カテゴリー「お散歩カメラ」の17件の記事

199件目の記事

9月になりました、 立秋、処暑、白露、秋分・・・・今はもう秋、天高く馬肥ゆる秋、美味しいもの食べて自分も肥ゆる秋、天皇賞、菊花賞、有馬記念・・・GⅠの秋、実りの秋、読書の秋、スポーツの秋、今年の秋は爽やか、近年夏が猛暑で長~い、今年は九月になってから涼しい爽やかな日がある。 季節の巡りが平均的なら 、この調子ならいいね、この秋は紅葉が観られるといいですね。

★最近の写真です。

ブログを始めて四年、こまめに更新して199件目になにりました。 ネタがないのに更新すると 長~くなって 読者が大変。 文章を書くと止まらなくなるから・・・  たまに手抜き?  涼しくなって いい写真撮れたら また長~いのブチカマスから。             Photo鴨池

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A 「オイ・オメェラ・・・ 舐めとんのか????」        NYユキチャンから送ってもらいました。

①8月19日、高輪からお台場方面・新幹線・山手線を撮ったつもり・・・

② お散歩コース、葛が谷公園のクローバーの原、

     

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泣いていいから

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ゆうやけ橋を渡って『夕映えの路」へ

◆鍛錬は千日の行 勝負は一瞬の行

6月24日、朝から青空、6月になってこんな明るい晴天は初めてか、

去年の夏は暑かった、今年もまた記録的な暑い夏になるのだろうか、

涼しい朝のうちにお散歩コース夕映えの道を歩く。

陽射しは強いが風は爽やか・・・去年のような暑い夏はもう沢山だね。

歩きまくりで筋肉を鍛えることが 病気に良い影響を及ぼすならば なんぼでも歩いてやろう・・・

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(道端のあじさいも暑くてショボ・・・・)

4月初め退院してから あっという間の三ヶ月が過ぎた。

かかとから踏み出し つま先で地面を蹴るように大きな歩幅で こんなに力強く歩いているのに・・・・

なんだか判らないが辛いものがある。

心のどこかに隙間風が吹くようで・・・元気なのに どこか寂しいものがある。、

この三ヶ月、笑って過ごしてきた(笑ってごまかした?)が、やたら涙もろくて、ガキのように泣いてみたくなるときもある。 ブログをはじめて三年目、これから泣きたいときには泣いてやる・・・と宣言したし、運動しすぎで体中筋肉痛だが こんなのはすぐ治る、今は心が切ないのだから 遠慮するこたねぇ、泣いちゃおうかな?

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昨夜 堀内孝雄と桂ウンスク「都会の天使たち」のビデオを見た。

せめて愛する人が隣にいたら 夢の中まで連れて行けるはず

生きていることさえも切ないなら 泣いていいから・・・・・

歩きながらこの曲を口に出してみたら 横からの風が吹いて 涙がチョチョ切れた。

「泣いていいから」「甘えていいのよ」「眠りなさい・辛いなら泣けばいい」・・このてのセリフに最近のオラは弱いのだ。(エラそうに云えることではないが)

泣いていいなら 一度でいいから泣いてみたいよ、涙枯れるまで、鼻水が乾燥して黒豆くらいの巨大ハナクソが掘れたら 気持ちいいだろなー!?

ガキの頃から 辛抱し続けてきた涙を全部出し切って、この夏の日差しで カラカラに天日干ししてみたいよ。

肉体は時間と共に快復しているのに 心の痛みが なかなか複雑?

大病を患うと こういうところが辛いのだろか、  岩崎宏美ちゃんが歌う「心の痛みをぬぐって・・・」とは、どうやってぬぐえばいいのか? 拭い方が分らない。 三途の川を眺めてきた人は 皆同じようなお土産を拾ってくるのだ。

 

「鍛錬は千日の行、勝負は一瞬の行・・・」 「努力は自分を裏切らない・・・明るい笑顔は無敵だ」そんな哲学が涙の在庫量を増やしてゆくのだ。

努力できるのは幸せだ、頑張りたくても体が動かなくて頑張れない人もいるらしい、「頑張らなくてもいいよ・・・」と、治療にあたる先生は大変だ。

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今が鍛錬のときならば それを楽しみたい。

時間が解決してくれる、大丈夫、なんとかなるさ。

見ろよ青い空 白い雲 そのうちなんとか なるだろぉぉ~! 広い草原のど真ん中で 大きな声で歌ってみた。

どこかに人が居ないか周りを見渡す。

誰かに聴かれたらヤバイ また変なおじさんにされてしまう?!

やはりオレは バカか? 

ダイジョブダー! 気合を入れてまた歩き出す。

この病気でオレは死ぬものか! 生きることが どんなに辛いことと分っていても オレは生きなければ!・・・・ オレには 支えてくれた沢山の応援団がいる。

妻・子供たち、孫たち、家族も友人も、先生に看護婦さんたちも・・・オレを愛してくれたみんなのためにオレは生きなければ・・・・! 元気で生きてさえいれば これから良いことも必ずやってくる。 

それを考えたら また涙が出てきた、 額の汗が目に入って 大粒の涙になってきた・・・!

強い風が吹いて また涙が横に飛ばされた。 

今日は 風も涙も 温かい。

奇跡的だ、幸運だ・・・、友人も先生までもが そういって慰め、励ましてくれる。

奇跡とか幸運とか・・・偶然性には縁のない人生だから、全てのものごとの結果は必然だと思いたい。

勝負事なら 勝つべくして勝つ、負けるべくして負ける・・・・、

今回も病気で倒れたのも快復してるのも 全て偶然ではない、必然だ。

オレに運が向いていたわけではない、先生の力とオレの肉体のパワーが この結果を生んでいるだけだ。  でも、一度や二度は奇跡とか幸運に遭遇してみたい、本当にこれが奇跡なら こんなラッキーで嬉しいことはない。

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帰り道は「ママのマカロニ・マママカロニ・・・パパのパパイヤ・パパパパイヤ!・・・」    これなら涙も大丈夫。   最近仕入れた情報だけど 欧米では「笑い」を病気の治療に取り入れて 「笑わす」専門の病院が増えているとか、くすぐり機が開発されているとか・・・本当なら笑っちゃうね!

涙もいいらしいです。 笑ったり泣いたりすることで体内の抗体・免疫力を増強させる物質が増える・・・との研究らしいです。 赤ちゃんが泣くことで成長するというが 泣きながら体内に抵抗力を増やしているのでしょう。  毎日プールへ行ってます・・・先生に言った、それは良いこと、打倒北島目指して頑張りましょう・・・と激励された。  それから何故か平泳ぎで自己ベストを更新することにこだわり始めた、ところが平泳ぎは遅い、25メートル50秒かかるようでは北島には勝てない・・・? しかも彼はスピード社の水着を着ているからフェアではないね。 オラはこの前 パンツを裏返しにはいてたし・・・。 これで北島君とマッチレースして 間違えでも勝ったりしたら・・・そういうのを奇跡という。

 都会の天使たち http://jp.youtube.com/watch?v=2ijj56rC2gg

  

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2008お散歩カメラ5月

Photo ゆうばえの小路

◆5月12日 お散歩コースのスタート地点

◆毎日毎日10㌔のウオーキング、先週歩数計を買って一万歩を目標に歩いて歩いて・・・歩きまくって・・・身体を動かすことに関しては元気。  安静にして一日寝ているのは苦手。

ユキちゃんから『兄ちゃんと同じ病気でもっと重症の人が歩きまくって治しちゃった、今でも どこにでも歩って行っちゃうんですよ・・・」と励ましの言葉。       行動する努力なら オラなんぼでもやったる、 「感謝感激」 ポパイのほうれん草みたいにパワーの出る激励の言葉・ありがとう。       posiからは「病気から学べ」 ・・・                一生不悟・一生燃焼・一生勉強・一球入魂・一期一会・自業自得・晴天霹靂・天下泰平・不惜身命・天地無用・大外強襲・恋我優甘(ラヴミーテンダー)・熱重燃疑(アッチチ、アッチー、モエテルンダローカ?)

オレは今回で二度目のチョーヤバイ病気、最初に死に損なった時は お見舞い客と花束に囲まれて、今回は かわいい茄子ちゃんたちに囲まれて・・・・沢山の人の『優しさ」と『励まし」に出遭うことができた。  ウンチが出なくて辛いこともあったが、良いこともあって いい経験がまたひとつ増えた。  寡黙はやめて云いたいことを何でも云うようになった、文句も言うようになった。

Photo_2 若芽                    これ?白い花が咲く・・・東洋ランの一種か?・・・名前忘れた。みずみずしい新芽が伸び始めて、この緑を「新緑」という。  病院は悲しいところ・・・毎晩 泣き声や苦しそうな声ばかりが聞こえて・・・、でも 悲しさ・辛さと同じ分の優しさもある。  オレは家族・友人・先生に茄子ちゃんたち・・・沢山の人たちに心配され、愛され、『優しさ」に囲まれていた。 オレは生きている・・・・ありがとうより もっとランクの高い感謝の言葉あれば 教えてもらいたい。

歩数計が先週二時間十キロ歩いて帰ってから見たら十歩?だった、インチキだ~! それともオレの歩幅が一キロあるなら オリンピックへいけますね。

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鴨池公園

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ささふねの小路・・・せせらぎの周辺にも花が咲き始めた。

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花ショウブ 去年は十本くらいだった、今年は群生している。

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2008_05130031 藤の花

Photo 山桜?

