カテゴリー「こんなのが好き これキライ」の24件の記事

高齢者福祉論 (3)今が幸せ

新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
インタビューのつづきです。  喋りだしたら止まらない、書き出しても止まらない。
読者の迷惑顧みず 長編になるから 今回のお話を三つに分けました。
 
問2 あなたが二十歳の頃 当時の高齢者は どんな暮らしをしてましたか
問3 あなたが二十歳の頃の生活と 現在の生活と どっちが良いとおもいますか
なっちゃん ありがとう、いい子だねぇ、これまた よくぞ聞いてくださった。
 
二十歳がいいに決まってる、 知識や考え方、人との対応、ボキャブラリ等は 今のままで 見た目、可動性、肉体的には二十歳の頃が一番幸せ・・・・
早い話が 爺になると 見た目ブサイクだし、アレができなくなった からだろ・・と、
不良オヤジ仲間には云われる。 
 そりゃ私も解ってますけど そういう品格に関わる会話は 今年から謹んでいきたいのです。  
 
タイムマシンがあれば 戻りたいのは二十歳の夏、 あの時「アイ ラブ ユー」を言ってたら おいらの今は違っていたかもしれない、 二十代は 人生の第一次黄金期・・・。
今は 見境なく言い過ぎ・・・? 初対面の女にも告白しそう? それじゃ 唯のヘンタイじゃん。
千円もあれば 二人で映画観て、カレーライスくらい食べて 喫茶店で話し込んで、そんなデートができる時代だった。  
年寄は今のようにディサービスとか看護師の訪問とか 行政の支援がない、 爺婆は 外であまり見かけない、皆子供と孫と、三世代が同居して、 畳の上で 子供たちに看取られて逝くパターンであった。  福祉行政は今の方が進んでいる、家族の絆は昔の方が・・・? そのへんはオレらが心配することではない、 自分で自分の心配してる。
二十歳で出逢った現在の奥方殿とは 一晩中語り明かした、二人は同じ方向を見ていた。  会社では 美貌のオーエルが 今では腰の曲がったオールドレディ、 朝の薬飲んだっけ・・・・、今朝オレ うんこしたっけ?・・・知るかそんなの。  時の流れは残酷である。
時々音がしなくなる、部屋の中を探し回る、トイレにもいない、布団にも入ってない、 どこかで倒れてたら?・・・生きてるの? と探し回る ボケ爺とボケ婆が仲良く老々介護なのです。
青春回顧録は 挫折の話題が多かった、 でも 今は違う、 病気も挫折のうちならば 失敗も成功も 良き思い出になる。 失敗を糧にして子供は向上する。  挫折のない人生なんて ホームランのない試合みたいなもの、 ワサビ抜きの寿司だ。 強いライバルがいたから 自分も強くなる。
 
野球の先生してたころが第二次黄金期かな、四十代のカラオケ世代、毎日二日酔い、挙句の果てに急性肝炎で入院。
あの時逝けば 向ヶ丘少年野球連盟葬、盛大な葬式ができるチャンスだった。 
 ところが しゃあしゃあと復活して 決勝戦でスクイズバントしなかったことに まだ未練を引きずっている。  バントで一点取る練習してこなかったから 優勝争いの常連に成長したのだ。  自分の哲学を曲げなかっただけだ。 今でも夢に出てくるあの瞬間、忘れられないあの一球 あの場面が沢山ある。  川崎市のトップよりも全国大会を目指す 、更にその先には 世界がある。 リトルリーグワールドカップがある。  ホームランで10点とるチームにしたかったのじゃ、文句あっか。 
平成20年二月、脳出血で入院してからが第三次黄金期である。  あれ以来怖い者がない、 怖いのはカーちゃんだけである。  
思ったことが何でも本音で云える、嫌なものは嫌と言える。 悲しみ堪えて微笑むよりも 涙枯れるまで泣くことができる・・・! タガが外れてバカになったのかも。   命が惜しくない者は無敵である。 
去年はお正月から 半年近く 自宅で寝込む(在宅入院)激痛を体験した。
病床の窓から見える青空が 痛いほど青く、情けなくて涙溢れたとき、かわいい訪問看護師ゆみちゃん美和ちゃんが 足を揉みながら一緒に泣いてくれた。  
死んだ方がましだと思う日もあった。     
この頃は もう死んでやらないことにした。  痛ければ生きている証し、朝起きてどっこも痛くないなら ここはあの世かもしれないからね。  痛い分だけ長く生きてやる・・と思うことにした。  神様は簡単には逝かせてくれない代わりに 痛みだけはお土産に残してくれる、 上等じゃねえか、 痛ければ 命が保証されている。  
たばこも酒もやめて 規制ばかりで なにをあくせく 毎日苦労しているのか、 痛くないなら死んでもいいと 云いながら やってることは 生きる努力ばっかり。   
今の目標は 府中東京競馬場で 一日遊ぶこと、きれいなうちにおだやかな顔で逝くこと、
 人生最後の夜は 美味しいもの食べて 美味しいお酒飲んで、おっぱい触りながら眠りたい、・・・また始まったかと 変な意味にとらないでね、オラ純粋におっぱいが好きなだけ、男なら皆同じことを考えてる、それを正直に言葉にしているだけ。
明石家さんまさんも同じこと言ってた。  男はかわいい生き物なんです。 
お正月はバカでもチョンでも 必ずやってくる、もうすぐ後期高齢者・・・やだねったら やだね・・・・。  
 
アバウトミーになると 情けない話になる、  夏ちゃんの論文で教えられた高齢者認知症改善に回想法という治療法があるらしいです。 二十歳の思い出を語ると 楽しそうに生き生きとしている・・・。  オラ 大丈夫だよ、 毎日笑顔だから、もともとボケだから これ以上ボケることはない、 若い頃からしっかりしている人はボケる確率が高い、 オラ元々ハチャメチャだから 今 しっかりしている。  おいらの脳は記憶の塊、百科事典並である。ところが最近は 二十歳の事は回想できるが きのうの晩御飯何食べたか覚えてない? オレ大丈夫かな、回想法 一度やってもらいたいです。 
死なないなら 昨日のことは 今から五十年後に思い出すかもね。 
 いつも目標がある、夢もある、 人は死に方にまで目標がある。
今どきの学生は偉い、 オレらの頃よりずっと偉い、 優しい心を持っている。 ちゃんと勉強している、 なっちゃん 医系だけれど レポートうまくまとめて 文系の素質もある。
もうすぐ成人の日ですね、 新成人おめでとうございます。   私も成人式行きたいけれど 振袖がないから・・・やめとくわ。
立派な成人、社会人になって、今あなたは青春の真只中、 これから始まる楽しいことも辛いことも 五十年後まで記憶に残るような インパクト強い経験が 人生の宝物になりますよ。   自分のポリシーを実践すればいい、 三振したっていいじゃないか、力いっぱいフルスイングしてれば 間違ってホームランになることもある。
ありがとう なっちゃん、気安く名前で呼んでごめんね、 とても楽しく読ませて頂きました。
気が付けば爺になっちゃったけど ボクは今が幸せですよ・・・・
 
 
 

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高齢者福祉論 (1)

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夏の終わり、裏の椿の垣根の中に 白い百合(カサブランカ?)の大輪が 咲きました。
誰が植えたでもない どこからか 種が飛んできたのか 一つだけが日に日に増えて
背丈の高い株が 五輪ほど・・・・ 百日紅の木にも 真っ赤な花が満開で・・・百日紅の花を見て 赤羽の婆ちゃんを思い出して、余談が長くなりました。
花が咲くのは いいもんですね。  心ほんわかとしながら 明日はもっと増えるだろうか・・・なんちゃって、
楓(アメリカフウ)の並木道を見ながら、秋になると立派な紅葉になって、こんなのを眺めながら 毎朝病院まで 歩くことが日課、歩く寝たきり老人になってしまった。 
「元気そうですね」と云われると 「元気だから来てる、病気ならうちで寝てるよ」と、一言多い不良爺が 見え張って いつも元気そうにして 若いナースとハイタッチ、  結局オレは病院でイチャイチャしながら 元気になって、 オレなにしに来てるのか? 基本的に病人ですから、 日々腰痛が痛え痛えとぼやきながら 元気にまだ時々更新もできるようになりました。
この街に来てから13年、 ハイタッチできるようになったのは三年前、苦節十年とはこのことか。  この頃は 存在感が薄い、 待合室で座っていても 忘れられる。  黙っていると 置物かなんかにみえるのかしら。  でも 会計だけは ちゃーんと請求される、皆 しっかりしてるよ。
その待合室の一番隅っこで座っているとき 二十歳の医系女子大生夏子ちゃんに インタビューされたのは師走の初め頃だった。  論文「高齢者福祉論」の参考データーに協力することになった。 いいですよ 僕はいつもお世話になってるから、たまにはお役に立ちたいですよ。  若い人なら なんぼでも協力しますよ、 一晩中でも 喋り続けますよ。
お友達沢山連れてきて 共同記者会見してもいいですよ。 講演会形式の質疑応答なら オレ得意なんだよ。  論文できたら 後で読ませてね、 オラ教授じゃないから 採点はできないけど かわいい子なら みんな高得点の評価するよ。
また余計なことばかり言って 長くなるから 次回に つづく

