8月11日
このへんは一日で回りきれないほど沢山の公園があって、それがみな緑の小径でつながっている。
“ささふねのみち”“ゆうばえのみち”“せきれいのみち”、
なかなか洒落た名前がついている。
豊かな自然の山や池をそのまま利用して、どれも人が手を加え
計画的に整備されたきれいな公園だ。
いつ歩いても人影が少なくて、すれ違うのは年寄りばかり・・・
仕事を引退して もう一年半も経ったが、
一番感じることは 世の中には年寄りが沢山いるということだ。
爺さん婆さんがこんなに沢山いたとは知らなかったよ。
そういう年寄りの沢山いる環境の中に いつの間にか自分も居るのだ。
なんか やだねぇ、
基本的に オレは年寄りがきらいだ、
うるさいし、自分勝手で 偉そうなことばかりいうし・・・、
若いころから年寄りには随分苦労させられたから・・・・。
でも、しょうがないのかな、
誰でもいつかはそうなるのだ・・・、いや、既にオレはそうなっている。
それが証拠に このブログでも偉そうに好き勝手なこと書いている。
せめて子供や孫たちに、いいお爺ちゃんだと思われるようにしたいけどな・・・。
そんなことを思いながら “ささぶねのみち”をゆっくり歩く。
大きなカラスアゲハが水辺にとまっている、
そっと近づいて地面に膝をつき、
四つん這いになってカメラを向けた、
散歩の老夫婦が向こうから近づいてくる、
ヤバイ・・・!
早く撮らなければ 彼らの足音で蝶が逃げてしまう、
慌てて何枚もシャッターを押した。
老夫婦は五メートルくらいのところで立ち止まった。
オレの格好を見て 状況が分かったのだ。
オレと一緒になって息を凝らして じっとしている。
幸い蝶は逃げなかった、10枚くらい撮ってから立ち上がると彼らも歩きだした。
「アゲハですか? 撮れました?・・・」
「はい、ありがとうございます・・・」
いい人たちだ、こういう年寄りなら好きだな、
本当に“ありがとう”の言葉が素直に出た。
◆◆◆◆
8月12日
家から歩いて15分のところに鴨の住む池がある。
大きな池に鴨が沢山泳いでいる。
森の上から大きな鳥が飛んできて対岸の枝にとまった。
羽を伸ばすと 1mくらいありそうな猛禽類だ。
鷲がここらにいるはずないし・・・、
町田にいたころ 山にフクロウやハヤブサがいるというのを聞いたことはあるが、たぶんこれは「トビ」だろう。
ズームにしたが満足な画像ではない、カメラもボロだし、腕も悪い。
(セミ) (シルエット)
セミはカメラに撮るのは簡単だが 木の幹に同化して画像にすると見分けずらい、
(さなぎ) (さなぎ) (ヌケガラ)
セミのさなぎがいた、これから羽化がはじまるところだ、
触ったらグニャっとして気持ち悪いよ・・・・
◆◆◆◆
トンボが一番難しい、でっかいヤンマに何度も出くわしたが なかなかとまってくれないし、スピードについていけない。
黄色と黒のツートンカラー、まるで阪神タイガースのようなオニヤンマは別格だが、
子供のころ、ヤンマは 銀色のオスを“ギン”、茶色のメスを“チャン”と呼んでいた、
水辺で“チャン”の胴体を糸で結び、2メーターくらい糸を伸ばして
「ギンよ来い、チャンがいるぞ・・・」と唄いながら
頭上でクルクル回しながらチャンを飛ばす。
そうすると♂のギンヤンマが ♀のチャンに絡むように空中で飛びついてくるのだ。 そのガチャガチャという音と共に ギンヤンマが掛かったときの手ごたえが釣りで魚がヒットした時のような 何ともいえない快感なのだ・・・。
獲ったギンヤンマの羽根を合わせて 左手の指の間に挟む、
大漁のときには口にまで羽根をくわえて・・・
こんなトンボの採りかたは 現代の子供たちは知らない、
第一 ヤンマの存在すら知らないだろうな。
トリモチや、蜘蛛の巣で作った網でセミを捕まえたり・・・、
今の子供たちに そういうことを教えてやりたいね。
その前に トンボや蝶が沢山飛び回れる自然環境を守るのが大切だ。
◆◆◆◆
8月19日
同じ水辺の同じ場所にカラスアゲハのカップルがいた。絡み合いながらその辺を飛び回り、何度も同じ場所に戻ってきてとまる。いつもここに蝶が来ているということは何か美味い食いものでもあるのかな?
ところで 蝶の夫婦は「つがい」という、
基本的に昆虫は一匹、鳥は一羽というが、オスとメスをセットにした場合は「つがい」というのはみんな知っている。
つまり、状況が変わると呼び方や数え方も変わってくるのだ。
漢字では「番」と書いて「つがい」と読む。
ドアや建具の扉の開閉に使う留金のことを「ちょうつがい」というが、
これはチョウチョが羽をパタパタさせる形から「蝶番」というようになったということを知っている人は少ない。
人間を“つがい”とは言わない、人間のカップルは一組という。
ものの呼び方数え方でも 日本語の奥深さが味わえる、
箪笥(タンス)は一棹(さお)、
イカや蛸は一杯・・・・、
このへんは昔の人(年配者)ならみな知っている。
タラコは一腹(はら)、ならイクラや数の子は何ていうのかな?
一腹買うと高いからパック入りだもんな。
スイカ、キャベツ、玉ねぎのような丸い野菜は一玉(たま)、
ほうれん草は1把、大根・ごぼうの一本というのも理解できる、
寿司は一貫・・・、一個とか一皿とかいうと回転寿司のイメージになる、
弁当は一折、でもプラスチック容器などの弁当を「一折」と呼ぶのは抵抗あるな、やっぱ一個とか一食でしょ・・・、
高級感を求めるなら「一折」のほうだな。
ウサギを「一羽(わ)」というのは耳が長いから鳥の羽に見立てたのだろうか?
それならディズニーのダンボだって象なのに一羽ということになる。
刀や薙刀を「一振り」というが、それなら野球のバットやゴルフクラブは何故“一振り”といわないのか?
動作するときは“バットを一振り”というが 数えるときは「一本」だ。 どちらも「振る」ものだけど、「切る」と「打つ」では目的が違うからだろうか?
同じものでも大きさや用途によって呼び名を変えるのもある、
例えば「船」の場合、タンカーや大型船は「一隻(せき)」、
船頭さんが艪でこぐ小型は「一艘(そう)」、
しかも「船」と書くと大きなふねで、「舟」となると小さいふねになる、
平和島でレースをしているボートは「艇(てい)」という。
ギターやトランペットは一本で、三味線は一棹(さお)、
碁盤は一面、テニスコートも一面・・・
鉄砲は一丁、大砲は一門、ミサイルになると一基になる・・・
クイズ番組のネタになりそうだね、調べればもっと面白いのが沢山あるだろうけど、きりがないから もうやめた。
このへんは 農協の直売で野菜を買うと、カブトムシの“つがい”をサービスしてくれる。
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