カテゴリー「教育論」の13件の記事

年賀状

12月8日は 真珠湾攻撃、 人類史上最大の悲劇、第二次世界大戦太平洋戦争の始まった日です。

今どきの大学生に真珠湾は何処にありますかと質問したら 三重県と答えた・・という話があります。 戦争はもう68年も昔のことだから 現代の子供が知らなくても仕方ないことだ、それだけ平和だということですが 教えていない大人たちも怠慢である。 三重県と答えた彼は見込みある、歴史は苦手かもしれないが地理が得意らしい。

12月8日真珠湾攻撃、 12月14日赤穂浪士の討ち入り、 日本人が忘れてはならない記念日を 平成の子供たちに伝承しなければ。

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そろそろ年賀状を作る季節になった。  「直線一気」「大外強襲」「先行抜出」「馬也楽走」

競馬好きの友人向けに四字熟語に拘った時期もあった。  少年野球に燃えた頃は 子供たち全員に百枚も手書きした。  学校の先生が教え子全員に書くようなものである。

仕事関係、会社の上司や同僚、親しい顧客にも 全部手書きで出していたものであった。  昭和はそれが普通の時代だった。

年賀状の枚数が多い時期はパワーのある時である、書くことが苦にならない、

最近はパソコンの年賀ソフトがあるから 簡単にできると思うと書くことが苦になるのは人間がクラゲになってしまったからか? 面倒だけれども義理と人情で 出さないわけにもいかない。   貰ったほうは 本当は手書きのほうが嬉しいが、便利な世の中はやっぱりパソコンになってしまう。 パソコンで作らないと時代に遅れた気になるところが情けない。

年賀の挨拶を書状にするのは平安時代に始まった日本の風習です。 清少納言「春はあけぼの やうやう新年の ・・・ いとをかし・・・?ナンチャッテ?」こんなことやってたのです。

子供の頃から先生やお友達に年賀状を書く習慣をつけるのは良いことです。  毛筆ならお習字の練習になる、文面も考えて国語の勉強にもなる。 これも立派に教育だと思うけどな。 でも今どき毛筆で年賀状書くガキがいたら・・・コワイかもね。  年賀状出す派は五十円で義理が果たせるなら安いもの・・・という考え方、礼節を重んじる几帳面さ? どんなに忙しくても毎年きちんと出す。

出さない派は 忙しい、虚礼廃止とか経費節減の意識?とか、完璧な合理主義は 味気ないというか 趣がない、なんか寂しい。 「いとをかし」が日本文化の趣だからな。 

去年大病で一騒ぎしたオラの場合は 今年も「まだ生きてるよー」を知らせる手段になってしまった(ブログもその手段だけどな) しばらく会っていない人には 互いの近況を知らせる「いとおかし」日本の伝統である。  欧米ではクリスマスカードになる、別に知らなくても良いが 中近東とかイスラム圏では 年賀やクリスマスカードは どんな形になるのだろう。

パソコンが仕事に導入された頃、大晦日に年賀ソフトで顧客の住所録作ってるのもいた、マヌケな感じである。  営業用の年賀状作りが負担になるようでは 能力の問題である。

来たところだけ出そう・・も 正月には酔っ払って年賀状どころでなくなる。 出したのに 来たからと 慌てて二枚だすのもマヌケであるが この場合貰ったほうは悪い気はしないけどね。  年賀状書いたあとに喪中ハガキが来たので 出さずに残しておいて「お年玉抽選番号」に期待するのは? 善良な庶民感覚である。

出してない人から貰うと 借りができたような気持ちになって 慌てて正月にこちらも出さなければ礼を失する、「義理が廃ればこの世は闇だ」。毎年元旦に確実にに来る人は信頼できると感じるのが 平均的日本人の性格である。 出すかやめとくか迷ったら 出すほうが平和で 日本人的でいいでしょ。

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「アケオメ・コトヨロ・・・」これは神田うのちゃんから聞いたネタ。 今どきはメールで年賀の挨拶ができる、うのちゃん 結婚してお母さんになって・・大丈夫かな?

かわいいから いいけどな。 「アケオメ・コトヨロ」が最先端なら オラたちは半世紀昔からお早うございますが「オス」で通じてたからね。  ならば おめでとうも「オス」でいいかも。 とかなんとか能書きいってる間に今年も無事に年末になりました。

ブログもまだ続いているし バカやりながら生きていられることが有難いことです。

来年も年賀状出すよ、ブログも更新するから・・・一年一年 感謝感謝でクリアしていければ おめでたいことであります。  来年も「良い年」にしましょう。

◆読者各位 今年もありがとう。 十年ほど前、真珠湾攻撃について興味本位で文献を調べたことがあった、太平洋戦争の悲劇の中で、第一ラウンドだが日本がアメリカをボコボコにした先制攻撃、映画「トラ・トラ・トラ」は痛快だったから、リクエストあれば直ぐにでも真珠湾攻撃の研究発表する予定です、来年はトラの年、阪神タイガース頑張らないとね、ベイスターズとクライマックスシリーズ できるといいですね。 

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(12)独断偏見的教育論

「教育論」というテーマの中で、突然思いついて戦後の子供たちの話をしましたが

戦争が終わって半世紀も過ぎているのに、自分も含めて年寄りたちは みんな誇らしげに子供のころの話をしたがるのです。

戦後の混乱期に 大人たちの苦労は別として、どこの家でも食うものが満足になく、 生活水準が低いからこそ 子供たちは伸び伸びと天衣無縫に遊びまわることができた。

「子供は風の子」という言葉は あの時代の言葉だ。

子供たちのだれもが ある時は「風の又三郎」であり、「東京キッド」であり、「瀬戸内少年野球団」であった。

「いじめ」という言葉なんてなかった、

どこのクラスにも番長はいたけれど、番長は「正義の味方」も兼用していた。

大人が教えてくれないから 自分たちでルールを作って遊ぶ・・・

自分たちで作るルールは みんなが守る。

あのころの 栄養不足で小柄だけど 逞しい精神を持った子供たちと 

現代の子供を比較するのは間違いだろうか・・・

日本人は 第二次世界大戦で 大きな犠牲を代償にしたけれど、

「愛国心」とか「天皇」とか、侠気か狂気?か分からないが、

それを大儀として一丸となった国民が 敗戦によって「理性」を取り戻し、挫折を復興への糧として 繁栄に転化させた。

国を愛する心よりも 人を愛する心が優先するようになった。

日本人はやっぱ凄いよ、賢くて優秀な民族だよ。

戦争に負けたから、生きることの喜びや 平和の素晴らしさ、

働くことの尊さ、へこたれない強さ・・・

色々な大切なことを学んだのかもしれない。

人は 自分が痛い経験をすることで 人の痛みが分かるようになる。

人に優しくしなければ 自分も優しくしてもらえない・・・

敗戦後の 過酷な社会事情や生活環境があったからこそ、 

日本人は ヒューマニズムに目覚め、先進国としての発展を勝ち得たのではないか・・・?

