現在まで残されているそうです。 ついでに赤穂浪士討ち入り事件のレポートもしてもらいたかったね。 堀部安兵衛がどれくらい強かったか、見学してもらいたかったね。  戦国時代から徳川中期まで生き抜いた時代の生き証人に歴史の真相を聞いてみたい。 「渡辺幸庵」の話は そのうち ネタがなくなったら更新に使う予定です。

早いものですね、もうクリスマスですね、 

  近況  メリークリスマス!  この言葉大好き、ほんわかとして 笑顔になる言葉です。  かなり前、子供の結婚式(長男の時)は12月25日有馬記念の日だった。 教会で聖歌隊の合唱に付き合って唄わされた。 最後の「アーメン」というところが「ラーメン?」になっちゃいそうだけどね。 クリスマスと有馬記念、競馬に負けた悔しさも 家族の増えた嬉しさと 何時まで経っても思い出に残る幸せな時期である。

忙しい人は休日が幸せ、一週間が長く感じられるから、

◆今年10回目の更新になりました。 絶好調の頃は毎週一回、今年は更新がスローペースな一年間になった。 ボケーっとしてたのでもない、病気で寝込んだ日もあったが やる気はあってもネタがない、貼れるような気に入った画像もない、あるのは滑らかに回転する口とヒマな時間だけ。 この頃は忙しくなくても一週間が短い。 オレだって色々あって忙しいのだ。 昼間は病院通いに買い物、お散歩、家ではお料理したり、PCと遊び、たまには酒も呑み 寝るのは早いが寝つきは悪い、夜中に雨の音で目を覚ます、ハナかんだりオシッコへ行ったり、クスリ飲んだり、PC開いてメールのチェックしたり・・・・。 三時には新聞配達より先に目が覚める。  一日が充実しててもしなくても、 時の流れは着実である、口だけしか進歩向上しない自分には一年経つのが早い・・?  

◆読者様には 今年も長い文章を 勉強にもならない長編を 辛抱強く よく読んで頂きました。 誠に有り難く厚く御礼申し上げます。  感謝・感謝の気持ちがいっぱいに溢れています。 この感謝の気持ちをどうやって伝えよう、お礼の言葉がみつかりません、感謝の品も見つかりません、 だから何も御礼しません、言葉だけの御礼になります。 ありがとうございました。

来年も元気に更新するから・・・また遊びに来てね。

Merry Christmas.  Happy NEW YEAR.

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追伸① ちびっ子たちへ 12月25日クリスマスはキリストが生れた日です。 だからケーキ食べてお誕生会するのです。 クリスマスケーキはお誕生ケーキなのです。 サンタクロースはお誕生日プレゼントを配るおじさんだったけど2000年以上前からやってるから 自分が何歳か忘れちゃったんだって。 世界中の子供たちからお手紙来るので プレゼントが持ちきれないからトナカイに手伝ってもらったんだよ。 サンタさんに連絡とれるのは父ちゃん(DAD)だけだから父ちゃんがケーキだけ先に届けにくる場合もあるんだって、 だから みんなで仲良く分けて食べましょうね。   

②12月14日、高輪泉岳寺の義士祭、47士の行列写真を友人から送ってもらいました。

現役後輩が本社ビル三階事務所の窓から撮ってくれた懐かしい景色です。 今年は先頭の大石さんのスピードが速く 行列がバラバラになってしまったそうです。  最後尾はどこかでリタイヤしてたかも・・・?

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菜の花畑

閑人独語 2012・4月

◆4月9日朝、菜の花畑のど真ん中を歩いていた。

見渡す限り一面の菜の花畑、空の青と絵に描いたような黄色の世界、

この景色は どこかで見たことがある、何度もある、 夢にまで出てきたこともある。  八年前の春だった、横浜のこの街へ引っ越してきて なんかいいとこないものかと 寂しさに戸惑いながら歩きまくっていた春、 偶然に辿り着いた素晴らしい世界だった。 ポピー・タンポポ・桜草etc.・・群生する花の景色が好き。

