カテゴリー「好きな詩・好きな言葉」の14件の記事

名言集 無頼伝(1) 子供のひとこと

(1) こぶその風
 ようこちゃんが 中学一年生頃の話、「こぶその風・・って、なあに?」
 安全地帯の曲で 碧い瞳のエリスの一節に「涙運ぶその風が教えてくれるよ・・♪」
はこぶその風・・・・「涙は」で切るからだよ、「涙はこぶ」が 正解だったと解るまで かなり時間がかかった。  同じパターンで「ふだいとう腰に・・・て、なあに?」 天下に旅する豪気のもののふ(武士)大刀腰に足駄掛け 八里の岩根踏み鳴らす、かくこそありしか往時のもののふ・・・♪」
これはすぐわかったので 箱根の山は神奈川県だよ・・と、教えてやった。 「天下の県てどこにあるの?」 問われる前に教えてやったぜ。区切る場所が違うんだっちゅーの!  楽譜がひらがなで書いてあるから よく意味を理解しながら歌わないとな。  さすがオレの娘だ、お前天然とちゃうか、なんちゃって 
ヒトのこと云えない、おいらも小学校で「君が代」を歌うとき 「巌となりて・・・」岩のお隣でコケを蒸して食うことかと解釈しながら歌っていた、天然は遺伝するのである。  
(2) むかつくばばあ
  玉川学園のマンションに引っ越しした頃、れん君はまだ小学校低学年だった、新しい自転車を乗り回し、エレベーターに乗せて帰ってきた。   エレベーターの中で 一緒に乗っていたおばさんに「ぼうや・自転車はね、自転車置き場におきましょうね・・・」
「むっかつくばばあだぜ・・・・くそばばあ」 と、ひとこと。  そのくそばばあは お隣の奥さんだったので 後で菓子折り持って謝罪に伺った。 「元気なおぼっちゃまですねぇ・・・」 大事には至らなかったが 元気なおぼっちゃまは後日 坂道で転んで怪我をして自転車押したまま 一人で病院へ駆け込んだ。  子供が初診の手続きをして 治療を済ませ 包帯をして帰ってきた、病院の医師には「しっかりしたお子様ですねぇ」と褒められた。  スケボーで怪我して、ブランコで骨折するし、バイク乗り初めに事故するし・・・・どーなってんだあいつは、親の同伴なしに病院行ける子供、しっかりしたお子様なんだから・・・・ま・いいか。  オレはがきの頃 一人で病院行けなかったからな。  れんくんは初孫だから思い出が沢山ある。 彼の発明した新語はなんぼでも記憶にあるから 書きだすと止まらなくなるよ。 ヤンチャとドヂは爺ちゃんの遺伝かもしれないが・・・・。 例えば よく遊んでくれるオジサン(よっちゃん)に どんぐりコロコロの歌「よっちゃん一緒に遊びましょー♪」、町田のスポーツジムの血圧計自分で測る、95の45・・・脈拍98・・・?テンション高いからだよ。 
(3) 納得できないよ
娘の長女、最初の孫娘ひーちゃんが幼稚園の頃、秋の日曜日、家族で遊びに来て 栗拾い、紅葉の葉を集めたり・・・庭や森の中で自然を堪能したのだろうか、帰る時間になって
一人ごねている。  「納得できないよ・・・」と、遊び足りないことを抗議する。  四歳の子どもが「納得」という文言をどこで仕入れたのだろうか、
(4)ただのヘンタイじゃん
一番ちびの孫娘 ななこちゃんは 体育会系超お転婆娘、木の枝伝わって上まで登る、だからみんなに猿と云われる、危ないよと下から見上げると、「ヘンタイ・・・・あっちいけー、」    夜は湯上りにおいらが痔の座薬をやっていると、「なあんだ爺ちゃんは 唯のへんたいじゃん」  そりゃね、俺だって確かにへんなおじさんですよ、 ななのパンツ見あげたリしたよ、尻に薬塗ったり指突っ込んだりしてるよ、「へんたい」の言葉をどこで仕入れてくるのだろうか、意味解ってるのだろうか、
身内の天然を公言して 自分のヘンタイまで・・・個人情報丸出し。  元祖天然は俺自身である。 
自分のことは何でも言える、他人にもかなりユニークなのがいる、 本音で云うと辛辣になる。
(5)その他 自分のガキの頃も含めて
 ◎ 今日ははざだむいね、(肌寒い)
 ◎ 水戸黄門て偉いひとなんだね、肛門てケツの穴なのに 皆肛門様て云う、
    格さんが「この印籠が目に入らぬか・・」ていうと みんな手ついて謝っちゃうから。
 ◎ 印籠は目には入れられないから 無理なこと云うね・・・(これはオレの意見) 
 ◎ 「このごろ疲れるよ、俺もうキュウ(九歳)だもんな。(少年野球オラの弟子、次のグランドへ移動中に )「お前まだ若いのに・・監督はもう三十だからな、」 野球少年百人も集まると色々なキャラがいるよ、練習中 大人が立ち話していると ボールがとんできて監督の股間に当たった。 あれはチョー痛い、同じ現場で また当たった。 「球がタマに当たった」 二度目のときは「球がたまたま またに当たった・・・、またまたたまが またに当たった、ともいえるね」中にはひょうきんな子もいる、
六年生最後の試合で優勝したとき 涙浮かべてオレを胴上げしにきた感性の強い子もいた。  純粋な涙を見て こっちも涙・・・・勝って泣こうぜ・・・いつも彼らに発破かけて、負けると皆 悔し涙にくれる。 やっぱり勝たせてやれなかったと後悔するオレが一番つらい。
監督は負けた記憶をいつまでもひきずっている。   
ヒくトを悪くは言えないよ、紳士は女に優しい、私は年頃の女性にブスと云ったことはない、「きれいだね」は、「こんにちわ」と同意語である。  敢えてネタにするときは仮名にしたりして、ちっとは気配りしているが このブログは辛辣な表現がよくあるよ。  
 
子供の成績を学校や社会に責任にするのは親の愚劣(俗にいう親ばか)だ、このての親が増えるから日本がくらげになるのだ。 親ばかでない親はいない、親ばかになれない親は親の資格はない。  親らしいといえば親らしいが 教育は親の義務ですよ。  その前に教育・勤労・納税は日本国民の義務であることを親が解っていない。  権利ばかりを教える教育がオラ好きでないのだ。
教育は親の責任と本人の資質。  野球部入ったから野球が上手になり、塾へ通ってるから勉強できるようになるとは限らない。 名選手は最初から違う、オレが教えて強くなったのではない。  そこらへんを少年野球の講演会で熱く語ったのは三十年も昔のことになった。  俺・疲れるよ、もう古希だもんな。
講演会の後半、質疑応答の時間、一人のお母さんからプロ野球の応援で質問「阪神は六甲おろし、巨人は ヒットパレード・・・でしょ、 ヤクルトはなんで東京音頭なの? 野球のことなら何でも監督さんに質問してください・・て云うから・・・・」  「難しいですね、西武ライオンズは東村山音頭やったらおもしろいですよね。」 苦し紛れの応答であった。
孫ほどかわいいものはない、孫のちびの頃の思い出は幸せのアルバムだ。
現在 レン君は一児のパパ、立派に社会人である。  ひいちゃんは現役大学生、英語の意味をメールで問い合わせたり、辞書が見えない爺さんの辞典になっている。 ななこちゃんは高校生、年頃になって この頃 なんだか色っぽくみえてきた、AKBオーディション受けてもらいたい、うまく行ったら みなみちゃんか ともちんか・・何人か是非紹介してほしい。48人も来ないでいいから 五人くらいで合コンしたら楽しいだろうな、実現したらオラ死んでもいい。  夢は大きいほうがいい、叶わぬから「夢」なのだ。
 ぢっちゃんは孫娘に恋をしているのか。 女の子はお風呂一緒に入ってる頃が一番かわいい時期です、このごろは触ったら大変、ギャーキャーと大騒ぎになる。 私は孫にまで 恋に破れた。  失うものはなにもなくなった。 どこまでも あの世までも、 お互い触りたくもないのに 付いてきてくれるのは 昔抜群の美貌、昔・・五十年も昔ですけどね、 心ときめいた女房だけです。 
 孫たちは みんなほっといても大人の階段登るようになっている、このあとまた暴れ者のひ孫ができた、年末には二人目のひ孫が産まれた、3ギャル&2ボーイズ、五人になった、 楽器練習してクインテットquintetだが  3+3六人になったら エグザイルでもやるしかないでしょ、大晦日テレビ見ながら「流星」のマネしたら ぎっくり腰になった、踊りは若者にやらせて ぢっちゃんはボーカルやるよ。  バンド名は天然、これでエグザイルに対抗できるだろうか。   ついにバカになったのかってか? 大丈夫ですよ、元々ですから、これ以上のバカにはなりませんよ。
Photo 孫 「暴れ組」

