カテゴリー「不良オヤジの闘病記 入院編」の11件の記事

春は名のみの風の寒さや(その二) 惜別の春

 色々あった一週間の日記  「ありがとうございました、先生もお元気でね」・・・診察室のドアを閉めてから

もう一度開けてみようか、こんなにあっさり帰っていいのだろうか・・と、一瞬考えたよ。 

右手を出して 先生に握手を求めてみたい・・・、心の底から感謝の気持ちを込めて ありがとう・本当にありがとう・・と、先生の手を握り締めてみたい・・・、でも そんなことしたら涙ボロボロになるな、先生をまた心配させてしまう、別れ際の先生の笑顔がこの先いつまでもオラの記憶に残るような気がして、 

一人で泣くほうがいい、階段を下りながら 複雑な想いにうるうるきて困ったよ。 いい歳ぶっこいて・バカだねぇ、お目出度いことなんだから泣くこたないだろ・と、涙拭きながら 半分笑いながら? そんな自分に気合入れながら、? 

検査の画像は この三年間 ずうっと変わっていない、脳みそがない・・?  神経の本数も少ない?  こんな脳でも入院中の色々なことを ちゃんと記憶しているから不思議だよ。 

ひとこと多い無法者のオヤジが 脱走騒ぎやウンチが出ないと大騒ぎしてみんなに心配かけて、リハビリ室では粘土の芸術品ウンチ君を作って みんなに怒られながらも どんどん良くなって、四月には桜吹雪の道で手を振りながら さっさと帰っていった。

先生とも色々あったな、  初期の頃「看護の対応は如何ですか?」

先生の問いかけに「ウッザイです、放っておいて貰いたい、いつも目の前にお尻があるから ちょっと触ろうとして手を伸ばすと叱られるのはなんで? なんにも悪いことしてないのに・・ごはんの時間も みんな若いナースに食べさせてもらっている、 スプーンにすくった半熟卵、「はい・あーんして・・・」ほかの人はお口だけ開けてりゃたべさせてくれる。 おれ・ああいうこと一度でいいからやってもらいたかったんだよ。オレお口開けて待ってるのに みんな素通りしていく、 世話やかせないから褒められて当然なのにね、食器は自分でおかたずけしに行くと逆に叱られる、どーなってんだよ。 オレだけひとり淋しく食べて 誰も来てくれない、こんなとこに居られねぇ、淋しくて死にそうです、地獄のようです・・?」(この時点で要注意人物?★★★★悪意もなにもなとい、お尻に手が伸びるのは正常でしょ、単なる条件反射と素直な気持ちを誰も認めてくれないのが辛い) 

二ヵ月後、「おはようございます、元気ですか・・・?」  元気の「ゲ・・・」で、ちょっと止まって   「ゲンキ?・・なわけないですよね、ゲンキならこ〜んなとこで入院なんかしてませんよね ~」ときた。  サスガである、オラに云われる前に先に言われてしまった。 悪いオヤジのギャグに併せてくれたのか オラがペースに巻き込んだのかは謎、今更自己批判しても始まらないが みんなを困らせる悪りいオヤジであった。

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三月は卒業のシーズン、卒業式に仲良しの友達と別れるような気分だった。  それだけオラが良くなったということである。  先生とも

別れのときが来た、卒業の喜びと別れの寂しさ・・両方である。

オラが女だったら・・抱きついて唇奪われてもいい・・・?  本当にそんなことしたら 今度こそヘンなおじさんになって再入院? それも困る、またバカやってと叱られる、バカを楽しむバカが まだ変っていないから バカである。

◆ MRI検査は 三回目にもなると慣れてきて 自分で時間配分が出来るようになった。 カラオケレパートリーをメドレーで十曲もやれば検査も終わる、 歌詞をイメージしているうちに30分くらいすぐである。 ガーガーと音がするから唄ってもよさそうなものだけど、口も動かしてはいけない・・てことなので ひたすら我慢であった。 今回のは ♪ひとりぼっちの部屋で 今はいないあなたに そっと・そっと~ おやすみなさい~・・・♪ 丁度十曲目だった、はい・終わりました、ゆっくり起きてください・・と、ドームから出て起こされた、布施明「そっとおやすみ」が グッドタイミングであった。 本当に寝てはいけないけれど 熱唱になっていた、バカだけど苦痛で顔が歪むよりはいいでしょ?(MRI検査を受ける人の参考になれば良いですけど)

 この二日前、駅前の信号で 向こうから来るオヤジが なんと三年前の倒れた日に 「寝てろ、動くな・・」とオラを助けてくれたオヤジFさんだ、 目が会うと 暫し考えてから・・「おぉ~・・」手を振って、すぐそこだから ちょっと寄っていってよ・・と、我が家でお茶など飲みながら あの日の思い出話になってしまった。 世の中は狭い、偶然にも彼のお住まいが同じ町内で Fさんご自身に脳出血の知識があったことも オラにはラッキーな結果になったのだ。 このオヤジにも一言お礼を伝えたかった。  自分の体験を生かして いつかどこかで倒れた人がいたら「動くな 黙って寝てろ・・」と、同じことをやれる勇気ある男になりたい と思う。

 月曜日には 税務署へ確定申告、作成会場には何百人もの人が並んでいる。 日本人てすごい、国民が納税の義務を自覚している。他国ではこんな光景はないのでは・・カダフィさんとこなんか デモする市民に空爆するから  映画みたいですごい? 朝鮮半島では人民が餓死しているのに大砲の撃ち合いしてる。 そういえば北の国営放送の女子アナウンサーは一人しかいないのかね、一番キレイな人を選んだつもりが 最近では年とってきてメタボでブサイクになってきてる。 世界遺産水の都ベニスが水没しそうなイタリアの首相は未成年相手に買春するから評判悪い、世界中で人間がこんなことばかりやってるから地震・噴火・異常気象、地球の神様を怒らせたのかもね。 

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 現役時代の営業部長、大酒呑みの先輩が二月に急死したとの知らせを聞いて、なんだか寂しい、口やかましいインパクトの強いおっさんほど それなりに思い出がある、同世代の同僚が 一人また一人・・と歴史の彼方へ去ってゆく。 寂しく思うのは自分も同じ時代を生きた企業の戦士だったから。  

  先週は坂上二郎さんも死去して 欽ちゃんが「空を見て・一人で泣くから・・」あのコメント聞いて 気持ちが分るから こっちも泣けてしょうがない。

手術をしてくれた先生とオラの関係を欽ちゃんと二郎さんに置き換えてしまうから申し訳ないけれど、それがおいらのキャラである。 先生にはそれを理解してもらえるのが嬉しい、オラの答えを先に言われるくらいだからな。 

この三年間 自分の「いのち」という問題をいつも見つめながら 好き勝手に生きてきたオラには やたらと感動することが多い、好きなものと嫌いなもの、何も変わっていない、云いたいことが何でも言えることと 涙もろいのが ちと進化したけどな。 二郎さんは脳梗塞の後八年頑張ったから 二郎さんの記録を伸ばすことを目標にしよう、 それが先生への恩返しになる。  人が生きることは大変なこと 生きるのは誰にでもできることだけど 素晴らしいことなんだね 大変なことが素晴らしいと思えるから 幸せなんだね・・病院の帰り道は 幸せ気分で歩いていた。 自分の不運を反抗期のガキのように拗ねていたこの三年間で 一番幸せな瞬間だった。 オレはラッキーだった・・と、万歳したい気分だった。  病棟のスタッフのこと、先生のこと、婦長さんのこと、ヤンチャの数だけ思い出が駆け巡る、喧嘩を売ったのはオレのほうだ、みんなゴメンネ・悪かったね・・と、今更素直になっても もう終わったことだ、ハッピーエンドだからこれで良しとしよう、 涙ボロボロで歩いてきた自分の三年間が自分で愛しくなって、バカだねぇオレは・・、自分に気合を入れながら 季節の移り変わりを感じる春の陽光が眩しかった。  この頃は良いことばかりだ、先生の手を握って思い切り泣いてみたい・・? この幸せをどう表現してよいか言葉がみつからない、オラと先生にしか通用しない特別な想いなのである。    

 3月11日、大地震がおきたのは 検査から戻ったその日の午後だった。   ニュージーランドより凄い、我が日本は地震大国である、ニュージーランドにもチリにも負けない、そんなこと自慢するから バカか? と云われる。 津波が太平洋越えてアメリカ西海岸でも被害があった。 NYのメルトモに迷惑かけてすみませんねとメールしなければ・・・?? 米国の艦隊が三陸沖へ支援のためにやってくる、ロス大地震の時は日本も救援に行ったからね、日米同盟はこんな形が最善である。(やっぱり話しが大きすぎる・・ってか?) 

プールの施設に近隣の住民が皆集まって コワイコワイといいながら まるで避難所になった。 若い人たちが 一人暮らしのお婆ちゃんをおんぶして連れてきたり、水やお菓子を配ったりしていた。  困難に遭遇すると人間はみんな優しくなる、知らない人とも会話して 互いに励ましあったりする。 人間てすごいな、生きていて良かったなと改めて感動するこの頃なのであります。 停電が長く水道もガスも使えない、腹が減ってもお菓子くらいしかない。 ここで餓死してはみっともない、ここは文明社会日本だから。  地震は怖いね、オラのパソコンもひっくり返ったがオラ生きてるから、 更新できるのだから 大丈夫。 自分的には大病快復のお祝いしたいくらいだが 日本中が大災害で大変な時にそんなこと云うと叱られる?! オレだって被災者だ、タマゴ・納豆・米・・どこへ行っても売ってない? お風呂・トイレ・? パンツ脱いでる時にばっかり? なぜか余震が来る? 偶然とはいえ なんでそ-なるの? と云われても事実だからしょーがないでしょ、〔*シモネタではありません、実話です・・*〕  ろくに寝てもいられない?! 被害の大きい地域では生活環境が変わるから トイレ我慢して痔が痛くなる人もいる。 被災地の人たちは大変、オレも納豆食いたいから辛いけれど 頑張ろう、 穏やかな春がもうそこまできている、やまない雨はない、乗り越えられない困難なんてないよ、もう少しだよ、みんな頑張ろう。

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 我が人生最大の闘病記くも膜下出血の報告はこれで完結、お開きにしたい。  但し油断は禁物、一段落、中締め?が適切かもしれない。  リクエストに応えて そろそろ「ぢじょでん」の本題 痔の闘病記をやってみるか、また評判悪くなるからやめとこうかと思案中であるが それがおいらの生き様だから 自叙伝も痔除伝も一緒・・てことにして そのうちやるからね、 読者の皆さんも風邪ひかないように、気をつけてね。

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アンネの日記

真夏のコラム・ 引越し その後の色々

引越しから二ヶ月になるというのに まだ整理の途中である。 活躍しているのはカーちゃんだけだけど。  二人して それなりに筋肉痛関節痛で病院通いながら頑張っている。 せっせと更新するから 肩こり、腰痛、右の手首と肘に湿布して・・・マウスの使いすぎ後遺症?? 熱中すると 必ずどこかに痛みが発生するからな。 

書籍類が多い、本、アルバム、ファイル、皆古いものだけど、なかなか処分できない。  野球をやっていたころのメモ、スコアブック、リーグ戦の選手名簿、子供たちの作文集・・など、記念品ばかりだ。

かたづけるよりも 思い出に浸ってしまう。 昨日までのガラクタは・・処分。それが明日・いいトモローへの出発なんだけどね。

ガラクタだけど捨てられない。 年齢を重ねるごとに家の中のガラクタは整理どころか増え続けてゆくのである。  そーいえば・・グローブは、愛用のノックバットは、トロフィーは・・・今更探しても出てこない。 貴重なものがなくて ガラクタばかりが残るのである。  結局人間は己の人生で輝いていたとき、幸せなときの思い出だけは 残しておきたがるように できているのだ。