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Photo_7 アガパンサス

Photo_8 小菊Photo_9 ウコン

今年のウコン新芽・・・・幹から出た新芽・ 今年は花が咲くかもね。  

土の上にばら撒いた軽石は 水遣りをドバーッとやるので、水圧で赤玉土の表面が粘土質になって固まらないためです。

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花ことば 12月

12月1日、師走になって 横浜もやっと紅葉が色づいてきました。Photo

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紅葉の色が濃くなる条件 ①日当りがよいこと(夏~秋の日照時間) ②気温が低くなること(朝の冷え込みと昼間の温度差が大きい)だそうです。 今年の秋は 一日の最低気温が高目だったから 紅葉の名所でもなかなか色が付かなかったそうです。 「寒さ」と「日照」は開花のメカニズムに重要な役割を果たします。 特に落葉する植物 例えば桜は寒い冬があるから「花芽」が生まれて春の暖かさで開花する・・・、チューリップなど秋植えの球根類も冬の寒さにあわせないと花が咲かないからです。 温かい・暑いだけでは葉ばかり成長してしまう、熱帯地方も花の咲くのはなぜか?・・・熱帯だって昼と夜の寒暖の差があるからです。 植物も人間も、生物はみな寒さにふるえる辛い時期を乗り越えて 美しく「開花」できるのかもね・・・・。

Photo_3 ハボタン

◆ハボタン  12月4日のお誕生花 花言葉は「利益」  キャベツじゃないよ、青汁ケールの仲間です。 バラに似た形をしているが全部葉っぱです。

Photo_4 アオキ

◆アオキ   12月7日のお誕生花  花言葉は「若く美しく」 Photo_5 これもアオキ

071209 シクラメン

◆シクラメン  12月7日のお誕生花 花言葉は「内気」

Photo_8 柊の花

◆ヒイラギ  12月8日のお誕生花  花言葉は「歓迎」 この写真は先月中央公園の森で撮ったものです。  ヒイラギの花を見つけたのは自分としてはファインプレーだった。

2007_1118 ビワの花

◆枇杷 12月9日のお誕生花  花言葉は「温和」、 きれいな花ではないが。

Photo_10 満開の椿

◆赤の椿  12月10日のお誕生花  花言葉は「控えめな美しさ」

Photo_11 ヤツデ

◆ヤツデ  12月13日のお誕生花   花言葉は「分別」、 八枚の葉があるから八手、日本原産で天狗が持っているのは八手のうちわです。

Photo_12 松葉

◆松  12月14日のお誕生花  花言葉は「不老長寿」、14日は赤穂浪士討ち入りの日、義士祭の日です。  しかし、この写真はつまらん、松ボックリが三個ほど付いていたら絵になったけど、新しいカメラで写りが良かったから貼っただけです。

12月は花の少ない時期なので、お散歩で見つけるのはなかなか大変です。 花屋へ行けばポインセチア・シクラメン・ベゴニア・プリムラ・・・それにシンビジウム・ファレノプシスなど「ラン」が満開だけど、フラワーショップで写真撮っても意味がない、やはり道端で見つけたオリジナルがいい。 誕生花と花言葉を苦心して調べていたが、何のことはない、ネットで探したら そのてのサイトはなんぼでもあった、便利な世の中だね、オラまだまだパソコンがシロウトだね。

Photo_15 かわいい花2007_11200061 これも道端のかわいい花・・・どちらも名前がわからない。枯葉に照準を合わせたのではない、風で花が揺れてしまった。

Photo_14 ゆず

◆柚子  12月23日のお誕生花  花言葉は「健康美」・・・今年もそろそろ白菜の漬物やるべかな。

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お散歩カメラ2007秋 その二

◆区民祭りと景観写真展

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去年応募して入選した「わがまちつづきの景観写真展示会」

ところが オラの写真がない??!

しかも 50点の写真に何れも撮影者の名前が無い・・・全部番号になってる!

ザケンナ~、グレテやるぞ~ と文句を言う前に案内の書類をもう一度よく読んだ

    著作権は協会へ移行する、

② 応募の写真は編集又は取り直しした上で展示いたします・・・と明記してある。

要するに芸術性を評価するコンテストというよりも まちおこしの一環としてPR効果のある写真を求めていたことが やっと分かったのだ。

な~んだ、がっかりだね、

オラの写真が三枚も すんなり通るからおかしいとは思ったけどな。

ならば催し物担当者は「入選おめでとうございます・・お友達にも知らせて是非見に来るように宣伝してください・・・」なんていわないでほしいよな、

こっちはバカだから喜んで乗せられてしまったではないか・・・といいたいね。

再びパネルをよく見ると 似たようなのはあったがオリジナルとはまるで違う。

オラの写真が元になってはいても これでは編集しすぎ・・・!!

てゆうか 合成か撮り直しか知らんが、知らない人から見ればきれいによく撮れているねと感心されるけど、やっぱりインチキだ。

Photo_3 川和富士

(こんなとこでお茶会やるわけねぇだろ!!  オラ人間を撮ったおぼえはない、センスのない最悪の写真に編集してくれた)

Photo_5 オリジナル

(これが本物、これだってたいしたことはないが どっちが自然で美しいか一目瞭然だけどね)

その他の写真も紅葉の色が濃くなったり 画像がきれい過ぎて これでは観光用のパンフレットだ。

こんなのなら市民に呼びかけることはない、協会が自分で勝手に作ればいい。

市民まで参加して 手作りで「まちおこし」をしてますよ~、ということを強調したいらしいが、応募者としては なんだか裏切られたような感じ・・・

他の応募者も同じだと思うが 自分が「わが街」の宣伝に貢献できたとは思えない。

地元の写真好きの友人が 初日から何人か見に来てくれた、

中には受付に文句言って主催本部へ電話させ「どうなってるのか、撮影者の名前くらい出してやってもいいじゃないか・・・」と抗議してくれた人もいる。

友達の作品があるからこそ わざわざ見に来てくれる、

まちおこしの輪って そういうところから広がっていくんじゃないの?

名前を出すのは自慢・自己顕示・或いは個人情報になるから いけないことなの?

自分の作品が公の場で見られることが喜びになり 名前が出るから励みになり目標となり 夢を与えてくれるんじゃないの?

役所の考えは所詮こんなもの、一般市民の感覚とはずれている。

千円の商品券送る事務処理で納得させ、市民参加の手作りまちおこしを外部に知らせようとする協会のほうが自己満足ではないか。

しかも写真を大幅に編集?して・・・

これでは近頃流行の企業ぐるみの製品偽装と同じではないか。

上司が部下を信じなければ部下も上司を信頼できない、

他チーム優秀選手の補強ばかりに目がいっては 自分のチームの選手は向上しない。

地方行政もチームプレーだというのなら 

市民の心を理解しなければ市民も行政に協力したくないね。

Photo_18 まつりの前日

ということで オラはこの程度で傷ついたりするほど純粋ではないが、

次回からは役所関係の催し物企画に応募するのは もうヤーメタ。

(入選がせめて一万円なら考える?・・・やはり不純でセコイけど)

これを機会にもっと高性能高画質の いいカメラが欲しくなってしまった。

バウンティハンター(賞金稼ぎ)になり グランプリ賞金百万円くらいの写真コンテストを狙う・・・そんなのがどこかにないかな?

冗談はともかく 地元とはいえ 貴重な時間を割いて足を運んでくれた方、遠方からわざわざ見に来てくれた町田のフミちゃんや東京のエッチャン・タッチャンたちには 誠にブサイクな偽装写真展をお見せすることになってしまいましたので 港北ニュータウン協会並びに横浜市広報関係者に成り代わりましてお詫び申し上げる次第であります。

でも これがお誘いする理由になって、楽しくお食事とお喋りできたから良かったね。

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11月3日、この日は「横浜開港150年・都筑区民まつり」でニュータウンは大賑わいだった。

こんな混雑は年末のアメ横と府中競馬場くらいしか経験がない。

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根津から来たエッチャンたちは 子供の数が多いのにびっくり。

確かに 文豪の町根津とか おばあちゃんたちの原宿巣鴨あたりの人混みでは 少子高齢化が心配になってしまうかもしれないが ここでは大丈夫。

ニュータウンというだけあってニューファミリーの多い街、よちよち歩きの長男を引き連れ赤ちゃんを乗せたバギーを押して、しかも三人目が入った大きな腹を抱えたいまどき貴重なスーパーお母さんも珍しくない。

この街の若いファミリーは みんな少子化対策に協力して頑張ってるし、お祭りも盛り上がってるのに 写真展示会でみっともない小細工するんじゃねぇよ・・・つづく

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Photo 菊花展

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お散歩カメラ2007秋 その一

◆中央公園の森

10月30日 朝から良い天気で 久しぶりにデジカメ持ってウォーキングです。

Photo 左の森が中央公園

横浜都筑区は歴史の浅い新しい街、

てことは 行政区画で町並みを自然の緑と融合させたお洒落なスタイルになっている。

古代遺跡や貝塚まである自然の森を保護するために「公園」として管理し、その何箇所もある公園が環状線のような「緑道」でつながっている。

ささぶねの道・くさぶえの道・ゆうばえの道・せきれいの道・ふじやとの道・あじさい緑道・せせらぎ緑道・・など、お洒落なネーミングをした緑の小路が 私のお気に入りお散歩コースなのです。

去年からヒマにまかせてウロチョロしているが まだ全ての小路や公園を制覇してはいない。

今回は超近代的ビル郡の隣に超ド田舎で手付かずの山林が残された(このアンバランスが近未来的でいい)都筑中央公園の散策です。

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陽射しが強くて暑い、広大な中央公園の森は去年この時期に来たときは寒いと感じたのに、今年は10月末なのに半袖だ。

チョウチョまで飛んでいる!・・・やっぱり今年は普通じゃないね。

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ゴンズイの実            ひいらぎ

そういえば都会でも去年までは 9月頃には夜にコオロギや鈴虫の音が聞こえていたが 今年はまだ聴いてないような気がする。

秋の虫たちはどこかへいってしまったのだろうか?

