カテゴリー「不良オヤジの闘病記・復活編」の13件の記事

二度目の秋・言いたいことはまだある

    闘病記総括 病気から学んだこと 晩秋に想うこと 

大病をしてから二年目の秋になった。  加齢と共に肉体がショボクレるのは自然の摂理、今更鍛えてマッチョを目指すのは無理があるが インサイドの部分で変ったことは いくつかある。 本当は見た目が変りたい、スタイルよくなってウェスト周りがスリムになりたいよ。 内面は変らなくてもいいんだよ、バカは死ななきゃ治らねぇから。

     言いたいことを言えるようになった。 本音でモノを云うと悪口になる場合もある、しかし本音が真実ならば 相手にとって悪口にはならない、例えば「オマエはバカだ」と教えてやるのは親切なことだ。 バカは自分のバカに気が付いていない だからバカなのだから、それを知らせる「悪口」は人に優しい行為である。

美しい花は蜜が少ない・・・(山口瞳さんのネタ)、美人に言ったら喧嘩売ることになる、ブスに云ったら慰めるようで言いにくい、一応その程度の気は使う。

     女性に対してドキドキしない、平常心で対応できるようになった、いい年してドキドキするほうがおかしいだろ、ドキドキしないのはボケ爺になってやり方忘れたからだろ。(ビートタケシ)

★ 物事 いい加減で満足するようになった。完璧求めたら疲れるから アバウトでいきたいよ。 それは年とって体力落ちたからだろ・・・てか?

 

     神様はいるように思えてきた。 感謝の言葉を素直に言えるようになった。 

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「老」という言葉がキライ、ずっと昔から「老」の付く文字が嫌いだった、中年になってから オールドが心地よいと思うのは「サントリーオールド」くらいなものだ。  

もの心ついてからoldに初めて接したのはフォスターの名曲「オールドブラック・ジョー」中学生の音楽授業で 美しいメロディーにほんわかとしたものであった。 ジャズが好きになった原点のような気がする。  年寄りになってエッセイを書くと誰でも何故か“青春回顧録”になってしまうのは「老」がイヤだからである。 鏡の自分を見たくないからである。 目はショボショボ オシッコチョロチョロ、肉体は疲れ果てても せめて心は若くありたいと願うのは人間の本質であります。

オラ何にもいらねぇ、考え方は今のままでいい、肉体の若さがほしい・・・爺になると皆これを云う、女とアレが出来なくなっただけじゃねぇか(たけしのネタ)、ということである。  これを云うから またアダルトサイトからろくでもないトラックバックが来るのジャ。 

ここはアダルトサイトではありません、

健全な青少年を対象にした教育的ブログです。 

フォスターの名曲、Old Black Joe 少年時代を思い出して下記の歌詞見ながら口ずさんでください。

Gone are the days when my heart was young and gay,
Gone are my friends from the cotton fields away,
Gone from the earth to a better land I know,
I hear their gentle voices calling "Old Black Joe"

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2008年3月下旬、リハビリ先生と抜きつ抜かれつ・・「肉が食いたい」「野球したい・・」あれこれと漫才しながら歩いた病院の庭、忘れられない景色だ。

◆神様はいるかも

読書の秋、図書館へ行くようになった。  コスモスが満開の小春日和に読書でもして 有り余る時間の中で 第二の人生を満喫する。  これが理想だった、還暦過ぎてから仕事を引退したかったのは「平日に釣りをしたかった」からだ。 去年大病に倒れてから「神様はいるかもしれない」と思うようになった。 三途の川を眺めてきたのだから哲学が変わってもいいだろうと思う。 神様がいると思うほうが そんなものいるかと否定するよりはマシだ、もうこれ以上バチは当らないだろう。  冗談みたいな不思議な力が働いていた、冗談云いながら快復した幸運は現代科学の管轄外か、 神様まで冗談モードに協力してくれたのかもしれない・・と、思うようになった。  その幸運が嬉しくてしょうがない。   

オレが哲学を語ったところで何の教訓にもならないけどね。  

ビートたけしのエッセイ「恋愛論」を読んだ。 面白いと思うのはオレも脳にダメージを受けたから脳波が似たようなものになったから。

やっと読書ができる時間と心のゆとりができた、嬉しいことである。 たけしのエッセイ、「闘病記」、バイクの事故で入院した経験を細かく文章にして 不良オヤジの同類としては面白かったよ。 

病院でみんなを笑わせていたのはオラも同じだけど、むこうはプロだからギャグも自然と出る、オラが笑わせても一銭にもならないけど 笑わせたり笑ったりで 明るく過ごせたから楽しい体験が出来た。  短い期間だったが あんな楽しい環境に居られたことは ここまでの人生で初めてだよ。 "冗談言えるのはアタマ回転してる証拠だから大丈夫ですよ”と、看護師長さんに慰められるが オラはずっと冗談ばかりだったから・・・”冗談ばっかりも困ります”?? 褒められてるのか叱られてるのか???? 

 一番情けないのは「意識確認」で「お名前と生年月日」を何度も訊かれることだった。  ボケ扱いされるのが情けない、案外プライド高いから抵抗感じる、冗談ばかり云ってるからオオカミ少年だ、本当のこと云っても信用されない。 まともに答えないのはオラの「反骨精神」、だって・・・同じ人が一時間もしないのにまた訊いて来るからおちょくりたくもなる。 「ウソでしょ」「冗談はダメヨ」「いい加減にしなさい」怒られても挫けない不良オヤジだった。 しまいに 今度は何て答えるか向こうが面白がってわざと聴きに来る。 ゲーム感覚で結構楽しかったよ。

もうひとつは「ウンチの思い出」だ。 辛いことも体験していたのだ、改めてウンコの大切さを痛感した(詳しく語るとまた叱られるから云わないが)。   「ケツの穴の小さいヤツ・・」というのはケチでみみっちい、器の小さい人間だ・・という意味で使われる。  ケツの穴は大きいほうがいいのか、その通りである。

ケツの穴は大きいほうが便秘に悩むことがない、健康のバロメーターである。 将来、健診ではノギスで孔径を測る時代が来る???  身長-体重÷孔経=体脂肪率・・??・ウソ、でたらめですけど、 そのうちどこかのエラい先生がこのての公式を発表するかも。

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オラの生年月日は2008年2月15日に変更したくなった。  この日に一度死んで生まれ変わった「第二の人生がスタートした日」だから。  ふざけたオヤジを病院のスタッフは皆真剣に心配してくれた、みんな明るく笑ってくれた、明るく前向きに歩くことを教わった、 一言多い問題児だったけど動くことでは優等生 前向きにはスイスイ歩いた、 後ろ向きに歩いたら転びそうになるから。

入院中はお騒がせの暴走族だったけど、順調に快復して 転院予定のリハビリ専門病院では「普通の生活で自分でリハビリしなさい」てことで その日のうちに『スイマセーン・クビになりました・・・」と、元の病院へ逆戻り、「マジで~?」先生も婦長さんも みんなびっくり、このオヤジまた来たの??・・転院どころか元気溌剌のアウトロー、予定通りいかない不良オヤジだったが 最後まで笑い話なら・・・こんな幸運はめったにない、有難いことである。  それから一年 一人ぼっちのリハビリが寂しい泣き虫オヤジになったりしながら 今日まで無事にやってこれたのもみんなのおかげだ。  先生と看護師チームと、優しい友人たち、みんなに感謝を込めて こんなに元気になったのを見せてやりたいよ、悪戯好きの神様がシナリオを作るなら これからは神様を笑わせてやりたいよ。  病気の話はもう終りにしたいよ、何もかもみんな忘れて卒業することが みんなへの御恩返しだ。 でも先生や病棟のスタッフみんなのことは忘れない、なんてったって命の恩人だから。      

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    日本シリーズ巨人優勝 第五戦を観てオラが感じたことは 投手日ハム藤井、巨人ゴンザレス・・・これはヤクルトの紅白戦かと思ったよ、小笠原は元日ハムだし、ラミちゃんも元はといえばヤクルトだ。

勝負事だから どっちが勝っても良いが ここで大事なことは 巨人ファンは唯勝ったことで喜んでいてはいけない。 巨人が今年やっと育ってきた自前の若手選手、坂本、亀井・・この先 松井がアメリカから戻って巨人へ復帰するとか 一流の選手を獲得することで 坂本、亀井の出番がなくなることが心配。 下手すりゃ近い将来ダルビッシュが巨人のユニフォーム着ているかもしれない。  日本のプロ野球がイマイチ進歩しないのは そこのところだ、何度も言ったけど。  アメリカもワールドシリーズとは図々しい、ヤンキースと巨人で決着つけるのが 本当のワールドシリーズだよ。  稲葉はいいバッターだ、オープンスタンスの構えがいい、ボールを上から叩くのがうまい。 ラミちゃんの素質は野村監督がずっと前から評価していた。  小笠原はフルスイングが印象的、 広島の衣笠さんを思い出すね。 全てフルにバットを振れる選手は一流だ。 現役時三冠王の野村さんは 何だかんだ言われても名監督だね、指導技術も一流だ。  今年は巨人も若手の一流選手が育ったんだから ま・いいか、である。  言いたいことはまだあるが また長くなるからやめとくよ。

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去年の夏に比べたら

◆葉っぱ踏み踏み

どうでもいいことを いつまでも憶えている、肝心なことを忘れる、ボケのチェック項目に昨日の献立が出てくる、昨日食ったものを記憶するのが肝心なこととは知らなかった、昔のどうでもいいようなことが自分には大事な記憶、心に何時までも残る傷跡のようになってしまう。

涙で聴く曲がある、思い出の映画がある、それがいくつもある、

それが時々やってきて私を泣き虫オヤジがにする。

憎い・悔しい・許せない 忘れられない・忘れたくない出来事がある。 これじゃバカな女の怨み節じゃん・・!?・それに気が付いて一人でクスクス笑う・・・、バカだねーオレも・・・、過ぎし日の葉っぱを今日も踏みながら歩く、これも巨泉のパクリではないか、ホーントにバカだねーオレも・・・。

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6月、去年の今頃は もう狂った夏が始まっていた。暑い 暑い夏だった。 雨が降った、ザァーザァーと長く降り続き、洪水の被害が出るほど加減知らずに大量に降った、夜は雷がヤッカマシィく鳴る、晴れれば暑い、四十度はザラの猛暑の夏、今年もその予感がする。

桜吹雪の日に退院してから ナニクソ・ナニクソ・チクショーメ・・と、燃える緑の山道を勝負の気分で歩き続けた。 自分の歴史で こんなに歩いた夏はなかったよ、あのパワーはナンだったの? 実力以上のパワーだったような気がする、バカだから自分の実力を把握してない、バカの程度も自覚していない。バカだからあんなに歩けたのかもしれない。それが幸運だと皆に云われる、生きているだけでも幸運なのに何でもできるのは宝くじ当ったくらいの幸運だという、

幸運なものか、幸運だったらこんな病気にならないよ。 いつ死んでも不思議はない、気弱な心に不安が付きまとう。 ついてない・・・と思うことが悔しかった、あのままあの世へ逝ってたら、この街に来てからいいことなんて何もなかった、♪ 幼い心に秘めた空しい涙の捨て場所を 探してみたい遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で・・・ ガキのころから泣きたいことが沢山あった、ナニクソナニクソと泣かずに辛抱してきた、泣いておけばよかった、今になってこんなに泣きたいのなら・・・そんな思いになる自分が哀しくて、そんなのイヤだ、ならば根性みせてやろうじゃねぇか、財産もないが借金もない、貸し借りなしのチャラだから いつでも命賭けの勝負してやる、売られた喧嘩なら買おうじゃねぇか と、なにかにつけて好戦的で そのくせ一人になると泣き泣き歩く、 去年の今頃はそういう考え方であった。  人生は半々(fifty-fifty)・・・悪いことばかりではない、悪いことの分だけ良いこともある、生きているのが良いことならば その分だけ試練もあると思うようになったのは 最近のこと、ちっとは進歩向上したのかもね。 肉体が良くなるほどに 気弱な自分が情けない、同じバカならば明るいバカでいこう、 葉っぱ踏み踏み毎日歩く この道は去年と変わっていない。        

