カテゴリー「ぢじょでん」の13件の記事

夏のうぐいす坂

暑中お見舞い申し上げます。 梅雨明けおめでとうございます。

今年は梅雨明け早くてよかったね。

オウ・よう来たなワリャ・ヒマか? オレもヒマ人じゃ、病院通いとクスリ飲むしかやることがない、パソコン開けるのも大変じゃがの、更新で暑中見舞い・・・? 横着じゃけの。  このクソ暑い時に こげなダジャレと冗談ばかりの ろくでもねえブログ見に来るとは ええ根性しとるやんけオンドレも・・・・ちゃんと最後まで 気合入れて読んでいけや・・・・・・・?????

書くほうも大変じゃ、肩凝り腰痛でヘロヘロやけどな

 お久しぶりでございます。 ご多忙中アクセス戴いた読者各位様には 冒頭より悪い言葉で大変ご無礼の段 平にご容赦賜りたく平身低頭お詫び申し上げる次第でございます。

グレてもいない、やぶれかぶれでもございません、外見はいつも紳士ですが

冬の寒さと 夏の暑さに適応できない、 去年も今年も絶不調の病み上がりオヤジが 突然奮い立ち 久々の更新作業に挑戦した次第であります。 

パソコン相手に 爺がこんなことやって やっぱちょっとヘンだけど この頃は80歳になってエヘレスト登頂する爺さんもいるから困ったもんである。     三浦さんは立派だけど おいらのようなアホな高歳者に刺激を与えてくれるから 人の役に立っている、オレは高尾山くらいでも命懸けになるが 今のところ まだ大丈夫、今回は連絡事項がいくつかあります、朝四時、蝉の声で目を覚まし、今日もまだ生きている、この調子なら明日も目覚めるだろう、

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六月、梅雨の時期は 自分にとって良いことあまりなかった。 雨が降る蒸し暑い季節に喘息を体験していた・・若い頃でも喘息ほど苦しい病気はない、初めて痔の手術したのも六月であった。 紫陽花だけは 毎年律儀に花を咲かせる、六月で良いのは紫陽花だけだ。 雨季というのは 人間が弱くなる季節なのだろうか、

それなら来年から カレンダーから六月をなくせばいい・・。

昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなむ このいのちなにをあくせく 明日をのみ思い患う・・・・

今のうちに云いたいこと云っておこう、明日の朝も生きて目覚める保障はない、・・・なぁんちゃって、人間誰でも同じですよ、大袈裟に云ってるだけですけど、この頃の夏は熱中症で死ぬ人もいる。  水分補給系の飲料が販売好調だそうです。  おいらもスポーツドリンク呑みながら たまには冷たいビールは? オシッコと汗になるだけで逆効果だそうです、ならばホットビール?・・・そら旨くないだろ、尿検査のコップみて思いついたことですが。  中高年世代は皆同じです、健康管理に気ぃつけて 猛暑の夏を乗り切りましよう。 みんな長生きしろよ、オレより先に逝くなよ、オラお参りいける元気がない、倒れたり 死にそうになると社会に迷惑です。

 自分のこと

(1)脳外科卒業   連絡遅れましたが 5月15日、一年ぶりにMRI定期検査へ、今回の画像はきれいだった、去年まで見えなかった脳みそも少しはあった、「根性は?曲がってませんか」・・・血管が一直線に写っているモニターみて オレの根性意外と真直ぐじゃないか・・と先生に聞いてみた、「良好です、五年間変っていません、もうこれでおしまいにしていいですよ。 検査もいらないです、診察の予約も・・、根性は?それはどうだか・・解りませんけどね」 今度は本当の卒業証書授与式、免許皆伝であった。  三年前の大地震のあった波乱の日に比べたら ちっとは成長したのだろうか、帰り道 ふと立ち止まり再び感謝の気持ちで一杯になり病院に向かって一礼して 今夜はなにか旨いもの食おう・・・大きなエビフライ食いたいなと、涙も色気もないが 食い気だけ旺盛になり地下鉄に乗って急いで戻りました。 

「くも膜下出血」この病の延長戦話は なかったことにしよう。 これで本当にゲームセットにしよう、

読者各位には色々とご心配かけてすみませんでした。 あの大騒ぎは何だったの?(オレだけじやなくて 周りまで)ホンマにお騒がせ致しましたが 医学的には百点満点ですが 明日の我が身は解らない、違うジャンルで逝きたくないから、これからも心配してくださいね。 誰かが心配してくれないと 寂しくて死にそうになる。 爺はお友達がいないと寂しい、同世代の友達は ポツリ・ポツリと減ってゆく、同窓会行ったら誰も出席者いなかった、みんな死んでいたから・あと10年もしたらそうなる?・・人間の宿命であるが 年老いるとは寂しく辛いことである。

入院中が一番死にそうだった、若いナースは皆重体の人のとこへばかりいく、ピチピチギャルのピーチ(桃=尻)に触るチャンスを伺い、血液検査ではでっかいメロン(おっぱい)の谷間を除きながらご満悦の日々、桃とメロンとサクランボ・・・元気が出る好きな果物並べただけだ、余計なこと考えてないよ。

本当に辛くても オラの場合は憔悴して死にそうな顔ができない、誰が見たって元気そうでいつも笑いながらダジャレ飛ばしてるから ここはキャバクラ竜宮城じゃねえんだよと放ったらかされて寂しかったよ・・・玉手箱開けると思い出の煙がモクモク出てくる、浦島太郎と同じだ。 髪も髭も白くなるから 美容室にも行きにくいとは情けない。

 ◆あの頃という昔話と あのヤロウという思い出に うるうるしながら 横浜のうぐいす坂を一人で歩き回り、とりあえずまだ生きている。泣いたり笑ったりの五年間、色々あったが あれはなんだったの、五年の月日が容赦なく流れて 気がつけば古稀、青春とは過ぎ去ってしまうものなの?  金も名誉も税金も女も 何も要らない、ウソ・? 金も女も少しは欲しい、沢山要らないだけだ、お喋り楽しめるお友達が少しいればよい、彼女は三人か五人でもいい、広く浅くでいい、一人に限定すると本気になってしまう、今更恋の炎が燃えたらやけどする、強い仲間も大リーガーの助っ人も要らない、ウチに帰れば大魔神が控えている。昔ピチピチピーチの愛しき佳人、あれから40年、今は最強の守護神に成長している。     いつも病院へ行くのは死にたくないからじゃない、ワタシャも少し健康な肉体と 見た目の若さが戻ってほしい。

 爺になってからこんなこと云うから ただのヘンタイじゃん・・と、孫娘に笑われる。

人生は変化があるほど面白く素晴らしいが 時の流れは残酷である。

節目の年齢に達して 生きているのが幸運なのか 眠ったまま逝ってたほうが楽だったのか、喋ることだけ達者になって まだこの世という地獄に生きているのは 一種のペナルティだろうか。  

熱中症とか凍死とか みっともないことで逝きたくない、病気の話は愚痴になるから、いつも楽しいネタを考えながら まだ今日も歩き続けている。 いよいよ潮時と自分で判ったら 更新で伝えるよ、あの世で見守るとか待っているとか マニュアル的には言わないよ、オレが見守っても何の足しにもならないよ。 読者様は 長くこの世で精進続けてほしい、苦労も楽しみも 沢山経験してほしい、10対0のコールド勝ちより 10対9のサヨナラ勝ちのほうがスリルあって面白いでしょ、悟ったような偉そうな云い方ですみませんけどね。 痔のクスリを注入しながら オレ・何云ってるんだか、支離滅裂(尻メツレツ)じゃないか、脳出血以来どこか回線が一本抜けたのか、公開禁止用語まで平気で喋りまくる。 キレイな女性には初対面からすぐにお世辞いえる、相手の迷惑顧ず キレイですね、かわいいね、美しいです、素敵ですね・・・キレイならば楽である 褒め言葉ががいくらでもある。 困るのは救いようのないブスである 褒めようがない、せめて体型見て「丈夫そうですね」(きみまろさんのネタ)  

言葉でおだてるしかオレにはなにも出来ないが まだまだ生きていれば LADYを元気にする社交辞令で 世の中明るく 活性化したいよ。 おいらより先に逝かないように ご自愛下さいね。 もしもオレが逝くとき まだ喋れるなら 笑わせながら見た目キレイに逝きたいよ。 ブサイクに逝きたくない・・・なんか・寂しい話になってきた、

(2)うぐいすの初鳴き 

今年は五月一日 晴れた朝ウグイスの歌が聞こえました。  春が来た、季節の巡りを伝える使者ウグイスは やっばりいい。  

遅すぎなんだよ、なにやってたんだよ、ここらへんのウグイスは スタート遅れたから 紫陽花が終わっても遅れを挽回しようと 今日も朝から蝉と一緒に まだ鳴いている。 

7月17日、町田玉川学園のふーさんから暑中見舞いのハガキを戴きました。

朝顔の絵が描いた一枚のハガキ、季節の挨拶を交わせる日本的で心温まる一枚のハガキ、 早速こちらも文書にて手書きで返信するべきでありますが 書く気力もポストへ行く元気もない、言い訳がましくてすみませんが ブログにて「暑中見舞い」を代替させてもらいました。  

因みに去年は4月27日、アメリカユキちやんから 朝一でメールが来た。NCのメルトモユキちゃんから地元ダーラムスタジアムでマイナー3Aの試合をやっている、レイズの3Aダーラムブルズ、松井とボストンの松阪、二軍の公式試合をテレビ中継する、チケットが手に入らないくらいの盛況である。 ゴジラ対ダイスケの対決、こういうのが観たいんだよね、野球ファンなら。  さすがMLBである。二軍の試合、それも日本人スターの対決を町全体で盛り上げている。 オクラホマの竜巻が心配だ、世界中あちこちでろくなことがない、インドの洪水、ボストンマラソンのテロ、スペインの列車事故、支離滅裂は地球規模である。

ネタがないから 何を語っているか支離滅裂は自分で判っているが 更新するのに 入力だけで2時間、ごはん食べてクスリ飲んで、湯上りに痔のクスリを注入したりしながら 半日仕事である。これがかなり重労働で疲れる、ここまで入力するのに2時間、一休みするかと「伸び」をしたら・「コムラ返し」が襲ってきた、朝早く目覚めるときに時々ツーンとくるやつだ、来るぞ・・来た・キタ・キタ・・痛・テテ・・・予測できてもふせぎようがない、痛さのレベルはぎっくり腰より強烈である。 足が攣って歩けないから這って布団まで・・痛え。痛え・・と、治まるまで一人で悶えています、LIVEでブログ更新する時代になった?  