モタモタしてるうちクリスマスやお正月が来たら 出番がないまま「鳴き寝入り」か?

夏のセミは「うるっせぇ~!」と思うけど 秋の夜長のコオロギちゃんたちはうるさいと思わないから不思議だね。

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「閑さや 巌にしみ入る 蝉の声」有名な芭蕉の句が詠まれた山形県山寺の立石寺、

若いころ何度か登ったが あの急な階段と山道で聞こえる蝉のウルセーこと、マジでやかましいのに あれを“静”として表現する松尾芭蕉は天才だ。

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はなしが かなり脱線するが 

♪上野発の夜行列車降りたときから 青森駅は雪の中

北へ帰る人の群れはだれも無口で・・・・

“津軽海峡冬景色”も 現場で体験すると歌の心が分かる。

昔、北海道へ行くとき、上野発の夜行列車(寝台特急ゆうづる・・だったかな)を降りると 本当に青森は真っ白な雪で静まり返っている。

青函連絡船への連絡通路を乗客たちはぞろぞろと みな本当に無口で歩いてゆく。

みんな疲れて喋る気がしないのかもしれないが、全てがあの歌詞の通りなのだ。

作者の阿久悠さんは現場へ言って ありのままを詩にしたのだと思う。

更に歌とは関係ないが 青函連絡船のトイレがまたスゴイ・・・、

あの時代を象徴するような凄まじさ!?

(これを詳しく発表するとブログの品格に関わるからやめておくが オラの酒飲み仲間はみんなこのネタだけで30分は大笑いできる)

詩も小説も「ありのまま」を素直に表現すると名作が生まれるのかもね。

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ありのまま・・・といえば、

“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった・・・”で始まる川端康成の「雪国」も 新潟行の上越線で 当時の日本最長清水トンネルを抜けると 景色は真っ白な雪国に変わっているのは本当だ。

水上あたりまで晴天でも 谷川岳を境に トンネルの向こう側越後の国は雪に埋もれているのは今も昔も変わらない。

冬になると越後(新潟)は雪、上州(群馬)には山越えの冷たい北風が吹く・・・

上州名物 カカア天下と空ッ風・・・である。

(ここでちょっとだけ不良オヤジの雑学)

※カカアとはお母ちゃんのこと、江戸時代から上州は養蚕(絹織物の生産)が盛んで女性の労働力が収入の中心になったから お父ちゃんはカカアに頭が上がらない、だから「カカア天下」といわれる。 国定村の忠治や三日月村の木枯し紋次郎(これは小説だが)など上州出身のヤクザ者が多かったのも カカア天下という背景があったからです。

上州で養蚕が盛んだったのは蚕の生育に適した気候条件だったから、

 ちなみに現在 上州(群馬)・甲州(山梨)・信州(長野)など 海から離れたこの地域に精密機器・ハイテク関係の工場が多いのは空気・湿度・気温など生産に適した気象条件が備わっていることも原因のひとつだと考えられます。  

地価や労働条件だけでなく 気候風土は全ての産業に重要なウェイトを占めるのです。

セイコー・シチズン・エプソム・沖電気・・・etc.腕時計やパソコンの部品を作るには空気の汚れた都市周辺ではダメだということです。

Photo_27北部病院

Photo_28 貝塚からのアングル

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日本という国は どこへ行っても季節とともに自然界や気象条件に一定の法則がある、コオロギの歌が聴けないのは都会だから仕方が無いとしても 基本的な季節のパターンだけは狂わないでほしいよね。 

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センター南のビル郡を後ろに 宮谷戸の大池から人影のない森の道を登る、

紅葉は少し始まっているが 森の木々はまだ緑が断然優勢だ。

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前方からリュックを背負った外人女性が降りて来た、

彼女もこの山道を本格的に散策している様子だ。

すれ違うとき目があって「オハヨーゴザイマース」・・・

愛想よく笑顔で挨拶を交わした。

英会話教室のCMで見たキャメロン・ディアスみたいなブロンドの美人だ!

(もしかして 失業中のNOVAの先生だったりして)

カッコイイ~・・・!

自然の散策よりも 見ぬふりしながら見てるオラの目は 彼女のでっかいおっぱいに釘付けだ。

早起きは三文の得とは こういうことだな。

なんか得した気分で元気になった、男はこれでなければいけない。

肉体の老化は自然の摂理だが 心は自分でコントロールできる。

精神の若さが 肉体低下の進行を抑止改善することもできるはずだ。

だからバカは長生きするのだ。

五十を過ぎたら女は子供を作れないが 男は還暦でも子作り能力はある。

旨いもの食って精進して 常にスタンバイできる責任感を持たなければ・・・?

(バカ言ってんじゃないよ・・・ていわれそう)

緑の森の中で 一人で勝手に納得しながら ステージ広場に到着、Photo_21 ステージ広場

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 ウコン                  菊・サルビア

そこから区役所の総合庁舎へ、 都筑区の景観写真展へ向かったのであります。

・・・・つづく、

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泉岳寺界隈(その三)

高輪泉岳寺界隈は神社仏閣が多く路地裏の思いがけないところに寺を見つけたりする。 昭和四十年入社当時は建物も少なく 事務所の屋上からは完成したばかりの東京タワーが見えるし東海道線の電車も東京湾も視界の中にあった。  前の国道15号線には銀座方面へ向かう都電(チンチン電車)が走る、夏は窓が開いているから(クーラーがないのじゃ)それがうるさくて電話の声が聞こえない。                     

寮生活のころよく通った白金の「来々軒」、オラのメニューはヤキソバにライス、このやわらかヤキソバがごはんのおかずにぴったりなのじゃ。  泉岳寺信号の角でお婆ちゃん姉妹が店番をするパン屋「山茂登」へ毎朝パンを食いにいく、 パン屋の向いが寿司屋の「山茂登」、ここの大将はお婆ちゃんの倅だ。                   出前のついでに人の囲碁を覗き下手な能書きをたれる蕎麦処「伊勢久」の長谷川さん、吾郎ちゃんのうなぎ屋「かわむら」は 勝ち馬検討と競馬情報交換の場、         その隣がやきとり屋の「昭ちゃん」、おばさん姉妹が経営する居酒屋「くるま」・・・この辺は車町だったからね、

毎日自転車にビール箱を積んで走りまわる加藤屋酒店の番頭さん、 我社の倉庫であぶらを売り、気が向くとたまにはスピード違反をパクリにいく白バイのオマワリ佐藤さん・・・冷蔵庫の修理をしながら日本刀の刀鍛冶になった小林のおじさん、それに車町のベン・ケーシー 窪田内科の先生・・・、 みんな同じ町内の馴染みというより家族のように、地理的には山の手なのに東京の古き良き時代を思わせる下町のような人情のある のどかな雰囲気の街であった。                                              

Photo_131泉岳寺山門から

前方突き当たりが15号線泉岳寺信号、手前の信号の左側に「かわむら」があった。

オレが急性肝炎で入院したとき「くるま」からお見舞いをもらった。         退院後お礼に行くと 酒を注文してもトマトジュースしか飲ませてくれない !   「かわむら」でも吾郎ちゃんのカアチャンがお酒はダメという、           でも吾郎ちゃんだけは酒をだしてくれた(^.^)  「ウチで出さなく本人が飲みたけりゃ他所いって飲むだろ・・」カアチャンとケンカしながら熱燗をだしてくれた。     さすがは吾郎ちゃん! 毎週銀座のウインズで馬券を買いその足で築地へ仕入れに行くのは伊達ではない・・・人間ができている??

更に内科の窪田先生は 大威張りで酒が飲めるようになりたいと訴えたら毎回のように栄養剤だかなんだか知らないが 静脈注射をしてくれた。

現在は 肝機能の検査数値も正常になり元気に酒が飲めているのも 窪田先生はじめ車町飲食店の皆様のお蔭なのだろうか・・・?