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love is a many splendored thing ウィリアムホールデンの慕情、ビビアンリー「風と共に去りぬ・・・」昔の映画音楽まで思い出して、よーし、頑張ろう、南北戦争の荒波に飲み込まれ、踏まれても倒れても 何度でも起き上がる、スカーレットオハラは雑草のように挫けない娘だった、「風と共に」の気概でいこう・・と、勇気づけられたりしていた。  今年も雨の季節が来た、去年と同じ葉っぱを踏みながら歩くこの道は これが私の大好きなマイウェイだ。

ところでホーデンはタマタマ、ウィリアムタマタマ、コブクロは子袋(卵巣)のことだ、オラはホーデンのほうが旨いと思うけどね。 因みにハツ心臓、ガツ胃袋、センマイ腸・・・砂肝etc.ヤキトリ屋のモツ焼きはこのてのゲテモノコリコリ系が好き。最近は体調が悪かった、 尻の辺りにオデキができて それがパンクしてパンツに血がついた、生理が来たのかしら? ウソ??? 将来子供ができたら どーしよう? 出来るわけないでしょ・・・???? ??? でも間違いなく俺の子だ、そんなこと云うとバカだと思われるよ、自分も思ってるから大丈夫、

でも 万が一にでも妊娠したら 俺は産みたい、誰が何と言おうと絶対産むよ・・・、根性で産む?・・・普段から八ヶ月くらいの腹してるのだ??????女に出来て できないはずはない、マタニティオヤジの実力見せてやる・・・、女性を蔑視してるでしょ、いいえ尊敬してますけど、気合入れて踏ん張れば出るでしょ、便秘の時より楽でしょ、絶対にオレでもできる・・・????少子化社会に貢献したい ????   

結局シモネタやってるじゃん、誰の子?の問題ではない、いい加減にしなさいよ、カーチャン機嫌悪い、険悪な空気が漂う、いくら型破りのデンヂャラス爺でも子供まで作ったら それはまずい、家庭争議の種になるようなことまでしたくない。

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◆読者様へ 

近況 大病から生還して もうすぐ一年半になる、検査の結果も良好で 肉体的には経過良好、そろそろ卒業宣言したいくらいであります。  泣き虫病があるうちはまだ完璧ではないが この夏も肉体を鍛えて アタマを使って、昨日の晩ごはんのおかずは何だったか記憶する習慣をつけようとしています。  去年から みんなに心配かけて悪かったが 大丈夫だよ、定石無視のオヤジだから 間違って 将来おめでたもあるかもしれない、元気だから・・・・大丈夫だから・・・・(^.^)一人の体じゃないから無茶しない、大事にするよ、尊い命を授かるかもしれないのだから・・・?(真に受けないで下さい・・・ジョーダンですから・・)

◆6月28日 KING OF POPマイケルジャクソン急死、世界中に衝撃が走った、一日中マイケルのニュース、「青春が消えた」「打ちのめされてます」「とても辛い、彼と共に育ったから・・」ファンや各方面から悲しみのコメント、マイケルのデビューの映像を始めて観た、史上最も成功したエンターティナー、・・・偉大な才能を失ったとは 寂しいけれど 個人的には「衝撃」はあまりない。 世代が少しずれているから オラにはEプレスリーの時のほうがショックだった。 昔からの映像見ると マイケルはフィンガーファイブの元祖だね、田原の俊ちゃんはマイケルに影響されて脚上がるから人気者になった。 歌は史上最も下手な素人だけど・・。 今どきは集団で踊れば売れる、テンション高ければヒットする、芸能のスタイルに影響を与えたマイケルは そういう意味では立派である。 偉大な才能は人の人生に影響を及ぼすこともある。

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昨夜はテレビで昭和の歌をやっていた、昭和を振り返る音楽番組が増えているのは 現代社会が「昭和」の良さを見直したのだろうか。 ヨコハマの曲「追いかけてヨコハマ」「ブルーライトよこはま」「ヨコハマたそがれ」「伊勢崎町ブルース」・・・

ヨコハマは大都会の港町だからだ、洗練されたロマンがあるからだ。 ヨコハマの船乗りはタオルの鉢巻していない、要するにダサくない、 追いかけてエバラキ、追いかけてフクスマ・・・、追いかけてトツギ??ダッペ?・・・ヨコハマでなければ 似合わないよ。 ヨコハマの港には 耕運機はない、畦道も畑もない、ウンコ溜めもない。 カッコイイ兄ちゃんとキレイな姉ちゃんがお洒落なバーで恋を語る素敵な都会なのジャ、心に響く歌にはそういう背景が必要なのだ。(以上 音楽評論家不良オヤジの評価であります)

 

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大丈夫だから(その三) 60歳のラブレター

60歳のラブレター 抜粋

 58歳❤

ゴリちゃんがいなくなってあと少しで一年です。   私は初めて経験することがたくさんありました。  胸がはりさけるって、こういうことだったんだ・・・実感。・・(中略 )・・・・定年退職後、自転車で二人で出かけたランチ、ラーメン屋さん、パスタの店・・・前を通ることができません、今もかな。 でも 今思うのは逆じゃなくて良かったということです。 こんなに切なくて辛いこと、ゴリちゃんなら きっと耐えられないと思うから。 ・・・(略)

② 83歳◆ 芳枝へ 病院の窓から点滴の装置に手をかけ、首を右に傾け、手を振っていた姿が 今も目の前に現れて滲んできます。 告知していれば、それはそれで後悔になっていただろうが、どうしても言えなかった。 お前は精密検査を終えたら帰れるんだと笑った。 そのときのあどけない顔が 今でも私を苦しめる。 私を呼ぶとき、ツメでベッドの金具をたたく音が耳から離れない。 待ってろ、もうすぐ行ってやる。

沢山ある手紙の中から自分流に大賞を二通選んでみました。(選考基準、涙のツボに嵌る時間が速かった)団塊世代が感動で涙する中高年夫婦の互いに感謝の言葉に溢れた手紙集、最近は映画にもなったそうで・・・・

5月13日、オラが泣き虫おやじになっていることを知っている友人がこの本のコピーを送ってくれました。 これはブログのネタになる、有難く拝読しました。    先に逝ってしまった伴侶へ感謝のメッセージ、心温まる素敵なラブレター、ほんわかとした文章・・・やがてジーンとくる。          アラフォーなら まだ充実期、アラウンド60はアラカン(還暦)? その上はアラコキ(古希)? 80過ぎたらアラアラ・・・??になるのかどうか知らないが、この手紙を書ける先輩たちは 素晴らしい、「恋」をしている!   ①は女性、②は男性、内容も文も若く 男らしくてカッコいい、恋をすると人間はこんなにも優しく潔くなれる、人を愛する心に定年や引退はないのです。 

タイトル聞いただけでも 読む前から涙の予感。  読む度に涙を拭って、何度読んでも 一人で泣いている。 「ダメだねー、また泣いてるの? バッカみたい・・・まだ病気は治ってないね・・・・、」私に一喝入れながら 読み終わったプリントに目を通すカーチャンも涙を拭っている。  バーカ・そっちも泣いてるくせに・・・!

オラたちの世代では 涙するのが平均的な感情だけれど 中高年のアイドルきみまろさんは 中高年の悲哀を笑いに変えるから これまたスゴイ!

(きみまろネタPIC UP3)

①出逢った頃の君は 可愛いかった、食べてしまいたいくらいだった・・・あれから四十年、あの時食べておけばよかった・・・・?!

 カツラは寝るときも被ってるの? 寝るときは被ってませんよ・・・?・・・寝るとき被ってるのは下だけですよ・・???・何を勘違いしてるんですか、! お布団ですよ。   カツラ脱いでみせて・・!? 冗談じゃありませんよ、脱ぐくらいなら被りませんよ、

パンツ脱ぐより恥ずかしいですよ、パンツ脱いだら毛が出てきますよ、カツラ脱いだら何も無い、湯気しか出てきませんよ・・・!

③中高年、髪の毛抜ける 歯が抜ける・・・抜けないのは疲れだけ。

まだある、記憶も抜ける・・気も抜ける! 五十年昔 彼女とデートして食べた天丼の味は憶えていても 昨日の晩ごはんは何食ったか忘れてる?!   私の場合は 最近この傾向が顕著である、 さっきごはん食べたのに 何を食ったっけ・・・? 食ったことが解っているならまだ大丈夫らしいが 自分でも心配なのは 食ってもいないのに歯を磨く、その後寝る前にまた歯磨きして・・・忘れたことも忘れてる・・・?! 食ったことを忘れるのはマニュアル通り、食ってもいないのに歯を磨く、まだ食ってないということを忘れてる(^.^)・・・? ちょっとややこしいけど・・・この調子なら本格バカ! 長生きできそうだけどね。

50TVの画面

この鳥はゴジュウカラ・・・シジュウカラというのは聞いたことあるがゴジュウカラというのもあるのです。  

◆ラブレター・オリジナル  一緒に歩いた大事な人へ

高輪の伊皿子坂を登りきって 東京湾の夜景が見渡せる高台に小さな公園があった、亀塚公園、憶えていますか、毎晩二人で歩いた思い出の公園だ。  若かった、毎晩会わずにいられない、激しく燃える炎の恋だった。  東京港の夜景を眺めながら 夢を語り合った。 プラタナスの大きな木の幹に寄りかかり 長い長いキスもした。 夏場は脚を蚊に食われてボリボリ掻きながら・・・・わけの分からないことで涙するあなたに 「明日がある、泣いてる場合か、大丈夫だ、二人で頑張ろう・・・!」と渇を入れて 生涯二人で歩いてゆくことを決意していた。  愛しあっていた、これほど真剣に愛し愛されたのは あなたが最初で最後だ。  

(きみまろバージョン)可愛い乙女だった、食べてしまいたいくらい可愛かったよ・・・・・、あれから四十年、今度は「六十歳のラブレター」を読むたびに 大丈夫か・しっかりしろよ・・・と立場逆転して渇を入れられているのはこっちのほう。  きみまろさんのネタと同じだ、あの時食べておけばよかった。  去年の大病以来、闘病記の記事は大半があなたへの感謝状になってしまった、ラブレターに投稿して「大賞」を狙うなら もっとドラマチックで美しい内容にしないと・・・、公園のベンチで蚊に食われた場所を正確に表現したら またシモネタになるから、 痒い痒い・・・が 足元から奥地まで及ぶ、縞々の悪い蚊がいたから?{♪あなたが(蚊が)噛んだあそこが痒い、昨日の夜のあそこが痒い?❤}痒いからって・・・ムヒ塗ったりしたら大変・・カアーっと燃えて走り廻る。

 ラブレターはいくつになっても美しく清純でなければいけない。  若くキレイな時は ラブレター書いてるヒマなんてなかったが お互い長く生きてきたから・・・色々あったけど まずまずだった、もう少し、アラウンド80に到達するほど頑張りましょう。 また今年も鍛錬して復活する、大丈夫だから、すぐに元通り元気になるよ、あの公園へ行って蚊の思い出を語り合うのもいいね。 今度は虫除けにキンチョールと痒み止めクリーム持って、長いズボンで 蚊に喰われないようにしましょう。 もうオラたちは旨くないから無駄かもしれないけど・・・(^.^)

蚊に喰われるうちが「花」なのよ。

昨夜はテレビで昭和の歌謡曲番組をやっていた、横須賀ストーリー・山口百恵ちゃんの歌声が聞こえたら もー懐かしくて 寝ていたのに起きてテレビのところへ行ってしまったよ。  東京湾の景色は 横浜の高台から見る港の夜景も 高輪の公園から見る夜景 (今ではレインボーブリッヂも視界にあるはず)、晴海埠頭からの景色も・・・みな同じ。 

青春腕白時代を思い出させる懐かしき背景、これを懐かしむようでは もう中高年真っ只中なのかも・・・。

横浜は開港150年だとか・・・二・三年前からお祭りムードになっている。

何を基準に150年だってか? よく知らないがペリーさんの黒船が来てからだべ。

横浜は現代日本の玄関口、日本の顔・・・ということになるね、記念すべき年だからベイスターズも頑張ってもらわなくては困る。

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5月20日、CT検査と脳外科の診察日、暑い暑い・・・朝一でも暑くて大変、通勤電車も病院も・・・みんなマスクしている。  こんな時期に新型インフルエンザ大流行だから 暑くてタマランのにマスクして歩いたら具合悪くなった。 病院ではシャンとしてないと隔離されるか・・・?