先週は久しぶりに脳外科の診察で 一人で病院まで歩いて行った。 今年は脚が痛くてタクシーで通っていたが 夏場になって やっと颯爽と歩いていけるのが進化したようで嬉しいことだった。

病院の待合室で 85歳のお婆ちゃんが若き美貌のナースと会話している。

ご主人90歳が先立って三年、元気なときは毎日喧嘩ばかりして、憎たらしくて こんなジジイは早く殺して山へ捨てにいきたいよ、でも重たくて担いでいかれない・・・・(平成の姥捨て山・ 楢山節考だよ)殺しちゃいけないよ、も少し待ってれば勝手に死ぬよ・・・、背負ったらつぶれて二人とも死んじゃうよ・・(そこまでは云わないけどね)
それが今では 楽しいこと・良かったことしか思い出せないんだよ、・・・憎いことを思い出せば ナニクソと思って元気が出るのに・・良かったときのことしか思い出がない・・・今になって仏壇にお酒とタバコ供えるなら 元気な時に好きなだけ飲ませてやれば良かったよ、生きてると苦労が耐えない、私が先に逝けなかったのが悔しい・・・と、涙拭きながら訴えている。  

聴いているナースも 「ウン・ウン・・・」と相槌打ちながら もらい泣きしてハンカチ出している。  一昨年の入院中にお世話になった病棟のスタッフだったが 名前が出てこない、オラもボケたか? 都合の良いことしか思い出せなくなったのだろうか・・・ウンコの出ない苦しみは まだ記憶にあるけどな。
オラもあの時 眠ったまんま逝ってしまえば楽だった・・と、黙って聴いてりゃいいのに 会話の中に入ってしまった。 まだまだ これからですよ、お二人とも寂しいこと言わないで・・・と、三人で励ましたり愚痴ったり、

三人とも同時にタオルで顔拭いて ク~・・!・と泣きながら、その光景が笑える、通りすがりの人が なんだ この連中は?・・と、振り返る。
笑っちゃいけねぇが 涙の集団になるとは・・・情けない。  病院は元気な人が泣ける特殊な場所である。

良いときのことしか思い出せない、年寄りは皆同じなのかしら・・・、そのグループに自然と入っていける自分が寂しいよ。

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病院へ行くとノスタル爺になってしまう、帰り道はいつも ウルウルきてしまう。  診察室で先生と笑いながら会話して 笑いの余韻が残った顔のまま歩く、    

ここでも色々あったな、世話になったスタッフはみんな疲れ果て、

八月に目の手術の帰り道で 胃カメラ検査かな?婦長さんが車椅子に乗っているのにばったり会ってビックリ、「どーしたの? 無理しないでね、お大事にしてねー、」と励ましたら、あんたに言われたくない・・・そら・そーだよな。 オレ・まだ問題児かな、今は反省してるけどな、そのうちウェブを通して みんなに「謝罪文と感謝」を表明しなければ またバチが当たる。始末書ださないと卒業証書はもらえないよな。  婦長さん・まだ怒ってるかな・・オレ・悪いことしてたわけじゃない、言葉は反社会的だったけど、中年女性をババア呼ばわりしてはいけない、オレだってジジィと云われりゃ 時にはムッとくる、真実が人の心を傷つけることもある。 ladyには分け隔てなく気配りするのが紳士gentlemanの礼節だ。  

入院中は真夜中にナースコールして、「誰か来て~、」「どーしました? 具合悪いの?どこか痛いの?」「早く来てくれないと死にそうです、若いキレイどころに来てもらいたい、大至急お願いします。ババアは来ないでいいから・・若手に来て頂きたい 何卒宜しくお願いします」オラは筋を通して率直に申請したつもりだが、発言には勇気が要る、協調には気配りも要る、今更ながら勉強になったよ。  世の中甘くなかったが みんな いい人たちばかりだったよ。  一番心配してくれた人が 一番疲れてしまうのが人間社会の優しさなのだ。 

後悔と反省と、自問自答しながら 思い出と共に救急の搬入口を通って帰った。

入院生活が楽しい思い出になるから オラ幸運だったと思いたい。 

去年までは 後悔や反省は弱い人間のすることだと思っていた。 ところがそーでもねぇんだな、ふり返る記憶があるうちは まだ見込みあるだろ、充実した過去があったからだ、考え方変えると勇気も湧いてくる。 
これでいいのだ、今が健康だから 反省も後悔もできる、診察室で先生と笑って会話ができる・・・有り難いことだ。 通院する間隔がだんだん長くなってきた。  時が経つほどに 先生が懐かしく思えて 次に先生と会うのが楽しみになってきたよ。 

▼▼ ここらへんから・アンネの日記

「自叙伝」を書いてみたらどうですか・・・と 後輩W君からメールがきた。 彼は真面目で仕事のできる好青年だ。

ブログは「自叙伝」そのものだけどね、生い立ちから女の話、主義、趣味に病気まで、 個人情報丸出しだけどね・・・。 でも改まって自叙伝のカテゴリーを意識したら オレのは「痔除伝」になる。 タイトルからシモネタになるけど それでもいいか・・・。 いいですよ・私もシモネタ嫌いじゃない・・直球勝負してほしい、・・・・・いいヤツだ、有望な若手だ、後輩はかわいいと思った。  オラのノウハウを全て伝授したいくらい かわいいのである。

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六月はじめころから 尻に違和感がある、体調悪いとき ばい菌に負けてオデキのような腫れ物ができる、痔に似た症状だが痔ではないと分かるのは オラが痔のベテランだから。  去年から定期的に何度か経験している。 好不調のバロメーター 毛膿炎、抗生物質の飲み薬と軟膏で 三日目くらいに自然消滅するが パンクしたらトイレが真っ赤になるから大騒ぎ「生理がきたのかしら・・二日目は多かった・」「もしも将来、子供できたら どーしよう・・・」いつも薬で治療しているが 家庭争議の元にもなる厄介な病気である。 

パンツ汚れてはいけないと 女房の使い残しの生理用品を使うようになる、使い方も馴れてきた、女心は判らないが 女の悩みは理解できそう・・? それがそろそろ在庫切れしそう、オレ最近 キレイになりたくなってきたよ、上手く貼れた時・美しい自分にうっとりしたら・どーしよう?? そういえば二年前の入院中、若いナースにオムツ交換してもらうのが快感のときもあった、 新しい世界に目覚めたかも・・?・これだから いつまで経っても進歩しない。(このくらいの直球勝負でいいか、まだウォームアップ程度だよ。 でもリクエストには応えたい、本番痔除伝やるときはこんなもんじゃない、 剛速球ド真ん中で勝負するよ、どーなっても知らねぇぞ・・)

ジョーダンきつ過ぎ、バカもいい加減にしなさい、自分で買ってきなさい、自分のことでしょ・・・女房も娘も 我が家の女性軍はこの件に関しては不機嫌になる。 疾しいことはないが 身内にしか相談できないでしょ、よそで相談できないでしょ・・・病院で訴えて もしも婦人科紹介されたら・・一緒に行ってくれるか? さすがに一人では いけないよ、恥ずかしいよ。    
梅雨明けと同時に猛暑の夏が来た。 六月までは上半期、七月からは下半期、
人間に例えれば七月からは下半身(落語家のネタ)。  横浜・巨人戦、最終回 守護神クルーンが逆転満塁サヨナラホームランを食らって横浜に敗れた、横浜のこんな気持ちいい試合は何年ぶりかだよ。 この記念すべき痛快な日、お尻のおできがパンクして 今回の生理痛は三日で終わった、・・すっきりした。 現代医学はありがたい、男の生理痛までクスリで収まるから 助かるよ・・・。これで閉経ならおめでたいけどな。 月桂冠の冷酒飲みながら 更年期障害や生理不順まで気をつかう、微妙な箇所のトラブルを抱え  様々な思いにふける今日この頃であります。  (大丈夫ですよ、冗談ですから・・私は正常、女にしか惚れたことがない、 病気のせいでもなんでもない、元々がこんなものですから・・・

★ 私の好きなブログ「野に咲く花のように」 素敵なエッセイスト 琴子さんのブログをマイリストにリンクしました。   かわいいよ、勉強になる、いいこと書いてあるよ、私と同世代戦中派、ちょっと後輩だけど 若々しいよ、若い女の子の心意気を持っている。 琴子ちゃんと呼びたい、オラ彼女のファンになったよ。かわいい人です。

先生のような気がします。 教えられることが沢山あります。 寄り道して覗いてやってね・・  

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桜舞い散る道で

◆WBC日本連覇

日本 001 000 110 2

韓国 000 010 101 0

3月24日 WBC決勝戦は凄い試合だった。 八回途中あたりから もう感動で泣きそうだったよ。 宿敵同士の激突、激戦、真っ向勝負、素晴らしい激闘、去年から泣き虫オヤジになっているから これは泣くと予想はしていたものの 延長十回イチローのタイムリー・・・、イチローは世界一のバッター、よくあそこでセンター前へ打った、あの場面で打順が回ってくるところが凄い、神に祈りたくなった、涙が止まらなくなったよ。 

 今世紀最大の名勝負、双方が力の限りを尽くして戦った、この素晴らしい戦いを見ることができた、生きていればこそだ。  プロ野球でこんなに燃えて感動して泣けたのは横浜の優勝した時以来 十年ぶりだ。

韓国も素晴らしいチームだった、どちらもアッパレだ。 どっちが勝った負けたの問題ではない、双方が全力を尽くして激突すると こんなにも感動する。 これだけの試合をしたこと、それを目撃できたことが大感動だ。

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日本の目標は野球の本場アメリカだった、アメリカは雲の上の存在だった、キューバはもっと強い、キューバ・アメリカ、どちらに勝ってきても こんなに感動しなかったのに 韓国だけには負けられない、どちらも同じ心意気で激突した。 全国大会という目標があっても 近隣にライバルがいて 地区予選で 倒さなければならない相手というのが必ず いるのです。 国レベルでも 個人的競技にも必ず宿敵が存在する。 

結果として勝ったから「良かったねー」ということになり 一人で祝杯挙げながらしばらく興奮状態の夜だった。

韓国選手のプレーを見ていると 凄まじいほどの迫力、立派だ、エライ・素晴らしい、拍手を贈りたかった。 でもオレは日本人、伝統的にお隣の韓国だけには 絶対に負けられない・・、初めのころは韓国に二度負けたときは 日本の選手はお坊ちゃまだ、韓国選手とはモチベーションが違う、数億円の給料もらって 勝てば賞金もらう・・のと、兵役免除とでは ぶらさげるニンジンが全然違う。

それにしても韓国は凄いパワーがある、いつも焼肉食ってるからだろうか・・・?  

親分格のイチローが選手のみんなに焼肉をご馳走したそうであるが これで「焼肉」に関しては互角。

全日本のメンバーが決まった時点で これなら勝てる、ベストメンバーが始めて揃った。

三年前 松井が出ないことで 選手を招集する強制力のない日本野球を嘆き ぼやいたものだったが、今回は勝利を確信できる本当の全日本軍だった。

嬉しいのは 松坂、イチローは別格として ダルビッシュ・岩隅・杉内・マー君・・・

内川・片岡・中島、少し前まで甲子園で活躍していた若い選手が活躍していたこと。

西武、ヤクルト、横浜、広島・・・、若い一流選手が育つねー。 

九回裏 同点に追いつかれる前に 大魔神佐々木が出てきたら・・・オレ流采配、国の名誉を賭けた試合なら そこまでやってみるね。 佐々木、清原、槙原が放送席で解説していたから、ここで見ている場合じゃない、お前行って来い・・・・という状況だった。

村田は日本の四番に相応しい活躍をした、ヒット打って走って 自分で故障するところがショボイ・・・、これが横浜の愛すべきところ、緊急で栗原がすぐに渡米するところが 広島の愛すべきところ・・・、原監督は なんて幸運な人なんだろう、長嶋さんの後継者だから 「幸運の星」を持っているのだろうか、これだけのメンバーが揃えば オレでも大丈夫、打順はジャンケンで決める。(萩本欣ちゃんが同じようなこと云ってた、原監督は幸せだねーと、言いたかったのかも) やりくりして 何とか工夫しながら それでもなかなか勝てなくて ぼやく監督もいるが 放っておいても選手が勝手に勝ってしまう監督もいる。 

問題発言になるかもしれないが 国際試合の場合、サッカーなら負けても何も感じないが 野球で負けるとスゴーク悔しい、サッカーはボールひとつあれば子供たち22人が遊べる、はだしでも遊べる、野球は先進国のスポーツ、サッカーは開発途上国のゲームだと思っていたから、アフリカ・南米あたりが強いのは そのへんが要因?