戦後六十年も経った今、日本人は豊かな暮らしに恵まれて、

悪く言えば ぬるま湯につかってしまった我々は ヒューマニズムという「優しさ」の部分を忘れてしまったのではないだろうか?・・・・・

前述したこととだぶってしまうけれど、

最近 ふと考えたことだが、極端で過激な思想かもしれないが、

人類は 「戦争」という殺戮の歴史を繰り返し、

多くの犠牲と悲劇を代償にしながら発展をしてきた。

戦い、傷付け合うことによって文明がグレードアップして、

それと同時に 人の心も「戦争」という行為を反省することによって、

より優しい方向へバージョンアップしてゆくのではないか。

それも 教科書で学んだり 先人から教わる形の反省ではだめなのだ、

身をもって体験する、自分たちが酷い目に逢って 初めて身に沁みることだとしたら、

それならば、“日本は百年に一度くらい、定期的に「戦争」をやったほうがいいのではないか?”という論理にまで 到達してしまうのである。

これは憶測であるが、

国を治めようとする人、歴史的にみれば神武天皇から始まって 頼朝も尊氏も、信長・秀吉・家康も・・、国の主権を握る人物は みな戦いをして多くの犠牲を払ってきたが、

その目的はみな共通で「平和な国を造りたいから・・・」なのである。

人と人が殺しあうようなことのない国にしたいから 戦って人を殺す。

矛盾した理屈だけど、それしか平和への道がないところが 

愚かではあるけれど避けることのできない人間の宿命なのかもしれない。

明治維新後、新政府の要人の中には

「日本を焦土にして新しい国家を建て直す・・」

という思想の人がいたということを 何かの書物で読んだことがある。

それが西郷さんだったか 木戸さんだったか 詳しい内容は忘れたが、

要するに 例えが軽薄だが マージャンなら九種九牌、トランプなら全取替えをするように、日本全体を一度焼け野原にして 貧困も格差社会も暴力も汚職も、すべての毒を洗い流してゼロからやり直し、平和で美しい国につくり直そう・・・

というのである。

今の政治家にも そういう考え方を心の奥に封印している人は少なくないはずである。

“北朝鮮がミサイルを撃つというのなら、日本も核武装をすればいい、

北朝鮮が一発打つなら、日本がその気になれば百発反撃するくらいの力はあるのだ。

だいたい核武装をしていないから 拉致問題にしても竹島にしても、中国の日本大使館の事件や潜水艦の領海侵犯など 近隣諸国から なめられたことばかりされるのだ・・・”

なんてことを発言したいのが本音なのだが、それを言ったらみんなに叱られて、選挙にも負けることが見えているから 冷静を装い我慢しているのだ。

小泉さんの靖国神社参拝問題が賛否両論であるが、

結論から言えば オレは反対だ。

確かに小泉さんの言うように中国や韓国がガタガタ反発する問題ではない、自分の家の仏壇にお線香をあげたら隣の家が文句つけるようなことである。

そんなことで信念を曲げるような総理大臣では 一国の指導者とはいえない。

小泉さんの政治は 始めから国民に高い支持を得てきた。

「公約が分かりやすい」からである。

靖国も北朝鮮にしても、外交は常に「冷静に対話」を強調する。

靖国に関しては、「日本人の心の問題」だというが、

もう一歩踏み込んでみれば、中国や韓国の人にとっても「心の問題」はあると思う。

中国サイドからすれば 靖国参拝批判をひとつの外交カードとしているうちに、それが積み重ねによって 本当に不快なことになってしまう。

納豆を嫌いな亭主が、匂いを嗅ぐのもいやだと訴えているのに、女房が毎朝の食卓に納豆ばかり出してきたら、本気で離婚してもいい・・・というはなしもある。

国の指導者として 平和と国益を目的とするならば、相手が「いやだ・いやだ」と不快感を露骨に表しているのなら、それじゃあ止めてやろうか・・・

というのも「冷静なおもいやり」である。

そんな簡単な配慮で 少しでも仲良くなれるなら それでもいいじゃん、

simple is best だと思うけど・・・、

それこそ素人考えで そんなに簡単なことではないのだろうか?・・・、

でも、小泉さんの政治は シンプルが売りだったはずだ。

また野球の例えになるが、投球術では 打者の内角をえぐるボールは必要だが、最後に決めるのは やはりアウトコースの低めでしょ。

それをしないで、相手が嫌がるビーンボールばかり投げれば 打者もしまいには怒るよ。

イスラム諸国の人たちがメッカの巡礼をするように、

日本国民全員が靖国をお参りするというのが「国民総意」の信念なら、

それを国民の代表者として参拝するのは当然だが、

小泉さんの場合は個人的な信条なのだから、

それも総理大臣になってからのことだから・・・

指導者というのは 己の信念を貫くのは立派なことだが、

自分の言動が 国民の生命や国益に重大な影響を及ぼす立場にいるのだ。

国の平和と安定を守るためなら 例え本意でなくても、

信念の柔軟性を示すというのも 冷静な大局観だと思うが・・。

靖国が原因のひとつになって、万が一にも中国と戦争になったとしたら、

小泉さんは 自分がA級戦犯としてどう責任をとるつもりなのだろうか・・・

それとも、更にもしかして、小泉さんの頭の中に 

“日本の総てをチャラにして 真っ白で新しい日本を造り直そう・・・”