ア~ア・・・#☆¥◇?×∞・・・・                        歩きながらいろんなこと思い出してしまったね、これも青春の一頁だね。

歴史の散歩道・史跡めぐりは 高輪の飲食店を主体とした“プライベート史跡めぐり”になってしまった。

吾朗ちゃんも くるまの女将も 山茂登のお婆ちゃんも 刀剣師小林のおじさんも・・・ もうこの世にいない。

昔のままに店の暖簾が残っていたのは蕎麦「伊勢久」と寿司処「山茂登」だけだ。窪田先生は?・・・まだ注射器片手に待っているかもしれない。

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テイケンビル1Fのフラワーショップ ジャングルジャックの花、(ポトス・ペラルゴニゥム・ガクアジサイ・カーネーション)母の日の前日だったから店長は出荷の梱包で忙しい・・・エントランスホールが花の香りで包まれていた。 クリックしてみて・・・いい花だよ、新鮮で品質がいい、価格も高くない。

2003_02025120086_2 オンシジウム

母の日の本命は やはりカーネーションだが、ランやブーケも人気、いつも笑顔の長内店長と園芸談義をする・・・、やさしくて健康そうないい人だよ、頭髪は枯れて新芽が出ないけど・・ツヤはある、敢えて写真は出さないけどね。

どこの街でも発展するから仕方のないことだが 変わってしまったね、見渡せば東海道線も東京湾も東京タワーも 何にも見えない、でっかいビルがぞろぞろと建って 高輪・白金・六本木・・・なんていえば今どきは日本一お洒落でセレブな街になってしまった。

そして夜は OBの爺さんたちが集まって楽しい宴。   

相変わらずオラも含めて口だけは皆達者だ・・・次回もみんな元気でまた飲もうね。

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フレンチレストラン イル・フィーロ

この度は旧細川藩邸までだったが、ここから魚藍坂・麻布方面へ更に足を伸ばせば 「麻布一の橋」は幕末に尊皇攘夷の思想家清河八郎が暗殺されたところ、清河を斬った佐々木只三郎(京都見廻組)は 後に坂本竜馬も暗殺した実行犯であるという説もある。  更に六本木ヒルズまで行けば すぐそばの「専称寺」には二十六年の生涯で二十六人を斬った(本当かどうかは謎)新撰組一番隊長天才剣士沖田総司の墓がある。

   

沖田総司は日本のビリー・ザ・キッドBilly the Kidだ、 ビリーは アメリカ西部開拓時代に 二十一歳で二十一人を殺した無法者、最後は名保安官パット・ギャレットに撃たれる伝説の早撃ちガンマンだ。

そういえば最近 西部劇やらなくなったね、OK牧場のワイアット・アープ、カスター将軍の第七騎兵隊、アラモの砦デビー・クロケットとか、バッファロービルとか・・・アメリカ西部開拓史にも面白い話が沢山あるのに。  

ララミー牧場のジェス・ハーパー、ローハイドのロディ(クリント・イーストウッド)、拳銃無宿のジョッシュ・ランダル(スティーヴ・マックゥィーン)・・・みんなテレビの人気者で面白かったのに、

ハリウッドで西部劇を作らなくなったのは 最近のアメリカ人が西部劇に興味がないということなのか? 荒唐無稽なSF映画ばかり作りやがって、アメリカ人のこういうところが理解できないのだ。

カウボーイ・保安官・騎兵隊は 日本のサムライに相当すると思うけど、民族性の違いか伝統に対する価値観が違うのかね・・・

話が逸れてしまったが 次は沖田総司の墓をお参りしてみたい。

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泉岳寺界隈(その二)

「泉岳寺」から伊皿子坂を登っていくと 右手にはNHK交響楽団(N響)のビル、トランペットなど金管楽器を練習する騒音?が聞こえてくる。

Photo_120 Photo_128 伊皿子坂

伊皿子を左へ曲がると 緑に囲まれた高松宮邸「細川家下屋敷跡」、

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赤穂義士討ち入りの後 四十七人の侍は松平、毛利、水野、細川の大名四家に分散して預けられ、大石内蔵助ら十七名がこの熊本藩細川家で切腹したのである。

このシーンは映画で何度か見た、白い死装束の侍たちが丁寧に名前を呼ばれると 順次立ち上がり「それでは皆さん お先に・・・」互いに一礼して控えの間を静かに出てゆく・・・・泰然自若とはこのことである。

まるで仕事を終えた人たちが「お先に・・・」と「お疲れ様でした・・」何事も無く日常の挨拶を交わすのと同じなのである。

みんな満足して 清々しく死に向かってゆく。  「サムライ」の一番スゲエところは こういうとこだな。

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◆辞世の句

大石内蔵助良雄 享年45

「あら楽や思いは晴るゝ身は捨つる 浮世の月にかゝる雲なし」

原惣右衛門元辰 56

「君がため思もつもる白雪を 散らすは今朝の嶺の松風」

堀部弥兵衛金丸 77(最年長・・・安兵衛の義父)

「雪晴れて 思ひを遂るあしたかな」

堀部安兵衛武庸 34・・・(赤穂・吉良両軍で一番強かった人)

「梓弓ためしにも引け武士の 道は迷わぬ跡とおもはば」

吉田忠佐衛門兼亮 64

「かねてより君と母とに知らせんと 人よりいそぐ死出の山道」

岡野金右衛門包秀 24

「その匂ひ 雪のあさぢの野梅かな」

村松三太夫高直 27

「極楽を断りなしに通らばや 弥陀諸共に四十八人」

大高源五忠雄 38

「梅で呑む 茶屋もあるべし死出の山」

調べればまだ色々あるけれど この人たちは辞世の句まで詠むからスゲエよな・・・

ちなみに大石主税良金 17 の辞世

「あふときはかたりつくすと思へども 別れとなれば残る言の葉」

今どきの17歳で こんなこと言う子 いるか?・・・・

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細川邸の閉じられた門前に書かれている文字「正義を愛し名節を重んずる者は暫くここに歩を停めよ 此処は徳川時代細川邸の跡 実に赤穂義士の総帥大石良雄等十七名が元禄十六年二月四日壮烈な死を遂げた現場である」

門の隙間から中を覗くと苔生した大きな岩が見える、あの岩のあたりで切腹したのだ。

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すらりとしたリクルートスーツのお姉ちゃんが立ち止まり 私と同じように門前の文字を読んでいる、携帯を取り出し写真を撮っている、

エライ・・・・! 若いのに ここに歩を停め写真まで撮っている、             あんたはエライ・・・、

赤穂義士に心を動かす若者がいたのが なんだか嬉しいね。

静かな新緑の中 お互い無言で なにかに憑かれたように暫し佇み シャッターを何回も押していました。

キレイな姉ちゃんだけど ひとつだけ気に入らないのは オレより背が高い・・・!

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泉岳寺界隈(その一)

歴史の散歩道

◆高輪泉岳寺界隈

都営地下鉄泉岳寺駅を出ると 国道15号線沿いに史蹟「高輪大木戸」がある。 

この斜め向いが「テイケンビル」、私はここで四十年の会社員現役時代を送った。

学生時代のアルバイト期間を入れれば四十二年も泉岳寺へ通勤していたことになる。 入社したころは独身社員寮で一年間暮らした。 高輪泉岳寺界隈は 有名な赤穂義士四十七人の墓所「泉岳寺」をはじめとして 歴史的に意義のある現場や史跡が数多く点在する。

人生の大半を過ごしたこの由緒ある街は 私にとって誇りとする“ふるさと”のひとつである。

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高輪大木戸跡

5月12日、OBの仲間と酒を飲むため約一年ぶりに高輪へ。

二ヶ月も前から あちこちへ連絡したり、会場を予約したり・・・こういうことになると テキパキと迅速に行動できるのはなぜか?  早いはなしが 宴会がしたいだけのことだが、高輪へのノスタルジアもあるからだ。

夕方五時集合なのに昼過ぎには三田駅に到着、田町をスタートにして 今回は泉岳寺界隈の史跡巡りです。

     

三田駅の近く15号線沿い第一田町ビルは薩摩藩蔵屋敷跡「勝と西郷会見の場」

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同じ15号線沿いの泉岳寺駅前「高輪大木戸」は 会見に先立ち勝海舟が西郷隆盛を出迎えた場所である、

江戸の出入口高輪大木戸は 東海道品川宿の関所というほど大袈裟でないと思うが 電車でいえば改札口のようなもので、そこへ勝さんが西郷さんを迎えに行ったのだろう。

現役のころはそんなこと興味もなくて、大木戸の石垣は日本食堂へ弁当買いに行くときに歩道に何だか知らないが邪魔くせぇ障害物がある・・・

くらいにしか思っていなかった。

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そして有名な泉岳寺、浅野家菩提寺である。

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泉岳寺は会社の事務所から五分もしない地元だから 12月14日義士祭の縁日や 平日でも何度か見学したことはあるが 義士の墓にお参りをする目的で訪れたのは今回が初めてだ、そういう気持ちになるのは年寄りになったということか?

一束百円の線香を買ったのも初めてだ、

陽射しが強く穏やかな午後で人影も少なめだが、

義士の墓は相変わらずモウモウとした線香の煙に包まれていた。

深々とお辞儀をして手を合わせる老人がいる、

絵になる・・・

オレもあんなにして素直に手を合わせることが出来るかな?                    なんて思ったがまだオレはそこまで出来ない、照れくさい・・・・、

でも心の中では真摯に合掌している。

Photo_107 浅野内匠頭長矩

Photo_108 長矩夫人遥泉院

遥泉院の墓が一番立派、女性は偉大だ・・・右のおじさんが線香を売っている。

    

四十七人の墓石の前に 二~三本ずつ線香を置きながら墓石に刻まれた名前を読んで歩く、

堀部安兵衛・不破数右衛門・赤垣源蔵・矢頭右衛門七(この人は17歳だ)・・・、

屋根付きで少し大きめの大石良雄の墓石は黒く変色して文字が見えない、

三百年間も 線香の煙で燻された燻製(くんせい)になってしまっているのだ。

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たちこめる線香の煙の中で 熱いものが心を巡っている、

涙が出そうなのは 煙のせいだと思うけど・・・?