オリンピックをはじめとして WBCでも 日本はベストメンバーを招集できなかったことに不満があった。 今回の優勝は サムライジャパンの選手がベストメンバーの集結だったから この時点で勝つことは確信できた。 これからも 特にオリンピックで こうありたい・・・と思うのであります。  代表選手は1チーム2人・・とか、ケチな選考基準をするからダメなのだ、今回のような選び方をすれば野球大国日本は当分続く。

技術やパワーの問題を超えていた、心が負けていなかった、日本の若きサムライたちが

感動と勇気を与えてくれた、この強い男たちは 同じ日本人の誇りだ、有難うを言いたい、昨日から優勝の瞬間を何度もテレビで観ながら 泣けて泣けて、一日経っても まだ余韻が残っている、酒が美味しくて、この一年涙は沢山あったけれど こんなに嬉しい涙はなかったよ、還暦過ぎのマスターズ草野球世界選手権でもあれば オラも自主トレ始めたくなってきたよ、侍爺ジャパン、ちょんまげで刀持って行くといいね、助っ人には世界一のバッテリー松坂・城島、外野は世界一の打者イチローと青木、二人で守る。  一塁小笠原、三塁村田、二塁周辺を選ばれた爺さん五人で守る、強化試合はアメリカで リーマンブラザースの定年OBチームとやる。 いいとこいけるでしょ、ワールドベースボール中高年クラシック・・・WBCC、これがホントのクラシックだ。  夢があって いいでしょ。

ともかく勝った、良かったねー(^.^)、野球でこんなに燃えるのは こういうことで泣けるのはチョー嬉しいことです。 今年は春先から明るい話題になった、幸運で幸せな強い日本の男たちがいる、「美味しいとこだけ頂きました、ご馳走様でした」イチローも松坂も、この28人の素晴らしい日本の若者たちに感謝したい、「こちらこそ 美味しいとこだけ見せていただきました、ご馳走様でした、」見ているほうも幸せになる。 気持ちの良い涙を沢山出したよ、感動をありがとう。

「苦しく辛いところから始まった、辛さが涙になり痛みになった、そして今日 笑顔に変わった・・・前向きな人ばかりだったから、・・・」イチローのコメントは学ぶところがある、前向きな若きサムライたちが みんなに元気を与えてくれた。

 

三年前も良かったねーと、直ぐに更新したが今回は格別だね、イカッタねー・・・

(^.^)、ヨカッタ・ヨカッタ・・・ホントにメッチャメチャ良かったねー☆◎❤

3月26日 陽射しが眩しい晴天に桜が咲いた。  あれから一年、哀しく辛い季節が巡って オラの回りにもやっと明るい春が来た。   

DVDの「レッドクリフ」三国志の映画化、赤壁の戦い・・・街でちらっと見かけたポスターに こんな文句があった「尊敬する人はいますか」「奇跡なんてないと思いますか」これは奇跡の天才軍師 蜀王劉備のブレーン諸葛亮孔明のことである。 話術・交渉だけで呉と魏の総力戦を導く・・・スゴーくアタマの良い人、一ヶ月先の風向を予測できる、兵法・地理・物理・歴史・天文学・全ての学問に精通していた、気象予報士にもなれそう・・? 昔 三国志を読んだときから これはスゲエと感心した。 付き合いないから 尊敬まではしてないが 中国は人口多いから 偉い人・悪い人も両極端が出現する。 オラには去年から「尊敬」に値する日本人が出てきた、今の日本が世界に誇れる 北島康介とイチロー・・若いけど 偉い人は絶賛したい。  「尊敬する人はいますか・・・」印象的な言葉にひかれるね、レッドクリフ・・・是非観たい。「愛する人はいますか」

「いのちを賭けて 守りたいものはありますか」「挫折したことはありますか」「感動したことはありますか」「健康ですか」・・・孫たち、後輩たちに 全部「ハイ」と答えられる人になってもらいたい。  その前に自分がそうありたい!

Xho   

余談 ◆桜舞い散る路で、(闘病記総集編・感動の記憶) 

去年の今頃、オラは脳外科に入院中なのに 消化器系トラブルで苦悩していた。

ウンチで苦労して 眠れない夜、ナースコールを何度もする、「来て~!「大至急来てー・・・」「どーしたの・・・どこか痛いの?」「寂しくて死にそうなの、早く誰か来て・・・」「えぇ~???すぐ行きますから・待っててね~・」病棟のスタッフがみんな駆けつける。 「

どこが死にそうなの?]「寂しくて死にそうて、云ったでしょ、背中が痒いの、痒くて死にそう」「なあーんだ、?????大袈裟にしないでよ、真面目にナースコールしてください、もっと重大なことで呼んでください、寂しくて死んだ人は まだいませんよ。 ホントは私に会いたいからでしょ・・・」アホぬかせ!それは自惚れじゃ、いくら不良オヤジでもコギャルにまで興味ないよ(翌日から孫の手が届いた)。  痒いのも辛いが便秘も辛い、出そうで出ないのが一番辛い、プライド高いから漏らしたら最悪、切腹だ。 だから呼ぶのじゃ! 

若い担当の看護婦さん①②「今夜はどーしちゃったの?さっきから、あのね、だからどーしてほしいの?」「あのね、結婚してほしいの、凄~く辛いの、結婚してからトイレまで一緒に行ってほしいの、一緒にウンチ行ってほしーの(^.^)・・・どぉだ~これなら重大だろ 」②「えぇ~?! そんな・重大すぎる、親と相談しないと・・・・、嘘でしょ、ジョーダンでしょ、トイレに誘われてもあんまり嬉しくないけど・・・一人だと出ないの?」       「絶対一人で行っちゃダメだと云ったのはそっちだろが、オレだって一人で行きたいよ、 結婚の件はよく考えてね、オレ今・ウンチの方が重大問題」・・・なに言ってるんだか、冗談云いながら苦しんでるの? 

①②若いかわいい担当コンビがトイレの外で「まだぁ?・・・頑張ってね、私たち外で応援してるから・・・ちゃんと そばにいるからね、感じてね 見つめる瞳♪・・・」まさか 覗くんじゃねぇぞ!?「そばにいてくれるだけでいい、黙っていても いいんだよ ♪、」 ②「どこかで聞いたことある、全部まで唄わないでいいから今度こそ頑張ってね、①「ウンチなんかに負けちゃだめよ・・」

 ①②「ガンバッテー!・・・ガンバレ ガンバレ・・・ファイトー!オー?!

・・・?%#○×♪∞???」

②「ちょっと待って、これってありえなくない?ウンチの応援団て 普通ないでしょ・・・」①「変だよ、有り得ない???よ・・・私たちアホかもしれない?」

「お前ら・アホジャ・・・?」太鼓とラッパ鳴らさないだけまだ普通だが、トイレの中で一人苦闘するが 笑いで力が入らない・・・ついに目的達成出来ず・・・・応援団の熱き支援に応えられないのが辛い、

①「明日また頑張ろうね・・・笑ってごまかすからお腹の力抜けるのよ・・・ネバーギブアップですよ・・」辛く 長い夜が続いていた。 「ウンチさえ出れば幸せ・・金も名誉も・何にも要らない、死んでもいい・・・」①「そんなことで死んじゃ いやん!・・」                   ??? 妙に色っぽい感じがして、オレの目標はウンチなのに、そんなこと考える余裕あんのか? 

「ほんとに死んじゃったら 呼ばれても もうきてあげないからね?」 カワユイ顔して なんと冷たい一言?!

以後 便秘がトラウマになった? またシモネタになったが今までで一番辛い経験だった、真剣に向き合い取り組んでいたら あの時本当に死んでたかもしれない・・?  教訓「身を以って解るウンチの大切さ」

退院の前夜、ナースステーションで 小さなお別れ会、「あ~あ、ここの思い出はウンチの苦労だけだったもんねぇ、疲れたよ」 オラの溜め息に 夜食にカレーライス食ってる①「ヒトがカレー食べてるときに ウンチの話しないでよ・・」ちょいマジ顔で抗議するから「ゴメンネー、ウンチの大盛り食ってるときにカレーの話は もうしないからね・オマエ・ギャル曽根か・いつ見てもなんか食ってる、よく食べるのに痩せてるね、ウンチ沢山出るから羨ましいな」、「??? もぉ・ヤダ、食堂でウンチの大盛りって注文しそうになっちゃうじゃない、」これだから嫌われる・・女の子にウンチの話するのはNG? オレがそんなにモテるわけないのにな。「・・・

たくもぉ、なにしに来たのやら・・シモネタばかりだったわね、ここは胃腸科じゃないからね、あなたのウンチでみんなが苦労したのよ、疲れたのはこっちのほうですよ。」婦長さんも溜め息、「オレ帝王切開でもいいから出してもらいたかった」

「またシモネタやってる、だからバチが当たったのよ」みんなでお茶呑みながら「ウンチをテーマに 溜め息のお別れ会」になってしまった。 

なにやってたんだか・・? オレも解んないよ・・・。 

結果的に目的達成した瞬間 万歳三唱、拍手喝采、優勝監督の胴上げの勢いで心から喜んでくれたのは この①②だった、アリガトウ! 私の周りは年齢性別を問わずに優しい人たちばかりだった。  思い出すと笑いと共に涙出るよ、 辛いはずの入院経験の中では 最も幸せな良き経験になりました。

自分自身も応援団も、バカやってたけど桜吹雪の季節にはちゃんと卒業できた、

桜並木の路で振り返ると いつまでも手を振る①②の二人の姿、淡く切なく心に残る残像が今では愛おしくなったよ、学生時代の卒業の日校門から駅に続く桜の舞い散る路を歩いた時のような気分、「面白かったのに・・寂しくなるね、また来てほしいなー・次は長く居てほしいなー・・バイバイ・・」「ジョーダンじゃねぇ、次に来た時はオレは死ぬ時、もう来ないからねー・・・」短い期間だったがオレも楽しかったよ、君たちの明るさのおかげだ、純粋で心の優しい いい子たちとアホの程度が同じだったから気の合うお友達になれたよ、みんな ありがとう・・・(^.^) ちょっと待って!彼女たちは若いからあれでいい、あれで標準だ、それに対等に適合して喜ぶオラが問題? いい年こいて進歩してない?不惑を超えた熟年の誇りを忘れたか・・・?!・・・と、己に渇! 修行に 鍛錬に・・人生はこれからだ。 いつも一直線に前しか見ていない若きナースのタマゴと 若き日本のサムライたちに 感謝して、前向きに 前向きに(^.^)

桜の季節には このかわいい二人の記憶が青春のアルバムの一頁として 毎年蘇えってくるのだろうか。  4月になった、穏やかな晴天の日に 病院の前から続く川沿いの桜並木の道を カーチャンと二人でお散歩してみようか、ゆっくり歩いて カメラを撮りながら オラにとっても皆にとっても思い出がいっぱいの卒業の日、退院したあの日のことを思い出しながら 夫々の春を振り返りながら この先何時までも元気でいられたらいいね、 晴れたらいいね。

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去年の3月、快食・快便・快眠、健康の三要素と有難さが身に浸みた、あれから一年が経った、良いことも悪いことも五分五分にあった、人に会いたい、人が恋しい・・沢山の友達と再会した。 その気になれば何時でも会えるのに・・・バカだね、生きてるうちに・・と、時間を惜しむように行動的だった。 逝く時が寿命ですから・・・呑気に陽気に歩けばいい・・と、分かっちゃいるけどやめられネェ!