天気爽やかな朝は 気持ちいい、 こちらのウグイスは真夏になっても 蝉と共に まだ鳴いてる。 ウグイスの便りを運んでくれたユキちゃん・ふーさん ありがとう。  この頃ネタがないんだよ、生きていることを知らせようと更新しているのである、 ここまで長い文章 よう読んだ、読者も大変だったでしょう、オレ・まだコムラの後遺症でふくらはぎ重いよ、更新は命懸け?余計なこと書かないでいいよな、著者が読み直すのに やんなっちゃうくらい長いよ、これ云ったら身もフタもないけれど こんな金にもならない、社会の役にもたたない、シモネタ行き過ぎて女性読者から評判悪くなるのも困る、こんなのやってらんねぇ、 壇蜜のエロ画像でも見てたほうが元気でるよ。 たまには長期休養したろうかと思ったりするが、ウェブから姿消したらオレ 本当に死んだ?と思われるのも寂しいからね。 ゴタゴタと泣き言並べて、あちこち痛めて無理して頑張るのも バカな話だ、バカだから長生きできるかもしれないけどな。  これに付き合う読者はえらい! エエ根性しとるやんか。これだけ読めれば 文学全集の一冊くらい読めるよ、

去年から冬に眠れない夜が何度かあった、雨風の音、暑さ寒さのストレスで無駄に一晩過ごす日があった。 中学の国語教科書で読まされた 宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」をもう一度読んでみたくなった。  カミユ「異邦人」も・・・、少年の頃感動した名作に も一度接してみたいと 何度か図書館で探したが いまだ見つからず 結局今読んでいるのは きみまろさんの「中高年・登りきってないのに下り坂」、要するにオレは夜睡眠が沢山とれれば良いのだ、 睡眠不足が不健康の元なのだ。 病院のベッドではなく 自分の布団でぐっすり眠れる日が翌日の絶好調になるのだ。  疲れたと云って ファイトーイッパーツのリポビタンD飲む、これなら崖から落っこちそうになっても大丈夫。  夏休みに 冷房効いた部屋で 文学書の一冊くらい読書するのも 良いことですよ。  富士山登るばかりが 夏休みじゃない。若者は ゲームばっかりやってないで 勉強のつもりで なにか一冊読書に挑戦してみなさい、教科書よりも文学作品一冊のほうが啓発され 達成感あるよ・・・・ いつやるのかって??今でしょ・・・

この度もネタがないのに更新して云いたいことを全部言おうとするから ワケ解かんねえことばかりで 毎度長くなってすみませんけどね、「落書きするな」と落書きしているようなもの、どこのブログも皆似たようなものですけど、読者が読むのに苦労すると筆者はもっと辛いのだから そのへんもご理解ご協力お願い致します。

今私が暮らしている街、山の上に地下鉄の駅がある、自慢になることでもないが 窓を開ければ富士山が見える、駅前に交番がない、悪い奴がいないから警官もいない、おまわりさんはオレも好きでないから いなくても良いが 文教医療福祉地区だから 子供の数が多い、学校、老人ホーム、介護養護施設、病院が立ち並ぶ、要するに爺婆と病人とバカとガキの街である。 駅前では世界の飢えた子供たちのために・・募金運動しているグループがいる。 「目覚めよ」冊子を配布する宗教団体もいる、誰もが皆「平和」を唱えている。  チャイムが鳴るから出てみると「神様を信じますか・・・」変なおばさんが回ってくる。 「憲法九条、集団的自衛権の意味ご存知ですか」おおきなお世話だ、オレが教えてやるよ、そういう問題は ここで論議することではない。 俺は「宗教」「福祉」「介護」「ボランティア」優しそうに聞こえるこのての言葉が嫌いだな、「目覚めよ」とは・・・みな寝ぼけているというのか、ふざけんな お前が目覚めよだ。

私の財布にはお金が少ないのは残念だが診察券が何枚もある、ないのは産婦人科くらいなもの。 季節の花が咲き 山の緑が深い、横浜では 高台に位置する新しくキレイな街である。  地下鉄乗るため山の上まで登ってゆく ヘンな街の話、今までは記憶だけを頼りに行き当たりばったりで色々なお話しを無責任に更新してきたから、今度から少しは勉強してよく観察してから また次回に「山の上にある地下鉄の駅」をテーマにして ウグイスが歌うこの街を活性化させたい、も少し真面目に社会科的に紹介宣伝したいのよ、横浜にもいいとこありますよ、遊びにきてね、いつもにこにこと優しい目をした福山雅治と間違えそうな素敵なお爺ちゃんが待っています、具合悪いときは桃かメロン携えてお見舞いに来てもらいたい、気ぃ遣っていいですから。 

 

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それでも生きてゆく

2012早春閑人独語

(1)MRI検査

何度聴いても どこで歌っても 涙になる曲がある。

♪せめて一夜の夢と 泣いて泣き明かして

自分の言葉に嘘は つくまい 人を裏切るまい

生きてゆきたい 遠くて汽笛を聞きながら

なにもいいことが なかったこの街で♪

オレ昔からこれダメなんだよな、 宴会の後のカラオケで熱唱していた頃は まだ涙まではいかなかったが 

時が経つほどに 今になって尚更 しみじみと味わうことが出来る

歌詞の意味が 心に沁みる。

アリスの歌が好きだから チャンピオン、サライ、昴、・・・皆カラオケレパートリーだけれど 名曲「遠くで汽笛を聞きながら」これが一番好き、 そうなんだよね、いいことなんかなにもなかった、それでもみんな 生きてゆくのだ・・・・ そこまで想うと 泣けてくる。  今でも風呂で唄うと泣けてしょうがない

11年3月11日、東日本大震災、これからの日本史年表に太字で書かれるほど 日本人にとっては特別な日、あれからもうすぐ一年、あの日はオラにも特別な一日であった。 診察室でMRIモニター見ながら“なにもありません、非常に順調です、 もうやるべきことはありません(病院として)、素晴らしいことです・・” 手術から三年間 ずっと診てくれた先生の「卒業宣言」だった。  

なんにもない・・?そうなんです、CTもMRIも 検査の画像は頭の外枠だけで いつも中身がなんにもない・・・、たらこみたいにゴチャゴチャと複雑な脳みそを期待していたが 素人のおいらには輪郭(骨)しか解らない。 

ヤンチャばかりで てこずらせた先生との思い出を反芻しながら 春の陽光が眩しい駅までの道を 涙拭き拭き歩いて・・・感謝の気持ちに溢れる 嬉しい幸せな瞬間だった。 

今日も生きている、みんなのおかげだ、  あれから一年、容赦なく通り過ぎる季節の巡りがありがたい、 時の流れに追い越されることが オラには素晴らしいことだ。 病院に向かって振り返り 心の中で深く頭を下げて、ちらっとヘンなこと考える、

神社仏閣へ行くと 神には「美しく死ね」と教えられ、病院では「強く生きて」と教える、??? オラにはまだ訳わかんねえ、結局はオラ強くない、脳みそもない?から 死ぬまで生きてりゃいいのだ。?? やっぱり解らない。  

年に一度のMRI検査、四回目にもなると ドームの中でペース配分できるようになってきた。

こんなことベテランにならなくてもいいのだが。 

長時間じっと動かない検査は辛い、医療設備は日々進歩しているから 将来はドームに入る前に何曲か登録しておいて 天井に歌詞がでる、カラオケボックススタイルのMRI検査機、しらふでひとりカラオケやりながらの検査なら 三十分くらいは楽しく過ごせると考えるのは オラだけではないだろう。 歌唱力磨くなら ほろ酔い加減の酒も呑めるのが理想、こんな提案すると 私は検査室出入り禁止になるってか?

伴奏は ガーガー・コンコン・・と やかましいだけで、リズムも音程も 合わせてくれない機械が ちと不満である。 今回はPOPS系から演歌まで ジャンルを問わず 好きな曲をメドレーで 口だけ少し動かして熱唱していたよ。  アリスの「遠くで汽笛」までやると涙になるといけない、検査室から泣き泣き出てきたら先生にまた心配掛けてしまう、 最後に威勢良く北島三郎「函館の女」を一発かましてみた。

「あとは追うなといいながら 後姿で泣いてた君を 思い出すたび逢いたくて と~ても が~まんが~~~・・できなか~~ぁったよ~~」

終わってベッドが外へ動いたとき 検査の先生に聞こえたのだろうか「がまんできなかった・ですか? 大丈夫ですか? がまんできない時は ご遠慮なくブザー押してくださいね・・どーも・お疲れ様でした」 そおだ、右手に呼び出し用のブザーを握っていたのだ、本当に辛かったら 無理することないんだよね。 閉所恐怖症の人なら数分でブザーを押してしまうよ。  

MRIの共鳴音がカラオケの伴奏になるような最新型が開発される時代がきっとくる、ネット通販会社の社長さんがTVCMで テンション高く声を裏返してPRするようになる。 「今なら なんと・送料込みで39,800円、限定三十台 特別価格ですよ・・・」一般家庭向けには喜ばれても その新製品を病院が導入したとしたら 患者側は検査の希望者が減る、 いくら景気悪いったって、こういうことで経費節減は 困りますよね。 オラたち現代人は夢のようなハイテク世界を生きているのだ、 まだまだ寿命を更新していかなければ・・・。

毎度病気の話題になり誠に恐縮でありますが お蔭様で大病から丸四年、脳外科の定期検査で 問題点が見つかったことはまだ一度もない、まだ一度も死んだこともないから・スゲエぞと自信もついてきたが いつも空っぽの脳みそだから悩ましい? 肉体的に問題あるのは 腰痛、膝痛、肩凝り、寒くなると痛む痔・・・方向違いの痛みばっかりだ。  

今度何かあったら 死んじゃうのかもしれないと弱気な自分が情けないが、 結局、無事に過ぎてきたことが 嬉しいんだね、この四年間、泣いたり笑ったりしながらも 今のところ順調に五年目を迎えたことを報告したいのであります。

Photo Sagi1

診察が済んでから おなかぺこぺこ、食堂でカレーライスに海老フライが二本乗った日替わりランチを残さず食べた。 入院中から でっかい海老が食いたかった、今に見てやがれ、元気になって アレを食いに来てやるからと 小さな目標を設定していた。 ベッドから抜け出して 本当にアレ食いに行ったら 病棟ではまた脱走したと大騒ぎになって 10人の若いナースに追いかけられる、トム・クルーズ、デカプリオ、彼らの苦労が よく判るよ。

アレは当方と致しましては 誠に貴重で有り難い体験でありました。

大病のおかげで オラあんなに幸せな体験ができた、口数も多くなった、云いたいことが云えるようになった。 趣味も増えた。 突然病気に襲われるのは「幸運」なことだった。 モノゴト良い方向に考えられるようになった。 脳みそないから複雑な思考をしないだけだ。

モテルのはイケメンの宿命、おいらとしては納得できるが それも楽しい思い出だが、人に迷惑掛けてはいけない と、 気を遣って我慢していた自分としては 最善を尽くした四年間だった。

検査も診察も終わり 昼前には食堂のショーケースの前に立っていた、五年目にして ついに目標達成、感謝の気持ちと満腹感で駅まで続くこの道に 今年もまたひとつ寂しさを捨ててきた。

病院から駅まで続く 何度も歩いた真直ぐな路、横浜の香りが抜けないこの街並木、 

立派なオフィスとお洒落な飲食店がごちゃ混ぜで、左に曲がればJRAウィンズもあるこの路が オラ好きだな。 来年もまた ここへ思い出を捨てに来たい。

このことを誰かに知らせたい、海老が大好物のななこちゃんに知らせたい、夜は布団の中から携帯で キュウリ丼の発明者・愛しい孫娘ななこちゃんへ「おやすみメール」 ところでオラも子供の頃はキューリー夫人て キュウリを発明した人かと思っていた。

 ななちゃん元気? もうごはん食べたか? お風呂入ったか?

