カテゴリー「こんなのが好き これキライ」の17件の記事

爺さんは拳銃を持っていた(2) 俊佑さん凄いんです

私事ですが(私事ばっかだけどね) 
うちら結婚したのは オレが二十三歳、女房殿は二十一、下げた手鍋のその中にゃ
明日の飯さえ・・・・無かっな・・・・おまえ♪ この歌のモデルではありませんが、 昭和演歌、「あなた・・・・お前・・・」「赤い糸で結ばれていた・・・」 この手の台詞?は オラ昔から好きくないよ。   
第一 村田英雄さんの演歌「皆の衆」?「男度胸」 「根性」・・・このての日本語・ オラ嫌いだわ、嫁さんを「お前・・」なんて 呼び方してるうち 今どきないでしょ。  ませたガキが若くして所帯持つと経済的には大変な時代、今でもそれは同じようなものと思うが、 ビートたけし先生に言わせると 結婚とは、ボトルキープしたようなもの。
帰ればアレがあるじゃないかという保険のように考えてる。 
 
結婚というのは 子供造って、育てて、人口増やす・・・・我が愛する日本国国民の義務なんだよ。  子供造りの行為だけが楽しみじゃだめだよ、  中国、インド、その他人口の多いとこは 他に「楽しみ」がないからだよ、後進国に共通することである。 
気持ちいいのは解るけど、ちゃんと産んで 育てて、納税者の数を増やす・・・・・そこのところを理解してもらいたい。  こんなこと云うから 「シモネタ」やめて もっときれいな話にしてください・・・昔から読者から文句言われてる。  オレが云いたいのは 現代国際社会情勢・・・・、グローバルに社会科の勉強してるのに、解かんねえ人も沢山いる。 「落ち」の部分でウケないから 苦労するんだよ。 
教育、勤労、納税、日本国民の義務を果たさなければ、 基本的人権とか、権利ばかりを教わる現代っ子には まだ分かっていないこともある。  
 
最近 近所のかかりつけ病院では 若いナースがもうすぐ結婚控えて、 日々幸せ一杯で 食べ過ぎて肥っちゃいそうと嬉しそうにぼやくから、 ずつと昔から幸せだったでしょ、なんでも美味しく食べられて よかったね、幸せな人見てると こっちも幸せ気分になる。  祝福のつもりで述べた言葉が 乙女心を傷つけたか? 「なにそれ、元々デブって言いたいんでしょ、しっつれーねぇ・・・これだから 信じられない・・・」 おめでたいことだから いいんだけど、 オレは別に信じてもらえなくてもいい、 ちょつとおちょくっただけですよ、    
ちゃんと子供育てろよ、そんなことオレに報告しないでいいよ、嬉しいからのろけてるだけならいいけど、 こっちはやきもち焼いてるだけだけどね。
第一、オレが人口の心配しても 体制になんの影響もない、  結婚はいいよね、若けりゃオレだってと 興味あるけど、 爺さんがあんなことやってたら危なくって・・・・。  自分の明日の命を心配しないとね。 
 脱線が長くなりました。
そういえば オラ結婚が早かった、青春は長いのに、我が人生最大の不覚、お見合いという経験もしてみたかった、五十くらいまでは まだまだ遊んでみたかった・・・と、ここだけの話ですよ、カアチャンには内緒、それでも五十年、互いにあいそつかせながら 二人で歩いてきた・・・・
カーちゃんは偉大です・・・慌てて言い訳するのも 愛しているから・・・・であります。 
そこで本題に戻り
職場の親分、俊介さん・・・に 結婚の仲人(媒酌人)をお願いすることになったのであります。 
若い社員から見ると 見た目は爺さんであるが 父のような存在であったのです。
俊佑さん 快諾してくれて ならばお祝いのプレゼントを・・・・ということで 銀座三越へ。
三越へは毎日お散歩のように覗きに行く、常連というか特別顧客、店員たちの姿勢に反映されていた。  「いらっしゃいませ・・・」 売り場で仕事中の店員が 夫々最敬礼。
洋服の生地を見るため 店長と共に応接室へ・・・・。  イタリア製の背広上下、素人がみても高そうな・・・・後で知ったが三十万・・・・初任給が四万円くらいの時代だった。  
洋服の仕立て屋が我が家に来て 寸法とりながら あれ凄い生地なんです、仕立て代が八万円だけど いいですか。  オラにとつては 有難いやら つらいやら・・・・・だから 凄いんです。
高度成長期とはいえ 不平不満ばっかり言う同僚もいた。  不満の内容は「月給安いから」であるが、だったら それだけの仕事してるのかよ・・・と云いたくなる、能力低い者に限って文句が先に出る、地方出身者が多かった。  地方出身者は皆立身出世型、東京で一旗あげて故郷へ錦を飾るタイプ。  岩手・青森・秋田・・北海道・・・。北の方の人は北島サブちゃんの信者、東京へ出れば 金稼げる・・・なんだ、唯の田舎っぺじゃないか。 
「あんたも冴えんねぇ・大学まで出て 荷造りやってるとは・・・」これは広島の人だった。冴えんとは「パッとしない、うまく事がはこばない」というような意味であろう。  大学出れば早速課長室で秘書かなんかいて・・・、そういう感覚なのだろうか、なんと情けない、イデオロギーが違う、オレは学歴を自慢したことも 社会に出て役にたつとも思っていない、最低限の仕事からやるのはどこの世界でも普通のこと、学歴をとやかくいうのは  学歴ないというより知的水準が低いだけのことだ。  相手は先輩だから 反論したくても こっちは発言力のない新入社員だから悔しい想いをしたものである、 ダメな先輩も 立派なのも・・・どこの会社にもいるものです。
地方出身でも都会的な人はいる。  東京生まれでも垢抜けしない者もいる。  要は 素材、資質、個性の問題です。
 
今だから言えるが オラ育ちがいいから? 金銭感覚は蛋白というか 気にもならない、給料に文句言ってもしょうがねえだろ、範囲内で頑張ればいい、なんとかなるさ、「若かったあのころ 何も怖くなかった、唯あなたのやさしさが怖かった・・・」時代だったから、若いということは 貧乏でもへっちゃら、素晴らしい時期なのである。
 結局そのときの背広は  二十年後も それを着て出張に出ていた。  今でも押入れのどこかに残っている 我が家の家宝である。
品質の良いものは長く使える、安値ばかりを追求すると 高いものになるのである。
価格勝負よりクオリティの勝負である。 
 
俊佑さんには武勇伝がある、我社の伝説として先輩から聞いた話、   
近所に馴染の寿司屋があった、そこの息子がぐれてしまって 店主からあいつ・一度説教してやって・・・と頼まれて、寿司食いながら喧嘩論を戦わした。  わっしゃあ(私)、喧嘩に負けたことがない、人間の喧嘩とは 会話を以てするもの、熱くなるとバカやろ・このやろと感情論になる、筋論には勝てない、筋論は正義である。 力強さや肉体的闘争で戦うのは野生動物のやること、 チンピラの喧嘩は威嚇や殴り合いで決着つけようとする。
どんな脅しや はったりでも わっしゃあ びびったことがない・・・・、  寿司職人見習いの息子は それじゃあ これでも驚かないのかい?・・・と、カウンター乗り越えて 出刃包丁を構えた、 俊佑さん「そーかい、そーくるなら こっちは これでいくよ・・」と、 上着の左内ポケットから 拳銃を取り出した。   
客は数人いた、 店内は騒然となった。  うそでしょ、冗談でしょ・・・やめてくださいよ・・と、皆が止めに入ろうとするが 「わしゃ 冗談でこれ使ったことはない、弾は六発入ってるよ、この距離なら一発で当たるぜよ・・・、昨日も練習したんじゃ・・・」  息子は床に手をついて謝った、ごめんなさい・すみませんでした、僕のは冗談でしたから・・・
なんだ 死ぬ度胸ないなら 他人に喧嘩売っちゃあいけないよ、  俊佑さんは引き金を引いた、ポン・・・と鳴った銃口から風船が飛び出していた。
店内が大笑いになった。  その後 寿司屋の息子は二代目板長で いつも俊佑さん用のアナゴを握っていたそうです。   なんだか教育的でいい話、 数十年後に聞いても ほんわかして、良かったね・・・と、教えられる伝説です。 この拳銃は西部劇に出てくる古い型の六連発で、リーバン・クリフと同じスタイル、ガンファイトのとき、左の腰から斜めに抜く・・・、もう クリーフになり切っているから 凄いんです。    
俊佑さんの息子 寿君もユニーク、内勤で発送・倉庫管理の係り、細い身体つきで 誰がみても 腕力強そうなタイプではない、隣のビルの一室に消費者金融の事務所がある、 時々遊びに行ってお茶などしながら 帰りがけの一言「あんたら結局 やーさんじゃろ・・・?」 「違いますよ、金融業と云ってくださいよ・・・」 やーさんが焦っていた。  やーさんに対して 平気で「やーさん」と云える・・・・、 だから凄いんです。
こんな話を 何人かブログ読者になってくれた後輩たちに伝えてみたいのです。
昔は こんなニークな上司がいた、今だから言えるやばいはなしもあるが 皆昔話ですみませんが これらのレジェンドを未来に伝えていくのも 敬愛する師匠俊佑さんに対するおいらのせめてもの恩返しであります。    
若い頃は ユニークな人材が多かった、 製品は造るだけ売れた、  云わば我社の暗黒時代?・・・オレより 二〜三歳先輩まで若手とするならば バカでもチョンでも 売り上げは確保できるから そんなことは皆が気にもならない。   一週間出張に出て お得意さん回りして 受けてきた注文を 全部忘れる・・・・超ユニークな人物もいた。  忘れる・・・とは、言語道断・・・、メモしていない。  オラ学生アルバイトで同行していたので お客から苦情がくると、 オレは学がないけど 光ちゃんが一緒だったから 記憶力いいから 覚えておいてほしかった・・・。  オレはその気になれば 覚えてるよと 余程反論したかつたぜ、それを言ったら身もフタもないから 若いオレのほうが気をつかう とは 情けない話である。
後に数人の仲間と 飲み屋で話題の中心になるのは こういう先輩のことである。
バカは自分がバカだと気付いていない、だからバカなんだ。  本人がいないところなら 何を言ってもよいのだ、バカが主役だから それだけ支持率・・・負の支持率があるということ
である。  バカはそれで喜ぶ・・・・だからバカなのである。 そういえば 健康診断で 精密検査の連絡が来ているのに 予約日を忘れる、その後大病が見つかって 定年前に他界した。  バカは長生きするとは限らない、バカだから早死にすることもある。 
 オレ 酷いことを言ってるだろうか、 あの時 口惜しさこらえて微笑んだから 今のオレがある、人に優しくできるのも オレなりの苦労が沢山あったから・・・なんちゃって・・・・
ならば自分はどうなんだ、部下や現役の若者たちに 飲み屋で悪口言われてるかもしれない、 私はそれでもいいんだよ、話題になるとはありがたい、 忘れられてないからだ。
新人に優しく 基本から教えてきたから 嫌われることはない、リスペクトまでいかないで良いが あんな人がいたと思い出してくれるから ありがとう と喜ぶオレも やっぱりバカだからな。  昔を語る時 オレも文句言うぞ、今まで 綺麗な優しいことばかり 呟いてきたから、酷いこと 汚ったねえことも フン詰まりのうんこくらい きったねえことも 凄いことも なんぼでも云うぞ 文句あっか・・・・おら拳銃は持っていないが オラのは 仕込み杖、座頭市よりつおいかも。
おいらが 今だから言えるのは じぶんにとって良いことも 悪いことも 心に残る名言が沢山あります。   オレ 記憶力いいから、 ただし 昨日なに食ったか忘れてるけどな。
◆俊佑さんの名言集
① 事務所のインテリア、ポトス、カポックの選定していた時、 「どこで覚えた・・・」「本で、自己流ですから・・・・」「優しいねぇ、 これがヒューマニズムだね、優しさがヒューマニズムの原点だね」
② 一緒に神田の漢方薬専門店へ行って 肝臓病の漢方を買わされた、 病気に対しては容赦しない、サプリメントオタク? 凄いの飲んでいる、ローヤルゼリー、プロポリス、その他はちみつ系が好みだった。  登戸の針灸院を紹介すると、オラよりはまって 毎日のように通った。  ハリ治療には保険がきかない、三千円の回数券を百枚買いこんで、「十回で三万円、百回でも三十万、 それで病気が一つ治るなら 安いものじゃ・・・・」
 