先行脚質は変えられネェ。 

そして 再び春もやってきた。  発病・手術・入院・バカには知らぬ間に最適な環境に恵まれていた。 原監督に負けないくらい私は幸運だった・・・ということになる。 幸運とは 本人の努力や意志に関係なく 良い方向へ事態が変化すること?・・・ 

辛い気持ちを笑いでごまかしていた。 笑っちゃうしかなかった、そして再び春が来て 笑いが本物になったよ、

辛いことのあとには 時間が経てば 良いことも必ずあるんだね。 いつも前向きに笑顔でいたいね。

Photo_2 ヒイラギナンテンの花、夏には青い実がつきます。

蛇足 

本件記事には 何の関係もないが孫娘ななこちゃんのお友達(後輩)

でぶ猫キナコちゃん

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◆近況報告 3月29日 ヨコチ・ヒイ・ななこちゃん・ カーチャンと、孫娘たちと 今週もまたトンカツ食いに、我が家は花よりだんごか?!先週も今週も 腹いっぱい?!!! 生ビール飲んで、残さず喰って・・・これはいけない、またメタボまで復活してしまう。   体重も去年の正月並みに戻ったし、腰痛も戻った・・?鍛えすぎのツケがまわってきた。 病気する前と同じ 元通りになった。 でもまだ分からない、あと三十年も生きられる保障はない、明日はどうなるかなんてことは誰も分からないから・・・ブログの読者も去年入院日記を書き始めてから急に増えた、アクセス増えるのは有難く嬉しいことだった、この度の病気に関しては サムライジャパンと似たような軌道、「苦しく辛いところから始まった、辛さが痛みになり涙になった、時の流れと共に それが今では笑顔に変わった」記事数も180件を超えた、今回も文章が長くなってスマンかった。 最後まで読んでくれてありがとう。 これだけ書けるからまだアタマの中身もそれなりに働いてくれている。 バカは変わらないが身体は元気になったよ、 去年東京で古いゆうじんと会った後 彼からメールが来た、オラのブログ読んだ感想、らしくないと寂しい・弱音を吐かないでください、キャラを変えないで元通りのヤンチャでいてほしい、・・・叱咤激励されて 嬉しかったよ。  大丈夫だ~、病気でおとなしくなるほどオラは利口ではない、不良オヤジはまだ進化しているよ。悪い子が良い子になると心配されるから世の中は不思議だね。  今日も一日を楽しみましょう、桜の季節に青春のノスタルジアを抱いて 美味しい酒が呑めるように 明るい街角を歩きましょう。  肉体を鍛える目的が「病」から「遊」になった、進化したよ、そのことを優しい読者に伝えたい、 

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もうすぐ春ですね

◆MyWay入院日記・久々にシモネタ・あそこの想い出

大寒が過ぎ、節分から一週間、

去年の冬は横浜でも二回雪が積もった。 三月には桜が満開、・・・それからがふざけすぎた夏、立秋の頃が一番暑かった、長い・長い一年間だった。

二十四節気・春

立春・(寒さも峠を越え春の気配が感じられるころ)

雨水・(雪が雨に変わるころ

啓蟄・(冬眠していた虫が地中から這い出してくるころ

春分・(太陽が真東から昇って真西に沈む、昼夜が等しくなる)・・・・

春の気配がだんだん感じられるように季節が巡れば温暖化もない、緑の地球が蘇える。

近年 季節が真面目じゃない、ふざけていたのはオレだけじゃない・・・それが云いたい。

 

クモ膜下出血に倒れた日 予想もしなかった大波乱の闘病記、要点抜粋

退院後の診察で「2月15日金曜日、忘れもしない・・・」後で聞いた先生の感想。  

オラはまるで忘れてる、この日から目が覚めた3月16日までの一ヶ月のことは全部後で聞いたことである。 昏睡状態の中で妄想と幻覚と・・・ワケのわからない夢と現実の世界を漂うハチャメチャオヤジだった。 はっきり記憶しているのは救急車の中で 脚あげて、手上げて・・・・救急隊の問いかけの声と すごいスピードでぶっ飛ばす救急車のガタゴトとした乗り心地の悪さ・・・くらいだった。  “狭い日本そんなに急いでどこへ行く?” 倒れた本人が突っ込みいれていた。 ここらへんからすでに型破りの病人だった。 経験したことがないような頭の激痛、吐き気、めまい・・・とか、前ぶれがあったわけでもない、

後で分かったことだが トイレで腰から下に力が抜けて ヘナヘナして出てきた、外で待っていたおっさんが「寝ろ、横になってろ、アタマ動かすな・・・」とうるさく指図する。「大丈夫だよ・・・」オレは起きようとする、「いいから寝てろ・・・すぐ救急車来るから・・・」一時間後には麻酔の準備もできていて 手術が始まった。 

 出血したら広がらないためにアタマを動かさないことが大事。

 早く病院行くこと、出血から手術までの時間が早いことがポイント、

 もっといいのは 定期的に脳ドック等 検査する。

 熟睡と寝言 どーしてオラだけウロチョロできたのか?同室の患者さんは皆歩けない・動けない人ばかりなのに・・・? 夏の診察で先生に質問、幸運が重なった・・・「幸運」とは前記の①②のことだ、それとオラの体力と寿命?・・・ということである。

人の運命は生まれたときに決まっている・・・寿命も決まっている・・・?!(最近聞いたこと)

リハビリを苦にしない体力はあったかもしれない、しかし、気力は使った記憶がない。

何となく麻痺がなく 何となくヒマ潰しに歩いているうちに何となく元気になった?・・としたら・・・これこそ「幸運」だ。

いつも寝言云ってたよ・・・「あー・たまには蕎麦食いたい、牛丼で蕎麦食いたいなー・・」

「蕎麦なら蕎麦屋行かないとだめだよ、牛丼は牛丼屋だよ」と、子供たちに突っ込まれていた。  はっきりと寝言を言う、「○○ちゃーん!◎*%#??!▲∞α・・・??」

ヤバイことを口走らなくて良かったね・・・後で笑い話になった。

先生が時々様子見に来る、いつも大いびきで寝ている、「寝てるな~・・・」

「アレェ? まだ寝てるな~・・・・、このまま逝くかも・・・・?」 全部連絡してください・・・、先生も担当の看護婦さんも悲しそうな表情で引き返していく。

担当看護婦さんたちの会話に 時々反応し、突っ込みいれながら また爆睡して・・・。

何時まで経っても ダメな私ね~♪・・・・ 

3月初め頃、目が覚めないので周囲が暗い雰囲気になってきた頃、ばしっと決めたワンフレーズが大ヒット、ついに大ブレークした。  それでも本人は大いびき。

拍手が足りないんだよ・・・、アンコールに応える用意は出来てたのに(^.^)

最近、昭和のムード歌謡が静かなブームになり始めたことに貢献していた。

入院中は楽しいことだけを(自分的に)picupして「思い出」になる。

「起きて・・・!、目開けて・・・!、」「起きてくださーい・・・!」

家族も看護師さんたちも・・・だんだん起こす言葉が変化してくる。

(“”内はオラのつっこみ)

かーちゃん&子達「お父さーん、早く起きなさい・・・!」

看護師①・②「オトーサーン! 起きて~!・・・」 “かーちゃんの真似すんなよ“

孫たち「ジッチャーン・・・起きてよー・・・!」

その呼び声も 次第に荒っぽくなる、

「オーイ・・・起きろー・・・!」「何時まで寝てんだー・・・!、」「何時までも甘えてんじゃネーゾー・・・!」「コラー・・・起きろ・・・コノヤロ・・・!」「イーカゲンニシロー・・・」みんなで布団の上から 手足をバタバタ叩く。 オラは乾した布団ではない!

そして、三週間経ったある日突然に目覚め「ウッセーナ・・・、いい気持ちで寝てるのに 起こすんじゃねーよ・・・あーウルセェ・・・!」

孫たちは「ジッチャーン・・・起きてぇ~・・・!」「早く起きてー・・・!」

「オーイ、おきろー・・」「ジジィ・・・オキロッテバー・・・!」「このクソジジィー・・・!」

現実はこんなもの・・・である。

42日、めでたく退院してから 病気のことをネットで調べたり 研究して判ってくるほどに 事の重大さに気が付いて 人生を振り返ってしまうようになった。

大病を患うと誰でも同じ? オレの人生は幸せだったのだろうか? そんな思考になるところが哀しい・・・?

オラの場合は そればかりではない・・・! 哀しいのはバレンタインデーが近いのに 今年もチョコの獲得が激減したことだ、ホワイトデーの見通しは史上初の大幅赤字決算・・・? これも世界的大恐慌の影響。 

病気の体験は貴重な人生経験になる、病気のおかげで身体機能はパワーアップ、アタマの中身も改善して性能が良くなったよ、この病気は様々な後遺症がある、例えば歩けない・動けない、言語障害、記憶障害、・・・なぜかオラには身体的障害はひとつも無い!?

病棟ではオラが新米看護師さんたちの実習の教材になっている。

オムツの取替え・・・、ベテラン看護師さん⑨が皆を集めて実技の講習会? ハイ・順番にやってみなさい・・・、次々と交代で練習・・・、③が終ってから「たてますか?・・・ここで見ていますから 起ってみてください 」(起き上がってください・・・一人で起きられますかの意味)

「ナヌ?・・・起てますかとは? たててくれるの? あんたも若いのに凄いこと云うねぇ、そんなにサービスしてくれるの、それはありがたい、是非お願いします。 オレだってまだまだ若いから大丈夫、頑張れば起てる、元気になれるよ!・・・君たちはあそこは濡らさないとダメだよ・・・?」①「あそこって?どこですか?」「あそこは・・・濡らすとこでしょ・・!あなたが噛んだあそこが萌える 昨日の夜の あそこが萌える・♪・・・伊東ゆかり「あそこの想い出」大事なことだから勉強しなさい・・・」①「だからぁ・あそこは どこですか?」 「そんなに明るく人に訊くところじゃないでしょ、あそこは濡らす、常識でしょ」 ⑨「ハァ? なにふざけてるの? 若い子に変なこと教えてからかわないでください、」「基本的なことだから・・先輩がよく教えてやってね・・・」⑦「わざと大ボケかましてシモネタやってるでしょ・・・」⑨「ここは風俗店ではありません、あなたはお客さんではない、この子たちはホステスではないんですよ・・・みんな真面目で一生懸命ですから・・・」

「それは失礼しました、あなたも年寄りをからかっちゃいけないよ、お弟子さんに立てますか?なんて 言わせないでよ、私も真面目に受けるから・・」

「あそこを正しく理解して 健全な赤ちゃん産んでくださいね。」 少子化社会ですから 若い人が頑張って子供沢山産んでもらいたい。

若いナース①②③「意味わかんなーい? 難しいぃ~!・・・だからぁ! あそこって・・・どこなんですか?」、⑨「あんたも分からない子だねぇ、何時までも追求しないの、冗談ですから、このオヤジがバカ言ってるだけだから・・・ほっとけばいいの!??・・・そういうことは後で私が教えてあげるから、男性に訊くことではないですから・・・!」サスガはベテラン⑦⑧⑨は大人だ、意味判ってる・・・! (またシモネタになってしまった、一部露骨な表現になりました、笑って許して)ボケネタが日常的にアドリブで出るから 入院でバカ云ってる頃が心身共に絶好調だった!?  

