カテゴリー「エッセイ」の17件の記事

5月・少年と海と先生とお弁当

八島先生と5月の海

少年がひとり 防波堤の上にぽつんと座って海を眺めていた。 

坊主頭の天辺には大きな傷跡が二つある。 年がら年中生傷の絶えない子だった。 

問題をよく読まずに答えを書く傾向がある、担任の先生が心配すると 母は「無鉄砲な子ですから・・・」と、二人でため息付いていた。 

頭の傷は 三歳のときに玄関のガラス戸に激突して大出血、ガラスの破片を取り除く大手術で死に損なった傷跡である。

2個あるのは同じ激突を二度やったからである。 先天性「前方未確認先行型」である。 最初の時、母がタオルで頭を押さえパニック状態で病院へ走った、手術に立ち会って気絶したので、これはお母さんのほうが大変だと病院中が大騒ぎになったそうである。  それ以来 少年の髪型はクリクリ坊主のマルコメ君スタイルになった。

これならいつでも手術の準備OK、長い髪だと傷口が判りにくいから? 母の作戦であった。 

足下の海には弁当の箱が波で岩に打ち上げられ かもめの群れが啄んでいた。

多摩川の河口、羽田~大森付近の東京湾(江戸前・・東京名物海苔)で海苔の養殖を見学してお昼になった、みんなであの堤の上で海を見ながらお弁当にしましょう・・・、先生の号令と同時に 子供たちは一斉に走りだした、堤の下で少年は持っていた弁当の包みを放り投げた、急な斜面を駆け上り 一番で頂上に到着、肝心な弁当は勢い余って 反対側の海へ坂道を転がり落ちていた。 絶望的で なんとも情けない光景であった。 

大きなバスケットを持った先生が堤を登ってきた、肥った女性教師八島先生が少年の隣に座った。  

「そういうのを・・むこうみず・・ていうんだよ。  一等にならなくていいのよ、急がばまわれ・・・諺があるでしょ、お母さんの作ったお弁当 楽しみにしてたのにね、向こうに何があるか確かめないで投げるから・・・、向こう見ずだからいつも損するのよ、 前から何度も言ってるでしょ 」

「大丈夫、そんなこともあるかと思って 先生沢山作ってきたから 先生のお弁当一緒に食べようね・・・」   

バスケットの中には三角のいい形をしたおにぎりが並んでいた、たらこのおにぎり、パリッと香ばしい海苔に包まれた白いごはんを頬張りながら 少年は涙がポロポロこぼれた。

「泣かないの、男の子は泣いちゃいけない、泣いていいのは お母さんが亡くなった時だけだよ、 あなたは先生の云うこときかない きかん坊だけど 優しい子だよ、先生は解るよ、 お母さんに悪いことしたと思ってるのね、みんなで四葉のクローバー採りにいったとき あなたひとりで五本も見つけてくれたね、先生嬉しかったよ、宝物だよ、大事にするからね・・・ 」往き来する貨物船の煙を見ながら 何故か情けない、先生の一言一言が 身に沁みる。 

「こら・・、男の子だぞ、こんなことで泣いたらいけない、食べなさい、おなか一杯食べて 大きくなりなさい、大きくなって大人になると もっと大変で悲しいことは いくらでもやってくるよ、お母さんが死んだとき以外は泣かない男になるって 約束してほしいな、顔ふきなさい、みんな来るよ 泣いてたら恥ずかしいよ」 先生がおしぼりを出して顔を拭く、「アレ、この白いのナニ? カモメの羽根?産毛がくっ付いてるじゃない、」ハ・ハ・ハ・ハ・・・頭を拭きながら二人で同時に笑った。

ここは東京湾、この海のずっと先に 大島、三宅島、伊豆七島があるのよ、社会科でやったでしょ、先生が生まれたのはそのもっと遠くの八丈島だよ。  海はいいな~!夏休みに八丈の海で泳ぎたいね、一緒に行こうか、」「ウン・オレも行く・・」

本当に行きたいと思っていた。  先生はションボリしている少年の坊主頭を撫でながら 話題を変えて 元気づけようとしていた。  先生は海を見ながら「われは海の子白波の さわぐいそべの松原に・・・・♪」小さな声で唄いはじめた。 少年も途中から一緒に口ずさんだ。  そうか・・先生は「海の子」だったんだ、ひとつの発見をしたようで嬉しいと思っていた。 半世紀後、少年は 宴会のカラオケで都はるみ“あんこ椿”を熱唱、「ウンコー便りは??・・・あ・あ・A・A.A.A.AN、かぁた便り~♪」 これを唸るとウケるから嬉しい中年の酔っ払いシモネタおやじになっていた。 

おにぎりを三個食べた、伊達巻玉子にソーセージ、牛肉の佃煮、板チョコが一枚、戦後の食糧難時代には珍しいご馳走であった。  

「おなかいっぱい・・・」「もぉいいの? 先生の心配しないでいいよ、みんな食べちゃっていいのよ、先生は もう沢山、これ以上食べたら 本当にお嫁に行けなくなっちゃうよ・・」何を食べてもオイシイ、美味しいから余計に切ない。

少年は 八島先生が好きだった。 一番前の席で いつも先生の近くにいた。 目を離すと すぐにワルサをするから先生の手の届くところに置かれていたのである。

先生も この少年に手を焼きながらも 周囲にえこひいきと囁かれても 彼が特別に気になる存在であった。

Photo 雨で泳がないこいのぼり・4月27日  

四葉のクローバーは願い事が叶う「幸運の葉」、みんなで先生に四葉を探してやろう・・・誰からともなく言い出して 多摩川の土手へ四葉を探しに行ったのは先週であった。 少年は必死になって五本も見つけた、誇らしげに先生に手渡した。  

先生の幸せって・・・、素敵な人のところへお嫁さんに行くことかな? 少年には先生のお嫁さん姿がイメージできない、先生を抱っこできるのは吉葉山くらいなもの・・?先生はそれほどのデブちゃんであった。  でも先生が好き、憧れのあの人は 罪なことに先生だったのかもしれない。

「さあ・帰ろう、今度はみんなと一緒に ちゃんと階段降りて帰ろうね。」先生と手をつないで堤の上からゆっくり降りて帰った。

空が碧い、暖かい初夏の陽射しに包まれて、穏やかな風と潮の匂いが爽やか、小学三年生の5月であった。  少年は 先生と過ごしたこの短い時間と おにぎりの美味しさが 彼のその後の人生に いつまでも残る記憶になっていた。

About Me  十年後、少年は社会人になって燃えるような恋をした。 新婚二ヶ月目、毎日が愛の囁き、幸せな日々、ある夜突然 母の訃報がやって来た。

余談きみまろ風・ 若く美しい恋人同士だった、愛してる?どれくらい?・・・愛があれば何もいらない、ゴハン食べなくても生きられる。 新妻は寄ると触ると逞しい彼の腕に抱かれて唇を奪われる・・❤あれから四十年・今奪われるのは 晩御飯のおかず??「おならしたでしょ、パンツ着替えなさい・・!」彼はパンツを奪われる。 囁く言葉は・一緒のお墓に入ろうね❤、寄りも触りも見向きもしない・・でも・愛の誓いは永遠に変らない・・? 我が家だけではない、所帯が古くなると 日本ではどこも皆こんなものですから・・)  

通夜の席で八島先生に再会した。  挨拶しようと先生のところへ・・・大人になったところを見せたい、しっかりとお礼を言うつもりで畳に手をついた。 

「先生・お久しぶりです、・・・」そこまで口にして 後が出てこない、感極まって正座している先生の膝のあたりに顔を埋めて 号泣した。  

先生は 彼の頭を撫でながら「悔しいね、悲しいよね、先生も悲しいよ、泣いていいよ・・ 泣くのは今だよ、羽田で約束したでしょ、憶えてる? 先生は憶えてるよ、今しか泣くときないからね・・・ちょっと・・・、汚さないでよ、今日はいいお洋服だからね 」 

心地よい涙であった、中途半端に泣くのではない、泣くなら今だ、男が泣くのは 今しかないのだ・・・、一生分の涙を ここで全部使い切ってやろう・・・彼なりに納得して号泣していた。 先生には頭が上がらない、この先いつまで経っても いくつになっても先生は偉大な存在であると思っていた。

少年にとって母の存在は偉大である、先生も同じ、偉大で巨大な存在、仰げば尊しわが師の恩である。

後に同級生の結婚式で 再び先生と同席した時 教え子が 母の葬式に私の膝で泣いたという話が美談になって 同僚や子供たちに話したという。  先生も嬉しかったのである。  教え子と共に喜び 共に悩む、親身になって子供に接した自分の教育法が納得できたからである。