忘れるはずがない、大好きな光景だから。

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似たような光景は 青春の真っ只中に何度もみたことがある、オラこのへんでは ここが一番好きだ、花がなければ 畑と肥溜めくらいしか なにもない殺風景なドいなかである。 

穏やかな春の日差しに包まれて 優しい心になれる温かい場所だから、少年の頃、菜の花畑を眺めながら肩を並べてお弁当たべたアノコを忘れてないだけだ。 「忘れないこと」に理由なんかない、菜の花畑も桜吹雪もアノコも、心に残るキレイなものは 淡く切ない 決して忘れっこない大切な青春の思い出、五十年も昔のこういうことは忘れるのが普通らしいけれど それはバカの言い分だ。 忘れたいことが多すぎて 忘れられないのもバカだが。 

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アイツ天然だから とっくに忘れてるだろう、それでもいい 時間が戻って あのときのアノコに逢えるなら オレもバカになってもいい。    ネタがないからって なにを言ってんだオレは? 過去とは「過ぎ去る」から過去なのだ、失うために過去がある。未来はまだ見たこともない、 過去に覗いた「未来」を語ったとしても それも過去の記憶になる・・? 過去も今も 味わい深い人生ならば ダジャレも上手になれるでしょ。なにごとも上達・向上を追及する人生でありたい。 失って困るものは 皆過去のことになった。  愛しき人たち、優しい故郷、夢も絶望も、なんにもないなら 未来に向けて失うものはない、怖いものもない、笑顔で楽に逝ければ 人生明日まででもいいんだよ、?なんじゃ?結局オレは死にたいのか?  意味解らないってか? そらそうだ、書いてる本人が解ってないんだから。 

冗談です、横浜にも素敵な景色の菜の花畑がある、ここらも捨てたもんじゃないよっ・・てことを伝えたいのです。 冗談とシモネタやってるうちは絶好調ですから。

 

◆今年は更新間隔が長くなりました。 愛機PCエリカちゃん 疲れ気味のため 暫く夏季休暇の予定ですが 筆者は元気(口だけ達者)で ちゃーんと生きてますから、また入院でもしたかと優しい読者様にご心配かけてすみませんが エリカちゃんも持病(夏場になると長引く微熱・生理痛?)どちらも問題ありませんが お見舞いは受け付けておりますので 今後もご遠慮なく心配してくださいね。 

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菜の花畑の真ん中でくしゃみが出てとまらない、 花粉症と縁がない人でも花粉に包まれた環境に居ると花粉にLOVE注入されてしまうのだろうか。この頃は家に戻ってくると古傷の痔が痛む、同棲期間の長い「痔」に嫉妬されるのだろうか。 花粉でも痔でも・・愛し愛されるうちが花なのよ。    

「ぢじょでん」のリクエストがあってから二年経ってしまった。 「痔」の勉強してたのではないよ、今更研究する必要もない、毎晩薬塗るのは日課である。

人気作家の真似をして お散歩しながら「痔の闘病記本編」の構想を練っているところであります。 (期待しなくてもいいけどね、ウンコの話ですから。)    

◆4月10日、今年のウコンを植えました。 今年は そろそろ大きく育つと期待して・・、  

Photo_2 ウコン種芋

昼間の気温も急上昇、横浜の桜も一気に満開となりました。 大病から丸四年、 あれからずっと春になると桜にこだわっていた、 五年目の春がきて ついに満開の桜にカメラを向ける日が来た。  この頃ネタがない、写真だけ貼ってごまかそうとしたが、いくら無責任でも文章入れないとは無愛想、 愛する読者諸氏に失礼であるからと 入力はしてみたが 結局何が云いたいんだか 解らなくなってきた。   

春がきて、僕のバカも またやってきたかも・・・?

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それでも生きてゆく(3)

         週末にひ孫とご対面しました

じっと見つめあう、  なんだこいつ? と、 訝しげな顔で見ている、こっちに云わせりゃ サルみたいな顔かと予想していたが 

オレの遺伝子を継承して なかなかのイケケメンだ・・ 爺バカかな・・?