思い出ばかりが増えてゆく、 バカなことでも自分が楽しければ 時々更新してゆこう、MyWay=自分勝手のブログだから。  バカだねー・・! ホントにバカは治らないねー・・・と自分で認める。

オラのアタマは大改造した、辛いことを忘れ楽しいことだけ全部記憶に残るような構造になっている!

悪いことの中にも必ず良いことがある・・・私の信条・企業理念だ。

210日、お誕生日・・・マジで本当の誕生日、66回目。  先週からお仕事の現場に復帰して ぼちぼち社会貢献に参加している。  去年の夏頃だったか「そろそろ社会貢献されたら如何ですか・・・?」内科の先生から勧められて 嬉しい復帰の時を迎えた。

社会貢献とは・・今は少子高齢化社会ですから 子供作って人工増やして税金納めること。 ボランティアは好きではないが 健康で長生きするだけでも世の中のためになる、お仕事できる体になって、ついでに子作りも出来れば これで復活宣言になる。

週末は子達とお誕生会やろう・・・ 

オーストラリアでは史上最悪の山火事、北京の超高層ビルの火事、韓国でも南大門が火事になった・・とか、いつまで経っても人類はドヂをやっているから 今年も暑い暑い 夏になりそう・・・?  暑くなったらまた文句言おう、

このごろは幸せを感じる、生きているとはこんなに幸せな素晴らしいことだと思えるようになった。

♪ 泣いてばかりいたって幸せは来ないから 

重いコート脱いで出かけませんか 

もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか

季節は巡る あれから一年、もうすぐ春ですね  もうすぐですね

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あなたが美しいのは

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この素晴らしき世界・眼の手術

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病室から見えるスタジアム

what a wonderful world

see trees of green, red roses too
I see them bloom for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces of people going by
I see friends shaking hands, saying how do you do
They're really saying, I love you
I hear babies cry, I watch them grow
They'll learn much more than I'll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes, I think to myself, what a wonderful world

昨年あたりから眼が悪い・・・、釣りに行ったときウキが見えない、何を見てもぼやけてる。 オラの世界は どこへ行っても 霧の摩周湖か。

これではつまらん、料理が見えないから美味いもの食っても よくわからない、

むこうからカッコイイ姉ちゃんが歩いてくる、見たくてもぼんやり・・・

多分ブサイクでも美人に見えてたかもしれない。

昨年末 ついに眼科へ行った。 白内障と診断、もう治療の段階ではない、手術です・・!

ところが ドジなことに手術の予定日に 脳外科に昏睡状態で入院中。

眼はコワイ、目薬点すのでさえも よけてしまうほどなのに・・・

コワイのはボケてない証拠ですよ、案ずるより産むが易し・・・応援団から励ましの言葉をもらったが、(こんなにコワイのならオレはボケてたほうが幸せだったよ、オレは産んだこともないし・・・)

一週前の検査の段階から戦々恐々、 もう怖くてビビリまくり、スタッフが若い女性の先生ばかりでやさしくしてくれるのが唯一の救いだった。

大丈夫よ、ちょっとだけ我慢してねー・・・、やさしいのに目玉をひっくり返すくらい大胆。 やめちゃおうかなー・・・の発言に「男でしょ、」「紹介してくれた先生の顔をつぶさないように」・・とか、80代の高齢のお年寄りでも平気でやっているらしい。  みんなに激励されるから よーし、男だ、意地と度胸と義理と人情でやったる・・・!?

そんなに気合入れなくてもいいのに、本番はからっきし だらしない。

緊張で、力が入ってグチャグチャのシャバダバで ヘロヘロ、 恐怖の体験、こんなにコワイ経験は生まれて初めてだ。

ヘトヘトに疲れた。 関が原から逃げてきて お化け屋敷へ行ったくらい疲れた。

終っても 冷や汗と寒気でガタガタ震えがきた。  手術室からヨレヨレのボロボロで出てきたよ。 帰り道は優しい先生が車椅子押して部屋まで送ってくれた、

「ゴメンネー・疲れたでしょ」慰めの言葉にうるうる来てしまうよ。 こちらこそ 大騒ぎして 手こずらせてゴメンネー・・であった。 

手術の終わる五分前頃、耳元で先生がささやくように話しかけてきた、「もうすぐ終わりますからね、あのね・・今度の月曜日、私の診察室まで来てくれるかな・・? 」砂漠にオアシス、天使の歌声のように聞こえたよ、こっちは 舞い上がっているから・・もぉ・嬉しくなったよ、「は・?・はい・いいともー!」 来てくれるかなー・・と問われたら、いいともー・・しかないでしょ、「取り込み中悪いけど、朝一番・九時半に予約とっていいかしら?待ってますからね、必ず来てね・・・」 ??? 「行きます・行きます・・ジャマの入らない二人っきりのお部屋でゆっくりお会いしたいです、是非お願いします」 「 それは?意味が違いますけど・診察室は二人きりですよ 」 意味違う? フラれてしまったけど こんなにやさしい・癒される会話が出来ただけでも充分幸せ・・・?  天にも舞い上がって行きそうだったよ。 「はい・絶対行きます、よろしくお願いします」 否応ないですよ、憧れの先生のお誘いなら オラ何時でも お付き合いしますよ・・、こんなラッキーめったにない? 診察の後お食事でもするなら 夜の方が良いかも? ホテルのレストラン予約できたらいいなー? なんちゃって、余計なことまで想定するから みんなに叱られるけれど。  怖い・怖い・・の手術室で 唯一癒される幸せな瞬間であった。 「いいともー」を聞いた若いスタッフが何人かケラケラと笑った。 先生にもウケたのか・・クスッと笑ってくれた。  「黙って! キョロキョロしないの・静かにしててください」執刀医の先生には叱られる、オレが笑ってる場合ではない、カパッーと、眼を開けて じっと辛抱しなければならない張本人である。ギャグ飛ばしてる場合ではないのである。   

帰り道に売店の前にたこ焼きの自動販売機があった、たこ焼き六個350円、オイシソー・・・「先生、たこ焼き食いたい・・・」「ダメよ、手術の後はダメ、今日は我慢してね・・・」それくらいなら我慢できるよ、・・でも、たこ焼き食べたい。  しょーがねぇ、明日まで我慢するか・・・(^.^) 素直な気持ちになれたのは「たこ焼き」のおかげです。

これからは何があっても これ以上の辛いことはない、もう人生に怖いものはないだろう。 天下無敵・国士無双・笑門来福だ。

教訓「 どんなに辛い状況にあっても 憧れや夢を持ち続けていれば きっと良いこともある・・・。」

また脱線になるが 初めて経験した眼科の手術、コワイ・コワイ手術でも唯一救われたのは先生が若き女性であったこと、エレガントなドクターにご縁があったこと、怖い世界にも一つくらいは幸運なこともあったのである。 肝臓で死ぬ苦しみを味わったときも 病院では男性患者から人気ナンバーワンの女医 千鶴先生(お名前だけは忘れもしない)に当たったこと、おいらは そういう「幸運の星?」を持っているのかも・・? 同じ部屋の腎臓疾患で長く入院している若い男に「いいなー・オレどうせ治らないなら千鶴先生に診てもらいたい・・嗚呼・憧れの千鶴先生・・・、あなたはいいですね、おなか痛いの・・て、甘えられるからなー、あなたはラッキーだと羨まれていた(私は甘えた記憶はないけどね、ベッドへ回診に来てくれるときには 自分の肉体にどこか痛いとこあればよいと期待はしていた) オレ・本当にラッキーなのかな?・・怖い病気の時に限って 素敵な女性の先生に巡り逢う・・・? 不運ばかりではない、どんなピンチでも どこかに何かいいことが隠れているのが人生なのだ・・・と思えるような人になりたい。

今年は眼の手術をブログのメインにする予定だったのに、大病で回り道をしてしまった。

波乱万丈とはいうものの ここまできて波乱万丈は もう要らないよ。 車椅子で先生と二人きりで会話できたのがせめてもの安らぎ?「本当にだらしなくて すみませんでした。下半身なら自信あるのに、経験も豊富です・・」口説いてるのではないよ、痔の手術、大腸検査、ひざの怪我、腰痛・・など、下のほうはどこをやられてもベテランであることを説明した。

しかし、眼の手術は もうヤダ! オレは男じゃなくてもいい、私は貝になりたい・・・・というくらい怖くて大変でありました。

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今年は命に関わる大病を患ったからだろうか、元気になってきた先月あたりから 思い出すのは 過去の辛い記憶ばかり、どんなに辛いことの中にも いいことだってあったではないか・・・と、涙もろい日々の中で 自分を勇気づけようとしていた。  ネットで調べると病気のブログが多いのにびっくり。 みんな元気になる言葉や情報を探しているのだ。 手術後「うつ状態」になる人が多いらしい、思うように体が動かせない苛立ちがあるのだろうか、

この世は悲しみに満ちている・・・どこかの宗教団体のキャツチフレーズのような悲しみの世界が自分にもある。 振り返る人生は 悲しく辛いことばかりだった・・・そんな風に思う自分が可哀相で悔しくて、涙の量が多い数ヶ月だったから 

せめて 幸運にも 大病から生還した残りの人生が 素晴らしい世界でありたいと 眼の手術を決意したのです。

最近聞いた情報だけど、ICU症候群というのがあるそうです。 生死に関わる大手術をすると 麻酔の関係もあって 昏睡が長いと、妄想・幻覚症状が出る人もいるらしい。

「思い込み」からのヤンチャな言動もICU症候群だったとすれば、泣き虫になって「うつ症状」もあったとすれば、 オラもまだ捨てたものではない、大ボケのハチャメチャではあったが、一応マニュアルに従った模範的患者のはしくれであったと 自分に「普通でまあまあよくやったで賞」をあげたいね。 眼の手術は  自分では大騒ぎのドタバタだったけど まずまず無事に終わり、

翌日から ウソのように良く見える。 世の中が こんなに明るいとは・・・ナイターとデーゲームくらいの差がある。 そして、今回もオラには応援団がいた。 ありがとう。

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この世界は素晴らしい、悲しみや涙のない 自由で明るい美しさに溢れている・・・

アメリカのユキちゃんから「よく頑張ったで賞」をあげます・・・とメールがきた。

ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」を聞くとユキちゃんはジーンとくる。 若い頃渡米してアームストロングの地元ニュー・オリンズで長く暮らしたユキちゃんには 若い頃の苦労や思い出と共に 特別な響きがあるのだ。

「何て世界は素晴らしいのだ・・・」こんな風に思えるときが幸せなのだ。

オレが生きているこの世界には もう悲しいことなんてない、平和で美しい景色と陽気で優しい人たちで溢れている、何て素晴らしいのだ・・・」これからオラの見る世界がワンダフルワールドなら そこに生きている自分もワンダフルだ、 こんな幸せなことはない。

釣りもできる、ウキがちゃんと見えるから、美味しい料理はちゃんと見えるから美味しく食べられる、競馬のマークシートもきちんと塗れる、読書もできる、きれいな姉ちゃんは

それなりに ちゃんと見える。 美しい景色や花の写真も沢山撮れる・・・

この世界は 何て素晴らしいのだ、これからは いいこと、楽しいことばかりじゃないか。・・・と思いたい。

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◆8月14日 区役所から介護保険認定の係りの人(小泉さん)が来てくれた。  寝返りは・床ずれ・お風呂・食事・・・など、生活面の不具合の有無を確認する。 オラの周りは皆親切でやさしい。 結局、病院でも役所でも、友人たちも・・・どこへ行ってもやさしい人ばかりだ。  ボケボケのハチャメチャは元々として、元気なので せっかくもらった介護認定「⑤」は 今度はずーと下がる予想。 一ヵ月後に成績表が来るらしいけど、要支援①~②くらいか、その上のランクに要介護①~⑤まであるらしい。  ⑤から①に変わるのは成績が落ちるみたいで ちょっと残念? でも・それだけ治っているのだから ま・いいか・・・! オヤジギャグを交えて楽しくお喋りさせてもらいました。 人が恋しいから話し相手が来るのは嬉しい・・・これが年寄りになった証拠だけどね、小泉さん、この暑いのにありがとうございました。 

最近写真が良くない、眼が悪かったからと 眼のせいにしておこう、 今は肉体も元気、眼も新しく良くなった!カメラも一千万画素、マシーンもアングルも 高性能の新型だから・・・・気合入れて きれいなのを撮るぜ!