余りにもドヂで情けない話だから 他人事のように「少年」のストーリーにしてしまったが これがガキの頃の自分である。  先生も仮名だけど 現実の話である。

自分という人間を 肉体も精神も、全部ひっくるめた一個の生命体とすれば その材料も内容も 全て「過去」の積み重ねである。 分析すれば莫大な種類の材質で構成された生命体である。   過去があるから今の自分が存在する、

思い出、親の恩、感謝の気持ち、そんなことをとやかく言うのは 人間くらいなものである。 人間以外の動物が「思い出」に心動かすことはない、だから人間は偉いのである。

犬が散歩で 同じ電柱にオシッコするのは その電柱に思い出や愛着があるからではない、

歴史の勉強は未来を知りたいからだ、勝ち馬検討で馬のデーター分析するのは勝ち馬を推理したいからである。  「思い出」を無駄にしてはいけない、未来は未知の世界、過去は現実、信頼できるデーターである。 過去の経験を教訓にして明日への方向性を探ることはできる。 「振り向くな」というけれど たまには振り向かなければいけないよ、車もバックミラーがなければ危険走行になる。 

学校に未練はない、思い出なんか何も無い・・・現代人はそれで普通かもしれない。 

誰でも今が大切、子供の頃を思い出してるヒマなんか無い。  

人生は時間よりも内容、「充実」とは一日一日が「思い出」に残るような日々を過すことである。 人生は出会いと別れの繰り返し、お弁当を海に放り投げるドヂをやったから 八島先生を独占することが出来た。  失敗が後悔になってはいけない、反省と後悔は違う、失敗を反省して将来に役立てなければ過去の価値がない。   

良いことも悪いことも色々あったが 色々なジャンルでオラ先生には恵まれたな。 

学校の先生、野球の先生、囲碁の先生、病院の先生は命を救ってくれた。  改めて感謝したいのです

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大病から三年目、近況

5月の青空、オラには記念日が沢山ある。 4月末 病院のロビーに「端午の節句」でお洒落な飾り付けがあったよ、三月には「お雛様」だった。 「希望」の書が男の子らしくて 良かったよ。  定期検査の結果も良好、まだ生きて元気に能書きたれている。 みんなのお陰だ、ありがたいことである。 

思い出なんか 何も無い・・・それじゃダメだよ、

本当に思い出すことがなにもないのはバカと同じだ、思い出ないのは夢も希望もないのと一緒だよ。  そういう人がいるから今どきの教科書では円周率πがになったりする、   3.14・・、昭和の子供は皆知っている、オレは数学苦手だけどな・・、五百桁くらい暗記する人もいるが そこまで記憶しなくてもいいけどね。  三角形の二辺の和は他の一辺よりも大である・・証明せよ・ 直線のほうが早く走れる、曲がり角あると衝突して また頭怪我するから・・?(オリジナル 回答)   

思い出は沢山あるほど人生が充実している。 思い出が多いと ブログのネタが切れることがない。 千回更新が目標になる。 長く降り続く寒い春の雨が止んで、暖かい陽射しの5月がやってくると 我が人生で最初に出逢った素敵な恩師 八島先生を思い出す、母の命日も5月である。 お母さんに感謝するのは母の日だけではないよ・・・と云いたいのであります。 人生は日々人との出逢い、自分を心配し、愛してくれた人は誰だったのか、充実した日はいつだったのか、    

もう一度考えて 思い出してみなさい、明日のために 今日もベストを尽くそうと意欲が湧いてくる。 失敗しても大丈夫、過去のドヂを今日の勇気に変えてくれる人もいる、弁当を海に放り投げても おなか一杯になることもある。

「感謝の心」を忘れてはいけない・・ということである。  

 オレが人生を論じても 説得力ないけどな(^.^)、  

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時は流れて・年末の酔狂

このごろ想うこと ・ネタ切れのため お酒について

「居酒屋兆治」の作者山口瞳さんのエッセイ集に こんなのがあった。

ある年の瀬に 酒場で団塊世代の友人に「あなたはまだ奥様と なさいますか」と聞いてみた、夫婦の限界というか ボーダーラインのようなものを探ってみたかった。 

彼は「私は三年くらいしていませんが 先日ある夜 急にその気になって 隣の布団で横向きにむこう向いて寝ている女房の肩に手をかけ「おい・・」と言ったら 女房は顔だけこっちを向いて ニヤッとしてまた向こう向いて寝てしまった それで終りです」

情景が想像できる なんとも恐ろしいような気味の悪いような話であった。

四十~五十代、不良系団塊オヤジになると仕事帰りの居酒屋での話題は 先ず嫌な上司の悪口から始まる。  景気の動向、営業戦略、その他将来の不安まで・・・仕事の話はあまりしない。   悪口言われる人は主人公だから 酒の肴になっているうちが花なのである。 話題が尽きると 行き着くところは結局「まだ なさいますか 」になる。  

「まだ やるか否か」そういうことが気になる年齢に達したからである。 「そんなこともあったな」「オラもう忘れた・・」、「よそなら頑張れるけどな」など積極的発言もある。  皆自信のない不良オヤジのくせに 妻への義理を自問しながら 不貞に似た負い目と責任感の狭間で 酔狂と水平思考でバカ笑いしてるときが一番楽しい。 

そういう状況でしか本音を語れない、互いの立場も経済状態も知っているから サラリーマンとは哀しい種族、男とは哀しい生き物である。

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昨今の居酒屋は 騒々しくて苦手である。 「こちら焼酎ロックになりまーす、レモン搾ってもらっていいですか・・・」若い店員の接客マニュアルが飛び交う酒場は どこも混雑する、内容より価格、安いからであるが満席で入りきれない店もある。  

隣の客とくっ付くくらいの混雑の中で 大きな声でないと話が聞こえない、店全体がハイテンション、叫びあって会話しているうちに 喉が痛くなる。  隣のグループがやかましい、特に女の声はキーが高いからギャーギャーと聞こえる、 こんな環境で「オラ20年やってない・・」なんて会話は普通はしない、 粗暴な言動をしないのが紳士の条件ならば やるだのやってない・・だのと 大声で叫ぶようでは 紳士失格である。

ゆっくり呑んで普通に語り合いたい、ならば高い店へ行けばよい。

決して豊かな経済状態ではないから 毎度高級なところへ出向くわけにもいかない。

そして 五人の仲間「酔狂連」は 毎月積み立てしてメインレースの一本勝負までするようになった。  11連敗の記録もある。 勝負しなければ何度もいけるのに・・・それでも欲がジャマをする。 勝利の美酒を味わいたいのである。

品川の路地裏、馴染の活魚料理店で石鯛の活造り、師走にはスッポン鍋で股間の奮起を期待する?  隣の安っぽいスナックから下手くそなカラオケが聞こえてくる。

「思い出酒に酔うばかり」「誰が名付けた夢追い酒と」「惚れた同士さお前と二人酒」・・・このてのド演歌が好きくない。 酒の有難さ知らない奴が酒の演歌を唄うな、「1月は正月で酒が飲めるぞ」 バカヤロ、未成年が酒呑むな、

やがて都はるみのメドレーになる、「しあわせそれとも今は ふしあわせ」・・「大きなお世話だバカヤロー!」、「あなた死んでもいいですか・・」「とっとと死ね」・・・・

オレは酒で乱れたことはない、粗暴になったこともないが シロウトの聴くに耐えない下手くそなカラオケは無性に機嫌が悪くなる。

こんな男に 誰がした?・・・誰のせいでもありゃしない・みんなオイラが・・?