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高齢者福祉論と相対性理論

前回のつづき、 ハナから身もフタもないことから言うが
恋愛を論じるならば 相対性理論くらい勉強しておかなければいけない と、書物は読んでみたものの オレがそんなの解かるわけないよ、  
相対性理論には 一般相対性理論と 特殊相対性理論・・・二つがある。  一般のほうは 純粋な恋愛、特殊のほうは いわゆるアブノーマルなSEX論か、それをできるのは人間だけで 昆虫や魚たちのほうが駆け引きも なにもない、次世代を生み出すことを目的とする誠実で純情な営み・・・・と早合点していただけだった。 
 アインシュタインは 百年も前にこれを追求しようとしていた。  音速マッハは秒速340m、 光の速さは秒速30万キロ、 一秒で地球から月まで届いてしまう。
1光年とは 光が一年かかって到達する距離のこと、 だったら 百万光年の星の光は 自分が産まれる前、百万年も前に光った星を 今夜空を見上げて見ている⁈  こんなことを知ったら 宇宙の広さ 人間の存在が 情けないほどちっぽけで やんなっちゃう・・・・、
科学者の現実的理論には 夢がないよ、ロマンチックがない、 グレンミラー・ムーンライトセレナーデ、カーマイケル・スターダストも 銀河鉄道も、七夕まつりも 宇宙戦艦ヤマトも、 音楽も文化も、星空見てたって何にも生まれてこないよ。
 
 アインシュタインの研究は 現代も続く宇宙や地球の誕生の研究に大きく影響を及ぼしている。  それはそれで科学者の夢なのだろう。  時間と重力の関係、 重力の強いところでは時の流れも遅くなる・・・・・これを恋愛論に置き換えれば 好きな異性がそばにいると濃厚な時を過ごせる。 色々と無理に屁理屈つけて 自分なりに納得したけれど こういう話は オレには向いてない、恋愛をとことん追求するならば 四十八手の攻略本でも見た方が まだ分かりやすいんじゃねえの?  バカだねぇオレも・・・いつまでたっても これだから。
高齢者福祉論、メインテーマを忘れて前書きが長くなるから またここらで休憩して 次は真面目に本題へ行きます。  この頃疲れが抜けない、 髪の毛抜ける、体力気力も抜けて 唯の図々しい爺になってしまった。  18歳、ロングヘアの少年が「ぐれてやる・・・」と家を飛び出してから半世紀余り、時間は重力に関係なく 容赦なく巡る季節を 無駄に過ごしたのだろうか、 でもおいらは 幸運なことに まだ一回も死んだことがない、何度も死にそうな病気を経験しながら 能書きたれている。 
今朝も小鳥の囀りで目が覚めた。 今日も幸運なことに ご飯食べて ちゃーんとウンコして 幸運な人生をかみしめながら 更新している。
鼻毛まで白髪になつた唯のエロ爺が 最近は「ボケてやる〜」になりそうである。

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平成相対性理論

 

「ジュリアン・ ソレル・・・・だったかねぇ ?」

赤羽のお婆ちゃんが 自分の青春時代を回顧するように ぽつりと一言。

爺ちゃんは 婆ちゃんの こんなところが好きだったのかしら・・・と、自分も大人になってから 思い出すことが 何度かあった。  

婆ちゃんの家には 小さいが 垣根に囲まれた庭があって 百日紅の花が満開だった。 

百日紅は 夏の花、咲いている時期が長いから 100日くらい緑の中で赤い花が目立つ、幹も枝もつるつるだから 猿も滑るから・・・じゃないんだよ、

だから百日紅(100日の紅)と書くんだよ。    紅一点・・・というのは男の中に女の子がひとり・・・・・で、モテモテのことかと解釈していたが 雑木林の中でザクロが赤く咲いている の意味だった。

子供の目から見ると 二十歳くらいは もうかなりなおっさんに見える。 四十五十は 完全なおっさんで 言葉も通じない異邦人のようにみえる。  還暦過ぎた白髪の老人は もう浦島太郎や桃太郎の世界のお爺さんの感じ・・・である。  学校で習ったことよりも 婆ちゃんの一言から教わった知識は 一生自分の中に棲み着いた記憶になるのである。

もうひとつ 後になってから 何度も思い出す場面があつた。   帰る日の朝 おらはまだ布団の中で 爺ちゃん婆ちゃんが 同じ部屋の向こうの方で 朝ごはんを食べてるときの会話・・・・・「おいしいねぇ・・・・こんな旨い納豆 初めてだよ」 「ほんと 美味しい・・・毎朝納豆がいいねぇ」 二人とも 散々美味しいもの食べてきたのに 結局 納豆と卵かけごはんが一番おいしいとわかって、 幸せそうだなと思った。

 周りの反対押し切って一緒に暮らしていることは リスペクトに値する。 二人仲良く納豆の朝ごはんで おいしい・オイチイ・・・と云ってることが一番幸せなのだ。 ガキが こんな感情になるのも 普通じゃないけどな。

爺ちゃんは酒を飲まなかった。  爺ちゃんの親父(曾祖父)が 大酒のみで だらしない姿を見てきたから 自分は酒を飲まない・・・と、決めたそうである。  父親を反面教師にしていたのだ。  その代わりに 食うことが好きだった。 オレが小学生の頃に松本市街の馴染の料理屋で 馬刺しや牡丹鍋(イノシシの肉)を 爺ちゃんと一緒に よく食べに行った。

帝大(現在の東大)を出て 生命保険会社に勤務、富山、京都あたりへ転勤するたびに ホタルイカの刺身、松茸ご飯食べたと 嬉しそうに食道楽を自慢していた。   もしかして 日本各地の特産品が食えるから 転勤が苦にならない・・・・?                          四十過ぎてから司法試験に合格し 弁護士として 松本の裁判所が仕事場になって、近所では 先生扱いされていた。

自分なりに努力し勉強家でもあった。  この爺さんすげぇなと思ったのは ある時 オレが世界地図を見ていると イスラエルはどこだ?と 一緒になって 地図を眺めて、イスラエル、ヨルダン、シリア、イラク、トルコ、アラビア、エジプト・・・ この辺は 未来 いつまでたっても戦争ばかりするとこだよ、なにしろ紀元前から 戦争の絶えないところだから。   

第一次中東戦争でイスラエルがシリアのゴラン高原を占領したとかのニュースを知ったのは 自分が社会人になってからのことである。  周りが敵国ばかりのところで みんなやっつけてしまうイスラエルは強い! まるでモーゼの予言のように断言する爺ちゃんも 凄えよ・・・・・  

 NHKは日本放送協会、ニュースは東西南北、(ノース・イースト・ウエスト、サウス)、便所をWCていうのはアメリカではウォータークローゼット、日本では W(うんこ)と C(しっこ)・・・だからだべ?

これも爺ちゃんが教えてくれた、今おいらが 同じことを孫に伝承している。  

爺ちゃんが他界したのは 赤羽で暮らし始めて二年後76歳、肝硬変だつた。

酒を飲まないのに 肝臓病、旨いもの食いすぎじゃねえの? ドヂだねぇ俺もと 自嘲していた。  人生最後の2年間、 価値観が同じで仲の良い婆ちゃんと 納豆食べながら 幸せに暮らしていた。  爺ちゃんと婆ちゃんは 十分に人生を戦い、励まし 愛し合い、最後は美味しい納豆ごはんに満足して幸せだつたんだなと 後で時々想うのである。 人間が偉いのはこういうことだなと思った。 

恋愛の目標は夫婦になること、あの子に会いたい・・・というのはアノコとやりたい・・・てことである、これはビートたけしさんのネタ。 お寺の和尚様の法話では 人間に生まれたのは奇跡に匹敵するほど幸運なこと・・・である。  

考え方は人それぞれであるが 人間は結婚をゴールにしたいから 相手を選ぶ、 夫婦になってしまえば 天下御免、朝から小作りしてたって 誰も文句のつけようがない。  今どきは少子化社会に貢献する立派な行為である。   だから人間は相手を選ぶ、♂だったら綺麗な♀を好む、見た目を重視するのは人間だけである。 惚れただの 振られただのと ややこしい。  そうなると可哀そうなのはトンボやセミたち、昆虫は交尾と共に一生が終わる。  カマキリの♂は 事が終わると雌に食われるそうである。  元気な若い雄なら さっさと逃げるが勝ち、やり逃げ⁈である。  鮭の遡上も同じである 産卵と同時に皆死んでしまう、 皆 命懸け、 だから人間に生まれて良かった である。   

こんなことばっかり言ってるから 私は最近評判悪い、恋愛を論じるならもっと教育的にと、オラも少しは勉強しなくちゃ・・・・・読者各位の支持率下がっては淋しいから 今年の夏から 「相対性理論」を勉強したいと思った。  恋愛≒SEX と思うなら 世界最高水準の文献である。  恋愛を学術的に追及する人間も ちょっとおかしいよ、 何故人はSEXしたいかって? 福沢諭吉「天は人の上に人を創らず人の下に人を造らず」  リンカーン「人民の人民による 人民のための政治」 偉い人は理屈っぽいから困ったもんだ。  本当は「人は人の上に人を乗せて 人を造る」 結局 気持ちいいから・・・だろ。

なにを訳解んねえこと考えてるのか? 長くなるから また一休み  次回は「高齢者福祉論」    二十歳の医学系女子大生の論文に協力するため 高齢者のモデルとしてインタビューされた話。  オレ やっばり見た目爺さんとは 情けない。

 

 

 

 

 

 

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 スタンダールとオニヤンマ  その二

爺ちゃん婆ちゃんちの二日間は楽しかった。 
小学生の男の子には十分に夏休みを満喫できた。  
断片的な記憶しか残っていないが 庭のイチジクの木に沢山実がついて
甘さにひかれて集まるカナブンや蟻んこと奪い合うようにして ワイルドに食い放題だった。
雑木林で カブト虫やクワガタが集まる木をみつけて 取り放題・・・、
広い道路で 前方から飛んでくるオニヤンマと一騎打ち、 網を構えて あんなに心躍る ときめきというか 最強最大のトンボ オニヤンマ・・・、低空飛行で近寄ってくる、B29戦略爆撃機を迎撃する 日本空軍ゼロ式戦闘機の気分・・・?。  
これ捕まえたら学校へ持っていって 自慢になる。  俺ヒーローになれるぞ? ガキなりの欲望もあったのかも。
幼少の頃は 近所に学校のプールがあって 空襲で校舎が燃え、プールもため池のように荒れ果てて 草が生い茂り、ヤンマの雌の胴体をタコ糸で結んで 2mほどの長さにして空中を旋回させる、「銀よ来い、チャンがいるぞ・・・♪」これに牡のギンヤンマが絡んできて トンボ釣りである。   鮎の友釣りと同じようなもの、オトリにするチャンが採集できれば あとは牡のギンの恋心を利用するだけの取り方である。  
 