動き始めている、ときが流れて ついに動き始めた。 自分も 自分の周りの世界も・・・あとで良かったねーと、いえるような何かが 確実に動き始めている。 泣いても明るく笑っても 時は流れる。  どんなことでも 時間が経てば 事態は必ず動き出す。     

この素晴らしい世界を 新しい眼で堪能したいね。 

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徒然に2008  泣き虫の夏

Photo_4 今年も暑い夏が来た、活動的で一番好きな季節がきたのに 

ふと思うのは この頃やけに涙もろくなった自分がいる・・・

花にあらしのたとえもあるぞ さよならだけが人生だ・・・」

人生は出逢いの数だけ別れが待っている、

卒業・親との死別・恋の別れ・住居の移転、現役引退、子供の結婚、・・・

みな「別れ」のうちならば

この度の病気で自分の死をみつめたとき 

もしもオレが死んだら 自分との別れになる。

何よりも大好きな「自分」との別れが 間近に迫ってきたかもしれない・・・・?

その不安や戸惑いが 涙もろく泣き虫オヤジにしてしまったのか。

ブログで自分の生きた証を残したい、こまめに更新するのは 自分への「労い」と

周囲のやさしい人たちへ感謝の気持ちを残したいから。

よ~く考えれば 誰だって一番愛しているのは 

なんてったって自分自身だから・・・

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入院以来 今回の病気を明るい笑いでふっ飛ばして 自分を勇気づけようとしていた。 人生を涙で終らせてはいけない・・・と思う時期もあった。 

それが近頃 お笑いモード全開から涙モードに変換したのは この調子なら まだ死ぬことはないだろうと 健康に自信がついたのかもしれない。

不思議なのは 自分は他の患者さんと違って病気の「痛さ」とか「苦しさ」という症状と戦っていなかったこと。 痛いところも麻痺もないから ヒマでしょうがない。昏睡から醒めてすぐにスタスタ歩き、ごはんも残さずパクパク食って、歩けない人、ごはんも自分で食えない人ばかりの中で、何故オレだけ動き回っていたのか、定石もマニュアルも違反?セオリー通りにいかないボケオヤジ?

病気も入院も 冗談だったのか? 動くのも食うのも・・・みんな冗談だったのなら、この数ヶ月、オラは一体何だったのだ?冗談の日々だったのか。 生きているのが冗談ならば 死んでも多分冗談だろう。

体の不具合を感じないのに 寝たきり病人と同レベルの扱いをされるのが辛いことだった。

長嶋さんが脳梗塞で倒れ リハビリで驚異的に快復し、次の目標は走ることだという。

長嶋さんはアスリートだから 体力も回復の素質も 基本的に備わっていたからだ。

「リハビリはウソをつかない」現役は退いても 長嶋さんの努力する姿と前向きなことばが 同じような病気と闘う人に勇気を与えている。

初代国民栄誉賞衣笠祥男さん「ここまで自分に野球をやらせてくれた神に先ず感謝したい」これも印象に残る 昭和の名言

オレはアンチ巨人だから 王・長嶋には随分痛い目に合わされたが、鍛えることに関しては 若い頃から 負けないくらいの基礎体力を養っていた。

努力は自分を裏切らない、ライバルの何倍も練習しろ、それで負けたなら力の差、不運の結果でないから納得できる・・・オレの野球の先生の名言。

少年のころは 百曲がり坂を毎日駆け上った。 

池上本門寺の山門94段の階段を毎日駆け上った、裏山の階段は89段、(四苦八苦だ)

毎日500球の投球練習、バットの素振り500本は 毎晩やった。

坂井泉水さんの「負けないで」を聴いて泣けるのはこの頃のことを思い出すからか

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ガールフレンドにいいとこ見せたかったから、

全国大会のベンチ入りに選ばれて、甲子園のマウンドに立ちたくて、

彼女に、輝いていると云われたくて、

「好きだ」と言いたくて、・・・だから走った、だから登った、だから投げた、

変化のない つまらない鍛錬を毎日繰り返した。

体育会系と軟派系、二束のわらじは疲れる、 若くなければできないことだった。

動機は不純でも そんなのカンケーネェ、 あの時の積み重ねが 今回の驚異的な快復の原動力になったとすれば オレの青春は無駄ではなかった。 

あの時の苦労が今になって報われたとすれば・・・こんなラッキーなことはない。

死か、半身不随か・・・、生きて元気に動ける確率が低いのに こんなに早く回復したのは幸運ということか。 ここまでの人生で 幸運を神に感謝したことなどなかったが、

今回ばかりは 周りの人たちの優しさと「幸運」を神へ感謝してみたいのです。

4月初めに退院してから 自由な生活の中で自己流のリハビリを始めてからもう四ヶ月、それにしてもよく歩いた。 脚の筋肉を鍛えることで 脳が活発になり、

運動を司る脳が 考えや記憶の部門の代役までしてくれる・・・というようなことを知り、

負けず嫌い・意地っ張りに火がついた・・・ 歩き続けた。 こんなに歩いたのは過去に記憶がない、一日10kmの散歩、100日なら1000km走破になる。最近はプールで・・・鍛えまくりだ。 手術後へなちょこの脚になり 激痩せしたのが 自分ではかなりショックだったが 最近は足腰の筋肉が付いてきたのを意識できるようになった。  これが病気に効果あるのなら なんぼでもヘッチャラで歩いてやる。 病気は自慢にならないが 目標定めて燃えることなら強い

「燃えるぞ!ヨッシャー!」・・・である。単純なことを継続するのはえらいことだと自分を褒めてやりたい。(誰も褒めてくれないから)

病院のことを思い出すと辛くなる部分がある

もう入院日記は止めようとしていた、最近涙の話が多いから 話題変えたいね。

退院前夜、スゴーク素敵でやさしい看護婦さんに出会えた、これもひとつの幸運なら 

オレにもそろそろ運が向いてきた!・・・、もうグチを云うこともない、これからは勢いに乗って一気に攻勢に転じる、タタミ掛けてビッグイニングだ。

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◆入院日記 最終回  (長くなりますが ここから先はアダルト向けです。シモネタになるから 良い子は読まないでね、)

退院を明日に控えた入院最後の夜だった。

美人で優しい看護婦さんが 夜中に腰を揉んでくれながら 漫才のような会話になった、

ずっと前から持病の腰痛を訴えていたから。

最初からオラの担当、久美子さん、オラは彼女を山口さんと呼んでいた。

怒る時、啖呵切る時がド迫力だから 山口久美子(山口組子)さん、

自分的にはドラマ「ごくせん」のヤンクミ仲間由紀恵さんといい勝負の美人だ。

 

院内を散歩して病棟へ戻ると、行方不明だと大騒ぎになっていた「脱走騒ぎ」のとき、みんなに寄ってたかって怒られた。 四面楚歌なのに、オラは人気があるから寄ってきたファンにもみくちゃ状態なのかとご機嫌で、(それが勘違いの大ボケと後で叱られた、)

「脱走したでしょ」「どこ行ってたのー」「心配したのにー」「コラー」、担当チーム十人が一斉にまくし立てるから すみません、ご意見あればひとりずつ順番にお願いします・・・「??コノヤロー、舐めとんのか・・・」抜群の迫力で山口さんは後ろから蹴りを入れてきた・・・だから山口くみこさん・・・なのだ。

この一撃は強烈! 彼女をマジで怒らせたら相当ヤバイ?!

腰をゆっくり揉みながら 静かなおっとりした口調で話しかけてくる。

「何かと行き届きませんで すみませんでした。 色々教えてもらってありがとうございました、」こちらこそお世話になりました、迷惑かけてすみませんでした・・・

オラは やかましく説教するおっさんだと思われていたかもしれない。

「あの時(脱走騒ぎ)は ごめんなさいね、痛かったでしょ 」

「いいえ、ぜーんぜん、平気ですよー、蚊がとまった程度ですよ、・・・あなたのは ちょっと効いたけどね、」  

「だって、みんな泣きそうになって探してたのに、一人でニコニコして、みんながどれだけ心配したか、なにも分っていないでしょ・・若い子たち号泣して外まで探しに行って、可哀想で、・・つい力が入ってしまった・・」         「今更お言葉返すようですが あれは 戻ってきたから、脱走じゃないからね、ロビーを一回りお散歩してきただけなのに なんで脱走になるの? ボキャブラリに乏しいよ、皆理科系だからしょうがないけど、あなたは優秀だけどね・・」 「それ・褒めてるの? バカにしてるの? 私体育は得意でしたよ」「格闘技か?キック強いからね、オレも強くなりたいよ・・」「バカみたい、まだそんなこと云ってるの? もしも戻らなかったら、私はどうやって責任とればいいの?」「責任とらなくてもいい、バカですから、無視すればいいのに 」「バカは分りますけど・バカを自慢しなくても・・」        「バカは幸せですよ」       「???・・」

「だから いつも楽しくて幸せそうだったのね、私も幸せかしら?       バカですから なれそうね? なんだかヘンな話しになってきたじゃない? もうやめましょうね、バカだから・お互いに・・」    

否定してくれないとは寂しいが 腰は揉まれるとチョー気持ちいい、こんなに親切に優しくしてくれたのは 初めてだ。

退院して元気になったら 何かやりたいこととか・・・ありますか?

の質問に 元気になったらとりあえずビール、それからSEXもしたい・・・、と答えた。

またふざけたことを・・・・と予想したが

「まぁ!・・・なんて正直なんでしょう・・・! 心が清らかな人ですねぇ・・」

そりゃねぇだろ、優しすぎるよ、お上品すぎる、そんなにやさしいセリフが有りなら もっと早くに聞かせてもらいたかったよ・・・

云うこときかないで ヤンチャばかりするからですよ、また脱走したら 次は蹴りくらいじゃ すみませんよ、ラリアートもいきますよ、ちゃんとオトシマエつけてもらいますよー。   言葉はやさしいのに 内容がコワイ、

オトシマエとは? 指の一本も詰められそう!??   やはり山口さんで正解だ。  しかも蹴りからラリアート?    ジャンプ系の打撃技が得意らしい、油断は禁物。 「いいですよ、リハビリ室のマットで勝負しましょう、しっかり抱きとめて寝技に持ち込みます、そのままフォール勝ち・・グリーン(芝生)なら スポーンと入って、 ホールインワンだってか?? キレイな人はパンツ履いてないでしょ・・・美人ハクメイ(薄命)ていうでしょ、ヨコハメ~たそがれ~♪ あのひとはイッテイッテしまった♪・・五木ひろし「横浜たそがれ」ヨコハメ・タテハメ~でイカせてやるぜ、清水あきらのネタだけど、知ってる? 」「?????????・・・コラ~! ????