 

暮らしの話や夢を語るほど 寂しくなってきちゃう。 年末は冬の訪れ、楽しい漫画的な話でバカ笑いすると身も心も温まるからいい。 呑むことを正当化しようとする呑ん兵衛の屁理屈であるが。

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不良オヤジの水平思考、全員一致で可決された改革案

 諸悪の根源売春禁止法は反対、遊郭を国営化する。

 GⅠレースの勝馬投票券は郵便局・コンビニでも販売する、郵政民営化ならここまでやるべき。

 暴力団同士の抗争は国立競技場を開放、最後の一人まで戦わせる。

 振りこめ詐欺の犯人を一度死刑にしてみる。 法律の抑止力でこのての犯罪は無くなる。

 妻子を殺された遺族に仇討ちを公認、拳銃を貸与して国家公認の刺客をアシスタントにする。 子連れ狼が高額なら仕事人中村主水さんなら格安一両で依頼できる。

 塩分控えめと医者に注意されたら 甘いもの食べる。 (この案件は先送り)

 天下り問題、天下り先を航空自衛隊にする。 空挺部隊で飛び降りればこれが本当の「天下り」。

 恋愛論、男も女も やっぱりルックスだよ、 顔より心なんてウソ、アノコに会いたいは アノコとやりたい・・てことだろが (ビートたけしのネタ)

オレは品行方正な優等生でも紳士でもない、どちらか云えば無頼系である、文章も時々乱暴になる。 真面目にやってきた優等生には冷たい人間が多い、悪い奴もいる。 ドヂな不良系に心の温かい友がいる。 お互いに本音を打ち明けられる。  勉強を否定しているのではないよ、勉強はしたほうがいい、要は向学心・勉強の質の問題だ。 学歴・知識だけで教養人にはなれない、教科書だけの勉強では未完成なのよ、ある期間目標に向けて努力した経験がエライのよ、 それが云いたい。 

酔狂連の仲間たちも皆似たもの同志、失敗経験が豊富だから それなりに人にやさしい、ドヂだから夫々に病気も抱えている、それも基本的に酒呑むと叱られる病気である。 呑んじゃいけない・・だから呑みたい、自然流である。

破廉恥なことをしないだけだ、酒・女・博打・・・ 常にろくなことを考えていない。 皆エラそうなことを云っても 飲むとガキと一緒である、皆優しいのは酒に対する感謝の気持ちを忘れていないからである。 

今年も師走になりました。   忘年会、新年会、酒を呑む機会が多くなる季節です。

キライなこともまだあるが列挙するのもアホらしい、どうでもよくなってきた。

お蔭様で、ホントニお蔭様で・・暮れから正月が楽しみになりました。 旨い肴で美味い酒を ほどほどに呑めるのが スゴーク幸せ。

一年一生、一日一生、子連れ狼冥府魔道ではないけど 充実した一年を過ごしたい。 

去年は時の経つのが待ち遠しかった、今年も無事に年末を迎えた、時間は誰にでも平等に経過する。 健康の有難さが やっと分かってきたのかも。  少しでも多くお正月を迎えられるように精進しよう、今日の健康に感謝、ボチボチ行こう・・と思うようになった。 年末の忙しい時期に能書きたれて またシモネタ系で長くなってしまったが 要するに来年もお正月に旨い酒が呑めればいいんだよ。

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読書の夏・晴耕雨読・myself

エッセイ・・のつもり(シモネタ系)

近況報告

読書の秋、とはいっても まだまだ夏、「残暑お見舞い申し上げます」は八月、盛夏のご挨拶、この暑い時期に本を読んでみたくてたまらない、

エッセイを書いてみたい。面白くて笑っちゃうようなこと、哀愁に満ちた 笑いの隣に涙があるようなエッセイが書いてみたい。

7月から本屋を覗いたり 図書館にも行ってみた。  図書館はどうも苦手、学生時代から図書館はオラには場違いなところだ。  友達と喋ったり音を立てたりするとメガネかけた勉強熱心な奴らが「シー・・!」ギロッと冷たい視線を浴びせる、ここは学問の「聖域」か? オレも仲間たちも勤勉な学生ではなかった、どちらか云うと不良系、 この雰囲気に馴染めない、こっちはお茶でも飲みながらタバコの煙くゆらせて 本をめくる、図書館はしずかな喫茶店、憩いの場だと思っていた。  図書館は敷居が高い、 本屋なら好きな作者の文庫本をゆっくり探せる。  大体書店へいくのも何十年かぶりである。

去年の夏は 遮二無二歩いた、命がけの勝負をしているつもりだった。 ここまで生きてきた中で本気になって闘ったことがあっただろうか、燃え尽きるまで全力を尽くしたことが あっただろうか、自問自答しながら木の葉を踏みながら 大汗かいて脚を痛めて、それでも歩いた。 一度くらい狂ったように敵に立ち向かってみたい、死ぬほどの勝負がしてみたい。  こんな激しいものが自分の中にあったのが 今となっては嬉しいことのように思えてきた。  

弱音を吐くな、泣きごと言うな・・・、戦中派(オラの生まれはミッドウェイの年だから 一応戦中派か)は ガキの頃からそういう教育をされた世代だ、それが戦後の復興と高度成長の原動力になったと誇りにしてもいい。  

ところがそんな強い子ばかりではない、弱虫の甘えん坊もいた。

振り向くな 振り向くな 後ろには夢がない・・・

分かっちゃいるけど この一年は 振り向いてばかりだった。 自分がつけた足跡に キレイな花が咲いているだろうか・・・? ここまで生きてきた人生が大切なことのように思えて、沢山の思い出が 簡単に忘れてはいけない大事な宝物のように思えてきた。  会いたい友がいたら すぐに会いたい。 食いたいものあれば すぐに食いたい。 欲望に対してアクティブになった、やるなら今しかねぇ、オレは横浜の六十六のオヤジだ。 大病で 未来が短いような気持ちになるのは 平均的感情かもしれないが。  やはり食卓の上のご馳走は 一番好きなものから食いたいのは変わっていない。 

足跡と同じ数だけ思い出がある、人間は弱い、特にオレは弱い、アタマも弱い・・・?  凛として 男らしく、強く生きる・・・スローガンだけは逞しくありたいと願い、この一年間、ドタバタしながら見えてきたのは 自分の人生を自分流に生きよう・・・自由に軽く 寿命まで行こう?・・スローガンも無責任方向になってきたから??楽でいいじゃない・・・である。 

これだから「勝負師」になれなかったのだ。  「思い出」は大切な宝物、忘れないようにしよう・・・と思えば 忘れられるだろうか、忘れようとするから忘れられなくなるのはバカだから それを逆に利用すればよい、たまにはいいこと考えたぜー・・❤ (やっぱりバカか?)

Photo百日紅

   

    女と別れるときは振り向かない、女の自尊心を傷つけないように少しずつそっと離れてゆく・・・それが女に対する仁義

オレは惚れた女が嫌になったことはない、気が付けば女が振り向きもしないでさっさと消えていった、 

  どうしても別れたい女、 一緒に寝るとき寝小便漏らせばいい、三回も漏らせば向こうから別れてくれる、オレだったら三度目は寝糞する、ウンコ漏らせば完璧、円満に解決?

  ★女は凄い、例えば 愛する人がピストルを向けられていたら その中に飛び込んで自分が撃たれることを平気でやれる だから女を愛することができる(川端康成先生)

 ★別れたくないのに別れてしまったらどーするか?  泣けばいい、男の自尊心は強いから だからこそ泣けばいい、そのほうが自然。

 ★立小便のあと 手を洗う人はキタナイものに触ったあとだから・・・という。

  洗わない人はキレイなものに触ったあとで手を洗う必要がない・・という。

  外国で娼婦を買った男がバスルームで小便して手を洗っているのをみて女が怒った、あなたはそんなキタナイもので私に接しようとしているのか・・

 

   これは最近読んだ山口瞳さんの短編集で見つけた。 これらの話を汚いと思うひとは小便のあとに手を洗う、本当はする前に洗うものである。 手ほどキタナイものはない、 だからインフルエンザ予防に手洗いが大切なのよ。 

  読書すると心に残るフレーズに出会うことがよくある、  この一年、思い出すと涙になるから忘れようとすることが沢山あった。  振り向かないで女と別れようとする 青春時代に経験した幼い涙の行動に似ている。  

  

最近は読書ができる環境に生きていることが 有難く幸せなことだと思えるようになった。

学生時代は本が貴重品であった、文学全集は高価で本棚に並べると洒落たインテリアにもなった。   漱石、芥川・・・少年の頃は意味も分からず日本文学の古典?を読んだ。

社会人になると 司馬遼太郎、西村寿行、柴田錬三郎、開高健など 酒呑みでシモネタ好きな中年オヤジ作家を愛読し 影響を受けるようになった。 クラシックから入門して団塊世代ではポップス系に移行したようなものである。  

読書はいくつになっても良いものである、若い頃は心が新鮮だから啓発されることもある。 「読書のすすめ」このブログ覗いた若い人に読書を薦めたい、漱石、芥川、日本の純文学に挑戦できるのは 若くて目が良いうちだ。 ゲームより読書しなさい。 ゲームは爺さんでもできる。  年寄りだから重複するが、だから本を読みなさいと もう一度言いたくなるのです。