止まっているトンボを採るのに指を回しながら近づくのは なんか意味あるのか? トンボが目を回して動きが鈍ると思っている人が今でもいるから・・・
最近の若いお父さんたちは 皆 セミを見つけると 木の幹に止まっているセミを網で採ろうとする、 大きな網でおっかぶせたって セミは網の隙間から平気で飛んでいく、 セミは手でとるものである。  羽をバタバタさせるとオシッコをひっかけられる。 セミは逃げる瞬間に小便を放ってかく乱する、セミ流忍法小便隠れ・・である。 こういうことを最近のお父さんは知らない。  平成よりも 昭和のほうが 最先端の理屈にあった方法で昆虫採集をしていたのである。
 
オニヤンマとの対決、あんなに心躍る瞬間はなかった。  高いところを飛んでいても オニヤンマだと分かるほど大きくて 前方から低空で 二度すれ違った。 二度とも空振りに終わった、 彼はあざ笑うように飛び去った。  チックショー・・・と、一人で悔しがりながら 結局その日の収穫は カブト虫二匹と 帰り道に小川で捕まえたザリガニ二匹だけであった。
戦国時代、巌流佐々木小次郎は 刀でツバメを斬った、可哀そうなことをするもんだ、彼ならオニヤンマも斬れるだろう、でも斬って殺してはいけない、 現代的にいえば絶滅危惧種は保護してもらいたい のである。
俺はまだ修行が足りない、次は 鳥もちを使ってやってみよう、
子供なりに 反省したり 闘志を燃やしたりしながら 家に戻った。  大人になってから 競馬場で大穴を逃し、トボトボ帰るのと同じ心境であった。
夜は 食後、スタンダールの「赤と黒」を読んで、 なんかおかしいよ、昆虫採集で一日遊んだのだ、ファーブルの昆虫記とか ダーウィンでも読む方が勉強になったのかもしれない、と、半世紀も後になって思うのである。
婆ちゃんは おいらの読書姿を見ながら 「何読んでるの?宿題かい・・・?」
「スタンダール、赤と黒・・・・は ジュリアンソレル・・・だったかねぇ? 」
赤と黒の主人公 ジュリアン・ソレル、昔読んだのを思い出すように、 縫物をしながら さらっと ひとこと。   婆ちゃん すげえ・・・! 一発でノックアウトされた感じだった。 
 
 また ここらで休憩
 

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スタンダールとオニヤンマ その一

まだガキの頃、昭和の夏休み、古い話である。 
昭和30年頃だったかな? 小学6年生の夏休み、 蒲田から京浜東北線で赤羽まで 長いこと電車に乗って、お爺ちゃんお婆ちゃんが暮す赤羽の家に遊びに行った。  
夏休みの宿題、読書感想文と 昆虫採集が目的であった。  
どういう訳か 本棚に並んでいる文学全集の中から スタンダールの「赤と黒」を持って、昆虫採集用の網、虫かごに麦わら帽子、ランニングに半ズボン、山下清画伯のスタイルで ガキが一人で2泊3日の大旅行を敢行した。  
 
何故スタンダールを選んだかは記憶にない、 親父の趣味もあって 本棚には 夏目漱石、芥川龍之介、井伏鱒二、森鴎外、島崎藤村、太宰治、川端康成、トルストイ、パールバック、モーパッサン、ホメーロス、文学全集から六法全書、百科事典など 古典的な本が壁一面に並んでいた。  読むため というより インテリア?、カッコいいからである。   その中から 無差別にスタンダールを持ち出したのである。  
 
その数年前、松本の祖父(爺ちゃん)が 突然結婚すると云い始めて 父母とその兄弟、親戚中が大騒ぎになった。  叔母(父の妹)さんは 70過ぎて 世間体が悪い、不潔だ、なんと穢らわしい・・・何を考えてるのか、困った爺さんだわ まったくもー・・・・と、顔を真っ赤にして怒っていた。  
大人たちには非難轟轟であったが 俺ら孫たちには関係ない、信州松本の裁判所で 弁護士や判事の仕事をしながら 近所では先生と呼ばれた いわゆる町の名士が 三味線抱えて趣味の義太夫を唸っている、明治生まれのロックンローラー?  
そんな祖父のヤンチャなところが むしろ嫌いではない、 爺ちゃん なかなかやるじゃん という感じであった。  
お相手の四ッ本のお婆ちゃんは腰の曲がった 見た目は典型的な婆さんだったが いつも静かで上品な感じの優しいお婆ちゃんであった。  何故ならば 悪戯しても叱られたことがないからである。
本人たちは 周囲の騒ぎなど 全然平気で、話の合う仲良しで、お茶のみ友達なんだから 一緒に暮らしたっていいじゃない、・・・オレらにすれば 「同感」で 孫の方が寛大に受け止めていた。  むしろ 大人世代のほうが なにを余計なことまで考えてるのか? であった。                                           つづく、 
長くなるので三ラウンドくらいに区切ります。 ちょっと休憩・・・この頃俺も疲れる、爺ちゃん世代だから、 
 
 
 

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横浜 ろくなもんじゃねぇ ① 頑張れOK牧場

2011_0227113270034 早朝からOK牧場の開店を待つ人の列。   東日本大震災のあと、 一週間ほど お米がない、納豆、卵、ヨーグルト、どこへ行っても売ってない・・・・。  東京圏は  地震も津波も被害がなかったかわりに 東北で作る食料品等が入荷しなくなった?  天災だからしょうがないですね・・・・と云われても 納豆のない朝ごはんは 辛いですよ。    そういえば 生ショウガを料理に使おうと買いにいったが チューブ入りの「ショウガ」も 野菜売り場にも 生姜がなかった。  だから「しょうがない」のである。  OK牧場は 大型小売店、  いわゆる どこの街にもあるスーパー である。  高品質・低価格をスローガンにする この街では人気のお店である。  

 戦国時代 城のまわりに人が集まり ひとつの都市になる。 これが城下町、 お寺や神社へお参りの人が集まるところを 門前町、交通の要所、宿場町、 船舶が入港する港町・・・・。港町の繁華街、船乗りをユーザーに酒場の多いのが十三番地 。  要するに 人が沢山集まれば経済的活性化が見込まれるからである。  数年前 友人が オラと同じ病院へ定期的に通院していた時、同行の彼の奥方殿が 両手に大きな袋を下げて「あー 楽しかった・・・」と ニコニコ顔で戻ってきた。 右を見ても 左でも 何を見ても「安!・・・・・安!」と手が伸びてしまう、お買い物 デパート巡りが趣味という主婦も いるからね。  

プールでは 婆さんグループが「なんてったって オーケーが 一番安いよ・・・」と、お店の情報交換しながら 水中歩行で鍛えている。 普通は三人寄れば病気の話、五人も寄ればお寺の話になる、オラ何故かこの婆さんたちとお友達になってしまう、だから最近は フリーコースでは 潜水して このグループから逃れるように 鍛えている。 ちびっ子には馴染が何人もいる。   還暦以上小学生未満・・・、この中間層が希望だと 前から言ってるんだけどな。   

私はOKの宣伝マンではないが 早朝からこんなに人が並ぶほど集まるのはOK行けばあるでしょ と皆同じ思いだからであろう。   このへんは身の丈程の草原で、なにもない田舎だった。  何もないところに店を出したOKは凄い、偉い・・・。 やがて地下鉄の駅ができてから アクセスも良くなったこともあるが 人が多いから店舗を建てたのではなく OKのおかげで人が集まるようになったから・・・この店の社長はある意味「勝負師」である。

ほんまに安いんです、「安い」ということに消費者は弱い、 しかも 何でも揃っている。

入り口近くには 季節を感じられる旬の野菜、果物・・・生鮮食品から日用品、衣類、雑貨、家電、自転車、パンツに靴下、競合店を意識して ハイクオリティ&エブリディ ロウプライスをテーマ にして 安い価格で何でもある、無いのはランボルギーニ、アストンマーチンくらいなもの、オレのちやうけど〜♪ 

地元の住民は買い物が楽しめる、便利なのである。 テレビコマーシャルしたこともないが 口コミの威力なのだろうか、東京、川崎あたりの人まで来る。 玉川学園時代 近所のお友達と二家族で車二台で来たこともあった。  最近はおいらも お買い物係り、主婦目線で食材探しに行く常連になった。     この春は 菜花、タラの芽、マンゴー、パパイヤ、ハマグリ、生食用のカキ、ラム肉のステーキ、先週は鮎の塩焼き・・・、旬のものを自分で料理して オイチイ・オイチイと食べさせてもらいました。  あまりOKの宣伝ばかりしてるとOK営業部と思われる、わたしゃ あくまで消費者ですから。

◆還暦のころは 憧れというか 仄かな夢があった。  第二の人生は山手町あたりの小さな家で暮らしたい、 花屋さん(フラワーショップ)やりたい、テナントでもいいから お洒落なお店に若い女性がいて、オレは 汚ったねえ爺は裏方となり 庭に温室作って ランの栽培、観葉植物増やしたりして、趣味が生業ならば こんな幸せな晩年はない。 若い頃から園芸の勉強随分してたんだよ。 夜は横浜港の夜景を見ながら晩酌、港の見える丘公園あたりを散歩して 青春のメモリに浸る ノスタル爺になりたい。・・・・・これを競馬研究会の仲間と新橋の「をどりや」で 大酒飲みながら 寿司食いながら しみじみと語ったら まるでキャラが違うと大爆笑された。  失礼な・・・・私にも こんなナイーブな憧れがあるんですよ。  スポーツ紙の出馬表に◎や▲つけて予想する評論家になりいと常々語っていたから。