 
 
 

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爺さんは拳銃を持っていた (Ⅰ)

Cleef
lee van cleef
冒頭から 怖いおっさんの写真を出して失礼いたします。
リー・バン・クリフ・・・・・夕陽のガンマンのモーマティ大佐、鋭い眼光、射撃の名人、
どう見たって悪役専門のキャラ、 ゲーリークーパー「真昼の決闘」で最初に撃たれた悪玉のひとり、
ガキの頃、最初に観た西部劇、それ以来おいらも西部劇ファンになってしまった。
主題曲ハイヌーン「♪ドゥーナットフォーセイクミー オーマイダーリン・・・」が日本中でヒットして皆が口ずさむ、「俺を見捨てないでくれ、殺し屋たちは12時の汽車で来る、結婚式の日だというのに この町には協力者がいない、俺は保安官、勇者でなければならないが 愛するあなたまで離れてしまったら 俺はどうすればいいのか・・・・ホワットウィルアイドゥー イフユーリーブミー」四対一の不利な決闘だが 彼女への恋心で悩む情けない保安官の物語。
 
クリフはこの時三十そこそこの若さでチンピラのような役、「夕陽のガンマン」で主演するようになったのは五十歳くらいだろうか、映画の本場ハリウッドは一人前になるまでの下積みが長いです、  同じ「夕陽のガンマン」シリーズで善玉役をやったクリントイーストウッドは デビューの頃 テレビの人気ドラマ「ローハイド」のロディ、若きカウボーイの役だった。
ダーティハリーの頃には もう還暦くらい、現在ではカリフォーニア州で政治活動家、アーノルド・シュワルツェネッガー(シュワちゃん)も今ではカリフォーニア州知事、政治家になってしまった。  もしかしてシュワちゃんが将来大統領になったら コマンド部隊の隊長も兼任するかも、  ハイヌーンのグレースケリーはモナコの王室へ嫁に行ってしまった。  これらのことを知っている人は私と同じ世代、かなりな20世紀ミーハージェネレーションである、おいらもミーハー爺だけどね。
最初から長々と映画の話に脱線してしまった。
このリーバンクリフの大ファンでお洒落な爺さん、俊佑さん、会社の相談役、我が人生の恩師として尊敬する上司、  この人だけには頭が上がらない、 腹を割って 何でも相談できる、仕事のことは勿論、自分の家族の問題まで 誠実に話を聞いてくれる、若い頃から部下のためなら自分を犠牲にしても とことん面倒見る、いざというときは大きな権力にもひるむことはない、同業者の会合で大企業の社長を叱り飛ばすこともある、己に厳しく人にやさしい、この姿に対して こちらも次郎長に惚れた吉良の仁吉のように 忠義や男気を貫いてみたいと真剣になれる。  こんな先輩がいたから自分の人生は幸運であったと 今更ながらに感謝している。   要するに 後輩からみて長所を見つけてもらうことでリスペクトの対象となる人物、後になって 感謝の気持ちが湧いてくるような先輩が何人いるかで 自分の人生の重さに納得できるようになる。  価値観を共有できるる人物、こういう人がいると良い。  反対に 人の悪口ばかり云う人、欠点ばかりを追求する人は 悪口を言った分だけ 本人も人から悪口言われてる人になるのである。  簡単にいうと 後輩に優しく指導する人は 後輩から将来必ず慕われ敬愛されるのであります。
人間社会とは単純なものである。 優しさは優しさで必ず戻ってくる。 
自分の未来予想図を思うとき あんなかっこいい爺になりたいなと お手本になるような人物、我社のレガシー、 痩身で顔までクリフに似ている凄い爺ちゃんである、     ちなみにオレは近所の病院では福山雅治に、新横浜ではブラッドピットに間違えられる、 ブラッドピットさーん・・・と呼ばれて 素直に「はーい」と返事ができる。    鏡見た時 トムクルーズかと思ったら なあんだ俺じやねえかと 自分でも間違えることがあるくらいだから。  イケメンは忙しいのだ、 偽名ではない、騙すつもりじゃない、勝手に間違えられるから 別に問題ないんじゃねぇの。  但しこれやると子供扱い、リスペクトはないけれど 和気あいあいなら平和。   なんていうかあれは おいらの「源氏名」だな。  此のたびは 格好いい凄い爺さん 俊佑さんのエピソードを語る予定だったが また長くなるので本編は次回に。・・・・・・・ この度は予告編(視聴率上げようとして)
 ・・・・こんな感じで話をまとめたつもりであるが、毎朝三時に起きて こんなことやってる、
みんなは普通じゃないというが 私にとっては規則正しい生活、 体内時計には個人差がある、バカは長生きできそうである。  バカは幸せですよ・・・・・

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落書き名言集その二 春を感じるとき

近況

忘却とは忘れ去ることなり 忘れえずして忘却を誓う心の哀しさよ(昭和のラジオドラマ君の名は・・のナレーション、 ちょっと古すぎたか)

三月十五日、昨夜は九時に寝て朝三時まで 六時間寝た・・・・、午前三時はオラの起床時間、別に珍らしいことではない。   夜中に三回オシッコに起きたが これもいつものこと。 

夜九時に寝て ぶっ通しで朝六時まで・・・九時間眠った・・・なんてことは産まれた頃以来 記憶にないのである。     近年冬が長く寒さが辛い、雨の夜、夜中にカラスが鳴きやがる、昔のことまで思い出す、メモリが多すぎて忘れたくても忘れられないことばかり、 悪いことは忘れ 良かったことだけ思い出す、記憶の仕分けができないのは オラやっは゜りバカなのだろうか。  

年寄が嫌いだ、年長者という理由だけで 能のない年長者の先輩に理不尽に苛められた現役時代を思い出す、その先輩の葬式で合掌しながら ざまみやがれ、オレが殺せなかったのが心残りだが こんなめでたいことはないと、 酒の美味しさに心躍らせていた。 

あいつより先には絶対死なないと変なことを目標にしていた、情けないことに悪いことを優先に思い出して なんてオレは根性ワルなのだ・・・そのうち鼻かんだり 小便に起きたり、夜中は忙しいのである。 朝まで眠れない、眠れないのは病人には最悪の環境である。  どんな体調不良も睡眠によって回復できる、だから人間の場合 風邪ひいても二日酔いでも 昔から寝ることになっている。      

人生辛い思いは皆一緒と自分を慰めたりしても、睡眠薬に頼らないと眠れないとは 不健康なことである。 年齢によるものだろうか、眠りたくても眠れない、学生時代の授業中のように 眠っちゃいけない時にはよく眠れる、 人生て不思議なものですね。

 新しいパソコンになって やっと仕入れた最強囲碁ソフトと 四時前から 毎朝一勝負するのが楽しみになってきた。  このごろ毎朝遊んでくれるお友達ができた。  今日は元気だろうか、自分は冷静で温厚な平常心でいられる紳士だろうかと 早朝から脳の訓練・・てほどのことでもないが。自分を診断しているつもりなのである。 

こんないいソフトは初めてだ、見事なほど立派な手を打つ、難解な定石も正確に進めてくる。  囲碁という部門で教科書のように最善の着手を教えてくれる。  コンピューターに負けるはずねえだろと 舐めてかかると たまに負けることもある。  負けると悔しいのはまだまだおいらの碁はアマチュアの域なのである。                        

このやろう コテンハ゜ンにしてやると思うと相手も強くなる、勝ちを急ぐと負けの原因になる。  ちょっとだけ、一目勝てばいいんだよ・・・と、謙虚なの気持ちのときが良い、勝ち負けに命賭けてはいけない、今は勝ち負けなんかで生きてない。    

 一局約一時間、戦い終わると腑抜けのように疲れる、学生時代 神楽坂の雀荘でラーメン一杯の夜食で夜明けまで麻雀やってたあのパワーは 何だったのか、長く走り続けると高性能車でも ポンコツになるよ、 競走馬だって 九歳にもなればびりでもいいから無事に走り切ってくれたら上等である。   ところが欲が邪魔をする、これはびっくりダイユウサク・・九歳で有馬記念を勝つ馬もいる。  オレは馬ではない、爺にパソコンは体によくない。   分かっちゃいるけどやめられない。   日曜日、朝から囲碁クラブに入りびたりの頃は 本棚には定石辞典、詰碁、名人戦の棋譜・・・囲碁関係の書物ばかり、 宮本武蔵五輪書、孫子の兵法まで研究して, 五輪の書読んで強くなるなら苦労はないよ。 五輪の書はオリンピック選手が読むべき書物であろう。

囲碁も将棋も、競馬も野球も・・・何事も同じ、楽しむことが勝負事の基本である。 勝って一番嬉しいのは競馬、そらそうだ、現金収入だもんな。  しかし囲碁は金賭けてなくても負けると惨めになる、勝負師のプライドが許さない、一生勝負師にはなれそうもないが、     今は晩年、日々健康で 勝負を楽しむ人生が目標だった。  のんびりするつもりでご隠居さんに憧れていたのが 毎日病院通い、長い夜、やることが多くて 鼻かんだり、自分のいびきで目覚めたり、オシッコしたり、足の激痛こむら返りが襲って来たり、何故か一人で激闘している。  戦う相手がいるうちが花なのよと 自分を納得させて、 夜も昼も オレもこう見えて 意外と忙しいのだ。   

マシンの棋風が俺自身に似ている、ユーザーの実力に合わせてくれる、 やっつけるほどにレベルが上がる学習能力があるらしい 。  ソフトも進化している、プロ棋士にも勝てるソフトができたら オラ命懸けでもいい、一度はやってみたい。   人間に勝てるソフトができるとは素晴らしいしい時代である。  楽に逝けるなら明日死んでもいいと云いながらなぜか毎日生きる努力ばかりしていたから ついに理想のソフトに巡り会えたのである。

昔の囲碁クラブのライバルのことを思い出す、ゴガタキは飲み仲間、遊び仲間、競馬研究会の酔狂連中、悪友であり親友である。一生燃焼一生不悟・・・「君悟ることなかれ」・・・

囲碁・将棋・書道・絵画・「芸事」の世界は死ぬまで向上するそうであるが、オラまだ向上したいのだろうか、「丁度いい相手と納得できる碁を打ちながら死んでゆけたらこの上なき幸せ(橋本宇太郎)」、プロ棋士には こんな求道的な人もいる。   想えばここまで いつも何かと戦っていた、戦うことが生きる証しのように・・・・バカだねえ、もう戦わなくていんだよ、もうご隠居さんなんだよ、戦いを楽しむ時期なんだよ。

戦いながら これは竹中さんだ、今日のこいつは石田君だ・・・と、懐かしがったりしていると女房殿が起きてきて こんな早くからなにをやってるのかと 叱られる。          若いころは夜中に碁盤出して研究していると 女房殿が子作りの準備かと機嫌よく勘違いしてくれる。  新婚時代と今との違いである。  あのころは可愛いかったですよ、お互い若いから日曜日には朝からおニャン子クラブ、ごろごろにゃんにゃんですよ。                 あれから五十年、散々文句を言ったあとで、朝起きた直後は腰が痛いとぼやき、腰をさすりながら立ち去る。   婆のような 決してセクシーとは見えない後ろ姿に なんといおうかうまく表現できないが 長い間ありがとう、よく頑張ってくれたね、感謝と陳謝と労りの気持ち、時の流れに哀愁を感じる。  俺の このろくでもない心の中にやさしさが芽生える? 