三百年以上も経っているのに まだこれだけの線香を絶やさない四十七人の侍たちを前にして、なぜかオレは感動している・・・。

オレも日本人だ・・・心がジンジンしている。

あ~ よかった、

来て良かった・・・・(^.^)

次にここへ来るときは 素直にアタマを下げて、心ゆくまで合掌しよう・・・

と思いました。   つづく

Photo_113 大石良雄像

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春の散歩道

◆3月25日

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コブシ、つぼみや果実がこどもの握りこぶしに似ているから「コブシ」というそうです、漢字では「辛夷」または「拳」と書く。

モクレン(木蓮)の仲間で 二月~三月、モクレンと同じ頃に咲きます。 コブシとモクレンはよく似ているがモクレンのほうが花がやや大きい・・・かな?

お寺の庭でモクレンが咲いているのをよく見かけるが 

寺とモクレンは何か関係があるの?

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千昌夫さんによると 北国ではコブシが咲くと春になります。

大川栄作さんが 曇りガラスを手で拭いている頃はまだ冬です。

私の観測、このへんでは冬になると山茶花・寒椿、春の初めに梅とモクレン、 それから桃・コブシの順に咲いて、桜が満開となりテレビで桜花賞のファンファーレを聞くと春爛漫となります

これからの次期、一番写真に撮りたいのは菜の花です、

菜の花の黄色に 山の緑と空の青を背景にした雄大な景色が見たい、

菜の花は食っても美味しい、おひたしが大好き、天ぷらでもいける。

一面の菜の花畑の写真が撮りたいのに なかなか見つからない、

昔は東京周辺にも そういうところがあったけど

最近は菜の花畑を見つけても見渡す限りというところはないからね、

やっぱり田舎へ行かないとだめか、

横浜あたりで 菜の花が一杯咲いているとこあったら教えてもらいたいね。 引っこ抜いて食ったりしないからさ。

Photo_54 Photo_55 こんなのが撮りたい

              

◆3月25日 プリムラマラコイデス

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鉢植えのマラコイデス

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森の中で見つけたマラコイデス

       

鉢花として人気のプリムラ(西洋桜草)は冬~春に咲くかわいい花です。マラコイデス・ポリアンサ・ジュリアン・オブコニカなど色々種類があります。  寒さに強く繁殖力も旺盛で陽当たりの良い場所で育てるとどんどん花をつけますが、高温多湿に弱く 夏になるとダメにしてしまう。    趣味の鉢花園芸は 地域や栽培環境にもよるが 夏の花を冬越しさせるよりも 冬の花を夏越しさせるほうが難しい。

          

◆3月29日

Photo_84 ささふねの道

Photo_85 Photo_86 コブシ

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学校の桜

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◆4月3日 満開

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散るさくら 残るさくらも散るさくら・・・(男たちの大和)

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文化祭

◆1月26日 都筑区民文化祭、

生け花、絵画、書道、写真、工芸など 展示部門を覗いてきました。生け花は七十~八十代のおばあちゃんの作品、子供たちの絵もかわいい。

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写真を撮ってもいいかと 受付の姉ちゃんに聞いた、

最近は「著作権」だの「個人情報」がどうのこうのと ややこしい世の中になって、下手にカメラを向けるとヤバイことになったりするから・・・

「どうぞご自由にお撮りください・・・」ということで、

そりゃそうだよな、みんなに見てもらいたいのが「作品」だから 写真撮ってもらえば嬉しいはずだ。

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別問題かもしれないが  森進一が「おふくろさん」の歌詞を勝手にアレンジしたら 作詞家の川内康範からクレームがついて騒動になってるが、あんなに怖い顔して文句いうほどのことなのかしら?

川内先生が どんなに偉い先生か知らないが、「おふくろさん」を歌わせてもらったから森進一が人気歌手になれたのかもしれないが、森進一という人気歌手が唄ったから世間に知られるようになって、自分だってそのおかげで儲かったのだから 感謝してもいいのに・・・と思う。 

87歳の爺さんになっても まだプライドが高いのも 困ったもんだよ、

森くんも謝罪に行ってるのだから「お前はカアチャンに逃げられて大変だろうけど しっかりしろよ・・」と、励ましの言葉くらいかけてやるような 好々爺になればいいのにね。

森くんもドタバタすることはない、あんなことで怒る先生なら長いことはない、もう少しの辛抱だ。

歌詞をパクられて 訴訟問題になるようなはなしは 珍しいことではないが、営利目的でパクったのなら それは原作者も怒るだろうけど、作品を引用されたり アレンジされるということは その作品が良かったということの証明なのだから ある意味喜ばしいことだと思うけどね。

作る人の心を 聴く人が理解して、感動してくれて、 初めて名作と呼ばれるようになる。  芸術・芸能は 人と人、相手があってのことなのだ。

商売も同じだ、商売人として未熟な人は お客様と仕入先との接し方がガラリと変ったりする・・・、それではいけない、

お客様のおかげはもちろんだけど その前に仕入先のおかげで儲けさせてもらっているという感謝の気持ちが大切なのだ。

Photo_296 (貼り絵)       

てなことで、またまた脱線するが 歌とは 詩の心を聴く人に伝えるように表現することだ。  カラオケで歌の上手か下手かを定義すると「聴いている人が気分良くなるのが上手い人、聴いている人が不快になるのが下手な人、」

自分だけ「良い」と思ってもだめ、他人が「良い」と思わなければ良くないのだ。

聴くに耐えない、早く終わってくれ・・・と思ってみんなが拍手してるのに三番まで唄っちゃう人 いるもんね・・・。

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昨年末、都筑区ホームページに載せる「都筑区の景観三十選」の公募をしていたので 街の風景写真を何枚も応募してみました。

入選発表はまだ先だけど、もしもまちがえて一枚でも選ばれたら オレもバカだから 鬼の首とったように大騒ぎするだろうな。 

多分かすりもしないだろうけど・・ヒマ人はオレだけじゃないし、カメラもボロだし、な~んて、今はカメラのせいにしておこう。

これからも機会があれば こういうことに積極的に挑戦していこうと思います。

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだろ。

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◆2月24日 ラーメン甲子園、

横浜市営地下鉄センター北の駅ビルにある 噂のラーメン甲子園、全国各地から選抜された有名店が味とサービスを競い合う。

話の種に見学してみました。

ひと仕事終えてから、寒かったし腹も減って、丁度温かいラーメンが食いたくなった。 福岡代表の店で とんこつ味噌ラーメン(850円)を食った、バンダナを巻いたモーニング娘みたいな店員がやけにテンション高くてカワユイ。

細麺で こってりとしたとろけるチャーシューが美味い、スープも残さず飲んだ。

オレはラーメンがあまり得意でない、専門店へ行った経験も少ないが、正直いって 今まで食べたラーメンで一番美味しかった。

入口でもらったサービス券でトッピングの玉子、替え玉、半ライスなどが無料になる。  どこの店も同じようにサービス券を配り客寄せしている。

いろいろあるので店の名前が憶えられないが、次回は札幌(イッコク堂だったかな?)にでも行ってみようかな・・・

ちなみに沖縄選抜の店は「ざわわ」、これだけ憶えた。

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秋の空

Photo_173 森の散歩道をゆくと、いつの間にかあんなにやかましかったセミの声が消えて、十月になったらコオロギや鈴虫の唄も聞こえなくなった、

秋は空がきれいですね、空を見上げていると人間の存在が小さく思えてしまう。 日本はいいねえ、季節という節目がちゃんとある。

空の色も雲の姿も 季節ごとに変化するからいい、

ハワイがいいといったって、ハワイもグァムも 夏ばっかりで、

ノルウェーやカナダやシベリアは 冬ばっかりだ。

たまに行くならいいけどね、人生を送るなら やっぱ日本が一番でしょ。

日本人の平均寿命が世界一なのは 季節ごとに旬のものを食べていることと、温度・湿度とか、日照時間とか、一年をきっちり四等分して バランスのとれたリズムのある生活環境で暮らしているからだろう。

               

    9月のはじめ、夏の雲が なんとなく秋の顔になってきた。

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              918

              9月18日夕焼け

                          

◆9月19日秋の空         瓢箪の実 

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◆9月22日 カボチャ畑のひまわりとコスモス、夏と秋が同居している、

関係ないが、ウルトラマンもがんばっている

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◆天高く馬肥ゆる秋・・・・、

10月2日、無敗の三冠馬ディープインパクトがパリの凱旋門賞で三着、

Photo_40 (ニュースの映像)

先頭にたつのが早い、仕掛けをもう少し遅らせて外から追い込めば勝っていたかもね、でも、武豊はベストを尽くしたしディープもよくやったよ、内容は負けていない、ディープの実力は世界一だ。

今年の有馬記念で引退するらしいけど、それがいい、

お疲れさんと拍手してやりたいね。

                   

◆10月7日、前日の大雨と風で埃も汚れもみんな吹っ飛んで、

空気が澄みわたり遠くまで見渡せる。

富士山の見える公園の小さな山頂からの眺望、

右側は丹沢、中央遠くに見える山は伊豆半島だ。

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丹沢に日が沈む・夕陽の左に富士山が・・・雲で見えねえ

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ススキと夕焼けと

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10月8日今度こそ富士山見えた、

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ランドマーク   横浜チャリンコボーイズ  でか犬マンボくん 

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  いつものプールに 毎週一度くらい養護学校の団体がくる、

9月のはじめ頃だった、車椅子に乗った悪い子がいた、

十七~八だろうか、先生より体の大きな女の子が 引率の女の先生に手を上げて 先生の頭を叩きながらヒステリックに放送禁止用語レベルの言葉で罵倒している。

ところが先生は怒らない、優しくなだめている、後から若い男の先生もきて二人で優しくなだめて、やっと静かになった。

何で先生はぶっ飛ばさないのだろう?