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ワンダフルワールド アゲイン

大変ご無沙汰しております。  ちゃあんと生きてますよ、安心してください、はいてます・・・・
九月末 左目の手術したよ、七年前は白内障の手術室で 怖い怖いと大騒ぎ・・・・今度は二度目だ、経験者だからな、ちゃんとやってきましたよ。  
オラ盲腸から始まって いぼ痔は三回、大腸ポリープ切除二回、脳外で一回、病気の達人、ベテランだ。  自慢になることでもないが まだ一度も死んだことない。  実は私の前世は無敗のチャンピオン ロッキーマルシアノなんです(うそ)。下半身の手術は辛い、いぼ痔の手術台は情けないよ、好きな女に見せられるスタイルではない、詳しく説明しないけどね、教育的配慮に欠けると また評判悪くなるから・・・・・。 目は二個だから もうこれでおしまいになるだろう。  目が見える、当たり前のこと、こんな単純なことが こんなにハッビーとは、このろくでもない世界が ワンダホワールドに見えてきたよ。   囲碁のソフトと毎朝名人戦しても 負けなくなった。  
地震の後 駅前にできたお洒落なビルの二階、小さなクリニックだが 中はきれいな眼科専門病院である。  先生はこの辺じゃ稀なエレガント、ヒナにも稀な美人だ、手術の決意をした日、受付で「先生に告白したいことがあります・・・」 いつまで経っても本音が先に出てしまう、ガキじゃねんだから 大人は建て前を先行しなければ、「手術やってください」 普通で云えばよいが変化球で伝えたくなる・・・・女性の美しさを称賛するのは紳士の礼儀である。スタッフもみんな親切で優しくて、カワイコちゃん揃いで・・・・、(オレの目線はこれだから問題だってか・・)。 前回のようにオレが喋る前に 話しかけてくれるから 気持ちも癒される、安心して すぐに終わったよ。  今から麻酔入れます、点滴しまーす、・・・はーい、・・・いちいち返事しないでもいいか・・・・、不愛想ですみませんね・・・? それも喋らなくていいんだね、 
競馬に例えると 今どこらへんですか・・・・まだスタートしたばかり ハイペースで行きますよ。  もうすぐ四コーナー、レンズ入れます。  実況放送してくれるから 怖いはずの手術が 楽しい思い出になった。 
 翌日眼帯外しに診察室で 心から感謝の言葉を伝えたよ。  「ありがとう」よりも もっと格の上の感謝を意味する日本語あったら 教えてもらいたいです。 
感謝の遥か上にある感謝の言葉が、ありません、ありませんから云いませんけど、、、、  先生も嬉しそうだった、オレが単純に嬉しい顔するから つられて先生も笑顔、「頑張りましたね、良かったですねー、」 僕は頑張ってない、楽にしてのんびり横になっていただけだから、頑張ったのは先生と看護師さんだよ。
こんな幸せな瞬間は 横浜へ来て初めてのような気がする。  
先生から雑談的に教わったはなし、眼内レンズは 第二次大戦中 某国の戦闘機が空中戦をして銃撃された飛行機のコックピットが割れ ガラスの破片がパイロットの目に突き刺さった、そのまま終戦を迎え 何年経っても目の中に入った破片が変化しない、拒否反応もおこさず そのまま眼球の一部になってしまった。・・・・・・ このことをヒントにしたイギリスの眼科医が眼内レンズの開発に成功して医学に応用したという。  戦争の歴史も医学の進歩に貢献するのだ。   このガラスの材質はポリメチルメタクリレートPMM シリコンのような物質であった。  
金属加工やセラミック、ウレタンのような素材を研磨加工する機械工具業界で仕事していたから オラにはすごーく興味深い話しだった。  オレは研究しなかったけどね、オラは営業、酒飲みながら販売することに没頭していたけどね。
先生ありがとう、治療ばかりか 医学の歴史まで講義してくれるから、楽しく勉強できました。  オラ大学では授業さぼっていたから 今度はノートと鉛筆用意して診察受けにいきたいよ、今 メガネ使わずに更新している、こんなこと初めてだ、凄いことだよ。  先生ありがとう、何度でも云いたい 、最大級のありがとう 
この場を借りて 厚く御礼申し上げます。
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この街に来て十年、良いことなんて なかった、 大病に倒れたり 毎年台風が来るし、毎週地震はあるし、火山の噴火、竜巻、津波に洪水・・・・夏を満喫しないうちに 秋雨前線・・・。  日本はどーかなっちゃっているのだ。 バカがハッピーやってるから こんなろくでもない世界でも きれいに見えるようになつた。  自分の人生振り返ると ついてない男だと拗ねていたが 何故かオレは先生には恵まれていた、アイ ワズ ラッキー&ハッピーだった。
今年から 毎日歯を磨くようになった、牛乳一日1000ccも飲む、ヨーグルトも三個、育ち盛りだから 大きくなりそうです。
 スーパーに旬のものが出ると すぐに買って 自分で調理して食べる。 オラ料理が趣味なのだ。 春は菜花のおひたし、たけのこご飯、金目鯛に はまぐり、夏はアユの塩焼き、うなぎは高いが平気で買ってくる。  年金生活になってから 経済的不安を想定していたが ここまで金に苦労したことがない。 財産もないが借金もない、小遣いに苦労したことがない、食いたいものはいつでも食える、貧乏なのに 何故だろう。  金を使うところがないからだ。  
ここは横浜らしくない、窓を開ければ港が見えない、街の並木に潮風吹かない、伊勢佐木あたりに灯りが灯る・・・・伊勢佐木町は遠い、 バーもねえ、居酒屋も スナックもねぇ、キャバレーなんてあるわけねぇ、馬券売り場もねぇ、まじめに老後を暮らすには環境の整った街なのだ。
金使うところがない、暇だから 病院通いばっかりだ。  古希を過ぎ 身体はあちこちコキコキ鳴っているが 毎日歩いて鍛えている、愛人は要らないが若い女の友達がいたらいいと思う、何故か婆とちびっ子のお友達は増える、十歳未満と六十歳以上・・・・爺婆とガキ? その中間層が希望なんだけどな。  昔の飲み仲間は遠方である。 お互いに会いたくても会いに行く元気がない。
死んだ友もいる。 老後とは淋しいものです。  相手がいない、しょうがないからパソコンやってる。   囲碁しか相手がいない、 今日は手術から二週間、体育の日、朝から眩しいほどの青空、青空は心まで幸せにしてくれる。  これから風呂入って カンパチの刺身で 冷たいビールの予定である。  口だけ達者だけど なんだかんだ不平不満言いながら暮らして行こう、遠くで汽笛を聞きながら・・・何もいいことが なかつたこの街で・・・・・見た目はいつも元気でありたい。 見た目が良ければオラ満足だ。      「吾唯足知」われただ足るを知る・・・・お寺の和尚様から聞いた言葉、不平不満の無い人生を幸せに生きよう・・・・
酒と女に興味はまだある。 競馬場行きたい・・・・煩悩の塊だ、 今が幸せなら明日に期待が持てる・・・・今日の負けは明日の勝ちにつながる。  嵐の後には虹が出る。 明日も晴れるといいね。
バカがハッピーやってるから 長生きできるかもしれない。  

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落書き名言集 その一

1、この頃.好きな歌詞の一節

★岬のはずれに少年は魚つり  青い芒の小径を帰るのか                  私は今から 思い出を創るため 砂に枯木で書くつもり さよならと

★あなたは今どの空を見ているの 虹の向こうの遠い日を 見ているの                 水平線がゆっくりとひとつに重なれば  また会えますか 新しい日の中

   ◎谷村新司さん「いい日旅立ち」、 葛谷葉子さん「ロマンス再び」、 このごろ鉄道会社のCMが うまくできてる、好きやねん。  ほんまに箱根へ行きたくなるよ、ロマンスカーでなくても 町田に居た頃は急行で日帰りて゛、小田原城見学したり、彫刻の森見に行ったりできたからな。  小田急は 私には思い出いっぱいの路線である。

いい日旅立ちの二番「岬のはずれ・・・」これは真鶴岬を連想させる。  人それぞれだろうけどね。  曲を聴いてうるうるする、これ嫌いとむっかつく・・・好きだ嫌いだは基本理念のようなものである。  名言集、映画の中の台詞、小説の一節、歌詞の中から、子供の会話など、以前に使ったネタも拾い集めてみました。  (キライを書き始めると長くなるので 此のたびは「好き」の方から) 

★EVERYBODY LOVES SOMBODY SOMETIME                          誰かが誰かを愛してる エブリバディ ラブズ サムバディ サムタイム ディーンマーチンのヒット曲 、私の一番好きな歌手、好きな曲

★長寿母うんこの如く我を産み  (九十五歳の俳人 金子兜太さん)

★興志一来可狂起耳 侠情一来可乱酔耳  コウシヒトタビキタラバキョウキスベキノミ キョウジョウヒトタビユカバランスイスベキノミ(昭和の囲碁初代名人 藤沢秀行さん) 男が何かをやろうと思ったら 狂ったように起ちあがれ そして男心が触れ合ったら乱れるほど酒を飲めばいい。

★ 男の人生、酒・女・ギャンブル、

★ 道を歩いていたらうんこのようなものが落ちている なんだろううんこかな  近寄ってよく見たらうんこ 匂い嗅いだらうんこで 舐めてみたらうんこ やっぱりうんこだった よかった踏まないで・・・・(ビートたけし)