 

◆男は女を見た目で評価する、綺麗な女に惚れる、だから女は化粧して綺麗になろうと努力する。  女は男の「言葉」に惚れる。 だから男は嘘をつく。 はったりでもいい、本当のことになるように努力する、そんな男に女は惚れる(リハビリトレーニングの先生)     女房殿に云いたいのは 長い間苦労かけてすまなかった、お前は俺には最後の女、 俺より先に逝ってはいけない。   五十年も義理を通してきたんだ、お互いに、今は 愛は冷めているけれど この世で一番大切な人だ、いわゆる「空気」みたいなものかな。 

 ◆結婚の定義  結婚なんてボトルキープしたようなものだ、安いボトルだけどね、あっちこっち目移りしながら あそこに行けばあれがある、いつも大穴狙いだが 本命サイドの馬券も抑えて安心しているようなもの。  

◆あなたは いつも あそこでオレを待っている あれでいてくれればいい。    

のろけてんのとちゃいますよ、急にこんなこと云い始めたのは 実は三月一日結婚記念日、五十年目なのです。  金婚式・・今更そんな恥晒しはやらないよ、二人とも半世紀前に処女を失った。 バージンロードは 場違いだからね。  もしもハネムーンベビー できちゃったら・・女房殿は年金手帳と母子手帳まで持つようになる。  できるわけねぇだろ、冗談ですよ。  カーちゃんごめんね、身もフタも無いこと云って、だからおいらは50年前から ごめんなさいと愛してるの日々なのだ。     子供たちも孫も 独立して また二人きりになったね、二人きりで始まったことだもんね・・・気持ちだけは半世紀前の若さでいようね。  これからも頑張ろうね・・・・

 嘘ばっかり・・? 嘘じゃないよ、五十年も同じこと言ってると 嘘が本当になってくる、 真実だから毎日言えるのです、さすがに「きれいだね」は この頃無くなったけどね。  惚れた目で見りゃあばたもえくぼ・・・? あばたはあばただろ。 でも何故か機嫌よくなるから・・・「きれい」は 年齢問わず 女を笑顔にする魔法の言葉である。  本当のことに傷つき 嘘で幸せになれるなら 嘘の方が正義になる。   嘘ばっかり・・・と非難されるなら おいらもたまには云わせてもらう、 スーパーの売り場で「お父さーん、オトーサン、そこにあるキャベツ 一個百円だから買っといて、今夜お好み焼きするからね、分かった? 無くならないうちに早くカゴに入れといて・・・」と 大声で、大衆の面前で 続柄から晩御飯の内容まで叫ばないでくれ、個人情報公開しないでよ、私はあなたの配偶者ではあるけれど 「お父さん」ではない、出産経験もありません。  中高年女性は こういうの多いから 困った世の中です。  銀行にいるのに電話してきて 暗証番号何番だっけ?・・でっかい声で訊いてくる。   たのむからそれだけはやめてほしい。   現代社会は本当のこと言ってはいけない場合もあるのです。

先日女房と同じくらい長い付き合いの心優しき友人ら「金婚式おめでとう」のお祝いメールを頂きました、有難いことです、こんな身もフタもないこと云うおやじにメッセージくれる優しい読者に改めて感謝とお詫びを申し上げる次第であります。 

よくもまあここまで懲りずに生きてきたものだ。  生きていれば記録は自然とついてくる、偉くもなんともないですから・・・・お祝いのお気遣いは要りませんけどね。  もうひとつ、ブログはじめて9年、今回が三百回の更新になります。

だからどうしたと云われても 返す言葉はないけどね。   もお戦わねえ、いつまで集中してると疲れる年代なのです。  久しぶりに更新できるのは 陽気も少し良くなって、春の気配を感じるから、たまには晴れる日もある。  おいらもちっとは元気になってきたからです。 眠れることは いいことですね。   

◆余談  それからもう一つ 今年は母の五十回忌、母ちゃん(マザー、私自身の生産者、出身地)は偉大な私の故郷である。  母ちゃん旅立ってからもう五十年、 気が付けばオレも古希を過ぎている、 

 松本のお寺で父の二十三回忌をやった時、和尚様から 今どき23年も経って法事やる人は珍しい、尊いことだ 偉いことだと褒められたが、何故偉いか、そこまで生きてるこっちが立派な子供だから・・・?   

父ちゃんはね お前が思うほどダメな男じゃないんだよ、働き者で立派な男なんだよ 私は最後の一人まで父ちゃんの味方だよ・・・」

前夜 ちゃぶ台ひっくり返した父親に酷い言葉で罵りながら ぶん殴ろうとしたオレを必死に止めながら 母ちゃんは泣きながらオレを引っ叩いた、    家族内の事件があった翌日、父ちゃんの好物笹かまぼこのお土産を沢山買って 仙台駅のホームで汽車の窓をあけて 「兄ちゃんなんだからね、お前がしっかりしないとね・・・」 何とも言えない悲しそうな目でオレに話しかけた、

「一番線から ナミイ・ヒタチ方面ウイノ行き 急行列車が発車しまーす」 浪江・日立・上野・・・「え」と「い」の発音を あんなに堂々と放送する。  放送する駅員は乗客の個人的な感情まで配慮する必要はないから 仕方のないことだけどね。

「あっち着いたら ちゃんとご挨拶するんだよ、」二人の弟に一言云って 窓を閉めた。

列車が走り出すと笑顔で手を振った、オレも笑顔で「大丈夫だよ・・・」不安そうな母ちゃんを安心させようと 精一杯の笑顔を作った。   高校生の兄ちゃんは幼い二人の弟の手をひいて 仙山線山形行のホームへ向かった。   半世紀も前の夏の仙台駅の出来事である。 あれ以来オレは エとイを逆に発音する田舎っぺが嫌いなのだ。    親や夫婦の本当の姿とは 子供には理解できないこともある、 逆に親から見て 子供が何を考えているか解らない部分もあるのである。  母ちゃんは 父ちゃんを愛していたのだ、 あんなに苦労させられても 母ちゃんは最後まで父ちゃんの味方だったのだ。   あの母ちゃんに オレは親孝行できたのだろうか。

家族には 夫々辛い歴史がある。 我が家にもこんな悲しい出来事があったから、三人の兄弟は山形の農家で 農業体験をした。  最上川で泳ぎ、もぎとりの桃を食い、ドジョウを採り、都会の子にはめったにできない 貴重な体験をした夏休みだった。 

幾つになっても やっぱり母ちゃんはオレの母ちゃんだもんな、 オラ尊いことなんて なんにもしてこなかった、母の肩を揉んだこともなかった。 母が婆になって具合悪いときに腰を揉んだり 介護のマネをしてやりたかった。  母に孫を抱かせてやりたかった。  母ちゃんに対しては オラ未だに後悔ばかりの人生だ。 

 小学生の時、喘息の発作で横になって眠れない、苦しんでいるオレの背中を朝まで摩り続ける、母ちゃんは自分の命を削ってオレを守っていたのか。  そんな母ちゃんは バチをあてるどころか オラまだ生かされている、 生きてるからバチをあてられてるのかも・・・・こんな話は嫌いだ、訳わかんねぇ。                   病気をいくつも乗り越えて 歩いて食って、能書きたれてるのも 母ちゃんのご加護かもしれない、そんな気持ちになる自分が加齢を感じるが、俺の中では 「神」は なによりも偉大な母ちゃんだもんな。     美味しいおっぱいを求め続けて ん・十年・・・・、酒と薬を交互に飲みながら、体に悪いこと沢山やりながら 口だけ元気で 喜びも悲しみも幾年月、色々経験した、出産経験はまだ無い、  だから若く見られるのだ。   腹を痛めてないが子供と孫たちに恵まれて、今日も朝から囲碁名人戦やって、 結局 母ちゃんのおっぱいが人生で一番柔らかくて美味しいことが 今ごろになって やっとわかってきたんだよ。 

爺がこんなこと発言するから バカになったかと評判悪いのである。

横浜へ来てから自分の病気や不運に拗ねて ぐれてしまった不良オヤジであるが、もしかして オレ今 幸せなのかな。    なんてったって まだちゃーんと生きて、 能書きたれて、綺麗なネエチャンには気軽に会話できるし 冗談も云いあえる、 穏やかな春になったら 母ちゃんのお墓参り行こうかな、手を合わせに行こうかな・・・・・   

◆春が来たと感じるとき 人は皆丸くて明るくなりますね、  土手につくしが伸びてきたとき、あじさいに緑の新芽を見つけたとき、 ブログ更新する気になったとき、春の甲子園、プロ野球開幕、たけのこご飯に金目鯛、桜花賞 三歳クラシック もうすぐですね・・・・・春はいいですね。  

 仏壇に毎日線香あげて、生活の不満や体調不良の痛みを訴え、 心の傷まで見せようとしている、  おらまだしゃあしゃあと生きて 未だに頼み事ばかりする 親不孝なバカ息子やっている。   位牌の隣に黄色い水仙の花束を飾って合掌したとき、 今年もやっと春がきた、寒い冬は辛いよ・早く暖かい春にしてくれよ・・・母ちゃんに自然現象まで注文つけている。  バカは長生きするのだ、それが母ちゃんへの親孝行ならば オレも少しは長生き記録に挑戦してみたくなったよ。 

◆「三歳牝馬といえば人間なら女子高生くらいだな、それが18人フルゲートで 全裸で走るんだからな・・・と、寿司屋の政が目を細める。  (これは 寺山修司さんの著書だったかな、忘れたけどね)

◆春の歌、こんなんが好き  雲と一緒にあの山超えて 行けば街道は日本晴れ おいら旅人一本刀 腕と度胸じゃ負けないけれど 何故か女にゃ ちょいと弱い 、  

南風吹きゃ花さえ咲くに かわいアノコは薄情け、おいら旅人一本刀・・悔し紛れに云うのじゃないが あんな女は ざらにいる・・♪(藤田まことさん・てなもんや三度笠 二番)  これ聴くと明るい気分になる、なにを喜んでるだか バカは長生きしそうです。

◆毎度余談ですが  ところで今どきの若い世代はプロポーズになんていうのだろうか、「僕と結婚してください、あなたを幸せにしますから・・・」恥ずかしくてオラには言えないよ。 ドラマの台詞で「僕は死にましぇん、あなたが好きだから・・・・」 ね、男の言葉は「嘘」が多いでしょ、嘘はいけない、理想をぶつけるからだ。  本音をぶつければいい。  俺が五十年昔にタイムスリップして 今と同じ考え方なら 「僕を幸せにしてください」「あなたのためよりオレのために結婚してくれ」「同じ墓に入りたい」・・・・・・これじゃ嫁さん来ないわな。 結婚なんて勢いみたいなもんだから、 求婚は作戦練ったり練習したり、そんな難しく考えるより アドリブでいきましょう。  

◆自分の言葉に嘘はつくまい、人を裏切るまい生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で・・・(アリス)  カラオケでこれ歌うと 涙出てしょうがないのよ、 使った言葉に責任持って 後から頑張ればよい。 そのために精進する 努力する、それが男義、男の優しさ、「誠実」です。  「やさしさ」って 温ったかいんだから・・・・

◆読者各位  ご無沙汰しておりました。  去年あたりから更新間隔も長くなり さぼっておりました。  新しいパソコンが まだ使いこなせない、困ったことに いい歳こいて まだネットやってる爺だから 疲れて死にそうな日もある。  メールが入ってもどこにあるか探すのが大変、アドレス帳も まだ見つからない、コメント頂いても お返事できないで失礼しているかもしれません。  暖かい春になって元気な時に 必ずお返事致しますので ごめんなさいね。  まだ ちゃあんと 生きてますから・・・・時々更新に励みますから・・また懲りずに見に来てね、 

◆てなことで 五月はじめ 初夏の日差しが暑いくらいの日曜日、父母ご先祖の眠る世田谷満足院へ 母ちゃんの五十年法要に 行ってまいりました、ので、その報告はまたの機会にいたします。      

  しばらく更新お休みするかもしれません。 九月末に目の手術することになりました。 嫌じゃ嫌じゃと云いながら ついに自分で決心したのよ。 怖くて大騒ぎした白内障の手術、今度は左目、パソコンに囲碁で負けるようじゃいけません。 目のせいにはしないが バカになったかと 一時はしょんぼりしていたが「やるなら今しかねぇ・・・」長渕剛の曲を久々に聞いて、自分の人生で今が一番若い、昨日は過去、明日になったら 今日より一日年を取る、・・・「 やるなら今しかねえ・・・」  背中を押してくれる言葉があったのだ。    今度は大丈夫だよ 経験者だからな、     根性や度胸はないけれど ドタバタしないよ、泰然自若 粛々と・・・・やってみせるぜ・・なんちゃって、本音はドキドキもあるけれど、寡黙に潔く手術台に乗る、ここで宣言して 後にはひけない。  未来は明るいのだ。 前向きにいつも前向きに 自分のための人生、 良い結果だけ見つめて 歩いていきたい。

あれから七年、今日も生きているのは たまたまラッキーだっただけだ。 歩いて鍛えて 更新して、おいらなりに頑張ってばかりだったからね。   左右の目、バランスよくなって よく見えるようになったら せっせと更新させてもらいますよ。       こらまた忙しくなるぜ。

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ウグイス坂(PART.2) 言葉に生かされて 

寒い・・・!?