爺ちゃんは 今日病院の検査行ったよ、脳みそないから 悪いとこなにもなかった、チョーでかい海老二本乗ったカレー食べてきたよ、チョー美味しかったよ、今度一緒に食べに行こうね・・・

四月から中学生、勉強頑張れよ、風邪引くなよ、

 良かったね、そおだったね、脳みそなかったんだよね、

 そぉだよ あんたと同じだよ、脳みそないから大丈夫だったよ

 むかつく(怒)、あんたに言われたくない、ななは脳みそあるし・・・

 そか、少しはあるのか、大事にしてね、もう寝るからね おやすみ、また明日ね。

 うん、脳みそは勉強に使うよ、おやすみ 。・・・

                      唐突で失礼ですが まぬけなところで中断?(今・地震がきたから・こんなこと? やってらんねぇ?と、電源切らなくちゃ! 毎日騒々しい世の中である。これだから最近疲れるよ、オレだけじゃないけどね) つづく

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12月のうた

あなた変りはないですか 日毎寒さがつのります

遠く離れた愛しいヒトに初冬のメッセージを送りたい、 私はセーター編めないから食べてはもらえぬ冬野菜の漬物を そろそろ準備しているところです。 

そうですよ、「北の宿から」パクリですよ。 

気がつけば もう師走、寒い寒い冬が来ました。  この頃は暑さ寒さが「えげつない」、えげつない寒さって、じっとしてても風邪ひきそうな寒さ。 えげつある寒さって? どんなんか知らんけど。

♪悲しみに心閉ざしていたら 花屋の花も変りました 僕の街でもう一度だけ 熱いコーヒー飲みませんか あの店で聞かれました 君はどうしているのかと

花屋の店先にシクラメンが並ぶ季節になりました。

うす紫のシクラメンほど淋しいものはない 

うしろ姿の君のようです ♪

そうですよ、これもパクリです。

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垣根の山茶花が満開になりました。

雪より冷たい冬の雨、冷たい雨の日は寂しい、痛みより辛い、寂しくて死にそうです。  もしも死んだらあなた 泣いてくれますか・? これもパクリですけど オレまだ闘病中なのかも?

紅葉が色づかない散歩道を 今年も毎日歩いています。  引越しの荷物の中から 新しい軽い靴が出てきた、 歩くのが嬉しくなるような 歩きやすい 珍しく履き始めからぴったり合ったお気に入り靴です。 歩いたり食ったり喋ったり、動く部門だけは達者だが この頃風邪を引きやすい、年々弱くなってしまった。 元気・元気と見栄張って来たのだから 元気だろうけれど、筋肉痛・関節痛・頭痛・肩凝り、便秘・下痢、生理痛?に痔の痛み、痔慢できるほどあちこちに痛みを抱え 冷たい雨の降る日は寂しい、寂しくて死にそうなのが最も辛い。

Photo_2 台風の足跡

 

少年の頃は 空の色が青かった。百曲がり坂の森の上にある空が痛いほど青かった、空の青い色を眺めながら 励まされたり夢を語ったりする時代であった。

瀬戸内海の岸壁では 満天の星空を眺めたことがあった。 星が降ってくるようだった。

唇を噛む思いで眺める空の色が哀しくなるほど青かったのは 五十年も昔である。  結局 空気が綺麗だったんですね。

今どきのガキには 負けそうなとき励ましてくれる青い空がない。 時の流れは嬉しいことだけれど 平成の日本には青い空がなくなってしまった? のが情けない。 この秋は 山の緑、紅葉の美しさに出遭っていないから つまんねぇ。 天候をぼやき 自然相手に文句言っても始まらないけどな。 

自分のこと、季節のこと、災害のこと・・語るときりがないけれど 今年は大震災から始まって 色々ありました。  大震災では 家を失い 家族を亡くした人が何万人も、日本人には 悲しく辛い一年間でした。  皆が夫々辛い痛みを経験したのだ、だからみんな優しくなった。 だから真直ぐ真直ぐ生きて 寂しさに涙するのはオマエだけじゃねえ、みんな同じだ 頑張ろうぜ、

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オレが被災者を励ましたって 何の役にも立たないけれど、冗談云ったりパクッたりしているうちはまだ大丈夫。 来年も たまにスゲエこと言うぞ、「死にそう」のフレーズはクセになるほど使わない、本当に死にそうなとき信用されないと困るから。

三年前の大病から何度も死にそうなエラい目に遭ってきたけれど 「寂しい」のが一番辛い、毎日そんなこと云ってると「痔」まで疼くから 困ったものであります。 

痛いのや苦しいのは クスリで何とかなる。  考えない、「感じる」のがいい、Don’t think.”Feel” 燃えよドラゴンの台詞、パクリかどうかは 考えるな、感じろ・・・。

先週宝くじ買いに行きました。 年末ジャンボ三億円、当たったら宇宙旅行へ行きたいというヒトがいる。 静かな環境の街で新築の家を買う、人それぞれに夢がある。 オラ家は要らない、引越しは 二度としたくない。 宇宙へ行きたがるのは鉄腕アトムの時代だろ、おいらなら箱根か伊豆の温泉で充分。 

初冬は誰でも辛いです、哀しさ寂しさの話にしては パクリや冗談が多くてすみませんね。 来年は「負けるなよ」と励ましてくれる「青い空」に期待して、 疲れを知らない子供のように活動的に精進しましょう 。 これもパクリですけどね、今回も記憶だけを頼りに 昭和の古い歌を引用して独創性に欠ける無責任な内容になりました。 今年も冗談ばっかりの「百曲がり坂」見に来てくれてありがとう、風邪ひかないように・・良いお正月をお迎えください・・・

来年は幸せ沢山ありますように★★ 

参考フレーズ(北の宿から=都はるみ)、(哀しみ本線日本海=森昌子)、 (私鉄沿線=野口五郎)(シクラメンのかほり=小椋桂)、(燃えよドラゴン=ブルース・リー)、(myself=長渕剛)

  

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2011秋・メランコリーPART.2

「○○さん あなたは今○○さんを妻とし 神の導きによって夫婦になろうとしています、汝 健やかな時も病めるときも 富めるときも貧しき時も、・・・・(中略)・・・永久(とわ)に節操を守ることを誓いますか?」 「主と精霊の・・云々」言い回しは良く知らないけれど 教会でやる結婚式、牧師様のことばが厳粛で 鳥肌たつほど感動することがある。  

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汝(なんじ)と汝(なんじ)は・・いま・なんじ(何時)?

欧米の牧師様だと「ホワットタイム・イズイッツナウ?」      になるのかな?・・なんちゃって、  ずっと昔からちゃかしていた自分が不思議なくらい涙溢れて困ることもあった。 

牧師様の声、台詞、演出の巧拙もあるから 感じ方は色々ですけど。

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◆親父の一番長い日

娘が嫁にいったのは秋、11月だった。 

親父の一番長い日は 朝から雨だった。 

神前結婚、神主さんの詔で淡々と進行した。 

「かしこみ かしこみ・・・まぉうすぅ~~~・・・」

神前にお辞儀をする格好がへっぴり腰? 

お尻を突き出して 一言一句丁寧に文書を読む。

起立しながらそれを観た新婦側、我が家の親戚は 皆笑いを堪えている、盃を置く机に手をかけて く・く・く・く・・・・全員が必死になって笑っちゃいけないと 震えがくるほど我慢している、それが余計に可笑しくなる、 白木の机がカタカタ鳴っている。

めでたい席だから笑顔は良いけれど げらげら笑ってしまっては神様や新郎側のご親族にも失礼になる・・・? 皆そんな思いがあったから 子供たちまで肩を震わせて 声を出さずに笑いを我慢していた。  

なんとか無事に終わってから披露宴の会場へ行く前に オラはトイレに駆け込んだ。 下痢していたのではありません、個室で思いっきり笑いたかったのです。  笑いを辛抱するのは 便秘や下痢の苦しみに匹敵するほど大変なことです。  ガハハハハ・・・と気が済むまで大口あけて笑ってきた。 披露宴では紳士的に 唯ひたすら呑んでいた、立派に振舞おう、涙見せたり乱れたりしないように・・・心掛けていた。

最後の謝辞(挨拶)も きちんとできた、無事に終わった。

嬉しくて淋しい娘の婚礼、親父の一番長い日、自分としては上出来の一日だった。  夕方には雨が上がり 温かい日差しが降り注ぐ、紺碧の空が痛いほど青かった。 涙がでるから空を見ないようにしていた。     

家に戻ってからが大変である。 布団に入ってから娘の子供の頃の思い出が 次々に駆け巡る・・・?