びっくりした・・・そんなでっかい声出さないでよ、みんな起きちゃうでしょ。

????????・・・ ちょっと待って、変なこと云わないで! 病室でそんな歌唄う人いませんよ、やだわ、それシモネタでしょ? 今・やらしいこと考えてたでしょ・・・? 横浜たそがれ・・は?、刺激強すぎ、そんなの唄ったら また叱られますよ。 なんだかドキドキしてきちゃった、熱くなってきたわ、バカですねぇ、私も同じこと想像しちゃった・・! ここは病院ですからね、そういう発言しないでください、燃えてくるでしょ!」   「ダメだよ、燃やしたら、やけどするでしょ・・あそこ燃やしたら男がかわいそうでしょ・・・」「知ってますよ、いい加減にしないと本気出しますよ、手加減しませんよ、!」 「いいですよ、オレもテクニックで勝負するよ、大晦日に横浜アリーナで決着つけましょう、最強爺と最強女のタイトルマッチ、どさくさでヘンなとこ触っちゃうよ・・・」 「????・・」 「そんなこと云うから みんなに怒られるのよ、ほんとに熱くなってきちゃった・・」 「歌で燃える? サスガはベテラン、一緒にイッテしまうのが一番いいからね・・・」 「????・・よく笑いながら云えますね、上品でやさしい方だと思ってたのに・・・、」 

皆さんそういいますよ、 「???・・本当に怒りますよ・・」   

「口だけですから・・・冗談だよ、オラもう何もできない、あなたは現役、私はやぶれかぶれのOBですから」  「そんな・寂しいこと云わないで・・元気になってください」 何を興奮してんだよ・・・燃えたらだめだよ、濡らさないと・・・?「面白いけど・それがいけないのよ、大体いつもみんなのことネエちゃんて呼ぶから、ちゃんと名前で呼んでもらいたいです。 シモネタもダメよ!」 ハイ・誠に申し訳ありませんでした、反省致します、でも 濡らすのは大事なことだから・・「分ってますよ、私はいいけど ここは未成年が多いですから・・」

 オマエがシモネタに乗ってきて 興奮したり 説教したり、 どーなってるの? いつでも挑戦受けてたつから・・・

心が清らか・・・なんて、芹洋子「四季の歌」春を愛する人は心清き人・・・みたいじゃん、「知ってます、学生時代コーラスやってましたから」

Yori

気持ちいいなー、このまま逝ってしまえば楽になるのに・・・

「いけません、そんな悲しいこと云ったらみんな泣きますよ、泣く人が沢山います、

病棟のチームの人たちは 皆泣きますよ。

ご家族もお友達も、小学生のかわいいお孫さんもいるじゃないですか、

個室で眼が覚めないとき、ジッチャーン起きてー・・!死んじゃダメー! ・て、

二人とも半べそで一生懸命呼んでましたよ、聞こえてたでしょ、私も泣き虫ですから あれを見たら もぅ泣けて泣けて・・・  

みんなに愛されている人が 死んだりしては いけません・・・命は一番大切な尊いものです」

「女は泣かせてもいいですけど、あんなかわいいお孫ちゃんたちまで泣かせたら 絶対いけませんよ、そこまでヤンチャをしたら 私がケジメつけますよ 」(山口さんのケジメ?・・これはコワイかも、かわいい顔してリアルなこと云わないでよ・・)

孫娘のことを指摘されたので その時点で もうほろりときた。

「お言葉ですが、私は誠実ですから 女を泣かせたことは記憶にありません、」

彼女のトークを真似して答えると「マぁー、なんてウソつきな人でしょう、口からでまかせ、よくそれだけ上手に言えますねー、その場しのぎのなぐさめが得意なんでしょ」

その場しのぎのなぐさめ・・・? 今度はみちのくひとり旅じゃないか。

さっきは「なんて正直な・・・、心が清らか」今度は「なんて嘘つきな・・・」そのギャップの大きさは どぅなってるのジャ? 

「演歌も好きですよ、義理・人情の話も好きですよ・・・、またここへ来てくれたら、また私が担当して守りますから、 絶対に死なせたりしませんから・・ 担当の患者さんが逝くときほど悲しいことはありません、私がついていながら もっと早く気がつけば助かった命があると思うと、それが悔しくて、辛い、もぅ二度と経験したくない、ご家族にどんな顔して挨拶すればよいのか・・・それがわからない、辛いです・・・」

自分の言葉に感情が動いているのだろうか、声を詰まらせ涙声になっている。 

ブー!・・・ブー!・・・、ティッシュ出して鼻をかんでいる。

「愚痴になってしまってごめんなさい、私 花粉症で、この時期になると・・・」

あれ?泣いてるの・・・?と思ったら こっちもほろりときてしまった。 逝ってしまったとき 家族が泣いてたら ゴメンナ・・と伝えておいてほしい、「やさしいです、そんなにやさしい人が逝ってはいけません、」

「もういいですよ、楽になった、ありがとう、お疲れのところすみません、もう寝ます、あなたも休んでください・・」気持ちよくなったので 一言お礼を云って寝ようとした。

「まぁ・なんてやさしい人でしょう、私にまで 優しくしないで下さい、ありがとうございます・・・」

まぁ・なんて・・・が、また始まったぜ?!・・・・と思った。

「すみません、失礼します、何度も失礼してすみません・・・」

今度はオラのズボンを脱がして パンツを下ろし 懐中電灯で大事なところをライトアップして眺めている・・・・?! 互いに感謝の言葉を伝え 心の隙間を覗かせて 感動しながら 急に仕事人間に戻り、マニュアルをこなしている。  股間に触ってみたり パウダーを付けたりしている。 仕事とはいえ羨ましい、そういうことはこっちがやりたいよ・・・、今度生まれ変わったら オラ看護の勉強するよ、看護士の資格とって 若い女性のベッドへ行って 布団まくって 同じことやってみたいよ、先輩・その節はご指導おねがいしますね・・・」 「何を言ってるの? そんなこと目標にする人はいませんよ、 言って良いことと悪いことがありますよ・・」 オレ・悪いこと云ったのかしら? そんなに目を潤ませて ため息ついて 至近距離から観察されるほど オラのは立派じゃないよ、賞味期限切れかもしれないのに。 爺さんだからって、反応しないことはない、そこまでサービスしたら オレだって恥ずかしいよ。 シモネタを口だけでなく 実践してるのは そっちではないか。 

「亡くなったら お線香上げて お墓参りもいきますよ、義理がありますから 」

スゴイ、さすがは山口さん、義理と人情のナースの渡世だ。 

お墓参りもアフターサービスか、

「私のお墓の前で泣かないで下さいね・・・」「そうくると思いましたよ、ここはみんな泣き虫だから いつも面白いことばかり考えて笑わせようとしてるでしょ、

大丈夫ですよー、泣きませんよ、どうせお墓の中にはいないでしょ、千の風になって どこかへ遊びに行ってしまう・・・でしょ、私のことまで心配してくれて、ホントに優しい人です、なんて心の美しい人なんでしょー・・」

お大事にしてくださいねー、どうぞお元気で・・・。

ありがとう、本当にお世話になりました、もう絶対来ませんからねー、大晦日にお会いしましょう、横浜アリーナ満員になるといいね、トレーニング頑張ってね。

まったく・・何云ってるんだか? 死なないで下さいね、あなたがいなくなったら私は生きる目標なくなります。 大丈夫、バカは死なないから・・・・?  互いに健闘を誓い お別れしたのです。

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オレは死んではいけないのだ、

この優しい山口さんたちのためにも絶対に復活しなければ・・愛してくれる人たちを裏切ってはならないのだ、それが渡世の義理ならば・・・!

若い看護婦さんに 命の尊さ、義理と人情の渡世・・・まで、教えられてしまった。

最後はこっちが説教されてしまったね。

山口さんが出ていってから なぜか心地よく 熱い涙が止まらない、     おならまで出た。ぶぅ~~~ぶー・BU・BU・BO・B・B・B・B・・長~く連発で 出た! さすがは地元横浜 マシンガン打線だ。これも心地良い!  ところが臭い!自分の歴史に残るくらいメッチャくさい!・・・レジェンドおならだ。 せっかくいいムードだったのに・・・なんでここで屁をこくんだよ!?

掛け布団をパタパタ払い、空気を入れ替えた。 (可哀相だよズボンのおなら 右と左に泣き別れ・・・)

山口さんが帰った後で あー良かった。

大量に涙が出た、気持ちよかった、氷枕のタオルが絞れるほど濡れた、山口さんを呼ぼうとしたが 顔見たらまた泣きそうになるから 我慢して泣き寝入り。

 すっかり泣かされたね。  散髪するとすっきりするのと同じ、涙をだすと 体内の毒素が抜けるのかしら、身も心も 爽やかになるよ。

だから泣くのは 健康に良いことなのであります。 病気したおかげで オレは優しい人に沢山出逢うことができた・・・ありがたいことばかりだ。 病院での最後の夜は観音様のようなやさしい人が会いに来てくれた。 

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退院以来、泣いたり笑ったり、何かとありましたが、お蔭様で 最近はバリバリの元気になりました。 食欲旺盛、毎日の運動が楽しみで、体力も筋力も倒れる前より強くなったくらいです。 明日は幸せ、明日より明後日は もっと幸せ・・・せっかくリセットしたのだから これからは楽しいことも幸せも 沢山待っている。  優しいオラの友人たちへ、今年も暑い夏だ・・・メッチャクチャ暑くなりそうだよ。死にそうなのはオレだけじゃない、皆身体に気をつけて、熱中症予防に水分補給とアルコールも摂って、 健康で このクソ暑い夏を乗り切ろう、 頑張ろうぜー。

8月4日朝 天才バカボン赤塚不二夫さん訃報のニュース

オラもバカボンパパに似ていると云われたことがある。

病院でも 帰ってきてからも 確かにみんなに心配も迷惑もかけたよ、やんちゃで

好き勝手なことばかりやって、これでイイノダー!いつもえらそうに威張ってた、でも、悪いことしてたわけではない、オレがいつもやさしかったから 皆もオレに優しくしてくれたのだ。

生きるか死ぬかの病気だから どこかのネジが抜けて本当に頭がパアになってるところもある?

元々ピンボケだからどうってことはないが、オレだって清らかな心で一生懸命生きてるから、優しく温かくみつめてほしいよ。 

     

バカボンパパの歌 自分バージョン

♪ 枯葉散る白いテラスの午後三時 じっとみつめてほしいのよ 

 特別の愛でふるえてほしい 六十五歳の夏だから

 元祖天才バカボンのパパだから冷たい目でみないで~・・!

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不良オヤジの入院日記(6)ユキちゃんが来た

◆ユキちゃんが来た・・・・5月19日  ユキちゃん・POSI・えっちゃんの三人が来て ランチで 楽しい時を過ごした。

カニ料理で会食、刺身、茶碗蒸し、カニ雑炊をおなか一杯食って、三ヶ月我慢していた憧れの生ビールも飲むことができた。  

2008_05190016                                                                                センター北駅の改札口で 出てきたユキちゃんと 先ず握手、             「遠いところを よくこそこんな田舎まで来てくれました、ありがとう、会いたかった」

去年からメルトモになって あれこれとやりとりしているから 初対面のような気がしない。     学生時代の気の合う同級生のような、気がして・・・・嬉しいね。

彼女はオラのブログの理解者だ、「私も日本人のはしくれだから・・・」と語る彼女、文章の「笑いどころ」「本音」を知って、オラと似たような感性の持ち主だ。

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 日本の心を失っていない彼女だが 長い米国暮らしなので もうアメリカンだった。   別れるとき 駅のホームで 「お兄ちゃん・ハグ!」の一声と同時に 少女のようにオラに飛びつきハグってきた、ハグHUGとは抱き合うこと、欧米では日常の行為。 温かいふれあいだ。  ハグ&キスならば 100%欧米になるが、オラたちは超純粋日本人だからね。                         オラたち夫婦も 最近は洋食をよく食べるし、昼にホットドッグ・ハンバーガーなど、USA的になってしまったね。

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もぉ・・・感謝の言葉が見つからない、嬉しかったね。  
ホントにホントにアリガトウ・・・・、白内障の話をしたとたんに メールの文字を大きく太くしてくれたり、ファイヴペニーズのレコードまで贈ってもらったり・・・・、半端でない遠いところから良くぞ来てくれました。 「ようこそ」という日本語の語源はよく来てくれましたということです。

それも半端な距離ではない、アメリカの東海岸から北米大陸と太平洋を越えてきた。             昔から来客があると 一時間くらい遠方でも 遠いところを ありがとう、というが、これは日本的ウソ・・・ですね。
感謝感激、オラが元気でもうちょっと若ければ、オラが行かなければいけないのに・・・・、ありがとう

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thank you for your kindnes,                                 and thank you for your everything.....