6月4日、整形外科の紹介でMRI検査。  去年の大病以来、初めて経験することが沢山あった。 アタマを手術、眼の手術、最先端の医療に随分お世話になってきた。 アナログな世代にはコワイことばかりだった、医学の進歩はスッゲェよ、CTの画像が鮮明なのに驚く、悪い病気も何でも発見されてしまうようでコワイ。  この一年間の経験は不思議な体験、未知との遭遇だった。  MRI ドームの中に入ってから鼻が痒い、動かないで頑張ってくださいということで 頑張ったが、鼻が痒くてたまらん、オーイ早く終わってくれ・・・、体を固定されてるから辛かったよ、17分頑張ったよ。 こんなすごい検査のない時代だったら オラとっくにこの世にいない。

Photo   

検査の後は 牛丼食って桜並木の川沿いを散歩した。 空が去年より碧く見えた、一年の時が流れて 何でもないようなことに「幸運」を実感している。

去年は こんな風に散歩している状況でなかった。  道端の雑草にも花が咲いている。  緑の季節、穏やかな優しい季節が再びやってきた。

Photo_3 きなこ爆睡  

お盆も過ぎて 立秋も過ぎて、暦の上ではもう秋だ。  

8月23日、眼科クリニックの前を通って 本屋を覗きに行った。 想えば二年前の年末、眼科で白内障と診断され 手術の紹介状を貰ったのがはじまりだった。

歩いていると 道端の花、町の景色、視界に入るなんでもないものまでが 思い出の世界への出発点になってしまう。 全て忘却の彼方へ消え去ってしまえば楽なのに・・・と、分かっちゃいるけど、思い出すのもバカのうち? 完璧に忘れられるのが本当のバカだけど、適当に思い出すのも標準的でいいでしょ、 

読書できるのは目の手術のおかげ、  怖かったけどこれほど有難いことはない。

去年の8月9日、手術前に地震があった、病院の建物が揺れた、優しい先生が様子見に来てくれた、「大丈夫だった?」「自信ないよ・・・」「がんばってね、地震で自信なくなっちゃったの?・・・」シャレが通じる先生、それが嬉しいことだった。

昼食はうどんだった。半分だけ食べなさいと言われて 何本か数えて2で割るか・・・???? 先生は笑ってくれたけど 本人は緊張と恐怖の初体験。  

寒い手術室には覆面したスタッフが沢山いて 目の前に注射器やピンセット、尖ったものが何本も見える、これは怖いよ!長い時間だった。 

恐怖体験怖のご褒美で 今では読書したいという優雅な気持ちになったのだ。 

 いい加減が大事、力入れるときと抜くとき・・緩急のメリハリが大事、呑気にやっていれば 病気なんかどこかへ忘れ去るようになる。(鎌田先生)

まぐろは泳ぎ続けなければ生きてゆけない、オレもまぐろか? 喋り続け 歩き続け、食って 呑んで、読書もできる。 日常の単純なことができることが凄く幸せ、 ある日突然別れを経験しなければならない家族もいる   涙の経験を笑いでごまかす奴もいる。 そんな悲しみの中で人は生きている、そして、どんなに悲しい環境にも 人の優しさや幸運という「幸せ」が出番を待っている。  オレが幸運だったのは悲しい経験を家族にさせなかったことだ。 笑顔が幸運をもたらす、笑いは病を癒す力がある、やっぱり笑顔が一番。 病気から学んだことは自分的にはこの程度だ。  

「晴耕雨読」、晴れたら耕し 雨の日は読書する。 現役を引退するとき第二の人生は晴耕雨読の穏やかな日々を予定していた。

去年は予定より少し寄り道してしまったが、今年の秋は やっと晴耕雨読??晴歩雨読で大体予定通りの日々を送るようになった。 

金持ちになりたい・・という願望は「幸せ」になりたい・・・に似ている。 お金持ちの人は幸せか? 幸せには見えない、金のない人は 幸せを求めて金を遣う、美味しいものを食べる、行きたいところも行く、幸せな経験が豊富である、だから金がなくなる、金持ちはお金を使わないから ないのと同じ、幸せの経験も少ないから・・幸せそうに見えない。  金持ちは金を持っていることが幸せなのである。 幸せというのは 夫々の価値観で、共通の秤にはかけられないからです。と きみまろさんの単行本にあった。 

読書すると こんなユニークなお話に出会うことができる。  

もうひとつ 各方面からのお叱りを覚悟で、

「道を歩いていたら ウンコみたいなものを見つけた、何だろ、ウンコかな? よーく見てもウンコに見える、においかいだら やっぱりウンコ、さわってみたらウンコで、なめてみてもウンコ、よかった 踏まないで・・・」これはビートたけしのネタを拝借しました。

昭和を生きてきた団塊世代、青春はみんな貧しかった、明るく笑って頑張った、やっぱり笑顔が一番なんだね。

今回はエッセイ?! ただのシモネタじゃん?! 

★昨日テレビで大笑いした  新潟の田舎町でお婆ちゃんにインタビュー「どこから来たの?」「東京から来ました」「農協かね????」 こーゆーのがオラにはウケル。

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読書のすすめ その三

◆だから本を読みなさい

いつの時代でもバカは氾濫している、

踊る阿呆に見る阿呆・・・人は基本的に皆バカなのかもしないが

現代社会の情報過多や娯楽に溢れた環境が要因か、個人の先天的資質か?

最近では大人でも小学生レベルの漢字を読めないのが多すぎる。

テレビタレントたちが バカを競う番組まである。

バカさ加減を笑う番組で バカキャラを売りにしているならまだましだが、

それがみな本物のバカで本人がそれを自覚していないからコワイ。

読み書きだけではない、子供でも分かる常識問題をマジで知らないバカもいる。

世界地図を見て イタリヤやイギリスがどこか知らないならまだ許せるが

日本がどこか指差せない言語道断のバカもいる・・・。

二十歳前後のガキならともかく、三十も過ぎた女が「ワカンナ~イ!」と可愛い子ぶって・・・、特にそういうのに天然バカが多い。 

(インテリを自認した高慢な女よりは確かに可愛いけどね・・・オジサンとしては)

日本の若者レベルがこんなものかと思うと 嘆かわしいことだ。

子供のころ勉強が嫌いだから、できなかったから・・・という問題ではない、

大人になっても本を読まないから こういうバカが増えてゆくのです。

昔、中曽根首相がアフリカ・メキシコ・プエルトリコなど多様な民族で構成された米国民の知的水準が低いと発言して米当局に反発されたことがあったが、これじゃぁ我が国の知的水準も似たようなものだ。

原因は やはり日本人が本を読まなくなったからだ。

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「教えてもらってない・・・」または「習ったことがない・・・」

昨今の若者から耳にするこのことば・・・オレは嫌いだ。

新入社員に仕事の指導をしていたころに何度か聞いたが このセリフを云う人は 長く続かなかった。

自分の無能を指導や環境へ責任転嫁しているようで・・・日本人がクラゲになったとはこういうところだ。

どんな仕事でも同じだ、一から十まで教えなければならない人に向上はない。

例えば職人の世界なら「技」の全てを教えてくれる親方や師匠はいない、

弟子は掃除をさせられたり炊事をしたり・・・本職と関係ないことをしながら先生の技を盗む、一を教わったら残りの九は自分で習得するものだ。 

門前の小僧習わぬ経を詠む・・・、下積み経験の尊さを認識しなければいけない。

これをやると決めたら 己の心に「熱いもの」を燃やさなければ一人前にはなれないということだ。

ナンチャッテ・・・エラそうに能書き言える自分だって、青春時代の真ん中は あっちへフラフラこっちへフワフワと道に迷ってばかりだったけどね。

でも仕事に関しては 教えてくれる先輩などはいなかった、

あの時代には「教えてもらってない・・・」というようなセリフもなかった、    上司や周りの先輩の中から良き手本を選び 意地でも自分で仕事を習得していったような気がする。

昔はどうだこうだのと 恵まれない環境でも頑張ったと自己主張するのが年寄りのパターンだけど、自分が若いころにも同じようなパターンで年寄りの話を聞かされていた。

人間社会の世代交代とは そういうことの繰り返しなのだろう。

子供は親を越えなければいけない・・・が、

親もまた「身長は仕方がないとしても 生きている間は子供に越されてたまるか」と、今の若者たちがそういう気概を持った年寄りになれるのだろうか?