2月26日、数分間だけ更新しました。  {寒い・・・} 今年の冬は史上最強の寒い冬でありました。

他に云うことない、今回はこれだけです。

ふざけるな・・・・ってか?!  文句云われて 自分でもアホくさいから 削除して書き直し。

今年から愚痴を言わないことにした。 愚痴をいわないと言うことがない!? ネタもない、別に・・伝えたいこともねぇ、痛い、寒い、・・肉体的苦痛を云うと病気の話になる、それを云うと愚痴になる、「寒い」から 「寒い」・・の一言である。 云うまいと思へど今日の寒さかな・・・you might think today some fish・・・・これも愚痴のうちであるが、文句あっか?    これで終わりにしたら いつも長編を読んでくれる読者に失礼になる・・ので、今日は「ウグイス坂」の続編part.2です。   

◆相田みつをさん「ことばに生かされて」人生の応援歌を参考にして

◆ 二月は「お誕生月」、    いくつになったの?how old? 云いたくねぇ、 38にしておこう、身体をコキコキ鳴らしながら いい年こいてブログやって ばかばっかり云ってると支持率下がるばっかりだからね、年齢くらいはモザイク入れてもいいだろ。 聡明な読者様には もうとっくにバレてるけどね。 齢は誰でも平等に重ねられる。100にでもなったら自慢になるから こっちから報告するよ。 

大病を経験してから五年の時が流れた、 色々あった、社会にも おいらにも・・。 どういう運の巡りか おら知らねえが よくぞここまで生きている、 不思議なくらい しぶとく生きてます。 波乱万丈、忙しくないのに 毎日が濃厚な五年間だった。   季節の巡り、時の流れを こんなふうに感じるのは 大病の特典?である、   人生に一度くらいは大病を患うのも良いこと・・なのかもしれない。  バカは風邪ひかないという、 風邪ひいたこともない、挫折も辛い経験も知らない・・人に迷惑も掛けないが 人の力になることもない、社会の毒にもクスリにもならない、そんな人なら長生きできそうだけど 薄味でつまらない人生である。 

相田みつおさんの短歌一首

かえりみる ゆとりなけれど ともかくも いのち生かされて 歩みきし道・・・  

2月28日、珍しく朝から晴天、寒波を吹き飛ばし穏やかな春が突然やってきた、 いつものお散歩コースを歩きながら波乱万丈の過去を振り返り   ときどき涙しながら 思い出を辿ってみるのも 随分久しぶりのことだ。 

◆相田みつおさんのフレーズを拝借して 

歩きまくった五年間・ウグイスの歌が聞こえる百曲がり坂が ここにもあった、今毎朝散歩する新ウグイス坂で・・・・・

あのバチ このバチ 思い当たるバチがいっぱい 

それでもまだ 今日も生きて ふりかえり ふりかえり 歩いている

伝えたい、ふりかえるこの道を やさしいあなたに伝えたい

いまふりかえるこの道を かっこよく見せたい、

愚痴こぼしたりしながら 歩いている 

かっこよく見せたいから 歩いている  

ただひたすら歩いている

これ以上バカになりたくないから 歩いている

涙は見せたくない かっこよくしたい・・・・

道端に ちいさなスミレが咲いている ただひたすら咲いている、

あなたがそこに ただいるだけで その場の空気があかるくなる

あなたがそこにいるだけで みんなの心がやすらぐ

そんなあなたに わたしもなりたい・・・・・

そこまで呟くと 本当に涙でてくるから 愚痴になる、 

ひとに云えないから かっこよく見せたい

愚痴をお笑いネタにして こんなハチャメチャブログでも 読者諸君は温かい心で いつも見に来てくれる、 おらの生きる世界はやさしさに溢れている。

だからおいらもやさしくなる、 伝えたいのは感謝の気持ちだ、 

なんとお礼したらよいのか かっこいいお礼の言葉がみつからない、 

だから云わない、 

青春の憧れを 持ち続けたいから ブログで愚痴を伝えようとしている、 脱線しそうだから お礼のことばを言わない、

なぁんだ かっこわるいじゃねえか・・・・・

思い出が多いと 過去が哀しいのか、過去のマイナスを未来のプラスにしなければ 思い出の価値がない,失敗の経験は進歩向上の知恵を生み出す・・・・

病気から変わったことは? やたら涙もろいのは変らないが口数が多くなった、マシンガンのように口が回転する、喋る・・? オレ・元々は無口なんだよ、寡黙なキャラだったのだ。「黙っていると気になるの」・・・喋らない部分で女を口説こうとしていた、気にしてくれる女が居なかったた゜けだ, 若い頃は無口故に損をすることもある、今は・・口数多い故に信頼を失う、 キャラは変らないが 喋り続け歩き続けないと 生きていけない・・・マグロじゃないけどね。 マグロも愚痴の多い回遊魚である。 岩場には グレという釣りファンには憧れの大物もいる。

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ロマネスコとセリ

朝市で見つけたロマネスコ・・・カリフラワーとブロッコリーの親戚のような、ヘルシーな野菜です。  茹でてサラダ感覚で食べたけれど 旨い・・てほどのもんでもなかった。  美味しい食べ方(レシピ)あれば教えてもらいたいです。 ローマ(イタリヤ)で栽培された日本では珍しい野菜。 

◆ぶりの白子を買って煮付けてみたが これも初めての味、自分的には寄せ鍋に入れる鱈の白子のほうが好きやねん。   ところで 白子は魚の精巣、魚卵の場合 ♀の卵・卵巣を食べる、魚のタマゴとは本来♀のタマゴを食べるもの、白子が好きな女性は多いが あれは男の精巣ですから・・・飲んだり食べたりするものではありません。   魚のタマゴは親と名前が変化します、親の名前(苗字)をそのまま継承するのは父親が確認できる人間くらいなもの、 例えば鮭の場合 ♀が川底に産んだタマゴに 数尾の♂が白子をかけて はじめて受精するからです。  父親が特定できないから 魚の場合は出生届けが要らない。

 ◆ニシンの子はかずのこ、 鱈の子はたらこ、鮭はいくら、因みに筋子というのは鱒(ます)の卵、高級品「からすみ」はぼらの子、ぶりの子は・・・「ぶりっこ・・」 、 たらこはさざえの娘、  さざえさんの弟はかつお、妹がわかめちゃん。    

鶏が産むタマゴの子供は・・・・ひよこ、 アルゼンチンの男の子はあるぜん○○こ、ウルトラマンに娘ができたら うるとら○○こ・・・・(マジに考えなくてもいいです)、

年末から長い寒い冬が続いた。  2月28日、朝から穏やかな晴天、寒い寒い冬でも たまには春の日差しに包まれるときもあるのです。  

この頃の冬は寒さが厳しい、 陽だまりの暖かさが嬉しい。身も心も元気になって 久しぶりにいつものお散歩コースの坂道をゆっくり歩いてみた。 梅一輪・一輪ごとの暖かさ・・・・、

日差しの温もりで 人の心の部分はこんなにも変るのか、

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山肌の陽だまりに 小さな花が咲いている。  涙の思い出は いつまでも消えない、なんのために歩いてきたのか、今日歩かなければ明日がない・・・? 一生青春でありたい、漠然とした大袈裟な目的だけで 歩く自分に感動していた。  季節の巡りを発見して、穏やかな気持ちになるなら ・・おいらはまだ青春の中に居られそう。 

心の中でワクワクドキドキするようなこと、そういうのが青春だと思う。 それがなくなったら、つまり感動しなくなったら 青春じゃないね、青春は年齢じゃないね。(これは相田みつおさんの本物)

「津軽海峡冬景色」「北の宿から」「越冬ツバメ」「神田川」・・・時代とともに流れる哀しい歌をみちずれに歩いてきた道で 春の花を発見すると「美しい人生を限りない喜びを この胸のときめきをあなたに・・・「もしも明日が晴れならば 愛するひとよ あの場所で・・・」「when tfe bigin the bigin???」・・・・暖かい内容の曲にかわる、それでもそれなりに涙になるが 温もりの中を歩くって素晴らしいことだ、生きるって幸運でこんなに尊いことだった。

 すぐそばには温もりがあるじゃないか、温もりと 優しさが僕にはある、 町田のうぐいす坂を登りながらブログをやってみるかと思い・・あれから10年、泣いたり笑ったりしながら まだ冗談云いながら なんとなく生きている、 グレてもいない、しょぼくれてもいない、

動きはとろくさくなったが口の回転は滑らか・・・・ Photo_2

だからもう私は大丈夫です 今までと違う夢が 

次第次第と心の中に 溢れはじめています♪

古いけれど「夜明けのマイウェイ」こんな歌が好きだったな。  

だからもう私は大丈夫です・・・・

◆ 大病から五年、この道を何度歩いただろうか、自分なりに思い出を辿りながら 涙ウルウルさせて 歩いた道、玉川学園ウグイス坂より少ないが たまにはウグイスの歌が聞こえる、 あの頃から山道を散歩していたのは こんな程度の 温もりを探し続けていたのかもしれない。  今年の寒さでは ウグイスの歌はまだ期待できない、 

◆散歩は冬のほうが良い、空の青さが透き通って遠くまで視界が広がる、枯れ葉のクッションが心地よい、騒々しい蝉の声もない、気持ち悪い虫もいないし 犬のウンコ踏むこともない。  草むらに可憐な花が咲いているのを見つけると 春の暖かさを感じられる。  この道で去年ウグイスの初鳴きを聞いたのは五月下旬だった。  

また余談になるが ホトトギスはウグイスの巣に卵を産む託卵習性で 子育てはしない、無責任な鳥である。  ウグイスは知らずに自分の子として育てる、やがてその子が成鳥になったとき ホーホケキョ・・・と鳴くようになる? 産みの親より影響力が強いのは育ての親・である。  そのホトトギス系ウグイスが増えて鶏の巣に託卵したら 次世代はウグイスまでがコケコッコーと鳴く? 自然界の収集つかなくなるね。  とかなんとか早春からダジャレが多くなりましたが 野球のWBCも始まりました。  もうすぐ春ですね、  桜花賞・皐月賞・・・競馬のクラシック路線もこれからですね、プロ野球も始まりますね、 春は夢が膨らむ季節、だからおいらは春が好き、青春を感じさせるから、春を愛するひとは心清き人ですから。

散歩道では遠い昔の記憶までが なんぼでも甦ってくる、オレ・脳出血の治療したからアタマ良くなったのかも、???   死ぬほどの大病のおかげでピンチをチャンスに代えるクロスカウンターをマスターした明日のジョーになれる。  おいらの必殺技は 笑いのクロスカウンター。  今年も冗談とシモネタやってるうちは まだ元気モリモリだよ、精神と肉体のバランスはどーか知らんけど、失敗したっていいじゃないか 人間だもの・・・(これも相田みつおさん) せっせと更新励みますので いつでも遊びにきてくださいね。  この度は相田みつおさんのことばに感動してから文章書いてるうちに わけわかんねぇ生物学になってしまったが。  ハチャメチャだっていいじゃないか 人間だもの・・・・

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◆陽だまりにには野生のスミレが咲いている。 枯葉の吹き溜まの中で開花を主張している。 きのうまで 寒さに縮んでいた体が ほぐれるような ぬくもりを感じる。   去年の2月には 孫が誕生した、我が家にも新しい生命が二人増えた。めでたい春である。

◆五年前 退院後はじめて呑みに行った帰り道、駅まで送ってくれたノンちゃん、誠実で優しい彼が 2/24東京マラソン、女房殿と二人で 無事完走した。  還暦世代がフルマラソン走る、幸せなご夫妻である。 来年もまた挑戦したいという。  好きなことに目標たてて それが達成できるのはめでたいことである。  着順は期待してないが 無事に完走することだけを一日中祈るだけだったよ。  おいらも興奮状態だったよ。 

◆いつものお散歩コースの山道を歩きながら 陽だまりの暖かさを感じて、オレは今年も まだ生きている、濃厚な五年間だった、波乱もあった、優しいぬくもりに包まれた幸せなときもあった。  去年生れた二人の孫は もう一才のお誕生日、 新しい命を見つめて 道端の花を見つけて・・・・ぬくもりはこんな身近にあった、優しい笑顔といつも一緒だったじゃないか.。  五年前に比べたら 生きることが面白くなってきた。 桜の舞い散る春が楽しみになってきた。  思い出しては涙ぐむ???、みんな忘れてしまえば楽になる・・ってか?