宝くじ当たったら フランス ロンシャン競馬場へ行きたい、凱旋門賞見てみたい、競馬の発祥地イギリスで エプソム、アスコット競馬場も行きたい。  競馬は紳士のスポーツですから。  アメリカ ケンタッキーダービーも 一度は見ておきたいな。  ドバイのワールドカップもあったな。 アラビア、シリア、イラク、あの辺はヤバいとこだから止めておこう。    ところで サンデーサイレンスはまだご健勝なのだろうか、他界されてたら墓参りしたい。 ノスタル不良爺の夢は果てしないのである。 

◆野心はない、食うに困らない年金生活で満足、 「吾唯足を知る」である、何も悟ってはいないけどな。

 OKで美味しいもの探して 健康な日は少しだけ酒を飲み 孫と遊ぶ善良なお爺ちゃんなら それでいいんでないの・・・悠々自適とは こんなことだろう。  ところがぎっちょん、想定通りに行かないのが人生、 ここでのんびり晩年を暮らして行こう 遠くで汽笛を聞きながら・・・♪ この十年は波乱万丈、自分的には とんでもねえことばかりだった。  

 六月、アジサイが満開になった。  ハナミズキ、卯の花の匂う垣根に小鳥が囀り 、山道へ行けば 鴨が歩いて、ハコベ草を搔き分けて ツグミが歩き回る、この辺の野鳥は歩くのが多い、飛ぶのが苦手だ。  藤棚の上に猫がいる、どういう状況で登る必要があったのか。 野良猫に餌をやる人がいる、カラスがそれを知っていて カラスと猫が餌の争奪戦である。この辺では争い事は この程度、平和な街だ。 柳の枝に猫がいる、だから〜猫柳・・・なら 天才バカボン?の世界。  

憧れのカワセミちゃんにも たまには会える。 ウグイスが唄い、もう梅雨明けだ、山手町ばかりが横浜ではない、 ここらへんは上品な高級地、ベビーカーに仔犬を乗せて犬の散歩するおばさん、  そのうち自分が車椅子になりそうな高齢者が 犬の散歩をさせている。 この町は 横浜の文教福祉地区、悪い人がいない、やーさんもいないがお巡りさんもいない。  こ汚え爺婆と ガキの街だ。 オレも汚ったねえ爺だけどね。 だから せめてもの抵抗で お洒落に気を遣っている。  幼稚園と学校と図書館、市民プールと公園、駅前は病院と薬局ばっかり、 酒場がない、たまにはネイルサロンでも行ってゆっくりしたいと思っても ビューティスタジオ 美容室へ行こうとしても娘たちに反対される。 場違いだからやめてくれ、変なおっさんが行くと それが父だとわかったら 私が恥をかく・・・・。  そーです、わたすが変なオジサンですよ。  オレも自覚はしているが 人間誰だって 老若男女問わず美しくなりたい願望は変わりないですよ。   

若い時は 何もしないでもキレイなんです、年寄になるほど 努力が必要、還暦過ぎてスッピンの婆は見られたもんじゃない、だから必死に壁塗るようにメイクするのです。   若い頃はおいらも寡黙だった、黙ってても女がふり向いてくれた。 この頃淋しいのは 口説いてるつもりでも冗談と思われて 相手にされない、安全パイだから。  「また綺麗になったね」 「綺麗に生まれて得すること多いでしょ」 お世辞ばかりですけど、 一言二言、十言くらい喋らないと こっち向いてくれない。

大病の手術で おいらは頭よくなった。 脳みそ空っぽだったから 記憶を保管する容量が広くなったからである。  命を救われただけでない、 記憶が良い、頭の回転は速いし口は滑らか、考えて物言う前に 口が喋りまくってる、それを聞いた脳みそがビックリしてる?  オレの頭はあの事件を境に めっちゃくちゃ聡明になった。  そらそうだよ、頭良くするために手術してくれた末永先生、名医である。   遺伝的に脳卒中の可能性あると思う人は 末永潤先生をリクエストし診てもらうといいよ。  なにしろ前日から眠らず なにも食う暇もないほど忙しく 手術室で頑張って、やれやれやっと終わった、何か食べてひと眠りしようかというときに おいらが救急車で飛び込んでいった。  それでも 受け入れてこんなに快復させてくれた。  技術と情熱と優しさと・・・幸運が重なった・・・と云われるが、幸運とは 間違えて記入したマークシートの3連単がマン馬券になった、その金で買った宝くじが一等賞だった・・・そういうことなの? おいらに言わせりゃ 命の恩人、ノーベル賞モノ、凄い先生だよ。 倒れた場所が消防署の隣、三軒目の病院にたまたま先生がいた。 一時間後には 手術が始まっていた。  たまたま が重なって 今も生きて能書きたれている。 人の命って、 人生って・・・・不思議なものですね。

あれから十年 おいらは病院行くのが日課であるが 若いスタッフとイチャイチャするのが楽しみな変なオジサンになりそうだから 今年から 寡黙になりたい、高倉健を目標にしようと心掛けて たまに無口にしていると 看護師が脈をとりにくる。 黙っていても死んでないよ、 オラまだ生きてんだよ、お元気そうですね・・・と云われると 元気だから来てる、病気ならうちで寝てるよ・・・・ああ言えばこう言う・・・評判悪くなりそうだから 今年から 謙虚に 患者さんらしく、 おとなしくしますから 何卒今後とも よろしくお願いします。  なにしろオレは命預けているのだ、ここまで生きているのが奇跡のように 生かされている。 先生とナースと 救急隊のオジサンたちと・・・・みんなの優しさに囲まれていた、それを思うと泣きそうになるくらい 誠実に 一生懸命 こんな命でも 守ってくれたことに感謝・感謝と 感動してるから これ以上の感謝の言葉がありません、ありませんから云いませんけど。

駅前に 屋台の焼き鳥屋くらいは たまに出るが ゴミ一つ落ちてない、 鳩のウンチがたまに落ちてる、保育園の子供たちが並んでお散歩に出かけたあとに 靴が片方落ちてたりする。  なんにもない静かでキレイな街、 結局おいらには つまんねえ街だ。  最近新築のマンションがあちこち建って 人口も増えてきた? OKストアと共にこの街は栄えていくのである。  

梅雨入りして 山の緑が濃くなった、窓から見える青い空と富士山の夕焼けが綺麗だと思うとき、なぁんだ おいらの幸せとは こんなもんで上等じゃねえの。Photo   夜の八時に インターホンが鳴った、オラ もう寝る時間、早寝早起きの良い子ですから。  「キリスト教会から来ました、ボランティアの宣教師です、遅い時間にすみません・・・、神様のお話をしたいのです、」「結構です・・・興味ないから・・・」 「神様を愛していますか? ノアの箱舟つて ご存じですか? 」「神様と付き合いないから 分かりません、」 

本題に持っていくなよ、ノアの箱舟はオレが説教してやるよ、オラ五十年昔に聖書読んでる、最近は般若心経読んだけどね、 どちらも読んでて楽しくなかった、よく解らない、難しいよ、 ここは自由の国だ、 結局誰でも 自分で決めた 自分の好きな神仏を信じればいいんでないの。

  イデオロギや宗教を他人に勧誘するのは嫌いなんだよ、そもそも神を大義にして 人類は古代紀元前から 戦争ばかりしてきた。  「神は偉大なり・・」と云いながら人を殺すことを目的にしたテロリストが世界中に流行?している。  神は残酷だ。  ミサイルをボンボン飛ばして戦争ごっこしてる近所迷惑な国もある。 「神は偉大だが 人間は愚かなり・・・」  

「今、ご自分は 幸せだと思いますか・・・・?」 大きなお世話だバカ野郎。 そういうことは自分の判断、神に委ねることではない。  ♪幸せ それとも今は 不幸せ・・・・尽くし足りない私が悪い♪ 都はるみさん、大阪しぐれやりたいなら カラオケで勝手にやれ。

 駅前ではいつも 「世界平和」の看板立てて、冊子を配っている人たちが何人かいる。  「目覚めよ」「ものみの塔」、この二冊はもう何十年も前から街で見かける ベストセラーだ。 寒い朝も 真夏でも 信じるということはパワーになるのかね、ご苦労様です、この街は 優しい良い人たちばかりです。  「目ざめよ」・・・?、オレらはみんな 寝ぼけてるというのか、ふざけんなバカヤロー。

人生悪いことばかりじゃねぇ、ブログを綴りながら 物事の良いところばかりを観ようとしてきた。  上品な人も多いが ろくなもんじゃねえ人間にも出会った、このさきは オレも 云いたいこと云おう、「職業に貴賤はないが、生き方に貴賤はある。」  横浜は大都会だ、アメリカに例えれば 東京がワシントンなら 横浜・川崎はNY並か、緑に囲まれたきれいな街もあれば 簡易ホテル街もある。 ♪今日と違うはずの明日へ・・・ランナウェイ・ラナウェー・・・・♪嗚呼 しょーもない 夢を追い続け 嗚呼 いつの日か 大空駆け巡る・・・・♪(クリスタルキング)なんちゃって、 