というところまで想定内であるとしたら、これはまた 信長や家康以来の ドエリャア歴史的人物ということになるけど、たぶん そこまでは考えてないだろな、

ただの頑固おやじなのだから、誰に何を言われたって総理大臣であるうちは今年も絶対に行くに決まっている。

ひとつ提案だけど、小泉さんがそんなに靖国神社が好きなら、

年に一度参拝などしないで

元旦から大晦日まで、出勤前に毎日行けばいいんだよ、

たまに行くから刺激を与え、敢えて喧嘩を売っているように解釈されるのだ、

はじめから毎日行っていれば、中国も何も文句言わないと思うけどね。

何だかんだと能書きたれたけど、「戦争」が人間性再生の特効薬になり得るとしても、

やっぱり戦争をしないのが一番だね。

これからの日本は その特効薬を使わずに病気を治す努力をしなければ・・・、

そして、その努力は みんな気づいていないけれども、既に始まっている。

現在の ぬるま湯に浸かってしまった日本人の未来を危惧して、大人たちが何とかしようとする動きがあるのは確かだ。

例えば「愛国心」・・・、

これを法令で文書化して 若い人たちに植え付けようと努力している。

だれだって自分が生まれ育った「母国」を愛する心は持っている、

「住めば都」という言葉があるように、自分の故郷や現在暮らしている地域や町が好きになるのが普通なのだ。

「愛国心」という言葉が 戦前の軍国主義を連想させるからといって、

「郷土を愛する心・・・云々」とか言葉を置き換えたりして気を遣う必要はないのだ、意味が同じなのだから、堂々と「愛国心」という言葉を使えばいいのに・・・

主義・思想は人に押し付けるものではないが、

“国を愛する心”は 教えたり、押し付けたりする性格のものではない。

愛国心は人の心に自然と芽生え、盛り上がっていくものなのだ。

サッカーのワールドカップで日本を応援する、

三月にはWBCの野球で日本中が沸き返る、

オリンピックで日本選手を応援する・・・・、

これらはみんな「愛国心」以外の何ものでもない。

そして、戦争回避の努力にも関わらず、もしも他の国が我が郷土日本を侵略してくるようなことがあれば、

その時こそ戦えばいいじゃないか、

「憲法」もへったくれもない、愛する家族や恋人や郷土を守るために、

愛国心に燃えて一丸となって戦えばいい。

国家というのは「有事」に備える能力を持って、はじめて国家としての資格がある。

国民も心のどこかに いざという時の「心構え」だけは持っておくべきだと思います。

世界中の国の憲法が みんな「戦争放棄」ならば一番いいけれど、

現実は「戦争放棄」を唱えているのは 我が日本国だけなのだから。

そういえば 徴兵制がないのも 日本だけだ。

昔から中立国といわれたスイスだって兵役があるのに。

極端に言えば 日本に徴兵制度があっても世界的視野から見れば何の違和感もない。

例えば、戦争のための訓練という目的の兵役でなくても 「育成期間」とでも称して

若者が社会へ出る前に 必須と選択科目を設定してある一定の期間勉強を義務づける、規律のある集団生活をしながら 社会秩序や法律の基礎を学び、科学や医療の技術を身につけたり、農業や漁業の経験とか 礼儀作法とか、読書やスポーツ、音楽や芸術をさせたり、もちろん武器の使い方も教えたり・・・・、

国が面倒見ながらそういうようなことをやれるような

いい方法はないもんかねぇ。

そうすればニートもフリーターもなくなるし、税金も年金もみんなちゃんと納めるようになると思うけどなあ・・・、

これは オレたち年長者の夢のような考えであるが、

たぶん、この様なことを考えている政治家は沢山いるはずである。

ということは 将来、何十年先か分からないが、

日本も徴兵制度のある国になるかもしれないし、戦争が本当におこるかもしれない・・・

でも 現実に今、日本は徴兵制度のない国だ。

こんなに素晴らしいことはない、日本は世界で一番幸せな国だ。

オレが云いたいのは、

こんなに幸せな国に生まれ、今を生きている若者たちは世界一幸せな環境にいるのだということを認識して、感謝して、がんばれ・・・

ということだ。

世界一強い国アメリカの若者たちを見てみろ、

嫌でもイラクへ送られて、何千人も死んでいる。

日本の若者は、遊ぶことも、労働も、勉強も、恋も・・・

なんでもできる。

チャンスはいくらでもあるし、自分の道を自分で決められる。

腹がへったら 夜中でもコンビニが開いている・・・、

こんなに自由でラッキーなことはないのだ。

洋々たる社会の入り口に立って、自分をどう生かしてゆくか・・・

まあ・何事も本人次第だけどね・・・

「教育論」は もうこのへんでやめようかな、

言いたいことも だいたい言ったし・・・・

自分でも分からないのに 難しい論文書いてるみたいで 疲れるばっかりだし、

これからは「エッセイ」をメインにして 

オモロイはなしを集めてみることにしよう・・・

やっぱり「こまた」の研究みたいなはなしの方が オレには向いてるわ。

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(11)腕白伝

◆伊乃おばあちゃん

オレは典型的な「おばあちゃん子」だった。

おばあちゃんの名は“伊乃”

深川の大工の女房で、オレの母の育ての親だ・・・。

早くして旦那を亡くし、女手ひとつで母を育てた。

気丈で 喧嘩早くて、近所では 怖いおばあちゃんとして評判だった。

母の出生と 伊乃おばあちゃんとの縁については ここでは省略するが、

伊乃おばあちゃんにとっては オレは初孫だし 可愛かったのだろう、

どこの家でもそうであったが 父と母は生活で忙しいこともあって、

何をするにも どこへ行くにも オレは伊乃おばあちゃんと一緒だった。

空襲の時には いつも伊乃おばあちゃんに背負われていたらしいし、

防空壕に非難して、ランプの明かりで父母や近所の大人たちと「花札賭博」をやりながら 空襲警報が解除されるのを待っていたとか・・・、

そのときオレはいつも伊乃おばあちゃんの膝の上にいたそうである。

伊乃おばあちゃんは明治の女で深川育ち、博打は打つし 喧嘩もする・・・・、

あれで 背中に緋牡丹の刺青があったりしたら、まるで「極道の妻」だ。

小学校低学年の頃、オレはおばあちゃんに連れられて 

ヤミ米の買出しに何度か行った。

当時 米は配給制で、配給米だけでは足りないので農家へ直接買いに行く・・・

販売を許可されていない米のことを「ヤミ米」という、

もちろん不法行為である。

買った米を担いで帰る途中で おまわりさんに見つかったこともあった。

おまわりさんと 何だかわからないがやりとりをしたあと、

大丈夫、さあ帰ろう・・・と言って、

オレの手をとり そのまま米を担いで しゃあしゃあと帰った。

おまわりさんを言いくるめたのか、それとも袖の下(賄賂)でも使ったのか?・・・・

ある時 千葉の方の農家へ買出しに行った。

おばあちゃんが農家の人と話をしている間、オレは庭先に干してある乾燥芋を見つけた。

大人たちが話しに夢中になっている隙に、ズボンのポケットに左右一枚ずつ、

その乾燥芋を入れた。

帰りの電車の中で、おばあちゃんと並んで座りながら その芋を出して食った。

おばあちゃんはそれを見て、

「お前 そういうことしたらいけないだろ、・・・・」

そのあとに、

「内緒にしておいてやるから 一枚おくれ・・・」

結局、二人で一枚ずつ食べた。

オレもワルだが おばあちゃんも なかなかである。

立浪梅五郎?だか 菊五郎だか忘れたが・・・

とにかく「立浪一座」という旅周りの芝居小屋が 年に数回、定期的にやってきた。

おばあちゃんは それを見に行くのが楽しみで、いつしか常連になっていた。

今でいう「ヨン様の追っかけ」のように入れ込んでいた。

おばあちゃんが病気で寝込んでいたときに 座長夫婦がチョンまげに刀を差して、国定忠治の舞台衣装のままで 見舞いに駆けつけたくらいだった。

おばあちゃんは この芝居見物だけは 何故かいつも一人で行っていたが、

オレも行って見たい・・・とオネダリして 縁日の時に一度だけ連れていってもらった。

ゴザを敷いた客席の一番前に座って、(カブリツキという)