CT検査は慣れてきた、靴履いたままでいいですよ・・・ホントに?このままでいいの?すみませんね・・・の感じでCTのベッドに横になる、動かないで下さい、三分くらいですから動くのだけ我慢して・・頑張ってください・・・。検査の先生の指示に忠実に じっと動かずに辛抱した。 息も止めていた・・・! 息まで止めないでいいですよ、??

やっぱり・バカじゃ?

診察室では画像見ながら・・・先生も笑顔で 前回と変わらない・順調です。

この調子で いきましょう、特に不具合とか・変わったことは?   付き添いのカーチャンが いつものように 相変わらずアホです、子供っぽくなった、涙と笑いが多くて、バカで泣き虫で・・・アタマの中身が抜けた・・・のかしら?  そうですね、これから詰め込んでください、「バカになった」の言葉を否定しない、しないどころか大賛成・同感・・・、詰め込んで・・とは? 空き容量が多いから勉強しましょう・・・ということになる。  詰め込み可能なバカなら ま・いいか、そこまでいければ幸せだ。 この一年、バカなりに苦悩もあったから、その苦悩が スポーン・・と抜けて 今 中身空っぽならば、その日がもう来ていたのならば 幸せだね。  

帰りにリハビリ室のそばを通った、入り口にあるトイレ、その奥に見える歩行訓練のトレーニングジム・・・・、懐かしの部屋だ、リハビリ先生いるかな? インチキしたり サボったり・・・ヤンチャで手こずらせた先生に今の元気な姿 見せたら また何かやらされそう? リハビリの最中にウンチしたいからと トイレへずらかって、先生が心配して部屋まで探しにきて、そのときオラはケーキ食ってる! ケーキ食ってやんの・・・!(先生がぼやくこと・・・イヤー・・悪かったね、ゴメンネ、先生の分も残しておけばよかった❤)入院中の想い出は 結局ウンチの苦労ばかりだった・・・?

花一杯の庭に この黄色が印象的だった。 去年と同じ花が同じ場所に咲いている、 またうるうるしてきたよ、バカは完治してないね。 バカだから治らないのか 死ぬまで治らないのがバカなのか・・・またややこしい? が、シモネタも自然に出るし、バカやってるうちはまだ生きているから・・・大丈夫だ。

◆余談 世界恐慌の次は新型インフルエンザ、世の中ドタバタしてる。 マスク業界は売れてしょうがない、ウハウハの大笑い? 六十歳以上の年寄りに感染者が少ない・・・?若い人ばかりが感染するのは 今回のインフルエンザは新型でなく旧型なのかも?という説もある。年寄りは既に免疫があるのだ、何れにしても風邪ひかないように手洗い・ウガイ・マスクの着用を心がけましょう。 バカは風邪ひかないらしいけど 新型は・・・バカでも感染するかもしれない。 

Photo_2          ◆また余談  検査の受付には いつも元気ででメッチャ明るいナースちゃんがいる。

カウンターで待っていると 奥から出てきて「イラッシャイマセー・・・!」ときた。  去年から同じパターン、こういう陽気な人はいいね。  こっちも反応早いから 「ナンジャ?・・ここは何処ジャ?」と 突っ込みいれたくなる。  帰るときに「ゴッチソウサマー・・・!」と一声掛けると 「お大事に・・・」これは標準的、「まいどありがとうございましたー・・・」と云ってくれたら完璧だった。  最近はこの傾向が社会一般的である。 郵便局、役所関係、駅の事務所等・・・公共の場でサービスが良くなった、社会が優しさに溢れている、

笑顔で愛想良いのは平和でいい。  威厳や格式・慣習に拘ることはない、 暗くなりがちな病院が どこでもこれなら いいかもしれない、治ったような気がしてくる。  学校の校門で校長先生が これやってたらどうか? お寺・葬式の受付では まだ見たことないが。   

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眼科卒業

5月11日 眼科の診察、半年振りに病院へ

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横浜の街朝の景色が清々しい緑の背景に代わっていた。  新緑の季節です。 正面に見える三角橋、この先が病院だ。

Jra 橋の上からJRAウインズも見える。  去年のことなのに なんだか懐かしい景色・・・?

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この道に去年4月退院の日は桜が満開だった、 もう若葉の並木路になっている。

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◆視力は左1.0右1.2・・・順調です、世の中が明るく見える。 一昨年手術を決意したころは 世の中が霧の中だったのに・・・ 怖くて大騒ぎして手術後にオシッコちびりそう・・?! もう二度とやらねぇ! やらなければ死ぬ・・二択ということになっても オレは死ぬほうを選ぶ・・・・、最大の恐怖体験が 今では淡い思い出の中に もうちょいで忘れそうに薄れている。  凄く良いです、何か問題ありますか・?・・近距離で先生と目を見つめあいながらの問診に 「何もありません・エレガントな先生が良く見えます・・・ボクは今 幸せ!」 「ウソも上手になりましたね  また何かあったら・・・何時でも来てくださいね、 これで次回の予約もなく 「卒業」ということになった。  若くて美人でアタマいいし、スタイルいいし・・・優しい憧れの先生とお別れするようで 何故かちょっと寂しい気持ち。  何かあったら・・・では困るけど ゴミが入った程度の「何か」があって、また来てみたいよ・・・・プラス思考とは こういうものの考え方だろう、いつも一緒に診察室まで付き添ってくれるカーちゃんも 入院中は毎日通って 大変だったよ、「最悪の事態?」の覚悟も心の準備も出来ていた、紙おむつをカートンで買ってきて自宅介護の準備まで整っていた?(死ぬまで介護の準備? それではオレが悪い奴すぎる、そうならなかったのはあなたの超能力?! )・・・だって・オムツはカートンのほうがお買い得だから?・・・ 女房は強い!・・・地下鉄が開通する前だから 夜遅くに帰ると バスはないし、あたしゃ疲れたよ・・・退院から一年過ぎて まだ二人でこの道を歩く。  オラはまるで孫悟空、カーチャンの手の平の中で この一年暴走していた?  苦労かけたね、ありがとう、・・・・今回だけのことではない、共に歩き始めて四十余年、オラがどんなピンチでも 常にマネージャー兼守護神?カーチャンの存在に支えられていた。オラの肉体のあちこちで勃発していた紛争が これでひとつ解決した。 戦いのひとつが終った、嬉しいことなのに これで病院へ行く「楽しみ」が無くなった! このすき間風のような寂しさは?・・・。来年も その先も 全ての戦いが終息の日まで 前向きに・笑顔で・・ガンバロー(^.^) 今日も元気で更新しながら 脳のトレーニングしていられるのも みんなのおかげだ、一番迷惑かけた我が最愛の伴侶、カーチャン、オレにはいつもあなたという 強ぇ味方が あったのだ!(妻讃歌・赤城山バージョン)、 改めて感謝状を贈呈しなければならない、と思うのでありました。

日曜日は母の日、母の日はオラの母の命日だ、春4月~5月は 自分には「別れ」の季節、昭和の時代に経験した哀しい思い出が沢山ある。  そして今回 眼科の卒業も「別れ」のひとつ、よき思い出にしておきたいね。    突然に・あまりにも唐突にカーチャンにゴマ擦ってるわけではない?  確かにウロチョロと美しき先生に憧れておりましたが 心の若さ故ですから 純粋な男の素直な憧れですから・・・(^.^) 一つの戦いが終ったから・・・一番近くの大事な人へ 溢れる感謝の意を 表明したいのであります。

I love you ・❤・・ ブログで世界中に公言できるのは カーチャン

あなただけですから・・・I love you ,  I need you, my sweet heart.

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◆ 余談 昨日観たテレビドラマ「ナースのお仕事」で 面白い場面があった、観月ありさのドジで明るいナース朝倉、朝礼でリストラの意味が解らない、「リストラってなーに?」「リストラ・・は、人員削減のこと、あんたが一番危ない」「じんいんさくげん・・・? にんじんひゃくえん?・・・」食うことしか考えてない・・・?! 近頃珍しく大笑いのネタになった。 朝倉さんほどキレイではなかったが 去年入院中に昏睡から醒めて 初めての晩御飯、担当のかわいいナースちゃんが隣に座って 食事の介助をしてくれる。 ボケオヤジだからこれはいい・・大サービスだと 満足だった、茶碗蒸しの小鉢のふた開けて「あら・ら・ら・・・・このタマゴおいしそう・・・、残さず食べないとダメよ・・」こっちは反射的に口を開けてるのに スプーンに半熟のタマゴを乗せて 自分の口へパクリ・・・?!  口開けて待ってるオレは惨め。  アレ?それ・オレのだろ、おまえが食ってどーすんだよ・・・。 こんな小娘におちょくられてたまるか。 食わなければ死んじゃうよ、箸を使って猛スピードでパクパク食った。  もーアッタマ来た! 翌日からゴハンの時間になると 争奪戦?、隠すのもセコイから 目ぼしいものは先に食うことにした。   アイツ来る前に食わなければ?! これはオレのゴハン、喰われてたまるか・・・! セコイ闘争心に燃えていた。  現実の病院でも 食うことに関するドラマは色々あったのです。

悩んで解決する悩みやトラブルなんてない ガバーッと呑んでガーガー眠れば 時間が解決してくれる・・・・・(仕入れたばかりの名言)

ところで横浜ベイスターズの勝った試合、去年から見たことない?! 巨人戦で村田のさよなら押し出し死球・・・これ観たかった。 これぞ四番、デッドボールでも決められる。 バット振らなくてもおなか出してればボールが当ってくれる、今年もまだまだ優勝狙うぜ❤

 

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ほんの小さな 日々の出来事

近況報告

(サボテンの花)

 ほんの小さな出来事に 愛は傷ついて 君は部屋をとびだした   真冬の空の下に 編みかけていた手袋と 洗いかけの洗濯物  シャボンの泡が揺れていた 君の香りが揺れていた  この長い冬が終るまでに 何かを見つけて生きよう  何かを信じて生きてゆこう この冬が終るまで

テレビドラマのエンディングに流れた曲、いい曲に出逢った。  哀しい切ない歌詞だ、たまたま見たテレビで 初めて聴いた曲なのに 何故か古い昔から知っていた歌のような気がして 懐かしい曲のような気がして なんか分からないが 心に響いて涙の虫が目を醒ましてきた。