特に この十年は色々ありましたよ。  鶴見川の土手で 河原乞食と会話する機会もあった、 カステラの皮みたいな顔色して 仮に源さんと呼ぼう、名前聞くほど野暮じゃない、聞きたくもねぇ、源さんはもうすぐ還暦だけど まだ働いたことがない、税金払ったことがない、だから気楽だよ、ゴミ置き場のアルミ缶を集めてる、キロ六百円・・・このごろ景気悪くて俺達は大変だよ、ガストのゴミ捨て場でステーキくらい食ってるけど、風邪ひいても病院にもいけない、 政治がいけないんだよ、 なに言ってるんだ 政治がどうこう云える立場じゃねえだろ、働けばいいじゃねえか、 家族は いない、友達も・・いない、好きな女は・・・?惚れたことない、オジサンは? 女に興味はあるよ、振られてばっかりだけどな、解っちゃいるけど止められない。  オレの弁当のサンドウィッチ一枚食べて たばこ一本吸って・・・・ありがとうございました・・・と、源さんは にっこり微笑んで 拾った自転車に乗って鶴見川の土手を帰って行った。 たばこくらい自分で買え、さっさと死ねバカヤロ、お前みたいなのは 日本の恥だ。   オレ友達の数は多いが ほいと(乞食の差別用語)ホームレスは大嫌いだ。  要するにプライドのない人間は嫌いだ、見た目バカと分かるバカの存在も嫌いだ。  大事なのは「見た目」だ。 狭窄症で腰痛と戦っているから 言葉も乱暴になる、 ブログでは 固有名詞を使わぬように 気ぃ使ってきたが、 これから遠慮しないで正直に書き込んでいくつもり。  見た目良ければいいのです、僕だって綺麗になりたいのです。  文句ばっかりいうもんに ろくなもんはいない、オレもこれから 文句も愚痴も云うぞ。 悲しみ堪えて微笑んでばかりきたから 涙枯れるまで 泣いてやりたい。   やぶれかぶれではありませんよ、オレも ろくなもんじゃねえ・・・から。

 

 

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爺さんは拳銃を持っていた(2) 俊佑さん凄いんです

私事ですが(私事ばっかだけどね) 
うちら結婚したのは オレが二十三歳、女房殿は二十一、下げた手鍋のその中にゃ
明日の飯さえ・・・・無かっな・・・・おまえ♪ この歌のモデルではありませんが、 昭和演歌、「あなた・・・・お前・・・」「赤い糸で結ばれていた・・・」 この手の台詞?は オラ昔から好きくないよ。   
第一 村田英雄さんの演歌「皆の衆」?「男度胸」 「根性」・・・このての日本語・ オラ嫌いだわ、嫁さんを「お前・・」なんて 呼び方してるうち 今どきないでしょ。  ませたガキが若くして所帯持つと経済的には大変な時代、今でもそれは同じようなものと思うが、 ビートたけし先生に言わせると 結婚とは、ボトルキープしたようなもの。
帰ればアレがあるじゃないかという保険のように考えてる。  おいらの場合は 「勢い」「行き当たりばったり」、「成り行き・・」 。   将来を見据えた選択肢(これがお見合い) 信条や価値観の相性を調査する? 二十歳やそこらで結婚に大義名文なんかなくて良い、かわいい子だなと思ったら優しくしよう・・・と思う、 唯唯 いつもそばに居たい、利害関係があってはいけない。  そんなもので良い。
 
結婚というのは 子供造って、育てて、人口増やす・・・・我が愛する日本国国民の義務なんだよ。  子供造りの行為だけが楽しみじゃだめだよ、  中国、インド、その他人口の多いとこは 他に「楽しみ」がないからだよ、後進国に共通することである。 
気持ちいいのは解るけど、ちゃんと産んで 育てて、納税者の数を増やす・・・・・そこのところを理解してもらいたい。  こんなこと云うから 「シモネタ」やめて もっときれいな話にしてください・・・昔から読者から文句言われてる。  オレが云いたいのは 現代国際社会情勢・・・・、グローバルに社会科の勉強してるのに、解かんねえ人も沢山いる。 「落ち」の部分でウケないから 苦労するんだよ。 
教育、勤労、納税、日本国民の義務を果たさなければ、 基本的人権とか、権利ばかりを教わる現代っ子には まだ分かっていないこともある。  
 
最近 近所のかかりつけ病院では 若いナースがもうすぐ結婚控えて、 日々幸せ一杯で 食べ過ぎて肥っちゃいそうと嬉しそうにぼやくから、 ずつと昔から幸せだったでしょ、なんでも美味しく食べられて よかったね、幸せな人見てると こっちも幸せ気分になる。  祝福のつもりで述べた言葉が 乙女心を傷つけたか? 「なにそれ、元々デブって言いたいんでしょ、しっつれーねぇ・・・これだから 信じられない・・・」 おめでたいことだから いいんだけど、 オレは別に信じてもらえなくてもいい、 ちょつとおちょくっただけですよ、    
ちゃんと子供育てろよ、そんなことオレに報告しないでいいよ、嬉しいからのろけてるだけならいいけど、 こっちはやきもち焼いてるだけだけどね。
第一、オレが人口の心配しても 体制になんの影響もない、  結婚はいいよね、若けりゃオレだってと 興味あるけど、 爺さんがあんなことやってたら危なくって・・・・。  自分の明日の命を心配しないとね。 
 脱線が長くなりました。
そういえば オラ結婚が早かった、青春は長いのに、我が人生最大の不覚、お見合いという経験もしてみたかった、五十くらいまでは まだまだ遊んでみたかった・・・と、ここだけの話ですよ、カアチャンには内緒、それでも五十年、互いにあいそつかせながら 二人で歩いてきた・・・・
カーちゃんは偉大です・・・慌てて言い訳するのも 愛しているから・・・・であります。 
そこで本題に戻り
職場の親分、俊介さん・・・に 結婚の仲人(媒酌人)をお願いすることになったのであります。 
若い社員から見ると 見た目は爺さんであるが 父のような存在であったのです。
俊佑さん 快諾してくれて ならばお祝いのプレゼントを・・・・ということで 銀座三越へ。
三越へは毎日お散歩のように覗きに行く、常連というか特別顧客、店員たちの姿勢に反映されていた。  「いらっしゃいませ・・・」 売り場で仕事中の店員が 夫々最敬礼。
洋服の生地を見るため 店長と共に応接室へ・・・・。  イタリア製の背広上下、素人がみても高そうな・・・・後で知ったが三十万・・・・初任給が四万円くらいの時代だった。  
洋服の仕立て屋が我が家に来て 寸法とりながら あれ凄い生地なんです、仕立て代が八万円だけど いいですか。  オラにとつては 有難いやら つらいやら・・・・・だから 凄いんです。
高度成長期とはいえ 不平不満ばっかり言う同僚もいた。  不満の内容は「月給安いから」であるが、だったら それだけの仕事してるのかよ・・・と云いたくなる、能力低い者に限って文句が先に出る、地方出身者が多かった。  地方出身者は皆立身出世型、東京で一旗あげて故郷へ錦を飾るタイプ。  岩手・青森・秋田・・北海道・・・。北の方の人は北島サブちゃんの信者、東京へ出れば 金稼げる・・・なんだ、唯の田舎っぺじゃないか。 
「あんたも冴えんねぇ・大学まで出て 荷造りやってるとは・・・」これは広島の人だった。冴えんとは「パッとしない、うまく事がはこばない」というような意味であろう。  大学出れば早速課長室で秘書かなんかいて・・・、そういう感覚なのだろうか、なんと情けない、イデオロギーが違う、オレは学歴を自慢したことも 社会に出て役にたつとも思っていない、最低限の仕事からやるのはどこの世界でも普通のこと、学歴をとやかくいうのは  学歴ないというより知的水準が低いだけのことだ。  相手は先輩だから 反論したくても こっちは発言力のない新入社員だから悔しい想いをしたものである、 ダメな先輩も 立派なのも・・・どこの会社にもいるものです。
地方出身でも都会的な人はいる。  東京生まれでも垢抜けしない者もいる。  要は 素材、資質、個性の問題です。
 
今だから言えるが オラ育ちがいいから? 金銭感覚は蛋白というか 気にもならない、給料に文句言ってもしょうがねえだろ、範囲内で頑張ればいい、なんとかなるさ、「若かったあのころ 何も怖くなかった、唯あなたのやさしさが怖かった・・・」時代だったから、若いということは 貧乏でもへっちゃら、素晴らしい時期なのである。
 結局そのときの背広は  二十年後も それを着て出張に出ていた。  今でも押入れのどこかに残っている 我が家の家宝である。
品質の良いものは長く使える、安値ばかりを追求すると 高いものになるのである。
価格勝負よりクオリティの勝負である。 
 