初めて見るヘンナもの?・・ ちょっとビビって「このおじさん・ヘンなんです・・と言いたげに不安そう、彼にとっては「未知との遭遇」である。  「なんだおまえは・てか? ソーデス・私がヘンナおじさんです・はじめまして・・」目と目で 初対面のご挨拶を交わした。 

赤ちゃんは なに考えてるんだろ ?

なにも考えてないだろ、 考えてないから赤ちゃんなのだ

髪の毛が薄い・・? 抜け毛を気にするには まだ早い

まだ産毛だ、これからふさふさ生えてくる

顔全体が赤く染まっている、 血圧高くないよ 赤いから「赤ちゃん」て云うんだよ。

時々 ニター・・・っと口元が笑っている、

泣きべそになったりする、

コワイ夢でも見たのかな? そんなわけないだろ

まだ何も経験してないから 

眠いのと おなか空いたのと どっちが不満か判らないが

結局おっぱい吸いながら クークー寝ている

赤ちゃん抱っこするのは 何年ぶりだろう ?

予想より重たい、温かい、甘いミルクの匂いがする

あくびしたり しゃっくりもする、 げっぷしたり ゲボッ・・と吐いたりする

ぶりぶりと 豪快に音たてて おならする、 ウンチもする、

男の子だ、立派なちんちんもついている

214日バレンタインデーに生まれた孫の子供、

ひ孫だ~、私は曽祖父(ひい爺ちゃん)になってしまった。

四代目にご対面できるとは  不思議な感じだ 嘘みたい?

ここまで生きてる自分が 冗談みたい?  

冗談じゃないな、生きているから 新しい命を抱っこできた。

彼は今から始まる人生に なんの予定もなく 唯一心に目の前のおっぱいを飲んでいる。

強くなれとか 健やかに育ってほしいとか 云わない。

彼は天使だ、恋の未練も未来への夢も なにもなくていい、

なにもないから 赤ちゃんなのだ。 「無」だから 天使なのだ。

そんなことやってる最中 今度は息子から 女の子誕生の電話がきた。

我が家のルーキーが 二人同時にやってきた、これは忙しいことになった。

五人目の孫、この子の叔母さんになる子だ。

甥のほうが先にうまれたとは ややこしいけどな。

去年の春も色々あった。  女房がおなか痛くて吐いたりするから いい年して おめでただったら? 孫より六十歳も年下の子供できたら オラどう説明するのかと焦ったよ。

秋になると 私まで 突然の吐き気が辛くて病院へ駆け込んだ。 オレが 妊娠体験までしたら 説明がもっと難しくなるよ。 

宗家(私)の波乱万丈は 平成も続く我が家の伝統である。

早い話が人口が増えた、我が家の少子化問題は 一日で簡単に解決した。

今年の春は 花粉と共に天使を二人も 運んできてくれた。

パパになった孫がミルク飲ませる姿を見てから 抱っこしてみた、大きさの割りには重いぞ! これがいのちの重さ、未来の重要さ・なのだろうか? なんだか判らないが 涙が出てきた、

ぢっちゃん泣いてるの? ミルク飲みたいの? と、孫たちは笑うが 涙が止まらなくて困ったよ。

生まれて まだ一ヶ月のこの子より ひい爺ちゃんのほうが 泣き虫だ、幸せなことなのに。 ウンチ包んだ紙おむつで 涙拭かないでよかった。  最近の紙オムツは ティッシュのようにやわらかいから。

嬉しいから皆に早く知らせたい、俄然更新する気になった。

もうすぐ四月、寒い寒い、特別に寒くて長い冬が やっと終わった。  晴れた日は 歩かずにいられない、いつものお散歩コースを葉っぱ踏み踏み 今日も歩く、 近所のお婆ちゃんが「あんた・丈夫だねぇ、若いねぇ・・」と声かけてくる。 毎日歩く姿が元気そうに見えるのだろうか、若く見られるのが嬉しいが 若いのは精神年齢だけですから、肉体はボロボロの骨董品ですから、 丈夫じゃないよ、丈夫じゃないから若いと云われたくて見栄張って、歩けるのが嬉しいだけだよ。