目の前で繰り広げられる 芝居やチャンバラに熱狂している。

国定忠治が「赤城の山も今宵限り・・・」の台詞をいって大見得をきったとき、

おばあちゃんはお金を紙に包んで舞台に投げた・・・(オヒネリという)

「父ちゃんと母ちゃんに内緒だよ・・・」

これでオレもおばあちゃんに貸しができた。

乾燥芋の件と相殺して 対等になったのである。

一緒にサーカスも観に行ったし、浅草の観音様にも行った。

おばあちゃんとオレは 良き相棒だった。

伊乃おばあちゃんは オレの人生経験の 最初の師匠である。

伊乃おばあちゃんが死んだのは 

春なのに冷たい雪が降る 寒い四月の朝だった。

◆スズメと勝負

昭和20年代、戦後の復興期の子供たちは みんな外で遊ぶ、

かくれんぼ・鬼ごっこ・相撲・チャンバラ・縄跳び・缶けり・野球・・・

そういう体育系の遊びから 夏場はトンボやセミを追いかけ、

ザリガニ釣りやメダカを捕りに行く・・・

東京でも川はきれいだったし、森も田畑も・・・自然がいっぱいあった。

今のようにゲームやパソコンで 家にこもった子供はいない、

食べ物の好き嫌いをいう子もいない・・・

現代よりも ずっと恵まれた幸せな環境だったのです。

メンコにビー玉、ベーゴマにケン玉に・・・

オレは何をやらせても オールラウンドプレーヤーだった。

中でも最も自信のあるのがパチンコだった。

Y字型の木の枝に バネの強いゴムを結んで小石の弾で標的を狙う・・・、

努力と研究を重ね、名人の域に達した。

パチンコに夢中になったのには スズメを撃つという壮大な?目的があったからだ。

ここでもまた伊乃おばあちゃんが関わってくるのだが、

伊乃おばあちゃんと浅草へ行ったとき ヤキトリ屋でスズメを食べた。

ウマイ!・・・と思った。

ホルモンやレバーではない、正真正銘の焼き鳥だ。

子供たちは 甘いものに飢えていたと同様に、「肉」も貴重品だったのです。

スキヤキなんかは月に一度食えればいいほうだった、

池で捕って来たザリガニや カエルの肉まで食べていた時代だったから・・・

スズメなら そのへんにいくらでもいるし、自分で獲ればいい・・・と思った。

パチンコはもともと得意だったが、明確な目標ができるとプレッシャーになるのだろうか、

最初のころは 全然当たらない・・・、

たまに当たってもダメージを与えるほどでなく 逃げられてしまう。

愛用のパチンコに改良を重ね、左右の枝の太さとバランス、ゴムの強さと長さ・・・、そして 射程距離は15mで充分、

更に 最も重要なのは弾が一直線に飛ぶこと、

そのためには弾にする石の形が球状であること・・・・、

大きさと重量も吟味して 限りなく丸い石を何発も集めた。

練習も欠かさない、

毎朝学校へ行く途中、畑の「ねぎぼうず」が最適の練習相手だった、

気持ちいいほど百発百中だった。

「努力に優る天才なし・・・」小学校の先生に教えられた言葉を自分に当てはめて 

自信満々で 納得していた。

ある夏休みの午後、多摩川の河原で いつもの草むらに潜んでスズメの群れを待った。

そしてついに 10mほどに近づいてきた一羽に照準を合わせ 見事に命中したのである。

ヤッタゾ・・・、

大喜びで 倒れているスズメのところへ走った。

弾はスズメの頭に当たり 目玉が飛び出して 死んでいた。

無残なスズメの死骸を見たとき オレは足が竦んだ。

スズメを撃つのが夢だったのに、死んだスズメに触ることもできなかった。

死骸の上に草を何枚も山盛りに被せて、墓にした。

何だか悲しくて 空しくて、泣きそうな気分だった。

オレはそれから パチンコで遊ぶのをやめた。

腕白時代の 淡く切ない想い出だ。

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(10)戦争とこども

またまた“昔のはなし”になってしまうけど、

自分の子供のころは戦後の食糧難の時代だったから、「食うもの」がなかった。

子供たちの遊びは ほとんどが「食うこと」に関連していました。

今回は「戦争と子供たち」のはなしをします。

(教育論のタイトルがもう10個目になってしまった)