俊佑さんには武勇伝がある、我社の伝説として先輩から聞いた話、   
近所に馴染の寿司屋があった、そこの息子がぐれてしまって 店主からあいつ・一度説教してやって・・・と頼まれて、寿司食いながら喧嘩論を戦わした。  わっしゃあ(私)、喧嘩に負けたことがない、人間の喧嘩とは 会話を以てするもの、熱くなるとバカやろ・このやろと感情論になる、筋論には勝てない、筋論は正義である。 力強さや肉体的闘争で戦うのは野生動物のやること、 チンピラの喧嘩は威嚇や殴り合いで決着つけようとする。
どんな脅しや はったりでも わっしゃあ びびったことがない・・・・、  寿司職人見習いの息子は それじゃあ これでも驚かないのかい?・・・と、カウンター乗り越えて 出刃包丁を構えた、 俊佑さん「そーかい、そーくるなら こっちは これでいくよ・・」と、 上着の左内ポケットから 拳銃を取り出した。   
客は数人いた、 店内は騒然となった。  うそでしょ、冗談でしょ・・・やめてくださいよ・・と、皆が止めに入ろうとするが 「わしゃ 冗談でこれ使ったことはない、弾は六発入ってるよ、この距離なら一発で当たるぜよ・・・、昨日も練習したんじゃ・・・」  息子は床に手をついて謝った、ごめんなさい・すみませんでした、僕のは冗談でしたから・・・
なんだ 死ぬ度胸ないなら 他人に喧嘩売っちゃあいけないよ、  俊佑さんは引き金を引いた、ポン・・・と鳴った銃口から風船が飛び出していた。
店内が大笑いになった。  その後 寿司屋の息子は二代目板長で いつも俊佑さん用のアナゴを握っていたそうです。   なんだか教育的でいい話、 数十年後に聞いても ほんわかして、良かったね・・・と、教えられる伝説です。 この拳銃は西部劇に出てくる古い型の六連発で、リーバン・クリフと同じスタイル、ガンファイトのとき、左の腰から斜めに抜く・・・、もう クリーフになり切っているから 凄いんです。    
俊佑さんの息子 寿君もユニーク、内勤で発送・倉庫管理の係り、細い身体つきで 誰がみても 腕力強そうなタイプではない、隣のビルの一室に消費者金融の事務所がある、 時々遊びに行ってお茶などしながら 帰りがけの一言「あんたら結局 やーさんじゃろ・・・?」 「違いますよ、金融業と云ってくださいよ・・・」 やーさんが焦っていた。  やーさんに対して 平気で「やーさん」と云える・・・・、 だから凄いんです。
こんな話を 何人かブログ読者になってくれた後輩たちに伝えてみたいのです。
昔は こんなニークな上司がいた、今だから言えるやばいはなしもあるが 皆昔話ですみませんが これらのレジェンドを未来に伝えていくのも 敬愛する師匠俊佑さんに対するおいらのせめてもの恩返しであります。    
若い頃は ユニークな人材が多かった、 製品は造るだけ売れた、  云わば我社の暗黒時代?・・・オレより 二〜三歳先輩まで若手とするならば バカでもチョンでも 売り上げは確保できるから そんなことは皆が気にもならない。   一週間出張に出て お得意さん回りして 受けてきた注文を 全部忘れる・・・・超ユニークな人物もいた。  忘れる・・・とは、言語道断・・・、メモしていない。  オラ学生アルバイトで同行していたので お客から苦情がくると、 オレは学がないけど 光ちゃんが一緒だったから 記憶力いいから 覚えておいてほしかった・・・。  オレはその気になれば 覚えてるよと 余程反論したかつたぜ、それを言ったら身もフタもないから 若いオレのほうが気をつかう とは 情けない話である。
後に数人の仲間と 飲み屋で話題の中心になるのは こういう先輩のことである。
バカは自分がバカだと気付いていない、だからバカなんだ。  本人がいないところなら 何を言ってもよいのだ、バカが主役だから それだけ支持率・・・負の支持率があるということ
である。  バカはそれで喜ぶ・・・・だからバカなのである。 そういえば 健康診断で 精密検査の連絡が来ているのに 予約日を忘れる、その後大病が見つかって 定年前に他界した。  バカは長生きするとは限らない、バカだから早死にすることもある。 
 オレ 酷いことを言ってるだろうか、 あの時 口惜しさこらえて微笑んだから 今のオレがある、人に優しくできるのも オレなりの苦労が沢山あったから・・・なんちゃって・・・・
ならば自分はどうなんだ、部下や現役の若者たちに 飲み屋で悪口言われてるかもしれない、 私はそれでもいいんだよ、話題になるとはありがたい、 忘れられてないからだ。
新人に優しく 基本から教えてきたから 嫌われることはない、リスペクトまでいかないで良いが あんな人がいたと思い出してくれるから ありがとう と喜ぶオレも やっぱりバカだからな。  昔を語る時 オレも文句言うぞ、今まで 綺麗な優しいことばかり 呟いてきたから、酷いこと 汚ったねえことも フン詰まりのうんこくらい きったねえことも 凄いことも なんぼでも云うぞ 文句あっか・・・・おら拳銃は持っていないが オラのは 仕込み杖、座頭市よりつおいかも。
おいらが 今だから言えるのは じぶんにとって良いことも 悪いことも 心に残る名言が沢山あります。   オレ 記憶力いいから、 ただし 昨日なに食ったか忘れてるけどな。
◆俊佑さんの名言集
① 事務所のインテリア、ポトス、カポックの選定していた時、 「どこで覚えた・・・」「本で、自己流ですから・・・・」「優しいねぇ、 これがヒューマニズムだね、優しさがヒューマニズムの原点だね」
② 一緒に神田の漢方薬専門店へ行って 肝臓病の漢方を買わされた、 病気に対しては容赦しない、サプリメントオタク? 凄いの飲んでいる、ローヤルゼリー、プロポリス、その他はちみつ系が好みだった。  登戸の針灸院を紹介すると、オラよりはまって 毎日のように通った。  ハリ治療には保険がきかない、三千円の回数券を百枚買いこんで、「十回で三万円、百回でも三十万、 それで病気が一つ治るなら 安いものじゃ・・・・」
 
 
 
 

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爺さんは拳銃を持っていた (Ⅰ)

Cleef
lee van cleef
冒頭から 怖いおっさんの写真を出して失礼いたします。
リー・バン・クリフ・・・・・夕陽のガンマンのモーマティ大佐、鋭い眼光、射撃の名人、
どう見たって悪役専門のキャラ、 ゲーリークーパー「真昼の決闘」で最初に撃たれた悪玉のひとり、
ガキの頃、最初に観た西部劇、それ以来おいらも西部劇ファンになってしまった。
主題曲ハイヌーン「♪ドゥーナットフォーセイクミー オーマイダーリン・・・」が日本中でヒットして皆が口ずさむ、「俺を見捨てないでくれ、殺し屋たちは12時の汽車で来る、結婚式の日だというのに この町には協力者がいない、俺は保安官、勇者でなければならないが 愛するあなたまで離れてしまったら 俺はどうすればいいのか・・・・ホワットウィルアイドゥー イフユーリーブミー」四対一の不利な決闘だが 彼女への恋心で悩む情けない保安官の物語。
 
クリフはこの時三十そこそこの若さでチンピラのような役、「夕陽のガンマン」で主演するようになったのは五十歳くらいだろうか、映画の本場ハリウッドは一人前になるまでの下積みが長いです、  同じ「夕陽のガンマン」シリーズで善玉役をやったクリントイーストウッドは デビューの頃 テレビの人気ドラマ「ローハイド」のロディ、若きカウボーイの役だった。
ダーティハリーの頃には もう還暦くらい、現在ではカリフォーニア州で政治活動家、アーノルド・シュワルツェネッガー(シュワちゃん)も今ではカリフォーニア州知事、政治家になってしまった。  もしかしてシュワちゃんが将来大統領になったら コマンド部隊の隊長も兼任するかも、  ハイヌーンのグレースケリーはモナコの王室へ嫁に行ってしまった。  これらのことを知っている人は私と同じ世代、かなりな20世紀ミーハージェネレーションである、おいらもミーハー爺だけどね。
最初から長々と映画の話に脱線してしまった。
このリーバンクリフの大ファンでお洒落な爺さん、俊佑さん、会社の相談役、我が人生の恩師として尊敬する上司、  この人だけには頭が上がらない、 腹を割って 何でも相談できる、仕事のことは勿論、自分の家族の問題まで 誠実に話を聞いてくれる、若い頃から部下のためなら自分を犠牲にしても とことん面倒見る、いざというときは大きな権力にもひるむことはない、同業者の会合で大企業の社長を叱り飛ばすこともある、己に厳しく人にやさしい、この姿に対して こちらも次郎長に惚れた吉良の仁吉のように 忠義や男気を貫いてみたいと真剣になれる。  こんな先輩がいたから自分の人生は幸運であったと 今更ながらに感謝している。   要するに 後輩からみて長所を見つけてもらうことでリスペクトの対象となる人物、後になって 感謝の気持ちが湧いてくるような先輩が何人いるかで 自分の人生の重さに納得できるようになる。  価値観を共有できるる人物、こういう人がいると良い。  反対に 人の悪口ばかり云う人、欠点ばかりを追求する人は 悪口を言った分だけ 本人も人から悪口言われてる人になるのである。  簡単にいうと 後輩に優しく指導する人は 後輩から将来必ず慕われ敬愛されるのであります。
人間社会とは単純なものである。 優しさは優しさで必ず戻ってくる。 
自分の未来予想図を思うとき あんなかっこいい爺になりたいなと お手本になるような人物、我社のレガシー、 痩身で顔までクリフに似ている凄い爺ちゃんである、     ちなみにオレは近所の病院では福山雅治に、新横浜ではブラッドピットに間違えられる、 ブラッドピットさーん・・・と呼ばれて 素直に「はーい」と返事ができる。    鏡見た時 トムクルーズかと思ったら なあんだ俺じやねえかと 自分でも間違えることがあるくらいだから。  イケメンは忙しいのだ、 偽名ではない、騙すつもりじゃない、勝手に間違えられるから 別に問題ないんじゃねぇの。  但しこれやると子供扱い、リスペクトはないけれど 和気あいあいなら平和。   なんていうかあれは おいらの「源氏名」だな。  此のたびは 格好いい凄い爺さん 俊佑さんのエピソードを語る予定だったが また長くなるので本編は次回に。・・・・・・・ この度は予告編(視聴率上げようとして)
 ・・・・こんな感じで話をまとめたつもりであるが、毎朝三時に起きて こんなことやってる、
みんなは普通じゃないというが 私にとっては規則正しい生活、 体内時計には個人差がある、バカは長生きできそうである。  バカは幸せですよ・・・・・

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落書き名言集その二 春を感じるとき

近況

忘却とは忘れ去ることなり 忘れえずして忘却を誓う心の哀しさよ(昭和のラジオドラマ君の名は・・のナレーション、 ちょっと古すぎたか)

三月十五日、昨夜は九時に寝て朝三時まで 六時間寝た・・・・、午前三時はオラの起床時間、別に珍らしいことではない。   夜中に三回オシッコに起きたが これもいつものこと。 