この五年間、なにを目的に歩いてばっかりいたのだろう、心の支えがあったとすれば 玉のような天使・赤ちゃんを抱くことだったのかも・・? 目的もなにもなくてよかったのだ、判ったふりして 何もわかっていないから 今日も歩いたり 能書きたれてブログ更新していられるのかも、

生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら

なにもいいことが なかったこの街で・・♪

悟ったようなこと云っても 何も悟ってないけどな。 

翌日は 窓辺に差し込む日差しがまぶしい朝だった。

目が覚めると五時を過ぎていた、 こんな時間まで眠ったのは 何年ぶりだろう。 我が人生、特に春には いいことなにもなかった。 それでも 生きてゆんくだね。 

毎度病気のはなしになると 長々と愚痴っぽくて恐縮でありますが

怪我したり 喘息に痔の痛み、最近は腰痛・生理痛まで、花粉が飛散する時期に悲惨な持病との闘いが始まる、去年は大地震まで体験したから、春は嫌い・・ そういうジンクスを持ってはいけない、いいことだって たまにはある。 それだけ信じて生きてゆこう。

寒い日はネタがない、寝たことと シモネタくらいしかネタにならない、不健全ではいけない。  春うらら、穏やかな晴天には趣味の園芸でもネタになる。 野球も始まったし、来週は桜も・・ やっぱり春はいいですね。

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ふきのとう  早春の味 てんぷらと味噌漬け作って食べた、オイチイですよ

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悠々自適 立春の頃

東急田園都市線二子玉川から下り中央林間行き各駅停車に乗って 青葉台の次 長津田の手前に「田奈」という駅があります。  

この辺は恩田町と奈良町、二つの町名が合体して「田奈・たな」になったそうである。  (余談・東急のメイン路線東京渋谷から横浜までを東横線という、昭和時代大田区蒲田から出る二本の路線、目黒行が「目蒲線」五反田へ行くのが「五蒲線」といわないのは ゴロが合わないから、途中に有名なお寺「池上本門寺」があるので「池上線」となっています。 青森と函館を結ぶから青函トンネル、山口県下関市と福岡県門司市の間が関門海峡、・・・日本の地名、駅名などは単純な理由で命名されています。) 田奈に関しては最近まで知らなかったよ、「田舎・いなか」の字を間違えて 舎が奈になったのかと思っていた。 それほどのいなからしい畑のど真ん中にできた駅であった。 田奈を漢字にすると「田舎」と読まれては困るから 駅の表示は「たな」と、ひらかなだった。

家までは田奈の駅前からバスで三十分、バスの乗継悪いと電車と合わせて一時間半もかかる、 定年後に二年余 オラこんな田舎から東京港区まで通勤していたのである。

これは自慢話ではありません、苦労話です。

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◆横浜市青葉区 桐蔭学園のそばに鉄町というのがある。 「くろがね」少年野球をやっていた頃 この地区のチームに何度も負けた、強いチームだった。 

  ついでにもうひとつ、過去を捨てきれないノスタル爺の昔話

横浜市青葉区、この地域を流れる恩田川で遊ぶ同級生がいた、

西森君、一番前の席だった。 

高校一年の春、英会話の授業、先生に突然指名されて 

「昨日はどこで過ごしましたか? 文法的に正しく答えなさい・・Mr.ウエストウッド」出席とるとき漢字の名簿見ながら英訳して呼ぶ、例えば山田さん=MR.マウンテンポンド、小島さん=MR.スモールアイランド、

西森君は即座に答える、アイスペンドイェスタディ オンザリバー(I spended yesterday on the river

オンザリバー on the river ??? 