式場で泣かなかったから どーだスゲエだろと 後でみんなに威張ってやろうと思っていたが、泣けて泣けて 眠れない、うつらうつらしても 夜中に目覚めて また泣ける、眠られぬ長い夜だった。 翌日は顔が腫れてみっともない、何度も顔を洗い、 会社へ到着したのは昼頃になってしまった。  

妻(お母さん)のほうは ベッド、勉強机、楽器と ぬいぐるみと・・、みんななくなって広くなった子供部屋にへたりこんで ヨウコちゃんが居なくなっちゃったよ・・と、ぼんやりしていた。  賑やかだった家の中の どこかに大きな穴が開いて 寂しげな風が吹き抜けてゆくようで・・・。

その後 お母さんの溜め息は クリスマスの頃まで続いていた。

庭先には コスモスの時期も終わり、一本だけ生き残ったうす紅のコスモスが 力なく揺れていた。  

遠い昔のはなしだけどね・・・・

それじゃ秋桜(コスモス)のお母さんと同じだ、婆さんじゃねえかよ・・・と、

未だに秋になると あの日の結婚式の笑い話を思い出して、 話しが弾む、幼稚園の運動会で彼女をおんぶして走る背中で「パーパ・ガンバレー」何度も繰り返すガンバレコール、渋谷の映画館へ「あられちゃん」を観にいったときのこと、 あれやこれやと思い出し 情けねぇことに また涙が出そうになる。 女の子だし、かわいがってたからねー・・・、コスモスの婆ちゃんに慰められている。 

親父と娘、一方通行だけれど 親父は娘に恋をしているのかもね。

涙もろいのにキレると怖い、病気になるのも、時々面白いこと言うのも・・キャラも体質もオレにそっくり、客観的によく見ればなかなかの美貌、オレがイケメンだから・・・、

娘をのろけてどうすんだってか? 

女には目移りするけれど(おいらの場合)娘と孫たちには 一生変わらず 目移りしないで恋している、必ず別れがくると知りながら 娘ほど愛しいものはない、親父からみて娘とは 哀しく切ない男一途の火の恋だ。 父親は 娘が結婚すると好きな女と別れて何時までも未練たらしく くよくよしているだらしない男になってしまう。  今は? 娘の娘、孫娘にも恋している、・・・・・たく、懲りねぇ親父だぜ。

孫娘もオレとそっくり、勉強家のお姉ちゃん、日本史の試験問題、Q享保の改革=⇒A徳田新之助、旗本の三男坊、め組の居候・・て書いちゃったと悔しがる。 徳川吉宗(八代将軍)とシンさんが同一人物? テレビの見すぎだぞ。

妹ななちゃんは、運動会のシーズンになると存在価値が出てくる。 地域では引っ張りだこ、毎週どこかの運動会や記録会でかけっこしている。 この調子なら 目標はオリンピックだ。 木登り競技があればメダル期待できるけどね。 

◆最近の出来事

 11月1日、今年のウコンを掘りました。 今年も育ちが悪い、ダメだった、しょぼくれた根っこの写真撮る気にもならない。 天候不順は鉢植えにも及んでいる。 鉢花が元気良く成長できる環境にならないのは地球規模の問題である、今年の日本で元気良いのは「なでしこJAPAN」くらいなものだった。  

 11月2日、朝から抜けるような青空、長い長い夏が過ぎて やっと涼しげな秋になりました。 晴れた日は歩きたくなる、歩かずにいられない、大病から三年、寂しくて死にそうな日もあった。 生きていることを確かめるように歩きまくる日々だった。 お散歩しながら娘の結婚式を思い出して ひとりでウルウルしていると 病院の前の花壇に 病院で常連のお婆ちゃんが腰掛けていた。  

あら~暫くだねぇ・・と、気さくに話しかけてくる、 いつも来ている85歳の婆ちゃんだ。  久しぶりだねぇ、具合悪かったの? そうだよ 死にそうだったのよ、今日はやっとここまで歩いて来たら 目が回ってクラクラするんだよ、・・、◎◎さんはもうダメだね、ずっと寝込んでるよ、お見舞い行って なにを喋っても聞こえない、病院来れないようじゃ もうだめだよね・・・?あの人いないと寂しいよ。  病院へ行けるのが健康な年寄りなのである? 死にそうな人の情報交換まである。

85にもなると「死にそう」の言葉に迫力も説得力もある。 オレが云うと「どうしてふざけるの?」と 相手にされないならまだしも 「あら・そお・いつごろ?」と、予定に入れられるのも辛い。     生きてて良かったねぇ・・お互いに。 なんだオレ? 85の大先輩とお友達になりそう? 病院待合室が爺と婆の交流の場になってしまった? 

それじゃ行ってくるよ、ここまで何しにきたか忘れちゃったよ・・と、開いたばかりの病院へ入って行った。  オレも何してるか忘れないように 目的意識持ってお散歩しよう・・と、気合入れて歩き出す。

この頃禁煙に挑戦している、禁煙成功したら お口が臭くないから 小さな恋人ななこちゃんにチューしてもらいたいと交渉中である。 

またバカ云ってると怒られるが バカ云えるから楽しいことも増えてくる、 人生が面白くなってきた。孫娘がお嫁にいく頃まで、長く生きてみたくなってきた・・ 

秋になると 毎度淋しい話になってすみませんけどね。秋は もお飽きた、桜咲く春が一番いい、女が薄着になる夏も またいい。

 

ある晴れた秋の日に ふと思い出す 幸せに輝く娘と 娘を愛し みつめ続けた親父の 幸せで寂しい ずうっとむかしのメモリー になりました。

 

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2011秋 メランコリー

台風15号

超大型で強力な台風が 沖縄から北海道まで 日本列島を駆け抜けて行きました。 予定通りのコースを ちゃんと進み ちゃんと上陸して ちゃんと大雨を降らせる。  今までで一番真面目で立派な台風だった。 暑い夏を吹っ飛ばしてくれた、 自然災害を恨むばかりではいけない、良いこともあるのです。  

道を歩く人は 傘がオチョコになって、骨だけの傘さして・・・飛ばされそう・・・、傘を手から離せばいいのに、 人間まで風で飛ばされそう?

見ているほうは笑っちゃう、人間は究極の困難に遭遇したとき 笑ってしまうことがある。  他人の不幸を笑ってはいけないが 本人が笑ってるから・・・・。

Photo

 

◆オレ流秋のメランコリー ABOUT ME 

(1)勝負師の心得(逆にいえば=爆笑問題のCMを参考にしました)

去年の引越しで新しい囲碁ソフトを仕入れた。

この頃はPC相手に囲碁の勝負して 負けるから情けない。

川崎時代は自称無敵のアマ名人、 実力上位の人間に負けるならしょうがないが コンピューターには負けたくない、

初心者は手を読むのに時間を使う、散々考えてもろくなところへ打てない、碁は形と筋で打つもの、習い事で素質のあることを俗に「筋が良い」という。  これは囲碁の用語である。  

PCの実力は 序盤戦はアマ上級者並である、流石に基本的定石には忠実、接戦でミスをしない。 次の一手、選択肢のない場面(打つ手が決まっているところ)で長考する、人間でもこのタイプは強くない。PCにはノータイムで打ってもらいたい、データー処理が遅いオマエはポンコツ機械か? 

礼儀作法も感情も、なにもない冷静な機械に負かされて 熱くなって悔しがる自分が情けない。 因みに昭和の第一人者 グランドスラム(名人・本因坊・十段・・プロ棋士の全タイトル制覇)の坂田英寿先生は 林海峰に負けた夜 眠られず身悶えして悔しがったそうである。 

おいらの場合 川崎で碁会所の常連だった頃がピーク。

囲碁道場で悔しい負け方をすると 眠れない、夜中に飛び起きて碁盤を出して棋譜を作り 研究を始める、 何をやってるかと女房に叱られる。 そんなことなら 子造りでもしたほうが健康的であった。 吹けば飛ぶような将棋の駒に命を賭けた坂田三吉の女房小春さんは 笑顔で見守ったが おいらは痔の手術で入院中は白黒の石に命懸けだった。 毎日が尻の消毒と囲碁対局の日々であった(詳細は痔除伝本編で)、強くなりたい憧れが ついに「五輪の書」を読むまでエスカレートしていた。 女房には 夜分にお騒がせしてすみません・・・愛してるとゴメンナサイの日々であった。 

囲碁・将棋の世界では 強くなるには努力が不可欠である。  達人の気質は「負けず嫌い」、負けても悔しがらない人は強くなる素質がない。  

夢中になれる熱い心、努力できる体力、集中力の問題である。 藤沢、坂田、大竹、林海峰、武宮、石田、趙・・・、昭和の名人・本因坊、憧れの先生たちは 皆お爺さんになってしまった。 近年のプロ棋士タイトル戦は 二十代~三十代の若手実力者の時代になっている。

努力しない名人はいない、北島は毎日泳いでいる、イチローは毎日バットを振っている。  努力を継続出来るのが若さである。 全ての競技に共通することである。  

囲碁の場合は 上達の秘訣は自分より少し強いライバル(碁敵ゴガタキ)を持つのがいい。  巨人vs阪神、早稲田vs慶応、貴乃花vs曙、日産vsトヨタ、武蔵vs小次郎AKBvs.KARA、クルムvsシャラポア、メッシvsロナウド、マックvsロッテリア、目くそvs鼻クソ・・・? 向上を志す者には 必ずライバルがいる。 勉強できる子やアタマ良い人が強いとは限らない、囲碁クラブでは 大人が子供に三目置いて負けることはザラである。  同じ段級位なら子供の方が強い、感性・センスの世界だからである。 逆に言えば 麻雀のような偶然性・ツキを争うゲームになると アタマ悪い者が鴨になる。 囲碁や将棋は賭け事やゲームではない、「芸」の世界である。  例えばパチプロ、ギャンブルの世界でプロといわれる人物が勝負に勝ち続け 大金持ちになって 裕福な人生を送ったという話は聞いたことがない、彼等の生活は皆ミジメである。 

野球で負けた夜も眠れない、夜中に碁盤を出すこともできない、どうしようもなく眠れない、酒の量が増えてくる・・・、これじゃ身体にいいわけないが わかっちゃいるけど眠れない・・ハートが強くなければ  勝負師には向かない、健康にも良くない、 

囲碁の試合では 負けても満足できる相手と絶対負けたくない相手がいる、例えばプロ棋士に指導碁打ってもらえるなら・・万波さんなら穏やかな心で楽しめるな、碁は楽しく戦えば力を出せる。 逆に言えば負けても納得できるな。

(万波奈穂二段・日本棋院女流棋士、日曜日NHK囲碁トーナメントの人気司会者、) 

これからはPC相手でも 舐めたらイカン、ズタズタにコテンパンにやっつけてやろう・・と、粗暴にならず、水の流れるように穏やかで素直な心になりたいけれど、 負けると悔しいのは一生変らない、一番情けないのは自分に負けること、マシンに勝って嬉しい気持ちになるときは もっと情けない。