ありがとうを百回云っても まだ足りないです。 今日買った三億円の宝くじ当てたら 直ちにすっ飛んで行くからね。 お元気でオラのような病気にならないように、ご自愛ください、

去年から メールで話が盛り上がると、今度会いにいくからね、待っててねー・・・と何度も云っていたが 本当に空を飛んできてくれたのは オラが病気をしたからか。  地球を半周するほど遠いNYで オラの病気を心配してくれていたのだ。  アリガトウ・・・・

今週は体調がいい、朝のお散歩が日課になって 動きに関しては完璧だ。 血圧はまずまずで、頭痛もないし、これなら 酒もボチボチやっていけそう。

今のオラは 一日一日が早く過ぎてほしい、 光陰矢の如し・・・になって早く古希を迎えたい。      身体はコキコキ鳴っているが、日に日に良くなるのなら 早く歳をとりたいです。   歳をとっても 生きてさえいれば この先もやさしい人に巡り会うことができるなら。

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不良オヤジの入院日記(4)

4月29日は「昭和の日」です、「天皇誕生日」じゃないのか?

つい最近まで「緑の日」だったのに、

何でもいいけど「休日」が増えるのは良いことです。

♪俺を見捨てた人を 恨んで生きるより

幼い心に秘めた 空しい涙の捨て場所を

探してみたい・・・遠くで汽笛を聞きながら

何もいいことが なかった この街で・・・

谷村新司さんの唄の気分で 毎日お散歩リハビリに励んでいます。

オレの命はオレのものではない・・・天から授かったもの・・・

自分のものでないのだから 大切にしなければ・・・病気とは何かを「学ぶ」もの。(posiに教えられたこと)  今更まだ勉強とは・・・それは疲れる。  いまや若いナースたちはオラを人生の先生扱いするようになったのに。

ちゃんとお勉強するいい子にならないといけないね、

人生の四コーナーを回ったのだから

最後の直線くらい 運命の神様と仲良しになれる「良い子」になろう。

年寄り夫婦がお散歩すると

子供や孫たちが赤ちゃんの頃、かわいかったね・・・など、昔話ばかりです。

昔の楽しかった思い出話を現況と比較して、結論は今が苦労の最中・・・?

ということになってしまうので、

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昔の話はやめよう、もっと面白いことを話そう・・・となりました。

集中治療室から個室へ移されても昏睡状態のまま、 三週間もずっと眠ったままで、本人はいい気持ちで爆睡、 こんなによく寝たことはないが。

個室で家族に見守られながら 寝言を言ったり、ついに寝言で唄まで歌っていた。

家では イントロから始まってラストまで唄うこともあるらしい。

個室へ移動したのは家族に見守られながら人生のフィナーレを・・という先生の気配りか?

♪ 駄目な駄目な・ホントにダメな、いつまで経っても ダメな私ね~・・・・♪(ハッピー&ブルー、よせばいいのに) このフレーズだけ(その前にも何曲かワンフレーズやってた)やったので そばにいた女房と娘がびっくりして 先生に知らせに走った。 

それが上手いんだよ、音程も歌詞もしっかりしていて、カラオケ採点機なら80点はいく・・・、それを聴いた看護婦も先生も笑いが止まらなくなった。 先生と看護婦が笑いながら駆けつける、そして、次は何を唄うか・・・と、期待しながら 

死線をさまよう患者を 笑顔で観察していたそうです。

カラオケの夢みてるのね。

選曲が状況に応じて絶妙だから余計笑っちゃう、

麻酔して手術して 意識不明の昏睡状態、そのまま目が覚めずに眠り続けて逝ってしまう確率が大だというのに、死ぬか生きるかの患者を抱えて病棟全体が緊張している最中に歌を唄う病人は普通はいない。 緊迫感も何もない、チョーずっこけるよね。

目覚めたとき、オレは気分よくせっかく良く眠っているのに 

先生に起こされて不機嫌だった、

先生の問いかけに「ウルセェ・・・・!」、これも普通じゃない。

女房は チョー笑えるでしょ、今思い出しても可笑しくて・・・と、教えてくれた。

そんなに好評だったなら 二曲目は ♪三年目の浮気ぐらい大目に見てね・・・・

でもやれば大うけだったね。

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先生がカルテにどう書くか知らんが 予後不良(死んだ)としても全快としても

どちらのケースでも これは極めて特異な症例・或いは改善不能のバカ・・・ということになる。

現場に立ち会った担当の看護婦さんは それ以来オレの顔見るたびにクスクス笑う、

何が可笑しいのか、オレに会うとそんなに嬉しいのか? 鏡見たらもっと笑えるぞ・・と教えてやりたい。

それにしても 意識不明で寝ながら周りを笑わせる病人は めったに居ないからね。

しかも、丁度その時 介護保険認定の書類を作るため市役所の人が来ていた。 点滴を何本もつけて 寝たまま唄う患者を診て、

レベル5ということになったそうです。 これで文句なしにボケ老人の一級クラスの資格まで取得できたわけだ?!

これが発端で 若きナースたちの人気者になったのかもね。

笑いは人を和ませる、仕事でも、遊ぶときも、死にそうなときでも・・・

やはり笑顔が一番・・・ですね。Photo_3

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不良オヤジの入院日記(3)

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元気ですよー。「太目解消・急上昇・動軽快」毎日ウォーキングで 日に日に少しずつ元気になってます。

退院してからお見舞いの電話やメールがあちこちからくるので 対応に大忙し。

かかりつけの内科でも整形でも 話を聞いた先生が回復の早さに目を丸くして「しんじられな~い」とびっくりしているし、会う人だれもが チョーびっくりするほど 元気・ダイジョブダー!

お散歩は気合をいれる 。

気合が入るときには「ロッキーのテーマ」が聞こえてくるのだ。

歩きながら「ロッキー」や「猪木ボンバイエ」のリズムで行くのです。

階段も坂道もスイスイいけるよ、風呂もトイレも一人で大丈夫、パンツもはけるよ、

食欲旺盛、これからまだまだ 食いたいものが沢山あるから(女も)。

♪マコ・甘えてばかりで ゴメンネ・・・

昭和の時代にヒットした 若きミコとマコの純愛ドラマ、「愛と死を見つめて」で 難病のため余命の限られたミコ(吉永さゆり)が病院で書いた日記の中にこんなのがあった。

「もしも神様が願いを叶えてくれるなら 病院の外に3日だけ健康な日を下さい、一日目はお洗濯をします・・・・2日目はお料理・・・」とか、女の子らしい願い事を朗読する場面はオラもジーンと来たね。

若い人の死は悲しい、オラの場合なら 三日間も健康な日が貰えるならば

一日目 古い仲間を集めて草野球をする。

二日目は競馬、朝から最終レースまで思いっきり勝負するべぇ。

夜は気の合う友達と宴会したい。 料理はふぐちりか平目の刺身がいいな。 二次会はカラオケで大騒ぎしたいね。

三日目は 山奥の渓流へ釣りに行く・・・・

これでは誰もジーンと来ないか、要するにオレは 飲めるようになりたいのです、下痢するほど大酒飲むから、今に見ていろ・・・の毎日であります。 

爺の燃える闘魂・・・絶対復活して酒飲みに行くぞ・・・!

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オラはじっとしていられない性格です。

みんなに「のんびりと、ゆっくりと、急がないで・・」とか励まされているが、

スピードタイプですから スローで遅いことが嫌い、時間にルーズなやつは嫌い、よく言えば誠実で勤勉、約束守るタイプ、ツインターボ・サイレンススズカの戦法を好む、こういうのをバクハツ型というらしく長生きしないタイプだそうです。

ヤケクソだけど とりあえず自分で努力できること、歩いて足腰鍛える・・・これしかないので毎日10キロお散歩です。

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飲むな、遊ぶな、急ぐな、寝るな、起きるな、食いすぎるな、外へ出るな・・・

オラは寝たきり老人ではない、動きたくてウズウズしてるから困る。

周りのみんなが心配して 病気は制約が多いからいやだね。

活性化のためには「規制緩和」は重要です。

その制約の急先鋒は もちろん女房、一番心配している人だからだ。

お散歩に連れ添ってくるのも ボデーガードが目的か。

お散歩コースのスタート地点に自生している「クレソン?」、花が咲いています。

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クレソンは山葵と同じように きれいな流れの中で育つ。

鴨池公園から「ささふねの道」へ向かうところに湧き水からの流れが 細いせせらぎになって10キロ以上も続く 緑の小路。

この道を二人でお喋りしながら ゆつくりと歩く。

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「オレの人生は 何だったのか? 」

「若いころから苦労ばっかりだったのに まだ苦労してるね」

「苦労するのが人生か」

「全部連絡してください、家族を呼んでください・・・て、眠っているときに このまま逝ってしまうかもしれないって先生に言われたのに、こんなにスイスイ歩いてるのがシンジランナーイ・・・・!

「神様が生かしてくれた、生かされたのは運が良かった、先生もラッキーだったと云ってる」と、女房のことばに

「生かされた・・・は抵抗ある、借りができたみたいでオラはイヤだな」

オラの担当の神様は ひとつもいいことしてくれなかった、愛するものを失ったり、大事なときに病気や怪我や・・・悪いことばかりおっつける、」

「ホントによく頑張ったのにね・・・」

結局中高年の二人で 爺と婆の愚痴になる・・・「出来の悪いバカの神様に担当されるのも運命か」?

その神が目の前にいたら・・・オレは絶対ぶっ殺す、百回くらいぶっ殺したい。

「ボンバイエ」は、『彼を殺せ・・・」という意味だそうだから。

弟posiからのメール、

「兄ちゃんもここまで生きてきたのだから
折角、大病を患ったのだから
そこから何かを学ばなけりゃ病いの意味がない

これまでの自分の哲学を超えるのさ

命と云うのは
自分のものではないのさ


それは
天から授かる
と云う事なんだろう
それぞれの命は
天のものなのだから
粗末にしてはいけないと云う事なのさ
判るかい?
兄ちゃんの命は
兄ちゃんのものではないと云う事さ
オラはそう思う・・・・・

posiは仏教徒だから 命の重さを経験し、尊さを知っている。

ゴモットモデス…・・・・・・「反省]

命はオレのものでない天のものと思えば もっと大事にできるのだ。

水辺からセキレイが飛び立った。

「鳥はいい・・・、鳥の人生・?・鳥生は・・・一日中食うもの探して飛び回って、苦労などと考えたこともない」

このまえキューちゃんにエラそうに説教したばかりなのに・・・

苦労だとか 不運だとか・・・そういう考え方はやめよう。女房を筆頭にみんなに凄ーく心配させて、優しくされているのに・・・その優しさに応えるには オレが酒を飲めるほど元気にならなければ・・・なんて、頑張ろうとか思うことがいけないのかも・・・ボケーとして、鳥みたいに何食おうかと思っているほうが薬になるのだから 困ったものだ。

ボケーとするように頑張ろう・・・だからダメなのか? 

男は強くなければ生きてゆけない、優しくなければ生きる資格がない

今現在、こうしてオレを一番愛している女房と 目的地もなく、ぶらぶらお散歩できるのは、幸せな良いことなのだ・・・と思いたい。

考え方を変えるのは難しいね、内科の先生が「いい経験したでしょ」とオラを励ました。 そうです、今回の病気も入院も人生をトータルに見たら「いい経験」だったと考えたいですね。

ささふねの道のスタートする鴨池の入り口にある湧き水から「ささふねの小路」に沿って流れる細いせせらぎがある。

もうすぐ5月・・・・薫風香る新緑の季節になりますね。

今年は桜をじっくり観察するヒマがなかったが、お散歩コースも藤の花やマンリョウの実や花ショウブなどで 賑やかになります。

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