オレは東京生まれ、三歳のときに「東京大空襲」があって、防空頭巾という布でできたヘルメット代わりのものを被り、おばあちゃんの背中におんぶされて逃げ回ったそうだ。

三歳のことだから憶えているはずもないが、

花火が上がるように ドンドンパチパチと響く音と、夜空全体が明るく輝いている光景だけが夢の中の幻影のように 今でも脳裏に残っている。

夜空が明るかったのは 米軍の爆撃機(B-29)が照明弾を落とし、焼夷弾(現在のナパーム弾のようなもの)や大型の1トン爆弾を何万個単位で落としてくる、

ドンドン鳴る音は それの爆発音と僅かに抵抗する日本軍の高射砲の音だった。

幼いオレは花火と思ったのだろう、キャッキャとはしゃいで手を叩き、

おやじに「バカヤロ」と叱られたそうだ。

あれから六十年も経ったのに、今でもあの光景が夢にでてくることがある。

暗黒の夜空にUFOかインベーダーか、得体の知れぬ動きの遅い飛行物体が何百も現れて攻撃の準備をしている・・・。

自分にとっては すごく怖い夢だ。

オレのおぼろげな記憶の中で あの時の光景が今は「恐怖」に変わったのだろうか、昭和20年3月の東京大空襲では100万人が家を失い、死者は10万人だという。

戦争は 軍事力とか民族の資質や根性だけで勝てるものではない、

科学水準、資源や経済力、国際的な支持や協力がなければ勝てないのだ。

戦争は 地球上で最も優れた生物である人間がする 最も愚かな行為だ。

自らの驕りと愚行に気がついて 戦争の残酷さを知り、

「我が国は二度と戦争をしない・・・」

日本国憲法で「戦争の放棄」を定めたのは、余程懲りたからだろう。

戦争は残酷だ、破壊と悲劇以外の何ものも生み出すことはない・・・

日本の未来を担う若い人たちは このことをよく認識しなければいけない。

歴史を学ぶということは そのためにあるのだと思います。

小学生のころ、家は多摩川の近くにあった。

同級生の中には 空襲で親や兄弟を亡くした子が何人もいた。

片腕がない子もいた。

多摩川の河原で 落ちていた不発弾をいじって遊んでいたら 突然破裂して片方の腕が吹き飛ばされたという。

戦争は何も知らない子供たちにも悲劇の爪痕を沢山残していたのです。

それでも みんな明るかった。

自分の 子供の目から見て、暗い悲惨な記憶はあまりなかったような気がする。

日本中が復興しようとする 逞しいエネルギーで満ち溢れていた、

誰もが その日を生きること、自分のことだけで精一杯だったから、

悲しいだの可哀想だのと そんなことを考えるヒマがなかったのかもしれない。

子供たちにとっては そのほうが都合が良かった、

今のように 大人に介入されることもなく自由に伸び伸びと遊んでいた。

悪戯すれば 親や近所の大人に叱られることはあったけど、

どうってことはなかった。

ただひとつ辛かったのは 食うものが不足していたことだった。

どこの家庭も ごはんは麦飯、

我が家の庭には葡萄の木を植えて、ナスやキュウリ、イチゴを植えたりして・・・・観賞用ではない、食べる目的だった。

チャボという鶏を一羽飼っていた、

チャボは毎日一個のタマゴを生んだ、

一個のタマゴで オレはご飯を二杯食べた。

「一杯のご飯に タマゴ一個をかけられたらいいのにね・・・」

いつもそう言いながら・・・・。

現代では聞くことのない食卓の会話だ。

どこの家の子も好き嫌いをいう子はいない、

食べられるものは何でもおいしく食べた。

子供たちはみんな いつも腹を空かして、

特に子供には必需品の「甘いもの」に飢えていた。

砂糖が貴重品で、サッカリンとかいう化学物質?を甘味料として代用していた。

トウモロコシかサトウキビか定かでないが、近所の畑に忍び込み、背の高い茎を折ってかじり付き、中から出てくる甘い汁をチュウチュウと吸ったりしていた。

隣の家に二人のお姉ちゃんがいて、オレは随分可愛がってもらった。

大きいお姉ちゃんが仕事をしていて(姉の方をオレは大きいお姉ちゃんと呼んでいた) 時々チョコレートをお土産に持ってきてくれた。

板チョコとかチューブに入った練りチョコとか・・・

子供には 忘れられない 感動的な味だった。

世の中に こんなに甘くておいしいものがあるのか・・・、と思った。

あとで知ったが、大きいお姉ちゃんは「パンパン」だと周囲から後ろ指をさされていたという。 パンパンとは売春婦のこと、進駐軍の米兵を相手に金を稼ぎ、チョコレートをお土産に貰ってきていたのだ。

それでもオレにとっては 今でも忘れることのできない

優しくて素晴らしいお姉ちゃんだ。      

  ◆◆次回につづく◆◆

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(9)小人閑居して不善を為す

女が男より優れていることがもう一つあった。

それは 女のほうが寿命が長いということである。

これは「教育」というテーマから外れるけど、その原因を考察してみた。

① 医学的な見地からすれば 女は血液の再生量が多いからである。

人体は失われた分だけ体内の血液を再生するから、生理のある女の血液は

定期的に新しいものに交換されて 細胞の若さが失われない、

つまり 女の血液はサラサラなのである。

そのほかにも コラーゲンの量とか筋肉の柔軟性とか、色々研究されてるそうだけど、

まあ どうでもいいか・・・

②     女のほうが疲れていない、

主婦の仕事は朝から晩まで 炊事・洗濯・掃除・買い物・育児・・・・

働きづめで大変だ、休みの日はお父さんはごろごろしてないで協力してやりなさい、

どこの家庭でも そういうことになっているけど、

お父さんの仕事のストレスに比べたら、ちょろいもんだぜ、

オレなんか 通勤だけでも もうへとへとだったのだ。

③    女のほうが気持ちいい、

男女の営みだってそうだ、リアルな表現は問題になるから云わないけど、

耳がかゆくて掃除をするとき 耳かきで一生懸命ほじくって、気持ちいいのは耳のほうで、疲れるのは指のほうに決まっている。

結局、女のほうが長生きなのは 楽で 気持ちよくて、消耗の少ない人生を送れるからだ。

これは もちろん独断と偏見的な意見だけど、こういうバカなことを考える自分は

小人閑居して不善を為す・・・の類だと思う。

このブログを始めてから「メール」や「コメント」や「トラックバック」がいくつか入ってきました。

お褒めやお叱りの言葉も頂いて・・・・・、

読んでくれる人がいることは とても嬉しくて 有り難いことです。

中国の蘇州で働く旧友からメールが来たり、ニューヨークに住む人が「WBC日本優勝」の記事に対してコメントしてくれたり・・・インターネットが世界につながっているのが実感できて感動しています。

「コメント」は相手の名前もアドレスも判るから対応できるが、

「トラックバック」にはろくなのがなくて マイッタヨ・・・

もう 削除するのが大変だから どこのだれとも判らぬ「トラックバック」は

受け付けないように設定した。

中には真面目で立派なホームページを送ってくれるのもあるけれど、

広告が多くてウザイし、先月も今月も

「主人の浮気に悩む三十三歳の人妻です・・・」とか、

「誘ってくれる勇気のある日本人はいないかしら・・・」とか・・・

若い主婦が ヒマにまかせてホームページを作って、

早いはなしが 浮気相手の募集をしているのです。

オレがこのブログの中で、話を面白くしようと、時々エッチなことを書き込むものだから、何を勘違いしたか知らんけど、シャレの解らない 文章の意味も理解できない、

SEXしか興味の無いようなバカな女が 世の中には沢山いるんですね・・・。

今更ながら いい勉強になったよ。

小さい子供までいるのに、旦那が浮気してるから自分もしたい・・・

なんてこと考える女房だから 旦那も浮気したくなるのだ。 

何も知らずに仕事へ行ってる旦那がかわいそうだよ。

これこそ「小人閑居して不善を為す・・・」ということだ。

どうせこの女には この言葉の意味だって解らないだろうけど。

こんなバカ母に育てられた子供が将来どうなっていくのか・・・・、

これだから「横浜の不良おやじ」は 日本の若者たちに「渇」を入れたくなるのだ。

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◆◆◆◆教育論は次回もまだ続くよ・・・

 