◆大病から三年、バカにだけはなりたくねぇと、毎日歩き続けて筋肉鍛えているつもりだった。 脳の活性化とはアタマが良くなることだと思っていた。・・そこがバカなとこだった。 アタマは良くはならない、使わないよりは使ったほうが少しは違うだろうけれど、オレの場合は バカが本来のカタチだから・・精々現状維持なら充分なのだ、そういうことが判っただけ少しは賢くなったのかも? 逆に足腰鍛えられるバカなら 長生きには効果あるかもしれない。  

去年から自分の「腰痛」を自らの持病に認定?、病歴に関しては幅広く、名人の域に踏み込んできた。 産婦人科以外は全科目制覇のグランドスラムである。  苦痛に嘆き悲しんでも始まらない、死ぬか生きるかの大病を冗談云いながらクリアして、痔慢の痔まで疼いている。 冗談じゃねぇよ、笑っちゃうか自慢しちゃうしかねーだろ。 文句あっか? やぶれかぶれではありません、名人の心境ですから。 もう・痛いのはイヤだ、痛くないなら少々バカでもいい・・?痛みを感じないのがバカなら バカの方がいいかもしれない(逆に言えば?)、と妥協しながら まだリハビリのトレーニングが続いている。

我ながら まだまだ未熟であることを自覚するべきである。    オレ、パソコンという良きライバルができたと喜ぶべきだ。 いつでも簡単に遊んでくれる 切磋琢磨できるライバルが身近にいる ということは幸運である。 自分にとって「勝負」とは 一生涯求めても未だに解明できない永遠の課題である。  

なにごとも 勝負には闘志が必要であるが 怒りや憎しみで立ち向かうと弱くなる。  冗談じゃねぇ・絶対勝つぞと気合入れすぎも失敗の元になる、根性や気合だけで勝てるなら 人生何の苦労もない。 

勝負の心得、結論は「平常心」穏やかな心で戦いを楽しむことである。⇒突然ですがmyway囲碁講座でした、逆に言えば日本棋院プロ棋士最強名人の格言よりも 負け方を知る自称アマ名人の理屈のほうが説得力あるはず(得意な分野他にないから)。

世界陸上で最強のボルトさんがフライングで失格、そんなに必死になって勝とうとしなくても 9秒で走れるなら ゆっくりスタートしても優勝するだろ、ジャマイカの選手だから 負けたって 「じゃ・まぁ・いいか・・・・」という気持ちなら世界記録が出たかも・・・(ダジャレです、)

◆毎年秋になると 文章が愚痴っぽくて長くなるが 今年の夏からは更新間隔が長くなりました。 怠けていたわけではないが 暑くて暑くて集中できない・死にそう? むやみに更新すると またシモネタになりそう、  パソコンに向かうとすぐ囲碁の勝負が始まってしまう、猛暑で具合悪いのは皆同じであるが ちゃんと憎まれ口ききながら生きてるから大丈夫ですよ・・悔しいのはマシンに負けること、気持ちの若さに肉体がついていけないこと、バカさ(バカの程度)だけは順調、秋になると淋しくて死にそう?・・・それでも懲りずに 冗談云いながら ちゃんと生きているから大丈夫ですよ~・・ということを 遠く離れた友人に報告したいのであります。  

2〕  顔のメランコリ

秋分の日、台風のおかげで爽やかな秋が来ました。 涼しくなって パソコンも自分も元気回復、やっと更新できるようになりました。  

顔洗って 鏡見ながら歯磨き、ちょっと前までは いい顔してると満足だったが この頃はじめて気がついたのは なんとブサイクな顔か・・額に走る深いシワ、寝不足の潤んだ瞳に輝く目ヤニ、目尻のコジワ、肌のたるみ、・・・剃り残しの白髪になった髭、

張りのない乾燥肌に点在するシミ、唯の病み上がりのしょぼくれたメタボジジイじゃねぇか・・・。己の顔をマジに観察するのも始めてだけど、 なぁんだ 福山雅治かと思ったらオレだった・・と、軽く流せば良いのに、あまりにもブサイクな顔が気になる、冗談ばっかり云ってきたけれど 顔まで・・冗談じゃないですよ。 最近女にモテないのは 年齢のせいだけではなかった、顔が良ければ女のほうから寄ってくるのだ・・・女口説くのに言葉は要らない、顔だけでよかったのだ。 逆に言えば 女だって美しければ 男のほうから寄ってくる、これが人類の法則だ。 やはりルックスが第一条件だ。 逆に言えば「見た目」が良くなければ一生異性にモテることはない・・?(ギャクにばっかり云う必要はないが)

「強くなりたい」と「女にモテたい」男の永遠の課題(謎)は旬が過ぎた頃に解明するのです・・? 

近頃一番の課題は顔である、これがおいらのメランコリーである。

なやみはつきねんだなあ 生きているんだもの  (相田みつお)

人間は一つの困難を乗り越えると新たな苦労が待っている。 戦いに勝つと次は更に強い敵が待っている。  ひとつの欲望や目標を達成すると 必ず次の欲望が出てくるのだ。 常に欲求不満の状態だ。 これを満たすために意欲や向上心を燃やすのだ。  生きているから悩みが次々やってくる、 悩みは尽きなくていいんだよ、悩みが尽きてしまったら 生きる意味がねんだよな。

若くきれいな花の時期を懐かしむようでは 現在がみっともないのを認めたようなものであるが そんなはずはない オレだってアングル変えれば キムタクと間違えることもある。(主観ですけど)

心の若さを失ってはいけない、♪秋だというのに 恋もできない メランコリー・・・になってはいけない、

秋だもの 恋のひとつもしてみたい、還暦過ぎた爺さんが言うことではないけどね、逆に云えば 若くないから云ってみたいこともある、バカだから云えることもある・・・、 

久しぶりに空の色が青く 台風のおかげで長い夏が終わり やっと秋になってきました。 孫娘誘って横浜動物園ズーラシアへ行こうか、オカピー見物、オカピ(お菓子)食べながら? 珍獣オカピー、おかぴいかな?  別にオカピクないよ・・・ 

Photo_2 秋分に久しぶりの青空

近年は 秋の到来が 春が来たと同じくらい嬉しいことになりました。  夏が暑すぎるからだね、秋にはブログネタになるようなキレイな写真が撮りたいね。 パソコン相手でもいい、納得できる名局が打てるといいね。 この秋も精進して 毎朝 鏡に写る自分に うっとりするようになりたいね。

 

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こだまでしょうか

喘息・ネブライザ吸入治療

まだ赤ちゃん、三歳くらいの子だった。  お母さんのヒザに抱っこしながら 吸入器の口から出てくる薬の煙を吸っている。

泣いたあとの顔だった、ほっぺに大きな涙が一つ乗っかっていた。

辛かったんだね、すぐに良くなるから がんばろうね・・・

お母さんがほっぺの涙の粒を 指で拭いた。 

この子は この先何十年 喘息と戦うのだろうか? それを思うと

心が熱くなるのだ。

◆二度目は 五歳くらいの男の子が左側の椅子にちょこんと座って自分で薬を吸っている。  彼も泣いたあとの少し赤い顔、 肩で大きく息をしながら 沢山薬を吸い込もうとしている、 彼のほうが先輩だ 先輩の真似をして 私も深呼吸で吸入を繰り返す。

喘息はクルシイよね・大丈夫だよ・負けないで頑張ろうね・・・・

ウン・・・・と 吸入器の口をくわえたまま 応える。

きっと治るよ 治ったら また元気に遊べるよ、 頑張ってね・・・

ウン・・がんばる、おじさんも頑張って、ありがと・・・・

彼の目が ちょっぴり笑って そう応えていた。

  三度目は一年生くらいの女の子だった。 孫娘ななこちゃんがチビのころと同じで 長い髪が天然パーマで かわいい子だった。

これも慣れているようで 肩を上下させて大きく呼吸しながら 一生懸命吸っていた。 顔みないようにして 私も前を向いて黙って大きく吸っていた。 なにか話しかけたら こっちも涙出そうになると思った。

こんな小さな子供が なんでこんなに辛い思いをしなければならないのか? 喘息とは こんな病気である。 これほど苦しく辛い病気はない、後天的要因があるわけでもない、ちびっ子たちは 生まれたときから 背負った試練と必死になって戦っている、オラには見てらんねえ。 他人事と思えない、自分の子供の頃と 同じだから せめて優しい言葉で 励ましてやりたくなる。 

Photo Photo_2

金子みすずさんの詩 

馬鹿っていうと 馬鹿っていう 

もう遊ばないっていうと 遊ばないっていう 

そうして あとから寂しくなって

ゴメンネっていうと ゴメンネっていう

こだまでしょうか いいえ誰でも・・・・

人は やさしく話しかければ やさしく答えてくれるのです。

金子さんバージョンで 子供たちに言葉をかけてみたが 応答はなかったな、みんな空気吸うのに必死だからしょうがないか!

でも気持ちは通じた。 男の子の笑顔がとてもかわいかった。

我が闘病の記録を自叙伝にすると 最初の持病は 喘息である。 痔との因果関係があるか否かは知らないが、身体の入り口と出口 両方のトラブルである。 ガキのころからずーっとお薬のんでいるのが喘息、痔は酒と付き合う成人になってからである、だから下半身の病はアダルト向けになるのである。 個人情報丸出しだけどな。

ここでは喘息の苦労話しをしたいのではない、今はこんなにいい薬がある、あの子達がみんな元気になれそうな 幸せな時代になった・・・てことが云いたいのです。 昔も吸入薬はあったけど、発作止めるには大きな注射だった、その注射が痛いと泣く子は沢山いた。  オラもその一人だった。

ネブライザー喘息吸入治療器・・こんなにすごい治療が昔からあれば??辛い病気で苦しむ子はいない、しかもその薬が美味しいから、まるで天国である、オラ最近はこれのお世話になっている、有難いことである。  寿命??と 生きた時代や環境もあるから なんともいえないけどね、医学も文明も 人間社会は日々進歩しているってことである。

今は気楽に病院へ キープしたボトルを飲む感覚で? 吸入しにいける、それいうとヒンシュク? 終わると ゴチソウサマでした?・・・といいたくなる? だからオラは怒られる?? そうでもない、おそまつさまでした??・・・シャレの分る粋なスタッフがいてくれるから嬉しい。 これからは あの子たちのように おとなしく真面目に病気と向き合ってがんばろう・と思ったのである。  持病の一つ一つに 誠実に向き合わなければいけない・・・と思う、オラもあの子たちも 皆幸せな素晴らしい時代を生きている、みんなでがんばろうね