オレが先生なら絶対にぶっ飛ばす。

車椅子を蹴っ飛ばして、自分で乗ってみろ・・・と叱ってやりたい。

理由は何であれ 先生に暴力を振るう子の頭を撫でることはない、

知能が低くて話しても判らないのなら 体罰で教えるしかないだろう・・・、

先生がそれをできない世の中になったということなら 情けないね。

心身にハンデキャップのある人たちに 今の社会はすごく優しい。

昔は こういう人たちを街で見かけることは少なかったが、最近はみな堂々と大手を振って歩いている。

弱い立場の人をみんなで励まし、助け、勇気を与えてやるのは良いことだ。

社会が彼らを優遇してやるのが「福祉」だろう。

人並みに生きる権利を教えるのはいい・・・、

でも それだけではだめだ。

彼等には 人の優しさに助けられ、みんなに迷惑をかけるから生きていけるという感謝の心も教えなければだめだ。

プールで遊ぶのもいい、電車やバスに乗るのもいい、中には富士山に登りたいだのスキューバダイビングをしたい人までいる。

プールでは他の客たちが みんな遠慮して彼らに場所を空ける、どこの駅でもバリアフリーにしたり車椅子用のエレベーターやリフトを設置している、

バスに乗れば運転手が汗だくで車椅子を固定し、その間お客たちは発車を待っている・・・、誰も文句言う人はいない。

月に一度利用客があるかどうかも分からぬ障害者向け施設を一般向けに改造してしまって、軽薄なコメントをしたばかりに 泣いて詫びたホテルの社長もいる。

社会のみんなが辛抱して、弱い人たちに協力しようと努力しているのだ。

オレなんか五体満足なのに 富士山へ登ったこともないし、海に潜ったこともない。

オレはハンデのある人を否定しているのではないよ、

彼らへ優しい接し方をする社会を褒めているんだよ。

あの養護学校の先生たちは 若いのにエライよ、オレには勤まらないよ。

真の弱者とは、真面目に働いて、生産して、社会に貢献して、秩序を守り人に迷惑をかけず、生活が苦しくても辛抱しながら権利ばかりを主張せず、税金も年金もきちんと払っている人たちのことだと思うけどな・・・・、

(雨にも負けず風にも負けず・・・みたいになったけど)

でもオレ等は 五体満足だから、それだけでも幸せと思わなければいけないのかな。

また「教育論」になってしまうから、こんな話したくなかったけど、

空を眺めながら富士山に日が沈むのを待っていたら、

なぜかそんなことを考えてしまった。

ところで、北朝鮮は核実験宣言しやがって、これはチョーむかつくね、

何がむかつくかって、金や食料を援助してもらいたいくせに、拉致・偽札・麻薬・ミサイルに核実験・・・悪いことばかりして、国民が餓死してるくせに エラそうにするばかりで「ありがとう」も「すみません」の一言もない、乞食だって食い物もらえば「ありがとう」くらい云う、

北朝鮮の政権は乞食以下だな、あの国は 国とはいえないな、地球のゴミ置き場だな。

聴く耳持たぬものに「対話」も「援助」も必要ない、早くぶっ潰したいね。

北朝鮮では こんなにきれいな秋の空を眺めるよりも 

下を向いて食べ物になる草を探さなければならない国民が可哀相だけどね。

せっかくきれいな空や夕焼けを見ていたのに、むかつく話になってしまった。

オレ最近 欲求不満かな・・・?

来月は紅葉でも撮って 楽しいこと書きたいな。

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8月お散歩カメラ

Photo_101 8月11日

このへんは一日で回りきれないほど沢山の公園があって、それがみな緑の小径でつながっている。

“ささふねのみち”“ゆうばえのみち”“せきれいのみち”、

なかなか洒落た名前がついている。

豊かな自然の山や池をそのまま利用して、どれも人が手を加え

計画的に整備されたきれいな公園だ。

いつ歩いても人影が少なくて、すれ違うのは年寄りばかり・・・

仕事を引退して もう一年半も経ったが、

一番感じることは 世の中には年寄りが沢山いるということだ。

爺さん婆さんがこんなに沢山いたとは知らなかったよ。

そういう年寄りの沢山いる環境の中に いつの間にか自分も居るのだ。

なんか やだねぇ、

基本的に オレは年寄りがきらいだ、

うるさいし、自分勝手で 偉そうなことばかりいうし・・・、

若いころから年寄りには随分苦労させられたから・・・・。

でも、しょうがないのかな、

誰でもいつかはそうなるのだ・・・、いや、既にオレはそうなっている。

それが証拠に このブログでも偉そうに好き勝手なこと書いている。

せめて子供や孫たちに、いいお爺ちゃんだと思われるようにしたいけどな・・・。

そんなことを思いながら “ささぶねのみち”をゆっくり歩く。

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大きなカラスアゲハが水辺にとまっている、

そっと近づいて地面に膝をつき、

四つん這いになってカメラを向けた、

散歩の老夫婦が向こうから近づいてくる、

ヤバイ・・・!

早く撮らなければ 彼らの足音で蝶が逃げてしまう、

慌てて何枚もシャッターを押した。

老夫婦は五メートルくらいのところで立ち止まった。

オレの格好を見て 状況が分かったのだ。

オレと一緒になって息を凝らして じっとしている。

幸い蝶は逃げなかった、10枚くらい撮ってから立ち上がると彼らも歩きだした。

「アゲハですか? 撮れました?・・・」

「はい、ありがとうございます・・・」

いい人たちだ、こういう年寄りなら好きだな、

本当に“ありがとう”の言葉が素直に出た。

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◆◆◆◆

8月12日

家から歩いて15分のところに鴨の住む池がある。

大きな池に鴨が沢山泳いでいる。

森の上から大きな鳥が飛んできて対岸の枝にとまった。

羽を伸ばすと 1mくらいありそうな猛禽類だ。

鷲がここらにいるはずないし・・・、

町田にいたころ 山にフクロウやハヤブサがいるというのを聞いたことはあるが、たぶんこれは「トビ」だろう。

Photo_113 Photo_114 ズームにしたが満足な画像ではない、カメラもボロだし、腕も悪い。

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(セミ)      (シルエット)

セミはカメラに撮るのは簡単だが 木の幹に同化して画像にすると見分けずらい、

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(さなぎ)     (さなぎ)    (ヌケガラ)  

セミのさなぎがいた、これから羽化がはじまるところだ、

触ったらグニャっとして気持ち悪いよ・・・・

◆◆◆◆

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トンボが一番難しい、でっかいヤンマに何度も出くわしたが なかなかとまってくれないし、スピードについていけない。

黄色と黒のツートンカラー、まるで阪神タイガースのようなオニヤンマは別格だが、

子供のころ、ヤンマは 銀色のオスを“ギン”、茶色のメスを“チャン”と呼んでいた、

水辺で“チャン”の胴体を糸で結び、2メーターくらい糸を伸ばして

「ギンよ来い、チャンがいるぞ・・・」と唄いながら

頭上でクルクル回しながらチャンを飛ばす。

そうすると♂のギンヤンマが ♀のチャンに絡むように空中で飛びついてくるのだ。 そのガチャガチャという音と共に ギンヤンマが掛かったときの手ごたえが釣りで魚がヒットした時のような 何ともいえない快感なのだ・・・。

獲ったギンヤンマの羽根を合わせて 左手の指の間に挟む、

大漁のときには口にまで羽根をくわえて・・・

こんなトンボの採りかたは 現代の子供たちは知らない、

第一 ヤンマの存在すら知らないだろうな。

トリモチや、蜘蛛の巣で作った網でセミを捕まえたり・・・、

今の子供たちに そういうことを教えてやりたいね。

その前に トンボや蝶が沢山飛び回れる自然環境を守るのが大切だ。

◆◆◆◆

Photo_124 8月19日

同じ水辺の同じ場所にカラスアゲハのカップルがいた。絡み合いながらその辺を飛び回り、何度も同じ場所に戻ってきてとまる。いつもここに蝶が来ているということは何か美味い食いものでもあるのかな?

ところで 蝶の夫婦は「つがい」という、

基本的に昆虫は一匹、鳥は一羽というが、オスとメスをセットにした場合は「つがい」というのはみんな知っている。

つまり、状況が変わると呼び方や数え方も変わってくるのだ。

漢字では「番」と書いて「つがい」と読む。

ドアや建具の扉の開閉に使う留金のことを「ちょうつがい」というが、

これはチョウチョが羽をパタパタさせる形から「蝶番」というようになったということを知っている人は少ない。

人間を“つがい”とは言わない、人間のカップルは一組という。

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ものの呼び方数え方でも 日本語の奥深さが味わえる、

箪笥(タンス)は一棹(さお)

イカや蛸は一杯・・・・、

このへんは昔の人(年配者)ならみな知っている。

タラコは一腹(はら)、ならイクラや数の子は何ていうのかな?