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(8)日本のお母さん

◆男の子と女の子の教育

現代の日本は 若者の「食」が欧米化してしまった。

ファストフードの店先で、ハンバーガーにピザにフライドポテト、プリンやケーキを子供たちと一緒に食べるお母さんの多いこと、

確かに マックもケンタッキーも美味しいよ、

でも 毎日それではだめですよ。

ワカメと豆腐の味噌汁に あじの干物を焼いて、納豆にタマゴ焼き、それからお新香、

夜は ぶり大根や肉ジャガを作り、サトイモの煮物も作る、・・・

それが日本のお母さんだ。

そうすりゃ旦那も 早く帰ってくるんだよ。

そういうお母さんになるように・・・・

それが女の子に対する教育だ。

男の子に家庭科を教える必要は無い。

家庭科は 女の子専用の授業でいいのだ。

こういう意見は暴論だとして

婦人団体や女性代議士先生たちの逆鱗に触れるかもしれないが、

良否は別として、男女同権の思想が戦後の教育の大きな分岐点となったのは確かだ。

これは「差別」ではない、男女同権や民主主義を否定しているのではない。

男と女を 同じ土俵に立たせようとすることに無理があるのではないだろうか・・・、

料理、洗濯、掃除、裁縫・・それに育児、

女としての心得を教える家庭科は立派な女の学問だ。

男の子が育児や洗濯を習う必要はない、そんなことに興味を持つ子はろくな男にならない。

男は家事・育児に素人でいいのだ。

女房が出産や病気で入院中に 慣れない家事で苦労する、

そのほうが女房のありがたさが分かるのだ。

女房の出産に立ち会って、手を握り、一緒になって「ヒーヒーフーフー」と、なんとかいう呼吸法をやってるような男は見ちゃいられねえ、引っ叩いてやりたい。

病院の廊下で うろたえておろおろと落ち着かない男のほうが ずっとかわいい。

だいたい、女性の出産現場に旦那を立ち合わせるようなことをだれが考えたのか、

男に そんな情けないことをさせるな・・・

当事者の女も甘えるんじゃねえ、自分の力で堂々と赤ちゃんが生めるようでなければ 

立派なお母さんにはなれないぞ。

男と女は 構造も本質も違うのだ。

体力は当然だが、知恵も技も あらゆるジャンルに於いて、人間はなにをやったって、

女は男の能力に勝ることはない。

だから女はかわいいのだ・・・、

だから男は 女を優しく愛することができる。

男は 命を賭けてでも 愛する女を守ることができるのだ。

女ができて 男にできないことは、子供を産むことだけだ、

それは、女が男に劣っている全ての部分を逆転するに足りるほどの スゴイことなのだ。

女は 男が及びもつかない偉大なるファイナルカードを持っているのです。

「 男の子はお母さんの言うことなんか聞かなくてもいい・・・ただし、お母さんは女だ、女は弱いものなのだ、だから お母さんの作ったものを何でも食べて、大きくなり 強くなって、お母さんを守ってやらなければいけない・・・」

テレビで細木和子さんが男の子たちに言っていたが、オレも同じようなことを昔から思っていた。

オレは細木さんの支持者ではないし、占いなんて信じたこともないし、先に公表されたことが むしろ残念だけど、・・・・・・

男の子には そういう教育をしてゆくべきなのです。

男と女、それぞれが どうあるべきか、生き方の違いを教育するべきなのです。

少子化対策の一助にもなるのだ。

子供たちに好き嫌いをなくそう、加工食品ばかりではだめ、もっと旬の素材を食べなければ 今の子供たちが高齢者となる頃には 長寿世界一のタイトルは もうどこか他の国に取られることになる。

お母さんが子供に「勉強しなさい・・・」と叱るよりも、

「何でも食べなさい・・・」と指導することのほうが大事なのだ。

そのためにはお母さんたちも好き嫌いをいってはいけない・・・

◆赤ちゃんにはおっぱい

赤ちゃんが生まれて、最初にする「教育」はおっぱいをあげることです。

母乳を飲ませることが 教育のスタートなのです。

赤ちゃんを見るとき 人はみんな優しい笑顔になります。

お母さんが赤ちゃんにおっぱいを飲ませている姿こそ 

女性が 最も偉大で、荘厳で、美しい姿なのだと思います。

赤ちゃんが天使なら お母さんはまるで観音様です。

赤ちゃんとお母さんが 神秘の光に包まれた神の領域にいるからです。

こんなにノーブルでグレイトでビューティフルな光景は他にない、

男はそれに 近寄ることもできない、

そして ほほ笑みを浮かべ、優しく見守るしかないのです。

哺乳瓶でミルクを飲ませるのが 今は一般的だけど、

母乳が出るのにスタイルが悪くなるとか言ってミルクにしているお母さんは、

スタートから教育方針が誤っているのです。

子供を母乳で育てた女性は 高齢になってから骨密度が減少して、「骨粗しょう症」になる割合が多いそうです。

おっぱいをやるので カルシウムが不足するのが原因の一つだといわれている。

“キンさんギンさん”は百歳以上長生きして、腰の曲がったおばあちゃんだけど、死ぬ直前までマグロの刺身でビールを飲んで・・・・、あれほど幸せな晩年はない。

明治の人だから、ミルクなんかない時代だから 子供たちはみな母乳で育てた。

粗食でも美味しく食べ、働きながら主婦の仕事も育児も みんなやって、それが苦労と思わなかったのだろう。

代表的な日本のお母さんだ。   そして、理想的な日本のおばあちゃんになったのだ。

女は おばあちゃんになったら、腰が曲がったっていいじゃないか・・・

腰の曲がったおばあちゃんは 母乳で子供を育てた証明なのだ。

そっくり返って歩くより ずっと自然だ。

カルシウム不足という 医学的な心配があるのなら、

お母さんのほうが 牛乳をいっぱい飲めばいい。

ミルクは赤ちゃんに与えるものではなくて、お母さんが飲むものだ。

現代の育児は 母子両方の健康を考えるなら、

赤ちゃんにおっぱいをやりながら、お母さんが哺乳瓶のミルクを飲めばいいんだ。

科学的な根拠はどうか知らんけど、母乳は栄養分の他に 免疫力とか 母の愛情とか、家の伝統や 先祖の魂までも ダイレクトに吸収しているはずです。

栄養バランスもへったくれもない・・・

やっぱり赤ちゃんは お母さんのおっぱいでしょ。

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(7)食育

◆食育

教育には「知育」、「徳育」、「体育」、「食育」があるということで、

「食育基本法」という法律が去年(平成17)国会で成立したそうである。

オレはそんなこと なんにも知らなかったけど、

要するに、「食」という教育の観点を 家庭や学校だけでなく、国民運動として推進し、

安全でバランスのとれた良い食事をして、郷土や生産者に感謝する心を養い、健全な人に育てていこう・・・という趣旨を法律で制定したのです。

「健全な精神は 健全な肉体に宿る・・・」というのを昔の子供たちは習ったけど、

同じようなことである。 

現代日本人は みんなグルメである、

今は 食べるものが何でもあるから、選択肢が沢山あるから 美味しいものを選ぶ、

だれだって美味しくないと思うものは食いたくない・・・・

子供たちが 野菜を食べない、魚がきらいだ・・・というのはザラである。

子供は好きなものしか食べない、お母さんも子供に合わせて 好きなものしか作らない・・・

子供は食べないものの味を知らない・・・、

本当は 嫌いではなく「食わず嫌い」なのだ。

食育とは “好き嫌いをいわずに何でも食う”ことです。

とは云っても、現代は 食品添加物だとか、アレルギーだとか、BSEや鳥インフルエンザとか、わけの分からぬ化学物質など・・・食品の危険性が問題になったりして、

「食」に対して 国をあげて取り組まなければならない時代になっているのです。

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◆日本の食

日本人の平均寿命は世界一位だという。

これは 海に囲まれた島国日本が「魚」中心のおかずで、春夏秋冬の季節が三ヶ月ずつ平均に巡り、米を主食とする季節の野菜や果物という「旬のもの」、新鮮なものを食べられるという日本の国土が生んだ伝統的な食文化に起因しているからだと思います。