その頃には オラはもういないからどうでもいいことだが、

結局、まぁ何とかなってるだろうけどね。  

最近は子供にも「習ってない」の傾向はある。

例えば 読めない漢字に出逢ったときに 小学生は「まだ習ってないも~ん」という。

子供はこれでもいいのだ、まだ習ってないならばその場で教えてやればいい。

昨今は 大人になってもこれを言うやつばかりだからダメなのだ。

Aosujiagehakyumitsu04

オレはガキのころ 教科書を読む勉強が嫌いだった、

(勉強が好きな子なんて普通はあまりいないけど・・・・、)

ところが 小説を読むのは好きだった。

面白いと興味のあることが好きなのだから 読書は自分的には「遊び」と同じ、

PCやゲームのない時代だから読書がゲームのような領域だったのかもしれない。

大人になって少しは物事がわかるようになると 

物語にはテーマがある、心がある、夢がある、感動することもある・・・、

知識を得るというよりも もっと違った無限に広がる何かがある・・・

と思うようになって、読書は更に興味深いものになっていったのです。

過去形になるのは 若い頃しか本を読まなかったからだ、

なぜなら 五十を過ぎ老眼の兆候が出はじめると活字を眼で追うのが苦痛になるからだ。

若いうちだから本も読めたということです。

Kuroagehakyumitsu14

若い頃は 年寄りの話を聞くのがきらいだった(今でも嫌いだけどね)、

長くて同じことを何度も聞かされるし こちらの意見はなかなか伝わらない。

そういう自分も最近は年寄りのグループに入って会話する機会が増えてしまった。

プールでも病院の待合室やアルバイト先でも 話しかけられればシカトするわけにもいかない、話しかけてくるということは相手がオレを同レベルだと思っているからだ。

しかも困ったことに いつの間にか自分が会話の中心になっている。

これが姉ちゃんたちなら大歓迎なのにね・・・

余談になるが十年ほど前だった、まだ五十代で現役のころだ。

朝冷蔵庫を開けると 中にシャンプーとリンスが入っている、

何で麦茶と牛乳の間にシャンプーとリンスの容器があるの?

家には自分と女房の二人きりだ、

頼むよ、ボケるのはまだ早い・・・女房を疑ったが敵もさすがだ、一歩も引かない。

冗談じゃない 私ではない・・お父さん大丈夫か? しっかりしてくれよ・・と云う、

オレだって天地神明に誓って 最高裁へもつれ込んでも絶対に潔白だ・・・!

どちらかが犯人に違いないのだが お互いが入れた記憶もなければ 絶対自分は入れてないと断言できる確証もないところが問題なのだ。 

絶対と絶対(Never Never)が激突すると 互いの名誉のためには曖昧(about)という結論で収めるしかない。

四十年以上も夫婦をしていると それなりに幾多の紛争は勃発するが

その都度何れかが妥協し又は歩み寄り 平和的合意に到達するのだが、

この件に関しては双方とも記憶に確信がないまま いまだに平行線なのだ。

はなしを聞いた子供たちは腹を抱えて立ち直れないほど笑いころげ、

それにつられて自分たちも笑いが止まらなくなった。

娘は「シャンプーは 冷やしたほうがいいの?・・・」と真顔になるし、

ついに本件は笑ってごまかす迷宮入り、我が家の永遠の謎になったのです。

なんてこともあったから

オレにも爺さん婆さんたちに話かけられてもおかしくない素質は充分なのかも。

未練がましいがあれは絶対オレではない(その自信も最近は100%ではないが)

Kichoukyumitsu01

年寄りは若い人の意見を聴こうとしない傾向がある、これを頑固という。

若い人が年寄りの話を聞きたがらないのは 年寄りが若者の会話(ことば)やメールの絵文字についてゆけないのと同じことなのだ。

だから年寄りにも 若い人の文化を理解しようと努力する謙虚さと柔軟性が必要だ、

それが無くなってしまうから「年寄り」なんだけどね。

年寄りの話というのは 自分が年寄りになったとき初めて共感できるのかもしれない。

読書も同じだ、

興味のあるジャンルだけでもいい、そのときは意味が分からなくてもいいのだ、

経験を積んだあとで 昔読んだ物語のテーマや心が理解できたとき

凄~く感動することもある。

視力が1.5のうちに沢山読むといい、目さえよければどこでも読める、

自分の場合は通勤電車の中という最悪の環境だったが・・・。

忙しいときだからこそ読書ができる、二日酔いでも睡眠不足でも関係ない、

若さというパワーが読書をさせてくれるのです。

第二の人生を迎え ゆとりある時間を利用してゆっくり読書でもしようか・・・

なんて思ったら大間違いなのです。

これは自分の経験論だが 年寄りはパソコンのマニュアル読むのも面倒で携帯電話だってろくに使いこなせない。

個人差はあるが 人はみな加齢と共に確実にアホへの道へ向かってゆくのだ。

だから本を読みなさい、

騙されたと思って アタマが回転する若いうちに読んでおきなさい・・・

一冊の小説を読破したときの達成感と感動の余韻が 経験のメニューに追加されて

やがて心の調味料となり 一味ちがう粋な味付けをしてくれることもあるのです。

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読書のすすめ その二

◆今どきの日本語

①「ホントですか」=「分かりました」の意味で使うが 会話中にホントですか・・と云われると嘘云ってどうするといいたくなるが・・、

 

②「ウソ!」=これも意外な事実を聞かされビックリしたときに使われる、本当!と思ったときに嘘!というのだ・・・否定の言葉が肯定を意味している。 これとセットで使う「信じられない」や「マジで!?」も、あまりに頻繁なので最近は抵抗なく自分も使うようになってしまった、

 

③ 例えば予約や注文を申し込むとき受付係りが

「こちらに○○を記入してもらっていいですか?」などの言い方をする。 当たり前だろ、そのために来ている。 May I ナンタラカンタラ・・を丁寧な言葉遣いとして直訳し、やたらにマニュアル化するとこうなる。

 

④ 例えば居酒屋で

メニューを持ってきて「こちらメニューになりま~す」

生ビールとヤキトリをたのんだとする、それを運んでくると 「こちら生ビールになりま~す!」「ヤキトリになりま~す」・・・ナンジャそれ?そんなの見りゃ分かるわ!!  これって、なんか変くない?(こっちまでなんか変になってしまう) 特にファストフードや安いレストランでこの傾向が顕著である。

オレの言いたいことわかるかな? 

教えられたままに「・・・なります」を使う彼等には多分わからないと思うが、そんなことをとやかく言う自分も今風の言葉に付いていけないウゼェオヤジだけどね・・

 

⑤ ユニーク編

「○○よりすこしあっちらへん」・・・又は「こっちらへん」、「らへん」は何処らあたりの意味で距離及場所的使用のほかに時間的使用法もある。「終盤らへんから盛り上がってきた・・・」とか。 

 

⑥ 番外編

某有名デパートで(これは女房に聞いたはなしだが)店員が代金のつり銭を持ってきて

「こちらお金様になります・・・」といわれたそうだ、

「え!なに・・・?」思わず聞き返したと女房がいう。

これは若い人が作れるマニュアルではない、おそらくその店舗の社長のポリシーであろう。

商人にとって「お金」は神様みたいなものだろうけど、

やだね・・・、それを社員の接客マニュアルにして 上品どころか貧乏たらしくて垢抜けしないケチな社長の半生が想像できる。

よ~く考えよ~ お金は大事だよ~♪・・ということは分かっているが

だからって「様」をつけるこたねぇだろ、これこそ「ウソ!シンジラレナ~イ」になる。

「ウンチクン」のほうが 遥かにかわいくてセンスのいい言葉だ。

そんなふざけた店で二度と買い物なんかすんじゃねぇぞ バカヤロ・・・こんなんだから オレはいつまで経ってもお金から見放されているけどね。

言葉も文化だから 明瞭で使いやすく時代と共に進化してゆく。

江戸時代なら「ホントですか」は「真実(まこと)でござりまするか?」

「ウソ!?・・・」は「偽り・・・」になる。

いまどき日常でこんな会話したら奇人変人になってしまう。

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現代はスピードの時代、ウソ・マジ・キモ・オハ・アケオメ・コトヨロ・・・(自分が知っているのはこの程度だけど)言葉がどんどん簡略化され、スピードアップしてゆく若者の感性は賞賛に値する、