冗談じゃねぇ、記憶にないのはバカの特技だ、 濃厚な人生ならば 思いっきり思い出していいんだよ。 

長く生きてれば 人生が面白いと思えるようになってくるから、人生は 面白いんだよ。

寒い寒い メッチャ寒い冬に負けてはいけない、3月1日 春一番の強い南風が吹いた。  春はいいですね。  そして三月16日東京でもソメイヨシノが開花した。(これは追伸 3/16手直しした部分です)春は新しいネタが次々にやってくる・・・だから私は春が好き、 

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ウグイス坂

いまごろになって新年のご挨拶、タイミング悪くてすみません。  新年おめでとうございます。 いつも見に来てくれてありがとう。 お蔭様で今年もまたお正月を迎えることができました。 元気に更新励みますので よろしくお願いします。

小田急線玉川学園駅の階段を降りると 自家製パン屋、屋外に白いテーブルが並ぶお洒落なフラワーショップがあります。 この花屋は喫茶もやっている。 仔犬散歩中の中年女性客が談笑しながらコーヒーとケーキを食べながらメタボの話をしている。 すぐ右の急な坂道を登る、 「ウグイス坂」、地元では「男坂」「女坂」と呼ばれ二つの登り道がある、最短距離で帰るには急勾配な男坂のほうを登っていく。

近所に住む喘息持ちの友人に会って おいらも同病、二人ともひーひー・ゼーゼーいいながら登ってゆく。

登りきった処の家の庭に見事な枝垂れ桜が咲いている。 右手の谷間に梅畑を見ながら道なりに行くと 見事に枝を張った桜の巨木がある。 

桜の太い根っこが道路にまではびこって 道端のベンチが押し上げられ傾いている。 そのベンチでおっさん二人は一休み である。

大きな染井吉野の周りは 散った花弁で道がピンクに染まっている。   すぐ左へ曲がり 竹林の前のおうちへ着くまで うぐいすの鳴き声が何度も聞こえていました。

男坂を登るときも ウグイスの歌が聞こえていた、桜吹雪の道だった。  坂道の多い街を 桜吹雪の中をよく歩く日々だった。

夏の暑さも冬の寒さも感じない、還暦過ぎて定年後 町田のスポーツクラブへ泳ぎに行くことと 散歩することくらいしかやることがない、 孫と栗を拾い、さくらんぼ採りに歩いたり、ご隠居さんになっても オレばっかりこんなに幸せでいいのだろうか・・この環境に暮らす自分の幸せは40年働いたご褒美だろうか、府中競馬場は遠くなってしまったが馬には逢いたい、競馬やりたい、キレイなネエちゃんのいる酒場へ行きたい、でもお金がない、お金がなくても この環境が豊かな心にしてくれる。 人は豊かな心になりたいから好きな環境を求めるのだ、俺の人生は百点満天でいいのだろうか・・と、自問自答しながらブログを始めてみようかと考えたのも ウグイス坂を登っているときだった。  タイトルは「百曲がり坂」と決めていた。

云いたいことがまだ沢山ある、元気な今のうちに云っておきたいネタはなんぼでもあるからだ。 坂道で前方を歩くミニスカートのネエちゃん、アングルがちょっと気になったから・・・(見えたらラッキーかなと思うだけです・・)、これならまだ書ける、男が素敵な老後を送るため この「気になる」心がブログのきっかけになったのです。 まだそんなこと云ってる・・・ってか?

容赦なく巡る季節の中で 暑いだの寒いだの文句たれながら 時間だけは簡単に過ぎてゆく、過去を引きずり自慢にもならない病気のネタまで使って・・・、引きずる過去がない記憶力のないバカよりはましだと、まだブログは続いている。

もう一月半ば成人の日(オレには関係ないが)、

今年初めての更新は「うぐいす坂」の思い出になってしまった。

年末に「坂道散歩」という素敵なブログで町田市の坂が紹介されて写真も沢山見せてもらった。 懐かしく癒される気分になった、ありがとうございました。 ウグイス坂を思い出してしまった。  

あのブログに感謝してまた覗きに行きたいと思う。

 誰でもいつの時期でも坂道は大変なんです。 悟ったような云いかたしてすみませんけどね、誰でもみんな同じです、いまだ何も判っていませんが 坂道には良いこと辛いこと色々あります。 坂道に幸せな想い出があるのなら おいらはずっと その良いことのほうを これからも引きずっていきたいと思います。 

川崎生田緑地へ登る名もない坂、東京高輪の伊皿子坂、横浜港の見える丘公園・・・、坂道は沢山あるが 自分だけの都合であるが 幸せなメモリーのナンバー1は(こんなことまでランクつけてどーすんだ・・)

玉川学園のウグイス坂と 笑顔と温もりに溢れ 夏になってもウグイスの歌が聞こえる閑静な「玉川学園」の街並みは東京圏では一番だ。

あれから10年、今も坂道の多い森の中で 毎日お散歩してる、ウグイスも鳴くが ここにはカワセミちゃんまでいる。 いずれにしても田舎だけどな、自然の森を歩けることはありがたいことだ、生きているのは素晴らしいこと、なんとなく生きているだけだけどね。 その なんとなく・・が なんともねえことだけど 幸運なんだよね。

Photo 日曜朝市の大根と赤カブ、ユニークな形

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2012夏の野球コラム

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近況報告

(1)八月末 珍しく爽やかな朝、蝉時雨で目を覚ます、ウグイスの歌声は情緒があるが 蝉はうるさい、  天気が良いと 蝉も朝から一斉に合唱する・・・これが現代日本の夏ですね、東の窓から東京タワーと右後方にスカイツリーが見えました。  

電線がダサイ?? ズームにするとピンボケになるお粗末な写真ですけど・・・ 

五ヶ月ぶりの更新です。  大変ご無沙汰いたしました。 長い期間更新が停滞すると 入院でもしたのかと心配してくれる友人がいる。  この夏はネタもないし 風邪ひきやすくなった。 身体が弱く元気もない・・・夢も希望もやる気もあるが 体力・バワーがない、(power瞬発力や力の単位を馬一頭分に例えて一馬力というが 因みに鉄腕アトムは十万馬力、オラ今年はウサギ一羽程度かも? ・・・余計なことですが)。   年齢のせいと云われりゃ なにも反論できないけどな。 体力は年々落ちてゆくが いつまで経っても口だけは上達してゆく、「肉体は老けるが心の若さを保つことは誰にでもできる・・バカやってれば」・・・なんちゃって。 バカやってるのが普通の生活リズムなら それがキャラなら 唯のバカかもしれない。  

 この頃は どこへ行っても「若いですね・・」「お元気ですね・・・」と、よく言われる。  若い人が「若い」といわれても「そーですよ」でおしまいだもんな。  若いと云われるのは嬉しいことであるが 「年寄り」がガキのようにバカ云ってるから、 率直に言うと「ハチャメチャですね」「バカみたいですね」と同じ意味である。 それが「お若いですね」と 優しい言葉になる、 その優しさを 素直に受け止めるのが大人の対応・・・・である? バカみたいに見えますけど・・・バカですから・・・率直に返答するから 根性曲がりの問題児? まだまだ修行中である。  

若いと云われ調子に乗ってAKBの曲まで;練習しようとする。 若い・・てことは 言動が「若い」からだ。  若者のまねしながら やってることは毎日寝たきり老人の練習である。 どこかに出かけて 家に戻ると すぐ横になりたがる。  疲れやすい、起き上がるときは いつも「と゛っこいしょ」と 気合が必要になる。 従って、肉体運動は控えめになる。 散歩の距離も短い、脂肪が落ちて筋肉も落ちれば 力もなくなる、      

「歩いてますか?」 「ハイ・歩いてますよ」 「あっちの方」も・・頑張ってますか?・運動を推奨する先生によく聞かれる・・「あっちのほう・・?・頑張りたいけどもう引退だよ、このクソ暑いのにいい年してあんなことやってたら みっともないでしょ。 ? ??・・・「あっちのほう」とは・プールのことだった、  「違いますよー、あっちじゃなくて こっちですよー」泳ぐ格好しながら 先生大爆笑でした。(四年前の夏の話である)                                       ◆大病から四年、長い時間が流れた。  あっちのほうもこっちのほうも運動にはなるが 疲れるでしょ。 結論は若い人が「若い」ことをやっても「若い」から「若い」とは云われない、若いと云われるのは 見た目が年寄りに見える?からである、  人が人に優しい世の中である。  だから僕は その優しい世の中で生きているから そこで出逢った優しいヒトに恋をしてしまいそう・・・。 恋・・とは? 精神的な「恋」、心の片隅にいつも燃えている仄かな「想い」、・・・ 早い話がキレイなネエちゃんがお友達だといいなと思うこと、 ちょっと気になる「優しいあのヒト」が存在すること、 あっちのほうを目標に恋をするのは若い時のことです。  その優しいヒトに 明日巡り逢う機会があるなら まだ生きていてもいいと思う。   「愛に触れると誰でも詩人になる」(プラトン)  

 このろくでもないおやじが このろくでもない素晴らしい世界を生きていくのである。 

ものは云い様      

中高年に「若いですね」というのは 年長者に対する 一種の社交辞令である。  社交辞令・お世辞と解っていても人は褒め言葉に弱い、現実と正反対のことが嬉しいのである。

「いつもおきれいですね」、ブサイクな女まで一瞬女性的な微笑をみせる魔法の言葉である。 

優しさとは嘘の多い言葉になる。 真実を伝えたら年寄りは本当に力尽きることもある。「老化しましたね、よく生きてますね・・毎日大変なのによく頑張られましたね、大丈夫ですよ 放っといても 長くはありませんから もうすぐに楽になりますから?」は普通いえないからね。          早いはなしがオレは疲れるのは慣れているが、肉体が若く見た目がキレイなら いつも病気を抱えていてもいい、 内容より「見た目」が大事、「見た目」が健康なら 内容も改善される・・・のが「私の健康法」。  健康第一、元気があればなんでもできる、健康でなければ なんにも始まらない。

今年の夏は絶不調、夏に風邪引いた、免疫力も落ちるのは加齢の宿命といわれりゃ身もフタもないけどね。   夢も希望もあるが 体力が減ってゆく。 愛するベイスターズは監督だけ絶好調だけどね。

夏に風邪ひいたのは初体験。 暑い夜も ちゃんとパンツはいて寝てたけれど 熱中症対策のエアコン効きすぎて38℃の熱がでた、目が腫れぼったい? 目ヤニが出るのはショボイ爺だから仕方ないか、中身が進歩しない割りに髪の毛はよく伸びる、朝顔と同じだ。 一ヶ月もカットしていないからウザイ、 中途半端に伸びると鬱陶しい、イライラする、ストレスになる? 満足に眠れないのは不健康、潤いのない肌に シワとシミも気になる、男も女も美への憧れは永遠である。

 結膜炎   いっそのことパーマにしようか、ロングにしてポニーテールもかわいいじゃない、かわいいのを追求するなら くりくり坊主の「マルコメ君」?が歳相応で「かわいい」か、美容院か目の健康か・・? 悩んだ挙句 目がダメになったら人生真っ暗闇だと 結局眼科を優先しました。 結膜炎、病気のレパートリーが また増えてしまった。  この数年私の財布の中は診察券で溢れている、福沢諭吉の紙切れが詰まっているのが望ましいことだが 持っていない診察カードは産婦人科くらいのものである。 そんなこと自慢にならないが 痛い・辛いと毎日ぼやきながら 酒と薬を交互に飲みながら(これはきみまろさんのネタ) まだちゃんと生きているのは苦労が足りないから? 苦労(病の痛み)は もうしたくない、女に追い掛けられる苦労は 何度でもしてみたい。                             

◆ そして9月5日、 ついに美容室beauty studioで 憧れのマルコメ君カットに変身したのであります。 明日は歯医者の予約もある、入れ歯にだけはなりたくねぇ、健やかに美しく・・・「美貌のためのメンテナンス」を怠たらぬのが熟年紳士の基本理念である、

◆社交辞令  

人間生活長くやってると 女の褒め方(社交辞令)も上手になる、ものは云い様、屁理屈も?・・。「屁」にも理屈がある? 「屁」は出るだけである、「屁」に理由は要らない、出した本人は気持ちいいが 他人には迷惑である。 理由をつけようとすると屁理屈になるのである。 ネエちゃんに「キレイなのに どうしてもっとキレイになろうとするの?」「キレイに産まれて得すること 沢山あるでしょ」 何を云っても、 どさくさで触ろうとしても ????・・・たくも~冗談ばっかり・・・?と冗談扱いされる、事件性にならないのが? 寂しいよ・・・・ 臭いだの汚いだのキモイだのと孫娘(girl)たちに云われないように いつも清潔で かわいい爺になりたい。 いつも誰かに恋してる 素敵な熟年紳士でありたい。  loves sombody somtime. この頃ズボンが長くなった? 脚が短くなったのをズボンのせいにしている? 