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修行10年 (PART・2)今日が記念日

◆大病から三年、二月十五日

奈良川の源流を探して歩いたことがあった。

緑山スタジオの森に迷い込んだ、人影のない深い森の道には スミレが咲いて 熊さんに出会ってしまいそうな不思議な空間だった。 田んぼの真ん中に陶芸工房を見つけて 見学しようと中へ入ると 猫が一匹寝ているだけだった。

結局、水源の場所はわからなかった。 穏やかな日々だった、十年も昔のことだったが、今でも夢に出てきそうな記憶である。

奈良川は 横浜市青葉区、町田市、こどもの国あたりを流れる 小さな流れである。 川崎にいた頃は その川の存在も知らなかったが 今となってみれば 愛着を感じる懐かしい川である。 

何のために歩いていたのか、身体を鍛えようとかの目的意識もなにもない、仕事を卒業して 時間がゆっくり流れる、小さな流れの中に小魚が跳ねるのを観察して、孫と一緒に のんびり釣りでもしてみたい・・こんな程度の動機で、静かな環境に居られるだけでも 充分に幸せであった。

結局 何が言いたいのかって? よく歩いた、歩かずにはいられなかった、 アースマラソンのカンペーちゃんには負けるが、 横浜のこの町へ来る前から オラの人生は ずぅーっと歩いてばかりだった。 大病に倒れてからはリハビリ、 歩く大儀があったが、 仮に病気がなくても 変わらずに今日も「歩く」ことが自分には日常のことだったような気がする。

この頃 季節が過酷である。 夏は暑い暑いで 冬になったら毎日寒くて、雪が降れば外にも出られないから病みあがりは情けない。 お散歩は やっぱり穏やかな日差しがいい。

二月十五日は記念日である。 08年2月15日から丸三年、 振り返ってみれば 人生を集約したような三年間だった。 良いことも悪いことも みんな貴重な体験として思い出に残る 濃厚な日々であった。 痛くなければ死んだっていい==?、 間抜けな死に方はしたくない、水虫、いぼ痔、虫歯、生理痛? 、お餅喉に詰まらせて窒息?も 情けないしと・・ 理想の死に方に憧れる日もあった。   今日は記念日だね・・

妻の一言に 去年まで毎日歩いたお散歩コースを見てみよう、毎年この時期には あの橋の下に水仙の花が咲いていた、あの白い花が 今年も咲き始めているだろうか・・・ 思い立ったらじっとしていられない、いつものお散歩コースを歩いてみた、日陰には昨日積った雪が まだ残っている。  

水仙はまだ花をつけていなかった、日差しが眩しいが 風が冷たい。 暖かい春が来れば 花も咲く、自分も健やかになれそうで・・、やっぱり春がいいですね。

Photo_3 桜草(図鑑)

 

「人は何も分っていないのだ、分ったふりして生き分ったふりして死んでゆくのだ」池波正太郎さんの言葉を引用すれば オラも結局 何も分っていない。 生きていて良かったと思うか 死んだほうがマシだと思うか・・・生きているのだから それでよいことにするか。 あの時 あのまま目が覚めなかったら今日は命日だ。

16日の夜は タイのお刺身で妻と二人の小さなパーティになった。 あの日の手術が終わるまでの苦労話を しみじみ聞かされた。

◆因みに理想の死に方、「若き美貌のナースが三人ベッドに付き添って、ひとりはヒザ枕、あとの二人は号泣しながら背中を 擦ったり、脚を擦ったり、オレもベッドの周りの女たちも 皆涙が止まらない、死なないで・・とか、ありふれたことは云わない、 もういいからね、ゆっくり休んでね、お疲れ様でした、ありがとう・・・(死んでいいからね・・と送別の言葉)妻は手を握りオレの涙を優しく拭いて、 膝枕のナースに「お酒一口だけ飲みたい、男いのちを賭けて呑むから」お酒を口移しで飲ませてくれて・・・意識がだんだん遠くなる、

 ♪and now,the end is near 

    and so I face 

    that final curtain.

静かに流れるシナトラのMywayに合わせて少し唄ってみる、脚も痔も肉体的痛みはどこにもない! 深い眠りに落ちてゆく・・ 都合良過ぎるけど 自分的にはこんな感じなら人生納得した千秋楽、Final curtainは明日でもいいな mywayはオラのメインタイトルだから、(理想は主観ですから)  もしもメニューに無かったら日本的に兄弟仁義でもいってみるか・・? 

 

 ♪義理だ恩だと並べてみたら 

  恋の出てくる隙が無い

  あとはたのむと駆け出す路地に 

  ふるはあの娘の涙雨

 ♪俺の目をみろ なんにも言うな 

  男同士の腹のうち

  一人くらいはこういう馬鹿が 

  いなきゃ世間の目が覚めぬ 

演歌なら この詩が好き・・・演歌が解る達人になったのではない、これを聴くと泣けてくるのは まだ修行が途中だからである。

膝枕が妻で 他が娘たちなら 社会的にも容認される・・・?

なにを言ってるんだか・・・、バカは一人でたくさんだ、 これだから周囲は疲れる・・? 

外では救急車のサイレンが聞こえる「救急車信号直進しま~す・」
うるせえな、黙って走ればいいのに、あれじゃ信号無視だろ・・      あんたも あーやって行ったんだよ、大変だったんだよ、木曜日は手術の日だから先生は大変だよ、金曜日の朝、やっと終わったところへ どーしょーもない無法者オヤジが飛び入りしてくる、

みんなを疲れさせて、 オラはその後 生きる喜びに満ちて歩きまくった、毎日偉そうにしてた。 三年後、笑い話に時間が変えてくれたけど 私までバカが伝染しそうだよと妻はボヤく。 バカが二人なら 仲良く長生きできそうじゃん・・? 心配してくれた人たちに義理だ恩だと並べながら 熱燗を少しだけ戴きました。 

オラの場合人生観とは死生観のことだ、この頃は如何に死ぬかよりも どう生きてゆくか・・・と、思うようになってきた。  すこやかに生きたいね、先生たちに義理や恩を並べたいから あと十年くらい修行しないとね。

今日はお祝いだったのに なんだか泣きそうになってきた・・? いつまで経ってもこれだから・・・涙もろいのもバカのうち?  三年くらいでは まだまだ序の口、バカ道も修行は十年単位ですよ、頑張らなくっちゃ・・ですよ。  

生きていて良かったと思える日まで これから始まる日々の出来事が良き思い出になるように 大切にやっていく。 まだ何も分っていないけどな。

Photo 鉢植えの水仙とクロッカス、芽が出てきました。2月15日

Photo_2 Photo_3 2月25日開花

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陽はまた登る 三度目の12月 

         閑人独語 大病のあと 

風の強い 空気が澄んで真っ白な富士山が良く見える、寒いけれど清々しい朝、 駅前の横断歩道、信号は赤である。  

車は来ない、右を見て 左を見て・・・右も左も「青」だから 前を見て ゆっくりと堂々と歩き出す。 

「ちょっと・・、ダメですよ、危ないですよ・・」と、反対側で信号待ちしているネエちゃんが慌てている。 いつもお世話になっている病院のスタッフ三人組である。

何でだよ、「青」でちゃんと渡ってるのに・・・? 空も青だよ!
違うのよ、右が「青」だと こっちは「赤」なのよ、前を見なさいよ・・。

誰が決めたんだよ、オラ人に迷惑かけてない、自分の足で歩いてる。 赤でも みんなで渡れば怖くないでしょ・・

子供たちが通学する時間帯だからね、大人がちゃんとしないとダメですよ、 と言われるが どこを見渡しても車の姿はない、

信号よりもこの大空を見ようよ、  生きるのが辛いとか 苦しいだとか言う前に 野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ・・・でしよ。  

北海道じゃないからね、わかんないこと言わないで・・口が減らないね・・・あなたは口から生まれてきたの?  いいえ・口からじゃない、お母さんのおなかからだよ。 口も減らないよ、口減ったら どこで食べるんだよ、朝からうるせぇババアだよな・・たくもぉ・・、  なにぃ? またババアって言ったね、ムッかつくジジイが・・・婆にジジィと言われたくない、・・・お互い様だよ・爺にババァて云われたくないわよ・・!

やめて下さい、興奮しないで・・近寄るとすぐこれなんだから、仲良くやってください と、  連れの二人がなだめに入る、信号の真ん中でつかみ合いになりそう ? 子供じゃないんだから・・、子供よりワルイ、血圧上がるよ・・?     何年も病院通いしていると会うたびに口で喧嘩する宿敵も出来てしまったが ゲーム感覚で案外楽しいこともある。 病院の馴染みになっても自慢にはならないが 互いに気兼ねがなくなると 丁寧な大人の会話が いつの間にか本来のキャラ丸出しに変わってしまう、気楽でいいことだと思うけどね、社会常識的には認められない、オラの場合ウルセー・バカヤロ系の会話になってしまう。 これだから問題児になる。 これはいけない、子供よりワルイよ、解っちゃいるけど変えられない。  婆にババァと言うとすぐに反応して怒るババァは 何人かいる、徹底的にマークされた時期もある。 互いに日常会話でぶつかり合うと小さな紛争になる。  こっちも爺と言われりゃ ムッカついて反撃する、喧嘩相手は良き友である。 互いに相手が気になるからイチャモンつけたくなる。 強力なライバルはいつになっても憎くて懐かしい友である。 オラの宿敵?は 皆本気で心配してくれる優しい人なのだ。 嫌いだから・じゃないんだよ、この先は云わない、言うと問題になるほど若くはない、オレがそんなにモテるわけないから。  いい年して・いつまでも 何を云ってるのか? いい加減にしないと本当にバカだと思われるよ・・・てか? (本音をちょっと語っただけです。大丈夫です・冗談ですから、)  

ゴメンネ、来年からお姉さんて云うから・仲良くしようねー。 

2008年2月、突然の大病、あれから三年の時が流れて、ああいえばこーいう・・・憎ったらしいおやじになってしまった。 いつまで経ってもこれだから 困ったものである。 

脳出血、正直怖かった、ネガティブで寂しい三年間だった。     まだ終わったわけではない、いつ死んでも不思議はないと 時が経つほどに気弱な自分が情けない。  でもオレは今年も生きている、生きているから 良いことだってある、痛みも喜びも 生きているからだ、生きてりゃいいさ・・と、自分を都合よく励まして 云いたいこと何でも言いながら 今日も自分の足で歩いている、

生きていられるのは バカやってたからか? 強いからか・・?