ところがその反面「・・・になりま~す」「・・・してもらっていいですか?」のような上品・丁寧・親切などを目指すマニュアルのダサイこと・・・、

このぎこちなさ?は 一体どうなっているのか。

無理して正しい日本語を使うこともないが意味も分からず営業用語をマニュアル化する人もそれを使う人も、これは変だと思わないところが変なのだ。

やはり 若者が本を読んでいないからこういう現象になるのです。

あるサービス業の店では 店長の他に「チーフ」と「主任」がいる、

スタッフが互いに堂々と客の前でそれを呼び合っている。

ある工事現場の施工業者が「プロジェクト計画?」の会議をしたという。

これらはもう 変?よりも面白い、

みんな真面目に頑張って働く人たちだから それでいいけどね、

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教科書・参考書による進学のための勉強は マニュアル化された知識になる、

知識の習得だけでは 心は融通の利かない機械と同じ。

「読書」は勉強で覚えた文字や言葉の実技応用編です、

本を読まない人たちは 文字やことばの実戦経験が乏しいのだと思います。

最近の子供はパソコンや携帯電話の技がチョー凄いけど 本を読む子が少ない。

本なんか読まなくても 知りたい情報はいくらでも入ってくるし、

外で体を動かして遊ばなくても 部屋で楽しいゲームが出来る・・・、

面白いことが沢山あって 金さえあれば容易にそれを満たすことができる。 

本当に便利でいい世の中なんだけどね、

うまく表現できないが みんながインスタント食品で満足しているみたいで、

姿かたちのある自然食・・・てゆうか、本来の味覚・・・てゆうか、 

ものごとの「本質」に興味を向けさせるのが「読書」だと思うけどね。

昔の学校の校門には 二宮金次郎少年が働きながら本を読む銅像がどこにでもあった、

「蛍の光窓の雪 文読む月日重ねつつ・・・」

貧しくて照明の乏しい時代に 蛍や雪の明るさを利用してまで本を読みたいと願う勤勉な日本人の姿がそこにあった。

読書くらいしか「楽しさ」を求める手段がない時代ともいえるが、

本を読むことが学びの原点だったからだ。

また教育論になってしまったが、小中学校の教科に 国語とは別に「読書」という科目を新設したらどうだろうかとさえ思うのです。  ・・・・つづく

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読書のすすめ その一

    ジッチャンのauデビュー

今春、10年使ったPHSを解約し 新しい携帯を選ぶため息子に同行してもらった。 年寄りにも使い易そうな機種を選び ドコモからauに変更したのです。

手続きの待ち時間、今度はPHSの解約をしにドコモショップへ・・・。

レン君(息子の長男・高校生の孫)が自分の携帯をauからドコモに変えたとき、

係りの店員に解約理由を聞かれ「もう飽きたからドコモに変えた・・・」と答えたら 

凄く悲しそうな顔をした・・・と云っていたそうだ。

ジッチャンは大丈夫、店員がニッコリするかもしれないよ。

手続き中に 案の定係の女性店員が解約理由をお聞かせ下さい・・という。

“子供たちに新しいのをプレゼントされました、長いことお世話になったのにすみませんね・・”と答えると 

「まぁ!素敵ですね!・・・こちらこそ長い間本当にありがとうございました」

ニッコリ笑って丁寧にお辞儀されて 解約手続きは無事終了した。

「さすがオヤジ、あの姉ちゃんホントにニッコリした・・・!」

ウソも方便だな、ストレートな物言いで相手を悲しませるより変化球で喜ばせたほうが良いこともある。

この業界も顧客の争奪が激しいから ライバル会社への変更は最悪のことだ、

それを阻止するためには 自社製品のPRに尽力しなければならなくなる。

彼女としては客の翻意を促すための余計な神経を使わなくてもよい正当な理由ができた、子供からのプレゼントを喜ぶ幸せそうな爺さんに対して ガタガタ売り込みする必要はない・・・(こっちは自分で金払うのに見栄張ってそれを演じただけだけどね)

“素敵ですね!”の一言は 諦めというより安堵の言葉、

忙しい営業の合間に彼女の心も一瞬癒され、そして気分良く次の仕事に向かうことができる、(そこまで想定したわけではないけどな)

レン君にはウソついたからお姉さんがニッコリしたなんて言わないほうがいい、

ウソはいけない、若いときはストレートでいいのだ、自分のときはなぜ悲しそうな顔をされたか大人になってから分かるようになればいい。

今回はジッチャンだから使えたスペシャル変化球だからね、

なぜニッコリしたか聞かれたら 

“本を読んだからだよ・・・”ということにしておこう。

イソップ寓話の太陽と北風・・・みたいなものだな?

でも 今どきの高校生がイソップ物語なんて読む子いねぇよな・・・・なんてことを車の中で息子と語りながら帰ったのであります。

                

2007_11080002 ところで さすがオヤジとか ダテに歳食ってないとか・・・ヘンなところで息子に尊敬されたが 感心してる場合じゃねぇぞ!

あれを方便にしないためには 本当にプレゼントしてやろうかな?!・・・て、そこのところへ気が回らないようでは 息子よ お前もまだまだだぜ・・・

とお父さんは思うのでありました。

そして先日、孫のレン君から その携帯にメールが来ました、

「アドヘンしました、登録ヨロ・・・(^.^)

「アドヘン?・・・アドが変になった???・・・アドって なに?」

分からないから電話して聞いた、

メールアドレスを変更したから登録してね・・・という意味だった。

そういわれてみればナルホドである。

レン君に「昭和は遠くなりにけり」なんて言ったら

「イミワカンネェシ・・・」と言われそうだが、

携帯でメールできるだけ まだオレも捨てたもんじゃねぇ・・・と、

年寄りレベルでは自負しているが、

この携帯でフォト撮影ができるようになったのは最近のことだ、

それまでは 何度撮っても赤っぽい暗い画面しか撮れていない・・・?

よくよく教えられたら 自分の指がカメラの穴を塞いでいたのだ。

左手で携帯を持って右の指でメールの入力をしていたのが 最近では左手の親指で出来るようになったし・・・そんな程度だけど ジッチャンも着実に進歩はしている。

子供や孫たちは オレにとってはハイテク部門の先生である。

携帯の機能を自在に使いこなせる彼等は 自分の世代からみたら脅威の存在だ。

謙虚な気持ちで 若者の時代に共存していきたいからね。

2007_08300034

ベイスターズオヤジの文字デカ携帯

その代わりオレも若者たちに教えることは沢山ある。

「新撰組」、「義経」、「功名が辻」、そして今年の「風林火山」・・・

最近のNHK大河ドラマにハマっている子供たちに 

来週はこうなるよと 物語の結末やそれに関連したことまであれこれと話してやると

「ジッチャンはなんでそんなこと知っているの?」というから 

いつも必ず「本を読んだからだよ・・・」と応える。

SMAP、タッキー、仲間由紀恵、Gact・・・、若者に人気のタレントが歴史の主人公を演じるから 若い人たちが日本の歴史に興味を持つようになる・・・

いい傾向だね。

これが古い役者だったら若者たちは多分見向きもしない、

Gactが長尾景虎(上杉謙信)だから「風林火山」にチャンネルをあわせるのだ。

演技だって 夫々みな立派なものだ、

そういえば 木村拓哉が最近時代劇でなかなかの演技をしている。

彼のことばに「手を抜くと疲れる・・・」というのがある。

キムタクが名俳優としての成長を予感させる名言である。

 話が逸れるが 俳優も歌手も今の世代のほうが実力は上だ、映像や音響効果の進歩もあるが芸能人の才能も時代とともに向上している(根拠のない個人的評価だけど)。 

こんなこと言うとオールドファンに叱られるが 村田ヒデオ・橋ユキオ・小林サチコ・・・

このへんは自分が一番上手いという思い込みが顔や態度に出ていてチョーダサい、

村田さん(故人)が唄の最後ににっこり笑う芸人魂?は見るに耐えない醜悪であった。

杉リョウや松ケンのどこが男前なのか? 夢芝居一本で売れた梅沢トミオは気の毒なくらいのブサイクだ・・・ 婆ちゃんたちにホントに叱られるからこのへんでヤメトコ。

要するに 役者の魅力も歌手の実力も 今どきのほうがレベルは上だということだ。

ただし、踊りながら集団でないと歌えないガキたちは学芸会レベルの対象外だけどね。

ということで、オレはジジイのくせにジジイ世代は好きでないから、

仁義の口上を知っていたって何の役にもたたないけど、世の中には そういうくだらねぇことを知っている人がこの先だんだん少なくなってゆく、

オレは 自分が知っている「くっだらねえこと」の全てを このブログを読んでくれる若い世代に伝えていきたい、

そして、みんなにも 本を読む人になってもらいたいのです。・・・つづく

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迷犬ゴン

ゴンとオカンと今年もまたあじさいと・・ちょっとだけオトン

ゴンという犬がいた。

メス犬なのに なぜかゴンだった。 

名無しのごんべえのゴンだった。

私が大学生の頃だった、父が事業に失敗して 東京の大田区安方町にあった大きな家から池上本門寺近くの小さな家に引越しを余儀なくされた。

家を担保に負債を清算して 文字通り父はスッカラカンになった。  

そして、新しい職場で再スタ-トする決心をしたころだった。

今まで社長だった父が 毎日荷造りの仕事で手を真っ赤に腫らしているのを見て、

私は父を尊敬した。

子供達のために、家族のために いい汗かいてる父の姿を見たからだ。

社長で金回りの良かったころの父を 私は尊敬した記憶がない。

毎晩だらしなく酔っ払い、大ものをたれ、大声で唄い、プライド高くて、意見の合わない人とは喧嘩ばかりして・・・、その分母が苦労して・・・、そんな父の日常を私は尊敬していなかった。