どこの川なの? ・・・オンザリバーです。 

何度聞いてもオンザリバーと頑固であった。 

鶴見川の支流恩田川、横浜の人ならば誰でも知っているから 

なぁんだ、恩田川だからオンザリバーか・・と笑って済む話だったが ドイツベルリン出身の女教師ローゼ先生としては理解に苦しむ、

美しい名前からは想像し難い激情型、 怒り出すとだんだんエキサイトしてドイツ語でまくしたてる、教科書を破ったり 欧米人特有の暴力的ヒステリー女に豹変する。 俺らには何を怒鳴っているかわからない。 

それでも高校生か、もう一度中学校から勉強やり直して来い、・・多分そういう類のことを云っていたらしい。  ヒトラーの演説みたいで生徒には怖いと評判悪かった。 

ちなみにそのとき おいらがクラス委員(級長)だったのが不運。

カムヒヤ・ウィズミー・・・

あなたがクラスリーダーなら 彼の答えを英語で私に正しく説明しなさいと別室へ呼び出され、 恩田川は川の名前です・・・理解してもらうのに随分苦労したよ。 彼は鼻が詰まっていたからオンザリバーの発音になったのだ、教室へ戻ってから なんだあのババアは・・・避難轟々である。  みんなに随分慰められ 俺のために酷い目に遭わせてすまなかったと気をつかう西森はいいやつだ、彼は間違っていない、onda riverで正解だと思うよ、オレは大丈夫、無傷で戻ってきたのだ。  

その後 西森は次期クラス委員となり 卒業するまでオンザリバーと呼ばれる人気者になった。有名人になったのである。  オラも西森も勉強ができたからではない、オラの場合はたまたまくじ引きで クラス委員に当たってしまった。 

起立・礼・着席、(standup bow sitdown ????    スタンダップ・ボウ・シッダウン・・?)

英会話の時間には 「起立・礼・着席」を英語でやりなさいと命じられ 下手な発音になるとまた怒られそうだから ほとぼり冷めるまでは日本語でやっていたが 幸いにして気づかれなかった。 

恩師に無礼なことを云ってはいけない、ローゼ先生 平成の今日も どこかで御存命ならば百歳は遥かに超えている。  ゲルマンの怪物、ヒトラーの元愛人とか 皆で悪口云っていたが 野球で怪我をして二ヶ月学校を休んだときには 見舞いの手紙と手作りソーセージを送ってくれたり 年末に手書きのクリスマスカードをもらったときは 優しいとこもあるなと ちょっとホロリとしたこともあった。  

付属高から大学まで 西森とは同じクラス、彼とは社会人になっても まだ付き合いが続く 腐れ縁?の親友である、二人とも成績よりも野球で推薦進学したようなものであったが どういうわけか専攻もクラスも一緒だった。  昭和の経済成長期、あの頃は理工科系がもてはやされる時代であった。 社会が理工科系人材を求めていた。 優秀な子は工学部へ進む、そうでない子は文系普通科へ進むのが平均的傾向であった。

オレも西森も法学部法律学科、教養課程の第二外国語はドイツ語を選択したが 後にローゼ先生がドイツ語の講師であることを知り ついに授業に出たことないまま よくぞ留年なしに卒業したものであると 二人で喜び合ったものである。 若くやさしい美人教授ならば毎日でも出席して 長くお付き合いしたいのである。 

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定年間近になると 誰でも「悠々自適」の言葉に憧れるようである。  これからは趣味に生きよう、新しいことを始めようとか・・・夫々に夢を持つのだが 現実はなかなかそうもいかない、例えばゴルフの好きな人が 毎日ゴルフへ行くかというと そういう人はいない。  オレだってこの十年くらい 釣りに行ったのは三回くらいである。 

おいらの場合は 悠々自適どころか想定外の波乱万丈、病気と闘いの日々、古希が近づき、腰痛肩凝り神経痛・・? 体中をコキコキ鳴らして よくぞここまで生きていると自画自賛。

お金持ちならば たまに温泉旅行とか世界一周豪華客船の旅・・、

南の島に別荘建てて 安楽椅子でワインをちびちびやりながら パイプの煙くゆらせる、欧米風マニュアル通りの老後を夢に見る等、人生色々、夢も様々だ。 

定年前から長期展望、妻に内緒でへそくり貯めて 競馬場通いしたり、彼女作るのもいいな・・と、夢と希望と持病を抱えて 輝かしい第二の人生に憧れる。 青く無限の大空へ翼広げて自由に飛び出せる?大鳥の心境、眠いときはいつでも寝られる、食いたいものは腹いっぱい食べる、平日に広い釣堀でひとりで釣りができる。  会社をクビになれば嬉しいことが沢山待っている、退職の送別会が我が人生で一番幸せな夜であった。