★ 「幸福とは幸福を探すことである、」                         私はこのルナアルの言葉を 高等学校の便所の落書きの中で発見したのだ。 私はこの大きな心理を何べんも読みながら目に染みるような窓の青空に目をやった。人と人とに出会いがあるように、人と言葉のあいだにも、不思議な出会いがあるものだなあ、と思いながら。(寺山修司さん)    

★「ぜんそくいやだ 早く治ってお○○○したい・・・・」           私はガキの頃から喘息の持病、若いころから品川の大きな病院、喘息専門外来に二十年も通っていた。  その病院の便所の落書きで発見した、昭和の時代からマニュアル通りの落書きだった。  こいつは情けない男だ、それを読んでる俺も情けない、病気が憎いのは皆同じだが 個室に入ると落書きするような無教養な人間にはなりたくないと思った。         後に同じ場所で別の筆跡の名文に出会った   「右を見ろ、」「左を見ろ・・・・」 「便所の中できょろきょろするな」・・・・・これには参った。  人は自分を見つめる環境に置かれると哲学者になったり ヤンチャになったり・・・本当の自分を見つけたりするものなのだ・・LET IT GO・ありのままの自分になるのよ と思った。  

ごめんなさいね、ハナからシモネタになってしまって、これだから私は評判悪いのです。解っちゃいるけどやめられないのです。 

カラスは嫌い、 大 大 でえっ嫌いだ・・・

バカ、ケチ、バント、巨人、カラス・・・嫌いなものはいくらでもあるが カラスは最悪、カラスのいない世界なら 戦争も病気も 悲しいことはなにもない、ワンダフルワールドだ。

★死のうと思っていた。 今年の正月、よそから着物を一反もらった。 お年玉としてである。 着物の布地は麻であった、鼠色の細かい縞目が織りこめられていた。  これは夏に着る着物であろう。 夏まで生きようと思った。 (太宰治「晩年」)

おいらの場合  大病から復活したふりして六年、窓を開ければ富士山が見える、晴れた夏には夕焼けに染まった伊豆半島、天城峠まで見える。  桜並木の散歩道、秋には紅葉が燃えるようにきれいな森もある。  豊かな自然に恵まれた新しい街、夕焼けが美しいが この辺は雨風が強い、冬が寒い、台風と雷と地震の多いところだ、 この辺には緑が深く野鳥が多い、鴨が山道を歩く、ウグイスも鳴くがカラスも多い、 カラスは大大・・でぇっ嫌いだ、 ここまで生きてきた中で 一番嫌いなのはカラスだ、これがおいらの「基本理念」である。  悪の枢軸、不運の象徴・・・・地球上で最悪の生物、ドブネズミに羽の生えた悪魔の使い、オレが横浜市長ならカラス全滅作戦をやる。 目の前にいたら散弾銃で撃ちまくる、 カラスの声がない晴れた日は幸せ、雨の中カラスが「アホー・アホー」と鳴く、「アホー・ボケー・カスー」・・・なんだとこのやろ「このドアホー、ぶっ殺すぞ」と云いたくなる。 そんな日は俺も死にたいと思うことがある。 太宰治は本当に死ぬから 凄い、カラスにむかつく自分が情けねえ。       

病院では 夕陽が怖い、夜になるのが怖いと泣く子がいた、  あれから六年経って 隣のベッドのあの少年は まだ生きているのだろうか、それを思い出すと ここから見える夕焼けまで淋しい景色になってしまう。   彼が頭痛いと泣くとナースがみんな集まってくる、  オレは若いナースにちょっかいだそうとするから評判悪い、誰も来てくれない、オレも泣けばみんな来てくれるのかな。 若いのに大病背負うあの子に同情して元気になってほしいと祈る善良な爺なのか 目の前にお尻があれば やっぱり触っておいた方が得だと思うけれど、どっちが本当の自分か 未だに解っていない。 オレは感傷的な記憶を忘れられないのか、 ただのエロ爺なのか、 トイレに座ってゆっくり考え自分をみつめるべきか。                               

 ★カラスといえば 生ゴミを出しに行ったとき ゴミ置き場の屋根の上にカラスがとまっている・・・・それ見て、あっち行きなさい・・・と、云った人がいる。  カラスは少し考えてる様子、「あっち 行きなさい・・・」大声で指さした方へ カラスは飛んでいったそうである。 カラスに言葉が通じたのか?   普通オレらだったら コラー・・・とか脅かすか追い払う態度をとるが 「あっち行きなさい」と、対話して、人間とカラスの交渉?に持ち込むのも普通じゃない。 ちなみにうちのカーちゃんである。  人間社会の常識をカラスに伝える対話路線? 

 

名言集

★人生を支配するのは幸運であり、 英知にあらざるなり (キケロ)              ★赤ちゃんがはじめて笑うとき、その笑いは全然何を表現しているのでもない。 幸福だから笑うわけではない。 むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい。 (アラン「幸福論」)     ★ 人は何もわかっていないのだ 分かったふりして生き 分かったふりして死んでいくのだ(池波正太郎「編笠十兵衛」)                                                

★花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ (井伏鱒二)

★ふりむくな ふりむくな うしろには夢がない(寺山修司 さらばハイセイコー)

◎読者各位様    近況報告 大変ご無沙汰致しました。  この頃の自分は日々病気と闘っている。 晩年になってこんな人生、 楽に逝けるなら明日でもいい・・・・こんなことならオレゴン州に引っ越ししたい、と云いながら、毎日病院通い、 内科・整形、最近は歯医者に眼科、皮膚科まで・・・、入れ歯にはなりたくねぇ、水虫もいやだ、 結局、見た目のいいうちに死んだ方がましと云いながら やってることは毎日生きる努力である。 オレには生きる根性も死ぬ度胸もない 太宰や寺山さんほどの才能もないが せっせと頑張っていればそのうち間違えてヒット曲生まれるかもしれない。  このごろ気になるのは 髪の毛薄くなってきた、短くカットしたらライトに反射して頭が光る・・・・、これでは爺と云われても反論できない。 いっそのことロングにしてパーマかけるか、人生最後のパーマとカラー、お兄さんと呼ばせてやるぜ。 

★「長いのでも 短いのでも 一本貸してくれませんか」 飛車角               「じゃ 俺もつきあうぜ」吉良常                                    昭和の映画、人生劇場のクライマックス、飛車角が殴り込みに行くことを決意し 吉良常に 武器のドス(刀・刃物)を貸してくれと頼むシーン 、着流しに雪駄履きで出かけてゆく 二人の後ろ姿、 あれが 格好いいんだよね、オラやくざ者に憧れてはいないが あんなにカッコよく見せられるから義理と人情の男の世界(仁侠)が美化されて やくざ者の映画が好きだった。  

「やると思えばどこまでやるさ それが男の魂じゃないか 義理が廃ればこの世は闇だ なまじ止めるな夜の雨・・・♪ 」余計なことですが関東弁でこれを歌うから これから始まる戦いの凄まじさが予測されて 格好いいなということになるが 大阪弁で歌ったら なんか迫力ないし ホンマでっか―・・・気合の抜けた喧嘩になりそう。 ♪ やるとおもたら なんぼでもやりまっせー それが男のたましや おまへんか〜 義理が のうなりゃ この世はわやでんがな・・・・?  やはりやーさんは 関東が本場なんですね。 ホンマでっか。                          

古い記事でも語ったが 仁侠の世界、仁は優しさ 侠は男、「仁侠」とは 優しい男を意味する。 高校生の頃に読んだ「人生劇場」 映画でもまた見たくなる。  高倉健さんが死去のニュース見て あの時の飛車角は 誰が演じてたっけ? 高倉健、鶴田浩二、・・・・また眠れなくなっちゃう、夜中にパソコン開けて調べたり、これだから疲れる。

顔は解るが名前が出てこない、よくある現象です。 駅へ行くまでの道を歩きながら 三人ほど知った顔にすれ違う、「こんにちわー」愛想よく挨拶するが ところで今のは誰だっけ? 謎が解けるまでしばらく悩み続ける。  遠くからネエチャンが手を振りながら走ってこちらへ向かってくる、「はーい・久しぶりー」にこにしながら・・・・・久しぶりと云われても初対面だろ、 知らない人だけど・・・「はーい・・」と、せっかくだから こっちも手を振る。 すぐに通りすぎて 後ろから歩いてきた同じ世代のお友達だろうか ハイテンションで何か話している。 オレは関係なかったの? なんだバカバカしい。  毎度のこと乍 余談脱線が多いから 長くなってすみませんね。  今年は高倉健さんのように寡黙な男になろう、黙っていても存在感のあるクールな男になろうと 初詣のときに願かけてきましたが、もう年末だというのに朝から晩まで喋りまくっている。  病気なら少しは静かにしていられるが 喋ったり更新したりしているうちは まだ元気ですから、 またお暇な時に お気軽にアクセスしてくださいね。 こちらも無責任に更新励みますから。