「神田川」の雰囲気、 昭和のオラたちの神田川世代は 皆同じような想いで受け止めてしまう。  サボテンの花も神田川も破局の青春を想わせる。  神田川のジーンとくるところ 「若かったあの頃 何も怖くなかった ただ あなたのやさしさが 怖かった

これも昭和の名曲だね、うまいこと云う・・・ジーンとくる歌詞だ。

自分に当てはめると 去年からの闘病は 一年の時が流れて「ほんの小さな出来事」になればいいと思う。  去年の5月、燃えるような若葉の季節には リハビリを意識したウォーキング、昨日歩いたから今日も歩く、明日のために今日も歩く・・・歩かなければ明日がない・・・ような気がして、歩き続ける毎日であった。  泣いたり笑ったり 一人で大騒ぎして周囲を巻き込んで 過ぎてしまえば昨日のことのような一年間だった。 いつも前向きだったから 何だかんだ云うほど大変でもなかった。  バカだから良い方向ばかり見ていた。

二月にはシルバーのお仕事に復帰するまで快復した。  横浜の古い街のマンションのお掃除、住人も近隣の同業者も 見知らぬ街の人たちはみんなやさしく受け入れてくれたよ。 再び拾ってくれた会社への義理を果たそうと あちこち痛めながら 寒さで風邪を引きながら それなりに三ヶ月頑張ったよ。 ボランティアでも何でも良いのだ、今日までのヤンチャの せめてもの罪滅ぼしに 街をきれいにして 人のためになること 社会に貢献できることが喜びだった。

4月30日 現場で世話になった人たちにお別れの挨拶回り、ちょっぴり寂しくなりながら 「お世話になりました、ありがとう」協力的な住人は「こちらこそきれいにして頂きました、ありがとうございました、どうぞお元気で・・・」短い期間でも温かい思い出が生まれる、互いに感謝のことばを交わし、それが心に響いて また涙がほろり・・・。 

こんな小さな日常の会話にも ひとつの闘病の記録に残る、小さな出来事の終りには いつも「ありがとう」があった。こんなことでも感動する バカオヤジには大切な思い出だ。

協力的な街の人が花壇に花の苗を植えながら 「ここに犬がウンチしてそのまま行っちゃうんですよ」それじゃ その犬が今度来たらウンチ投げてぶつけてやれ・・・、「飼主に言ってやります」 どこの街にも正義に燃える熱血がいる。

5月から またフリーになって腰痛が落ち着くまで 元の閑人に戻ることになった。 

一日一日が ほんの小さな出来事が みんなありがとうで終われたら いいね。

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(不良オヤジの雑学)

5月1日 木枯し紋次郎が復活、あの懐かしいテレビ時代劇を観た、

誰かが風の中で

どこかで誰かが きっと待っていてくれる  雲は焼け道は乾き 陽はいつまでも沈まない 心はむかし死んだ 微笑には会ったこともない 昨日なんて知らない 

今日は旅をひとり けれどもどこかで おまえは待っていてくれる   きっとおまえは 風の中で 待っている

木枯しの紋次郎、上州新田郷三日月村 極貧の農家に生まれ口減らしのため間引きされそうになった。 12歳の姉が生まれたばかりの乳児を抱いて山へ逃げた、翌日村祭りの日に戻って この子は今日生まれたとふれ回る、お祭りの日に生まれた子は間引きしてはならない・・という村の掟があったため 間引きを免れる。  あっしにツキがあったとすれば 姉ちゃんに助けられたこのときだけだ、生まれる時からの死に損ない、母に殺されていたかもしれない。 十歳で家を飛び出し無宿渡世人の人生が始まった。

「あっしには関りのないこと」 トレードマークの長い楊枝をくわえボロボロの三度笠に道中カッパ、極度の人間嫌い、人を信じたことはない、愛したこともない、無愛想で感謝したこともされたこともない、人と交わりたくない・・・、昭和の時代にこのテレビ映画観ていたころ、好きだったね。 これが男だ、格好いいと思った、強いカッコいい男だと憧れていたね。

原作と映画と よくよく観ると つまらねぇ男なんだけどね、ヤクザ者で喧嘩が強いだけで 他には何の取り柄もない、世の中を歪んだ目で見ている、人間の優しさを知らない、生い立ちから人の世の悲惨な暗い部分しか見ていないから・・・不幸な男だ。 

あっしには関りない・・・と云いながら毎週人助けして 弱いものの味方になって、関ってばかりいるけどね。 関らなかったらストーリーにならないから。  何も生産できない不器用な男だが喧嘩のための工夫はしていた。 紋次郎の道中カッパの中には鉛の板が何枚も縫いこまれていた、鎧の原理である、闘うときにこのカッパに身を包むから斬られても怪我をしない。  鉄や鉛を何枚埋めていたか知らんが 相当重いはず、体力も腕力も強い、一人でも平気、精神的にも強い男だと思っていたが、きっとおまえは風の中で待っている・・・この歌を改めて聴いて ふと思ったのは やはり人の優しさが恋しいのだ。  弱く寂しいところもあるから そこらへんが日本的でカッコイイ・・のだ。

どこかで待っている、風の中で待っている「おまえ」とは 「ありがとう」の言葉、ほほえみ・・・そういう人間性、心のふれあい・・・その種の漠然とした心温まるもの・・・を指しているのだ。 絶望しかないような男にも 「夢」があるから旅を続けているのだ・・・と解釈してみたいのです。  

ところで彼は何故「関りになりたくない」のかしら、 先日仕事した現場を別れるとき 「ありがとうございました」の挨拶に「こちらこそありがとう・・・」 これが嬉しくて感動する。  あっしには関りないですから・・・なんて云ったら 失礼だよ、人の好意を受け入れなければダメだよ。 オラは弱いから人に関りたくてしょうがない、紋次郎のようにカッコよくないから。  紋次郎は弱さを見せたくないのだろう、見知らぬ人に隙を見せてはどうせろくなことにはならねぇ・・・それがポリシーなら 人間社会には適応できない、価値のない嫌な野郎だぜ、悪いことばかりじゃねぇんだよ・・・と言ってやりたいよ、去年の大病から一年、今年も強い心で精進して、「あっしには関りのないこと」紋次郎と違うから あっしにはそれが言えない、そういうところが紋次郎の強いところだけど お友達にはなりたくねぇよ。

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必殺仕事人も・・復活している。 最近はテレビ映画にも昭和のロマンが見直されているようです。  木枯し紋次郎は アランラッドの西部劇 シェーンに似ている、紋次郎は流れ者のガンマン シェーンの日本版だ、アナログな話ばかりになってスマンが あの感動のラストシーン、子供の頃に見た映画が まだ強い感動で記憶に残っている。  「シェーン・ゴメンよ、 戻ってきてよシェーン・・・」あの子供が 一人去ってゆくシェーンの後姿に向かって叫ぶところ、地平線の彼方にはロッキー山脈の景色が 雄大で美しい。 弱虫・・・と罵られても何も反論しない、強いのに強がらない、さっさと悪者を倒して あっしにはかかわりのないこと・・・木枯しの紋次郎と同じパターン、「ジョーイ・真っ直ぐで 強い男になれよ、ストロング・ストレイト」少年に励ましの言葉を残して、ひとり風のように去ってゆく・・・、あれ・しびれるねー・・・カッコイカッタネー、あれが男だねー。☆❤(^.^)   昭和の青春、若者たちの情報源は映画が主流の時代だった、心がもぞもぞする名作が沢山あった。 「シェーン」でネット検索するとYOU TUBEで カムバック シェーン・・・同世代の読者には嬉しいあの感動のラストシーンの映画観られるよ、遙かなる山の呼び声call for far away hill・・あのテーマ曲も聴ける・・・、(重くなるから? ここには貼らないけどね

5月の連休になって 忌野清志郎の訃報、オラもロック世代のはしくれ、なんか寂しいね、坂井泉水さんの時は元々好きだから ファンだからショックだった、あれからどこかのネジが緩んで泣き虫オヤジになってしまった。 あっしには関りのないことだけどね(^.^) 清志郎もいい歌あるぜ ♪昼間のパパはいい汗かいてる 昼間のパパは光ってる 昼間のパパは男だぜー・・・男は子供たちにこんなこと思われるパパになりたいね、オレはそのパパのパパだけど。

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大丈夫だから (その二)

もうひとつ大きな闘病歴があった。 劇症肝炎、25年も昔の話になるが

このときは 初体験だったが絶対安静の赤札の個室で「死」を意識するほどの激痛を味わった。  

四月の下旬、連休を控えて心うきうきの最中 突然の体調不良で緊急入院、一日三本、点滴の毎日だった。  今夜が峠、乗り越えるか否かは本人の体力と運次第・・・全部連絡してください。 (「花のはなし・花のうた」のカテゴリ「いのちを見つめて」のつづき)入院2日目、激しい腹痛が来た、痛い・苦しい・・・散々苦痛を味わって 鎮痛剤の注射でやっと鎮まったとき、つききりで看病する妻の手を握りながら そのぬくもりを感じたときに 喜びも哀しみも幾年月、二人で分かち合った痛みの積み重ね・・そんな感情がこみ上げて急性泣き虫病が始まった、「オレ いい子じゃなかった、ゴメンね・・・」よく解らないが痛みが治まった安堵感で 急に気弱になり日頃の悪行を反省する言葉が 大粒の涙になっていた。 「いいの・泣かないの・・・、もう 大丈夫だから・❤・」

カーチャンの優しい言葉に 何故か涙ポロポロになった。

そんなことでうるうるしているうちに 担当の看護婦さんが見たこともないような大きな注射器を小脇に抱えてやってくる、「何じゃそれ・・・、オレもう大丈夫だから・・・治ったから・・・帰る、もういいですから・・」

あんなバズーカ砲みたいな注射されたら大変、本人は逃げ腰どころか もう帰り支度を始めた。 「お薬ですから、困ります、私が困ります・・・」「オレは結構ですから・・・、また今度にしましょう」「絶対にダメです、お願いします、言うこときいて・・・」「遠慮します、ホントにいいですから・・・」 「私が注射下手だから・・?」「そんなこと思っていませんよ、」「ウソでしょ・・」「ウソ・・ですけど・・ちょっと今 取り込み中・・だから明日にして」「やっぱりウソ。今注射上手な人を呼びますから・・・話題を変えようとしてもダメ・・・どうしても必要ですから 絶対これさせてくれないと・私が困りますから・・・」こっちは困らない、オレは馬ではない、そんなでっかいの痛そうでヤダね、CT検査のときの注射もメッチャクチャ痛かった、泣きそうに痛かった、・・・当時はまだ造影剤の注射針が太い、足首の太い血管にブッチュー・・・、あれはホンマに痛かったよ。  ついにナースがナースコールで援軍を呼ぶ、「この人注射させてくれないの、だれか来て~・・・」まだ若い担当看護婦さんは泣きそうになって 何が何でも注射する決意である。 こっちのほうが泣きそうだよ、ドタバタと足音がして看護婦長と先生が駆けつける。 「どーしたの? なに揉めてるの?」これはヤバイ、ハナから敵は切り札で勝負してきた、もう逃げられない? 「解った、オレが悪かった、謝るから・・・ゴメン・ゴメン・ごめんなさい、・・・・」もう謝るしかなかった、

「なにを謝ってるの? 大丈夫ですから・・、注射は誰でも嫌いですけど、これは大事な注射ですから・・・今は いいお薬がありますから大丈夫、治りますから、大丈夫だから・・・」クスリを注射器に注入しながら婦長さんは笑顔。 核弾頭のミサイルに燃料を注入しているみたい。  ゴメンナサイ・・・と、謝れば中止になるかもしれない、空しい希望もここでは通用しない。 ミノファーゲン・・だったかな、最先端のお薬だった。