◆2月3日節分、4日立春、10日おいらの誕生日、11日建国記念日、14日バレンタインデー(女性読者各位様へ・催促するようですみませんが 私のほうはいつでも喜んでお受けいたしております、後からでも気にしませんので お気軽によろしくお願いします)。 

季節が少しずつ動き出している。  この度は一ヶ月ぶりの更新です。 穏やかに晴れた日は 身も心も爽やかになります。寒い冬の雨の日はPCに集中できないほど持病が痛む、最近は古傷痔まで痛むから、 これが悠々痔適だ。 「健全な精神は健全な肉体に宿る・・苦悩なき精神は丈夫な肉体を育む、要するにバカは風邪ひかない、肉体が健全だと精神も健全である、心と身体は相思相愛・一心同体、これが相対性理論である?・・信用しないように、夜明け前の寝言ですから」僕は馬鹿になったけれど 晴れの日は身も心も絶好調、???お天気やさんはいけない、アップダウンを顔や態度に出してはいけませんよ、毎日ハイテンションでは唯のバカ、全天候型で平均的ににこやかな人がいいのです。 AKB48フライングゲットの練習してカラオケレパートリーに使いたい、Na~NaNa~NaNaNaNaNaNa,♪・・・のとこまでは着いていけるようになったが フラインゲット・・のあとが 

何故かミゲル君のsyo-syu-riki~~♪「消臭力~~・???・・」になってしまう、オレ音痴じゃないはずだけどな、

AKBの歌 練習できるのも 悠々自適orバカだから? ま・いいか、踊り見てるだけでも ニコニコご機嫌になるからね。 やっぱり僕は馬鹿かしら・・? 

2月は現役引退定年退職、あれから九年、このごろの楽しみはパソコンで囲碁の勝負、ブログ更新しながら愚痴こぼしたり・・・これ言い始めると愚痴になるけれど。  結局閑人は辛いのである。 いい年して 何時までも欲求不満人生なのである。 貧乏ヒマなし・・という言葉があるけれど 暇のない貧乏は幸せである、ヒマのある貧乏はストレスになる。 ヒマとは寂しい事なのである。  

こんなこといえるのも健康だからだけどね、もしも病気で寝込んでたりだったら・・・ヒマどころか 最悪である。 バカになってもいい、日々足腰鍛えるつもりでウロチョロしているほうがいい、

これから定年を迎える団塊世代の読者諸兄に

第二の人生に 期待しすぎてはいけません、定年を迎えるのは ご隠居さんになるということです。  隠居とは 隠れて暮らす、にこやかに穏やかに生きることです。 会社へ行っても もう机はない、家の中にだってトイレくらいしか居場所がなくて当たり前、なんの役にもたってないのだから・・・。

日常の小さなことに喜びを見つけるのが「安らぎ」です。 先輩面して解ったようなことを語って恐縮であるが、 

オレなにも悟ってないけどね。  

悠々自適の安らぎを求めるならば 会社への未練や過去を捨てる勇気を持て、 その前に健康であることが第一条件、生活習慣に気配りするのは 自分のため、元気があればなんでもできる・・・ということを提言したいのであります。

結局悠々自適って、どういうことなの? 「時間」のことです。

現役時代には「時間のゆとり」が欲しかった、休暇が金で買えるなら金を出してでも休みを手に入れたかった。  真の悠々自適とは 経済的なゆとりと自分のために使える自由な時間、この二つである。

経済的な悠々自適を目標にするから 男は何十年もボロボロになるまで働き続けるのだ。  

毎度長々と自分の過去までネタにして偉そうに能書きたれられるから ブログは有り難い。 時間が有り余っているのも「悠々」のうちである。  バカ云ってられるのも時間のゆとりのおかげである。 これも「悠々自適」のうちだ、小遣いが少ない不満もあるが お散歩しながら ま・いいか・・と、こんなもんで満足している今日この頃・・であります。