オレも酒飲みになったのは父の遺伝だが 小さい頃から そんなとこしか見ていなかったから オレは基本的に酔っ払いが嫌いなのだ。

ナンチャッテ、オレも酔うとだらしないけどね。

皮肉なものだ、貧乏になったとき 初めてなりふり構わず家族のために働くカッコいい父の姿を見ることができた。

やっぱりオヤジは男だぜ・・嬉しかった。

               

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ゴンは野良犬だ、テレビの人気者マサオくんによく似た大型の雑種である。

池上の家の玄関前で いつも昼寝していた。

餌を与えた、パンの耳とか ごはんのあまり物とか・・・

いつも同じところで寝ているので、なんとなく なにか食べるものをやってしまった。

この犬を飼っているという感覚はなかったのだが、 

ゴンは ついに我が家からはなれなくなった、

よほど居心地が良かったのか、食う時とうんこをする時以外は 朝から晩までいつも玄関で寝ているのである。

完全な野良犬のくせに我が家に居座っていた。

発情期になると、どこかで恋をしてきてから縁の下で出産する、それも毎年平均三~四匹も・・・仔犬の処分にこまった。

知らない人が来ても吠えることもないし、何の芸もない。

寝ることと、食うことと、子供を作るしか能がない。

なんの役にもたたないから家族の評判はよくなかったが なぜか憎めなかった。

数年後、我が家は池上から川崎市高津区の宮内へ引越しすることになった。

引越しの荷物を車に積んで いざ出発の時がきた。

ゴンはどうしよう・・・ ということになった。

彼女は玄関の前で、よだれを垂らして相変わらず寝ている。

あんな どうしようもないバカ犬は置いていこう・・・ということになった。

車は ゴンを置き去りにして走り出した。

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一週間が過ぎた。

引越しの荷物もかたづいて 生活も落ち着いてきたころだった。

母が 表で大きな声を出した。

「ゴンじゃないの! お前、どうしたの・・・・」

みんなびっくりして外に出た。

痩せて疲れ果て、ふらふらになったゴンが尻尾を振っていた。

すぐにめしを食わせた、・・・・・、

みんな 感動していた。

それからのゴンは・・・首輪を買ってもらった、犬小屋も建てた。

晴れて 正式に我が家の飼い犬としてデビュ-することになったのである。

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動物には 人間に解明できない驚異的な本能がある・・という。

犬の嗅覚は人間の何千倍とか聞くが、まさにゴンは超能力犬である。

東京大田区から川崎高津区まで 何キロあるかしらないが

しかも こっちは全員車で移動したのに、

どうやって来たのだろう・・・・・?

車は第二京浜を通り、多摩川を渡り、府中街道を走ってきた。

ゴンも同じコ-スを 臭いだけをたよりに 来たのだろうか。

道路に臭いが付くとも思えない、風に臭いが漂っていたのだろうか?

ゴンは 食うものも食わず 一週間もかけて旅をしてきたのだ。

私は今でも このことが不思議でならない。

もうひとつ感動なのは、

よほどの冒険をしてきたのだろう、よほど辛い経験をしてきたことは

ゴンのボロボロに疲れ果てた姿を見ればひと目でわかったのだが、そんな思いをしてまで 何で遥々やってくる必要があったのだろう?

ということであった。

わざわざ苦労して遠い道のりを来なくたって、今までと同じようにどこかの家に居座っていれば楽に暮らせるのに・・・・・、

それでも ゴンは来た。

ゴンにとっては 我が家でなければ だめだったのだ。

一宿一飯の恩という言葉があるが、

ゴンは 我が家族に対する恩義を 忘れていなかった。

最近では 恩を知らぬ人間が多い、義理も人情もないのが普通なくらいなのに、

あんなだめ犬が、突然奮起して死ぬほどの苦難を乗り越える大冒険をした。

能無しでも、ものすごい能力を発揮することがあるのだ。

遥々辿り着いたゴンを見て、彼女の想いを裏切り置き去りにした我々のほうが自責の心を味わうことになってしまったのである。

でも ゴンは、やっぱりゴンだった。

宮内に来てからも、相変わらず 喰って寝てばかりだった。

そしてある時 ゴンは裏の畑で 落ちていた毒まんじゅうを喰って死んだ。

(毒まんじゅうとは 昭和の時代のネズミや野良犬の誘引駆除剤)

ゴンのご遺体は 母が大好きで育てていた あじさいの花の下に埋めてやった。

あじさいの花が大好きだった母は この宮内の家で亡くなったのです。

(母のことは何度も何度も書いてきたから省略するが)

               

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四十年も昔のことなのに 今あじさいの花を見て ふと思うことがある、

ゴンは もしかして 母のあとを追ったのではないか?

毒と知りながらまんじゅうを喰って、家族の悲しみを代表して母に殉じたのか?

ソンナワケネェダロ・・・とみんなに笑われそうだけど、

ゴンならそれができるかもしれない、 あんな驚異的なことができたのだから。

私だけでもいい・・・ゴンの想いを信じよう、

ゴンの「ありがとう」を受け止めて、ゴンに「こちらこそありがとう」を云いたい。

            

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宮内のあじさいは、毎年紫の大輪を咲かせた。

ゴンの肉体があじさいの栄養に代わり、驚くほど見事な株に成長していた。

あじさいの咲くころになると、紫のあじさいの花を見ると、

あじさい柄の着物をきた母を想い出すのは毎年のことである。

そして なぜか、ゴンのことも想いだしてしまうのである。

            

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今年の梅雨は 毎日暑くてマイッタネ・・・

今日は雨の日曜日、久しぶりにプールのお風呂へのんびりしに行こう、

父と母の仏壇へ あじさいの花をお供えしよう、

それから名犬ゴンのためにも お線香を一本余分にあげよう。

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趣味について(その二)

◆釣りキチの詩

ということで、近頃は釣りの回数まで減ってしまった。

ウキを見る視力が落ちて 微妙なアタリを逃がすようになり、二時間も川にいれば もう充分という気持ちになる。

悔しいけれど 体力も集中力も反射神経も・・・老化しているらしい、これも自然の成り行きか?

最近は 沢山釣れなくたっていいじゃないか、楽しい釣りができればいい オレは魚に遊んでもらっているのだ、と思うようになってきた。

囲碁よりも 釣りのほうは「悟り」の域に近づいてきたのかも・・・

水鳥の羽ばたきに

流れの中でざわめく銀鱗の 

まぶしい光を浴びて 

息をひそめ  魚と対峙するとき 

心は少年のままに 命が燃えている・・・

空と 風と 水と 

草と 花と 木々の香りと 

絶え間ないせせらぎのBGMに包まれて 

大自然に同化している・・・・

これほど贅沢な遊びはない 

もしも明日死ぬと分っているならば 

最後の一日を 

私はこのせせらぎで過ごしたい 

な~んて云ったらロマンチックだけど、 大人になってからの釣りは現実からの逃避行だった。  よく考えれば 人にとって趣味や嗜好というものは みな現実からの逃避かもしれない、嫌なことや 向き合いたくないのに向き合わなくてはならぬ現実が沢山あるほど それ以外の好きなことに没頭して 少しの時間でも現実を忘れたい・・・多趣味な人ほど ある意味“弱虫“なのかと思ったこともあった。