一腹買うと高いからパック入りだもんな。

スイカ、キャベツ、玉ねぎのような丸い野菜は一玉(たま)

ほうれん草は1把、大根・ごぼうの一本というのも理解できる、

寿司は一貫・・・、一個とか一皿とかいうと回転寿司のイメージになる、

弁当は一折、でもプラスチック容器などの弁当を「一折」と呼ぶのは抵抗あるな、やっぱ一個とか一食でしょ・・・、

高級感を求めるなら「一折」のほうだな。

ウサギを「一羽()」というのは耳が長いから鳥の羽に見立てたのだろうか?

それならディズニーのダンボだって象なのに一羽ということになる。

刀や薙刀を「一振り」というが、それなら野球のバットやゴルフクラブは何故“一振り”といわないのか?

動作するときは“バットを一振り”というが 数えるときは「一本」だ。 どちらも「振る」ものだけど、「切る」と「打つ」では目的が違うからだろうか?

同じものでも大きさや用途によって呼び名を変えるのもある、

例えば「船」の場合、タンカーや大型船は「一隻(せき)」、

船頭さんが艪でこぐ小型は「一艘(そう)」、

しかも「船」と書くと大きなふねで、「舟」となると小さいふねになる、

平和島でレースをしているボートは「艇(てい)」という。

ギターやトランペットは一本で、三味線は一棹(さお)、

碁盤は一面、テニスコートも一面・・・

鉄砲は一丁、大砲は一門、ミサイルになると一基になる・・・

クイズ番組のネタになりそうだね、調べればもっと面白いのが沢山あるだろうけど、きりがないから もうやめた。

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このへんは 農協の直売で野菜を買うと、カブトムシの“つがい”をサービスしてくれる。

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真夏の多摩川旅情

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8月7日、一年ぶりに多摩川へ行きました。

多摩川は子供のころからのホームグランド、 オレのふるさとみたいな場所だ。

前夜 急に思い立って、たまには釣り竿を持たずにゆっくり多摩川を歩いてみよう、

カメラを持って、多摩川の自然を観察してみよう、

魚や水鳥や昆虫に会いにいこう、河原に咲く野の花も見てみよう・・・・、

望郷に駆られるように もういても立ってもいられなくなった。

梅雨明けしてから 35℃くらいの猛暑が続いているから

もう少し涼しくなってから行くのが賢明だとは思ったが、

でも、暑いからこそトンボや蝶にも会えるのだ。

暑いからこそ涼しげな川風に当たって 郷愁というか 旅情というか・・・

そういうロマンチックな心境で 景色や釣人を眺めて 

自由な人生を謳歌しに行こう・・・・

なんてことを考えて、朝一番のバスに乗り、ラッシュの始まりかけた電車に乗り、

七時半にはもう宿河原の土手に着いていた。

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◆堰の上に鵜の軍団、 彼等は上野不忍池から出張してくる。

200羽くらい 集団でお食事に来るのだ。

彼等は小魚ハンターだ、一度水に潜ると確実に魚をゲットしてくる。

鮎、ヤマベ、ウグイ・・・口に入る大きさの魚なら何でも食う。

一羽が平均十尾の魚を食っていくとすると、

一回の出張で二千尾の魚が食われることになる。

それが毎日やって来るから一ヶ月では六万尾の魚が食われることになる。

釣り人は(オレの場合)遊魚料二千円~二千五百円の年券を買って川へ入るが、

遊魚券が高くつくかどうかは 腕次第だけど、彼等は無料で食い放題だ。

白鷺やユリカモメまで飛んでくる、

この川の魚影が濃いという証拠だ。

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朝早ければ 暑さも大丈夫だろう・・・という予想で。

ところがギッチョン、

アッチィの 暑くネェノッテ・・・、そりゃもう半端でないのだ。

望郷の感傷に浸るなどという場合ではない、

カンショウよりもネッチュウ症を心配しなければならなくなった。

しかし、だからといって引き返すわけにはいかない。

オレは男だ、己を裏切るわけにはいかない、意地でも行くのだ・・・。

小泉さんの言を借りれば これは「心の問題」だ。

今戻ったら それは「挫折」だ、

挫折は若いころ何度も味わった、もう沢山だ・・・

これからは「ゆとり」の人生を歩かなければならないのだ。

わけの分からん理屈と信念を掲げて、宿河原の下流1キロのあたりにある

オレ専用の釣りポイントまで歩き始めた。

魚もライズしているし、去年と変わっていなかったので 少し安心した。

(ライズとは飛んでいる虫を捕食するために魚が水面から跳ねること)

川面を暫し眺めてから、次は水際を上流に向かってゆっくり歩く。

ペットボトルの氷水をちびちび飲みながら 宿河原の堰に着いたころは 

もう八時を回っていたが 真夏の太陽はギラギラで、汗はダラダラで、

頭が痛くなってきた。

「心の問題」より「体の問題」が表面化してきた。

これはヤバイと思って 木蔭を見つけて小休止、

裸になってタオルで汗を拭き、冷たいペットボトルで頭を冷やす。

不思議と足も腰も辛くはない、ただ暑いだけだ。

急がないようにゆっくり歩くのがいいのかもしれない。

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登戸の水門のそばにワンド(水たまり)がある。

    ワンドというのは水溜りのこと、川の流れが蛇行して 長い年月を経てその蛇行が大きくなり、やがて本流から分離して取り残された部分が、昔の川の流れの形をした水溜りになる。大きなやつを三日月湖という。 大きな川(一級河川)にはどこにも必ず何箇所かの三日月湖が存在する。

ここにもオレのポイントがある。

ここはフナ釣り専用だ。

去年はフナの他に 鯉も釣った、カメやザリガニまで釣れた。

釣り人の姿はない、いつもの場所に腰掛けて水面を飛ぶトンボを観察した。

そして、あることに気がついた。

トンボは 行ったりきたり飛び回っているが 必ず同じところにとまる、

水草の茂みの中で 何本も伸びている葉の中でも 

必ず特定の一本の葉先や枝の先にとまるのである。

これは「縄張り」なのだ・・・!

もしかして、昆虫も 魚も 鳥も、獣も、そして人間までも・・・

あらゆる生物は 全て縄張り意識を持って行動するのだ・・・!!!

鮎の友釣りは おとりの鮎を泳がせて、

縄張りを守るためそれを追い払いにくる鮎の習性を利用した釣法だ。

鮎も鮭も産卵のために戻ってくるのは 必ず生まれた川の上流だ。

野生の熊や鹿が 木に体をこすり付けて自分の臭いを残すのは

縄張りを宣言しているという話を聞いたことがある。

犬がオシッコするのも縄張りの主張だというし、

そういえば自分だって、今現在、自分専用のポイントに座っている。

日常も同じだ、

例えば 通勤していたときは いつもの電車の同じ場所に座っていた。

しかも 面白いことに始発電車がくると、

人間は必ず長い横並びの席の端っこから座る、

片方に手すりがあってもう一方にしか人と接触しない場所だ。

そして 次の人は必ず反対側の端っこに座る。

満員なら別だが、一人しか座っていない人の隣にわざわざ接触して座ることはない。

人はだれでも プライベートゾーンが欲しいのだ・・・!

そういえば 駅のトイレで小便するときも 右から何番目とか・・・

何故かいつも同じところでしていた。 

この便器にオレの臭いを付けておきたいのか・・!?

それじゃ 犬と同じだけど。

国同士が 領土問題で争うのも、

パレスチナのほうでは 今日もおおごとの戦争になっているのも、

結局は「縄張り争い」なのではないか・・・ということにまで発展する。

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トンボの動きを見ながら、今日はいい勉強ができた・・・

それにしても暑い、十時前にはペットボトルも空になって、

目がチラチラしてきたし、もう辛抱たまらん・・・

帰りの電車の冷房が天国だった。

こんなクソ暑い真夏は「お散歩」の時期ではない、

クーラーのきいた部屋で ゆっくり昼寝でもしてればいいのに、

でも、これからまだまだ がんばるぞと思う、

何のためにがんばるぞと思うのか? 

それが自分でも分からない、「心の問題」だからだろうか?

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Lucky yellow (2)

     赤ちゃんことば

キイロで思い出した、

息子が幼稚園で習ったうたを「さいた、さいた、チューリップの花が、ならんだ、ならんだ、あか・しろ・キロロ・・・」と唄った。

孫は 更に進化して、唄いだしが「ヤイタ・ヤイタ・・」だった。

幼児がカタコトで話すことばは かわいくて面白いのが沢山あるね、

基本的には「さ行・た行・や行」が合体して、

「チャ・チ・チュ・チェ・チョ・、タ・チ・チュ・テ・ト・・・」になる。

子供たちが発明した面白いことばを 全部メモしておけばよかった。

息子は 飛行機を指差して「キ・・・」

ヘリコプターを「ブタブター・・・」

タイガーマスクを「バカチュク」、ビートルズを「ビートロズ」

娘は チョコを「コチョ」、トウモロコシを「トンコモロシ」、

まだまだあるけど 忘れちゃったな・・・

孫は「何やってるの?」を「ナニヤッチュッチューノ?」、

消防車は「ボウボウシャ」、救急車は「チュウチュウシャ」

パトカーを「パトパ」

そして ゴミを回収にくる清掃局の車を「イノマ」・・・、

これはかなり飛躍している。

更に 意味不明な「アジュジュ」・・・・?