点滴の管の途中が枝分かれして そこから注射をしている、一分もかからなかった。

「ね、大丈夫でしょ、痛くなかったでしょ・・・、注射で泣かないでね、最近は小児科病棟でも注射コワイと泣く子はいませんよ、今夜はゆっくり休んでね、きっと良くなりますよ・・・心しずかにお休みくださいね、大丈夫だからね・・・おやすみなさい・・」

確かに注射はコワイけど オラそれで泣いてたわけではない、夫婦にしか分からない深い絆があったからジャ・・・。

「ありがとう、おやすみなさい・・・」感謝の気持ちでいっぱいになったよ。

なーんだ、それなら大騒ぎすることなかった、こっちも笑顔になった、みんな笑顔でその場は解散になった。 

◆蛇足 そういえば診察室で即入院と決まったとき、先生から「最近海外旅行されましたか・・東南アジアとか台湾・香港あたり・・・」要するに 外国でいかがわしいところで遊んで 肝炎に感染したのでは・・・? という問診だった。 オラ決してそんなことありませんから、なかなか信用してもらえない、誤解されやすいタイプ? 周囲から見ればワガママな、自分的には素直な言動がいけないのかしら? 冗談じゃないよ、外国の安物は食わないよ、モロッコの蛸より国産のアワビが好き、私はグルメ、クリーンな中年ですから・・・死にそうなのにアダルトには通じるシモネタやってる! ここでもナースたちの疑惑に満ちた冷たい視線があった。  そして退院の日、「検査の結果は合格です、全部正常、オシッコもキレイ、もう大丈夫だから・・・お酒も 少しならいいですよ・・(^.^) 、」ハイありがとう・・・喜んで帰るとき・・・「ちょっと・・・お酒 沢山はダメよ、奥様の言うこと ちゃんと聴いてね・・・」 あれから四半世紀、オラ酔うほど呑んではいない。  去年の春は二度目の大病を乗り越えて、もう5月、新緑の季節を迎えた、大丈夫だから・・・(^.^) 

先輩から後輩へ、熟練者から未熟な者へ、「大丈夫」という言葉は安心感と安らぎを生む言葉だ。

「大丈夫だから・・・」人から人へ笑顔が広がる、いい言葉だ。

孫とメールしながら 同じ記憶で心が通じたときも 「大丈夫だから」がキーワードになっていた。  「大丈夫」と「ありがとう」、日々笑顔が連鎖して 未来が輝いて・・・

地下鉄の広告にこんなフレーズがあった、メールでやりとりした孫と爺の未来は輝いている・・?! この言葉は 病気の時には特別に心温まる思い出に残る言葉、これからも沢山云ったり聴いたりしたい。

余談 

SMAPのくさなぎ君が 深夜赤坂の公園で酔っ払って騒いで公然わいせつで警察のお世話になった・・・昨日からニュースをやっている。 日本は平和だねぇ。

お酒の呑み方 今後はどうするか・・とか、成長して大人の飲み方したい・・・とか、インタビューしている。 バカだねぇ、まだ 酒の呑み方知らないだけだ、本人も未熟、周りが騒ぎすぎ、今後はどういう呑み方云々・・・酔っ払って パンツまで脱ぐからいけなかっただけだ、簡単なことだ、人に迷惑かけてはいけない、パンツ脱がなければいいだけだ、大丈夫だから・・・と 言ってやりたいね。

成人式に新成人が酔って騒ぐから 毎年問題になったりしてる。 これも二十歳になって急に飲酒解禁になるからだ、徐々に慣らしていけばいいのにね。 小学生の頃からお正月には盃一杯飲ませるとか・・・、教育の責任だ、正しいこと美しいことばかり教えようとしている、 汚れたことへの免疫力を養うのを忘れている、クソ真面目な社会もいけない、騒動起こしてから騒ぐのでは遅い、少しは妥協してやれば 自然と大人に成長するから。 

4月27日 クサナギくんのおかげで「裸になって 何が悪い」Tシャツがヒットして売れているという。 パンツまで脱いでゴメンネ・・・と付け加えればいいのに・・・(^.^)

◆再び余談 孫と爺のQ&A

Q池と沼の違いは? Aカッパがいるかどうかだ(これはTVCMでやってた)Q鯉は池にいるの? Aどちらもいるけど 落ちたほうにいる(Fall in love)  Q赤ちゃんはコウノトリが運んでくるの? A今どきそれを云う子は珍しいが 口の袋に入れて運んでくるよ・・・そりゃペリカンだ、ジッチャンコウノトリ知らないのだ、キャベツ畑から生まれるのもホント? Aあれは蝶の幼虫です。  Q風邪とインフルエンザの違いは? インフルエンザは豚も感染する   Q埼玉と群馬どっちがシモネタ A群馬 、 イチゴ・みかん・メロン大好き、木登り大好き、鉄棒得意の孫娘がチビの頃、皆におまえは猿山から拾ってきた・・・と云われ 猿に戻りたくない・・・と悩む、Q結婚てなぁに?  Aケツ(お尻)をコーンてするのが結婚だよ、今日はお泊りしてきなさい、一緒にお風呂入ってからネンネしよーね! なぁーんだ、ジッチャンは ただのヘンタイじゃん○◎▲❤#?? 孫娘はお風呂一緒に入ってるころが一番かわいい時期、爺の人格も認められていた。 バカだねー、温かくなったらこんなこと考えるようになった、だんだん調子出てきた?!・・大丈夫だから・・(^.^)  Q長生きできるかどうか Aバカかどうか・・

Qエレベーターとエスカレーターの違いは? Aおならしたらいけないのがエレベーター、Qエビちゃんとモエちゃんは? A首相が知ってるのがエビちゃん・・・

笑点のネタになりそう・・・? いい加減にしとこ   

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大丈夫だから

桜咲く道 青春腕白伝

4月になった、今年は随分桜の花に拘っていた、春分の日頃にはあちこちで開花していた桜、桜の写真を撮ってブログのネタにしたかった。 ところが3月はやたら風がビュービューで なかなかのんびりと出かけられなかった。  春は名のみの風の寒さや・・♪

とは よくぞ詠んだものだ。

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桜の季節で連想するのは 卒業、入学、新年度、旅立ち、出発、別れ・・・

成長の節目か人生の道標のように青春の思い出の景色の中には何故か桜が咲いていた。

去年の4月退院の日も思い出の背景は桜並木だった。 

一年前の最も新しい桜の記憶が 自分には特別な桜だった。  

桜は日本の春を代表する花、日本の風土に適合する桜には 誰でも特別な想いがあるようだ、  てことは 日本には桜が多いということだ。

私の場合 最も印象に残る桜は 大学卒業式の日、市ヶ谷から飯田橋まで皇居の外堀を観ながら歩く桜並木があった。 入学の時も卒業の日もあの道を歩いた、卒業の日はそのまま渋谷のバーまで仲間と祝杯挙げに行った。 自分としては「ヤレヤレ・・・」だった。  これで勉強とは縁が切れる、自由な世界が待っている! 入るのは簡単、出るのがこんなに大変とは・・・そこらへんが勉強になったよ? 何しろ授業は出ていない 教科書も買っていない、バイトばかりの四年間・・よくこそ卒業できたものだ・・と、普通の学生とは違う感覚で桜並木が記憶に残っていた。 三十代になっても 明日試験なのに教科書が無い・・・夢にまで見たものだった。 余程「勉強」が嫌いだったというより「好きでなかった?」ということか。 人気教授の講義を見学?にくわえタバコで講堂の一番後ろの扉を開けると まだ若く予想以上に強そうな先生が「コラー!タバコ吸ってるヤツは誰だ~!」凄い勢いで追いかけてきた、これはヤバイ?!とりあえず逃げた、靖国神社を通り千鳥ヶ渕を抜け そのまま銀座方面まで逃げた・・・。 疲れたが あの時も桜が満開だった。

学生時代の腕白伝はいくらでもあるが 今になると ほのぼのと心地よい記憶である。

ネタ切れしたら 小出しにするか。

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    孫とメール・今どきの爺と孫 大丈夫だから・・

4月1日は孫レン君の入社式の日だった。 最近孫との連絡はメールが主流になっている。 孫はメールの先生である。  孫は恋人のように愛しい、無条件でかわいいから 今どきの爺ちゃんは平成の携帯メール世代に遅れないようにと 向上心に燃えているのである。 今どきの孫たちがユニークだったのは オラの孫だから?「目の中入れても痛くない」小さい頃よく使ったセリフに「ホントー?!・・・なら入るからもっと目大きくして・・・」「おまえが小さくなれ・・・」魚食べたら泳ぎ上手になるから魚食べなさい・・「マジでぇ?」鳥食べたら空飛べるようになるよ・・・残さず食べたら大きくなるよ⇒鏡の前で大きくなるとこ見ている?

遊園地のジェットコースター降りてから 「あー面白かった、目が曲がった」「目が回った・・・だろ? 孫たちは 我が家の歴史に残る名言と腕白武勇伝のメーカーである。   かけひきもなにもない、気持ちを純粋に伝えるときに ユニークな名言が生まれる。  

彼のお誕生日、幼稚園のお友達男の子三人が来てパーティの席、ケーキ食べながらおっぱいの話題になった、「おっぱいは・・いいよな、な~んかいい(^.^)・・・」「オレも」「オレも好き」・・・全員意見が一致する、はるか遠くを見つめるような目でしみじみと語り合う!?  

おっぱいはいいよ、みんな哺乳類、おっぱい飲んで育ってきたから・・・おっぱいは永遠の憧れだ。  みんな男だぜ、素直ないい男たちだ。  五歳の男子が集まっておっぱい談義は かわいいよ、おっぱいは彼等のノスタルジア、いいよなー!どこがいいかって?・・あの味、甘さ、癒される、あのクッション?! 彼等がどこまで語ってもシモネタにはならない。

十年ほど昔、川崎から横浜へ引越してきた頃、レン君と二人で町田へよく遊びに行った、孫とジッチャン・・・相棒である。 彼は三年生、新学期の前日、玉川学園駅へ桜吹雪の山道を歩きながら 「明日から学校だ、オレ 大丈夫かな~・・・ジッチャンはいいなー、会社いけばともだち沢山いるでしょ、・・・オレ ともだちできるかなー・・・?」

転校生とは そういうところにも不安があるのだ。 小学校三年生の幼い心が 切ない不安で揺れている。

「そんなの大丈夫、すぐできるよ 心配すんな、簡単だよ、大丈夫だから・・」

翌年の3月、彼の誕生日には五人のともだちが集ってお誕生パーティをやっていた。

入社式の夜 おめでとうメールを忘れていた。 2日の夜 思い出して布団の中で携帯でメール

「昨日は入社式おめでとう・・・入社式はちゃんとスーツ着て行ったか、寝坊しなかったか、新社会人ガンバレよ、」「ちゃんとルーキースーツ着てネクタイもして行ったよ」

「今日はジッチャンも退院記念日だよ 」「そーだね、よかったね」「レン君もお仕事がんばれよ、一生懸命やれば早く覚えるから 早く覚えると面白くなる、面白くなれば力もついてくるから、大丈夫だから・・・、」「迷うことがあったらいつでもどんなことでも相談にのるから、ジッチャンは社会人のベテランだから・・、小学校のときもちゃんと友達できたろ、」「ジッチャンの云った通りになった、オレ よかったよ、がんばろうね、ジッチャンも早く治して・・一緒に頑張ろうね・・・大丈夫だから・」「ありがとう、もう遅いから寝るよ、明日寝坊して遅刻するなよ・・・」「わかった、がんばるよ、ジッチャンでよかったよ」「おやすみ・・ありがとう」大丈夫だから・・・はこっちのセリフだ、心温まる 安心する いい言葉だね、孫に使われてしまった。