未だに泣き虫だから強くはない、多分脳みそが筋肉だから?(これ言うと また身もフタもないけどな、)素晴らしい先生とスタッフと友人と 社会の優しさに恵まれて  自分が頑張らないでも生きていられる・・人生には こんなに幸運な時期もあるのだ。  

あの人に教えられた 無言のやさしさに 

今更ながら涙こぼれて 酔いつぶれた そんな夜、

陽はまた登る どんな人の心にも 

嗚呼生きてるとは 燃えながら暮らすこと、 

冬晴れの空 流れる煙 風は北風

谷村新司さんの詩に 心震える今日この頃であります。 

ところが今年は「神経痛」、気ばかり若くても歳相応の痛みを抱えて、 新たな持病のレパートリーになってしまった。           ブログでは随分女性をバカ扱いしたり 年寄りのボケをお笑いのネタに使ってきた報いだろうか、「ぢじょでん」のメインテーマお尻の悩み「痔」まで復活している。 

痔の座薬と鎮痛剤の座薬を使い分ける日もある。 クスリは普通口から呑むもの、尻から呑むのもあるから オレだって忙しいのである。 座薬は馴れているから簡単に挿入できるが この秋には ついに風邪もひいた。 くしゃみして座薬がスポーンと飛び出すこともある。                 お尻ばっかりいじってるからだよ、なぁんだ・じっちゃんは ただのヘンタイじゃん・・・と孫娘にはウケるが ガキが喜ぶ漫画レベルだ。 いつまで経ってもこれだから・進歩も向上もない、本人は現状維持で満足なのに バカやってんじゃないよと叱られるが バカだからしょうがないだろ、 残念なのは 締まりが悪くなったのかしら・? と寂しくなることである。   更年期の悩みは女だけではない、男にも生理的悩みはある、コラーゲンのサプリメントや保湿剤に興味がでてくる。 オシッコに勢いあるうちが長距離打者である、 オシッコも尻からのミサイル発射も 距離が伸びない・?とは情けない、これでは北のシケたミサイル並みである(相変わらずバカ云って楽しんでいる・・結局またシモネタだけどな)。 

◆読者様へ 年末のメッセージ

もうすぐ四年目のお正月、オリンピック並の区切りになってきた。お正月が来るのは嬉しいことである。 この頃のお正月はガキの頃より嬉しいのである。  大病を経験した人は 皆こんな気持ちで時の流れを受け止めるのだ。 今年も「百曲がり坂」を見てくれてありがとう、来年は またひとつ年輪を重ねるけれど マイペースで更新するから また覗きにきてね、来年も元気でみんな頑張りましょう、オラもまだ生きてるから大丈夫、またひとつ進化して 明るく前向きに・・・、それしかないですけど。  「おかげさまで」今年も無事に一年やってこれました、というのが大人の挨拶だけど、「無事」ではなかった、今年も「有事」ばかりです。 「無事」な一年なんてないよ。 有事が多くても 時は流れる、「お蔭様で・・・」というのが正解である。 これだから「口が減らない」へそ曲りの「百曲がり坂」なのだ。  歩き出そう明日の日に 振り返るにはまだ早い・・・陽はまた登る、明るい春は必ずやってくる・・

Photo パキラ、

◎ 6年前、町田の花屋で買ったパキラ、名前はパッキー君、15cmくらいの小鉢がこんなに大きくなりました。 

◆ 横浜について

暑い暑いとぼやいているうちに 今年も12月になりました。

今度は寒い寒いというようになる、人間は贅沢です。 

暑くても寒くても 何も文句言わずに一生懸命生きているから 花はえらいんだよね。 

年末の挨拶代わりに更新したいが ネタがない。 事件もないし行事もない、平和で平凡な日々である。  音沙汰ないのは無事・・てことだけど、一昨年の春は一ヶ月もブログの更新が停滞していたから やさしい友人が心配してくれた。  そらそーだよな、本人は日頃の睡眠不足を一気に解消する夢の世界、ご機嫌で熟睡してたから、あのまま目覚めなかったら 今年は三回忌法要てことになる。 

ベイスターズが優勝した年に川崎から横浜へ移り住み もう13年、 横浜市民になったのだから 少しは横浜が好きにならなければいけない。 特別調べたわけでもないが 横浜は由緒ある歴史の古い都会だということが この頃わかってきた。                 アイスクリーム発祥の地、西洋レストラン、石鹸工場、鉄道、警察署、公衆トイレ、パン屋さん、その他色々

日米野球の交流が始まったのも平和球場現横浜スタジアム、     警察と暴力団が銃撃戦をしたのも横浜、裕次郎がベンチに片足乗せてタバコくわえて海を眺めたのも横浜、      「窓を開ければ 港が見える メリケン波止場の灯が見える」・・・・メリケン(アメリカ)波止場とは 今の大桟橋あたりか・・・その気になって研究すれば横浜には「発祥の地」が沢山ある。                   

若い頃は横浜は治安の悪い、凶悪犯罪の多発地帯・・・の印象だった。 西欧文化の玄関口に若者が集まる、東京へ憧れるのは田舎っぺと思っていた。      田舎は平和だというが 人の数が少ないから事件が起こらないだけだ、農協のトラクターが肥溜めに落ちた?程度の事件しかない。      東京や横浜は人が集まる、人間模様が渦巻く大都会だから事件も発生するのである。      港に近いところ 関内・山下町・あたりはガラの悪い街というイメージで 伊勢崎町は不良の溜まり場・・くらいに思っていた。 そういう自分も桜木町で遊んでいたけどな。     地域的に格付けするのは僭越であるが 首都東京がワシントンなら横浜はニューヨーク、 大阪と神戸のような関係だと思っていた。        朝鮮半島が緊迫して 米海軍の空母ジョージワシントンが横須賀基地から発進してゆく。 考えてみりゃ横浜は怖いところだ。  北がやぶれかぶれになって核ミサイルを横須賀基地に向けて発射したら・・?

自分一人の健康問題ではない、地球規模で人間は生きるか死ぬか紙一重なのだ。 平和が一番、世界が平和でありますように・・・横浜の歴史探訪でもやれるほど 元気に復活したいなと、元旦に神社へ行ったら そんなこと念じてみようかな。  

たまにはグローバルなことも言わないとね。  

Photo_2 ◎ 駅に続く道、ゴミひとつ枯葉一枚落ちてない。前方正面が地下鉄の駅です。 この辺は港から遥かに離れた横浜の山の手、閑静な田園都市です、拳銃を持ったヤクザ者はいない、お上品で清潔な街である、口の減らないヘンなおじさんがいるけどね。

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秋時雨 

★このごろ情けない話

◎秋は夕暮、夕日のさして、山の端はいと近うなりたるに、烏のねどころへ行くとて、三つ四つ、二つなど飛びいそぐさへ、あはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いとちひさく見ゆる、いとをかし。  日入りはてて、風の音、蟲のねなど、はたいふべきにあらず。 (枕草子原文)

◎奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞くときぞ秋は悲しき (猿丸太夫)

この鹿は 寒いよ、食べ物もなくて切ないよ・・と冬の到来を知っているから 心細くて鳴いている・・・・オレ流解説

◎時雨るや白髭言問吾妻橋、(隅田川に架かる橋を並べただけ)。時雨るや銀座赤坂六本木、(繁華街を並べる)、皐月優駿菊花賞、(三歳クラシック)。 「しぐるるや」は万能の枕詞である。
山口瞳さんのエッセイ、俳句の会で 行き詰ったら、「時雨るや」を使うと なんとなく格好よくなる、しぐれは 春でも秋でも 四季を通じて「季語」になる. 哀愁を漂わせる。  更に行き詰って絶句したら 「勉強して出直してまいります」 これは落語のネタ。  

いいこと教わった、オラだったら 「秋時雨 いぼ痔腰痛五十肩、」 これでいいだろ。 

秋分過ぎて 秋の長雨、これが時雨である。  秋の雨は寒い・切ない、冬の雨より風邪引きやすい。

先週の木曜日、雨上がりの朝、秋の日差しの中に赤とんぼが飛んでいるのを見つけて ほっとしたよ。 プールは気持ちいいが 競泳コースで婆さんに抜かれてゆくとは情けない。 負けてたまるかと意地になって頑張ると筋肉痛になるから 情けない。  平泳ぎは疲れる、進まない、イメージ通りに体がなかなか進まない、北島君を目標にしたのは無理があったか。  元気元気とはったりかましても 年齢と共に体力の衰えを感じる、病み上がりの肉体に 秋は哀しい季節です・・てことが この頃になって判ったよ。

Photo_2  ◎こぬか雨降る御堂筋、(雨の御堂筋)一人で生きてくなんて出来ないと(大阪時雨)、 心が忘れたあの人を 膝が重さを憶えてる、(雨の慕情)、みんな秋の雨である。  雨の歌を思い出して切なくなるとは 情けない。         ◎口幅ったい言い方ですが王貞治としてのバッティングが出来なくなった、 ◎体力の限界、気力も・・・云々(千代の富士)。  王貞治、千代の富士、引退の弁である。  オラの場合「人生トータルにみて 仕事ばかりで終わりたくない、遊ぶ期間がほしいから・・・」ナンチャッテ、格好いいこと言って ご隠居さんに憧れていた。 人生は花よりも紅葉の時期が晴れがましく幸せなこともあるのです。  一生懸命やってきた、充実していたからだ。 あれから八年、大病に倒れたり足腰痛めたり、遊ぶヒマがないほど 病気という闘う相手がいるから充実とは・・・情けない。    

余談(横浜ベイサイドストーリー)、昔話になるが 大学四年の秋だった、卒業できるかどうか 不安でドタバタしている時期だった。 あなたに告白したいことがある・・。  晴海の海を眺め、真珠取りのタンゴを聴きながら バイト仲間の女子大生ヨーコがマジ顔で言う。 告白・・? 好きだっていうのか・・?(オレに惚れたかと好意的に受け止める体質?) オヤジの仕事の関係で 来週中米パナマへ行く。 多分戻らない、永住する・・・、 成人式の振袖が良く似合う、枕草子「いとをかし」読んでた彼女が外国で暮すとは知らなかった。        当時の女子大生といえば 大体がお金持ちの娘か抜群に成績優秀かのどちらかである。 お金持ちではあったが優等生だったかどうかは疑問、男も女もオラの友達は皆遊びの達人、勉強は・・? アホばかりだ。