夜九時に寝て ぶっ通しで朝六時まで・・・九時間眠った・・・なんてことは産まれた頃以来 記憶にないのである。     近年冬が長く寒さが辛い、雨の夜、夜中にカラスが鳴きやがる、昔のことまで思い出す、メモリが多すぎて忘れたくても忘れられないことばかり、 悪いことは忘れ 良かったことだけ思い出す、記憶の仕分けができないのは オラやっは゜りバカなのだろうか。  

年寄が嫌いだ、年長者という理由だけで 能のない年長者の先輩に理不尽に苛められた現役時代を思い出す、その先輩の葬式で合掌しながら ざまみやがれ、オレが殺せなかったのが心残りだが こんなめでたいことはないと、 酒の美味しさに心躍らせていた。 

あいつより先には絶対死なないと変なことを目標にしていた、情けないことに悪いことを優先に思い出して なんてオレは根性ワルなのだ・・・そのうち鼻かんだり 小便に起きたり、夜中は忙しいのである。 朝まで眠れない、眠れないのは病人には最悪の環境である。  どんな体調不良も睡眠によって回復できる、だから人間の場合 風邪ひいても二日酔いでも 昔から寝ることになっている。      

人生辛い思いは皆一緒と自分を慰めたりしても、睡眠薬に頼らないと眠れないとは 不健康なことである。 年齢によるものだろうか、眠りたくても眠れない、学生時代の授業中のように 眠っちゃいけない時にはよく眠れる、 人生て不思議なものですね。

 新しいパソコンになって やっと仕入れた最強囲碁ソフトと 四時前から 毎朝一勝負するのが楽しみになってきた。  このごろ毎朝遊んでくれるお友達ができた。  今日は元気だろうか、自分は冷静で温厚な平常心でいられる紳士だろうかと 早朝から脳の訓練・・てほどのことでもないが。自分を診断しているつもりなのである。 

こんないいソフトは初めてだ、見事なほど立派な手を打つ、難解な定石も正確に進めてくる。  囲碁という部門で教科書のように最善の着手を教えてくれる。  コンピューターに負けるはずねえだろと 舐めてかかると たまに負けることもある。  負けると悔しいのはまだまだおいらの碁はアマチュアの域なのである。                        

このやろう コテンハ゜ンにしてやると思うと相手も強くなる、勝ちを急ぐと負けの原因になる。  ちょっとだけ、一目勝てばいいんだよ・・・と、謙虚なの気持ちのときが良い、勝ち負けに命賭けてはいけない、今は勝ち負けなんかで生きてない。    

 一局約一時間、戦い終わると腑抜けのように疲れる、学生時代 神楽坂の雀荘でラーメン一杯の夜食で夜明けまで麻雀やってたあのパワーは 何だったのか、長く走り続けると高性能車でも ポンコツになるよ、 競走馬だって 九歳にもなればびりでもいいから無事に走り切ってくれたら上等である。   ところが欲が邪魔をする、これはびっくりダイユウサク・・九歳で有馬記念を勝つ馬もいる。  オレは馬ではない、爺にパソコンは体によくない。   分かっちゃいるけどやめられない。   日曜日、朝から囲碁クラブに入りびたりの頃は 本棚には定石辞典、詰碁、名人戦の棋譜・・・囲碁関係の書物ばかり、 宮本武蔵五輪書、孫子の兵法まで研究して, 五輪の書読んで強くなるなら苦労はないよ。 五輪の書はオリンピック選手が読むべき書物であろう。

囲碁も将棋も、競馬も野球も・・・何事も同じ、楽しむことが勝負事の基本である。 勝って一番嬉しいのは競馬、そらそうだ、現金収入だもんな。  しかし囲碁は金賭けてなくても負けると惨めになる、勝負師のプライドが許さない、一生勝負師にはなれそうもないが、     今は晩年、日々健康で 勝負を楽しむ人生が目標だった。  のんびりするつもりでご隠居さんに憧れていたのが 毎日病院通い、長い夜、やることが多くて 鼻かんだり、自分のいびきで目覚めたり、オシッコしたり、足の激痛こむら返りが襲って来たり、何故か一人で激闘している。  戦う相手がいるうちが花なのよと 自分を納得させて、 夜も昼も オレもこう見えて 意外と忙しいのだ。   

マシンの棋風が俺自身に似ている、ユーザーの実力に合わせてくれる、 やっつけるほどにレベルが上がる学習能力があるらしい 。  ソフトも進化している、プロ棋士にも勝てるソフトができたら オラ命懸けでもいい、一度はやってみたい。   人間に勝てるソフトができるとは素晴らしいしい時代である。  楽に逝けるなら明日死んでもいいと云いながらなぜか毎日生きる努力ばかりしていたから ついに理想のソフトに巡り会えたのである。

昔の囲碁クラブのライバルのことを思い出す、ゴガタキは飲み仲間、遊び仲間、競馬研究会の酔狂連中、悪友であり親友である。一生燃焼一生不悟・・・「君悟ることなかれ」・・・

囲碁・将棋・書道・絵画・「芸事」の世界は死ぬまで向上するそうであるが、オラまだ向上したいのだろうか、「丁度いい相手と納得できる碁を打ちながら死んでゆけたらこの上なき幸せ(橋本宇太郎)」、プロ棋士には こんな求道的な人もいる。   想えばここまで いつも何かと戦っていた、戦うことが生きる証しのように・・・・バカだねえ、もう戦わなくていんだよ、もうご隠居さんなんだよ、戦いを楽しむ時期なんだよ。

戦いながら これは竹中さんだ、今日のこいつは石田君だ・・・と、懐かしがったりしていると女房殿が起きてきて こんな早くからなにをやってるのかと 叱られる。          若いころは夜中に碁盤出して研究していると 女房殿が子作りの準備かと機嫌よく勘違いしてくれる。  新婚時代と今との違いである。  あのころは可愛いかったですよ、お互い若いから日曜日には朝からおニャン子クラブ、ごろごろにゃんにゃんですよ。                 あれから五十年、散々文句を言ったあとで、朝起きた直後は腰が痛いとぼやき、腰をさすりながら立ち去る。   婆のような 決してセクシーとは見えない後ろ姿に なんといおうかうまく表現できないが 長い間ありがとう、よく頑張ってくれたね、感謝と陳謝と労りの気持ち、時の流れに哀愁を感じる。  俺の このろくでもない心の中にやさしさが芽生える? 

 

◆男は女を見た目で評価する、綺麗な女に惚れる、だから女は化粧して綺麗になろうと努力する。  女は男の「言葉」に惚れる。 だから男は嘘をつく。 はったりでもいい、本当のことになるように努力する、そんな男に女は惚れる(リハビリトレーニングの先生)     女房殿に云いたいのは 長い間苦労かけてすまなかった、お前は俺には最後の女、 俺より先に逝ってはいけない。   五十年も義理を通してきたんだ、お互いに、今は 愛は冷めているけれど この世で一番大切な人だ、いわゆる「空気」みたいなものかな。 

 ◆結婚の定義  結婚なんてボトルキープしたようなものだ、安いボトルだけどね、あっちこっち目移りしながら あそこに行けばあれがある、いつも大穴狙いだが 本命サイドの馬券も抑えて安心しているようなもの。  

◆あなたは いつも あそこでオレを待っている あれでいてくれればいい。    

のろけてんのとちゃいますよ、急にこんなこと云い始めたのは 実は三月一日結婚記念日、五十年目なのです。  金婚式・・今更そんな恥晒しはやらないよ、二人とも半世紀前に処女を失った。 バージンロードは 場違いだからね。  もしもハネムーンベビー できちゃったら・・女房殿は年金手帳と母子手帳まで持つようになる。  できるわけねぇだろ、冗談ですよ。  カーちゃんごめんね、身もフタも無いこと云って、だからおいらは50年前から ごめんなさいと愛してるの日々なのだ。     子供たちも孫も 独立して また二人きりになったね、二人きりで始まったことだもんね・・・気持ちだけは半世紀前の若さでいようね。  これからも頑張ろうね・・・・

 嘘ばっかり・・? 嘘じゃないよ、五十年も同じこと言ってると 嘘が本当になってくる、 真実だから毎日言えるのです、さすがに「きれいだね」は この頃無くなったけどね。  惚れた目で見りゃあばたもえくぼ・・・? あばたはあばただろ。 でも何故か機嫌よくなるから・・・「きれい」は 年齢問わず 女を笑顔にする魔法の言葉である。  本当のことに傷つき 嘘で幸せになれるなら 嘘の方が正義になる。   嘘ばっかり・・・と非難されるなら おいらもたまには云わせてもらう、 スーパーの売り場で「お父さーん、オトーサン、そこにあるキャベツ 一個百円だから買っといて、今夜お好み焼きするからね、分かった? 無くならないうちに早くカゴに入れといて・・・」と 大声で、大衆の面前で 続柄から晩御飯の内容まで叫ばないでくれ、個人情報公開しないでよ、私はあなたの配偶者ではあるけれど 「お父さん」ではない、出産経験もありません。  中高年女性は こういうの多いから 困った世の中です。  銀行にいるのに電話してきて 暗証番号何番だっけ?・・でっかい声で訊いてくる。   たのむからそれだけはやめてほしい。   現代社会は本当のこと言ってはいけない場合もあるのです。

先日女房と同じくらい長い付き合いの心優しき友人ら「金婚式おめでとう」のお祝いメールを頂きました、有難いことです、こんな身もフタもないこと云うおやじにメッセージくれる優しい読者に改めて感謝とお詫びを申し上げる次第であります。 

よくもまあここまで懲りずに生きてきたものだ。  生きていれば記録は自然とついてくる、偉くもなんともないですから・・・・お祝いのお気遣いは要りませんけどね。  もうひとつ、ブログはじめて9年、今回が三百回の更新になります。

だからどうしたと云われても 返す言葉はないけどね。   もお戦わねえ、いつまで集中してると疲れる年代なのです。  久しぶりに更新できるのは 陽気も少し良くなって、春の気配を感じるから、たまには晴れる日もある。  おいらもちっとは元気になってきたからです。 眠れることは いいことですね。   

◆余談  それからもう一つ 今年は母の五十回忌、母ちゃん(マザー、私自身の生産者、出身地)は偉大な私の故郷である。  母ちゃん旅立ってからもう五十年、 気が付けばオレも古希を過ぎている、 

 松本のお寺で父の二十三回忌をやった時、和尚様から 今どき23年も経って法事やる人は珍しい、尊いことだ 偉いことだと褒められたが、何故偉いか、そこまで生きてるこっちが立派な子供だから・・・?   