別に~・・・、うん・・・、わかった・・・、結論しか帰ってこない会話、あの表現力のない いまどきの孫は メールだと自分の心を素直に表現してくれた、「ありがとう」と「一緒にがんばろうね」・・・、この文字に感激して また ちかごろの泣き虫オヤジの涙腺が もぞもぞしてきた。  彼等が大きくなるほどに金品を贈ることでしか孫との絆がないことに 少し寂しさを感じていたのが 言葉のやりとりで互いの本音を伝達できたことが感動だった。

「今日はありがとう、ジッチャンも元気になるから・・・レン君も もう大人だ、がんばろうぜ・・・、ジッチャン今泣きそう・・・もう寝るからな、おやすみ」

要約すると この程度のやりとりだったが こっちは携帯メール苦手な世代だから 四苦八苦しながら入力している。

しばらくしてから再び耳元の携帯が鳴る、「ありがとう、オレも今 なんか 泣きそう? どーしてかな?」「小学校の転校のとき 思い出したんだろ」「ビミョーに思い出した、どーして?」「大きくなったからだべ」

彼も同じような感動にしびれているのだ・・、と思った、あの「目が曲がる・・・?」あのチビが こんなに成長した・・・・・・、感謝したり おもいやる優しい気持ちも表現できる「おとな」に育っている。 孫からありがとう・・・なんて、ストレートに言われたのは初めてだよ(^.^) この程度で喜ぶ爺も たあいの無いものだ。  彼もジッチャンと歩いたあの桜吹雪の同じ景色の記憶が甦っている・・・、同じ感動を共有している、 孫への恋は今も燃えている・・・、それが感動だ。

心温まる いい気分で寝付いたころ また電話が鳴る・・・たった一言「お・や・す・み・・・(このあとは絵文字と記号ばかりで ?ワケワカンネェ)

タイミングの悪さも相変わらずだ、これなら大丈夫、彼も逞しく「おとな」への階段を着実に登っている。  泣き虫は弱いからなの?・・・そーでもないな、涙は弱い心から出るのではない、ふわふわして柔らかくて丸くて温かい気持ちから出てくるのだ、自然に出てくるのは心が大きいから・・・おっぱいはいいよな~・・・と同じだ。

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4月10日 桜はもう満開、関東では29度、今どきのお花見は日焼けするそうである。  4月2日、数年前に知り合った気の合う友人と居酒屋で生ビール呑みながら語り合った。 楽しいひと時だった、一年半前 同じ仕事をしていた仲間同士、彼が先に引退したが別れの日、握手しながら一年後 まだお互い生きていたら呑みにいこう・・・と約束が現実になった。 趣味や価値観、人生観が似たもの同志、心を開いて語り合える友人は何歳になってもできるものである。 あんたに逢えてよかったよ・・、握手しながら再会を約束して別れた。 肉体の老化は平等だ、心が若ければまた次もある、お互い心の若さを競い合って長生きしようよ、 短い期間の付き合いでも会ってみたい人がいる、三十年来の付き合いでも 互いに会いたくもない人もいる。 世の中は面白くできている。 夜遅く孫にメールした「ジッチャンもともだちできたよ・・・」「オレの云ったとおりになったろ」「聞いてねぇよ・・・」去年の春はリハビリの散歩に燃えていた、くそ暑い山道をナニクソと意地になって歩く時期もあった。

大病したおかげで 辛いこともあったが良いことも沢山味わうことができた。 モノの見方(アングル)が変わった?・・視力は確かに良くなった、今まで見ていないとこまで見えるようになった、孫が小さくなってオレの目の中で暴れているからオレも目が曲がったのだろうか?視野が広がったなら進歩だが、悟ったわけでもないし、チャランポランも変わらないが 会いたかった古い友人と再会することができた。 孫たちと素直な心が通いあったのも病があったからだ。 今年も暑い夏が もうそこまで来ている。 今日も一日を楽しみましょう。

4月12日、今日も暑い、連日の真夏日、ウコンを植えた。 去年は不作だった、今年も景気悪いし 暑さがどうなるか・・・だけど、毎年悪いことはないでしょ、

良いことだって 必ずあるから・・・今年は大きく成長すると期待して・・良い方向を見て行きましょう。

◆4月14日 午前中のお仕事終って 一人でコーヒータイム、この頃はコーヒーの違いが分かる男になってきた。 ブレンドコーヒーとトーストでお昼の代用だ。

隣の席に中高年の女性が二人座った、五十くらい?の娘が「お母さんに・・・、母の日はまだ早いけどね、安かったから買っちゃったよ」とプレゼントを渡す、母は八十くらいか? かなりのお婆ちゃん「おまえ右側で喋ってよ、こっちしか聞こえないよ」「ほら・靴だよ、かわいいでしょ、お出かけするとき 履いて」

あー、いいなー、婆さん同士の母子の会話、幸せそうで微笑ましいな・・・、オレも母が生きていたら こんな会話してみたかったよ・・・涙出そうになったよ。 何歳になっても 親と子だね。 また話が長くなってしまったが 年寄り母娘の会話を聴いて感動に浸ってる場合ではない、オレは最近風邪ひいた、去年からの疲れが溜まったのかどうかだが お尻にできものができて病院行った、いぼ痔のようなもの?抗生物質のお世話になっている。  パンクするとパンツが汚れるから生理用品使ってる・・・? 去年は入院中にオムツ交換のモデルに甘んじていたから・・・あのまま オムツをお洒落に着こなして生理用品も似合う爺さんのベストドレッサー?になったら どーすんだよ!

ジーンズとスニーカーが似合う爺さんを目指していたのに・・・?!

イチローが胃潰瘍になったとか、WBCでかなり疲れたのか、「みんなが思うほど強くないですから・・」イチローも人の子だ。 イチローに張り合うのも「?」だが、オラも人の子、大病から一年経って ちゃんと風邪もひいた(^.^)、オラも強くない・・・泣き虫で バカだし、弱いですから!(イチローの真似) 春は天候不順の時期、体調も崩しやすい時期です、みんな健康に注意して 頑張ろうね・・・・(^.^)

◆追伸・余談  天才の定義

「天才」とは人並みを外れた能力、秀でた才能のこと、最近のアンケートでイチローは日本が世界に誇れる人のナンバーワンに選ばれた、野球道では彼は世紀の天才だ・・・、またWBCになるがあそこで決勝タイムリーを打ったのも凄いが あそこで打順が回ってくるところが もっと凄い。 天才は普通の人とどこか違うユニークな一面を持っている、マニュアル通りのことはしない。 ベートーベンは49歳の時に18歳の少女に恋をした・・という話もある。 モーッアルトはシモネタ大好きだった・シモネタを題名にした曲を本当に作った・・本当だそうである?(テレビで仕入れたネタだけど)天才、偉人のユニークな逸話は沢山ある。 また更新するよ。

イチローも松阪も MLB開幕に故障者リストだった。 天才は人が知らない努力を人の何倍もしている、それなりに苦悩もあるんだね。 その努力を出来るのが天才。 「努力」とはなかなか実行することが難しい、努力の成果が神を味方にしてまで出るのも天才です。

◆もひとつ追伸  この一年 色々あった、現在も生きて 能書きたれてるのが不思議なくらい快復したよ、読者に改めて感謝したい、ICUとは何の略かと考えて ふと思いついた、ICU(集中治療室)とは・・・イッチバン・ウルセェところ・・・ていう意味だと答えが出た!・・・バカなオヤジのくっだらねぇオヤジギャグになってしまった。 そのウルセェところで 一番文句たれてうるさかったオヤジがまだブログ更新している、先生や担当の看護師チームの皆さんには、云いたい放題で無礼なことまで・・(病院のスタッフがこのブログ見ていたらハッタオサレるかも?)いのちの恩人に対し奉り 誠に申し訳ありませんでしたと改めて御礼とお詫び申し上げる次第であります。 いのちの尊さ それを救おうとする世の中の優しさ 人の優しさが身に浸みる・・・そんなこと思うと また涙出てくるよ、これからは本線の「お笑い」をメインにして バカな話もあるが読者様各位も 懲りずに また 百曲がり坂へ 遊びにきてくだされ・・・ 今回も長くなってスマンかった。

    

         

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あれから一年一ヶ月

◆近況報告・・アリガトウの言葉を噛みしめながら

一年と一ヶ月が過ぎた、去年の2月15日、大病に倒れ 長い眠りから目覚めたのがホワイトデーの翌日、あれから400日、自分にとっては 長い長い時間だった。 退院以来「病気」と「涙」のテーマばかりで三十件も更新したのは・・余程インパクトが強烈な大病だから「思い出」に残ることが多いのか、病気はイヤだね、水虫だって耐えられないこともあるから・・・? 健康が何より一番幸せだと改めて痛感する。

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◆3月15日、今日は目が覚めた記念日、朝から穏やかな晴天に恵まれたお散歩日和、いつも歩いた緑の小路を また歩いてみたくなった。 ♪ありがとうのことばを噛み締めながら生きてみます私なりに・・・・?!百恵ちゃんの歌を思い出して・・・?!  日本人特有のセンチメンタリズム?・・・このての感情に弱いから 今日もサングラス持っててよかったよ。  日本人は「涙」が好きなのかもしれない、医学的には 涙の潤いが角膜を保護する、涙が心も癒してくれる、人間の弱い部分を守るバリヤーになっている、物語でも曲でも笑いでも・・・涙が伴うとヒットする?・・のかもしれない。

自分の歴史の中で 今回の病気ほどの大事件はなかった、「頑張って・・・」の励ましに 「ありがとう」の感謝の言葉を何度口にしたか・・・、

同じコースを何百日も歩いて、自分との戦いか 何かのゲームに勝った勝利者のような・・

それを思うと また感動して涙ボロボロになる。  雨と晴れとが交互に代わる春の空だ。

勝ったのだ、初めて決勝戦で勝ったヒーローの気分、生きているだけでも幸運、しかも歩ける・泳げる・なんでも出来る、何でも食える sexもできるかもしれないが死んだらみっともないから無理はやめよう。 幸運がこんなに重なったのに 実力です・・と答えたい、誰も褒めてくれないから 自分で自分にヒーローインタビューしながら、・・・バカだねー、バカと泣き虫は まだ治らない。

新しい友達もできた、自分は誰を愛して 誰に愛されているか、大切なものとは何か、今更ながらに色々な勉強もできた。 「笑い話に時が変えるよ」時間が変えてくれた、一年経ったから笑い話になることも沢山ある、周りの何かが変わった、自分自身も 変わったか?

笑いのツボは人それぞれ 十人十色か? オラは初めっから笑い話だったけど・・・?!??