冬は赤倉のスキー場から、夏はシシリー島から・・・毎年旅先からの絵葉書が来る、 遊びまわりやがって、オレは貧乏だから・・目一杯バイトしても草津あたりまでだ、行きたくても地中海は無理だな・・と、遠い存在の女だった。     しかも地球の反対側、一番遠いところへ行くなんて、ふざけやがってと 少しはがっかりしたよ。 でもそこそこに美人だから恋人気分、よく横浜の銀杏並木を歩きながら語り合った。     

別れは横須賀の波止場だった、父母と三人でアメリカの軍艦に乗って、船上でオヤジが敬礼した、オレも真似して敬礼した。 船が速くて あっという間に行ってしまった。 ヨーコは手を振って何か叫んでいたが 聞こえない。 涙はなかったが 雨が降ってきて寒かった、 これでは逆だよ、 映画ではこの場合 男が船に乗って女が桟橋で見送るのが普通だ。 情けない思い出だよ、船が見えなくなってから小便我慢してたことに気がついた。  港町を歩いて安そうな酒場に入った。 腹が減って、なにか食べたかった。  客は外国人が多かった、多分米国海軍の関係者であろう。  ガヤガヤとやかましい連中だった。 生バンドが「アレキサンダーズラグタイムバンド」を演奏して、酔っ払いの客が踊ったりしていた。 突然アメリカ国歌が流れると 皆お喋りをやめて直立不動になったから オラどうしていいか分からない、場違いだ、日本人には理解し難い異様な光景だった。  トイレいって小便してから すぐに店を出たよ。  横須賀中央の駅から東京までの時間が 凄く長かった。

Photo_2 紅葉葉楓(アメリカフウ)

あれから四十五年、実はこのときからお尻に違和感があった。 オラのぢじょでんの第一ラウンドである。寒くて寂しくて、結構切ない秋時雨だった。 別れも寂しいが雨と寒さが辛かった、 今では彼女に感謝している、良き思い出作ってくれた。   

秋時雨と痔との因果関係はないと思うけどな。  無理をすることが多かった、勉強も仕事も 女の尻を追いかけながら、告白の練習はこっちがしたかった、何かにつけて背伸びする先天性が 痔との付き合いを長くしていたのかも。(原因を探ってもしょうがない、要は痛かったら病院行ってお尻出せば良いのだ)   

秋になるとセンチメンタリズムでしか青春を語れない、これも情けない話であるが 感傷というよりも 人生色々あったから 病気も充実している、色々出てくる・・と解釈したい。 

秋になって痔が痛む時 アイツ・生きてるかな・・・と、たまには思い出してやらないと 告白してくれた女に申し訳ないよ。 それが日本の義理人情だ。

秋の雨はメランコリーであるが 赤とんぼや紅葉に出会うと 幸せ気分になる、それが日本の「いとをかし」だ。

やはり雨はイヤですね、晴れた日がいいですね。

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ぢじょでん総論(2) ベテランの痔論

病ダレに寺と書いて「痔」という字になります。 お寺(墓)に入るまで治らない・・という意味である。 

漢字は中国「漢」で生まれた文字であるが 「痔」は日本民族の歴史・風土・生活習慣から生まれた漢字である。 痔は日本民族伝統の病気ということになる。 トイレのスタイルが原因・?・これこそ生活習慣病である。 

自叙伝のリクエストに応えて メインテーマをの体験談にするとは情けないが オラの自伝は病気との闘いである。 内科・外科・整形外科・皮膚科・最近では 脳神経外科・眼科・歯医者まで、自分自身が病院のハシゴしながら医学に貢献・・? というより 病院のお世話になってきたから今日もしぶとく生きている。 

最も付き合いの長いのが痔である。 痔と共に歩いた四十余年、苦痛の涙も笑いもあった。 痔は我が人生の伴侶代理?である。 痔のクスリは今でも時々お世話になっている、最近は 足腰の痛み止め系のクスリと、痔の座薬、結局下半身の薬ばかりである。  アタマのクスリがあれば有難いけどね、バカにつける薬は無いものか、バカを治す薬はない、これ発明したらノーベル賞ものである。  クスリで治る病気は病気のうちに入らない、オラに言わせりゃ。

病気とは 気が病むと書くから 人類特有のもの、野生の動物も植物も ひとたび病気になるとそれでおしまいである。 人間の偉いところは 病気を治す術があるからである。  肉体的に痛みが消えればそれでいいが、治らないのが一流の病気である、持病を抱える人はそれだけ一流の人間なのである。 痔は持病の代表格、そうでも云わないと自慢になることないから。

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◆オレ流アドバイス 痔もベテランになると 病院へ行くタイミング・潮時が分かってくる。 どこかに痛い箇所があっても 見える場所なら薬をつけたり 自分で何とかなることもあるが 痔は見えない場所だから状況が認識できない、手探りで指でも突っ込んでも満足な治療ができない、専門家(医師)に診てもらうしかない。 「痔」は 恥ずかしい病気・・と思われ、公表したがらないのが普通であるが 痔のほうが異性にモテるよ、例えば入れ歯・出っ歯・ハナペチャ・ブス・顔に問題あるよりは 見せるところじゃないからと 前向きに考えればよい。

オラの場合 痔の手術は二十代に三回経験しているが  最近 痔が痛くて病院へ行ったのは10年前、平成になってからであった。 昭和の時代は「肛門科」だったが 今どきはどこへ行っていいのか分からなかった。 「肛門科」なら判りやすいが 今時は そういうのがない。 総合病院の「消化器外科」が正解だった、 口もお尻も消化器のうち??(燃えるほど痛いから消火器?)手術の覚悟もできていたのである。 

先生がお尻に顕微鏡の筒みたいなものを突っ込んで・・「あ・いる・いる、ウワースゲエ・・累々としてる・・・おーい、ちょっと来て、見てみなさい・・」そのへんにいた若きスタッフを呼ぶ。  美しい女医が三人寄ってきて「うわー・・、あ・ホントダー・・スゴイ・スゴイ・?」交代で覗きながらキャーキャー騒いでいる。   若い女性に尻の内部を公開して・・・オレだって・・・恥ずかしいよ、紳士のプライド崩壊する惨めな姿である。 立場逆ならこっちが覗いてみたいよ・・・・・???・・紳士はそういうこと考えてはいけない。 通院で何度も見せていると慢性化して平気になってくるから情けない・・?  早めに診察してよかったですね・・・もう少し遅くなるとクスリで治すのが難しくなるからね・・・、   結局パンツ脱ぐのに抵抗あるからだね、男も女も、婦人病の検診も早めならよい結果になる、 それならば 男も女もパンツ履かなければいいのに・・という説もあるが これを云うと叱られる。  結局 飲み薬と軟膏で治るから 医学の進歩は ありがたいことである。    また身もふたもないこと言うが いつまで経ってもこれだから叱られる、 「痔」はどう転んでも下半身の話になるから。

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オレの自叙伝は病気の体験談、忘れてしまいたいのに忘れられないことばかりである。 この頃思うのは 「忘れたいこと」とは 本当は「忘れてはいけない」大切なことなのかもしれない。 忘れられることは どーでも良いことだから忘れられる・・というよりアホなら簡単に忘れる、だからバカは長生きするのかもしれない。 病気とは過去の苦悩の体験を未来に生かす、前向きに生きるための修行になるのだ。
オレ流 痔の対処法、結論は「早めに病院いくこと・・」である。   お尻  を見せればいいだけだから簡単なことだ、快感にならなくてもいいけどね。   今はスゴークいい薬があるから 大丈夫だよ・・・ということです。  病の辛さは経験者しか判らない、勝負下着選ぶのに悩まなくてよい、パンツなんかどうでもいい、早く治したいからね。

歯医者も同じようなものである。 昭和の時代は虫歯の治療は決死の覚悟であった、先生の隣に立っているアシスタントの女性が手でも握ってくれたら どんなに気が紛れるだろうかと思ったものであった。  今年は痛くなる前に 違和感を自覚したタイミングで 歯の治療に行った。  定期的にメンテナンスすれば 虫歯も小さいうちに簡単に治るのである。  一昨年の夏、眼の手術で ひとりで舞い上がり 怖がって大騒ぎしていたが、あの時だって 麗しき女性が手でも握っていてくれたら あんなに大騒ぎしないで済んだと思うよ。 そのうち 手術室のスタッフが手を握ってくれる、ナースの尻に触っても怒られない、円満に触れる方法が確立される時代が 近い将来本当にやってくると信じたい。(ね・前向きな思想でしょ・・いつまで経ってもこれだから評判悪くなる??)

Photo_4      先手必勝、どんな病気も早めに対応すれば治りも早い、命に関わる重大な病気ほど早めの対応がベストである。 過激なことを云うが 病気を知らない先天的健康人や忙しくて休んでられない という人物が組織の役に立つ例は少ない。 無遅刻無欠勤に有能な人材はいない。 皆勤賞も無能の証明、それを推奨優遇する習慣が日本をくらげにさせる。 生産しないで権利を主張するバカを救済する無駄な支出が日本経済低迷の根源になる、 最終的には無駄な税金使う国家までもクラゲになるのだ。 中国に売られた喧嘩が買えないとは 情けない。 オレが総理大臣やったら?? 今頃は尖閣諸島に基地造ってる?、どーなっても知らないけど・・? 腹を立てたり喧嘩腰になっては身体によくない、仲良く笑顔でお付き合い、いっそのこと先方が景気良いのだから たまには逆に援助してもえばいいじゃん?・・そんなことまで心配させるな、だから痔が痛くなったりするのジャ。 空想漫画的脱線になりましたが、 病気で痛いのは本人だが、人に迷惑かけるのがいけない。倒れたり寝込んだり、死んだりするのが人の迷惑になるのだ。                      オラは医療機関の宣伝係ではないが、現代医学は普通の人が知る以上に 日々著しく進歩している、楽に優しく治してくれるよ。  CTもMRIも凄いよ、脳みその中身まで見えるからスゴイよ、腹黒い人は腹の中が真っ黒に写るのかも。 そのうちコイツは何を考えてるかまで判るようになったら困るな、オラろくなこと考えてないからな。  もぉだめだ・・なんて思ったらダメだよ、気持ちは前向きに、見せるのはお尻。 早く行動するほど傷は浅い、だから早く病院行きなさい、それが云いたいのであります。  秋分の日も過ぎてやっと涼しい秋になりました。 秋が急にやってきた?、気温が下がれば もみじの季節もやってくる、・・・これから冬に向かって 痔が痛む季節です。 痔病を抱える読者各位、ある朝突然真っ赤になったトイレで「生理が来た・・?」と慌てないで(あるうちが花ですから)冷静に早めに対処して 健康で美しい秋を楽しみましょう。 

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