アジュジュて、なあに?と聞いたら、

「アジュジュはアジュジュ・・・だよ」

そうか、聞いた私が アジュジュだった・・・

三歳くらいのときに 母親に叱られたときの会話、

「分かったの? 分からないの?・・・ どっちなの?」と問われたときの答えが

「アッチー」・・・、

これは彼の不滅の最高傑作である。

最近聞いたよその子の優秀作品「エベレーター」、

これを耳にして以来、自分まで エレベーター、エベレーター・・・?

あれ? 正しいのはどっちだったか 分からなくなることがある。

シンドラー社のは、たぶん“エベレーター”だな。

娘婿は 最近まで潮干狩りを「ヒオシガリ」と信じて疑わなかったそうで、

更に 家族でナベを囲んでいるとき、真面目な顔して

「スミレとってくれ・・・」、

「スミレて、何よ?」

「△∞×*▽〒♪〇∵γ◇α!¥#・・・・?」

「・・・・??」

しばらくしてから、

「ああ、レンゲかぁ・・・!」

これは近来稀な 逆転満塁ホームランである。

さすがオレの愛娘が惚れた男だ、いいセンスしてる。

以来我が家でも鍋やラーメンのときには「スミレ」を使うことにしている。

     蛇足

   桃の木に実がついた・・・

   きれいな花束、黄色がインパクト・・・

   5枠の馬は黄色い帽子・・・

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Lucky yellow (1)

     特に理由はないが 今回は黄色シリーズです。

(画面をクリックして拡大)

「あじさい」の記事で オレは青が好き・・・といった、

「黄色」も青に負けないくらい好きだ。

自分的には 青は“大人の静の色” 黄色は“若さの動の色”かな・・・

黄色は「幸運を呼ぶ色」だそうである。

黄色は目立つし、明るいし・・・、幸せの色だね。

    去年の秋、町田の書店で ジョン・ウェインの「黄色いリボン」のDVDが五百円なので「安・・!」と思って買った、 少年の頃に見た懐かしい西部劇だ。 

アメリカでも黄色は「Good Luck」の象徴で、武運を祈るという意味で騎兵隊は黄色いスカーフをつけていた。

    高倉健の映画「幸せの黄色いハンカチ」も涙の出そうないい映画だった。

    「黄色のフクロウ」我が家のお守りだ。 

  フクロウも縁起物で、“不苦老”とか

“福”にひっかけて、幸福を呼ぶ鳥らしい。

これも町田のデパートで 信楽焼きだかなんだか知らんが一万円なので「高・・!」

と思って、そのあと吉野家で420円の牛焼肉丼を食べた、

そんなこと関係ないか。

フクロウちゃん、よく見るとかわいいよ・・・・

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◆ ウコン

6月14日、春に植えた「ウコン」の芽が やっと出た。

6月17日、10㎝に伸びのたで 鉢を二つに分ける、

6月24日、葉が開きはじめた、

6月27日、二枚目の葉が出てきた。

ウコンの花は見たことがない、咲いたらまた写真に保存するが、

根は生姜と同じ「黄色」だ。

肝臓を気にする のん兵衛には せめてものお薬だ。

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◆ 黄色の花

① 黄パンジー(4月)・タンポポ・菜の花 

② キスゲまたはユリの群生?・ キショウブ (5月の画像)

③ これが分からないけど この時期公園や道端にもあちこちで咲いている、

キンシバイ?かな、(6月の画像)

④ 洋ラン・オンシジウム、king of yellowだ、6月27日満開になった、

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◆ 黄色に関係ないが、

① 鶺鴒(セキレイ)を見つけた、そっと近寄ってカメラを向けたら飛んでいった。

かろうじてシャッターを押したがピンボケだ、

さすが鳥は速い・・・、オレがトロイのか。

   街の風景、遠くに観覧車が見える・・・

   教会(結婚式場)もある。 

   ランボルギーニ屋さんもあるよ。

この店の前を通って百円ショップへ行った、格差社会とは こういうことか?

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あじさい

6月、紫陽花の季節になりました。

紫陽花は お母さんの花です。

オレは23歳のときに母を亡くした。

朗らかで、いつも明るく笑って ・・・・、

働き者で、一生懸命で、オッチョコチョイで、サザエさんみたいで、

貧乏なんかへっちゃらで、みんなに好かれて、

苦労ばかりだったのに、誰を怨んだこともない・・・、

そんな母が死んだとき、あのときばかりはメチャクチャ泣いた。

オレにとっては、人生最大の悲劇だった。

あんなにいい人が、あんなに素晴らしい母が、何故死ななければならないのか、

こんな理不尽なことがあっていいものか・・・

神様は なんてことをしやがる・・・と思った。

悲しさや 寂しさよりも、“悔しさと怒り”しかなかった。

どこにも向けられない怒りを 若さ故か オレは神に向けていた。

神や仏が そのへんにいるのなら、ぶっ殺してやりたいと思った。

神を否定することで 母の死を許せない気持ちを ぶつけるしかなかった。

母のことを語りだしたら きりがないから、もうやめておく。

悔しくて また泣きそうになってしまうから・・・・・。

でも これだけは云っておきたい。

お母さんがいる人は、

“母がいるということが どんなに贅沢で有り難いことか・・・”

ということを よ~く考えることです。

五月の母の日に お母さんにカーネーションをプレゼントするような贅沢なマネを

オレは一度でいいから やってみたかったよ。

悔しいねぇ・・・、

お母さんがいないのだから これがホントのマザコンなのかね。

弱い体に 重ねた無理を

隠していたのか 濃い目の化粧

いくども色を 変えながら

枯れて寂しく散ってゆく

あめ あめ あじさいの雨に

煙るおまえの 白い顔・・・・

渡哲也の「あじさいの雨」、三十代に 毎晩元気でスナック通いをしていたころ、これは母ちゃんの歌だ と思いながら カラオケで唄った。

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日本舞踊の師匠だった母は 発表会の舞台では かなり濃い目の化粧だった。

(写真は「保名」、当時の写真が風化?して使えないのでこれはイメージ画像)

母はイイノホールで この保名を踊った。

ちなみに、保名(やすな)という演目は 陰陽師の安倍保名(あべのやすな)

恋人の「榊の前」の死を悲しみ、狂ってしまった男の踊りで「保名狂乱」ともいう。

これは伝説だけど、その保名と「葛の葉」という女に姿を変えた狐との間にできた子供が 陰陽師“安倍の清明”なのです・・・

(オレのブログは意外と勉強になるだろ・・・、時々本題から脱線する傾向があるけどね、安倍の清明って、何だ?と聞かれても、もう説明が面倒くさいから 勝手に勉強しろ・・・)

保名のように、時代劇でよくある場面で、身分の高い病人が頭に巻いている鉢巻?は、紫陽花と同じ「青い色」という設定である。

母は「青~紫」が好き、特に「紫陽花」が大好きだった。

着物も帯も 舞扇も、手拭いまでも、 あじさいの柄に拘っていた。

オレも そのDNAを受け継いだのか、青系は好きである。

花なら スミレ・キキョウ・青い朝顔・紫陽花・・・やっぱり青系が好きだな。

馬券を買うときも 迷ったら青の4枠だし、

野球もブルーのユニフォーム、地元の横浜ベイスターズだ。

今年も弱くて負けてばっかりだけど、もともと弱いからファンになったのだ。

今月のお散歩は カメラを持って紫陽花を撮りまくろう・・・・

「空と君とのあいだには 今日も冷たい雨が降る

君が笑ってくれるなら 僕は悪にでもなる・・・」

中島みゆきの歌のように 

母の死から四十年・・・、オレは「デビルマン」になりたい・・・、

くらいの気持ちで母への想いを貫いてきた。

何もしてやれなかった母への オレの“仁義”だと信じて・・・。

6月9日、今年も梅雨がやってきた。

朝から傘をさして 紫陽花を撮りに出掛けた。

紫陽花に出逢うと 屈託のない母の声が 聞こえるような気がする。

“人を憎んだり、怨んだりしてはいけないよ・・・・、

悪い人なんて 何処にもいないんだよ・・・”

紫陽花は そういう母の言葉を 笑顔で語りかけてくるのです。

紫陽花を濡らす雨は 冷たくなんかない。

温かくて 優しい雨だ・・・・

引越しから三ヶ月、このへんは いいお散歩コースがいっぱいある、

この街へ来て 本当に良かったと思う。

今回は画像が沢山あるよ、

クリックして「拡大画面」で見てね・・・

カメラが面白くなってきた、また趣味が増えてしまう。

◆◆◆あじさいパレード◆◆◆

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ピンク~赤・白・山のあじさい・・・

Photo Pink2 Pink3 Aka01 Aka02 Aka03

W W2 Shiro0 Photo_1 2 3

ガクアジサイ白・青・・ガキウルサイ

Photo_2 Photo_3 2_1 Gakuao Gakuao02 Gakuao04

Gaki

コイ・カモ・カメ・キモ・コワ!!!・・・・

Koi Kamo_1 Kame Kimo Kowa

美しいもののそばには こんなのもいる・・・

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