空は青いか 海は広いか 夢はあるか 友はいるか 誰かに恋しているか ポケットの金で満足か・・・そうか じゃあ さっさと死ね」

ビートたけし先生の詩集「僕は馬鹿になった」の中から素敵な言葉を見つけました。 

このごろは晴天で 日差しが眩しい、正月にカワセミ見つけてから 毎日の散歩が 楽しくてしょうがない、リタイヤから九年、大病から丸四年、今日も歩いている自分が嬉しくてしょうがない、空の青さを否定するような奴がいたら おいらも同じことを云う。

節分には今年も海苔巻き作った、季節と関係ないが2月10は誕生日、 何回目か忘れた、自慢げに云うことでもない、言いたくもない、もうばれているけれど。  もくれんのつぼみが膨らんできました、植え込みの根元では 野良猫がサカリつきやがって ギャーギャーとウルサイけれど、もうすぐ春ですね。

 

今年は満開の桜が見られそうですね。

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信州のトマト

◆久々の更新です。  夏休み宣言してしばらくお休みの予定でしたが 昨日の雨から急に涼しくなってPCエリカ号も元気回復、更新できるようになりました、PCは暑さに弱い、オラ暑さにも寒さにも 淋しさにも弱い、一心同体? PCの具合悪いと切ない、 風邪もひくし痔も疼く・・? 自分まで具合悪くなる・・? PC依存症ではありません、相思相愛、恋をしている?  紳士の条件、いつもどこでも誰かに恋していたい。  愛機が復活すれば人間も元気になる、バカだけど風邪ひかないように気をつけましょう。

ぼんぼんとても今日明日かぎり  あさってはお嫁のしなれ草(萎れ草)

しなれた草をやぐらにつんで  したからみれば牡丹の花

ぼたんの花は咲いても散るが  なさけのお花は今ばかり

なさけのお花 ほいほい  

八月、お盆になると 信州松本市では 女の子の行列が浴衣姿にぽっくり履いて 提灯を持って市街を歩くのです。  松本市出身の女の子には懐かしいお祭りの歌である。

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フラワーさんから 松本のトマトを送って頂きました。 拡大してみてね、色も形も美味しそうでしょ。   

Tomato2 獲れたてのでっかいトマトです。  我が家のルーツ、信州松本の香りがする、新鮮ではちきれそうな メッチャ美味しいトマトです。 カジリつくと水しぶきが飛び散りそう。

子供の頃は 毎年夏休みになると 松本の祖父の家で一ヶ月ほど滞在した。

孫が七人、従兄弟が全員集合する期間だった。  二階の窓からお城の堀と天守閣が目前に見える、古いが大きな家だった。  台所には アルプスの天然水、冷たい水が湧き出る水場があった。  家の中に細い水路があって 一日中水の音が聞こえる家だった。

この湧き水は天然の冷蔵庫である。スイカ・キュウリ・茄子・トマト・・野菜も果物も この水で冷やして食べる、手を突っ込んでいられないほど 冷たい水である。

子供たちは二階の大きな部屋で七人並んで寝る。 まるで修学旅行並に暴れまくる。

お爺ちゃんの得意なお化けの話(怪談)を聞かされるから この二階の薄暗い部屋は 子供には怖い場所であった。   部屋のインテリアがコワイ、ヴェートーベンのデスマスクが壁に飾ってある、布袋様の置物とか、幽霊を描いた掛け軸とか、子供の目には不気味であった。   本物の日本刀、山岡鉄舟の木刀、伊藤博文の書等・・貴重な骨董品、祖父は囲碁をやらないのに五寸の本格碁盤もあった。  二階より便所が もっと怖い、中庭の横の廊下の奥にある便所へ行くのが 怖い・・?   玄関を開けると広い土間があって 天井にツバメの巣がある。 土間から応接間兼用の書斎・事務室、本棚には法律関係の書類が並んでいる。   祖父は松本市で弁護士事務所を開業していた。   オラが法学部法律学科を選択したのは 家系的環境からだったのかどうか? 後を継ぐほどの勉強家ではない・・幸い弁護のお世話になったことは まだないのである。