結膜炎はガキの頃に流行した「ものもらい」という目の感染症だ。 大人になると オラの場合 痔の薬使ったあとに 目を擦ってはいけないことがわかりました。  あちこち関節が痛い、暑くてたまらない、 眠れない夜 オリンヒ゜ック観ながら 水分補給しないと・・・ちょっとだけよ・・のつもりで冷たいビールを飲んだのは逆効果だそうです。  汗と小便になるばかりで 脱水状態、熱中症の一歩手前、 死にそう・もぅダメかもしれない・・・と、病院へ駆け込んで 点滴してもらって復活したよ。  

ここだけのはなし (だったら云わなければいい、)

うなぎ食いたいが 高いからなかなか食べられない。 食えないと思うと余計に食いたくなる。  やっと憧れのウナギが食卓に乗った夜に オラ風邪でお腹まで調子悪い、目の前で女房の食ってるうな丼の香りをおかずにおかゆ食っていたとは・・・・情けない話である。

時の流れは残酷・・きみまろさんバージョン

45年前、出逢ったあの頃の彼女はかわいかった、若い頃は誰も皆きれいなんです、美しきOL(オフィスレディ)・・・・? あれから45年、美貌では抜けた存在のピチピチOLが 今は疲れの抜けないOL(オールドレディ)。  互いに見つめあう瞳が輝いていた、今は目やにが輝いている。  会うだけで幸せ、二人きりの時間は幸せだった、今は・・近寄るだけで二人とも持病が出る、見詰め合うと神経痛爺と不整脈婆。 食べなくても幸せだった、 ウナギの蒲焼は分けて食べた、 一杯のラーメンも麺とおつゆを分け合った、みかんの皮むきながら一晩中語り明かした、今では昼間っからあくびして喋るのもおっくうだ。  若き日のあなたは優しく無口だった。 今では 朝から晩までベチャクチャベチャクチャと喋くりっぱなし、  無口な頃は食べてしまいたいくらいかわいかった、あの時たべておけば良かった。 人生は後悔と反省(きみまろさんのネタ。)・・・我が家だけの話ではありません、どこのお宅も皆同じです。

②新婚の頃は お姫様だっこしてベッドへ運んでくれた。 今は・・「セーノ、どっこいしょ」とふらつく体を支えあいながら・・行く先は・・「便所」 人は皆一人では 生きてゆけないのです? 「人」という文字は互いに支えあっている、人だからトイレも一人では行けない。

③あれから40年、今はウナギのタレがついたごはん一粒も回ってこない、 一尾のウナギが原因で食糧配分問題家庭内紛争、 今にみてやがれ・肝吸いつけて うな重一人前 一粒残さず食ってやる・・我が家の紛争は「食い物の恨み」屁にも満たないレベルであります。 一般的な中高年家庭の実情です。 自分を基準にした いい加減な発言ですから・・・

  いい歳してパソコンなんかいじくってるから疲れるのだ、こんなとこで能書きたれてると目から疲れが始まる・・肩凝りと腰痛と、判っちゃいるけど やめられね、

健康診断  先月は年に一度の定期健診、レントゲン・心電図・血液検査など・・・何れも成績良好。  こんなに毎日具合悪いから どこかに病気があるかも・・・と内心びびっていたが 不思議なほどの百点満点、妊娠もしていなかった。  ということで 医学的には非常に良好でありますので・・・・。 今後も時々お休みしながら更新に励みますので ご心配なくご心配してくださいね。

日記と関係ない 野球のはなし

①今年は野球中継が殆どない、巨人戦でさえも中継がない。  このブログも古い記事で巨人がキライというのを散々書いてきたが 杉内が先発で村田が四番で活躍する今年の巨人は 特に嫌い、 野球が好きだがプロ野球はちっとも面白くない。  もう観たくない、甲子園大会の地区予選のほうがよっぽど面白いよ。  ガキの頃から 巨人はキライだった。 江川事件の頃それが確信的になった。 大人になるほどに そのキライ度は上昇するばかりである。 日本はどこへ行っても八割は巨人ファンである、このブログの読者も巨人ファンが過半数だろう。 だから評判悪くなってもいい、「バカ・ケチ・バント・巨人、」これだけは決して譲れないキライなものベスト4である。 地域性に関係なく 日本国は巨人一色、こんなんだからオリンピック競技に野球がないのだ。

②東京都が尖閣諸島を買うなら 巨人のオーナーが個人的に購入すればいいじゃん、ついでに竹島も買えるでしょ、今まで他チームの看板選手を補強購入してきた金額に比べれば 安いもんだ。 本当にそこまでするなら オレも少しは巨人認めてもいいよ。

③随分前だが みのもんたさん司会のクイズ番組の選択問題でオーディエンスを選ぶ回答者がいた。  オーディエンスとは観客(多数意見)のことである。  みんなが出した答えに頼ってしまう・・・? 無教養で愚かな判断である。  来期はおかわり君(西武)が四番で前田健(現広島)がエースかもしれない巨人とは  チーム、組織、マスコミもフアンも・・・  全体をひっくるめて このオーディエンスを信頼する無能な大衆社会である。  

春に読んだ有名人のコラム集で 白痴的大衆社会の代表巨人は嫌い(舛添要一さん)、というのがあった。  大衆とは愚劣なものである。 野球とは点を取り合う競技、選手の獲り合いではない、他所の強打者を獲得して喜ぶ巨人ファンには 男気というものがあるのか、意地や自尊心のかけらもない、夢もプライドも理想も なにもない、風邪ひいたことのない人種のようなもの、野球のルール知らない巨人ファンは 野球のファンではなく巨人のファンなのだ、アイドルのコンサート会場で並ぶ群集である。     こんなことだから今の日本がくらげになるのよ。   東京ドームは東京の子宮・・?( この表現をした作者は誰だったか忘れたけれど)。 徳光さんだけは巨人を愛し長島さんを尊敬していた。  オラに言わせりゃ 巨人から阿倍・阪本・内海を横浜や広島に持っていかれたら 巨人ファンはなんていうだろうか、 杉内がいなくなったホークスが どんなに大変なことかわからないだろ、 そういう経験ないから 何も感じないだろう、 文句あっか? 文句あるならいつでも相手になるよ、喧嘩売ってるのはおいらの方だ。

とかなんとかで 論理的に巨人を非難の対象にしようと思ったが 生理的にオレは巨人が嫌いなんだよ、ピーマンきらい、巨人キライ、自分勝手でなんじゃかんじゃと文句ばっかり言う年寄り(爺婆)は嫌い、そういうオレも、・・・人は哀しい 哀しいものですね 人生て楽しいものですね♪ (愛燦燦)   

Photo_2 うのはなの匂う垣根 

 ネタがない、この夏は久々の更新で 病み上がりと 暑さのストレスで愚痴っぽく 多少自虐的ではありますが文句ばかり並べて失礼致しました。  暑さの時期に機嫌悪くなったのでもない、欲求不満でもない?  自分はいつも温厚な紳士です、 ダジャレが多いから支持率が落ちるけどね。  

  九月も半ばになると 空が高く青くなってきましたね。涼しい秋が待ち遠しいですね。     ネタがないと また巨人をボロクソに言うけどな。そういう意味では 巨人の存在は貴重である、念のため 何度も云うが オレは巨人ファンではありません、 相手はどこでもいいのだ、巨人が負けるのを期待して観戦する反巨人派である。   つづく

◆身もフタもないこと言うが たまに更新したからまた長くなつてしまいました。  毎度病気の話題が多くてすみませんけどね。  お疲れのところ ここまで読んでくれた読者に心より感謝いたします。  読むほうが大変なのは 書くほうはもっと大変なんだよ。 謹んで御礼申し上げます。 

なにをテーマにしたいのか理解できる読者は少ないでしょ、こういうのを支離滅裂といいます。 結局 訳わかんね、筆者がわかってないのだから・・・、    私は冗談好きなのに 特に中高年世代のmiddle-aged ladies(日本語で中高年女性、ババアorオバン)には大変無礼な発言もありましたが 本当のことですから 気にしてください。 人生は後半戦、疲れ果てているのに よく頑張って読んでくれました。  どうぞ疲れてくださいね。 ホンマにお疲れ様でした。  また遊びに来てくださいね。  ★参考資料「中高年、登りきってないのに下り坂」綾小路きみまろ・・ (これの宣伝ではありません)

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サルに戻りたくない

◆ ななちゃんの名言

一番チビの孫娘ななこちゃんは児童公園評論家です。

どこへ行っても 滑り台・ブランコがある小さな公園を見つけると 遊具をチェックして公園の評価をします。  彼女なりのランク付けをする。

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ここはダメだな・・・滑り台とブランコしかない、鉄棒もジャングルジムもないからな・・等 かなり痛烈に採点することもある。

ななちゃんの合格必須要件は「登る」ことです。 

登る遊具の有無が 一級公園の条件になるのです。  

木登り大好き、アスレチックがあれば 必ず頂上まで登る、幼稚園の頃から登ってばかりいるから みんなに猿だといわれる。

猿の素質?かどうかは知らんけど 基本的には肉食系だがフルーツも大好き、今どきの子供は野菜が苦手というが 野菜も肉も何でも食べる。 夏はキュウリをごはんの上に敷き詰めて、彼女のオリジナルメニュー「キュウリどんぶり」、寿司屋でかっぱ巻きを食うか・・というと そうでもない、寿司はエビ専門である。  南国のマングローブの根元に棲むカニを食う猿、野生の日本猿は沢ガニを食うこともある。  ならばエビを食っても不思議はない・・・? (そこまでマジに研究しなくてもよいが)胡瓜・エビ・・・、偏食というよりユニークなキャラと思うのは ジッチャンの甘い評価だけどね。  

小さい頃から パパとママに「あのね、ななちゃんはね、 動物園の猿山から貰ってきたんだよ、猿の中で一番いい子だったからうちで育てたんだよ、いい子にしてないと 猿に戻るようになるんだよ・・・」??? 聞いてるうちに だんだん悲しくなってくる。

三歳の頃 ショッピングカートから落下し頭の骨にヒビが入って入院した経験もある。 一週間程度の入院だったが 小児病棟では意外と静かにおとなしくしていたらしい。  家族は泊まってはいけない、一人で寝なければならない。 彼女にとっては良き経験・修行になったかどうか・・。 あの時まではサルだったけど いい子にして寝てたから人間になったんだよ・・と、後に聞かされるから だんだん現実的になってきた?    いい子にしてないと猿に戻っちゃうからね・・・みんなから散々聞かされるから、 あとで思えば「猿に戻りたくないから いい子にして寝ていられた・・三歳にして「サル」の自覚があったのかもしれない。

本当はサルだから・・両親から衝撃的な出生の秘密?を聞かされて、 その後小学一年生になった頃 「なな・猿に戻りたくない・・・」ある時突然呟くことがあります。  サルじゃない!と否定はしても 本人の中で もしかしたら?・と、どこかに納得できる部分がある、そこが悩ましく不安になる・?? 