★ビートたけしさんがイタリアで世界中の記者から共同取材を受けた時、イスラエルの記者が「監督の映画は暴力シーンが多いですが、暴力についてどう思いますか?」と、聞いてきたから おいらが逆に「おまえこそ、どう思うんだ?」って聞き返したら、周りの記者連中みんなげらげら笑ってたよ。 (ビートたけしの著書「悪口の技術」)  悪口に対して こんな切り替えしできる日本の政治家はいない。    日本の外交はへたくそだね、中国・北朝鮮・韓国・その他文句ばかり言われて、「相手を信頼してる、冷静に対応する」優しいことばかり云うから 戦う前から不戦敗だ。 総理大臣も外務大臣も 優しい顔した人ばかり、口を開ければ失言ばかり、エビちゃん好きな人、政権交代したら「ぽっぼっほー鳩ポッポー」いい大人が マジで歌う首相も出た、ダチョウ倶楽部みたいな人もいた。我が国のリーダーは善良で優しいおっさんばかりだ。 そんなんだから 近年毎年選挙ばっかりやってる情けない国になってしまった。  外務大臣には「元気ですかー」のアントニオ猪木とか 「出てこいやー」の高田延彦、「気合だー」浜口京子のお父さんとか、 亀田兄弟の親父、顔の怖い石破茂元自民党幹事長・・一般人から抜擢するならカラスと喋れるおばはんとか、とにかくこわい人がいい。 

つづく

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平成枕草子

山路(ヤマミチ)を歩きながら こう考えた。

智に働けば角が立つ 情に棹(サオ)させば流される。 意地を通せば窮屈だ、とかく人の世は住みにくい。 住みにくさが高じると、安い処へ引越したくなる。  どこへ越しても住みにくいと悟ったとき 詩が生れて、絵が出来る。  人の世を創ったものは 神でもなければ鬼でもない、やはり向こう三軒両隣(リョウドナリ)にちらちらするただの人である。 ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。 あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

人でなしの国は 人の世よりもなお住みにくかろう。  越すことのならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容(クツロゲ)て、束の間の命を 束(ツカ)の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、画家という使命が降(クダ)る。 あらゆる芸術の士は 人の世を長閑(ノドカ)にし、人の心を豊かにするが故に尊い。・・・・(夏目漱石・草枕)・・                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         漱石の全集はガキの頃(中・高校生くらいかな)随分読んだ記憶がある。     文学書を沢山読んだから賢くなるとは限らない、沢山作った人のほうが偉い。   勉強沢山すればアタマが良くなると考えるのが人の愚かさだ。  賢くなろうとして勉強する人はいない、みんながやってるからしょうがないからやるのである。  勉強好きな人はいない、勉強好きな人ばかりの人の世は住みにくいのである。  最近聞いたことだが 漱石の死後 弟子たちが漱石先生の才能を惜しみ 脳を冷凍保存して現在も東大医学部に保管されているという。 近未来の学術的進歩に貢献できるかもしれないと考えるのはユニークな発想である。 脳の成分や構造を利用できるほど医学の進歩向上に期待したのであろうか。  人間でこういうことを試すのは難しい問題である。      漱石没後百年、その研究が成功し脳みそ移植が実現していたら オラあのときの脳出血の手術でテストしてもらいたかったよ、漱石先生の脳みそを一つまみオラの頭にトッピングしても文句云わないよ、「◎◎さんの爪の垢を煎じて飲め・・」よく聞かされる言葉である。  実家の古いぬかみそを少しだけ貰って混ぜれば 発酵繁殖して 良いぬか床が出来るというからね。  リスクに気兼ねして進歩は生れない、進歩は失敗の積み重ねである。   もしも漱石の脳とオラの脳の混合手術が成功していたら、 このブログも ちっとはまともな文章になって、小説でも書いて 直木賞、芥川賞を目標にしようかと 新たな夢のような夢も生れる。

オラが科学者だったら オルフェーブルやサンデーサイレンスのDNAを永久保存して 四年後には最強の名馬誕生を夢見る程度の発想になる。

冒頭が読者の心に残るようなのが名作なのである。 極端に言えば(いつも極端なことばかりだけどね)今回の記事も 出だしの部分「草枕の原文」だけでもしっかり読めば何か学べるものがあるような気がする。  

 漱石・芥川の作品は 子供でも なんとなく理解できるし面白く読める。  文章の構成も技法も馴染みやすく 今読んでも人生前向きになれそうで 最後まで読んでみたくなる、・・さすがは文豪である。   要するに我々現代人は芸能系週刊誌ばかり読んでないで たまには本格派日本文学に接するのも いいお勉強になりますよ・・と云いたいのである。  


◆11月になりました。 読書の秋、モノ思う秋、食欲の秋、ブログネタがないのに更新しようとすると 結局シモネタやってるではないかと 読者に指摘されるので この秋は古典を読んでネタにしてみたいと 図書館で「源氏物語」を探した。 本をめくってざっと読んでみたが 義経も弁慶も 出てこない、戦いの場面がない、・・・なんじゃこりゃ??? 

オラ「源平盛衰記」をもう一度読んでみようと思っていたことに気がついたのだ。  源平の戦いとは「源氏物語」が元祖かと思っていたのである。

ガキの頃に読んだ漫画つきの絵物語、源氏と平家の合戦の物語り、

先ず 牛若丸と弁慶の出逢いから始まって、一の谷、壇ノ浦の戦い等、戦いモノが好きなのは男の子の傾向である・・・。

そういえば 大人になってから太平記、川中島、関が原、戊辰戦争・・戦いをテーマにした歴史小説は好んで読みまくったが 源平の戦いを小説にしたものは まだ読んだことがないのである・・・

「源氏物語」に文句つけるつものはないが、 紫式部、平安時代に書かれた女流作家によるわが国最古の恋愛小説・・・。桐壺。紫の上。夕顔、末摘花、葵の上、空蝉・・・・女が何人も登場するが

名前ややこしくて さっぱりわかんネェ? 現代語に変換して キャリーぱみゅぱみゅ・・まで出できたりして、 光源氏という男の生活環境は 余程住みやすく羨ましいばかりである。  おいらも名前は「光」だから も少し女に恵まれても良いものかと思わなくもないが、・・・昭和・平成は平安時代よりつまらないのか、結局よく判らないし面白くもない、 おいらにはレベルが高すぎた

ではどうするか、隣にあった清少納言「枕草子」を選んで 一通り斜め読みしてみただけであった。 その隣にあったのが 漱石「草枕」だった。 

書棚のレイアウトも「草」と「枕」コーナーがあるとは・・知らんかった。

枕草子 春はあけぼの・・・・以下略、

要約すると 春はあけぼの(夜明けの頃)がいい、夏は夜、秋は夕暮れ・・・冬はつとめて・・・・以下長くなるからまとめて省略。

平安時代は 花の色、空の色、虫の声・・等、季節の巡りを自然現象から感じていたのです。

「をかし」「いとをかし」= 平成と平安では日本語まで変化している。

「をかし」は「こんな感じが良い、」「いと」は「をかし」の強調、「more or most,= スゴーク、超いいね」ということになる。

話しが堅くなってすみません、たまには冗談ぬきでと更新を試みたが いつものペースでいかないと具合悪くなりそう。 いつもデレデレしていた訳ではないが 襟を正す、しゃんとするのは疲れることである。  しゃんとしたあとでデレーっとする、人生「辛」と「楽」の繰り返し、勝負どころで力を入れる、蝶の様に舞い蜂のように刺す・・・・(坂田英寿本因坊名人) 

◆この頃好きな言葉を紹介します                                                    オレ流平成草枕 春は・・・桜花賞がいとをかし 「三歳牝馬といえば 人間なら女子高生の年頃である、しかもそれが18頭も全裸で走るんだからな」・・と、寿司屋の政が目を細める。 馬にパンツ履かせてどうなるのだ、パドックが下着のファッションショーになってしまう、レースは別としても 一見の価値はある(寺山修司さんのネタ)

  人はなにか一つくらい誇れるものを持っている

何でもいい それを見つけなさい

勉強がだめだったら運動がある

両方駄目だったら 君には優しさがある

夢を持て 目的を持て、やればできる

こんな言葉に騙されるな、何もなくていいんだ、

人は 生まれて、生きて、 死ぬ、

これだけで たいしたもんだ。  (近頃の愛読書ビートたけしさんの詩集、「僕は馬鹿になった」)

ビートたけしさん、きみまろさん、寺山修司さんのネタは以前から何度も使わせてもらいました。 オラ彼らのファンになった。  お笑いネタばかりじゃない、かなりナイーヴな詩に芸術性を感じたりしている。 師匠の芸風を求め 思想にまで影響受けるのが弟子の誠意である。   頼まれてもないのにこっちが勝手に弟子になって 勉強させてもらっている。  このたびも長くなってスマンかった、(文字の大きさが突然変って読みにくくてごめんね、俺のせいじゃない、中高年のブログはPC操作が初心者なのである) 最後にもう一発 たけし先生のちょっと哀しくて面白い芸術の士の詩です。                                                                                   ◆もうあの子に連絡なんかしない、 TELもしないし、メールもやめよう 嫌われたんだからしょうがない  メールよこしても、もう嫌だ、未練たらしいのはカッコわるい、 しかし俺がこう思っているのを どうやって彼女に伝えよう   TELしてみるか                           もう一発  ◆道を歩いていたらウンコのようなものが落ちている なんだろうウンコかな? よく見たらウンコらしい、匂い嗅いだらウンコ、触ってみてもウンコ、なめてみたらやっぱりウンコだ、良かった 踏まないで・・・かなりストレートなウンコネタになるので恐縮です、(数年前の記事で使ったが またウケを狙って使いまった。 同じネタでもウケる人には何度でもウケる、) ◆もう一丁 「人生は 酒と女は 二合まで」(適当おじさんの一句 )    、 いきなり冬の寒さがやってきました。 そろそろ忙しい年末、風邪引かないように気をつけましょうね。  