「お酒なんかでごまかさないで、本当の自分をじっと見つめて・・・」若いころ 欧陽菲菲ちゃんの唄が説教に聞こえたこともあったけど、

でも、今は違うな。

趣味のない人生なんて価値がないほど 趣味とは大切なものだと思う。 人は弱いからこそ熱中できる趣味を持ち続けなければいけない。  趣味の時間があるからこそ 現実に向き合う勇気や 生きる喜びも湧いてくる。

ごまかしたり、逃げたりするのではない・・・人間社会のしがらみや疲れという肴があるから 今宵の酒は美味いしく飲めるし、葛藤や喧騒があるから 静かな自然に溶け込める釣りが喜びになるのだと思う。

仕事が趣味というラッキーな人にだって 仕事以外にやりたいことは必ずあるのだ。 趣味に興じることができる人だから仕事も楽しくできるということかな。

先日の区民文化祭では 生け花・絵画・書道・工芸品・・・年寄りの作品が多く、それがみな 誇らしげに飾られていた。趣味に生きる お爺ちゃんお婆ちゃんたちの喜びが 伝わってくるようだった。

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残念ながら故人だが 開高健という“釣り”と“食”の達人で、しかもトークのうまい呑ん兵衛の小説家がいた。アラスカでサーモンを釣り、モンゴルでイトウを追いかけ、アマゾンやメコン川で巨大魚に挑戦する・・・彼の残した釣りのエッセイを沢山読ませてもらった。 

羨ましいほど幸せな人だ、

この人と夜通し酒を酌み交わし釣りの話ができたら どんなに楽しいかと思った

開高さんほどスケールが大きくないが 多摩川のヤマベ釣りでも充分に満足できるオラも 幸せな釣りキチだ。

開高先生がモンゴルで詠んだ一句

「橋の上からビチビチすれば 下でどぜうの玉子とじ・・・」(このオッチャン、なんちゅーこというだ!?)

今年の夏休みは 小学生の孫たちと一緒に信州へ・・・・「北アルプスちびっ子ワイルドミニキャンプ」を計画しています。ハイキングにバーベキュー、それと去年会えなかった岩魚やニジマスへのリベンジだ。  またウグイばっかりかもしれないけど・・・

Photo_312 Photo_313 すすき川

2006_01040194 美ヶ原頂上から

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趣味について(その一)

◆勝負事                          

二十代は碁会所通い、三十代~四十代は毎週釣りに行って、野球も囲碁も競馬もやりながら・・・・、遊ぶことに関しては超過密スケジュールを へとも感じない。振り返れば あのころはスーパーマンだった・・・てゆうか、面白いと思ったことには身体を壊すまで加減知らずにやってしまう どーしょーもない「凝り性」だ。こういうタイプは 長生きできないかもしれないね。

病気が原因で野球を引退してからは 競馬もGⅠをたまに付き合う程度になり、還暦を過ぎてからは ネットで囲碁をしても 根気というか 勝負の執念というか、集中力が続かない・・・、ポカも多くなり、若いころの自称無敵のアマ本因坊が 二~三級クラスでも いい勝負するようになってしまった。

コンピューターが相手なら 力でねじ伏せることはできても 相手が人間だとそうはいかない。  棋力以外の部分で、意地・因縁・集中力・平常心などの心理状態、オリジナリティ、センスのような感覚的領域、体調や運というような偶然性までが影響してくるからだ。

藤沢秀行さん(昭和の初代名人)のことば 「強くなるかどうかは人間の質の問題だ・・・」まるで馬鹿は強くなれないと云われたみたいだけど・・・、囲碁や将棋の世界は 学問とはちがう、どんなに努力しても素質のない人は強くなれないのだ、 データーやセオリーだけで解決できない無限の部分があるからだ。

どんなに科学が進歩しても 人間と対等に勝負できるコンピューターソフトは絶対に開発されないということだ。  そして、人間のほうも加齢とともに力が落ちるようにできているのも確かだ。

気力が充実して勝負に拘っていた若いころは ある意味辛かったけど、最近は負けたところで命までとられるわけじゃないし アマなのだから楽しめればいい・・

楽な気持ちで碁を打ちたいと心がけるようになったのも力が落ちたからだろう。

なのに 負けるとやっぱり悔しいのはまだまだヘボの域を抜けられない証拠だね。

オラは勝負事が好きだ(男はみんなそうかもしれないが)、囲碁も競馬も野球も、考えてみれば みんな勝ち負けのつくゲームだ。   釣りだって魚と勝負しているようなものだし・・・・、

「凝り性」だから 何をやらせてもそこそこのレベルには達するが 完成の域には至らない、間口ばかりが広くて奥行きがイマイチ・・ これでは器用貧乏といわれても仕方がない。

友人に「パチンコ命」の男がいる、パチンコほど集中できて、孤独で、開放的なものはない、あの騒々しい中でこそ 自分が癒される、だから趣味はパチンコだという。 麻雀やパチンコは趣味とはいえないだろ、ただの娯楽だろう・・・

趣味とは「生涯求め続けられる品格のあるもの」だと思うけど、

競馬をギャンブルというよりも、ロマン、レジェンド、ポエムとして位置づけるオラには彼の気持ちが判るような気もする。

勝負事と賭け事は違う、囲碁や将棋には「芸」という「品格」がある。

悟ったわけではないが、自分は死ぬまで勝負師にはなれそうにないということと、努力して上手になるほど「運」という勝利の女神に支配されることが多くなる、ということが分かったね。

囲碁に限らず全ての勝負事は 勝ちを意識したときに負ける・・・ということも解ってるんだけどね。「勝つと思うな 思えば負けよ」美空ひばりさんのいうとおりだ。

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道端の紫陽花に新芽

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徒然に

そろそろネタ切れか?

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去年三月にブログを始めて 訳も分からずパソコンをいじっているうちに

もう記事数が 本件で77個になってしまいました。

それもブログのセオリーに背いた長編ばかり・・・

あれやこれやとテーマを思いつきながら、

徒然に、唯ひたすらヒマにまかせて文章を打ち込む、

自由な時間があると こんなこともあんなことも出来る・・

ということが分かった。

ところが、時間のないことがストレスだったはずなのに、

最近は 時間が有り余ることがストレスになったりして、

時間に追われているほうが心地よいと思ったりして・・? 

人間は贅沢ですね。

金まで自由なら やりたいことはまだなんぼでもあるけどね・・・、

時間を手に入れただけでも ありがたいことだと思わなければいけない。

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子供のころ児童文学全集にアラビアンナイト「千夜一夜物語」ていうのがあった。

アラビアの王様に嫁いだ娘が 王様が寝る前に「お話」を聞かせる、

そのお話が千日も続いた・・・という物語だった(よく憶えてないが)、

「寝物語」というのは このことをいうのかな?

オラのブログはアラビアンナイトみたいに 千日続くだろうか・・・?

二~三行で更新すれば千日続くかもしれないが 

それでは自分が納得しない、

オラの読者は自分だから・・・と言ったら、

それではいけないとブログの先生に叱られる、

管理者専用の「アクセス解析」ページをみると

一日平均22人の訪問者がいる・・・、

不思議だね、何でそんなこと分かるの?

読者がいるのは 有難く嬉しいことだ。

見てくれる人が すぐに店先から去っていかないように

読みやすく面白い内容にしようと 工夫することが大切だ。

視聴率が上がったところで 一銭にもならないけど、

共感してくれて、元気になってくれる人がいればオラも嬉しいから。

ブログをやってみて良かったことは 

ストレスがないことのストレス? の解消になるし、

一人よがりかもしれないが

言いたいことが言えるのも気分がすっきりする、

おかげで風邪を引かなくなった・・・(バカだからかもしれないが)、

パソコンも少しは上達したかな?

でもまだ分からないことがいっぱいだ。

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これから寒さの本番だから 優雅にお散歩というのも辛いし、

カメラのシャッターチャンスも少なくなる、

プールはカメラ禁止だし・・・・・、

(カメラ持ってプール行ったら ヤバイこと考えるオヤジになるからな)

プールといえば 年末に25m29秒の自己ベストが出た、

ついに30秒の壁を破った・・・

チョー遅いけど、シニアとしてはまずまずか?

(イアン・ソープみたいに100mを49秒台で泳ぐ人もいるが、

パンツの中にスクリューでも付けてんじゃねえのか?)

次の目標は25m25秒の壁だ、せめて1秒に1メートルは行きたい。

そろそろネタ切れになりそう・・・、

そのネタを捻りだそうとするから ストレス解消になるのじゃ・・・

と思いながら 今年もがんばることにしましょう。

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