父ちゃんはね お前が思うほどダメな男じゃないんだよ、働き者で立派な男なんだよ 私は最後の一人まで父ちゃんの味方だよ・・・」

前夜 ちゃぶ台ひっくり返した父親に酷い言葉で罵りながら ぶん殴ろうとしたオレを必死に止めながら 母ちゃんは泣きながらオレを引っ叩いた、    家族内の事件があった翌日、父ちゃんの好物笹かまぼこのお土産を沢山買って 仙台駅のホームで汽車の窓をあけて 「兄ちゃんなんだからね、お前がしっかりしないとね・・・」 何とも言えない悲しそうな目でオレに話しかけた、

「一番線から ナミイ・ヒタチ方面ウイノ行き 急行列車が発車しまーす」 浪江・日立・上野・・・「え」と「い」の発音を あんなに堂々と放送する。  放送する駅員は乗客の個人的な感情まで配慮する必要はないから 仕方のないことだけどね。

「あっち着いたら ちゃんとご挨拶するんだよ、」二人の弟に一言云って 窓を閉めた。

列車が走り出すと笑顔で手を振った、オレも笑顔で「大丈夫だよ・・・」不安そうな母ちゃんを安心させようと 精一杯の笑顔を作った。   高校生の兄ちゃんは幼い二人の弟の手をひいて 仙山線山形行のホームへ向かった。   半世紀も前の夏の仙台駅の出来事である。 あれ以来オレは エとイを逆に発音する田舎っぺが嫌いなのだ。    親や夫婦の本当の姿とは 子供には理解できないこともある、 逆に親から見て 子供が何を考えているか解らない部分もあるのである。  母ちゃんは 父ちゃんを愛していたのだ、 あんなに苦労させられても 母ちゃんは最後まで父ちゃんの味方だったのだ。   あの母ちゃんに オレは親孝行できたのだろうか。

家族には 夫々辛い歴史がある。 我が家にもこんな悲しい出来事があったから、三人の兄弟は山形の農家で 農業体験をした。  最上川で泳ぎ、もぎとりの桃を食い、ドジョウを採り、都会の子にはめったにできない 貴重な体験をした夏休みだった。 

幾つになっても やっぱり母ちゃんはオレの母ちゃんだもんな、 オラ尊いことなんて なんにもしてこなかった、母の肩を揉んだこともなかった。 母が婆になって具合悪いときに腰を揉んだり 介護のマネをしてやりたかった。  母に孫を抱かせてやりたかった。  母ちゃんに対しては オラ未だに後悔ばかりの人生だ。 

 小学生の時、喘息の発作で横になって眠れない、苦しんでいるオレの背中を朝まで摩り続ける、母ちゃんは自分の命を削ってオレを守っていたのか。  そんな母ちゃんは バチをあてるどころか オラまだ生かされている、 生きてるからバチをあてられてるのかも・・・・こんな話は嫌いだ、訳わかんねぇ。                   病気をいくつも乗り越えて 歩いて食って、能書きたれてるのも 母ちゃんのご加護かもしれない、そんな気持ちになる自分が加齢を感じるが、俺の中では 「神」は なによりも偉大な母ちゃんだもんな。     美味しいおっぱいを求め続けて ん・十年・・・・、酒と薬を交互に飲みながら、体に悪いこと沢山やりながら 口だけ元気で 喜びも悲しみも幾年月、色々経験した、出産経験はまだ無い、  だから若く見られるのだ。   腹を痛めてないが子供と孫たちに恵まれて、今日も朝から囲碁名人戦やって、 結局 母ちゃんのおっぱいが人生で一番柔らかくて美味しいことが 今ごろになって やっとわかってきたんだよ。 

爺がこんなこと発言するから バカになったかと評判悪いのである。

横浜へ来てから自分の病気や不運に拗ねて ぐれてしまった不良オヤジであるが、もしかして オレ今 幸せなのかな。    なんてったって まだちゃーんと生きて、 能書きたれて、綺麗なネエチャンには気軽に会話できるし 冗談も云いあえる、 穏やかな春になったら 母ちゃんのお墓参り行こうかな、手を合わせに行こうかな・・・・・   

◆春が来たと感じるとき 人は皆丸くて明るくなりますね、  土手につくしが伸びてきたとき、あじさいに緑の新芽を見つけたとき、 ブログ更新する気になったとき、春の甲子園、プロ野球開幕、たけのこご飯に金目鯛、桜花賞 三歳クラシック もうすぐですね・・・・・春はいいですね。  

 仏壇に毎日線香あげて、生活の不満や体調不良の痛みを訴え、 心の傷まで見せようとしている、  おらまだしゃあしゃあと生きて 未だに頼み事ばかりする 親不孝なバカ息子やっている。   位牌の隣に黄色い水仙の花束を飾って合掌したとき、 今年もやっと春がきた、寒い冬は辛いよ・早く暖かい春にしてくれよ・・・母ちゃんに自然現象まで注文つけている。  バカは長生きするのだ、それが母ちゃんへの親孝行ならば オレも少しは長生き記録に挑戦してみたくなったよ。 

◆「三歳牝馬といえば人間なら女子高生くらいだな、それが18人フルゲートで 全裸で走るんだからな・・・と、寿司屋の政が目を細める。  (これは 寺山修司さんの著書だったかな、忘れたけどね)

◆春の歌、こんなんが好き  雲と一緒にあの山超えて 行けば街道は日本晴れ おいら旅人一本刀 腕と度胸じゃ負けないけれど 何故か女にゃ ちょいと弱い 、  

南風吹きゃ花さえ咲くに かわいアノコは薄情け、おいら旅人一本刀・・悔し紛れに云うのじゃないが あんな女は ざらにいる・・♪(藤田まことさん・てなもんや三度笠 二番)  これ聴くと明るい気分になる、なにを喜んでるだか バカは長生きしそうです。

◆毎度余談ですが  ところで今どきの若い世代はプロポーズになんていうのだろうか、「僕と結婚してください、あなたを幸せにしますから・・・」恥ずかしくてオラには言えないよ。 ドラマの台詞で「僕は死にましぇん、あなたが好きだから・・・・」 ね、男の言葉は「嘘」が多いでしょ、嘘はいけない、理想をぶつけるからだ。  本音をぶつければいい。  俺が五十年昔にタイムスリップして 今と同じ考え方なら 「僕を幸せにしてください」「あなたのためよりオレのために結婚してくれ」「同じ墓に入りたい」・・・・・・これじゃ嫁さん来ないわな。 結婚なんて勢いみたいなもんだから、 求婚は作戦練ったり練習したり、そんな難しく考えるより アドリブでいきましょう。  

◆自分の言葉に嘘はつくまい、人を裏切るまい生きてゆきたい 遠くで汽笛を聞きながら 何もいいことが なかったこの街で・・・(アリス)  カラオケでこれ歌うと 涙出てしょうがないのよ、 使った言葉に責任持って 後から頑張ればよい。 そのために精進する 努力する、それが男義、男の優しさ、「誠実」です。  「やさしさ」って 温ったかいんだから・・・・

◆読者各位  ご無沙汰しておりました。  去年あたりから更新間隔も長くなり さぼっておりました。  新しいパソコンが まだ使いこなせない、困ったことに いい歳こいて まだネットやってる爺だから 疲れて死にそうな日もある。  メールが入ってもどこにあるか探すのが大変、アドレス帳も まだ見つからない、コメント頂いても お返事できないで失礼しているかもしれません。  暖かい春になって元気な時に 必ずお返事致しますので ごめんなさいね。  まだ ちゃあんと 生きてますから・・・・時々更新に励みますから・・また懲りずに見に来てね、 

◆てなことで 五月はじめ 初夏の日差しが暑いくらいの日曜日、父母ご先祖の眠る世田谷満足院へ 母ちゃんの五十年法要に 行ってまいりました、ので、その報告はまたの機会にいたします。      

  しばらく更新お休みするかもしれません。 九月末に目の手術することになりました。 嫌じゃ嫌じゃと云いながら ついに自分で決心したのよ。 怖くて大騒ぎした白内障の手術、今度は左目、パソコンに囲碁で負けるようじゃいけません。 目のせいにはしないが バカになったかと 一時はしょんぼりしていたが「やるなら今しかねぇ・・・」長渕剛の曲を久々に聞いて、自分の人生で今が一番若い、昨日は過去、明日になったら 今日より一日年を取る、・・・「 やるなら今しかねえ・・・」  背中を押してくれる言葉があったのだ。    今度は大丈夫だよ 経験者だからな、     根性や度胸はないけれど ドタバタしないよ、泰然自若 粛々と・・・・やってみせるぜ・・なんちゃって、本音はドキドキもあるけれど、寡黙に潔く手術台に乗る、ここで宣言して 後にはひけない。  未来は明るいのだ。 前向きにいつも前向きに 自分のための人生、 良い結果だけ見つめて 歩いていきたい。

あれから七年、今日も生きているのは たまたまラッキーだっただけだ。 歩いて鍛えて 更新して、おいらなりに頑張ってばかりだったからね。   左右の目、バランスよくなって よく見えるようになったら せっせと更新させてもらいますよ。       こらまた忙しくなるぜ。

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