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知床旅情と黄色いリボン

◆晩秋に 不良オヤジのコラム

11月10日 森繁久弥さんが亡くなった、96歳、大往生である。 

知床旅情の作者、昭和の日本文化の人材がまた一人逝った。 

森繁さんは オラの子供の頃からお爺さんだったような気がする。 喜劇俳優だと思っていた、 森繁さんをキライな日本人はいないと思う。 若い女が好きでよく触られた・・と、後輩の芸能人がエピソードを語る。  セクハラでもなんでもない、触らないと女性に対して失礼であると思っているから オモロイ爺ちゃんである。 唯のエロ爺なだけかもしれないが、今までに何も問題にされなかったとは 羨ましい、理想の晩年である。

その心の若さが長寿の要因になったのでしょう。

三人の女A・B・Cがいたとする。 美貌は何れも大差ない、Aにはボインを触った、Bはピーチ(お尻)に触った、Cには何もしなかった。 三人の中で一番傷ついたのは誰でしょうか? 答えはCである。  触らないのは女性に対する侮辱であると考える、水平思考ができる優しい人である。  水平思考とは しがらみも 習慣も 何ものにも影響されずに あらゆる角度からストレートに良い結果を求める考え方である。 

知床旅情は ほんわかとして心温まる好きな歌、「はるか国後に 白夜は明ける・・♪」

北方領土の返還を日本人の心に訴えている・・と、思わなければいけない。

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金曜日、アメリカ大統領オバマさんが訪日。  オバマさんはいいね、今回は女房連れずにタラップを一人で降りてきた。 爽やかで どこかスティーブマックウィーンに似ている。 やっぱり見た目だ、見た目の格好いいほうが支持率上がる、女もキレイな方がモテルからね、何事も見た目が良いのが好ましい。 オラの印象では ケネディ、カーターさん以来の 久々に好感持てるアメリカ大統領だね。 

好印象のアメリカ大統領は あまり記憶が無い、ニクソンの時はベトナム戦争、ブッシュはイラク戦争、二十世紀からいつもどこかの戦争に関っている。 ブッシュさんに靴投げたイラク人と ノリピーの旦那にも靴投げる気持ち わかるよ。

米ソ冷戦時代、キューバ危機の頃はケネディさんが暗殺されて、凄くがっかりしたね、自分的にはマリリン・モンロー急死のほうがショックで寂しかったけどな・・・。

いい大統領だと期待してたのに、リンカーン、キング牧師、歴史に残るほど よくやったと思うリーダーが撃たれる、アメリカは なにやってんだよ? アメリカのこういうところが分らない・・、情けないことだとむかついたものであった。  そういう日本も解らないよ、金正日の息子が東京ディズニーランド見物に来ても何も出来ない、もしかしてお土産持たせて帰したんじゃねぇだろな。  そこまで舐められても 支援で金ばかり出して 国家予算が赤字になりそうと慌ててる。  日本もヘンだよ。   

核兵器の廃絶を唱えたオバマさんがノーベル平和賞は妥当である。 アメリカは宇宙という小学校で地球というクラスのクラス委員(学級委員)だからな、ならば国連はホームルームか? アメリカ大統領には言葉の影響力がある。  オバマさんが言うから みんなその気になる、それでいいのだ、地球温暖化対策、人類にできることは核のない世界を目指す、久々に良いことである。 暗いニュースの多い中で 唯一前向きな明るいニュースである。   

昨夜は ジョンウェインの西部劇「黄色いリボン」を観た、十年前 町田で五百円のDVD買ってきた、ヘミングウェイの名作「キリマンジャロの雪」と二枚買って、 初めてゆっくり観た。 レトロな映画のDVDは安いから 熟年世代には嬉しいことである。

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泣けたね。 映画の内容ではない、ジョンウェインの生の声を聞いて、北米大陸の雄大な景色を見て、泣けてきたね。  まだ小学生くらいの頃だった、男の子はジョンウェイン、ゲーリー・クーパーの西部劇、女の子は東映時代劇で錦ちゃん、日活の裕次郎でキャーキャーやってたから。 (大人になってからは日活ロマンポルノだったけどな)   昭和の子供の古き良き時代が懐かしくて 泣けたね。

黄色いリボンの歌もアメリカの軍歌行進曲なら 恋人だの彼女だのと・・陽気で、 ここが日本の軍歌と違うところだ。 黄色いリボンは遠く離れた大切な人が無事に戻ってほしいというおまじない?、黄色は「幸運」と「平和」の象徴なのだ。 神風特攻隊が白いマフラーで出撃するのは「帰ってこないよ」という印だ。 民族性の違いとは カラーの違いだね。

She Wore a Yellow Ribbon

   Round her head she wore yellow ribbon

   She wore it in September and in the month of May

They asked, they asked the reason why she wore it.

She wore it for her sweetie who was far, far away

  彼女が巻いている黄色いリボン

5月と9月に身に着ける

みんなが理由を尋ねると

遠くの彼氏のためだとさ

ジョンウェインも晩年は騎兵隊の隊長とか保安官、偉い人が適役になっていた。 森繁さんも殿様役が向いていたような気がする。  黄色いリボン、ラストシーンが心温まる、“老人の旅は終った、彼はカリフォルニアへ向かった” 退役し、一人寂しく荒野を西へ向かう彼を後輩の若い軍曹が追う、シェリダン将軍、シャーマン将軍、グラント大統領三名が彼の功績を称え 彼を中佐(コーネル)に任命する推薦状を見せる、「これは凄い、スリーエースだ、(エースのスリーカード)」 「俺なら四枚にする、もう一枚はリー将軍だ(4カード)」、大尉はちょっと考えて「ま・いいか、お目出度いことだから」リー将軍は南軍、グラント大統領は北軍のリーダーだった。 南部出身の軍曹が北軍だった大尉を ちょっとおちょくる。  大尉も昔のことだから、ま・いいか・・この粋なやりとりが いいのである。 アメリカの熟年には通じるやりとりだ。

 

最後に騎兵隊の隊列が進むときのナレーションがいい、南北戦争後の西部開拓時代のこと等、物語の時代背景を説明している。

「彼等は汚い身なりで歴史に名を残すこともない、しかし 現在の合衆国があるのは 彼等の歩みと戦いの結果であるのだ 」 これは映画を観る子供たちに歴史と愛国心の教育をしている、アメリカの軍国主義も感じたね。  大酒飲みのサージェント(軍曹)が部下たちに訓示する場面で「今日はご婦人が同行するからな、お前ら 言葉使いが気をつけろよ・・・」兵士の一人が「文法もな・・・」

言葉が・・「が」ではないだろ ことば「に」だろが・・・て、オモロイ場面もあったよ。

隊長がラッパ手に「チャージのメロディ聞かせてくれ」突撃命令をこんな風に云う。

洋画観るときに字幕を追いかけてばかりではだめなのよ、こーゆーときはこんな英語を使うのかと、そこまで見方を変えれば 映画も勉強になるよ。  大尉・中尉・少尉は「キャプテン」、その上の階級、大佐・中佐・少佐を「コーネル」て云うんだね、 よく観賞すると 雑学の勉強にもなるよ。  それではKFC(ケンタッキーフライドチキン)のカーネルおじさんは大佐だったの??

Photo_3 11月7日が立冬だそうです、もう冬になりました。 ここ数年 毎年年末まで暑い暑いで 異常気象が心配だ。 今年は秋時雨、冷たい雨の日が多い、新型インフルエンザも流行してるから 風邪ひかないように気をつけましょう。 季節がなくなったらこの世の終りだよ、義理が廃ればこの世は闇だ、それから アフリカのキリマンジャロの雪が温暖化で溶けているそうだ、エライコッチャ!! オバマさんの言うように みんなが危機感持って 地球の緑を守りたい・と思うのであります。

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雨ニモマケズ風ニモマケズ

なんだかんだと言いながら毎年アウトドアをやっている。 釣りにキャンプにバーベキュー・・・、去年は自分が緊急事態だった、それでも夏にバーベキューやって「生きていて良かった」と涙ぐんでも 肉をかじりながらでは説得力なかったが。 

あれから一年、先週から遠足前夜のガキのように ドキドキ・ワクワクで 待ちきれない、フライングしそうに入れ込んでいたよ。 ドキドキ感覚は 初恋と同じようなもの 心の若さを保つ、脳細胞を増加させるそうです。 ドキドキの感覚はいつまでも持ち続けたいものです。  4コーナー廻って最後の直線のドキドキ感覚もいいが、たまには少年の心に帰って ワイルドで健康的なドキドキ感覚が良いのです。