肉食を主体とした 欧米にはないヘルシーな食文化なのです。 

フィリピンやキューバだって島国だけど、彼らには季節がないから、夏にしか獲れない野菜、暑い海にしか生息しない魚しか食っていない・・・、

日本のように夏はナス・キュウリ、トマト、冬は白菜・大根・・・というように色々な種類のものを食べられる条件がないのです。

魚を刺身で食うのは 世界中で日本にしかない 日本の最も特長的な食文化なのだ。

それともう一つ、「日本の食」は手作りが多いということ。

日本人の 勤勉で器用で技術に優れた 資質と国民性がなければ作り得ない 素材の良さを生かした「ブランド」の食品が多いこと。

味噌も醤油も、米も野菜も、魚介類や肉だって、国産品のほうが旨いし高級品として扱われる。

例えば「牛肉」、日本には但馬牛・月島牛・松阪牛・米沢牛・・・など「ブランド品」が目白押しである。 

牛の飼料から 環境や健康管理までして、生産者の繊細な技術と真心のこもった手作りで美味しい安全な牛肉が作られる。

元祖アメリカの牛肉は、日本とは気候風土も歴史も違うから比較するのは間違いだろうけど、ローハイドの映画で見たカウボーイたちが 一人で何千頭もの牛を追い、勝手に草を食わせ、移動してゆく育て方が伝統である。

つまり、大量生産のシステムだから 今になってずさんな管理に起因するBSE問題が表面化して、安くて美味しい吉野家の牛丼が 食えなくなっているのだ。

松阪牛のすきやきは 美味しいのはわかっているけど、高いから庶民はなかなか食う機会がない、庶民は 本当は早く吉野家の牛丼が食いたいのに・・・・。

日本人が牛肉を食い始めたのは日露戦争の頃だったという。

日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った日本海軍の司令長官、東郷平八郎さんが

体格の優勢な欧米列強と戦うには 日本国民も彼らのように牛肉を食うべし・・・

ということで、軍隊から肉食を推進していったのが始まりだそうだ。

太平洋戦争のときの山本五十六元帥も 若いころアメリカへ留学して、アメリカ人の陽気で自由な国民性と 肉食のパワーを知り、「この国と戦ってはならぬ、お茶漬けやおにぎりを食う我が国の兵はステーキを平らげる米兵には勝てぬ・・・」

という考えの反戦論者であった。

そして、山本さんの予言通り 日本はコテンパンに負けた。

パワーでは肉食に及ばないことが立証されたのです。

ところが戦後半世紀以上過ぎた今、日本人は世界で一番長生きできる強い民族になった。

パワーでは肉に負けるが、生命の持続性に於いては 米や魚のほうが優れていることが証明されたのです。

「食」は教育の原点、国家の命運にも影響する大きな問題になるのです。

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(6)子供に教えられる

オレは野球の練習の時に いつも子供たちをぶん殴っていた、

ヤンチャで 素質のある子が 一番の被害者だった。

一種の「えこひいき」だったのかもしれない。

下手くそでどうしようもない子まで殴るほど オレは偉い監督ではなかった。

教え子たちが社会人となり、結婚式に招待されたとき、

散々オレに殴られたレギュラーの連中と 同じテーブルで酒を飲んだ。

「 監督は怖かった、でも楽しかった・・・・、いい想い出だ・・・ 」

自分より大きくなった青年たちの会話の中に溶け込みながら、幸せな時間だった。

でも 今時の学校の先生たちは、子供を殴れば 体罰がどうのこうのと問題にされる、最近では 個人情報保護がなんたらかんたらといって、クラスで緊急の連絡網も作れないという・・・、

困った世の中になったものだ。

これでは 今の先生たちは 大変だ。

どんなに熱血で、一生懸命やろうとしても 規制が厳しく、やりにくい方向にばかり行ってしまう。

先生がサラリーマン化して、マニュアルだけの人もいるし、中には問題を起こすダメな先生もいる・・・、しかし、情熱のかたまりのような 素晴らしい先生だって沢山いるのだ。

先生たちが聖職者として 勇気と情熱が傾けられるような環境を作ってやらなければ・・

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オレは政治家でもないし、能書きたれるだけで何もできないし、無責任だけど、

行政も自治体も、父母も・・・日本の未来のために、大人たちがみんなで知恵を絞って対応しなければと思うのです。

学校の先生には 悪いことをしたら ぶっ飛ばされるのが当たり前だという 我々の子供の時代が懐かしい。 

少年野球の指導をして 一番心に残ったことは

“オレは子供を教えていたのではない、子供たちには教えられることばかりだった”

ということです。

子供は 大人の「先生」なのです。

大人は子供を教育しながら 子供から学びとっていくことが必ずあるのです。

高校の数学の教師が 代数の授業のときに、

「 難しい、解らないという人は 誰かに解ったふりして教えてやればいいんだよ・・・こうだろ、こうなってこうなる・・・といってるうちに自分も解ってくるんだよ・・」という話をしたことがあった。

今なら あの先生の言葉が理解できる。

そうだ、人にものを教えるということは、自分が学ぶことなのだ。

親も先生も、大人たちが子供を教育するのは 自分も教えられ、磨かれ、自分自身のグレードアップになっているという姿勢が大事なのだ。

「 先生には先生が必要だ 」という書き出しだったけど、

なんのこたあない、先生の目の前には 先生たちがいっぱいいるじゃないか。

代数も幾何も方程式も・・・オレには未だにさっぱり解らないが、

五十年も前の言葉が 生徒の心に残っているのだから、あの先生は一流だ。

余談になるが、池波正太郎の時代小説「編笠十兵衛」の中で こういう一節があった。「 人はみな何も分かっていない、分かったふりして生き 分かったふりして死んでゆくのだ・・・」

お父さんもお母さんも、大学教授も医学博士も、八百屋のおやじもお寺の坊さんも、裁判官も総理大臣も、芸術家もスポーツ選手も社長さんも・・・・

みんな何も分かってないのかもしれない、そういうオレも・・・・。

     ◇◇◆◆つづきは来月更新します・・◆◆◇◇

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(5)教養とは

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義務教育の間は読み書きと計算と 簡単な地理と歴史、自然の摂理とか法則とか、最低限の勉強だけ教えれば上等だ、もっとハイレベルを追求したい人だけが高校や大学の専門的な学府へ進む道を選べばいい。

義務教育で本当に教えなければいけないことは 社会の秩序、生命の尊さ、人へのおもいやり、感謝の心、平和の大切さ、・・・・まだまだあるけど そういう社会的なモラルとか人間性の基本的なことなのではないだろうか・・・、