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たまたま開いた情報誌に涙の成分の記事があった。 悔しい、訃報、別れ、テレビ・映画を観て、思い出の曲、思い出の景色、思い出の味? 涙の理由は人によって様々、人生いろいろ 涙もいろいろだ。  涙の成分はナトリウムが主体、塩分控えめだから やはり涙は身体に良いことなのだ、笑いはもっと良いらしい、涙出るほど大笑いするのが一番いいのだ。

若い頃は悔しいで泣くことが多かった、この頃は「嬉しい」ことが原因で感情が動く、 幸せを実感する涙・・・これは幸せでいいかもしれない。

心を動かされると 人は涙で洗い流すということである。 それは余計な人体のシステムだね、嬉しい涙は洗い流さないで とっておけばいいのに・・・・。  排泄物の分別は出来ないのかね。

先週は急に大倉山の梅林へ行ってみたくなって、昨年末は突然横浜港を見たくなったり、思い立ったら行動に移す、心が若く自由気侭、この調子でいきたい、肉体も若くありたい、精神年齢はガキだから?!(^.^) 結局基本的に何も変わってはいない、進歩したわけでもないけどね。そろそろ春分の日、お花見ですね、桜はもう一息、来週あたりか、野球も始まる、競馬も春のクラシック・・・、冬眠から醒めた熊、虫も魚も草花も 全ての生物が活発に活動する季節、人間も活動的にならないと・・・。 

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3月22日、孫レン君も卒業できたし、こんな時代に就職も決まった。 いまどきよく出来ました・・・夜は彼の好物トンカツを食べに近所のトンカツ屋さんへ・・・、ジッチャンは孫とお食事会が一番嬉しい。ヒレカツ定食に大盛りのゴハンお代わりして 若さには敵わない、爺ちゃんはもぉ おなか一杯になったよ、免許取りに自動車学校へ行き始めたが、卒業だ社会人だと 喜んでる場合じゃない、我が家のドヂな血統を引き継ぐから 仕事でドジしないか、車で事故しないか・・・それが心配。 何しろ幼稚園の頃から ブランコ・スケボー・自転車・バイク・・今まで自分が乗る全ての乗り物で事故(怪我)の実績があるから、それはそれで立派?!腕白の勲章だけど、キャベツもトンカツも何でも食べて 健康で強い大人に成長してほしいよ。 孫と同じくらいの食欲ある爺ちゃんも 今年から生まれ変わった新社会人の同志だ・・・お互いフレッシュにいこうぜ。 半世紀も先輩社会人として能書きたれると「ボーナスが給料がどうのこうのじゃない、会社が君に何をしてくれるかでなく 君が会社に社会に何が出来るか・・だ」偉くならなくてもいいよ、人を裏切らない、人の心の痛みが解る男になり、一人の女を愛し、家族を愛し、小さな幸せを守れる優しい大人になれればいいよ。 

新社会人よ・健闘を祈る!

携帯から写メールでオラのパソコンに来た箱根の写真、こんなことができるのが 最近の新社会人だ、PhotoFuji 

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もうすぐ春ですね (その三)

WBC 日本ベストオーダー (オレが監督だったら)

(右) イチロー          

(二) 西岡  宮本

(中) 青木 

(三) 村田  新井

(遊) 岩村  井口 中島

(一) 小笠原 

(捕) 城島

(左) 内川  金本

 DH 福留  稲葉 

(投) 松坂   

このメンバーならオリンピックも金メダル確実、イチロー・松井・松阪、日本野球史上最強のこの三人が 国際試合で揃ったことがない・・・、プロ野球機構の体質が改善されなければダメだよ、今回も松井がいれば・・・、これが本当の最強チーム。  サムライジャパンというのなら 宮本武蔵がメンバーから外れたようなものだ。 松井は故障だから仕方がないが こんなに豪華なチームの監督なら 一度はやってみたいね。 絶対優勝できるよ、やってみなければわからないが このチームなら放っておいても勝てる。

投手・(先発) 松坂、ダルビッシュ、川上憲、和田、杉内、渡辺俊、涌井、黒田、岩隅      

   (中継) マー君、三浦、寺原、岡島、斉藤隆、内海、

   (抑え) 藤川、岩瀬、上原 

女子ソフトボールの上野さん、ナックルボールの吉田エリちゃんも加えてみたい。 応援団は 浜口さんちのお父さんに来てもらおう。 オレが監督だったら・・・だけどね。 

愛娘に贈る詩 

ようこちゃん 君が生まれたのは青葉の頃 若葉の夏が好きだから 葉っぱの葉子のよこちゃんだ

ヨウコ 君が生まれたのは青葉の季節、デブチンで まんまるほっぺの かわいい赤ちゃん、「ヨウコちゃん」葉っぱでも「陽」でも「洋」でも・・・「ようこちゃん」この響きが好きだった。

アイスクリームが好きな 君のお兄ちゃんと二人で

病院の廊下で おろおろウロウロ 待っていた

パパも お兄ちゃんも とってもおなかがすいていた

女の子ですよー・・! 看護婦さんの明るい声が廊下の奥まで聞こえるようだった

二人でガッツポーズ、 でっかいアイスクリームを食べた

二人とも とっても幸せだった パパには 幸せな宝物がまたひとつ増えた

デブチンで ちょっとブサイクだったけど かわいい健康な赤ちゃん

赤ちゃんて こんなにかわいいものとは 知らなかったよ 

地上に降りた天使とは こんなのかなと 思ったよ

見ているだけで 顔が微笑んでしまう 

笑顔が治らなくて あれ以来 パパの顔は タレ目の笑い顔になったままだよ 

人間は 赤ちゃんを見ると みんな笑顔になるというが 本当だった 朝から晩までヨウコ、ヨコチャン・・・葉子と娘の名を呼ばない日はなかったよ

君のママはすごいよ、こんなにかわいい赤ちゃんが産めるのだから 

スッゴイママだよ

娘よ 綺麗に健やかに育っておくれ 

赤ちゃんの時は多少ブサイクなほうが美人になるよ(一言多いが)

やがて君もママのように 恋をするときがやってくる 

パパのような素敵な人に 出逢えたらいいね

君がお嫁に行くときは パパはそっと泣くかもしれない                   そしてまた青葉の頃 君もまた玉のようなかわいい赤ちゃんを抱く

ママのような 素敵なママになれたらいいね

娘よ ヨコチ・ヨコちゃん、最愛の恋人よ

大きくなったら青春の話をしてあげよう 

人生と 若さと 夢の話だ

娘が生まれた頃の 古いアルバムの中に こんなことが書いてあった、恥ずかし乍 オリジナルだ。 自分の詩に自分で感動してしまった・・・バカだねー!  去年の今頃は 自分のいのちをみつめる体験をしていたから・・・余計に感受性が強くなったのか、記憶障害どころか 記憶が次々と出てきて 記憶ありすぎ後遺症だ。 去年の三月は更新できなかった、友人がブログの三月分がないからと心配してくれた、みんなが心配してたときに 不良オヤジは病院のべッドで 周りの迷惑顧みず 大いびきと寝言で大爆睡のドリームランドだったから・・・、去年の三月は桜も見ていない、オレは満開の頃に時々死んだりしながら眠っていたから。 一年経って こんなに元気になった、みんなに改めてアリガトウを云いたい。   

♪古いアルバムめくり・・・「涙そうそう」みたいになってしまったが オレのほうが ずっと昔の作品だ。

赤ちゃんて ホントにかわいい、地球上で最もかわいいものとは 人間の赤ちゃん(パンダより人間じゃ)だと思った。  いのちが生まれる時は人生で一番幸せで輝いているときだ、  生まれてくる本人も それを待っている人も・・。

映画「おくりびと」、「つみきのいえ」がアカデミー賞に選ばれた、日本の涙・いのち、伝統的な人間性が世界に理解された。

これを観たら また涙が止まらなくなりそう・・・?

◆病気の近況報告 2月25日、今年初めての診察、5月に検査の予約、病院へ行く回数も減ってきた。

今後は半年一度くらいのペースで検査することになりました。  これで仕上がり百パーセント・・・元の状態に戻った、快復した・・・と自己採点だから甘いが。

病院から川沿いをピクニック気分で スタジアムから港まで 写真を撮りまくろうと出かけたが雨は降るし 寒くて寒くて・・・今年はまだ寒い。カメラに撮りたい春の景色がない、ネタもない!  人間は贅沢ですね、去年は暑い暑いと・・、今年になったら 寒い寒い・・・と、文句言わない花はやっぱりエライ、犬や猫もエライ、今年はお花見がしたい、来年も再来年も ずっと先まで・・・夢と希望ばかり沢山ある人間は何も分かっていないのかもね、「人はみな 何も分かっていない、分かったふりして生き 分かったふりして死んでゆくのだ」昔読んだ池波正太郎の時代小説の中に こんな一節があった、犬や猫、草木と花・・彼等はみんな分かっているから文句言わない、だからエライのだ。 そのエライ花を探して まだまだ歩き続ける。  もうすぐ春ですね、桜も開花したそうだ、今年はいいこと沢山あるよ(分かったふりしてるだけだけどね(^.^)?!❤☆)

西田敏行さんのインタビュー記事で”マインドが開いているから ちょっとツボを押されただけで涙腺が緩んでしまうようになった・・・”という部分があった、マインドって「精神・心」のこと、大病の経験がそうさせるのか オレのマインドも開きっぱなしだ、心が直接外気に触れている? 喜びも哀しみも・・・モロに受け止めてしまう、??・・・無反応でいられるほど強くない・・・てことだけど、これでいい、心を閉ざしてはいけない、MYWAYオヤジは常にマインドオープンだぜ、明るい心を全開にしながら 味わい深い人生を堪能してゆこうよ。

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こんなにも こんなにも空が恋しい

Photo_2 ゆうばえの路から登る朝日

1月26日、川和富士から パラグライダーで飛ぼうとしている人、1 頂上から駆け下りる・・・

2 そのまま下まで走る

3 風に乗らないうちに下のグランドへ到着

パラシュートをたたんで また頂上へ登っていく、それを何度も繰り返す、決して若くはない、四十代くらいのおじさんです。 風が吹かないから・・・あー疲れるよ・・・、ぼやきながら 何度も山登りを繰り返していました。  遠くから見学しているオラもヒマ人だけど、あれで空を飛べたらいいな・・・。 あんなことチャレンジできるのは幸せで素晴らしいことだ。  本人はへとへとになっているが。  初めて空を飛んだ人は、例えばライト兄弟とか・・・どんなに嬉しかっただろうかと思う。  

 ◆近況報告(ネタ切れのため・入院の思い出)  去年2月の大病で いつの間にか思い出と涙の闘病ブログになってしまった、バレンタインデーがオラには特別の日、命日になるかもしれなかったが 生まれかわった誕生日にしたい。 目覚めてすぐに歩き出し、みんなのおかげですぐに元気に快復した。  歩くことの重要さ、歩けることの幸運を改めて認識している。 リハビリの先生はオラが眠っているうちから 手足のストレッチをしていたそうで・・・後で聞いたことだが、三日もしないうちに 普通の動きが出来るようになった、先生と二人で肩を並べ、春の日差しを浴びながら散歩、花壇には黄色のパンジー、垣根は山吹の黄色、・・・暖かい黄色に包まれた病院の庭は何時までも記憶に残る空間だった。  巨人はキライ、横浜の地元だから やっぱ横浜でしょ・・・巨人ファンの先生と野球談義、 ここでキャッチボールできるようになればいいですね、オラはいつでもできるよ、今でもいいよ・・・、友達のような会話しながら・・・先生が前へいくとオラが先生より先へ歩こうとする、お互い抜きつ抜かれつ・・・競争になった。 明日から毎日腕立て百回やって、筋肉付けて見栄えよくして最強爺でプロレスデビューできるように頑張りましょう。  見た目なら先生のほうが怖くて強そう、先生がデビューしなよ、オラがセコンドやったる。   室内では積み木で図形作ったり、パズル遊び・・・、知能指数を疑ってるのか? スプーン・歯ブラシ・鉛筆・腕時計・百円玉・・机に並べながら、この五つを憶えて下さい、何時質問するかわかりませんよ・・・記憶力に挑戦してきたの?  こうやって みんなしてオラを過小評価している・・・記憶なら得意の分野だ、意地でもインプットしておくよ、百年先に訊いてもいいよ・・・、将来こっちから逆に勝負する・・・と、先生に挑戦状・・・・?!  歴代三冠馬セントライト、シンザン、ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアン、ディープインパクト・・・こういうジャンルならオラが教えてやるよ、 相当な意地っ張りダゼー!