Photo肉で包んだおにぎり、ホタテの差し入れもあって、皆オイチイ・オイチイと食べました。

アウトドアが好きだね。  ワイルドに憧れるのは都会人だから、文明国家の国民だから。 食えない国の子供は草を食ったり海岸で海苔を探すらしい、毎日がワイルドになっている。 ある意味羨ましい、自然の中で食い物探す、一度やってみたいよ。  オラたちは家の中でなんぼでも食えるのに不景気と核戦争や地球温暖化の心配しながら 渋滞で苦労しても わざわざ不便な森の中で食おうとする、生きるために食うのではない、楽しむために食いに行くとは よくワカランが有難いことであります。 

日本に生まれてよかったね。  現代人は自然の中に溶け込んで「いのち」が燃えることを実感するときが「幸せ」だ。

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★故郷は 遠きに在りて想うもの そして悲しく歌うもの  室生犀星

★山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う プッセ 

( 山の彼方の、ずーっと向うの遠くへ行けば「幸福」があるんだよ )

 山のアナ・アナ・・・あなた・もう寝ましょうよ(^.^)(落語のネタ、これも穴ログだ)

嗚呼 誰にもふるさとがある ふるさとがある♪ ・・・男の望郷 懐かしいふるさと(出身地=マザー)は遠いところにある。  幸せは遠いところまで行けばあるのだ。

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11月になった。 大病に倒れてから一年八ヶ月、あっという間に時が流れた。  

病気のことも病院の生活も、リハビリの散歩も 忘却の彼方へ消え去ろうとしている。  

やっぱりバカだから忘れられる、時間が解決してくれる、もう少しだ。  

雨ニモマケズ 風ニモマケズ  雪ニモ夏ノアツサニモ 病気ニモ 便秘ノ辛サニモマケズ  タマニオイシイモノタベテ  ベイスターズガ勝テバ酒モオイシイ

外へ出ルトキハ チョットオシャレシテ ネエチャンノ尻ニサワッテモ ダレニモオコラレナイ ソウイウステキナエロ爺ニ ワタシハナリタイ  (雨ニモマケズをアレンジ)  たく・もう・・☆❤??!×◎▲・・・、しょーがねぇ爺だよな!

Photo_8 カマキリ(ピンボケ?)

 

「死ぬかもしれない・・?・」手術後のICUは戦場だった。 他のベッドで本当に死んでゆく人もいた。 時々目覚めるオラには 貴重な体験だった。  ちゃんと真面目に病気と闘っている人が力尽きてしまう、若き美貌のナースが号泣しながら走り回る、オレも死ぬかもしれないのなら ベッドの横をぞろぞろ通ってゆくナースの尻を 美味しそうなの選んで 死んだふりして触っておけばよかったよと 後で残念がっている、しょーがねぇシモネタオヤジが何故か図々しく今日も生きて能書きたれてる?   社会の温かさ 人間の優しさに包まれて救われた命、この幸運と幸せを どこに向かって感謝すればいいのか? オレばっかりこんなに幸運でいいのだろうかと、先に逝ってしまう人たちには申し訳ないような気持ちになったりもした。 不思議なくらい恵まれていた、やっとオラにも幸運の神様が味方についてくれた。  偶然でもいい、運の巡りで元気に生きてバカ云ってられる。 バカになりたくないのはバカだからか? バカがバカ云ってられるのは有難いことだとバカに憧れるのもバカだから? アレェ?何だかわかんなくなってきちゃった?? バカとはこんなもんかな?  晩年は好々爺になって小春日和の日向ぼっこで暮すのはオラの趣味に合わない、アウトドアが出来るとは有難い、幸運の星がそこまで付き合ってくれるなら 今年も有馬記念が楽しみである。  競馬場は最高のアウトドアだからね。

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この一年、色々あったが、振り返ると思い出の中には「幸せ」がいっぱいだった。 

「幸せ」とは思い出の中に存在するものだ。  未来のことは分らない、明日はどうなるか知らないが、もしも幸運がまだ続くのなら 来年か何年後かに 今日の日のことを「幸せだった」と思い出す日がくるのだ。  人は「幸せ」に気が付かないときが幸せだ。  

ひょっとしてオラは今「幸せの時」を生きているのかもしれない。

Ball_2   

ボール遊びが億劫なほど腹いっぱい食って幸せを堪能して、一日中食っている。 満腹に満足して、 明日からはまた減量に励む・・文明社会に生まれた贅沢な試練? 幸せと苦難はいつも隣り合わせだ。

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寺山修司さんの言葉

山と緑に囲まれた公園があった。 森林公園、野球の子供たちには庭のようなもの、 尾瀬に似た湿原で 多摩丘陵の自然を観察できる公園である。

噴水の池には鯉が泳ぎ、細い小川が何本も流れる。

Photo   

10月中旬、秋晴れの日曜日、急に行ってみたくなった。 またウルウルきたらみっともない、対策にサングラスを携行して。

横浜へ引越しする前日、家の水槽に飼っていた金魚を運んで このせせらぎに放した。 少年野球に明け暮れていた頃、突然大病に倒れ 死に損なってから数年後である。 泳いでゆく魚たちを見送り 元気でねー、大きく育ってねー、子供たちの姿を見るような心境になった。  野球との決別、思い出との決別だった。 お別れ会はしない、子供たちとお別れ会なんかしたら 彼等より先にこっちが泣いてしまう、 子供たちに涙は見せられない、彼等の涙も見たくない、 手がつけられないほど大騒ぎになる。 

そのくせアルコール分の摂取できる大人たちのお別れ宴会は あちこちへせっせと出向いて 懲りない不良オヤジであった。 みんなゴメンナ、苦しい練習ばかりさせてしまった。  もう誰も助けてくれないが ここは狭い金魚鉢ではない、無限に広がる自由な世界だ、自分の餌を自分で探せ、自由に生きて育ってほしい・・・と金魚たちに子供の姿をダブらせて・・・人生の区切り、一つの青春との別れ・・・監督がそんな感情に浸るようだから 栄冠に縁がなかったのだ。 

少年野球の指導をしてみたい、監督をやってみたい、若いころの夢が実現した、自分なりに納得したチーム造りができた。 この森は、中年になってもまだ腕白たちのガキ大将で大暴れできた森であった。    

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 毎年毎年子供たちとは 卒業という「別れ」を繰り返して、ついに自分が別れてゆくときを迎えた。 「いい日旅立ち」が 淡く切ない思い出に代わってしまった。 あれから20年、再び生死の境を彷徨う大病に遭遇するとは まるで想定外だったよ。 あれから20年、ふるさとの景色を眺めるような感情に動かされて 思い出いっぱいの懐かしい森を散歩しにくるとは・・・ここがオレの「ふるさと」だから。

Photo_4 ザリガニ釣り、スルメいかでマッカチンが釣れるよ

寺山修司の詩「ふるさととは 所詮家出少年の定期入れの中の一枚の風景写真のようなものだ・・」

寺山さんの詩が好きだ。  競馬をロマンと思うようになったのも彼の影響である。 

寺山さんの詩は、どこか哀しい言葉でも 明るく前を向いて歩きたくなる。 呑む・打つ・買う・・・酒を愛し、女を愛し、競馬を愛した詩人である。 不良性に美学を求める?敗者の美学という論評もあるが、オラは単に呑ん兵衛のシモネタ爺かもしれないが 同じような不良オヤジだから ネタの無いときは寺山さんの言葉を拝借して 同じ美学に浸ってみたくなる。

Photo_2Photo_3 この階段登ると森の上には 狂ったように練習したグランドがある、 

     美というものは 本来、何かを欠いたものです。 完全な合理主義からは 美はおろかドラマも生まれてはきません。

★ 私は競馬場の抒情詩的な広さが苦手だ、(中略) あの健康さは 病み上がりの私には眩しすぎるものだったのである。

     なぜ賭けるかといえば じぶんの運を知るためである。 

森林公園というふるさとは 一枚の風景写真のようなものだった、紅葉にはまだちと早かったが森の景色は変わっていない。  20年ぶりの「ふるさと」へぶらりと立ち寄ることができた、お蔭様で何でもできる、出来ないのは棒高跳びくらいなものだ。 ある日突然電車に乗って、バスに乗って、どこでもいける、気弱で寂しい去年の秋に比べたらこんなに元気になった。 身も心も、健康の有難さ、命の尊さを実感している。 野球の少年たち、友人たち、金魚たち、ふるさとの森、みんなに「ありがとう」を云いたい。 感謝・感謝の一日でありました。

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やるなら今しかねぇ

同じアルバムの中に もう一曲泣けるのがあった。

「西新宿のオヤジの唄」

  (途中から)

♪古いか新しいかなんて 間抜けなものたちの言い草だった

俺か俺じゃねえかで ただ命がけだった

酒の飲めないオレに 無理やり徳利傾けて

男なら髪の毛くらい短く切れよって また怒鳴った

西新宿の飲み屋の親父に別れを告げて 

オレは通いなれた路地を いつもよりゆっくりと歩いている

すすけた畳屋の割れたガラスに映っていた 

暮らしにまみれたオレが ひとり映っていた

「やるなら今しかねぇ、やるなら今しかねぇ・・・」

六十六の親父の口癖は 

やるなら今しかねぇ~

 