大丈夫、サルになんか戻らないよ、ジッチャンも元はゴリラだったから・・? 同類だから いつもななちゃんの味方だから。人間とサルの違い=パンツはいてないのがサルだから・・。

 

 ◆突然ですが 某読者様のために余談・脱線 myway流園芸講座 

本文と関係ないが 冬の花で最強はプリムラ類、

桜草、パンジー等 大寒に花の盛りを迎える一年草の水やり、ポイントは花(花弁)に水をかけないことです。                           受粉の妨げになるからです、花が咲くときは交配の準備、雌しべは雄しべの花粉を待っている。 開花期は繁殖期、人間だって♂と♀が営みの最中に水掛けられたら 冷めてしまうでしょ・・、パンツ脱いでたら 風邪もひく、生物学の解説が生理的ですみませんけど、アダルトには解りやすいでしょ、実戦は応用問題です、マニュアルや教科書通りにはいかない、要は状況に適した対応、相手の身になってやる、花に限らず何ごとでも人間と同じように考えてやるのが「優しさ」の基本です。 人間が暑いときは花も暑い、寒い時は花も寒い・・・ならばどうすればよいかという考え方です。 極端には 寒い夜は鉢花にもお布団掛けて一緒に寝てやればいい・・?      

日当たり良い場所なら 花も気持ちいいから 沢山花芽が増えて満開になるよ。 

花を愛するやさしい読者様のために、突然ですが園芸ワンポイントアドバイス・・・ナンチャッテ  (関連記事=カテゴリ花のはなし、趣味の園芸講座で勉強してね)キレイなネエちゃんが花に水をやる姿を見ると口説きたくなるのは、美しきものが好きだからだよ、爺ちゃんの場合は 口説くだけですから。

②メッチャ寒い冬になりました。 寒い日は「鍋」、ぶり、鱈、カキ・・等 魚介類がメインの寄せ鍋がいいね。 今年はぶりが豊漁だそうです。 ぶりは煮る前に熱湯で湯通し(ブリ大根と同じ要領)すると生臭くないよ、手羽元と昆布の出汁で、その他ネギやきのこ類・・etc. 美味しくて暖かいし野菜も沢山食べられます。 エビも使えばななちゃんも喜びそう? 寒中は魚嫌いの子供に魚食べさせるチャンスだよ。 風邪ひかないで寒さに負けず頑張りましょう。

ジッチャンもななちゃんと似ている?から お料理大好き、キュウリどんの発想には負けるけどな。 正月肥りも気をつけましょう。   

 

本題に戻る、どこの家でも 同じような話はある。   子供の反応が見たい、大人のジョークなんだけど、子供には深刻な問題・・?  如何に対処するかは本人のキャラ次第、 「サルに戻りたくない」は我が家では 不朽の名言であります。
ちびっ子は そのコメントやリアクションがユニークだから何度かブログのネタに使ってしまう、まだ沢山あるが また長くなるからな。  爺ちゃん婆ちゃんにとっては 孫は宝物、永遠の恋人だ。かわいくてしょうがない。

 なんじゃかんじゃとちょっかい出すのは カワユイからなんだけどね。 

この頃彼女はお料理に興味がある。 得意なのはゆで卵・・・、素材の味を生かしている・・・?てか。  そのうちバナナ丼作るようになると 猿の素質はホンマモンになってくる。

 「大人の階段登る」木登り得意なななちゃんは 大人の階段を毎年確実に登っている。 一緒にお風呂入ってた頃から いつも未来が輝いているななちゃんを見ているのが 爺ちゃんには一番幸せな時なのです。  孫と付き合っていると鍛えられ進化することもある。 レン君にはマックでハンバーガーの食べ方を教わった。  ひいちゃんには お買い物がキビシーこと、そしてギャル用語? ななこちゃんには・・・大変・タイヘンを何度も云うと「ヘンタイ」になることを教わった。  
ジッチャンも「大人の階段」をまだ登っている。  たまに転落するけどな。

爺と婆は毎年お正月が嬉しいのは 孫たちに会えるから。 
健康第一、 痛い思いをして初めて知る健康のありがたさ・・・。

あれから三年 近況

引越しから半年が過ぎた、あっという間だった。  
去年の今頃から「坐骨神経痛」その他色々、激動の一年だった。 またひとつお正月が迎えられて、普通に食べて・呑んで、どこも痛くないことは素晴らしいことだ、こんなにハッピーなことだった。 先週は三ヶ月ぶりに脳外科へ、主治医の先生と再会、元気な姿を見てもらえることがとても嬉しい。 二月が来れば あれから丸三年、会うたびにオラが良くなっていくから先生も笑顔、日々冗談言いながら暮らしていられるから幸せ。 なんだかこの頃 先生が愛しくなってきて 次に会うのが楽しみになってきた、だからハッピーだ。   このところ冬の寒さが半端でない、風邪をひかないようにしましょう。  年末年始は テレビばっかり見ている閑人にも 言いたいことはまだある。  芸のない芸人と大きな声だすしか能のないタレントが多いから。  新年早々辛辣なことや病気の話は遠慮して 元旦の更新から珍しく三週間もご無沙汰になったけど ちゃーんと生きてるから、mywayオヤジは めったに死なないよ、シンデレラモンキー?ななちゃんの未来を バカ云いながらずーっと見ているからね、本年二度目の更新は穏やかに楽しく、ちびっ子ななこちゃんが主役になりました。

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友人から送ってもらいました。 樹氷の写真。  

「実はね お前はお母さんの本当の子ではないんだよ、駅で拾ってきて育てた子なんだよ、」聞きながら だんだん悲しくなってきて、翌日家出を敢行した子もいた。  昭和の時代には よくある話であった。  家出といっても 全財産二百円くらい持って、やみくもに電車に乗り 終点目黒から すぐに引き返してきただけだった。 三年生には かなりな大冒険であった。 (これは自分のガキの頃の話)

◆余談 昭和の人気漫画ドクタースランプのあられちゃんのお友達「キノコちゃん」、お誕生会ケーキのイチゴを先に食べられて激怒、 「ぐれてやる・こんな家出ていってやる・・・」と、三輪車に乗って家出を決意した。 「お財布に五百六十円あるな、一年遊んで暮らせるな・・・」この話を思い出して今回のネタにしました。

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花はエライ・2010 年末のあれこれ

  花はエライ

赤玉土=5 腐葉土=3 残り二割は軽石、川砂、パーライト等

(水はけを良くするための用土)粒状の元肥、苦土石灰等少々。

これらをブレンドしてオレ流ベランダ園芸 鉢植え用の土である。

赤玉土(中粒)は予めふるいにかけて微粉を取り除いておく。

鉢底に大き目の鉢底石を敷いてから 株の植え付けをする。 

市販の草花用の土を使ったことがない、先ず土からオリジナルである。  水はけは良いし栄養満点、清潔だから害虫もつかない。

これで日当たりの良い場所に置けば育たないはずはない。

葉モノ観葉植物は特に良く育つ、ドラセナ幸福の木、ガジュマル、カポック、ベンジャミン等 町田にいた頃は 大木になってしまったので近所のお友達の庭に植え替えてきてしまった。 本来熱帯性の木だから冬場に寒さで枯れるかもしれないが あとは知らないよ、面倒みてやって。  貰ったほうは喜んでいたけどな。  胡蝶蘭、デンドロビウム、エビデンドラム・・・洋欄は部屋の中、出窓で管理する花は基本的に水苔である。 それも一晩水につけて戻してから 使う前に熱湯で湯通しする。 細菌や害虫タマゴを殺菌のつもり・・である。  川崎にいた頃、小さな庭のある家に植えた桜の苗木は三年目から花見ができるほどの巨木になっていた。 花壇を造るためスコップで土を掘り起こし 砂利を取り除き、土木工事のおっさん並みである。

部屋の中の鉢植えには冬場に霧吹き(シリンジ)したり 日光浴させたり、孤独でつまらない作業を繰り返す。 

そして花が咲いても 特別花を眺めることもない。  咲かせたことの達成感に満足するだけ。 園芸を趣味にする人は 結局花を楽しんでいない。 花を咲かせるまでの工程作業を楽しんでいる・・ということになる。  (だから何なのだ・といわれても、何もないけどな)

引越しとは この「花たちとの別れ」にも寂しいものがある、誰も判らない感情だけどね。  

花芽分化の謎は まだ科学的に解明されていないそうであるが 花は寒い冬を越してから開花するのが基本である。 苦労した後に 美しく花に変身しても 偉そうにしないから 偉い。

短日植物、例えばシャコバサボテンは昼夜の時間が逆転したときを境に花芽を作る。  九月から光を遮断して暗い時間を増やしてやれば 早めに花をつけることもできるが 自然の法則に違反することをしてはいけない、彼らの命を人間の遊びに使ってはいけないね。

11月下旬、世田谷のお寺で法事、この秋は二度目の小旅行になってしまったが 方丈様のいいお話が心に残った。

Photo_5  

世田谷梅が丘へ行くのに 玉川学園の街見たさに 遠回りして小田急玉川学園から電車に乗った、昭和薬科大の桜並木、緑山スタジオの森、八年間暮らした横浜で一番好きな街、懐かしい景色を眺めて 嬉しい一日でありました。  

「梅一輪、一輪毎の暖かさ」

梅の花が一輪咲くごとに 春は必ずやって来る。 大切なことは 急いではいけない、待つことである。 

ところがオレは「待つ」ことがキライ、花がエライのは 春を待つからだ、暑い寒いと文句を言わず じっと待てるからエライのだ。

  これキライ

  並ぶことキライ、待つことキライ、電車乗る前に まずトイレ、婆さんのツアーは皆 必ずトイレに並ぶ、男用のトイレにまで並んで、その列の後ろに並ぶ男は? どーなってるのか。  

  ハンバーグの海苔巻きがあるような大型回転寿司店、

ただいまの待ち時間二時間とか・・並んでる客見ただけで帰りたくなる。 そのうち客が寿司の周りを回るようになるんじゃねぇか。 天ぷらにソースかける、刺身にマヨネーズの人もいる、ヘンな日本人は色々いるが 回転寿司は特にキライ、日本文化の冒涜だ。

  大人になってから引越しは何度かやったが いつも思うのは 工事関係で時間通りに来る人は仕事振りも迅速で立派である。 時間を守れる人は信頼できる。 昼に行きますと連絡して夕方来るような人は仕事も遅い、ドヂも多い。 これはどんな業界にも共通することである。

  新居には必ず訪問販売員がチャイムを鳴らす、マニュアル通りの営業用語であれこれとやられると こっちもむかつく、墓地・霊園、新築マンションの勧誘まで来る、「ふざけんな・・」である。 

ウチは結構ですから・・・女房が丁重に応対してもラチが開かない、「いらねぇって 言ってんだろ 」とけんか腰になると 彼は逃げるように去ってゆく。 オレのほうが柄が悪いかもしれない。  

⑤ ジングルベルが聞こえる季節になりました。  春先にダニーケイのジングルベルを聞いた、パットブーン、ビングクロスビーのホワイトクリスマス、本物はいいね。 日本のジングルベール・ジングルベール、鈴が鳴る・・・あれがダサくてダサくて、やめてもらいたい。 ズィンゴヴェー、ズィンゴヴェー・・・と聞こえる本場の英語はRアールの発音が違う、日本の商店街で聞こえるジングルベルはキライ。

発音が悪いのは民族が違うからしょーがないけど、ジャンル的に和訳したクリスマスソングは聞きたくない。 Jを「ゼー」と云う先輩がいた、「エイチ・アイ・ゼーのゼーです」と電話で喋っている、 ゼーだとZ(ゼット)に聞こえるよと指摘しても「ゼントルマンのゼー・・だよ」と、頑固であった。 戦中派で英語に関心がないのはわかるが 少しは勉強しないと Jに対して失礼になるよ。 残念ながら もう故人だけど、いい人だったけどね。 

◆先週は 「アラモ」のDVDを観た。 半世紀前の思い出に泣けて泣けて・・・、何回観ても泣けるから困ったものである。

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◆読者様へ   いつも長い文章で大変なのに 見てくれてありがとう。 読むほうは大変だけど 書くほうはもっと疲れて大変なのだ、その辺をご理解頂きたい。 シンプルに読みやすくと・解っちゃいるが、オレの指がバカだから勝手に入力する、 カウンター席で 隣にきれいなネエちゃんが座ると 自然と左手が腰の辺りに伸びるのと同じだ、指に言わせりゃ素直で自然の動きであるが オレが悪いんじゃないから、勤勉なオレの指に文句いってくれ。(爆笑問題のネタをアレンジ、 今年もこんなことばっかり云ってるから女性読者に評判悪くなる、判っちゃいるけどな