弁護士は悪いヤツの味方、この種の職業を志すならば 検事のほうが正義の味方だろう・・という考え方であったが 実際のところは女の尻を追いかけるのに情熱を傾け 司法試験どころか卒業できるか否かの心配をする学生時代だった。  

お爺ちゃんは周囲から先生と呼ばれて 板垣退助みたいな髭で 見るからに厳格で えらそうにしている頑固爺であった。  酒は飲まないが かなりの食道楽、旨いものを食い歩くのが趣味である。  東京では肉が珍しい時代、オラが小学生にして馬刺や牡丹鍋を食していたのは お爺ちゃんに同行したからである。   酒を口にしないのは 祖父の親父(曽祖父)が大酒飲みで肝硬変で死んだのを観て来たから・と、本人曰くであるが、 親父の行状を「反面教師」にしていたらしい。

そういえばオレも親父を見習うということはなかった。  親父のような酒飲みにならないようにしようと思いながら、酒飲みの道を歩き続けている。   自分も 周囲の友人たちにも乗り越えられぬ偉大な父がいる・・という話は あまり聞いたことがない、  

お爺ちゃんの酒とは関係ないが オラの現役時代の先輩には「反面教師」が多かった。尊敬に値する優しい先輩が少ないのは淋しいことである(これを言い出すと愚痴っぽくなってしまうけれど) 良い先輩というのは 後輩の「良いところ」を見つける達人である。

ダメな先輩は後輩の失敗や欠点・弱点を指摘するのが得意。  能力が低い者は人の優れた部分を評価できないのである。  

照明の乏しい時代だった、松本の家は自分的にはあまり快適な住処という記憶が無い。

湧き水で冷やしたトマトをまるかじり、表通りに速い流れの水路がある、 木片に名前を書いて水に浮かべ競争させて遊ぶ、お城の裏にあるプールへ毎日遊びに行き 身体が冷えてガタガタ震えがくるまで泳ぐ。  最年長のオラがガキ大将になって 七人で遊びまわっていた。 お盆になると 青山様だよ ワッショイコラショ・・・?  松本の男の子は青山神社のお神輿を担いで ヘンナ掛け声?・・・なんか・いなかっぺぽくて・・ダサいと 都会の子には馴染めない感覚であった。 そして 女の子は「ぼんぼんとても・・」を歌いながら歩くのである。

上品で小京都的な風情があって いいんじゃないの・・と、  オレは女の子じゃないけれど 女の子の唄がいまだに記憶に残っている、女は偉大である。

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今年は日本中自然災害でハチャメチャである。  爽やかな話題は なでしこジャパンくらいなもの、この大変なときに よくやった、エライ、スゴイ・・感動した、 悲しいのは ちょいブサイクなところ、難波のアンちゃんや吉本のおっさんみたいなのもいる・・・? 爽やかで いい娘たちだ、好感持てるブスだから さむらいジャパンと合コンすればいい。 も少し女の子らしいキレイな子を集めて なでしこの二軍ひなげしジャパンを作りたい、監督はアグネス・チャン・・・?( これは爆笑問題のネタ。)   

七月末に泉岳寺見学をしました。  いつも思うのは 浅野長矩公の墓よりも 長矩公夫人遥泉院の墓のほうが大きく立派なことである。  オレんちだけではない、日本では昔から女性のほうが偉いのであろうか・・・ 。

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女は偉い・・? 何が言いたいのか解らなくなってきた? これだからおいらはシモネタやってるほうが正解だったのである。  毎度脱線で長くなりましたが トマトのはなしであった。  景色・唄・水の流れ、食べ物の匂い・味・・例えば一個のトマトにも、ぶどうの一粒にも、思い出は 色々なものの中に存在するんですね。

湧き水・お盆の祭り・お爺ちゃんのこと・・山に囲まれ、空気も水も美味しい ふるさとの街松本と 子供の頃の思い出をいっぱいに詰め込んだ ぷりぷりのでっかいトマト・・・毎日まるかじりしています。  フラワーさん ありがとう。

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