これは長淵がまだ売れない下積み時代に 通っていた西新宿の飲み屋のオヤジが死んで、出世払いでいいからとめしを食わせてくれたり、男としての生き方を教えてくれたり、

世話になったオヤジへの葬送曲(レクイエム)だ。

古いか新しいかなんて 間抜けなものたちの云い草だった,俺か俺じゃねえかで 唯命懸けだつた・・・・ 

このフレーズが好きで俺自身の人生訓になりそうで この曲が好きになった。  

俺の生き方、オレの死に方でいいのだと思った。 例えばオレなら 周りの者を笑わせながら 冗談云いながら 明るく死んでやろうと思った。 

「やるなら今しかねえ~」・・・いい言葉だね。

オヤジは病気に侵され もう自分には時間がないことを悟って

「やるなら今しかねぇ」が口癖になったと思われるが、

これは 未来のある若者にも通用する言葉だ。

何事も「やるなら今」なのだ、

今日の仕事を 明日に伸ばしてはいけないということだ、

明日があるからこそ、今という瞬間にベストをつくさなければ 

明日になっても最善は尽くせない。

古風な言い方をすれば「刹那を最善に生きよ・・・」

英語にすればTry your best now, for the best tomorrow, 

(自己流英訳・・自信はないが)・・なのである。

彼は この言葉を「座右の銘」として自分を磨き

一流のミュージシャンに成長したのかもしれない。

 

長渕はジーンズにスニーカーで、ギターひとつで路上ライブをしている今頃の音楽好きの若者と同じ部類だったのだろう。

外見は 東京の繁華街をそぞろ歩く軟派でも

心にゃ硬派の血が通う・・・「東京流れ者」だ、

彼の本質は・・・「硬派」だ、

日本人の古風な心を知る 今どき貴重な若者だ。

音楽への情熱が己の生き様だと信じているから 

下積み時代に受けた恩を忘れず、弱いものへの優しさと 

我慢できねぇときには強いものへの反骨もある。

古風な心情を尊重できるから斬新な作詞作曲の才能も磨かれるようになる。

彼はもうおっさんだけど、こういう日本の若者がオレは好きだな。

 

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西新宿一丁目 11月の朝

 

義理や人情の話をすると 現代人は“古い”という、

“古い”・・? 古くて上等じゃねぇか、

ピタゴラス・ガリレオ・ニュートン・アインシュタインもフレミングも・・・現代人を進化に導く あらゆる公式・法則・定理・理論は みな古いものだ、

古いものの中に正しいことがあり、それを学ぶのが「学問」というものだ。

それは覆すことのできない ものごとの基本となり永遠の真理になる。

義理人情という「日本人の美徳」も 我々にとって永遠のものだ・・・

それに気づかなければだめだ、

古いことを理解してこそ 初めて未来への道が開けてくる、

今の日本人は“古い・尊い”ことを軽視するから「くらげ」になるのだ。

 

もうすぐクリスマスだけど、日本人ならクリスマスよりも正月だろ、

キリスト信者でもないのに何を大騒ぎするか、

(そういうオレも大騒ぎしてるけどさ・・・)

バレンタインデーなんかは チョコレート会社の販売戦略に乗せられているだけだ、(最近チョコレートもらえなくなったから言うんだけどね・・・)

それから 11月頃にカボチャの提灯みたいなの作って、

ハロウィーンだかなんだか知らねぇが・・・

それを嬉々としてやっている日本人がチャンチャラ可笑しいわ。

 

まぁ・人それぞれだから 何をやろうと自由だけどさ、

日本人ならお正月・節分・節句・彼岸やお盆や郷土のお祭りや・・・、

日本古来の伝統に誇りを持って もっと大切にしなさい・・・と言いたいね。

キリストさんの命日は知らなくてもいいから 

親の命日や 妻や子供の誕生日を忘れてはいけない。

 

そういえば オレがブログに挑戦したのも「やるなら今しかねぇ・・」と思ったからだ。 西新宿のオヤジみたいに 残された時間が少ないような気がしてならねぇからだ。

 

オレのブログのスタイルは評論家だ、

人の詩に点数をつけて ついでに説教がましく能書きたれる

嫌なオヤジになってしまった。

オレも人を泣かせるような詩を書いてみたいけど、

才能がないから なかなかうまくいかない。

人の心は 動かそうとして動くものではない、

やっていることに最善を尽くす姿に 人は心を動かし感動するのかもしれない、

日々誠実であれば いつかは共感してくれる人もいるだろう。

結局、今やれることを 今全力でやるしかねぇんだ・・・

「やるなら今しかねぇ」と思えば、いい仕事が出来るはずだと思って

今やるしかねぇ・・・のかな?

何だか また わけ分かんなくなってきたぜ・・・

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男たちの大和

ひとこと言わせて

先月 長渕剛のCDを手に入れた。

久しぶりに ジ~ンとくる歌に出逢った。

            

「男たちの大和/YAMATO」の主題曲「Close your eyes

♪それでもこの国を たまらなく愛しているから

もう一度生まれ変わったら 私の名を呼んでください

寒さに震える夜も 流れる涙つむぐ夜も

もう一度生まれ変わったら あなたを決して離しはしない

私の胸の中へ帰っておいで 気高いあなたの勇気を抱きしめたい

ひそやかな海に咲いた白い花たちが 今私のからだに折り重なる

Close your eyes 瞳を閉じれば

希望へ駆け昇る あなたが永久(とわ)に生きている・・・

Yamatotrials_1

泣けるね・・・、これが「愛国心」だね。

オレは右翼ではないが(どちらかいうと右寄り思考かな?)

最近は「愛国心」という言葉がどうのこうのと議論の対象になっているが、

そんなことを議論するのは情けないね、

今の日本は“とうふ”や“くらげ”になってしまったのか。

自分の生まれ育った国、日本を愛さない日本人がいるのだろうか?

            

教育論の記事で同じようなことを書いたけど、

“君が代”や“日の丸”に反発し、戦争はしないから軍隊は要らない、

子供に「愛国心」を教えてはいけない・・・、

どこかの野党の女性党首みたいに 文句ばかり言う人がいる。

戦争反対は だれでも同じ考えだ、

でも 思想や言論がいくら自由であっても

「愛国心」まで気に入らない奴は みんな日本から出て行けばいい、

カンボジヤとかアフリカにでも行って“平和と福祉”のボランティアでもやればいい。  大人たちがそんなレベルの低い議論をするから 子供たちの成長が歪んでしまうのだ。

健全な子供は 放っておいても自分の育った郷土や国を愛する心を持つのだ。

         

「いじめ」が社会問題になっている。

学校でいじめに遭った子供たちに 自殺の連鎖反応まで起きている、

いじめる子供は悪いが(中には本当に悪いやつもいるけど)

大半は 自分が意識しないで相手を傷つけている、

子供の世界はそんなものだ。

子供というのは みんな自己中心で エゴの塊だ。

相手の心を気遣うことが出来ないから子供なのだ。

(大人にもそういう人はいるけど・・・)

              

相手の心を気遣うようでは子供らしくないということだ。

いつの時代にも いじめっ子はいるし いじめられる子もいる。

子供が集団になるところに いじめは絶対になくならない。

       

教育の目的は 勉強じゃねぇんだ。

勉強して 知識を身につければ 人を理解できるようになる、

勉強を通して 人の痛みが判るような大人に育てることだ。

いじめる子を無くすことを考えるよりも、

いじめられても死んだりしない子を育てることが先だ。

いじめる子はいけないが、それで死ぬ子もいけない・・・

いじめられたくらいで自殺するような「くらげ」になったらだめだ。

         

教育論はもうやめようと思っていたが、

最近の「いじめ」のニュースを見るたびに むかつくのだ。

子供の世界まで「くらげ」にしたのは 

愛国心がどうのこうのと問題にする「くらげ」のような大人たちの責任だ。

人はいさ 心も知らずふるさとは 花ぞむかしの香ににほひける (紀貫之)

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日本というふるさとはこんなに美しく、

日本人の心はこんなに優しいのに・・・

この歌を知らない、意味もわからない日本人が沢山いる、

美しき国、美しきふるさとを愛する心、 

ふるさとや愛する人を守ろうとする心が 

欠如してしまったのだろうか、

   

Close your eyes  を聴いても 

心が動かない大人が増えたのだろうか・・?