子供たちを「豊かで 優しい心」の大人に育てることだ と思うのです。 

そういうことを理解し、身につけた子供たちが将来教養のある人格者に育ってゆくのだと思います。

「教養」とは 知識や学問のことではない、

大学へ行かなかったから私は教養がない・・・という考え方の人は 本当に教養がないのだ。

教養を身につけるためにという理由でカルチャーへ習い事をしにゆく大人もいる、これはただの暇つぶしだ。

学問をしなくても一つの道を究めた人、人生を誠実に生きた人の中には 教養人はいくらでもいる。

大学という最高学府を出ても教養のない人はいくらでもいる。

最近のニュースで 例えば「ホリエモン」を見てみろ、

東大へ行って、成績優秀で 頭脳も才能も抜群な青年が なんであんなことになったか・・・

金儲けのためなら 法に抵触しなければ どんな手を使っても良いと考える、

女の心は金で買えると公言する・・・、

確かに金で心まで売る女もいるけれど、教養のない女なら・・・

「アネハ」だってそうだ、一級建築士という立派な資格をもちながら いくら生活や家族のためといっても、正しくないことをするのは万死に値する愚かなことだ。

結局彼らはみんな「教養人」ではないのです。

オレは「学問」を否定しているのではない、勉強して多くの知識を身につけることは大切なことです。

「教養」という言葉の本当の意味を理解するのに役立つからです。

大学へ進む利点は 学歴だと思うのは誤りだ。

受験のために、ある時期必死になって頑張る、徹夜までして努力する・・・

勉強というのは辛いことだ、

敢えて 辛いこと、苦しみを体験する・・・、

勉強の内容なんか 後で忘れたっていいんだ、若いころにそういう苦労を経験したということが尊いのだと思うのです。

「学歴」ではない、「苦労の実績」が尊いのだ。

執こいようだが 教養とは「豊かな心」のことです。

人の意見に耳を傾ける勇気、真理を探り人の心の痛みを共感し、それに優しく接することで自身の品格向上に反映させることのできる経験と知恵、・・・

なんだかよく分からないけど、知識や学問よりもずっと高貴なところに存在する人間性のことだと思います。

「損か得か」のものさしだけでは人を愛せない、愛されることもない。

教養のある人は 人に好かれる、教養のない人は人から嫌われていてもそれに気づいていない。

バカは自分がバカだということが分かっていない、だからバカなのだ。

これだけは断言できる、絶対に間違いない・・・。

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(4)先生の先生

野球の現役時代も 引退後も、学校の先生たちと飲む機会が多かった。

あるとき 地域の野球指導者たちのチームと学校の先生チームで 親睦の草野球をしたあと 近所の寿司屋の座敷で宴会になった。

二十代の若い先生が オレに酒を注ぎながら、自分の悩みを打ち明けた。

「 私は四十人の子供を担任している、子供たちにはどうしても学力の差がある、できる子はいいが できない子をどう扱えばいいか・・・、野球の場合はどうなのか、

レギュラー以外の 残りの子たちを 監督はどういうように扱っているか・・・みんなが不公平のないようにするには どうすればいいのか 教えてください・・・」

酔って 少しロレツが回らない先生の質問は、だいたいこんな内容だった。

教育現場に携わる人の 共通の悩み、永遠のテーマなのだと思った。

できない子を居残りで特訓したことがあって、そうしたら他の子の親からクレームがきたりして、うるさい父兄がいて、もう それが悩みの種で、自分はどうしたらいいか分からない、一生懸命やっているのに 悔しいですよ、夜も眠れないこともある・・・と言う。

野球の場合は、子供というのはみんな自分の実力を認識している、ベンチを温めている子は、試合に出ている子の方が自分より力が上だと認めているから 何も不平は言わない、

真夏の太陽の下では、レギュラーもベンチも みんな同じように真っ黒に日焼けするし、

雨が降れば みんな泥んこになる・・・・、天はだれにでも平等だ。

親たちだって、いつも練習を見に来て子供の実力を知っているから、文句言う人なんかいない。

学校では父兄参観日が年に一度くらいしかない・・・参観日を増やして、もっと親に現場を見せるのも一つの方法ではないか・・・、でも、できない子にはいくら教えたってだめだな、バカは親の遺伝だからな・・・、

だいたいそんな内容の回答をした。

「 監督さんはいいな・・・羨ましいです、確かにできない子ができるようになるとは思わない、でも、学力のレベルを上げないと 校長や教頭先生にも いい顔されないこともあるし・・」

「 それが先生の仕事だから しょうがないだろ、オレなんか給料貰わないでやってるんだから・・・、だれにも文句なんか言わせないよ 」

その時オレは四十歳、彼は二十五歳の独身で 大学の教職課程を卒業して、すぐに教諭として社会人となった、 まだ新米ではあるが 好感の持てる熱血先生である。

「 ところで先生は 彼女いるのか?・・・」

「 いないっすよ・・・、欲しいですよ・・・」

シャックリをしながらビールのコップで日本酒を飲み、もう彼は相当出来上がっている。

「 お前、欲求不満だろ、悩んでないで 眠れなかったらソープランドでも行って一発やってくればいいじゃん・・」

「 だめですよ、監督、何云ってんすか、そんなの見付かったら もうだめですよ・・・」

「 それなら早く彼女作れよ、○○先生なんか 可愛いじゃん・・・」

「 だめです、彼女はもう 彼が居るんです・・・残念だけど・・・」

「 それじゃ △△先生は?・・・あれはボインだし、なかなかいいよ・・・」「 はい、そうですけど、彼女は性格が悪い・・・私にはちょっとタイプではないです・・・、監督はいつも学校に来て、そんなとこばかり見てたんですか? まいったなぁ、もう・・・」

「 お前、贅沢いってる場合じゃないだろ、なんでもいいから早く彼女作れ・・、そんなことだから 何時までも一人寂しくカップラーメン食いながら 悩むようになるんだろが、バカたれが・・・・ 」

「 分かりました、がんばります・・・、」

二人の酔っ払いの会話はだんだん在らぬ方向へ向かい、学校の独身女性教師の品定めになって盛り上がっていたのです。

オレはその時、彼は真面目で好青年だけど 世間知らずだと思ったのです。

人を教育するなら もっと自分を磨け、学問だけが勉強ではない、

若いうちに恋愛経験くらい沢山するようでなければだめだ、もっと社会の色々なものを見て来い・・・、風俗店へ行くことも必要だ、世の中の表も裏も、美しいものだけではだめ、

汚いものも沢山見なければだめだよ・・、

そこへ話しをもって行こうとした頃には 彼はもう座布団を枕に寝てしまったのである。

先生にも 先生が必要なのではないだろうか、

教育とは 教育する人を養成することから始まるような気がする。

学校教育とは 基本的に「学問」を教え、「知識」を身に付けさせるところだ。

オレの考えは、子供たちに「教養の基礎」を植え付けるところであるべきだと思う。

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