http://jp.youtube.com/watch?v=fq-tyjytavk&feature=related

 

砂に書いたラブレター パット・ブーン、たまたま見つけたよ、学生時代ジャズを聴きまくっていたころの思い出の曲、この歌声は最高だね、タマンナイネー!  人類とは思えない甘い歌声、・・・あまりにも唐突ですが、同じ世代の読者には共感できると思う。  春になったら伊勢崎町あたりのCD店へ 探しに行こう・・・と、去年伊勢崎モールを歩きながら思っていたのを 思い出した。   

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やさしい先生だった、オラには8人の先生がチームを組んでいた、救急病棟の先生は皆 精密機械のような人だと思っていた、感情を表に出さない、冷静な人間でなければ やってられない、病人の心の痛みまで共感したり 逝った時には 家族と同様に泣き悲しむようなことはない・・・取り乱したりしてはいけない、命に関わる現場で働く人は 皆コンピューターのような性格と思っていた、むしろその方が信頼できる・・・と思っていたが・・・ICUでは他の重症患者が逝った時、悔しそうに涙を拭っている光景をオラは見ていた、先生も看護師さんたちも命を救えなかったことが 自らを敗北と受け止めてしまうのだ・・・と思った。  病院のスタッフは皆マニュアル人間ばかりだと思っていたが、いいとこあるじゃん、温かい心も感動の涙も・・・ちゃぁーんとある、 みんな・いいとこあるじゃん!素晴らしい人たちだ、と思った。   担当のかわいいナースちゃん①と②が 臨終のベット゛からこちらへ歩きながら 大声で何か揉めている、②「あんた・こんなとき よく冷静にしてられるわねぇ!①「だって・・・仕事だもん・・・」 ②「いつも泣かないの あんただけだよ、鈍感女だから・・・」 ①「先輩に私のケーキ食べられたとき 悔しくて泣いたもん・・・!」②「それしか泣いたことないでしょ・・・」 ①「シンジランナイ・・・!だって・悔しいもん・・・」 ③「ちょっと・あんたたち 仲良くやりなさい、お友達でしょ、・・・先生呼んできて!」 ①私が行く・・・・②私が行くよ・・・・①いいから、私が行くから・・・②むっかつくなー、私が行くから。 私が・私が・・でまた揉め始めた、③「もーいいから、二人ともそこで黙ってなさい、仲良くやりなさい・・・」①ヤベェ!主任さんキレたのかしら、②あんたのせいだよ・・・、そーだよ、仲良くやらないとダメだよ、おまえらチョーうるせえんだよ!・・・・(そこで口出すオレも・・?黙って寝てりゃいいのに。)  ②ちょっと待って! この人・目が覚めてる、寝たふりしてる!? 気をつけないと・・・・!  

リハビリ先生とは 夏になったらリハビリの後 生ビール呑みに行こう・・・・約束した。 本当に呑みにいっちゃいそう・・・と心配させた。  近道して先生より早くゴールイン、「あれ?またインチキしたでしょ・・・・」 良き思い出だ。  ヤンチャですから ご家族は大変ですよねー、これも後で聞いた話、ハイ・・・ヤンチャで誠に申し訳ありませんでした、謙虚に反省しております。 

 最近は一人で 寒さの中でも 脚が痛くても歩く、 先生に見せたら 元気ないです、リハビリ室の時のほうが元気だった・・・といわれそう?! リハビリ室では 歩けない患者さんばかりだったから 努力して歩けるようになった人は空を飛べた人のような喜びだろうと思う。  先生からみたらオラは歩けない時期がないから有難みの分からないヤンチャおやじとして思い出に残っているだろう。  ということで 相変わらず毎日歩くことを楽しんで酒が旨くなってきました、これが本来の姿だ。 手術後一年も経ったのだ、お仕事も徐々に復帰して社会に貢献できれば 酒の味も格別だ。 本人的には病気の経験を教訓にして、これからは大事にするから、ダイジョブダー! 

2月2日、浅間山が噴火した、これじゃ 今年も狂った夏が予感される、 去年の今頃はオレのアタマが噴火した・・・!?  病気の話は早く終わりにしたい、闘病記はおかしい?本人は病気と闘っていなかったから・・・、先生は寝る暇もないし、みんなが心配してるのに・・・教科書通りの患者ならいくらでも対処できるが、ボケてるかと思えば突然冷静になってクレームつけたり・・・、どこまでマジでどこまでがボケなのか さっぱり分からない! このての患者が一番難しい、特にあなたは疲れる、ちゃんと病気と向き合って、真面目にやりなさい・・・、そおかー、みんな病気になりそうなの? それじゃぁお見舞いに行ってやるか・・、???  これだからやりにくい・・・・担当の看護師さんが頭抱える。 先生もスタッフも家族も 周りはみんな疲れ果てても あんた一人が日に日に元気になってゆく、・・・・どーなってんの?・・・どーなってるのかオレが訊きたいよ。  カーちゃんや看護師長さんに説教されながら ハチャメチャオヤジは脅威の回復力。  

今年は明るい楽しいタイトルにしていこうと思っていたが・・・同じ病気で苦悩する人たちの参考になりたい、元気になってほしい、もう一度くらい発病から今日までの要点を整理してお世話になった助けてくれた人たちへの感謝も含めて 「闘病記・総集編」をやろう、、オラもせっかく貴重な体験をしたのだから ちっとは人様の役にたちたいよ。  不良オヤジの闘病記録、マニュアル通りではないが元気になった一例、大丈夫、生きていれば 深刻にならずに 明るく努力すれば必ず元気になります。 オレみたいにいい加減でバカやってる方が元気になることもある。   

テレビドラマで観た、救急病院でひとりのお婆ちゃんが力尽きた、担当の若い女医が無念の涙を拭き 時計見てから合掌、先生のチームが集まって皆合掌して一礼する、同時に隣のベッドでは 危険な状態の子供が目を醒ました。 お婆ちゃんの命が 子供へ移った? かどうかは知らんが、そんなことよりオラが云いたいのは ひとつの命を救うために 周りのスタッフ全体が情熱を傾ける、お婆ちゃんの逝った悲しさよりも 自分の非力、力が及ばなかったことの悔しさに無念の涙を流す・・・社会全体が優しい人間性に満ちている。 人間は こんなにも優しい、人間社会はこんなにも素晴らしい、・・・・生きていることの幸せ、人に生まれた幸運・・・この辺が オラの泣き所になる。     

週刊誌で西田敏行さんのインタビュー記事を読んだ、涙・涙の男、人の痛みや喜びを受け止めてしまう豊かな感受性、涙の隣に笑いがある、人の痛みなんて・・・、他人の痛みは 本当は自分には関係ない、どうってことないのに 自分の痛みに受け止めて涙する、いい人なんです、優しい人です。                                    人間て愛おしい・・・、素晴らしい  オレもみんなの笑顔が好き、いつも笑いのネタばかり考えて 自分が笑うバカだけど、 今年も同じスタイルでいくよ。 人間の魅力とは完璧じゃないところ、自分の格好悪いところまで見せてしまう人が好き、  失敗するから向上もある。  電池で動く安い掛け時計を買った。 秒針だけ動いて分針(長い針)が動かない、 どーしよう? 取り替えに行くのも大変、ならば秒針が一回りしたら分針を一分進めればいい、それはいい考え・・・・?

一番近くの大事な人へ 去年はバレンタインデー・・・どころじゃなかった、目覚めなかったら「このまま逝っちゃうかもねー」も想定して みんなで覚悟も出来ていた・・・のに、本人はシャアシャアと目覚めて「ちょっと・トイレ行ってくるわ」   あんなことになって、大変な病気になって・・・大変な想いさせて・・・ゴメンネ・・・・ずっと前から一言伝えたかったことを 云ってみた。  涙がボロボロ溢れてきた、 バカダネー!それだけ云うのに一年かかって、アホになったか? チャイマス、昔からアホやねんから!  まだまだこれからだよ、頑張ろうね・・・・、西田さんみたい・・?!、もう泣かないの・・・! ホントに泣き虫だねぇ、 バカは風邪ひかない、長生きするから・・・・大丈夫!!

昨夜、宮川大助花子の闘病ドキュメント、大助さんが脳出血で倒れ ホノルルマラソン目指してリハビリに励む 感動の記録だった。 『脳がないのに 脳出血で・・・ほんまに大変ですわ・・・」花子、 「嫁はんが好きやから・・・」大助、夫婦の愛が病を克服する。 人間は一人ではないのです、人の優しさが人を支える。 オレのも もしかしたら「脳みそが無いのに 出血した・・・? 」アホが幸いして快復した?! てことになる、結果的に元気だから よしとしよう。  嫁さんに・皆に・・・辛い想いをさせたから ゴメンナ、アリガトウ・・・これだけは謹んで伝えたいのであります。  宮川さんは互いに「好きやから」「愛してる」人前で宣言できる、素敵なご夫婦です。  オレんちだって 好きだから、・・・、なのに武士道精神がそれを言葉にしない。 四十年も一緒にいると空気以上の存在だ、それも新鮮な酸素・マイナスイオンというより 汚染されたダイオキシンでも 互いに免疫力がある。

究極の夫婦愛とは 二人とも生まれ変わって また出逢ったら また一緒になりたい・・・どこかで聞いた記憶があるが、オレはもう巡り逢わないようにしよう、また出逢ったら またこいつに苦労をかけて辛い想いをさせてしまう。  「惚れちゃいけねぇ、大バカ者でござんす・・・」清水次郎長、これが日本の伝統的恋愛感覚

眼科の入院では 担当の看護婦さんが メッチャ明るい声で「仲が良いですねー、円満の秘訣は 何ですかー?」 周りに人が沢山いるところで そんな照れくさいこといえるか!?  「仲良きことは 美しきかな」 武者小路実篤 

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昨日は鶴見川の土手を散歩、春の日差しが暖かい・・・・土筆が生えてきそう、もうすぐ春ですね。  「人は昔むかし 鳥だったのかもしれないね こんなにも こんなにも空が恋しい」  友人から素敵なコメントをもらいました。  いいねー(^.^) こんなのが大好き!

昔読んだ詩集に こんなのもあった。「私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ」コクトー 

突然海が見たくなったり、空を飛んでみたいと夢を描いたり・・・  人間はいつでも夢があるから こんなにも こんなにも素晴らしい。  2月8日、ボジのブログ(リンク・エンジェルレコード)で ハヤブサ号引退とは、ちょっと寂しい。 80km以上出すと分解しそうなオンボロ車だったけど、一生懸命走る車だ。 楽しい思い出を沢山作ってくれた。   別れは人だけじゃない、車、草花、物・・・どんなものにも 出会いと別れがある、昭和の青春を生きた人には 優しさ・いたわり・互いの痛みを支えようとする温かい心があるから「別れ」が特別の出来事になったりする。 昔を懐かしむ、思い出に涙するようじゃあ・・・年をとったということか。  去年一度死にかけて 生まれ変わった命だ、こんなに元気になったのだ、これから先のnew daysは 毎日が想い出に残る日々にしてゆこう。   

ブログを開くときに「重たい・・・」と、読者からご指摘がありました。  ノートパソコンのフタを開けるのに 力がないから「ドッコイショ・・・」になる? PCのクリンアップと最適化ets.筋力アップのトレーニングして力つけましょう・・・、優しい読者様からユニークなコメント、有難うごさいました、早速拝借させて戴きました。  ブログ内の写真が多いから だんだん消して 軽くなるように作業します、しばらくお待ち下さい。

 

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