だからオラは ひとこと言いたくなるのだ、

“それでもこの国を たまらなく愛しているから”・・・・だ。

Sunset

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座右の銘

「人生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し 急ぐべからす゛」

家康が座右の銘として この言葉を詠んだのは晩年のことである。

三方ヶ原の敗北が大きな教訓となっているのだ。

この言葉にはなかなか味がある、

確かに「失敗」するというのは ものごとを「急いで」「あわてて」いる時です。

天下を取った徳川家康だって失敗している、

失敗のない人なんていない、

誰にだって一度や二度の失敗や挫折が必ずあるのです。

大切なのは 失敗を素直に受け入れて反省し

自らの教訓として生かすことができるかどうか・・・だろうね、

「人生は糾える縄の如し・・・」

不運があれば ラッキーなこともある、

悪いこと悲しいことの数だけ 良いこと嬉しいことも必ずある、

ちゃんとバランスが取れるように 人間は生かされているのだ・・・

人生は50・50(フィフティ・フィフティ)、

そう信じて生きてゆければ 人は幸せだと思います。

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ホトトギス(ユリ科)の花

            

ところでオレには座右の銘がない、

あまり改まって考えたこともない、

ガッツ石松が“座右の銘”を問われたときに

右1.2 左1.5(左右の眼?)と答えた・・・・、

今までに聞いた 色々な座右の銘の中でこれが一番気に入ったね、

ガッツは偉い・・・、こんなに頭のいい男だとは知らなかった。

子供のころから苦労して やっと世界チャンプという頂点へ登りつめたのにひとつも偉そうな顔しないでボケまくっている・・・、

これこそスポーツマン、真のチャンピオンだ。

ボクサーは大体アホだ、体育会系の中では特にボクサーはアホが多い、

考える余裕の無いほど過酷なスポーツなのかもしれないが

ワジマもグシケンも トカチャンも ヤクシジも 浪速のジョーも、

そしてガッツも・・・、みんなアホだし天然ボケだ。

チャンピオンというのは基本的にアホでなければなれないのかもしれないが、

みんな苦労したね、

辛い挫折を何度も経験して喜びも悲しみも知っている純粋な男たちだ。

それに比べたら最近のチャンピオン・亀田兄弟はダメだね、

あれはオヤジのバカを強制的に引き継がされて 

ガキより知能指数の低い真のバカだ。

ボクシングしか教えられないバカな親が、

ボクシングしかやりたがらないバカな息子に 

好きなことをやらせてるだけのことで、一口で言えば極端な「過保護」だ。

強いだけの理由で ちやほやとスター扱いするマスコミやファンもいけないけど、

彼らのトレーニングは獣と同じで脳みそが空っぽだから鍛錬や努力ではない、犬が散歩へ行くと喜んで何時間でも遊び 走り回っても疲れないのと同じだ、

おすわり・お手・待て・・・、

その程度の躾(しつけ)も教わったことのない犬と一緒だ。

今のままでは 仮に勝っても世界チャンピオンの品格を汚し日本の恥を晒すだけだ、引退してもまともな社会人にはなれない、暴力団の用心棒くらいしか進む道がない。

ここまで「くそみそ」に云ったら可哀想だけど 

彼らはまだ若い、これからだ。

人を敬い 礼節をわきまえることの尊さを学んでもらいたいね、

親にばかり甘えていてはだめだ、どうせオヤジはそんなこと教えてくれない、

戦う相手から学ぶのだ・・・、

親の言うことばかり聞く子は 絶対に親を超えられない、

ガッツやグシケンたちのように 引退しても立派にやっていける世界に誇れる真のチャンピオンになってもらいたいからね。

昔、西鉄ライオンズに稲尾という鉄腕投手がいた。

後に落合(現中日監督)を育てた元ロッテの監督だ。

稲尾が二十歳のころ、

西鉄は巨人との日本シリーズで三連敗のあと彼の四連投で四連勝した。

神様・仏様・稲尾様と流行語になるほどファンやマスコミに騒がれた、

でも若い稲尾は謙虚だった、慢心することはなかった。

彼には父から教わった言葉があった、

稲尾という名前の「稲」という字は 米のなる稲穂だ、

稲の穂先は まだ若く小さい芽のときは真直ぐにピンと立っているが

稲の穂が大きく実る秋になると 充実した実の重さで茎が曲がり頭を低く垂れる、

人間も同じこと、未熟な人ほど頭を高く偉そうにしている、

力がつくほど頭を低く下げるのが立派な人間だ・・・、

「実るほど 頭を垂れる稲穂かな・・・」である。

父親が子供に教えることとは かく在りたいものである。

いつの間にか話が逸れてしまったけれど、

オレも座右の銘くらい持たなければいけない、

オレの一番好きな言葉は「青春」と「若さ」だ、

座右の銘は 自分の好きな言葉を並べればいいのかなと思う、

だから「青春 若さ 明るく 優しく」ということにしようかな・・・

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また脱線になるけど、オレが23歳のときだった、

営業の仕事で東北を担当して山形市の得意先を初めて訪問した時だった。先方の社長と商談するため応接室に通されて茶を飲みながら少しの間待たされた。

応接室の正面に松下幸之助の言葉が飾られていた。

「青春」

青春とは 心の若さである

信念と希望にあふれ勇気にみちて

日に新たな活動を続けるかぎり

青春は永遠にその人のものである

それを見て ウワー!・・・スッゲエー! と思った。

青春真只中の自分に ガツンとくる感動的な言葉だった。

青春て いいなー、なんて素晴らしい言葉だ と思った。

オレもガンバラナクッチャ・・・!

と思ったのを 今でも憶えている。

それ以来オレは 「青春」という言葉が大好きになったのです。

「青春」という言葉には、 明るさと 若さと 希望がある、

労働の厳しさや 人生の苦悩があっても、

それに立ち向かう勇気やパワーが漲っている、

そして、心の若さがあれば 青春は永遠だ・・・

あの頃 「明るいナショナル・・」が松下電器CMのキャッチフレーズだった、

「明るい」というのはナショナルの電気は他社よりも「明るい」ということを歌っているのかと思っていた、(ガッツ石松さんもそう思っていたはずだ)今になって あの「明るい」は「永遠の青春」を歌っているということが解ったのだ。

ナショナルの製品はどこの家にも一つや二つあるけれど、オレはナショナルの関係者ではないが さすがは松下幸之助さんだと思う。

松下幸之助さんの語録には まだいいのがあるよ

「道」

自分には 自分に与えられた道がある

広いときもある 狭いときもある

のぼりもあれば くだりもある

思案にあまる 時もあろう

しかし 心を定め 希望をもって歩むならば

必ず道はひらけてくる 

深い喜びも そこから生まれてくる

「素直」

素直な心とは 単に人に逆らわず

従順であるということではありません

何ものにもとらわれず 物事の真実と

何が正しいかを見きわめて これに従うことです

素直な心になりましょう

素直な心は あなたを強く正しく聡明にいたします

松下幸之助さんは“厳しさ”と“優しさ”と“心の若さ”を持った

いつも「前向き」な人だったのでしょう。

徳川家康は日光東照宮に「東照大権現」として祀られている、

後の徳川幕府は 家康を「神様」にしてしまったのです。

松下電器という会社からみれば 

創業者の幸之助さんは徳川家康のような存在なのであろう、

昭和初期、松下幸之助さんが二股ソケットを発明したという話を

子供のころに聞いたことがある。

売り上げが伸びなかった「味の素」の社員が 容器の穴の数を増やせばいいと提案して「味の素」が大手に躍進したという。

日常の単純なことから 素晴らしいアイディアが生まれるのも

「心の若さ」があるからだと思います。

          

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この街に来て もう八ヶ月になった、

プールの監視員や 常連のおばちゃんたちと 

ついに挨拶して会話するお友達になってしまった、

病院の先生も看護婦さんたちも皆優しくて、薬剤師の姉ちゃんとも馴染みになった、みんな明るくていい人たちばかりだ。  尖っていた現役時代に比べたら 今、オレの周りは味方ばかりになった。 ちっとは丸くなったのかしら?  

なんか いかにも年寄りみたいで 寂しいけどね。

十月三十日、秋も深まったので そろそろ紅葉の写真でも撮れるかと朝から歩いてみたが、まだちょっと早すぎた。

紅葉前線は関東では まだ日光、奥多摩、箱根・・・あたりかな、

都心や横浜は11月中~下旬だ。

でも 気の早い楓(カエデ)はチョイ赤に色づいていたし、イチョウ並木もぼちぼち黄色くなっている。

その気になって観察すれば 都会でも秋を感じさせるものが見つかるものですね、

春は「桜前線」、秋は「紅葉前線」・・・、

忍び寄る季節の移り変わりを 桜や紅葉を使って表現するのは

日本人特有の感覚領域「ワビ・サビの心」なのだろう。

ワビ・サビが理解できるようではダメだよな・・・

ワビ・サビに萌えているようじゃ 完璧にオヤジになったということだからな、

木の葉が紅葉して やがて木枯らしの中で枯れ葉となって散ってゆく、

枯葉は人生の「最終章」にも似て・・・

若い人でもシャンソンの定番「枯葉Autumn Leaves」や

五輪真弓の「恋人よ」を聴いて切なくなるのは「ワビ・サビ」を理解する素質があるということになるけどね。

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♪恋人よ  枯葉散る夕暮れは 来る日の寒さをものがたり 

      雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない   

      恋人よそばにいて 凍える私のそばにいてよ 

      そして一言この別れ話が 冗談だよと笑ってほしい

アー、なんか切なくなるね、やだねー、早く正月来ネエかな。

              

ところで、一般にみんなが「もみじ」というのは赤く紅葉するカエデのことですが

紅葉も黄葉もどちらも「こうよう又はもみじ」と読みます。秋になって葉が色づくことを昔(万葉集)は「もみずる」といったそうです。

だから カエデのもみじ(紅葉)イチョウのもみじ(黄葉)というのが正しい、色の変わる葉は 結局みんな「もみじ」なのです。

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