◆引越しから半年、今年も師走になりました。 あっという間に時間は過ぎてゆく。  来年がすぐそこまで来ている、大病に倒れて三年目が過ぎようとしている、時の流れは ありがたいことだ、本人にしか解らないけどな。

時の流れが早い、ついていけません・という人もいるが それじゃダメだよ、唯のボケ老人だ 動作が遅いだけだよ。
今年も色々ありました。 引越しに神経痛に、自分的には大きなイベントもあってお騒がせしました。 良いことも痛いことも 色々あるから 生きることって・面白いのだ。

「名言」にも出会った。 「バカにも二通りある、記憶に残らない、思い出が何もないバカと 多すぎる記憶を整理できないで苦しむバカ、前者は本当のバカ、後者は要領の悪いバカ」(オリジナル)。 

「無悟」(藤沢秀行先生)。

ブログでは あれ嫌いこれ嫌いと、自分のことばかりを 云いたい放題云えるから今はハッピーだ。 それがハッピーだから オレ・バカかもしれない? シモネタ率削減の努力はしているが 結局文句ばっかり云って今年も生きている。 中身の濃い日々を過ごしてきた、 お正月には美味しいもの食べて 美味しい酒飲んで、来年も健康で充実した日々を生きていこう・・と思うのであります。

一輪の梅の花のように 穏やかに 爽やかに と思うのであります。来年もまた 懲りずに覗きに来てくださいね。  皆様も年末の忙しい時期に風邪ひかないように、健康で楽しいお正月休みをお迎えください。

聖護院大根、大きなカブのような丸い形、朝市で新鮮なのを仕入れて 軽く塩もみしてお新香になった、しゃきしゃきして美味しいよ。 煮物にもなります。 

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勝ちと負けはチャラ

★こんなのが好きこれキライ2010秋・ABOUT ME  

去年の秋にも好き嫌いをネタにしたが・・。こんなことネタにするのは ネタがないからです。 長いクソ暑い夏が終わって 十月には寒い秋雨で風邪ひきそう・・・?  風邪ひいて死んではいけない、「好きなもの・嫌いなもの」は 基本的に変わらないから去年の記事と重複するのもあるが順不同で やみくもに並べてみました。

(1)勝ちと負けは五分

嵐山光三郎さんの著書に「人間死ぬときに勝ちと負けはチャラになる」というフレーズがあった。 

そのことを実際に調査した人もいて 病院で死にそうな人に 人生勝ちか負けかを聞いて回ったら10人が10人とも 五分だった・と答えたそうである。 人は誰にでもプライドがある、負けのほうが多かったと認めたくないのだ。 良いこともあったと自己分析したい、その「プライド」と「願望」が五分と言わせるのだ。  新潟のお婆ちゃん(義母)が死ぬ前に「幸せだったよ」の一言、オラの祖母伊乃婆ちゃんも同じことを呟いていた。 戦後の昭和を生き抜いて苦労した先輩たちは 皆同じことを言う。 幸せと聞けば家族は安心する、優しい言葉を残して逝く、女は強い、ババァはキライだが 中には偉大な婆さんもいる。(哀しい話しになってスマンけど)

結局 人間は五分で満足なのだ。 成功(勝ち)ばかり、失敗(負け)ばかりの人生なんか誰にもない。 色々ドラマがあるから面白いのだ。

負けがあったから「勝ち」が貴重で幸せなことになるのです。

このブログもお正月が来れば五年目、記事数は今回で250件になった。 「勝ち負けチャラ」は オラもブログ内で何度かこれを使ったが嵐山さんの言葉に出会ったのは最近である(パクリではないから)。 理想や価値観が似ている人がいたとは嬉しいことである、彼のエッセイを読んでみたくなってきた。

オラの勝負もトータルすると まずまずチャラだったのかなと思う。野球・囲碁・競馬、若い頃はボロ負けだったが、今は強い、生死を賭けた病気も勝負のうちなら 大体勝率五割である。  「勝ち負けはチャラ」この言葉好き。  

男は 若い頃なら勝負に拘っていいと思う、還暦過ぎて熟年の域に達したら そんなこと関係ない、勝ちや負けで生きるのは疲れるからね。

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(2)孫からのお手紙  解説不要、無条件で好き。

(3)野に咲く小さな花、 例えばスミレ、タンポポ、クローバー、ポピー・・ 菊花展の大輪や洋蘭、豪華な花に比べたら雑草の部類になる小さくて可憐な花が好き。  これから出回るポインセチア、シャコバサボテン、シクラメン・・・百貨店のエントランスを飾るようなのは花期が短い、株も弱いから素人が育てるのは難しいよ、すぐにダメになる

(4)一回ヤロウヨ

故森繁久弥さんが若い頃 「ねぇ・一回 ヤロウヨ・・・ね・一回だけでいいから・・」黒柳徹子さんに迫ってきた話を 黒柳さんが面白おかしくトーク番組で語っていた。  願望を純粋に言葉にする、長寿の秘訣はこんなところかもしれない。 オラもこんな話が好き、森繁さんの真似ではないが 時々孫娘に「結婚しようよ・一回だけ」とプロポーズすることがある。「結婚て・? ケツをコン・・て、するの?一回だけ?」彼女暫く考えてから「なにそれ・やっぱ やだ・・なんか・ヘン」訳わからない、二人で考えたけど具体的に解らない? 「ケツのコン?だから なんかヘンだけどね。 とりあえず「コン?」一回しようよ。 三歳の頃から会うたびにプロポーズしているがまだ一度も「ケツ」も「コン」も???実現していない。  やっぱり・なんか ヘン・・?・・だもんね。 

(5)ウサギとカメ、 断然ウサギちゃんがいい、月とスッポンの諺は ウサギとカメを比較している。 月でお餅を突けるのはウサギだから、雲泥の差でウサギのほうがかわいいじゃない。 着実に一歩一歩前進して勝つ、カメの生き方を美徳とする日本人の考え方がキライ。 川や池へ釣りに行って カメが釣れると胴体が重いから水面に首だけビヨーンと伸びてくる、あんなグロテスクなものはいない、蛇と同じだよ、気持ち悪くて針外せない。  あんな気味の悪いもののどこがいいのか理解できない。 

(6) 男子バレーボール  ポイント取ると でかい男がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを分かち合う、あれは女の子がやること。男子があんなことするのは ブサイクで見てらんね。 バレーボールは男の競技ではない。

(7)高校野球 佑ちゃんとマー君

 どっちでもいい。 甲子園のライバル、早稲田実業と駒大苫小牧の決勝戦が人気になった。 マー君が先にプロで活躍している。佑ちゃんは来年からプロの道へ。 顔、投球術、では佑ちゃんが人気。 アタマも良さそうだけど人気だけではちょっと心配。 体の大きさが、馬力が・・プロでどこまでやれるか・・・脚が短いからな。  高校卒のルーキーで一流になるには 松坂並みの馬力、ダル並の身長が欲しいところだけどね。  甲子園の好カード、横浜対PL、古いところで三沢対松山商、中京対明石・・・色々あったけど 本当の好カードは地区予選にある。 甲子園という全国区になるとマスコミがアイドルを作ってしまう。 地区予選には 手の内知ったもの同士の戦い、因縁、宿命の対決が沢山あるのです。

(8)マウンドの高い球場、

半世紀昔ガキの頃、平和球場(今の横浜スタジアム)で 神奈川地区の新人戦、先発で七回投げたことがあった。 マウンドが高くて気分良く投げられた。 マウンド低くて喜ぶのはロッテのアンダースロー渡辺俊介君くらいなもの。

(9)めがねの投手
一塁走者になったとき 相手のピッチャーがめがねかけていた。

牽制球に慌てて戻った、下手なスライディングだった。一塁手と激突、膝の大怪我をしたのが高校一年生の四月十二日、忘れもしない青春の痛い記憶になった。 あれ以来五十年、めがねの投手はキライ、 どこ見てるか解らないから。(自分だけの都合になるけどね)  野球の話になると長くなって悪いけどな、感傷に浸っている場合ではない。 今大切なのは お正月に美味しい酒が飲めること、勝ちも負けもない、お正月をなるべく沢山 何回も迎えるのが自分的には「勝ち」だから、結局勝ちと負けとは五分と五分、チャラで上等である。 前向きに未来を見つめている、気ばかり若くても肉体がついてこないのが ちと辛い年頃になってしまったが。 年寄りになるとこれだからキライ、好きとキライはまだまだあるが 長くなるからこのへんでやめとく。  次回につづく 

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小さな幸せのはなし(3)セキレイvsカラス

 オラの寝ている部屋の窓辺で 毎朝ピーピー・・・と小鳥の囀りが聞こえる。新居の屋根裏(屋上・ボロマンションだけど)にはセキレイの巣があるらしい。

Segurosekirei 図鑑                       この辺は緑が深いから 野鳥が多い、セキレイの道という散歩道まである、セキレイ、濃紺と白、二色の縞模様、動きの速いスマートな小鳥である。 森で何度もカメラ向けたが すぐに逃げられる、シャッターが間に合わない、俊敏な野鳥である。 

意外と爽やかな声で啼く。 小鳥だけなら のどかで優雅だけどね、カラスも時々ガーガーと啼きやがる、 これがむかつく。  このごろは 好き嫌いがはっきりしてきた、頑固爺になったのだろうか、 カラスは昔から好きくない、鳴き声だって 出ないウンコを力むように聞こえる。

カラスが鳴くのは カラスの勝手だから しょうがないけど カラスという鳥は 貧しさと汚さ、えげつなさの象徴のようでオラ嫌いだ。  もしもカラスが セキレイのヒナを襲うようなことをしたら オラが仇とってやるからとセキレイの親鳥に伝えたいくらいである。  陸のカラス、海の鯨・・、これらの生物が自然を傷つけている、自然破壊の最高責任者は核実験や戦争する人間だけどな。 人間にもぶっ殺したいほど憎たらしい悪い奴はいる。 必殺仕事人のラストで仕事人が悪い奴に止めを刺すときに「とりあえず地獄で待ってろ、今度会ったら もう一回殺してやるからな・・」カッコいい台詞があったよ。 俺もワルだが 世の中には絶対に許せねえワルがいる、仕事料関係ない、何度でも殺したいワルがいる・・・・。 このての時代小説が オラ好きだな、晴らせぬ恨みを晴らすのは現代人の夢だから。

ところで もう七月、梅雨の真っ只中に 明るい話題を更新したくなった。

今朝は小鳥のさえずりで目が覚めた。

久しぶりに朝から青空、 プール行こうか・・と、カーちゃんと二人 一年ぶりにプールへ行く気になるとは、太陽の明るさの力はスゴイ、人の心まで積極的にしてくれる。 

 うなだれて 明るくなりきった秋のなかに悔い ていると その悔いさえも明るんでしまう. 八木重吉

八木重吉さんの詩が認められるのは 心に残るほど美しく清純だからだ。 

オラもたまには「うなだれて」「悔い」て、ナイーブなこと書いてみたいが   どーいうわけかシモネタになるから いまだに評判悪い。

一年ぶりのプール、お客の爺さん婆ちゃんもスタッフのネエちゃんたちも変わらない、「久しぶり、お元気そうですね」

皆笑顔で 久し振りの頑固おやじを迎えてくれる、健康の有難さが身に沁みる。 普通に歩ける、運動できることって 素晴らしい、おなか減るのも普通なら 普通が 一番幸せなことだった。      ゆっくり泳いで、歩いて、水は気持ちいいね、終わってからソフトクリームかじるのも 以前と同じペース、夜は酒が旨い。
ということで 競馬用語で言えは「本格化」「上昇」「本調子」であります。

カーちゃんは三十分黙々と泳いでいる、女は強い、北島を意識してる場合ではない、当面のライバルが 一番近くにいるではないか。

Photo朝市 地元農家の朝市、新鮮で安いから 人気があるよ、早く行かないと すぐに売り切れになる。

★余談  セキレイの剣  戦国時代の剣術名人 塚原ト伝が セキレイの尾を振る動きからヒントを得て刀の先を上下に動かす構えを考案した。 正眼の構え、又は中段の構えが現代まで伝わる剣道の基本になった。 打ち込みと守り、攻守両用の最適な姿勢になるのです。 剣道の試合では選手は竹刀の先端を上下に動かして構えています。 相手の動きに刀が反応しやすいからである。セキレイはスポーツ部門でも人間の役にたっている。  

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